千雨からロマンス   作:IronWorks

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第11話

――0――

 

 

 

 モニターの前、キーボードに指を走らせる。

 

 情報では、今日が様々なことの“分岐点”だたネ。

 それがどう変わるのカ、未来にどんな影響を及ぼすのカ。

 

 私ハこの目で確かめる必要がある。

 いや……確かめなければ、ならないネ。

 

「追い詰められ、立ち直ったネギ・スプリングフィールド」

 

 そもそも、ネギ坊主はエヴァンジェリンが賞金首であることを知らない。

 大魔法使いであることどころか、深窓の令嬢のように勘違いしている節があるネ。

 

「果たし状を出して、ネギ・スプリングフィールドは真祖の吸血鬼と対峙することを選択」

 

 満月の日をわざわざ指定して、ネギ坊主は果たし状を出した。

 この日エヴァンジェリンは風邪だったと聞くが……体験した限りでは、その日は集団でお見舞いだたネ。

 

 病人を起こさないように静かにお見舞いをするのだったら、そもそも人数を減らせばいい。

 なのに結局クラス全員引っ張り出して、忍者のような隠密お見舞い。

 

 何の意味があったのだろウ?

 

「しかし、果たし状を出した翌日。メンテナンスのための大停電で、魔力封印が解ける」

 

 これは変わらないだろう。

 だが、ネギ坊主は果たし状など出していない。

 そもそも、ネギ坊主は日本に来て一度も、攻撃魔法を使っていない。

 

 この世界のネギ坊主が本当に戦闘可能なのカ?

 それすらもわかっていないなのが、現状ネ……。

 

「封印の解けたエヴァンジェリンに、ネギ・スプリングフィールドは辛くも勝利」

 

 これは、神楽坂明日菜の仮契約あってこその結果だ。

 だがそもそも、こんな状況になるかどうかすら、不明ネ。

 

「ネギ・スプリングフィールドがエヴァンジェリンに弟子入りをする、その基盤」

 

 これと修学旅行。

 この二度の戦闘から、ネギ坊主は真祖の吸血鬼に弟子入りすることを決意する。

 それは後の“彼”を成形していくのに、必要不可欠な要素ダ。

 

「女子供は殺さない。向かう敵には容赦しない」

 

 では――相手が女子供で、尚かつ敵対する気のない、自分に害を与えない存在だったら?

 

 伝説と謳われる“誇りある悪”が、善意を向けるモノに襲いかかる。

 そんなことが、出来るのだろうカ

 

「さぁ、どう動く? エヴァンジェリン、ネギ坊主――――長谷川、千雨」

 

 未来への道程。

 その分岐が決まる、重要な日。

 

 “大停電”が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千雨からロマンス 第十一話 ~誰が為の指圧/君の為の按摩~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――1――

 

 

 

 ――――AM;08;20

 

 職員室で準備をして、教室に向かう。

 あの後、エヴァンジェリンさんの風邪がどうなったのか、気になる。

 だから、この目でそれを確認する為にも、足早に移動していた。

 

「大丈夫かな、エヴァンジェリンさん」

 

 教室の前に到着すると、いつものように元気な声が聞こえてきた。

 入る前に少しだけ覗いてみると、そこではエヴァンジェリンさんを中心とした輪が出来ていた。

 

「エヴァちゃん、お人形さんみたいだよねー」

「風邪は大丈夫そうですね。安心したです」

 

 早乙女さんと綾瀬さんが、丁度エヴァンジェリンさんの体調を気にしているところだった。

 エヴァンジェリンさんはそっぽを向こうと顔を逸らしているが、その先には千雨さんがいて、目が合ったようだ。

 

「良かった、なんだか楽しそうだ――――みなさん、おはようございます!」

 

 席に戻って、みんなが起立をする。

 号令と共に頭を下げて、着席した。

 

「風邪は大丈夫ですか?エヴァンジェリンさん」

「もう治った。……問題ないよ」

 

 そう言って、エヴァンジェリンさんは大きくため息を吐いた。

 突然、沢山の手のかかる姉妹が出来たような、そんな表情。

 その表情に、僕は嬉しくなって笑う。

 

