千雨からロマンス   作:IronWorks

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第3話

――0――

 

 

 

 この麻帆良学園は、私の感性で見て色々とおかしいところがある。

 

 島が丸ごと図書館で、しかも中身はダンジョンじみているとかいう、図書館島。

 明らかに世界遺産レベルなのに、取材なんかは一度も来たことがない世界樹。

 常識外れな部活動や、オリンピックレベルの身体能力を持つ生徒、先生達。

 

 この、ただの中学生に使わせるには色々とおかしい大浴場も、その一つだろう。

 

 だが、私はこの風呂が気に入っていた。

 広い空間でのんびり出来るということは、リラックスできるということ。

 その後は血流が良くなって、マッサージの効果が上がるという、ことなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千雨からロマンス 第三話 ~ドッヂボールで親指パニック!?~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――1――

 

 

 

「大浴場、バンザイ」

「真顔で何を言っているですか。千雨さん」

 

 自分で言って自分で頷いていた私に、綾瀬が嫌そうな表情でツッコミを入れた。

 そんなことを言われても、困る。私は、表情を変えるのが苦手なのだ。

 

「綾瀬、また凝っているぞ?」

「ハルナの手伝いのせいですね。おそらく」

「と、いうことは早乙女と宮崎も……おぉ、イキの良いツボーズだ」

 

 私に向かって、沢山のツボーズが手を振っていた。

 早乙女の天柱と風池は、私の常連だ。あいつは目を使いすぎる。

 まぁ葉加瀬もそうなんだが……私がマッサージをするのを妙に嫌がるんだよな。

 

 常識がどう、科学がどうと、ぶつぶつと頭を抱えだすのだ。

 マッサージ師のことが信じられないのなら、一度“大貫マッサージ学校”にでも行ってみればいいのに。

 

 マッサージ界のキングとか呼ばれている大貫先生の学校。

 あそこへ行けば、私クラスのマッサージ師なんざごろごろしてるぞ。

 

「ままならないな」

「何がですか?」

「キングの下へ行けば、葉加瀬も救われるだろうに」

「あ、新手の宗教でしょうか?」

 

 綾瀬は、たまに失礼なことを言う。

 突拍子もないことを、とは言うが、話しの流れから自然な会話だったろうに。

 

「ところで千雨さん」

「なんだ?」

 

 頭を洗っていた私に、綾瀬がため息をつきながら尋ねた。

 人の顔をまじまじと見つめながらため息とは、失礼なヤツだ。

 

「……どうして、眼鏡を外していないのですか?」

「趣味だ」

「――――素顔が、みられないじゃないですか」

 

 丁度、桶で頭を流した瞬間に、綾瀬が何かを呟いた。

 しかし、水の流れる音でまったく気がつかなかった私は、よく解らずに首をかしげた。

 

「うん?何か言ったか?」

「な、何でもないです!」

 

 変な綾瀬だ。

 まぁ、綾瀬は普段でも、時々変だが。

 どうも、私と話していると綾瀬は脇道にそれることがあるのだ。

 

「――――そう、例えば、プロポーションも完璧な、この私のような」

 

 雪広の声が、大浴場に木霊する。

 考え事をしている最中に、話が進んでいたようだ。

 

「なぁ綾瀬、なんの話しだ?」

「あっ、千雨ちゃん!胸の大きい人の部屋に、ネギ先生が移るらしいよ~」

 

 割って入った早乙女が、私に説明をした。

 胸の大きい人というのがなんの関係があるのか解らないが、とにかくプロポーションの良い人間の部屋に移る、ということになったのだろう。

 

 ネギ先生が部屋に来ることに、いったいなんのメリットが……。

 

「……部屋に来る、だと?」

「ち、千雨ちゃん?」

 

 早乙女が、なにやら小さく呟いて後ずさる。

 だが、雑音なんか聞こえない。

 

「胸はこのクラスでは平均的だが、腰のくびれやバランスには自信があるぞ。プロポーションの善し悪しで決めるのなら、私の部屋が適任だ」

 

