千雨からロマンス   作:IronWorks

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第8話

――0――

 

 

 

 ネギ先生の肩の上。

 そこで、大きくため息を吐くフェレットの姿。

 

 この学校は、奇人変人ばかりです。

 明らかにぶっ飛んだ方々で溢れています。

 ですが、あんな人間くさいフェレットは、見たことがありません。

 

「綾瀬? どうした?」

「いえ、なんでもありませんよ」

 

 小さな声で、千雨さんが私を覗き込みました。

 心配してくれるのは非常に嬉しいのですが、残念ながら千雨さんが、一番大きな“不可思議”なのです。

 

 ツボの精霊、ツボーズと会話を重ねるマッサージ師。

 その腕前は私見ですが一流でしょう。

 どう考えても、ただの女子中学生にたどり着ける領域では、ありません。

 

「この学園には、何かがあるはずです」

 

 十歳で教師になるという、労働基準法を丸めて捨てる行い。

 一般マッサージ師の常識を鼻で笑う、とんでも女子中学生。

 他にも色々ありますが、ここまでピースが揃えば見えてくることもあるはずです。

 

 こういったことをするのは心苦しくはありますが、仕方ありません。

 今日一日、千雨さんの行動を見ることにしましょう。

 

「綾瀬、授業終わったぞ?」

「ふ、ふふふふふ」

「おーい、綾瀬ー?」

 

 もちろん、普段千雨さんがどんな一日を過ごしているのかが気になる訳ではありません。

 えぇ、もちろん無いのです。

 

「ったく……【綾瀬】」

 

 はぅっ!?

 

 ……うぅ、“それ”は卑怯なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千雨からロマンス 第八話 ~ストーキングミッションインポッシブルナウッ!~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――1――

 

 

 

 学校から帰る千雨さんの後ろを、ゆっくりと歩く。

 

 学校終わりにすぐ千雨さんにマッサージをして貰ったので、ツボーズからの情報という訳のわからない現象で、尾行がばれることもないでしょう。

 

 しっかりと凝りを癒しておかないと、あっけなく捕まることになってしまいますからね。

 

 千雨さんは、中等部専用の体育館の方角へ、歩いて行きます。

 そういえば、今日はマッサージ研究会の活動でしたね。

 

「見えづらいですね……しかし、近づくとばれてしまいます」

「はい、双眼鏡」

「あ、ありがとうございます」

 

 双眼鏡を目に当てて、千雨さんを視界に納めます。

 何か悩みでもあるのでしょうか?

 ……少しだけ、アンニュイな表情をしているのです。

 

「心配ですね」

「私としては、親友がストーキングに励んでいることの方が心配かな?」

「これはストーキングではなく、不思議発見の探検です」

「うん、意味がわからないかな」

 

 まったく、この程度の意味もわからないとは……。

 ハルナはまだまだ、千雨さんの領域にはたどり着けないようです……ね?

 

「は、ははは、はるむぐッ?!」

「大きい声出すと、見つかっちゃうよー?」

 

 突然現われたハルナに、私は驚いて声を上げそうになりました。

 ハルナが咄嗟に口を押さえてくれたことには感謝しますが、元はと言えばハルナのせいです。むむ……。

 

 って、落ち着いている場合じゃないです!

 

「どどど」

「小さい声で、ね?」

「くぅ……どうして、ここに?」

 

 諫められて、声を小さくします。

 どうして双眼鏡なんかを持って私の隣にいるのか?

 まったく、油断も隙もないです。

 

「どうしてって……一人で笑いながらふらふらしてたら、心配するって」

「そ、そんな千雨さんみたいな行動をするはずが無いじゃないですか」

「いやいや、してたって」

 

 うぅ、これでは、私まで奇人変人の仲間入りを果たしてしまうのです。

 と、とにかく、ハルナに事情説明を……って、何と言えば?