「言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ? “ネギ先生”」

「はいっ! 元気になって、嬉しいですっ」

「ぐっ」

 

 言ったらいいと言われたので言ったのだけれど……。

 エヴァンジェリンさんは、急に言葉に詰まってしまい、俯いた。

 

 そ、そっか、“噛んだ”のか。

 それは確かに、ちょっとだけ恥ずかしい。

 

「それでは、出席をとります!」

 

 一歩近づけた。

 だったら、もう一歩近づけるように、頑張ろう。

 

 立派な魔法使いがどんなものであるか。

 僕が“なにに”なりたいのか。

 

 それは、“立派な先生”になることで、見えてくる。

 そんな気がするんだ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――2――

 

 

 

 ――――PM;15;00

 

 屋上から見渡す光景に、鼻を鳴らす。

 今日この日が、解き放たれる日となる。

 

 だが、ぼうやは私と敵対していない。

 何も知らない、ただ修行に来た先で生徒に手を差し伸べる、見習い教師。

 

「マスター」

「あぁ、解っている。簡単に諦められは――――しない」

「いえ、大停電の日はマスターの家に行っても良いか、千雨さん達からメールが来ています」

 

 思わず足を滑らせて、転ぶ。

 慌てて飛ぼうとしたが、空を飛ぶことが出来ないのを忘れていた為、屋根に顔を打ち付けた。

 

「あわわわ、へぶっ」

「マ、マスター!」

 

 駆け寄った茶々丸に介抱されながら、鼻血を拭う。

 ぐぅ……諦められん、こんな無様なままなど!

 

「何を考えているんだ! 第一、外出禁止だろう!?」

「外出禁止になる前……停電前から、来たいとのことです」

 

 これでは、吸血どころではない。

 いや……待てよ。

 

「誰が来る?」

「綾瀬さん、早乙女さん、宮崎さん、近衛さん、桜咲さん、神楽坂さん、千雨さん」

 

 挙げられていく名前を、反芻する。

 図書館探検部にじじいの孫とその護衛、それから――長谷川、千雨。

 

「そして……ネギ先生の八人です」

「ぼうや、だと?」

 

 封印の解ける日に?

 

「ネギだけに、ネギをしょってやってくるということか」

「お上手です、マスター。しかし、カモの方がよろしいかと」

 

 じじいの孫が気がかりだが、戦闘に巻き込まなければ問題ない。

 ……段取りがグダグダなのは、もう仕方ない。

 

 長谷川千雨諸共その生き血を吸い、夜の女王に返り咲くッ!

 

「構わんと伝えておけ」

「解りました。嬉しそうでしたと伝えておきます」

「一言余計だッ!」

 

 今日が、私の終焉にして始まり。

 この息苦しい箱庭から解き放たれて、私は“私”に戻る。

 

「ククククッ――――フハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!」

「すごく嬉しそうだ、と訂正しておきます」

 

 待っていろ、長谷川千雨、ネギ・スプリングフィールド!

 この戦いは、この日々は、私の勝利で飾らせて貰うぞッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――3――

 

 

 

 ――――PM;18;00

 

 年二回の学園メンテナンス、大停電まであと二時間。

 私たちは、千雨さんやネギ先生たちとエヴァンジェリンさんのログハウスへやってきました。

 

「それにしても、夕飯をご馳走して貰えることになるとは……」

「マクダウェルの好意らしいな。心を開いてくれている、のか?」

 

 私の呟きに、千雨さんが首をかしげました。

 エヴァンジェリンさんは所謂“ツンデレ”という属性らしく、照れてしまうのでどう思っているのかよくわからないことがあるのです。

 

 その点、エヴァンジェリンさんをしっかり理解してあげられる茶々丸さんは、さすがとしか言いようがないですね。

 

 友達になりたいというのなら、見習わなければなりませんね。はい。

 

「私だ」

「ですから千雨さん、せめてもう一言ないですか?」

「……私だ、ぞ?」

「そういうことではありません」

 

 千雨さんがノックをしてボケをかましていると、扉の向こう側から上品な足音が響きました。

 日頃からメイドプレイとやらをしているだけあって、完璧ですね。

 

「お待ちしておりました」

「お邪魔します」

 

 頭を下げて、中に入ります。

 ここに来るのも三度目ですが、相変わらずメルヘンチックな家ですね。

 

 ログハウスの奥、比較的広いスペース。

 その上座に、エヴァンジェリンさんが座っていました。

 ワイングラスに入れているのは、ブドウジュースでしょうか?

