千雨からロマンス   作:IronWorks

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第13話

――0――

 

 

 

 好きだった。

 

 普段は子供らしくて可愛くて。

 なのに、時々わたしなんかよりもずっと大人びた表情をする。

 大きな夢を持っていて、そのために頑張っていると聞いたことがある。

 十歳なのに、四歳も年下なのに、わたしなんかよりもずっとずっと大人で、かっこいい。

 

 そんな、わたしの好きな人。

 ネギ先生は、最近、知らない表情をするようになった。

 

 柔らかい笑み。

 優しげな表情。

 包み込むような、声。

 知らないうちに、ネギ先生は、憂いと喜びのない交ぜになった表情で空を見上げるようになった。

 

 ううん。

 違う。認めなきゃ。

 ネギ先生の表情は、見たことがある。

 わたしがいつか、“いい顔”をしている、とパルに描いて貰ったわたしの横顔。

 その時に浮かべていた表情に、よく似ていたんだ。

 

 わたしは、宮崎のどかは、ネギ先生に恋をしている。

 でもネギ先生は、わたしではない人に、恋をしている。

 

 それでもいい。

 まだ、ネギ先生の恋が成就していないのなら、わたしも最後の最後まで頑張らせて欲しい。

 初恋は実らない。そんな陳腐な言葉でわたしの恋を終わらせないで欲しい。

 

 だから、勝負です。ネギ先生。

 ネギ先生の恋が成就するのが先か、わたしがネギ先生を振り向かせるのが先か。

 

「ネギ先生! よろしければ今日の自由行動、わたしたちと回ってください!!」

 

 もう、迷わない。

 わたしが迷った隙に、ネギ先生は千雨さんに惹かれてしまった。

 だからわたしは、もう、躊躇わない。

 ためらいの先が、後悔だと知ってしまったから。

 

 

 

 だから、覚悟してくださいね。

 ネギ先生――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千雨からロマンス ~麻帆良学園按摩師旅客譚~ 中編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――1――

 

 

 

 ――ミッションインポッシブル。

 

 のどかの決意を聞かせて貰った私たちは、のどかとネギ先生が二人きりになれる状況を作ってあげることに尽力するのです。

 パルとこのかが他の班員を引き離し、私があっちにふらふらこっちにふらふら、疲労を求めて姿を消すことに定評のある千雨さんを連れ出す。

 いざとなったら私の身体でも捧げれば、千雨さんの時間は稼げる。ふふ、完璧です。

 

 それにしても、気弱だったのどかが一変の迷いもなくネギ先生を誘うとは、予想外でした。てっきりネギ先生人形に予行演習をする、くらいはあると思ったのですが……。

 のどかは起き抜けから決意の表情で、ネギ先生に飛びつこうとするまき絵さんの眼前にすっと移動して、誰よりも早くネギ先生を誘ったのです。

 なにがのどかを突き動かしたのか。

 どうせ千雨さんのせいなのでしょうけれど、と考えてしまうのは流石に千雨さんに悪い気もします。まぁ、関わっていないとも信じ切れませんが。

 

 とにかく!

 今日の奈良観光。

 この重要な任務、必ず成功させて見せましょう!

 

「行きますよ、パル! このか!」

「よーし、のどかのためだ! 頑張るよー!」

「せっちゃんと協力して、エヴァちゃんと茶々丸さんは引き離すで~」

「お、お嬢様、それは……」

「千雨ちゃんの方が良かったえ?」

「…………………………ご一緒させていただきます」

「ほんならそうしよかー」

「……………………………………はい」

 

 朝食後。

 奈良公園の観光が始まって直ぐ。

 のどかと明日菜さんとエヴァンジェリンさんと茶々丸さんとザジさん、それから千雨さんが溜まっているあたりに目標を付けます。

 そして、パルがザジさんと明日菜を連れ出し、このかたちがエヴァンジェリンさんたちを引き連れ、私は千雨さんの手を引きます。

 

「千雨さん、こっちで一緒に回りましょう」

「ん? ああ、わかった」

 

 千雨さんの手は温かい。

 マッサージをするのに、手は温かい方が良いそうだ。そう自慢げに言われたことがあったことを思い出す。

 

「どこへ行く?」

「そうですね。とりあえずは、もう少し鹿を見ましょう。見たかったんですよね?」

「ああ、よくわかったな。私が鹿のツボーズを見てたこと」

「わかりますよ」

 

 千雨さんにしか見えない謎の生き物、ツボーズ。

 そのツボーズを見るとき、千雨さんは焦点の合っていないような眼をしています。

 これで気がつかないはずがないです。

 

「動物にもツボがあるのですね」

「まぁな。ツボなんてモノは、簡単に言えば、そうだな……身体を“地図”だと表現したときの交差点だ。押して流れを良くすれば渋滞になりにくくなるし、交通の流れもスムーズになる。人間も動物も生きている以上は血管や神経の交わるところや集まっているところはあるからな」

「なるほど。千雨さんの話は、わかりやすいです」

「そ、そうか? ええっと……ありがと」

 

