――0――
――復讐。
かつての『大戦』の折り、笑顔で交わされた約束はついぞ守られなかった。
家で待っていたウチに告げられたのは、遺体もない訃報だけ。遺ったモノは遺産と、心に刻み込まれた絶望だけ。魔法使いどもに刻みつけられた傷跡だけが、じくじくと痛む。
だからウチは誓ったんや。
必ず仇は取る。ウチから幸福な未来を奪い取った魔法使いどもに目に物みせて、必ず後悔させてやる。
そう、両親の遺骨のない墓前で誓ったウチは、復讐のためにナニもかもを費やした。
友達も作らず。
恋人も作らず。
寝食を惜しみ。
脇目も振らず。
全ての時間を復讐のために費やして。
漸く、復讐の成る機会を与えられた。
関東魔法協会。
忌々しい魔法使いどもの巣窟から、魔法使いの世界に名を馳せる英雄の息子が親書を持ってあろうことか修学旅行に訪れるというのだ。
しかもその修学旅行には、近衛のお嬢様まで来なはるというやないか。これほどのチャンスが他にあろうか。これほどの機会が、二度とあろうか。
親書を奪い。
お嬢様の力を奪い。
リョウメンスクナを奪い。
ウチからナニもかもを奪った魔法使いから、ナニもかもを奪い尽くしたる!
そう、誓った。
のに。
「PD右――チェスタードロップ」
――バキボキゴキッ!!
「あふぁっ?!」
おとん、おかん。
うちはもう、だめかもしれまへん。
千雨からロマンス ~麻帆良学園按摩師旅客譚~ 前編
――1――
「あ、ツボーズ」
「修学旅行です。自重してくださいね、千雨さん」
思わず零した私の呟きに、すかさず綾瀬が応える。
確かに、ここは麻帆良学園ではない。少し、自重した方が良いのかも知れないな。
「ふ、はははははっ! 見ろ、千雨! 京都はもう目の前だぞ!」
「そうか。落ち着け、エヴァンジェリン。ツボーズが八つ橋型に変形しかけているぞ」
「こ、怖い冗談を言うな。お、おい、なんで目をそらした!? 答えんか!!」
「マスター、楽しそうでなによりです」
今まで疲労過多で身動きが取れず、修学旅行に行けていなかったというエヴァンジェリンも、ついこの間私が疲労から解放したおかげで来られるようになったそうだ。
まぁ、天使のイリュージョンまで使った甲斐があるというものだ。
綾瀬とは班が離れてしまったが、幸い、私の班には綾瀬の班と仲の良い連中が多い。他の班の合意もあって、私たち“六班”は、綾瀬たち“五班”と行動を共にすることに決まっている。
そんな私たち六班だが、残念ながら一人欠席者が出てしまった。いつも何故かツボーズだけが空中に浮かんでいる教室の左端、相坂だ。よって、私の班は――
「新幹線か……。麻帆良学園の外も十五年ぶり。人間どもの進化を見下してくれようぞ!」
「ああ、マスター。黄色い線の外側に立つと危ないです」
エヴァンジェリンと絡繰。
「……」
「またサーカスか? ほら、足を出せ。むくみくらいとってやるよ」
「……」
「気にするな」
「……」
「え? なんで言ってることがわかるかって? ツボーズに聞いたんだよ」
「?」
「?」
ザジと私、長谷川千雨。
「せっちゃん、京都やて! 楽しみやなぁ」
「あ、あの、私のような者がお嬢様の傍になど。ご、ご自分の班にお戻りください」
「せっちゃん、私と居るのが嫌なん?」
「そそそ、そいうわけでは」
「……そっかぁ、わかった。ほんなら、千雨ちゃんの傍にいくしか――」
「御側に置いてください! ……これ以上、お嬢様をとんでも世界に関わらせるわけには」
「――ほんまか!? うれしぃわぁ」
そして桜咲。
この五人で一班だ。五班のメンバー、神楽坂、近衛、綾瀬、早乙女、宮崎。この五人とうちの班はなにかと縁があるので、行動を共にすることになった、ということだ。
そうこうしていると、他の先生方と打ち合わせをしていたネギ先生が戻ってきた。
「千雨さん! おはようございます」
「ああ、先生、おはよう。楽しそうだな」