 

 ……ワイングラスで飲みたくなってしまう、思春期特有の“アレ”ですね。

 そっとしておきましょう。

 

「良く来たな」

「お招きありがとうございます、エヴァンジェリンさん!」

 

 ネギ先生が元気よく頭を下げて、私たちもそれに倣います。

 千雨さんは会釈程度に頭を下げて、そしてしきりに首をかしげていました。

 

「どうかしましたか?」

「いや……ツボーズが、な」

「エヴァンジェリンさんが疲れている、と?」

「妙なんだが……いや、気のせいだろう」

 

 ツボーズ、つまり凝りが見えたということでしょうか?

 それならば飛びついても不自然ではないのですが……様子がおかしいですね。

 

「綾瀬さん……会話、通じるんですね」

「桜咲さん? なんでしょう?」

 

 私を見て、桜咲さんが遠い目をしています。

 一体どうしたのでしょうか?

 

「まぁ、座れ。茶々丸、食事の準備を」

「畏まりました」

 

 一礼と共に踵を返す茶々丸さんの動きは、洗練されているように見えます。

 実は、将来は本職になりたかったりするのかも知れないですね。

 

「ご飯も全部、茶々丸さんが作ってるの?」

「そうだ。アレの料理は、美味いぞ」

 

 エヴァンジェリンさんは、いつもよりも余裕があるように見えます。

 なんだか、不思議な感じがしますね。

 

 どうでもいいですが、“あれ”という呼称って、亭主関白な旦那さんが奥さんに使いますよね。

 エヴァンジェリンさんが、せ――――いえ、なんでもないです。

 

 ……カカア天下かもしれませんし。

 

「綾瀬夕映、貴様、妙なことを考えていないか?」

「いえ、なにも?」

 

 わりと的確なことは想像していましたが、妙なことなど考えていませんよ。

 

「そうか……ふん、まぁいい」

 

 やはり、優雅にワイングラスを傾ける姿は、いつもと様子が違います。

 本当にどうしたのでしょうか?

 

「千雨さん、エヴァンジェリンさん、いつもと様子が違いませんか?」

「そうだな、ツボーズが、変だ」

「ツボーズに顕れている、と?」

「あぁ」

 

 千雨さんがツボーズに聞いたのなら、そうなのでしょう。

 やはり様子がおかしいのです。

 

「あぁ、夕映が遠いところに……」

「夕映……そんな遠くにいるんだね……」

「ハルナ?のどか?」

 

 先ほどから皆さん、何がどうしたというのでしょうか?

 

「お待たせしました」

 

 そうこうしているうちに、茶々丸さんが料理を運んでいました。

 姿が見えないと思ったら、木乃香さんたちは運ぶのを手伝っていました。

 

 むぅ、迂闊です。

 のんびりしすぎですね。

 

 並べられていく料理は、どれも豪勢なモノです。

 将来二人で暮らす為の、予行練習でしょうか。

 

「さぁ、乾杯だ」

『乾杯っ!』

 

 声が重なり、響きます。

 

 どうにも、違和感が残りますが……なんなのでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――4――

 

 

 

 ――――PM;19;53

 

 ゆっくりと、意識が浮上する。

 部屋の隅々で寝転がる、みなさんの姿。

 

 そういえば、食事が終わって少し経つと、妙に眠くなった。

 どういうことだろう?

