俺は彼女を壊したようだ。   作:枝切り包丁

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1.親友.英雄

 

 

 

目を覚ますと体がやけにすっきりしていることに気がついた。

今いる場所が実家だからか、確かに自分のベッドは相変わらずどんな寝床より眠りやすい。

 

あれから少しだけ月日が流れ、俺は無事に退院し実家へと戻ることになった。

腕以外は魔力枯渇や中又は軽傷だったためか入院期間は思った以上には短いものだった。

さすがに背中の傷は傷跡が残り両腕のクローニング治療も受けられなかったが退院してみると体としては良好になっているのだと実感する。

ベットから立ち上がり身体の調子を確認し近くに置いてあった二本の長方形の筒に腕を刺し込んだ。

腕から魔力を流し込むと筒の中のソレは吸い付くように腕にくっ付いた。

しっかりと張り付いているのを確認して両腕を引き抜く。

 

するとそこには無くなった筈の両腕がすらりと伸びていた。

 

入院期間中、一番苦労されたのがこれだ。

確認するように両手の指を動かしていく。

 

義手型簡易デバイス。これの名称だ。

 

俺のように幼くして、又は金銭的関係でクローニングが行えなかったりクローニング技術がまだ高くなかった頃から使われていたデバイスだ。

失った部分から魔力を流すことにより魔力が神経の代わりとなって指などを操作することが出来る。

待機状態ではただの動く腕の形をした機械ではあるがセットアップすることによってその人物にあわせた肌の色のバリアジャケットをデバイス自体に展開し見た目としては人間の腕そっくりに出来る。

欠点といえば体温までは再現が出来ないということと操作が難しいといったところか。

今の俺でも退院するまでの間できるだけ操作に慣れようとしたのだが完全に操作が出来るという訳ではない。

まあ、私生活には問題が無いので後は馴れといったところらしい。

 

部屋を後にしてリビングに出ると母さんが朝食の準備をしていた。

ふと見渡すともう独りの影が無い。思わずため息を吐くとソレを見ていた母さんに声をかけられる。

 

「コウちゃん、起こしてきて?」

 

「……わかった。あと、コウちゃんってもうやめてほしい」

 

「うん。じゃあ、お願いね。コウちゃん」

 

「……はいはい」

 

母さんの言葉に不承不承といった様子で頷いて俺は踵を返す。

階段を上り自室を横切ると丁度その隣の部屋の前で立ち止まった。

母さんが用意したやけにファンシーな表札に苦笑を浮かべながらドアをノックする。

 

返事は、無い。

 

仕方なく「入るぞ」と念のために口にしてドアを開いた。

 

 

案の定そいつ、高町なのはは静かな寝息を立てながら眠っていた。

 

 

少しだけ頭が痛くなるのを感じたような気がする。

 

 

 

 

 

 

「え、管理局を辞める?」

 

まだ俺が入院していた頃のことだ。

呆然、俺の言葉を聞いた時の高町をあらわす言葉がそれだった。

 

「うん。これを機会に、て訳ではないけどさ。別に好きで管理局にいたわけじゃなかったから」

 

「じゃ、じゃあ何でコウ君は管理局で働いてたの?」

 

不思議そうに首を傾げる高町に思わず苦笑が漏れる。

 

「お前がいたから」

 

「え、えっ!?」

 

高町の頬が朱に染まる。

 

「変な意味じゃない。 お前についていくのをやめようって思っただけ。本当にそれだけ」

 

「うぅ……あっ」

 

続く言葉に高町の瞳が揺れた。

 

「じゃ、じゃあ……私、もっ」

 

「……うん。好きにするといい」

 

「え?」

 

「止めると思った?」

 

「うん……思っ、た」

 

目を丸くした高町に笑みを向ける。

予想はしてた。前に話しをしたときから。

あの二人で話してなにかが解決したわけじゃない。

俺と高町が互いをどう思っているのかそれだけがわかっただけで、今でもお互いに何かを引きずっている。

俺は高町にとっての自分の大きさが少しだけわかったけどただそれだけだ。

何でそうなったのかもわからないし、それだけの自分でいられる自信も無い。

 