 

「で、夕映?」

「なんでしょう?今少し考え事を――」

「千雨ちゃん、行っちゃうよ」

「――い、急ぎましょう!」

 

 遠ざかっていく千雨さんを、追いかけます。

 もう事情説明は後回しです。

 今はとにかく、やり遂げねばっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――2――

 

 

 

 ぶつぶつと何かを呟いたと思えば、急に笑い出す。

 その仕草は見るからに怪しく、私は流石に放って置くことが出来なかった。

 

 のどかは今日返却の本があるというので来られなかったけれど、私はなんとか夕映に着いていくことが出来た。ちょっと、放っておけないなぁ。

 

 親友の“恋路”なら、応援したい。

 ちょっとからかって、やっぱり背中を押してあげたい。

 けれど、それが本当に“恋路”かわからないから、私はどうにも戸惑っていた。

 

「プレハブ小屋に入りましたね」

「うん」

 

 夕映は、窓が見える位置に回り込む。

 どうして見やすい位置などを把握しているのか非常に気になるが、そこは置いておく。

 

 クラスメートの長谷川千雨は、美人で変な人だ。

 マッサージが好きで、隣の席の夕映がよくマッサージをして貰っている。

 その繋がりで、私やのどか、このかもマッサージをして貰っている。

 

 お店でマッサージなんか受けたことはないが、千雨ちゃんはすごいと思う。

 修羅場で死にかけの私を、一時間足らずで元気にさせるのだ。

 

「出番ですよ、ジョニー」

「千雨ちゃんも、物に名前をつけるの好きだよね」

 

 そんな千雨ちゃんと夕映は、自然に仲良くなった。

 それが百合だと騒げる程度の“仲の良さ”ならば、からかえる。

 だがどうにも夕映が“本気”かそうでないか判断できず、からかえないのだ。

 

 相手が“あの”千雨ちゃんでは、藪をつついた先がどんなモノに繋がっているか、解らない。

 

「こーやって悩むのは、私のキャラじゃないんだけどなぁ」

「やはり凛々しいですね。……何か言いましたか?ハルナ」

「なんでもないよ」

 

 はぁ。

 憧れ止まりなのか友情なのか“恋路”なのか。

 はっきりしてくれないかなぁ。

 

 色々考えることはある。

 けれど、今は……この楽しそうな親友に、付き合おう。

 

「夕映、私にも見せてよ」

「ふぅ……どうぞ」

「どれどれ……あれ?千雨ちゃん、普通だ」

 

 覗き込んだ先。

 そこでは、千雨ちゃんが真剣な表情で“授業”をしていた。

 座学というヤツなのだろうが、私はマッサージ研究会は、もっと“変な集団”かと思っていた。……意外だ。

 

 千雨ちゃんは、黒板にデフォルメされた顔の絵を描いていた。

 丸い顔の中、表情は眉を寄せて震えているモノだ。

 

「どう思っているか……でしょうか?」

 

 私から再び双眼鏡を受け取った夕映が、絵を見ながら首をかしげた。

 

「たぶんそうだと――」

「千雨さんの口の動きを見る限りでは、そのようです」

「――口の動きって、夕映それ変態……茶々丸さんっ!?」

 

 いつの間にか、茶々丸さんが私たちの後ろに立っていた。

 夕映も驚いて、目を丸くしている。

 

 茶々丸さん、心臓に悪いよ。マジで。

 

「茶々丸さん、どうしてここに?」

「マスターからの命令で、千雨さんの様子を探ってくるように、と」

「マスター……エヴァンジェリンさんでしょうか?特殊な関係というヤツですね」

「はい、そうです」

 

 とくに眉を寄せることもなく、夕映は茶々丸さん達を“特殊な関係”と言い、納得した。

 これは完全に染まりきっていると言うことなのだろうが……それより気になるのは、茶々丸さんの肯定だ。

 

「え?特殊な関係、なの?」

「はい。一般的に判断すれば、私とマスターの関係は“特殊”であると言えます」

 

 これは、ついに私の本領発揮の機会がやってきた!?

 

 最近、からかうのにもネタにするにも判断しきれない内容で、私はストレスが溜まっていた。

 それを考えると、これは“渡りに船”だ。思わぬところから、ネタが降りてきた。

 

「ご主人様とその愛玩奴隷っ?!」

「愛玩……人形という意味でしょうか? それならば、肯定です」

「ディープッ!」

 

 ヤバイ、興奮してきた。

 いつも一人で黄昏れているクラスメート。

 ビスクドールのような憂いげな表情の影には、夜の女王様の顔がっ!