 

「誰か、起きていませんか?」

「ネギ先生?」

 

 声をかけると、起き上がる影があった。

 頭を押さえながら眼鏡をかけ直す、千雨さんの姿だった。

 

「みんな、寝ちまったみたいだな」

「そうですね……どうしたんでしょうか?」

 

 明日菜さんの近くを見ると、カモ君まで眠っていた。

 カモ君は最近口数が少なかったし、きっと疲れていたんだろう。

 

「ん? マクダウェルがいないな」

「茶々丸さんも、いませんね」

 

 顔を見合わせて、首をかしげる。

 

「扉が開いているな」

「外でしょうか?」

「行ってみれば、はっきりする」

 

 扉に向かって歩き出す千雨さんを、追いかける。

 いなかったら、戻ればいい。

 だったら、夜風に当たるのも良いかもしれない。

 

「七時五十五分……あと五分で停電か」

「はい、本格的に暗くなる前に、戻りましょう」

「そうだな」

 

 ログハウスを出て、まっすぐ歩く。

 すると、少し開けた場所に、エヴァンジェリンさんの姿があった。

 

 良かった、すぐに見つけられたみたいだ。

 

「マクダウェル」

「? ――――来たか、長谷川千雨、ネギ・スプリングフィールド」

 

 フルネームで呼ぶのは、思春期特有の思考回路だと綾瀬さんから聞いたことがある。

 でも、どういうことなのか、僕にはまだ解らないことだった。

 

 そのうち嫌でもわかると、綾瀬さんは言っていたけれど……うーん?

 

「二人とも、確か私の“お友達”になりたいと言っていたな?」

「あぁ、言ったが?」

「はいっ!」

 

 エヴァンジェリンさんの隣に、茶々丸さんが降り立つ。

 空に浮かぶ下弦の月が二人を照らし、その存在を際立たせていた。

 

「私に、勝てたら、その要求を呑もう」

「勝つ?」

 

 千雨さんが、首をかしげる。

 そしてそれは、僕も同様に。

 

「茶々丸、カウントダウンだ」

「畏まりました、マスター」

 

 メイド服姿の茶々丸さんが、カウントダウンを始める。

 

 一体、何が起こるのか?

 何を、起こそうとしているのだろうか?

 

「――――三、二、一」

 

 そして――――エヴァンジェリンさんの身体から、漆黒の力が膨れあがった。

 

「ジャスト八時です」

「フハハハハッ――――これだ、この魔力だッ!今宵私は、封印より解き放たれるッ!!」

 

 大停電。

 それと同時に、エヴァンジェリンさんから膨大な魔力が解放された。

 

「さぁ、私に打ち勝ってみせ…………ろ?」

 

 同時に、エヴァンジェリンさんの身体から、無数の“怨霊”が解き放たれた。

 

 空を埋め尽くすほどの怨霊の姿。

 これはそう、この国に伝わる――――“百鬼夜行”の姿だ。

 

「なななな、なんだこれはッ!?」

「千雨さん、あれはいったい!?」

 

 僕は思わず、千雨さんを見た。

 先ほどから千雨さんは、妙に静かだった。

 

 だから、思ったんだ。

 ……なにか、心当たりがあるのではないのだろうか、と。

 

「疲労だ」

「え?」

「は?」

 

 エヴァンジェリンさんも、同時に声を出した。

 これが、千雨さんの見ていたという…………ツボーズなのだろうか?

 

「マクダウェルはさっき、封印から解き放たれると言っただろう?」

「いや、だからあれは――――」

「はい、言っていましたね」

「――――話しを聞け、貴様らッ!!」

 

 千雨さんは抑揚に頷くと、空に舞う怨霊を睨み付ける。

 その視線は、今まで見たどんなものよりも鋭かった。

 

「つまり、マクダウェルは疲労のことを言っていたんだ」

「そうか……封印されていたのは、良いマッサージ師が現われなかったことによって溢れ出た、疲労の姿……」

 

 父さんは、自分の力ではエヴァンジェリンさんを救うことが出来なかった。

 マッサージ師が現われなかったせいで――――父さんが、マッサージを出来なかったせいで。

 

「溜まりに溜まった疲労が、ツボーズの姿を変えた。禍々しい姿へと変貌したツボーズ」

 