だからこうやって俺は俺の言葉で、やり方で思いを形にしようとしてみた。

 

「今度は俺が決めて俺が先に進む。だから高町を気にする余裕なんて無い」

 

「だから、好きにしていいの?」

 

「ああ。でも付いてくるならそう簡単に追いつけると思うなよ。しばらくは俺の背中だけ見せてやる」

 

ニッと笑って見せるとつられたように高町も笑った。

 

「コウ君は、やっぱりコウ君だね」

 

「うん?」

 

「なんでもない。私は、どうしようかな。正直コウ君について行きたい。でもね、私は魔法から離れるのは恐いよ」

 

私にとっての魔法って結構大きいんだよ? なんて言う高町。

 

「知ってるよ。高町が魔法を知って変わっていくのを見てたからさ」

 

「うん。一番近くで見ててくれたよね。私は魔法のおかげで色々なことを知れたし色々な人とも出会ったよ」

 

「俺は管理局を辞めたら地球に戻る。魔法と関わることなんてたぶん少ないどころかたぶん無いと思う」

 

「うん。わかってる」

 

「恐い?」

 

「すごく。どうすればいいのかな?」

 

小さく笑って俯いた高町の額にこちらの額をぶつけて目を見つめた。

 

「迷ったら誰かに相談しろ。俺以外にだってお前の周りには沢山いるんだからさ。お前の力になりたいって言う友達が」

 

「友達?」

 

高町の瞳はまだ揺れていた。

それでも俺はこいつを信頼している。ちゃんと立ち上がるだけの力は持っているんだから。

 

「テスタロッサだったら喜んで聞いてくれるだろうし八神だってそう。ユーノやクロノも、そういやヴィータも意外と人一倍友達想いだったかな?」

 

「ヴィータちゃんはどこからどう見ても友達思いのいい子だよ」

 

「そうか?」

 

クスリと笑う高町を見て少し安心する。

 

「俺はまだここにいるよ。ゆっくり決めていい、待っててやるからさ」

 

「あは、コウ君のくせに偉そう」

 

二人で笑いあってこれならどうにかなるだろう、なんて思っていた。

 

思っていたけど、どうなるかなんて考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

次に高町とその話をしたのはそれなりに時間がたった頃。

俺の退院の目処もたち落ち着いてきた頃だ。

テスタロッサをつれて現れた高町は何故か意気揚々とした雰囲気で俺を見ていた。

 

 

「私、コウ君のお世話をしたい!」

 

 

「へぇ…………うん?」

 

 

えっと、えっと……?

 

どうだ、とばかり決め顔で俺を睨んだ高町とその後ろでニコニコ微笑むテスタロッサ。

 

「コウ君のお家に泊めて貰って毎日お世話をしたい!」

 

「ま、待て待て待った待ってくれよ! 何がどうなってそうなったんだよ! おい!!」

 

テスタロッサの入知恵だけ、じゃないな。

恐らく母さんも噛んでる。他にもまだいるだろう。

 

「みんなに相談したんだ。お父さんやお母さん、それに紫さんにも」

 

……やっぱりだ。

七峰紫、俺の母の名前だ。

今回の事件のときのように落ち込むときは大きく落ち込むが昇るときは大きく昇る、そんなところは前回と変わりの無い人物である。

だから、こんなことを考えるなら裏で母が糸を引いているのを簡単に予想できた。

 

「それで私がやるべきって思ったことをやればいいって。だから、私に出来て一番やるべきって思ったのがそれなの」

 

「だ、だからってな」

 

「お父さんとお母さんにはちゃんと了承を得たよ。紫さんもいいって」

 

「俺のっ、俺の了承は!」

 

「あっ」

 

忘れていたと言うように高町は目を見開いた。

何故それを忘れていたのかをまず問いたいところだがそれを飲み込んで高町を見た。

 

「俺は別にいいって。別に恩を売ったつもりでもないし、そんな事する必要なんてないだろ!?」

 

「え、で、でも……もう私の荷物とかコウ君の家に運んじゃってるし…あのね、コウ君の部屋の隣が私の部屋なんだよ?」

 

