「これから、よろしくお願いします」
その言葉を口にした少女を俺はぼんやりと眺める。
熱く滾る様な炎を瞳に宿した少女はただ俺を見つめていた。
その炎の名は、決意。そう呼ぶのだろう。
※
一人の男性と出会った。
その出会いは偶然だが、今思えば運命的だったのだろう。
彼は正義感の強い人物で、留まる家を持たずふらふらとミッドのさまざまな場所を放浪していた俺に彼は声をかけてきた。
「妹と歳が近そうだったから」
なんて後に彼はそう言って笑う。
それから多くの恩を売られた。食事に誘われるなど一つ一つは軽いものではあったが地球を離れた俺にはソレは確かな救いだった。
彼が少女の兄だと気が付いたのは初めて家に呼ばれた時だ。
少女は思っていた以上に普通の女の子で、よく笑い、よくしゃべり、そしてよく兄を敬う妹だった。
彼もそんな妹のことをよく思い、両親がすでに亡くなっているため親代わりとしてよくできた兄だったのだと思う。
だから、そんな彼を死なせたくなかった。
俺は知っていた。
彼が死ぬことを。
彼がこの先の未来に存在しない事を。
でも、俺を救ってくれていた彼を、暖かいものをくれた彼を、
今度は俺と、そう……
そして、俺は失敗した。
失敗して失敗して失敗した。
何もかもが上手くは進まず俺には何もできることは無かった。
管理局で働く彼に対して管理局を辞めた俺には力を貸すことはできず、妹のためにと身を削る彼に俺の声は届かなかった。
彼の死を知るだけの俺。抗うすべを持たない俺。そんな俺の掌から彼の命は唐突に零れ落ちていった。
出来たのは彼の最期を看取ること、それだけ。
力を振り絞って俺が出来たのは、たったそれだけのこと。
彼は苦悶の表情の中に小さく笑みを浮かべ何度も何度もつぶやいた。
お前の話を聞いておけばよかった。妹はどうなるのか。
自分が終わりに近づいていることを悟っていたのだろう。
だから最期に「妹を頼む」そう言ったのだろう。
彼の死に涙するものは少なかった。
任務中のミスにより亡くなった彼に対し管理局の人間はあまりいい思いをしていなかったのだろう。
俺が両腕を失った時も同じようなことがあった。皆が皆、なのはたちのような人間ではない。
俺はわかっていた。
けど、
少女は俺に問う。
何で兄は死ななければいけなかったの。
何で兄は悪く言われなければいけないの。
「何で兄さんを守ってくれなかったの?」
打ち付けられた言葉に返すことは出来なかった。
助けられたはずだった。
知っていたから。起こるとわかっていたから。
でも、駄目で、無理で、何もかも、全てが、俺は、無力。
助けられるはずだったくせに。
天涯孤独の身になった少女を俺は引き取ることにした。
もちろん彼の言葉に応えるためでもあったし、其れ位出来ないと自分自身が情けなさすぎるから。
引き取る際に今まで連絡を取っていなかった母さんに一報を入れた。少女を養子にするため両親の名義を貸して欲しいと。
母さんは俺の声を聞いて泣いた。少しだけ闇の書の事件の時や両腕を無くした時の事を思い出した。
しかし、不思議と心には響くことは無かった。もしかしたらそれは俺の両腕と同じように俺の中の何かが変わっていっているせいなのかもしれない。
母さんは俺の願いに快く頷いてくれた。ソレは確かに嬉しいと思ったはずだ。
そうして俺は少女の家族になった。
少女の新しい兄として。
彼に、俺は成り代わった。
ティアナ・ランスターの兄に。
※
「紅助さん」
ソファの上に寝そべり、ただ天井を見上げていた俺に彼女、ティアナが声をかけた。
彼女はゆっくりと俺の腹の上に腰を下ろすとつぶやく様に言葉を口にする。
「兄さんには夢があったんです」
こちらを見ずに吐き出す言葉はどこか自分自身に言い聞かせているようにも感じる。
「管理局で執務官になるって」
知ってる。何度も、何度も聞かされた話だ。
いつか執務官になってやるって、子供がプロ野球選手に憧れるように純粋に彼は、ティーダさんは口にしていた。
それが眩しくて、羨ましくて、憧れて。そんな彼が俺は好きだった。
「私が、なります」
言葉として吐かれた決意。
「執務官に、なります」
あの瞳に見た炎。
彼女がそう決めたのなら俺に出来ることなんて決まっている。
「だから、私に魔法を教えてくれませんか」
俺はこの少女のために何かをしなければならない。
それが失敗した俺の罪滅ぼしだとわ言わない。これは義務だ。俺のするべき事。