 そこで千雨さんは一度切り、茶々丸さんに支えられて項垂れるエヴァンジェリンさんの姿を見た。

 エヴァンジェリンさんはひどい凝りのせいか、目に涙を溜めている。

 

「もう嫌だ……なんだこれ……」

「マスター!お気を確かに!」

 

 ひどく痛々しい姿。

 その姿に、胸が締め付けられる。

 

 エヴァンジェリンさんは、僕たちに――――自分の疲労に“勝って欲しい”と。

 そう、願ったんだ。

 

「そう、その名も――――“悪魔のイリュージョン”!!」

「……悪魔の、イリュージョン」

 

 あれが、悪魔なんだ。

 僕の村を襲ったような、黒く恐ろしい悪魔。

 

 長い間エヴァンジェリンさんを苦しめてきた、“悪”の姿。

 

「どうすれば、いいんですか?!」

「マッサージをすればいい」

「ならっ……いや、そうか」

 

 エヴァンジェリンさんを取り巻く、怨霊の姿。

 この怨霊がいる限り、千雨さんはエヴァンジェリンさんに近づくことが出来ない。

 

「それなら、どうすれば……」

 

 僕の魔法では、あの怨霊に効果があるか解らない。

 それに、かき消すほどの魔法が効果を持っていたとしても、それではエヴァンジェリンさんを巻き込んでしまう。

 

 何が、魔法使いだ。

 魔法は、こんなにも“無力”だというのにっ!

 

「一つだけ、方法がある」

「え――?」

 

 項垂れるエヴァンジェリンさんを見ながら、千雨さんがそう呟いた。

 

「ネギ先生、マッサージを……させてくれ」

「マッサージを?で、でも……」

 

 それが何の関係があるのか?

 そんな風に、今更千雨さんを疑ったりはしない。

 

 じゃあ、なんで僕は――――。

 

「無理にとは、言わねぇよ。嫌だったら他の方法を探そう」

「千雨、さん?」

 

 自分の戸惑いに答えを出すことが出来ず、僕はただ俯いていた。

 そんな僕に、千雨さんは優しく声をかけて、くれた。

 

「無理矢理やっても、笑顔はみられない――――幸せには、できない」

「ぁ――」

 

 そう言う千雨さんは、困ったような笑みを浮かべていた。

 

 思えば千雨さんは、一度も強制しなかった。

 マッサージをしようと思えばできる隙なんか、いくらでもあったのに。

 

 僕は――――僕は。

 

 そう、か。

 僕は、きっと怖かったんだ。

 

 マッサージをして貰うことによって、千雨さんが僕から興味を無くしてしまうような。

 

 ……そんな想像をして、怖かったんだ。

 千雨さんの“優しさ”を信じられず、身勝手な想像で――――怖がって、いたんだ。

 

「いえ……してください」

「ネギ先生?」

 

 もう、迷わない。

 千雨さんを信じる。

 

 信じることが――――できるから!

 

「僕にマッサージを、してくださいっ!!」

 

 僕が決意の声を上げると、千雨さんは大きく目を瞠った。

 その表情がなんだか可愛くて、僕は少しだけ頬を緩ませてしまった。

 

「いいのか?」

「はいっ!」

 

 千雨さんは僕に向かって、不敵に笑う。

 向かうところ敵なし。

 無敵のマッサージ師の、笑顔だ。

 

「任せておけ」

「はいっ!お任せします!」

 

 千雨さんが、僕の背中に回る。

 

 そしてその指を――――僕に深く、突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――5――

 

 

 

「あ…………ああぁぁあっっっ!?」

 

 ネギ先生の、凝りを解す。

 解して解して、解し……尽くす。

 

 すると――ネギ先生の身体から、輝くツボーズが出現した。

 半ば賭だったが、どうしてか出来るような気がした。

 

 強い気配を持つ人間ならば、きっと……絶対、出来ると思っていた。

 

「これ、は?」

「具現化した、ネギ先生の凝りだ。その名も――――“天使のイリュージョン”」

 