「京都は日本の古都ということですし、皆さんはそこまで縁の遠い場所ではないのかも知れませんが、海外出身の身としては、やはり楽しみです」
「そうだろうな。同じ外国人のエヴァンジェリンを見ていればわかるよ」
「はい、エヴァンジェリンさんは、僕のお父さんの力が及ばなかったせいで辛い環境に置かれていましたから、ああいう姿を見ていると安心します」
エヴァンジェリンはかつて、ネギ先生の父親がマッサージすることができなかったために悪魔のイリュージョンとなった疲労を封印することしかできず、そのせいでストレスから深夜徘徊を繰り返していた。
その封印はなんとか私たちで解いたのだが、その時のことを思い出しているのだろう。ネギ先生は遠い目をしている。
「父には憧れています。父のようになりたいとも思います。でもなにもかも父のようになってしまったら、きっと僕も、エヴァンジェリンさんのような存在を作ってしまうかも知れない。だから僕は決めたんです。僕は僕なりに、誰かを救える存在になる。偉大な魔法使いではなく、偉大な魔法按摩師になるって」
先生はそう言うと、まっすぐと私を見つめる。
その視線に私は、恥ずかしながら少しだけ見ほれてしまった。なんというか、夢を目指す人間というのは輝いて見える。私がその夢の一助となれることが、今は純粋に嬉しい。
「今は、千雨さんとの関係は言うなれば師弟のモノだけです。ですが僕は、いずれは千雨さんの――」
「先生! 点呼の時間ですよ」
「――あ、綾瀬さん」
「ほら、なにをしているのですか。もう人は集まっているです」
「今のタイミング、わざとですね……。いえ、なんでもないです。それではみなさん、点呼を取りながら新幹線に乗りますよ!」
ネギ先生はなにやら言いかけて、綾瀬に遮られると、点呼に行く。
すると今までの空気はどこへやら。綾瀬が私の隣に並んで、ほぅっと大きく息をついた。
「綾瀬……疲労か?」
「あ、いえ、どうでしょうか?」
「少し寝不足だな。席につくまで眠気覚ましをしてやるよ」
「ありがとうございます」
どれどれ。
――眠気覚ましは中衝(ちゅうしょう)! 会谷(ごうこく)! テンポをつけてゆっくり深く押すべし!!
――2――
ついに修学旅行が始まりました。
私にハンドリフレを施した千雨さんは、意気揚々と自分の班へ戻っていかれました。私はそんな千雨さんの背を見送ると、自分の班のブースに戻ります。
「のどか、この修学旅行は勝負です」
「う、うん―」
「良いですか。のどかがネギ先生と親密になる。その際に一番の障害である千雨さんは私が引きはがす。これでいきましょう」
「ゆ、ゆえっち、隠さなくなってきたね」
「黙りなさい、ハルナ」
そう、もうなりふり構っていられないのです。
エヴァンジェリンさんと友達になったあの大停電以来、千雨さんの周りには多くの人が集まりました。
その中でも千雨さんに常識の壁を食い破られて胃を抑えていたはずの超さんや、ちょっと距離を置いていたはずなのにいつの間にかべったりになっていたネギ先生。
もりもりと増えたライバルを前に、私は照れなど捨てたのです。こんなに辛いのなら照れなど要らぬ! なのです。
「夕映ちゃんってあんなにアグレッシブだったんだね、木乃香」
「千雨ちゃんといるときの夕映はだいたいあんな感じやで、明日菜」
「千雨ちゃんかぁ。スポーツ整体でもやってもらおうかなぁ」
明日菜さんと木乃香さんの会話を尻目に、私は席を立ちます。
みんなが思い思いに席を立ってゲームなどに移行し始めると、当然、解き放たれた千雨さんは飢えた獣のように疲労を探し求めることでしょう。
そう私は己の身を差し出す覚悟で千雨さんの席に行くと、彼女の周りにはあまり馴染みのない方々が集まっていました。
「千雨ちゃん質問いーい? なんか最近、千雨ちゃんの周りに人が増えたけどさ、誰が本命なの?」
「朝倉さん、あまり千雨さんにご迷惑をおかけするモノではありませんわ。……ネギ先生では、ないですよね?」
