俺は彼女を壊したようだ。   作:枝切り包丁

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15.こい

 

 

 

目を覚ますと誰かに抱きしめられていることに気が付いた。

顔を上げると見慣れた紅助さんの顔があり静かに寝息を立てている。

 

「あのまま寝てしまった、かな」

 

暗い部屋の中を見渡す。どうやら夜は明けていないようだ。

私を抱きしめている紅助さんは深く眠っている様子で起きる気配がなく、なんとか彼の腕の中から抜け出そうと身をよじってみるものの抜け出すことは出来ず逆に抱きしめられる力が強くなってしまい少しだけ頬が熱くなった。

 

今更ながら彼の前であんなにも無いいたのは兄が亡くなった時ぶりでとても恥ずかしい。

本当は紅助さんの前で泣くこと自体あまり無いため余計に恥ずかしさが強い。

元々紅助さんには迷惑をかけたくないという理由で泣くのを我慢したりしていたわけだが今となっては彼に自分の弱さを見せたくないというもの方が大きい、

 

彼と二人で暮らし始めてもう何年も経つわけだが兄の友人だった彼と妹の私、最初の頃は距離を掴みかねた。

紅助さん自体はよく家に来ていたこともあり第二の兄のようには思っていたが実際に家族となって戸惑っていた、というのもある。

しかし本当は彼が私を透して兄を見ていたからなのだと思う。私が彼を透して兄を見ていたとは言わないし実際にそうだった。

だがその頃の私は「私には紅助さんしかいないのに紅助さんは私ではなく兄を見ている」なんて考えてしまっていたわけだ。

今になると顔から火が出そうなほど恥ずかしい話だが当時は本気でそう思っていた。

仕舞いにはその視線に耐え切れず癇癪を起こしてしまった。正直、思い出したくも無い過去だ。

でも「私を見て」なんて喚く私をとても悲しそうな顔をした紅助さんが頭を下げたのはしっかりと覚えている。

その時からだ、私が彼に迷惑をかけたくはないと思いだしたのは。

あの時、私には紅助さんしかいなかった。彼以外の人物を信じることなんて出来なかったし今でも大人はあまり信用できない。

いつか兄のように掌を返されるのでは、なんて思うからだ。

だからたった一人、世界で唯一信じられる人物である紅助さんにそんな顔をして欲しくなかった。

私を通して兄を見ていてもいい、私の事を見てくれなくてもいい、でも私の前では笑っていて欲しい。

不安になるから、紅助さんしかいないのに、彼が悲しむと私だって悲しい、だから私は彼に悲しんで欲しくなかった。

 

しかし、今は違う。

 

紅助さんと過ごして、フェイトさんと出会い、私は少しずつ変わってきているのだろう。

 

隣にいたい。

 

そう思うようになった。

縋るでもなく、背を追うでもなく、私は彼の隣にいたい。

彼のためでも、私のためでもなく、二人でいたい。

 

だから私は知りたい。

 

彼が何を見て、何を感じ、何を思うのか。

 

彼の悲しみが私の悲しみでは無く、彼の喜びが私の喜びでありたい。

 

この気持ちが恋なのか愛なのか、それともただの自己満足なのかはわからない。

だけどそうしたいと思うのは確かで、誰にも否定は出来ない私の気持ちだ。

 

まあ、だからこそ私は弱さを見せたくなかった。

 

今では遅いけれど、と自嘲する。

 

強がりで塗り固めた私の気持ち。

だって、私が悲しむと紅助さんはきっと悲しんでしまうと思ったから。

紅助さんはそういう人だ、人の気持ちに弱く脆い。

 

そして、正直な人だ。

 

自分の気持ちには嘘がつけなくて、悩んで苦しんで。

私から兄を見ているのもきっと彼は後悔したのだろう。何度も、何度も。

でも、兄を忘れることが出来無い。私と同じ。

 

私も、同じだ。

 

だから、弱い。

 

認めよう。

 

私は紅助さんがいないとどうしようもなく弱い、駄目な女だ。

 

彼に支えられてやっと生きている。

 

それを認めて、受け入れる。

 

遠い未来の、私のために。

 

だから、今くらいは甘えさせてください。

 

いつか、きっといつか追いつくから。

 

彼の体を抱き返す。

心地よくて、胸の中が暖かくなる。

それがきっと幸せで、自然と瞼が重くなった。

 

頬が緩む。

 

明日の朝目が覚めてすぐに彼の顔が見られるだろう。

 

それだけで嬉しくて、私は笑顔のままゆっくりと眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

だから、なのだろう。

 

 

翌朝、キッチンに立つ紅助さんを思わず睨み付けてしまったのは。

 

「どうした?」

 

「……何でも、無いです」

 

私の視線もどこ吹く風ナ彼から顔を逸らす。

二人で決めたルールとして朝食は先に起きたほうが造る、と言うものがある。

私の料理の練習のためであり、それは別に悪いとは思わない。

紅助さんがキッチンにいるの彼が私より早く起きたからだというのもわかる、

だけど、思わず口はへの字を描く。

 

並べられた朝食を、そんな口へ黙って運ぶ私を見て紅助さんは首を傾げた。

 

 

別に、怒っているってわけじゃない。

 

目を覚ました時に紅助さんが傍にいなくて不安になってしまった、何てこともけしてない。

 

無いんです。

 

