「ティアナが、さぁ……」
情けない声をあげながら机に上半身を横たえたコースケの頭を撫でる。
「愚痴を聞いて欲しい」なんて彼から連絡を受けたのが数日前。
突然のことに驚いたがよくよく考えてみればそれほど可笑しいことでもない。
コースケがまだ私達と一緒に過ごしていた頃は彼の愚痴を聞くのが私の役目だったし。
何故その役目が私なのか、って言うのは正直のところ私にはわからない。
コースケの気紛れなのかもしれないし私が彼の琴線に触れたのかもしれない。
そういえば一度だけ聞いたことがあったっけ?
何で私なの? って。
「……考えたことなかった」
何が? と問う私に彼は可笑しそうに笑う。
「お前以外に、って言うことだよ。今更テスタロッサ以外ってのも考えれないけど」
結局彼が何を考えているのかはわからなかった。
まあ。彼にとっての私がどこか特別なのかもしれないと言うことはわかった。
嬉しくないと言えば嘘になるかな。
手元にある紅茶を傾けコースケを見る。
なんだか昔に戻ったみたい。
私がコースケの愚痴を聞くようになったのは丁度初恋に覚めた頃だったっけ?
つまり私が最もコースケを理解していて、最も私が弱かった頃だ。
私が彼に向けていた気持ちが【恋】という確かな形になった時、私はこの気持ちを持て余した。
初恋と言うだけあって感じたことの無い気持ちばかりが胸を溢れていた。
見るもの全てが光って見えたり自分のことがとても矮小な存在に感じたり小さい事はすぐに忘れたり、揺ら揺らと私は揺れていた。
幸せな事も沢山あったけどそうじゃないことも勿論あった。
でも私が彼の事を知れたのはその中でも一番幸せなことだったと思う。
彼と過ごすうちに彼のことが自然とわかるようになった。口に出さないでも伝わるってやつかな?
なんとなく彼の気持ちがわかるって程度からだったけど。
それから私は変わっていったらしい。本人である私はわからなかったけど近くにいた人達にはわかっていたらしい。
例をあげると仕草とか好物とか小さいものから変わっていったらしい。
確かに甘いものが好きになったりしてとある数字に困ったりしたっけ。
結局私が自分の変化に気が付いたのは私の考え方が変わっていた後だ。
私が紅助に近づいていたんだと思う。
彼をわかるようになって来て少しずつ彼に似てきていたんだろう。
で、気が付けば私の中に【紅助】がいた。
言葉にしたところで上手く表現しきれないけれどだいたいそんな感じだった。
私の中の【紅助】が教えてくれる。今あれがしたいよ、とか今あれが欲しいな、とか。
今更考えてみると初恋にしても少し可笑しいんじゃないかな、とは思う。
でも嬉しかったといえば嬉しかった。
甘いものが食べたいな、って【紅助】が言っている時に持っていってあげると何時だって笑ってくれた。
暇だなぁ、って【紅助】が言っている時に近づくと何時だってかまってくれた。
その分だけ笑顔が見れたし、その分だけコースケの近くにいられた。
でも、ある時に気付いてしまった。
【紅助】口にする人っていつもなのはだな、って。
気付かなければよかった。
なのは、
なのは、
なのは、
いつだって、いつだっていつだっていつだって、
コースケが見てるのは、
嫉妬、したのだろう。
羨ましくて、とても羨ましくて、
憎んでしまいそうになるほどに。
それが怖かった。
私は、コースケが好きなくらい……
なのはのことが好き。
それも多分本物で、どちらかを選ばなければっていう事を考えたくなかった。
でも、コースケが好きで。
でも、なのはが好きで。
逃げた。
仕方ない、よね?