 舞い上がったツボーズ達が、怨霊にぶつかる。

 両者ともに阿鼻叫喚を上げながら消滅していく姿は、不気味だった。

 

「千雨さん……」

「言っただろ――――“任せておけ”ってな」

「……はいっ!」

 

 ネギ先生に背中を任せて、項垂れるマクダウェルの下へ走る。

 ネギ先生のツボーズでは、マクダウェルの怨霊を抑えきれない。

 

 だからこれは――――スピード勝負だ。

 

「絡繰、どけ!」

「しかし、私は――――」

 

 困惑した絡繰が、私に立ちふさがる。

 説き伏せる時間もなく、私は歯がみした。

 

「茶々丸さん!貴女の相手は僕です!」

「ネギ先生ッ!?」

 

 ネギ先生が、杖に乗って絡繰とぶつかる。

 ……たく、任せろって言ったのに、この様か。

 

「サンキュ、ネギ先生」

 

 小さく、口の中で呟いた。

 啖呵切っちまった後だし、妙に気恥ずかしい。

 

「さて――――行くぞ、マクダウェル!」

 

 マクダウェルに向かって、走る。

 項垂れるマクダウェルの後ろに回り込み、両脇を掴んで上に投げた。

 

 空中で回転している、その間に――――ツボを突く。

 

「胃兪、膈兪、肝兪……もっと早く、もっとだ!」

 

 間に合わない。

 手数が足らない。

 

 足らないのなら――――増やせばいい!!

 

「おぉぉおおおおぉぉぉッッッ!!!」

 

 一人で足らないのなら二人。

 二人で足らないのなら三人。

 三人で足らないのなら四人。

 

 四人で足らないのなら――――“五人”に、分身して。

 

「“五人のワルツ”!」

 

 押す。

 押して、抉る。

 押して、抉って、突き解すッ!

 

「天牖、翳風、迎香、缼盆、風門、肩井」

「完骨、風池、陽白、印堂、惑中、五枢」

「身柱、長強、大陵、伏兎、商丘、至陰」

「裏内庭、水突、絲竹空、肓兪、大腸兪」

「魄戸、壇中、神封、郄門、気舎、天枢」

 

 見える。

 限界を超えた私の視界に溢れる、輝くツボーズ達の姿が!

 

「秘奥義、真・千雨スペシャル――――――“千の雨――≪サウザンド・レイン≫”」

 

 マクダウェルの身体から光が溢れて、消える。

 

 空に舞い上がる、無数のツボーズ。

 次第に必要なツボーズだけが残り、奇麗な笑顔で笑っていた。

 

 それを見送りながら、大きく息を吐く。

 大停電が終わるまでまだ時間はあるが、街はツボーズ達で明るくなっていた。

 

「これにて、一件落着……かな?」

 

 なんにしても、うん。

 

 疲れた……な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――6――

 

 

 

 モニターの向こう。

 恍惚の表情で倒れ伏すエヴァンジェリンを、千雨サンが抱き起こす。

 

 それを茶々丸が引き継いで、その背に優しく負ぶったヨ。

 

「エヴァンジェリンは敗北。これで、自身の言い出した“約束”に従い、エヴァンジェリンさんは千雨サンの“友達”になる、ネ」

 

 安らかに眠る、エヴァンジェリン。

 その身体は、文字どおり“全て”から、解放されていタ。

 

 呪いの精霊が役割を終えル。

 それハ、簡単に言ってしまえば、精霊が役目を終えて“満足”することが必要ダ。

 

 エヴァンジェリンにかけられた呪いは強力で、サウザンドマスターでなければ、満足させられない……役目を終えさせる事が出来ない、“呪い”となってイタ。

 

 それを千雨サンは、マッサージという方法で精霊を“満足”させたネ。

 規格外にも、ほどがあるヨ。

 

「そして、マッサージを受けタ、ネギ坊主とエヴァンジェリン」

 

 それから茶々丸ヤ、桜通りの木々。

 特異な力ヲ身に宿す者と、霊地に存在する植物。

 

 その全てが――――存在としての力を強固なものにしていタ。

 