「なっ!? なんでもうそんな事になってる!?」

 

「紫さんが……その、思い立ったが吉日って」

 

「母、さんッ」

 

思わず奥歯を噛み締める。

まさか周りが既に固められているなんて。

どうしたものか、と天井を睨みつけた俺の耳にクスクスと笑い声が聞こえてきた。

見るとテスタロッサがこちらを見て笑い声をもらしていた。

 

「人事だと思ってっ」

 

「ふふ、コウスケはそろそろ負けを認めるべきだと思うけど」

 

笑うテスタロッサに思わず顔が歪むのを感じた。

 

「コウ、君?」

 

不安そうな高町の声が響く。

 

「もしかして……迷惑、かな?」

 

「う、むっ……」

 

弱弱しい声に胸を掴まれた様な感覚を覚える。

 

「コーウスケ、ね?」

 

優しげなテスタロッサの声に苛立つ。

何を間違ったのか。それをあげるならばまずこんな事態になることをこれっぽっちも疑わなかった事と相談しろなんて簡単に俺と高町の問題を他人に任せてしまったことか。

高町を見ると不安そうにこちらの様子を伺っていた。

 

これは仕方なくだ。そう心の中で理由付ける。

 

ゆっくりと高町を見つめる。

 

「コウ君」

 

何を緊張しているのかドクドクと心臓がうるさい。

 

 

「わ、わかった。高町の……その、世話になる」

 

その時に見た高町の笑顔だけはきっと忘れられないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

こうなった原因の出来事を思い出して思わず頭を掻く。別に高町が全部悪いってわけでもないだろうが……

結果として高町は管理局を辞めて地球へ帰ることになった。

しかしリンディさんなどは高町の才能、そして高町自身の魔法への思いを言っているからか嘱託魔導師としての試験はいつでも受けられるようにしてはもらっているのだが。

高町が横になっているベッドを軽く蹴る。

 

「……んぅ」

 

軽く呻くと高町は体をくねらせた。

それがどこか赤子のようで俺はゆっくりと高町の頭を撫でた。

 

「コウ、君?」

 

薄く目を開いた高町は微笑むようにそれを細めた。

 

「暖かぁい」

 

両手で俺の手を押さえつけるようにして言う高町。

 

「嘘付くなよ」

 

軽く高町の頭をこずく。

この手が、腕が暖かいはずがない。

 

「私には暖かいんだよ?」

 

少しむくれて見せた高町にため息を吐く。

 

「それは幻覚だ。誰かが幻覚魔法を使ってる可能性があるから後から調べるといい、お前の頭とかな」

 

「酷い」と高町が文句を言う。

「酷いさ」なんて軽く返して高町の手をとる。

 

「もう朝食だって、俺の世話係りが俺より後に起きるなよな」

 

ま、無理だろうが。と心の中で呟く。

どうやら高町はその呟きを詠んだらしく頬を膨らませた。

気にせず手を引こうとした俺を高町が止める。

 

「まだ重いものは持てないでしょ?」

 

「お前は軽いだろ?」

 

「ありがとう。でも、いい」

 

俺の手を離した高町はベッドの上を跳ねるようにして立ち上がった。

若干よろけたのを支えてやって二人で笑みを浮かべた。

 

「さ、早く行こう?」

 

「それは俺の台詞だ」

 

笑い合って、一緒に部屋を出た。

 

 

 

 

「なのはちゃん、今日の予定は?」

 

朝食の途中母が高町に訪ねた。

 

「あ、今日は病院です。早く治さないと仕事もできませんし」

 

高町の返事に母は少しだけ微笑んだ。

 

「急ぐのもいいけどあまり焦らないようにね?」

 

母の言葉に高町はしっかりと頷いた。

 

高町は今病気を患っている。

それは話によれば精神的なものらしくそのせいで今の高町は一切の魔法が使えない状況にあった。

 

原因は言わずもがなで先の事件、それに俺の両腕の事だ。

 

入院中に毎日面会にくるものだからおかしいと思ってはいたが高町も高町で病院に通っているとは思わなかった。

 