 千雨さんはそう、頬を掻いて少しだけ目を伏せました。

 非常に珍しい、千雨さんの照れ顔です。来て良かった奈良公園。

 

「ふふふ、待っていろよ、鹿。おまえたちの疲労も今日までだ」

「楽しそうで何よりです」

「綾瀬、おまえの身体もあとでほぐしてやるよ。その、なんだ……礼に、さ」

「楽しみにしています」

「ああ!」

 

 嬉しそうに鹿に駆け寄る千雨さんの後ろに、ついて行きます。

 その駆け寄る背中から覗く耳が少しだけ紅くなっていたことに、思わず、笑みを零してしまいました。

 

「私も、負けていられませんね、のどか」

 

 私たちは女の子同士です。

 恋か好きかなんかわかりません。一緒に居ると嬉しくて、誰にも渡したくないと思う瞬間があって、それはでもきっとかけがえのない親友相手にだって抱くことがある感情だと思うのです。

 だから私は、私が千雨さんに抱く感情が、恋か好きかなんかわかりません。でも千雨さんと一緒に居たいから、千雨さんも私に対して私と同じくらいに好意を寄せて欲しい。

 だから千雨さんに最初に踏み込むのは、いつだって私であって欲しいのです。

 

 女の子同士。

 だからどうしたというのですか。

 きっとあと十一~十二年もすれば、全米で同性愛が認められるとか、そんなんになるに決まっているです。

 だったらもっと積極的になっておけば良かったと後悔しないように、やれることは全てやってしまえばいい。

 その終着地点が恋だとしても、好きだとしても、一番近くまで行ってしまえば変わらないのですから。

 

 なにやら、ライバルも多いことですし。

 とくにネギ先生はだめです。異性の恋人なんか出てきたらそっちにべったりに決まっています。

 

「負けませんよ、ネギ先生」

 

 千雨さんの隣に立つのは、この私なのですから。

 

「さ、千雨さん、そろそろ次に……」

 

 気持ちを新たに、千雨さんに声を……声、を?

 

「あ、あれ?」

 

 ……もしかして、見失ったのです?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――2――

 

 

 

「綾瀬?」

 

 気がついたら、公園に一人で立っていた。

 さっきまでほぐした鹿たちに群がられていたはずなのに、“不自然”なほど、鹿も人もいない。

 

『ここ斬るよ!』

 

 と、突然聞こえてきたツボーズの声に従い、施術ステップで横に跳ぶ。

 すると、私が今まで立っていた場所に日本刀が落ちてきた。

 

「面白くないお仕事だと思ったので~、不意打ちだったのですが~?」

 

 薄い髪色とゴスロリファッションの少女が、私にそう声をかける。

 全身からわき出るツボーズは一様に目の色を反転させていて、『斬るよ!』『ズバッ! ズバッ!』と奇声を上げていた。

 

「――(ツボーズが)闇に囚われているのか」

「へぇ~? 初見で、ですかぁ~。ふふふふふ、思ったより楽しめそうでなによりです~」

「何が目的だ」

 

 いきなり斬りかかると言うことは――間違いなく、ツボーズに支配されている。

 今まではそんな非常識な現象は無いと思っていたが、エヴァンジェリンの一件から私の中の価値観は一変した。

 強く歪むほど溜まった疲労は、宿主に呪いをかける。おそらくこの少女もそうなのだろう。なんということだ。

 

「お初にお目に掛かります~。京都神鳴流、月詠です~。貴女を痛い目にあわせるように承ってきましたので~」

「痛い目にあわす? なるほど、(ツボーズの)命令のままに動いている、ということか」

「冷静ですね~。どこまでできる人なのか~、楽しみになってきました~」

 

 少女――月詠はそう言うと、ツボーズと同じように目を反転させる。

 私はそんな彼女を悪しきツボーズから解放するために、マッサージの基本スタイルの一つ、脚を前後に広げる“フェンサーズスタイル”の構えをとった。

 

「おや~? 剣の使い手ですか~? 得物がないようですが~?」

「ああ、拳も使える。獲物は全身だ」

「ほう、拳を剣に見立てる流派ですか~。楽しみです~」

『早速斬るよ!』『なぎ払いに見せかけて』『唐竹!』『縦割り!』『家族割り!』

 

 ツボーズに従って、施術ステップ。

 横に跳ぶと月詠の剣が通り過ぎる。

 

『避けても無駄!』『右から来るぞ!』『真っ二つ!』『半額お得割り!』

 

 施術ステップ。

 分身アタック。

 分身ステップ。

 施術ステップ。

 施術ジャンプ。

 

 どうにか隙が見当たれば良いのだが、早すぎて避けるので精一杯。

 いくらマッサージのために体力をつけていると行っても、八時間連続で全力施術をしてもクオリティを下げない程度の力でしかない。

 プロのように十二時間連続施術を全力行使しても息切れ一つないようならば良かったのかも知れないが、私は所詮中堅だ。

 日が落ちる頃には、体力で負けてしまうことだろう。

 

「お姉さん~、やりますなぁ~。にとうれんげき、ざんがんけーん」

「施術ステップ! からの施術受け身!」

 