多分、これが運命だ。
「ああ、いいよ」
頷いた俺にティアナは肩を震わせ驚いた顔でこちらを見た。
「教えてあげるよ。望むだけ、俺の知る限り」
「本当、ですか?」
少しだけティアナの瞳が揺れる。
今引き返すならば、子供の癇癪で済ますことが出来るのだろう。
しかし少女にとっての決意は重く、俺は少女に従うしかない。
本来なわば俺が止める出来なのだろう。亡くなった者の背を追うことは空しいと、そう教えるべきなのだろう。
ティーダさんならばそうしたかもしれない。
でも、それじゃあ、彼は消えてしまう。
覚えておく必要がある。
過ぎる日々の中で。過去にしか存在できない彼を。
ティアナは執務官と言う形で、俺はティアナと言う形で。
それが俺たちにとっての彼。それを作る。
「伝えなきゃ、皆に」
そうだ、俺達だけでなく皆に。
「ランスターの弾丸は全てを貫く最強の弾丸」
彼の死も、汚名も、全て貫いて彼を形作る。
その必要がある。
「ティアナが、伝えるんだ」
抱きしめた少女は静かに嗚咽をもらした。
恐らくここが、ティアナの始まりだ。
※
「そろそろ働こうと思う」
「え?」
数週間前から彼女の特等席となっている俺の腹の上でティアナが驚愕の声をあげた。
「紅助さんって働くんですか?」
「……なんだその俺が働かない種族だと思っていた、みたいな驚きかたは」
「だって紅助さんって毎日ウチに食事に来てたしよく泊まりに来てたじゃないですか。だから家とか仕事とか無い人なのかな、って」
なんだよそれ。
別に毎日来ていたわけではないし集りにきていたとかそんなのでもない。
ティアナの言葉に若干の不満を持ちつつ話を続ける。
「俺だって働いてるよ。家は、無いけどホテルの部屋をとったりしてたし。まあ、この家に入り浸っていたのは否定しないが」
そういえばこの家。
今俺とティアナが暮らしている家は元々ランスター兄妹が住んでいた家をそのまま使用している。
ティアナにとってはそれが一番いいと思ったからだ。
「紅助さんはどんな仕事をしていたんですか?」
「ボディガードとか、用心棒とか」
「ボディガード?」
「ミッドだとある程度の魔導師なら年なんて関係ないからな。それなりに儲かる仕事だし」
管理局員以外の魔導師がしている仕事は大体そんなものだ。
例外をあげるなら魔道医師やユーノの様な遺跡調査や魔法関係施設の管理などか。
「管理局、じゃだめなんですか?」
ティアナが少しだけ不満そうに問う。
自分は管理局に行くのだから付いて来てくれないのか、という子供らしい我が儘なんだろう。
「管理局は一度辞めてるし、今更戻ってもな」
採用してくれるかも怪しいし、と苦笑を浮かべる俺にティアナは頬を膨らませて更に不満を表した。
「大丈夫ですよ。別にいいじゃないですか」
「一度決めたことだし、なぁ?」
腹の上で跳ねる少女を抱きしめて頭を撫でてやる。
少しだけ呻き声を上げて抗議してみせるティアナだったが撫で続けていると観念したのか静かになり胸の中に納まった。
「でも、仕事はして欲しくないです……」
「ん?」
俺の胸に顔を埋めるティアナがぼぞりとつぶやいた。
聞き返す俺に向けた顔は桃色に染まり潤んだ瞳は心配そうに揺れている。
「帰ってきたら、紅助さんがいないのは寂しい、です……」
恥ずかしそうに頬を染めるティアナにまた苦笑がもれた。
「今までもそうだっただろう?」
「……今までは、誰かがいました。紅助さんだったり、兄さん、だったり」
「だからって俺に仕事をするなって言うのは」
「我が儘だって、わかっています」
「だったら」
「……でも、それだけじゃ」
宥める俺をティアナは強く抱きしめた。
「それだけじゃ、ないんですっ」
半ば叫びのような訴え。顔を真っ赤にさせたティアナの表情は羞恥ではなく必死の形相が浮かんでいた。
「ボディガードとか、用心棒とか、危ないです。なにかあったらどうするんですか?」
ティーダさんの顔が思い浮かぶ。
この子は俺のことを心配してくれてるのか。なんて他人事のように納得して笑いたくなった。
「兄さんだってっ、帰ってくることが出来なかったんですよっ?」
ついに泣き出してしまった彼女の頭を優しく撫でる。
なんでこう言う子達は他人の心配ばかりするのだろうか、ぼんやりとなのは達を思い出す。
彼女達もそうだった。自分が一番ではなくいつも周りの誰かのことを気にしている。
物語の主役だから?それともそれが普通の人間なんだろうか?