勿論そんな状態の高町が嘱託魔導師を務められるはずもなく嘱託魔導師として働くのは病気が完治してからと言うことになった。

 

今では週に数回ミッドへ渡り治療を行っている。

魔法を使えない、と言うのは高町にとってとても辛いことなんだろう。

 

最近の高町は誰かと一緒にいないと不安になることがあると聞いた。

実際高町が初めてこの家に来た時、その時はまだ高町が病院に通っている事を知らなかった俺や俺の両親は用事があって出掛けると言った高町を見送りそれぞれの用事で家を出た。

 

帰ってみると驚いた。

 

 

顔を真っ青にした高町が泣き叫んでいたのだから。

 

 

それから高町が病院へ向かうさいは送り迎えをする事になった。

 

 

勿論、俺が。

 

 

俺が入院中の時は桃子さんや士郎さんと一緒に病院に通っていたらしい。

 

 

「さ、送っていってやるよ」

 

朝食が終わり準備を終えた俺が高町を見る。

まあ、準備と言っても制服に着替えるくらいだが。これでも小学生をしていたりする。

 

「いつも、ごめんね」

 

高町が少し萎んだように言う。

軽く額をこずく。

 

「少しくらい俺にも世話を焼かせろ」

 

「で、でも」

 

「早く行くぞ」

 

高町の後ろに回り込み背中を押す。

申し訳無さそうに俯く高町の顔が見えた。

 

 

 

送り迎えと言っても俺が行くのは病院ではなくハラオウン家までだ。

そこで高町を誰かに引き渡して俺は学校に行くことになった。

今回は何故か八神だった。

顔色が悪い癖にニコニコと笑っているそいつに警戒していると八神の服のポケットから飛び出した何かに驚かされた。

 

よく見ると空飛ぶ人形だった。

 

「リインフォースⅡです!」

 

なんて叫んで変なポーズをとる人形。

なんと生きている人形だった。

 

「やっと昨日完成したんや!」

 

八神は笑顔でVサイン。

ああ、あのリインフォースの二号機か、と思いつつそいつを見る。

 

「はじめまして、こーすけさん!」

 

「……はじめまして」

 

ヤケに明るくハキハキと喋るもんだから少しだけこいつがあのリインフォースの妹か疑いたくなった。

 

「あと……テスタロッサとかにも言ってるんだが俺はこーすけじゃなくてこうすけだ。人の名前を間違えるのは失礼だぞ」

 

「はわわ。すいません、こうすけさん!」

 

慌てて頭を下げるそいつに「よろしい」と頭を撫でる。

途端に笑顔になるんだから安上がりなやつだ。

リインフォースⅡは若干頭が緩い子と覚えて高町を八神に頼む。

 

「じゃあ、気をつけてな」

 

「うん」

 

「終わったら連絡しろよ?」

 

「わかったよ」

 

「ハンカチとティッシュは持ってるな?」

 

「持ってるよ」

 

こつんと高町と俺の額を合わせる。

 

「じゃあ、いってらっしゃい」

 

「いってきます。コウ君もいってらっしゃい」

 

「いってきます」

 

ゆっくりと額を離して俺は学校に向かった。

 

 

 

 

放課後まだ高町からの連絡が無いことに今日は長いななんて思いつつ帰ろうとしたとき呼び止められた。

 

「そこの紅いの、待ちなさい」

 

「……赤くはないが待ってやるよ」

 

振り返ると思った通り俺を呼び止めたのはバニングス、アリサ・バニングスだった。

 

「バニングスか。朝に言った通り高町は通院中でテスタロッサと八神は仕事だ」

 

「わかってるわよ。私はあんたに話があるのよ」

 

「ん、俺に?」

 

「何よ、私とは話したくないの?」

 

相変わらずの高圧的な態度に笑みを浮かべる。まあ、それが優しさの裏返しだということはわかっている。

何だかんだいってこいつだけが見舞いに来ても何時もと態度が変わらなかった。

久しぶりに持つべきものは友なんて思わされることになったのはまだ記憶に新しい。

 