 腕を組み、胸を張る。

 マッサージで鍛えられた肉体に、恥ずべき部分など無い。

 私はそう断言できる程度には、マッサージ師として己の肉体を磨いている。

 

 第一、美容のための整体もするんだ。

 私自身が説得力のある肉体でなくて、どうするというんだ。

 

「そ、それなら私は、全然ダメですね……」

 

 と、呟いたのは、雪広ではなく宮崎だった、

 そういえば、宮崎は先生に片思いだったはず。

 あれからちょくちょく会いに行ってはいるようだが、進展はないと聞く。

 そんな時に名乗り出るのは、まずかったと言うことだろう。

 

「あ、こんちゃー、いいんちょ」

「こんばんはー」

「お、時間どおりにみんな入っているなんて、珍しいな」

 

 私たちが揉めている間に、人が集まってきてしまったようだ。

 眼鏡が曇ってきたので、ツボーズが見えなくなり始めたのが、残念だ。

 

「ん?」

「どうしました?」

「いや……なんでもない」

 

 一瞬、岩陰にツボーズが見えた気がしたのだが……気のせいか。

 眼鏡の曇りで、本当に見えない。

 

「ところで綾瀬」

「なんですか?」

 

 胸が小さいことを、気にしているのは解る。

 宮崎もプロポーションのことで気に掛かる部分があるようだったし、それは一部の他の連中にもいえることだろう。

 

 ここは、一石投じて一度に何羽も手に入れてみるとしよう。

 

「胸の大きくなるマッサージや、美容に効くマッサージも、あるぞ?」

「本当ですかっ?!」

 

 食いついた。

 他の連中――鳴滝姉妹や、宮崎、あと……マクダウェルもか?――も、耳を傾けている。

 

「マッサージをすることにより血行をよくするんだよ。そうするとエネルギーを消費させて脂肪を燃焼できるんだ。……で、身体の余分な水分や老廃物が排出される、と」

 

 つまりは、マッサージによるダイエットだ。

 乙女の永遠の悩みも、マッサージで気持ちよくなりながら何とかなる。

 おまけに、部分痩せで好みの体型に変わっていくことが出来るのだ。

 

「もちろん個人差はあるが、風呂上がりにやってみようか?」

「ぜ、是非!」

「わ、私もお願いします!」

「ぼぼぼ、ぼくたちもっ」

 

 集まってくるクラスメート達に、ほくそ笑む。

 獲物は大漁。今晩は、ご馳走(フルコース)と洒落込めそうだ。

 

 鳴滝姉妹なんかは、普段は妙な警戒心を持って近づいてこないからな。

 私がそうもくろんでいると、綾瀬が胡乱げな目で私を見ていることに気がついた。

 

「なんだ?」

「千雨さんの頭の中を、一度覗いてみたいです」

 

 その言い方じゃ、私が理解不能な思考回路を持っているみたいじゃないか。

 失礼なやつだ。

 

「失礼なことを――」

「ネギ先生ーっ」

「――なんだ?」

 

 急な騒ぎになったことで、私は話を切る。

 慌てて眼鏡をずらすと、そこにはツボーズの集合体。

 もとい……ネギ先生がいた。

 

 騒ぎに便乗して、ツボを狙いに行くチャンスを失った私は、素直に傍観に徹することにした。

 

 もみくちゃにされているネギ先生と、責められている神楽坂。

 あの輪に入るのは、どう考えても自殺行為だ。

 

「と……先生は何を……あの杖って」

 

 ネギ先生が杖を持ち、何かを小さく呟いた。

 それだけで小さく風が起こり――神楽坂の胸が、膨らんだ。

 

「人体改造っ?!」

 

 そんなことまでできるとは……どこまで非常識なんだ。

 神楽坂が宙に浮き上がるほどの、豊胸。

 私のマッサージで、いったいどこまで対抗できるか……。

 

「ネギ先生達のコミュニティーに、“マッサージ”はあるんだろうか?」

 

 魔法使い達による魔法のマッサージ、か。

 ……畜生、気になる。

 