「あらあら、あやかったら」
「ちづ姉ぇ、おばさんっぽ――ひぃっ!?」
朝倉さんや雪広さんの班、三班にどうやら引きずり込まれたようです。
ですがまぁ、話をしている話題は好都合。私も寄らせていただくことにしましょう。
「やっぱりため込みやすいから綾瀬(のコリ)が一番かな」
「おおおおお?! ゆゆゆゆえちゃん! 本命宣言だよ!」
「私には副音声が聞こえますので、この程度では今更です」
「へ?」
朝倉さんは興奮した面持ちで私に詰め寄りますが、どうせあれはあれです、綾瀬“のコリ”とか言っているのに違いありません。
「あとはそうだな、そこの販売員のお姉さんかな」
そういって、千雨さんは車内販売のお姉さんを指さします。
またそうやって見境もなく……。
「ええっと、好みのタイプってこと?」
「いや、おそらく日頃から右足を上にして足を組んでいるんだろう。右短化肢だな。脊椎もやや旋回している」
「へ? ん? ええっと、どうすればいいってこと?」
「まぁ、見ていてくれ」
そう言うと、話しについて行けない朝倉さんを置いて販売員のお姉さんの元へ歩いて行きます。
お姉さんは何故か座席をゆっくりと移動していて、なにかを確認しているようでした。千雨さんが言うように疲れかなにかで調子が悪いのでしょうか。
「お姉さん」
「あ、はい、お弁当――」
「少し、【身体を貸してくれ】」
耳元で呟く動作。
フェロモンボイス、ローレライを使いましたね、千雨さん。
一般人にあれはつらいと思うのですが。
「Ⅰ――」
ワン、と千雨さんは数えるように呟きます。
そして力が抜けて倒れそうになるお姉さんの背中に拳を当てて、お姉さんを抱え込みながら千雨さんも倒れていきました。
「PD右――チェスタードロップ」
――バキボキゴキッ!!
「っっっ!?」
地面にたたきつけられ、背骨から音を鳴らすお姉さん。
だというのに痛みはないのか、恍惚としています。なんでしょう、あれは。あまり見たことのないテクニックですね。
「Ⅱ――」
素早く起き上がらせて、今度は空いた座席を倒して横にしました。
端から見ると突然倒れたお姉さんを介抱しているようにしか見えないのが恐ろしいところです。
「脚から――背骨コンディショニング」
今度は片足ずつ持ち上げて、なにやら伸ばしたりひねったりしています。
お姉さんの表情は、なんと言えば良いのでしょう。「悔しい、でも」というような感じでしょうか。
「Ⅲ――」
今度は素早く頭側に回ります。
そして両手を首の裏に回して、持ち上げました。
「髄液循環――フィギュアエイト」
なにやら首をぐるぐると回します。
この時点でお姉さんは心が折れそうな表情。ああ千雨さん、あなたはどこへ行ってしまうのですか……。
「ラスト――」
最後は頭に指を。
これまでとは考えられないような柔らかい手つき。そのギャップに、お姉さんは目を見開きました。
「真空――ペインコントロール」
「ぁ」
小さく声を漏らすお姉さん。
気のせいでしょうか。黒い“靄”のようなものが、お姉さんの身体から抜けていきます。そしてお姉さんはあまりの快楽に耐えられなかったのか、そのまま寝てしまいました。
「ふぅ。ま、こんなもんかな」
「今のはなにをやったのですか?」
「カイロプラクティックを初めとして……まぁ、色々だ。骨盤を矯正して身体のねじりをとり、脳髄液の循環を安定させる。寝たときの身長になるから一センチか二センチは身長が伸びるし、風邪も引きにくくなるんだ」
「おお、それは私にやっていただいても?」
「いや、綾瀬たちはまだ若いからな。あれをやるほど歪んでないんだよ。できればあのお姉さんも定期的に矯正してやりたいんだが、まぁ、難しいだろうな」
「むむ、なるほど。そうですか」
そう千雨さんは座席で眠りにつくお姉さんを、どこか憂いに満ちた瞳で見つめます。
――どうでもいいですか、誰かお姉さんを起こした方が良いのでは……?