私が好きなコースケは、私を見てくれないコースケだったんだもの。
好きになってしまった私が悪かったのかな。
でもコースケを好きになったことは悪くなかったと思いたい。
好きになったから知れたことだって沢山あるから。
好きになるって気持ちや、
力になりたいって気持ちや、
傍にいるだけで満たされるって気持ち。
大切なことをいっぱい貰ったから、私はそれで満足しよう。
でももう少し私が我が儘だったら、なんて時々思う。
なのはかコースケじゃなくて、なのはとコースケを手に入れる事が出来たのかもしれない。
でも私は今のコースケとなのはが好きで、それで十分だったから。
私には私の【紅助】だけで大丈夫。
心の奥に大切にしまっておく。
私の初恋、私の嫉妬、私の幸せ。
残ったのは少しの後悔。
それでも、コースケとたまにお喋りをして甘いものをつまんでそして笑い合えればそれで十分。
それに今は、私だけに弱さを見せてくれるコースケがいる。
恋とは少し違うけれど、私はそれで満足しているから。
※
うなだれるコースケに微笑みかける。
「仕方ないよ。ティアナもコースケとずっと一緒にいるわけじゃないんだから」
「そう、だけどさぁ……せめて陸士学校を卒業してからとかでも」
「そういうのは思い立ったが吉日って言うんだよ」
私の言葉に「でも」と食い下がる彼を見て思わずため息が漏れそうになった。
コースケはおかしい。
彼はいつだって他人のことばかり心配しているし影響されている。
なのにコースケは誰も見ていないのだろう。私がそうだったように恐らくティアナも。
それとも違う誰かを見ているの?
彼に対する疑問は尽きない。
もしかしたら、胸の奥に聞いてみれば少しは理解できるのかも知れない。
トクリと小さく胸が弾む。
それを私は、
「コースケは心配しすぎなんだよ!」
静かに振り払った。
「ティアナはなんだかんだ言ってしっかりとした子だよ。それくらいは付き合いが短い私でもわかるもん」
「それは、俺もわかってる」
「じゃあコースケはティアナの考えを肯定すべきじゃないのかな。ティアナにだってしっかりとした目標があるはずだよ。それに対してコースケがどうすべきなのかはわかるでしょ?」
「…………うん」
語気を強める私にコースケは肩を縮こまらせる。
その姿はどこか愛らしいものを感じさせるが緩みかける頬を固めて私はコースケを睨んだ。
「…………ごめん、なさい」
降参、というようにコースケは両手を上げる。
「なんだか、俺がお前に愚痴を言うといつも言い負かされてるような気がする」
「実際にそうでしょ?コースケが私に愚痴を言うときなんて正しい答じゃないときなんだから」
「はは、厳しいことで」
苦笑を浮かべる彼に微笑んで返す。
実際、彼の愚痴に私が正しいなんて一度も思ったことがない。今でも《紅助》の思考に引きずられてるくせにだ。
たぶんコースケは自分が正しくないと自分で思っている。だから私なんかにそれを吐き出してくれている。
一種の信頼を向けられて嬉しくないはずがない。
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
正直に言おう。
私は今でもコースケが好きだ。
だけどそれ以上、
《コースケの親友という私》が好きだ。
私はコースケの親友で背中を支えてあげられる私が大好き。
だから私は今が幸せでこの答が正しいものと胸を張って言える。
たぶん私はどんな環境にいても、どんな人が周りにいても私は私を好きになる。
そんな身勝手な人間だ。
それが私の形だし私の正しさ。
どこまでいっても身勝手でどれほど足掻いても自分が中心。
それが、私。
でも、それを認めてあげられるのも私で。
コースケに恋している私。
コースケに恋をしていた私。
コースケに夢を見た私。
全部私で愛すべき自分。
だから今の私がいる。
彼のための私がいる。
「それじゃあどこか遊びにいこうか?」
「えっ?」
突然の言葉に彼は目を丸くする。
「話は終わったんだから次は私の番だよね?愚痴を聞かせるだけとは、言わせないよ」
私の笑顔に彼は頬をひくつかせ乾いた声を上げる。
「わかった、わかったよ。今日は一日付き合います。これでいいんだろ?」
「うん!」
私は嬉しくて笑い。
彼は困ったように苦笑する。
私は私の今が幸せで、
この選択に間違いはないのだから。