そのまま俺はバニングスの家まで引っ張られるように連れて行かれた。

移動に使用したのはバニングス家の車、行きはバスの癖に気分で変えるなよな。

 

バニングス家に迎えられるとケーキと紅茶が出され向かい合う形でバニングスと話す。

 

「で、バニングスは俺になんのようがあるんだ?」

 

「んー、まず一つ目」

 

バニングスは指を一本立てるとにこりと笑った。

 

「そろそろバニングスって呼ぶの止めない?」

 

「ん?何だよそれ?」

 

「言ったまんまだけど、短い付き合いでもないし変じゃない?」

 

「変じゃないし今更じゃないか」

 

俺の答えにバニングスは腕を組んだ。

何を考えてるんだよ。

 

「じゃあ、バニングスってのが可愛くないから、やめて」

 

「じゃあって何だよ?」

 

「バニングスってなんか厳ついような感じがするのよね。私も女なんだからもう少し可愛い呼ばれ方がいい」

 

話を聞けよ。

それからもバニングスはアレコレと理由を考えては俺に投げかけた。

 

「じゃあ名前で呼んで欲しいから」

 

「えらく直球だな。92点」

 

「惜しいっ!」

 

バニングスが悔しそうに拳をふった。

まて、流れがおかしいぞ?

 

「んんっ、点数制は止めて原点に戻ろう。なんでそんなに名前で呼んで欲しいんだよ?」

 

 

「特に意味は、」

 

「正直に言う」

 

「もう!」

 

割り込んだ俺にバニングスが睨みをきかせる。

 

「べ、別にっ!私だけ名前で呼んでるのが気に食わなかっただけよ!」

 

「意地っ張り」

 

「うるさい!」

 

頬を朱に染めて顔を逸らすアリサに思わず頬が緩んだ。

 

「今回だけだからな」

 

「え?」

 

「で話の二つ目はなんだよ、アリサ?」

 

「な、あ、う……」

 

「顔が赤いぞ」

 

「あ、あんたこそ!」

 

……うるさい。自覚はしている。

自分が度を超えて初心なことくらいは。

 

「で、二つ目は?」

 

「ちょ、ちょっとだけ待って。新鮮というかなんというか……少しだけ慣れさせて!」

 

「……ああ、アリサ。わかったよ、アリサ。少し待つ、アリサ。アリサアリサアリサ」

 

「あ、あんたってやつは!!」

 

 

 

殴られた。

 

 

 

「さ、話しを続けようか」

 

「いきなりテンションが下がるのね」

 

「お前はまだ赤いのな」

 

「少しは黙れ!」

 

「な、殴るなよ!」

 

二度振るわれた拳をよける。

何でも力で解決するのはよくないだろ。

 

「二つ目を言うからあんたは少し黙る!」

 

「了解」

 

アリサの言葉に頷くと彼女は一度深呼吸をして場の空気を入れ替えた。

 

 

「最近、なのはの様子が変」

 

 

思わず笑みを崩しかけた。

 

「変って言うのは?」

 

「雰囲気というか、勘?」

 

「勘って……俺が考えていたのより適当だな」

 

「否定はしない、ね」

 

ゆっくりと笑みを作るアリサ。

 

「嘘をつかない。私が紅助の好きなところ」

 

「それはどうも」

 

笑顔で返すとアリサは机に投げ出していた俺の腕を撫でる。

 

「原因はコレ?」

 

「まあ、そうかな?」

 

「曖昧なんだ?」

 

「腕も、というか俺自身かな」

 

笑う、もうそれしか選べる表情がなかった。

 

「俺が高町離れをするって話だったんだけど」

 

「ああ。上手くいってないと?」

 

「……まあ」

 

「なんとなくわかるもの」

 

「勘ってやつか」

 

「まあね。それになのはって紅助にべったりだったもの。見ていて恥ずかしかったくらい」

 

「わかってたなら言ってくれよ。元々俺が頼ってるつもりだったんだよ高町の事を考えてなかった」

 

「それでもなのはに懐かれるんだからあんたは凄い」

 

「懐くってペットじゃあるまいし」

 