しかし納得のいかない気持ちを態度に出しつつ使い終えた食器を片付ける。

食後はいつもどおり横になっている紅助さんに「牛になりますよ」なんて軽口を飛ばしつつその体の上に腰を下ろす。

適当にニュースを確認するが特に物珍しいものもなくぼんやりとテレビ画面を眺めていると下から声がかかった。

 

「今日の予定は?」

 

私がまだ機嫌が悪いと思っているのだろう、小さめの声で聞いてきた紅助さんを見る。

 

「休日なので特に考えていません。紅助さんは?」

 

「こっちも休み、用事も無い」

 

連休をとっていた。と言う紅助さんに申し訳なく思う。昨日は私のせいで紅助さんの休日を潰してしまった。情けない、申し訳ないと暗くなる私に紅助さんは微笑みかける。

 

「じゃあ二人でどこかに出かけようか」

 

「え?」

 

紅助さんの言葉に首を傾げる。

 

「どこかに遊びに行くか店を見て回るだけでもいい。少し息抜きをしよう。それとも家にいる方がいいか?」

 

「え、い、いえ。その、行きたい、です」

 

何故か胸が高鳴り先ほどまでの黒い気持ちが四散する。

都合のいい、なんて思いつつ嬉しくなるのはとまらない。

考えてみれば二人で出かけることなんてほとんど無いのではないだろうか。

休日が揃う事自体が珍しいし昔は昔で私より兄の方が紅助さんとは親しかった。

よく嫉妬したんだっけ。勿論、紅助さんに対しても、兄に対しても。

だからなのだろう、凄く楽しみなのは。

 

「それじゃあ、どこへ行こうか?」

 

 

紅助さんの言葉に今までに無いくらい頭を回転させている私がいた。

 

 

子供、だなぁ。

 

 

 

 

 

 

二人で足を運んだのは水族館。

 

身近でそれなりに大きい娯楽施設として思い浮かんだのがそこだったからだ。

思っていたより人が多い。

逸れないようにと紅助さんに手を引かれる。彼が私の事を子供扱いしているのはわかっているがさすがに手を引かれるほどではない。

そう文句を言おうとしていたのだが。

 

手を掴まれたらそんなこともいえなくなってしまった。

 

ドクンと胸が跳ねる。思わず驚いて口を閉じた。

何事だと胸をさすってみるけれど体調に変化は無い。その後も何度か胸をさすってみたがこれと言って何があるわけでもなく紅助さんが握っている手を仕方なく握り返した。

 

口にしようとしていた文句は、気が付くと忘れていた。

 

 

色々な魚を二人で見て回る。

 

 

ミッドの魚はどこか可笑しいと苦笑する紅助さんに私はどこが可笑しいのかと首を傾げたり。

数え切れない魚の群れに二人して驚いてみたり。目の前まできているイルカの鼻先を撫で、笑いあったり。

 

楽しい時間だった。

 

ずっと続けば良いのに、なんて何度も思った。

 

だから、ここではっきりさせないと、とも思っていた。

 

 

「紅助さん」

 

 

家に戻ってきて、私は紅助さんと話すのを決めた。

 

「勝負の事を覚えていますか?」

 

その言葉に紅助さんは表情を変えない。

もしかしたら私の雰囲気に出ていたのかもしれない。

 

「士官学校を主席ってやつだろ?別に俺は陸士学校でも」

 

「紅助さん」

 

苦笑して、言葉を紡ごうとしている彼を止める。

 

 

「勝負は、私の負けです」

 

 

紅助さんは少しだけ驚愕に表情を歪める。

 

「私は管理局へ行き、紅助さんは好きなことをしてください。私は私で頑張りますから紅助さんは私を見なくていいんです」

 

言って胸が痛む。

 

本当は何時までも紅助さんと一緒にいたい。

 

更に顔を歪める彼を見て、強くそう思う。

 

 

「俺は、っ」

 

 

「私は大丈夫ですから。一人でも、絶対に執務官になってみせます」

 

 

紅助さんが私の顔を見た。

私は今どんな顔をしているのだろうか。

できれば笑っていられていると嬉しい。

 

 

「たまに、たまにでいいんです」

 

 

「え?」

 

 

呟くように言う。

 

 

 

「私が困った時、力になってくれますか?」

 

 

 

紅助さんは、静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

その夜、私は布団に包まりながら眠れない夜をすごしていた。

 

胸の高鳴りが収まらない。

 

紅助さんが頷いてくれたのをみて、どれほど嬉しかっただろうか。

 

彼に認められたような、彼に近づけたような、

 

それだけじゃない、上手く言葉に出来ないけど、

 

たぶん、きっと、この気持ちはこう言うんだ。

 

 

 

「私は、紅助さんに恋してる」

 

 

 

口にして胸が一際大きく高鳴った。

まるで魔法の言葉。壊れそうで怖くて、でも心地のいい気持ち。

 

私は、私は紅助さんが好き。

 

いつか私は彼のものになりたいし彼を私のものにしてしまいたい。

 

フェイトさんはこんな気持ちを抱いていたのだろうか?

今にもどこかへ飛び出しそうな体を押さえつけるように抱きしめる。

 

こんなに、

 

私、

 

 

ああ、そうだ。

 

 

私は、

 

私は、

 

私は、

 

 

 

紅助さんを、

 

 

 

 

私は彼を恋したようだ。

 

 

 

 

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