すでに癖になってしまった苦笑を顔に貼り付け俺はティアナに語りかけた。
「心配してくれるのはわかるよ、ありがとう。でも、このままじゃいけないことはわかるだろ?」
「そんなっ、こと」
「もしティアナが管理局に勤めるなら、準備にだってお金はかかるんだよ」
「……はい」
「俺は、ティアナに管理局員として働いて欲しいよ。それで夢をかなえて欲しい。それはお前のためだし、俺のためでもある」
「私も、紅助さんのためにっ」
「それに、ティーダさんのためだ」
「っ」
ティアナの顔がくしゃりと歪んだ。
「俺はそのためなら何でもする。危ないこともだ。今更人の意見は聞けないよ」
「じゃあ、なんで私の」
「家族だから」
俺の言葉にティアナが目を見開いて驚いた。
「家族だから頑張れるし俺の我が儘を納得してほしい」
「そんなっ」
また涙を流すティアナを優しく抱き締める。
「ティアナがいっぱい心配してくれたのはわかった。俺はソレで十分」
「紅助、さん」
ティアナは静かに涙を流す。
俺は女の子を泣かせることだけは得意になったようだ。
※
暫くして泣き止んだティアナが俺を見た。
「やっぱり納得出来ません」
そう言って彼女は俺を掴む力を強めた。
「紅助さんに家族と言われたことは凄く嬉しかったです。でも、だからこそ納得ができません。紅助さんが私の事を想ってくれているように私も紅助さんの事……その、想ってるんです」
顔を真っ赤に染めて一生懸命話そうとするティアナを見つめる。
それはやはりティーダさんとよく似た顔をしていて瞳もよく見た優しい光が見えた。
「私はいつでも紅助さんが近くにいてほしいです。だから一緒に管理局で働きたい、一緒に夢を叶えたい」
「俺も執務官になれと?」
「それは…えっと……わ、私が執務官で紅助さんが執務官補佐、とか?」
「まあ、ティアナの補佐ならやってもいいが」
「じゃあ!」
ぱぁっと笑顔を咲かせるティアナに苦笑で返す。
「だけどダメだ」
「な、なんでですか!?」
「内緒、俺が両親と暮らしてないのと同じだよ。だから管理局ではまだ働けない」
「う、うぅー」
頬を膨らませるティアナは俺を睨んで怒鳴る。
「なんでそんなにいやがるんですか!我が儘すぎますよ!」
「お、怒るなよ」
「私は、紅助さんと一緒にいて一緒に夢を叶えて一緒に笑って一緒に泣いて、ずっとずっと一緒にいられればいいだけなんです!」
「じゅうぶん多いだろ」
「うぅ…な、なんでわかってくれないんですか?私だって、紅助さんの事を…私だってっ!」
ポコポコと力の入らない拳を俺の胸にぶつけてくるティアナを見てため息を吐く。
確か母が言うには小さい子の言うことはある程度で折れるべし、だったか?
「じゃあ勝負をしよう」
「勝負、ですか?」
首を傾げるティアナに指を一本立ててみせる。
「ティアナは一、二年後くらいに士官学校に入るだろ?」
「そのつもり、ですけど」
「もし士官学校を主席で卒業したら俺は管理局に、ティアナに関わる仕事をしてやろう」
「しゅ、主席!?」
言って、曖昧になりつつある記憶を探る。
薄れた記憶によると確かティアナかスバルは士官学校を主席で卒業したはず……たぶん。
どちらにしろあの人物と戦うのなら俺は管理局側に付くことになるのだろう。そんな予感もしている。
主席という言葉にまだ驚愕しているティアナを見る。
出来るならばこの子は道に迷わないようにしてあげたい。
だから俺は俺の敵を倒すため俺の出来ることをする。
ティアナにも力をつけてもらう。
少しでも迷わないように。
少しでも道標になるように。
俺は彼女の道を造るようだ。