「だから茶々丸ハ、今までよりも強い感情を得るに至った、ネ」

 

 存在を強固にする。

 それが、“長谷川千雨流のマッサージ”の本当の姿だというのナラ。

 

「未来を変えるのに、魔法を広める必要などないネ」

 

 ソウ、救えばいいのダ。

 魔法世界ヲ、彼女のマッサージで、救えばイイ。

 

 でも、やはり、ただ任せるのは悔しいネ。

 だから、私ハ…………。

 

「フフ…………スマンな、ハカセ」

 

 ――――自分の手で、未来を救おウ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――7――

 

 

 

 昨日の大停電。

 そこで、私たちは本当の“友達”になった。

 

「マクダウェル、もう帰るのか?」

「バカモノ……私はこれから茶道部だ」

 

 部活に向かうマクダウェルや綾瀬、それに佐々木や神楽坂たちと別れる。

 そうすると、私はいつの間にか、ネギ先生と二人きりになっていた。

 

「千雨さん」

「どうした?」

 

 足を止めたネギ先生に倣って、私も立ち止まる。

 

「僕は、父さんのような“立派な魔法使い”に、なりたかったんです」

「なり“たかった”?」

「はい」

 

 諦められる、夢ではない。

 そう聞いたはずなのだが……どうしたんだ?

 

「僕は、父さんのように、ピンチになった誰かを……助けられる人に、なりたかった」

「……あぁ」

 

 誰かを笑顔に出来る人。

 誰かに……“幸せ”を、あげられる人。

 

「だから魔法を学んできました。復讐したいと思ったことも、あったけれど」

 

 復習?

 魔法の、か?

 

 ま、まぁいい。

 今はただ、続きを聞こう。

 

「けれどもやっぱり僕は……僕たちを助けてくれた父さんに、憧れた」

 

 誰かに憧れる。

 それならば私は……あのお婆ちゃんだろう。

 

 笑顔になることで、笑顔を分け与えられる人だった。

 

「でも、千雨さんを見ていて、わかった事があるんです」

「わかったこと?」

 

 ネギ先生は、私をまっすぐと見上げて、頷いた。

 

「本当に誰かを幸せにすることが出来るのは、戦う為の“魔法”なんかじゃない」

 

 自分の胸に手を当てて、そして――――力強く、笑った。

 

「誰かを癒すことが出来る――――“マッサージ”なんだ、って」

 

 両手を降ろすと、ネギ先生は背筋を伸ばして、そして勢いよく頭を下げた。

 

「千雨さん!僕を――――僕を、弟子にしてくださいっ!」

「弟子、って……マッサージの、だよな?」

「はい!」

 

 そう言われても、私はまだ誰かを弟子に出来る位置にいない。

 資格も取っていない、未熟な女子中学生だ。

 

「ちょっと待つネ!」

「超?」

 

 そんな風に答えに迷っていると、夕日を背に仁王立ちする超の姿があった。

 その顔は生き生きとしていて、最近の疲れを微塵も感じさせなかった。

 

「千雨サン……私モ、弟子にして欲しいヨ!!」

 

 ネギ先生の隣まで歩き、一緒に頭を下げる超。

 二人とも、どうしたってんだよ?……ったく。

 

「……私はまだ、誰かを弟子にできる位じゃねぇんだ」

 

 二人は、揃って肩を振るわせた。

 ぴったり揃ってんな。血が繋がってんじゃねぇか?

 

「だから――――まぁ、なんだ……とりあえず、入部するか? マッサージ研究会」

 

 ネギ先生は、まぁ監督扱いで何とかなるだろ。

 うちの顧問はテキトーだから、入るのは余裕だろうしな。

 

「はい! ありがとうございます!」

「ありがとう、千雨サン!!」

 

 顔を上げてハイタッチをする、二人の姿。

 そんな姿を見て、私は頬を掻いた。

 

 まぁ、なんだ。

 こんな風に騒がしいのも、悪くない、な。

 

 

 夕日の中、私たちはいつまでもそうして笑い合っていた。

 

 

 

 明るい未来を――――誓い合う、ように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――了――


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