――3――
此度の修学旅行には、様々な懸念があった。
「せっちゃん、良い眺めやなぁ」
「そ、そうですね、お嬢様」
「飛び降りたら助けてくれる?」
「もももももちろんです」
東西の和解を妨害する過激派。
それと、このちゃ……お嬢様を狙う強行派。
いずれの妨害も覚悟して望まなければならないだろう。私はそう心に決め、いざとなればネギ先生を援護するつもりだった。
「ほらほら、縁結びやて。ウチとせっちゃんの縁を結んでくれたのは、千雨ちゃんやけどなぁ」
「え、えん?! そのあのえとわ、わたしは」
当初は、今この時間にも妨害が始まると思っていた。
だから私は身分差も、掟もあるというのにぐっと堪えてお嬢様の御側で護衛をしている。だというのに。
「ほら、せっちゃんも飲んでみぃ。おいしいで?」
「こ、このちゃん、せやかてウチ」
「やっとこのちゃんってよんでくれたなぁ。えへへ」
「あわ、あわわわわ、私はここで失礼しなければならない用事があれでそれで」
何故、来ない。
なんだ? 未熟な魔法使いと魅力的なお嬢様が土鍋に入って誘っているようなモノだろう。いや、決して来て欲しいわけではないが、こう、警告をかねて落とし穴を掘るとか、苻術で両生類をけしかけるとか、色々あるだろう。
なにを手をこまねいているんだ、刺客め!
「そうなんか? ほんならしょうがないわ。おーい、千雨ちゃーん」
「用事、って、なんでしたっけ? あははは、忘れてしまいました」
「そんなら、もうちょっと一緒におれるん?」
「は、はははは、もちろんですよ、ふふふふふ」
「やったぁ! なら次は、恋占いにいこか」
お嬢様に手を引かれ、ずるずると引きずられていく。
強かになりましたね、お嬢様。まさか故意ではないだろうけれど、長谷川さんの近くに居ると何故か超常現象のオンパレードで瞬く間に魔法バレ。不甲斐ない護衛はこのちゃんの涙を前にハラキリ確定な未来は目に見えている。
長谷川さん、何故魔法も気も使えない貴女の周りはそんなに混沌としているのですか。
……ところで、お嬢様。ほんっとうに、わざとやっていませんよね?
――4――
――いいかい、千草。
――忘れては、いけないよ。
――おとん、おかん? なんや?
――僕たちは、千草に“ ”になって欲しい。
――“ ”?
――そうや。なぁ、千草。約束してくれるか?
――もちろんや! ウチ、絶対、“ ”になったる!
――そうか。なら、安心やな。
「夢、か」
目が覚めると、ウチはひとりで横になっていた。
いつの間に拠点に帰ったのか。夢見心地でぼんやりとしていたから、覚えていない。
「なんや。よう覚えとらんわ。なんの夢をみとったんかなぁ」
空を見ると、もうすぐ夜明けといったところか。
空は群青色に染まっていて、東の空は柔らかい橙色にかわりかけていた。
「らしくないわ。ウチ、なにをやっとんのやろ」
あくびを一つ。
それから、もう一度、布団に横になる。
いったいどうしてこんなにも安らかなのか、うとうととした気持ちで昨晩のことを思い返し――
「あ」
勢いよく起き上がり、電子時計を確認する。五時五分、その上の日付は、思っていたモノとは違っていた。
「ね、寝過ごしてもうたんか……?」
お嬢様を狙った計画。
落とし穴の準備道具。カエルの苻。駅に張る予定だった人払いの結界苻。
全てが手つかずのまま、気がついたら翌日になってもうた。
「なん、ななな、なんなん、なん?」
そんな、ばかな。
ウチの計画が。ウチの準備が。ナニもしていないのに、練り直しにせねばならんのか。
「そ、そうや。あの小娘の整体がえろぅ気持ちよーて、気がつけば夢見心地にふらふらと戻って、それで」
なんでや。
なんで戻ったんや。
調子がよくなったんなら、そのまま襲撃すればよかったやん。
「あ、はははは、あの小娘! 絶対にゆるしまへん、絶対にや!!」
作戦は立て直し。
ウチは動けん。だが、ウチは、や!
「もしもし……ウチや。剣士? そっちは明日や。今日は今から言う特徴の小娘をちょいと泣かせて引きこもらせてくれればええ。……なんや。不満? 仕事やで!」
ふ、ふふふ。
幸い、今日は初日になにもなかったから警戒もゆるんどるやろ。となれば、小娘一人虐めて戦線離脱させることくらい、秘密裏にできるはずや。
「確かあの小娘、ちさめ、ゆうたなぁ。ふ、ふふふ、このウチを素早く戦線離脱させた罪、泣きながら思い知ればええ!!」
拠点に、笑い声が響く。
ウチはもう、今日見た夢のことなど、欠片も覚えておらんかった――。
――了――