 だが、私としては、私が“魔法を知っている”という事実を知られたくない。

 魔法使い物にありがちな“記憶消去”の処置なんてとられたら、折角広がった視野が、また狭くなってしまう。

 

 

 

 

 

 と……私はそんなことを考えていたせいで、神楽坂の胸が破裂するという事態を、見ることが出来なかったのだった。

 

 大きくなった胸のツボーズ……もっとしっかり見ておきたかったのに……っ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――2――

 

 

 

 先日のお風呂騒動は、明日菜さんの胸が破裂するという珍事態により、収束しました。

 もっとも、それで千雨さんのマッサージも流れてしまったのですが……まぁ、仕方のないことです。

 

 結局、なんとか“自分で出来るマッサージ”を教えて貰い、一人部屋で悶々とツボを押すことになってしまいました。

 

 ……そうして、今日も私は一人でツボを押していました。

 体育の着替えを早々に終えて、空いた時間にこっそり自己マッサージ。

 隙あらばやっている、という感じでしょうか。

 

 むなしいですが……すごく、むなしいですが、仕方在りません。

 折角胸を大きくできるチャンスが出てきたのだから、活用すべきなのです。

 

 私はそう自分を納得させると、再びマッサージに取りかかります。

 

「えーと、右手の人差し指と中指の上に、左手の同じ指を重ねて……」

 

 千雨さんから貰ったメモに従って、押します。

 話しでは、ここは“膻中(だんちゅう)”というツボだそうです。

 もう、マッサージのことは千雨さんから聞けば、大抵の解答はくれるのです。

 

「夕映ー、なにやってんのー?」

「あ、ハルナ……今行くですっ」

 

 おっと、危うく体育に遅れるところでした。

 夢中になっていたのでしょう。……恥ずかしい限りです。

 

 

 

 

 

 今日の体育は、バレーボールです。

 屋上に集まって体育……だったはずのなですが、まさかのブッキング。

 杜撰な管理ですね。

 

 そして、普通に両者が同時に使用できるスペースがあるのに、対決。

 もう意味がわかりません。

 

「千雨さんは、どうしますか?」

「どうって……選択肢が与えられる前に、入れられているんだが?」

 

 そう、千雨さんはメンバーに数えられていました。

 マッサージが関わると、身体能力が上昇する千雨さん。

 その千雨さんが、マッサージに関わりのないことで運動をするのです。

 

「大丈夫、ですか?」

「負ける訳には、いかねぇだろ……あのツボが、手に入らなくなる」

 

 のどかには悪いですが、一瞬“負けても良いかも”などと思ってしまいました。

 

「そんな顔しなくても、綾瀬を手放したりはしねぇよ」

「……誤解を招きそうな、言葉ですね」

 

 千雨さんは、一々言動が危ういのです。

 これではプレイボーイ……いえ、プレイガールみたいではないですか。

 いえ、そう考えると、毒牙にかかっているのは私なのですが。

 

「さて、始まるみたいだな。審判よろしく頼むぞ、綾……綾瀬?顔が赤いが……」

「なっ、な、なんでもないです! 早く行ってください!」

「そうか?」

 

 思わず、変な声が出てしまいました。

 普段はもっと理路整然とした思考が展開できるのですが、千雨さんと話していると、どうも思考が宇宙の方向へサマーソルトするです。

 

 と、そんなことを考えている内に試合が始まっていました。

 どうも、集中力が散漫になっていますね。

 

「行くわよ! 子スズメ達! 必殺――」

 

 高校生の方々が投げたボールが、次々と私のクラスメートを狩っていく。

 ドッチボールは数が多い方が不利……とは、漸く気がついたようですね。

 いえ、人数が調整される程度なら別に不利というほどではありませんが。

 

 次々とリタイアになっていく、クラスメート。

 トライアングルアタックとか、太陽拳とか、千雨さんに通じるセンスを感じるです。

 ……なんだか、千雨さんの“薔薇の舞い”が見たくなってきました。

 

「み、みんな! 諦めちゃダメです!」

 