 

 手持ちのネタノートに、内容を書き込んでいく。

 イラストも、忘れない。

 

 これだよ、これが私の“キャラ”なんだよ!

 最近、どうにも私“らしく”ないことしか出来なくて、辛かったんだよ!

 

 しっかし、エヴァちゃんがそんな高レベルの“変態さん”だったとは。

 流石私たちのクラスメート……案外、ザジさん辺りにもトンデモな秘密があるのかも。

 

「茶々丸さん、あれはどんな表情だったのですか?」

「千雨さんは『あー痛いなぁ。どうしようマジ痛いよー。あぁー、でも言うタイミングが取れないなぁ。我慢するしかないな』……と説明しています」

「マジでっ?!」

 

 マッサージ研究会……むぅ、侮れない。

 

 結局私たちは、三人で部活終わりまで覗くことになった。

 いや、なんか面白くって飽きないんだもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――3――

 

 

 

 マスターの命令は、突然でした。

 曰く、長谷川千雨の調査をしろ、と。

 

 私たちのクラスでも、少しだけ浮いている千雨さんとマスターでは、どこか共感できる部分があったのでしょうか。マスターは、小さく笑っておられました。

 

 血圧も上がっているようでしたし……これは、“興奮”でしょうか。

 

 私はマスターの命令に従い、千雨さんを尾行しました。

 そしてその最中に、同じ目的の綾瀬さん達に合流したのです。

 

 千雨さんと親しい彼女たちと一緒に行動すれば、より多くの情報を得ることが出来るでしょう。

 それは、マスターの望み、利と一致します。

 

「部室を出ましたね……引き続き、追いましょう」

「うん」

「はい、ご一緒します」

 

 綾瀬さんとハルナさんに追従する形で、移動します。

 千雨さんの向かっている方角にあるのは……カフェですね。

 

「茶々丸さん」

「なんでしょう? ハルナさん」

 

 ハルナさんが、私に小さく声をかけます。

 先ほどから、私にハルナさんは多くの情報を求めています。

 

 綾瀬さんの望みでしょうか?

 マスターのことがどうして利の一致に繋がるのか判断しかねますが、私がより多くの情報を得るためにも必要なことと言えるでしょう。

 

 お答えできる範囲で、お話しを伺うことにしましょう。

 

「やっぱりエヴァちゃんは、茶々丸さんが好きなんだよね?」

「はい。マスターは私を愛しています」

「愛ッ?!」

 

 驚くことなのでしょうか?

 私だけではなく、マスターは“愛”を込めて人形作りをしています。

 より上質な人形を作るため、とおっしゃっていました。

 

「ちゃ、茶々丸さんもエヴァちゃんを?」

「はい。愛しています」

「相思相愛ッ!!」

 

 そんなマスターを“敬愛”するのは、当然のことです。

 私たちの忠義に報いることができるのは、マスターの温情だけなのですから。

 

「茶々丸さん、すっごいなぁー。家ではやっぱりメイド服?」

「はい」

「おお、即答……深いなぁ、エヴァちゃん」

 

 深い……そうですね。

 マスターは、懐の深いお方です。

 

「二人とも、静かにするです」

 

 綾瀬さんの言葉で、私たちは口を噤みます。

 視線の先では、千雨さんと……ネギ先生と明日菜さんが同席していました。

 このメンバーならば、内容はマスターの事でしょうか?