 手強い。

 なんとしても動きを止めなければ彼女の身体から疲労の悪魔を解き放てないというのに。

 

「今、解放してやるからな」

「解放、ですか~? ウチは別に、操られてここにいるわけではありまへんよ~?」

「いいや、操られている。――その身に宿す、(ツボーズの)狂気に」

「ほう? ウチが、狂気に操られている、なんて。うふふ、面白いことをいいますなぁ~?」

 

 その狂気から解き放たれてない限り、彼女はきっと銃刀法違反で捕まってしまう。そして法廷で弁護士に「過度な中二病のため」と庇われてしまう。

 そんな、疲労に囚われたせいで未来を穢すような真似は、認めちゃいけない。他の誰が見逃しても、私は、マッサージ師を目指す私だけは、立ち向かわなきゃいけないんだ!

 

「避けられるのなら~、避けようのない一撃を加えるだけです~」

『ビリビリ行くよ!』『雷どっかーん!』『雷鳴雷鳴しゅっしゅしゅー!』

 

 雷?

 スタンガンか?

 どうする? 流石に雷よりも早く動けない。その前に無力化せねばならないというのに、どうすればいい?!

 

「にとうれんげき、らいめー――」

「あ、忘れてた。――【刀を捨ててくれ】」

「――っっっ?!?!」

 

 耳を押さえて、刀を取りこぼしてうずくまる月詠。

 いや、最初からこうしておけば……ほら、対話できたし! 問題ないな、うん。

 

「【ふぅ、手荒な真似をして、ごめん】」

「っ?! っ!? っっ!!」

「【ああ、また元気になっても困るからな。このまま施術するぞ】」

「っ!?!?」

 

 月詠は、力の入らない脚を動かして、懸命に後ずさろうとする。

 だが地面にへたり込んだまま動くこともできず、紅い顔で涙をため、ただ首を振っていた。

 

「【なに、痛くはしない。むしろ気持ちいいんじゃないか?】」

「っっっっ!!!!!!?」

「【千雨スペシャルVer.3,06b――トライドライブロマンス】」

 

 三人に分身した私を見て、月詠の表情が絶望に染まる。

 悪いが、その狂気のツボーズ――全部、ほぐしきってやる!!

 

「っ?! っ!? ――――――――――――っっっっっっ!?!?!!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千雨さん! どこに行っていたのですか? 探しましたよ」

「ああ、綾瀬か。すまん、ちょっとツボーズを浄化してきた」

「はぁ? まぁ、良いです。続きを回りましょう」

「そうだな。いや、良いことをしたあとは、気持ちが良いな」

「いいから、行きますよ」

 

 

 

「月詠、か。無事に帰れたら良いんだが、まぁ気持ちよさそうに寝てたし、大丈夫だろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――3――

 

 

 

 月詠を刺客として送り出したあと。

 ウチの準備も、順調に進んできた。

 明日は戦力として呼び寄せた傭兵の小僧と、新入りが戦力として数えられる。

 

「千草さん、仕掛けるのは明日かい?」

「うぉっ、新入りか? いつの間に来よったんや」

「準備はどう?」

「無視かいな。まぁええわ。準備は万端や」

 

 ふふふふふ。

 月詠があんなどこにでもいそうなマッサージバカに負けるとは思えん。

 不安要素もなく、準備も万端。その上敵も襲撃らしい襲撃がないから油断しきっているはずや。

 

「ん? 月詠さんが戻ったみたいだね」

「おお、どうやった? 妙にすっきりしとるみたいやけど」

「失敗してもうたわ~。えろう、すんまへんなぁ~」

「ふっふっふっ、やはりメタメタにしたった……え?」

 

 心なしかつやつやとしている月詠が、申し訳なさそうに頭を下げる。

 あれ?

 

「あんまりひどいことはしたくないのですが~。お仕事ですので、明日はがんばりますぅ~」

「月詠さん? 雰囲気、変わったね」

「そうなんですよぉ~、フェイトさん~。ウチ、今までの自分が恥ずかしいですわぁ~」

「ふぅん、それが例のマッサージの効果か。興味があるね」

 

 ほのぼのと話す二人の傍で、ウチは思わず固まる。

 いや、いやいや、いやいやいや、ちょっと待てい。不意打ちで倒せといったのに、何故負けた。

 というか、え? じゃあ明日もあの小娘、元気にしているの? え?

 

「千草さん」

「な、なんや」

「それなら、その長谷川千雨の相手は僕がするよ」

 

 新入り、フェイトはそう言ってウチを見る。

 まぁ、誰かが相手にしなければならないのであれば、こんなんになってしまった月詠や、あっさり懐柔されそうな犬っころよりもよっぽどいい。

 なによりも、ウチ、行きたくないし。

 

「ほな、頼んだで」

「任せて」

 

 そういって頷くフェイトに、任せることに決める。

 フェイトが足止めしてくれるのなら、それに越したことはない。

 

 ふふふふふふっ。

 悲願の成就まであと僅か!

 ウチは、絶対やり遂げてみせるで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見極めが、必要かも知れないからね。我らのために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――了――


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