 ネギ先生の言葉で、皆さんがやる気になりました。

 ルールブックを取り出して、のどかも頑張る様子です。

 なら私は、なんだかんだで残っている千雨さんに、アドバイスをしましょうか。

 

「千雨さん」

「なんだ?避けるだけで精一杯だぞ?私は」

「正確にツボを捉える訓練、だと思ってみてはいかがでしょうか?」

 

 私の言葉を、千雨さんは口の中で反芻しているようでした。

 そして、それが終わると……真剣な表情で前に出ました。

 

 さて、ここから――私たち二年A組の、反撃開始です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――3――

 

 

 

 時折綾瀬は、すごく面白いことをいう。

 今回のことも、その一つだ。

 

 ボールをツボに見立てるのは、形状からして難しい。

 いや、頭部に見立てられないこともないが、それだと空飛ぶ生首でグロテスクだ。

 では、どうするのか?

 

 ボールの中心に指を突き立てることにより、ツボを正確に押す訓練だと思えばいい。

 

「ならば、眼鏡の大人しそうな貴女を!」

 

 綾瀬と宮崎のルールブックに参っていた高校生が、私に向かってボールを投げる。

 

 だが、私の集中力は――普段には比べものにもならないほど上がっていた。

 

 ボールの中心を見極めて、親指を突き立てる。

 動作はこれだけ……これだけで、十分だ。

 

「なっ?!……親指一本で、止めたっ!?」

「親指一本で?……マッサージ師で一番強いのは、親指にきまってんだろうが」

 

 そう、マッサージ師たるもの、親指一本で逆立ちくらいは出来ないとならない。

 私がマッサージ師であることが見抜ければ、アイツらもそのくらいの判断は出来たろうに。

 

「千雨さんの常識が、わからないです」

「大丈夫だよー、夕映ー。私も、わからないから」

 

 外野で、綾瀬と宮崎が失礼なことをいっている。

 もう少しマッサージ師という職業について、今度語っておこう。

 

「頼んだ」

 

 味方にパスをして、攻撃に繋いで貰う。

 投げるのは不得意だが、受け止める程度だったらいくらでもできる。

 

「大河内」

「うん」

 

 受け止める。

 

「古菲」

「ハイネ!」

 

 渡す。

 

「超」

「こんな情報、無かったはずネ……うぅ」

 

 片付ける。

 あっという間に、相手チームは残り三人にまで減っていた。

 そして……。

 

「時間です……試合終了!」

 

 試合が終わった。

 全員適度に疲れていて、ツボーズが活性化していた。

 あまり動きすぎるのも良くないし、ツボーズを見る限り、丁度良い塩梅だ。

 

『わわっ、まだ動くのー?』

 

 ツボーズの声がして、振り向く。

 そこには、神楽坂に狙いをつける、高校生――名前は知らないが、リーダーの女生徒だ――の姿があった。

 

 まだボールを放つ前。

 それなら、どうにでもなる。

 

「やめておけ」

「っ」

 

 高校生の手が止まる。

 私は、手に軽く指を当てているだけだ。

 

「う、動かないっ」

 

 人体を知るということは、なにも気持ちよくさせるばかりではない。

 こうして、身動きがとれなくなるツボや間接の動きを阻害する場所も、当然のことながら存在するのだ。

 だが、止めているだけじゃダメだ。

 

 だから、そっと耳元に呟いた。

 

「大人しくしてください……【先輩】」

「っっっ!?!?」

 

 私の“ローレライ”は、耳元に呟くほどの距離でないと、対象の指定が出来ない。

 普通に使ってしまうと、最大射程は半径二十メートルで、無差別だ。

 敵味方に限らず腰を砕く訳にはいかないから、ドッチボールでは使えなかったのだ。

 

 もっとも、それでも調整しきれず、高校生チームの半数の腰を砕いてしまったが。

 ……まぁ、些事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、意気揚々と綾瀬達の輪に戻った私は、気がつかなかった。

 

「――――素敵」

 

 あの先輩方が、そんなことを呟いていたということに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――了――


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