 

 ……マスターの正体に感づいたというのなら、すぐに連絡をしなければ。

 なんにしても、確証が取れるまでは、様子見です。

 

「むむ」

「夕映、そんな呻らなくても……ハッ!ラヴ臭が漂い始め――」

「――アホなことを言っていると、そのアホ毛を引っこ抜くです」

「こわっ」

 

 綾瀬さんと達のやりとりを尻目に、私は千雨さんの様子をうかがいます。

 千雨さんは緩やかで自然な動作で……虚空を掴みました。

 

 そして一言二言、虚空に呟きます。

 それが如何なる効果をもたらしたのか……千雨さんは気怠げに私たちの方を見ました。

 

「気がつかれました。私はこれで」

「あ、茶々丸さんっ!?」

 

 バーニアを吹かせて、方向転換をします。

 綾瀬さん達を置いていってしまうのは心苦しいですが、マスター優先です。

 

 

 

 私は、そう――――マスターを、“愛して”いるのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――4――

 

 

 

 どこから見つかったのかなど、考えるまでもありません。

 ハルナの“ツボーズ”が、捕まったのでしょう。

 

「それで、どうしてあんなところに居たんだ?」

 

 私たちは、カフェが見える建物の影にいました。

 思いっきり、不自然な位置なのです。

 

「そ、それは……」

 

 私たちが答えられずにいると、千雨さんは大きくため息を吐きました。

 

「はぁ……まぁいい。折角だから、手伝ってくれ」

「わ、わかりました!」

「う、うん。何でも言って!」

 

 その提案に、私とハルナは飛びつきました。

 とりあえずこの状況を誤魔化すことが出来るのなら、それに越したことはありません。

 千雨さんは、突拍子が無いことはありますが、無茶な要求をする人ではありませんし。

 

「実はな……マクダウェルのことなんだ」

「エヴァンジェリンさん、ですか?」

 

 急に、ハルナが目を輝かせました。

 三角形がどうのこうのと、何か呟いてニヤニヤしています。

 どうせろくでもないことなのでしょう。

 

「実はな――」

 

 ――そうして聞かされたのは、エヴァンジェリンさんの“友達”について、でした。

 

 エヴァンジェリンさんは茶々丸さん以外に友達……どころか話し相手すらおらず、時々、 その……奇行に走ることがあるほどに、ストレスを溜めているそうです。

 

 明日菜さんとネギ先生が居るのは、偶然そのことを知った仲だから、ということの様です。

 

「宮崎も、少しだが関わっていてな」

「のどかも、ですか……」

 

 そういえば、新学期初日、少し様子がおかしかったのです。

 追求しても悲しそうに首を振るだけでしたが……なるほど、簡単には言えません。

 

「アイツにも、笑っていて欲しいと思うんだ。例えエゴでも、な」

「私たちもなんとかエヴァちゃんのストレスをどうにかしてあげたいんだけど……」

「どうすればいいのか、よく解らないんです」

 

 その気持ちは、なんとなくわかります。

 世界の総てがくだらないと、世界を斜めに見て孤立していた私。

 

 そんな私を掬い上げてくれた、のどかやハルナ達。

 あの時、のどかは“本が好きな人に悪い人はいない”と言いました。

 

 ならば、私も。

 ここは“千雨さんが笑顔を望む人が、悪人であるはずがない”と考えましょう。

 

「まずは私たちが、お友達になりましょう。いえ――お友達に、“なりたい”です」

「夕映……私も同意見かな? 千雨ちゃん」

 

 私とハルナがそう言うと、千雨さんは目を見開きました。

 そして、小さく……ほんの少しだけ、マッサージ中でもないのに笑みを零しました。

 

「神楽坂、ネギ先生」

「賛成よ。私は」

「はい! 僕も、お友達になりたいです!」

「きゅー」

 

 決まり……のようですね。

 私がそうして助けられたように、私もそうして助けたい。

 傲慢かも知れないけれど、それでも……私は。

 

「ところで、結局どうしてあんなところに――」

「さてッ! 早速予定を立てましょう! のどかや木乃香とも打ち合わせです!」

「――す、すごい気合いだな」

 

 はぁ、危なかったです。

 しかし、おかげで気合いが入りました。

 

 のどかや木乃香、それにバカレンジャーの楓さんや古菲さんも呼びましょう。

 みんな纏めて、笑顔になってしまえ……です。

 

 私たちは、ネギ先生達も交えて詳しい計画を練り始めました。

 

 覚悟をするのですよ――――エヴァンジェリンさん!

 

 

 

 ところで……なにか大きな目的があったような?

 ……思い出せないので、たいしたことではないのでしょうね。うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――了――


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