「なのははそれくらいでいいのよ。そのほうがなのはのためになる」

 

「まあ、俺のようにはならなかっただろうな」

 

そりゃそうだ、と二人して笑う。

何かが剥がれ落ちる感覚がした。

 

「今気付いて良かったって思うのが一番。共依存なんてそこら辺にいくらでもって転がっているんだもん、時間が解決してくれる」

 

「やっぱりお前はかっこいいよな」

 

「そりゃあ、私だからね」

 

やっぱり俺の親友はかっこいい。

 

ふと携帯が音楽を流した。

見ると高町の名前が表示されている。

 

「なのは?」

 

「うん、少し悪い」

 

いいって、とアリサが笑うのを見て電話に出た。

 

『コウ君?』

 

「ああ、終わったのか?」

 

『うん、待たせてごめんね』

 

「いいって、今からそっちに行くよ」

 

『わかった。本当にごめんね?』

 

「謝るなって。それじゃあ、そっちで」

 

『うん、またね』

 

ああ、と答えて電話を切った。

アリサを見ると彼女はにっこりと笑う。

 

「ワンちゃんのお迎えの時間かしら?」

 

「あいつは犬じゃなくてネコだな。甘えん坊だけど表に出さない」

 

そうね、と笑ったアリサにつられて笑う。

 

「それじゃあ俺は行くよ。悪いなあんまりいい話が出来なかった」

 

「じゃあ次に楽しい話をすればいいじゃない」

 

「そうだな」

 

「バイバイ、紅助」

 

「じゃあな、バニングス」

 

手を振る俺にバニングスは顔を歪めた。

 

「最後にあと一回」

 

「我が儘だな」

 

「お嬢様だもん」

 

 

 

「じゃあな、アリサ」

 

 

 

手を振る俺にアリサは笑顔で手を振り返した。

 

 

 

 

高町のもとに向かうとそこにはもう一人の影があった。

八神かと思ったがそれにしては小さい。

 

「なんだヴィータか」

 

「あたしじゃ悪いかよ?」

 

小さいのでなかなかわからなかったが影の正体は八神家のヴィータだった。

通称小さいの。

 

「今日は遅かったみたいだけどなにかあったのか?」

 

「あ、違うの。今日はヴィータちゃんがお休みだったから少しミッドを回ってきたの」

 

高町が笑顔でヴィータを見る。

病院に行ったんじゃないのかよ、とか学校に行けよ、とかは思っていない。思っていない。

 

 

「あー、そうなんだ?ありがとなヴィータ、高町の面倒みてもらって」

 

礼を言う俺にヴィータは頬を赤く染めてそっぽをむいた。

 

「別に、あたしもなのはといるのは嫌いじゃねぇし」

 

「好きなんだろ?」

 

「嫌いじゃねぇし!」

 

顔を真っ赤にして怒鳴るヴィータに高町と共に笑う。

 

「な、なのはまで笑うな!」

 

「ふふ。ごめんね、ヴィータちゃん。でも私はヴィータちゃんといるの好きだよ?」

 

「う、うるせぇ!」

 

焦るヴィータとカラカラと笑う高町を見て少し安心した。

 

 

俺がいなくても高町はこんなに笑えるんだって、

 

 

思ってた。

 

 

それから俺たち三人は高町の両親の店《翠屋》へ行くことになった。

 

 

挨拶をした俺に士郎さんと桃子さんは笑顔を返してくれた。

 

少し、疲れているような士郎さんが気になった。

 

 

その後、俺とヴィータは空気を読んで高町家族から少し離れることにした。

 

「あのさ、少しだけ、少しだけでいいからあたしの話を聞いてくれないか?」

 

「ん?」

 

ヴィータは離れた場所で話し合っている高町達を見て小さく呟いた。

 

「話っていうか愚痴、かな?聞きたくはないと思うけど」

 

手元にあったシュークリーム眺めてヴィータは頷く。

 

「聞いて欲しいんだ、あたしが」

 

「……愚痴くらい聞くし聞かせろよ、友達だろ?」

 

「友達?」

 

そう聞き返してきたヴィータに頷いてやると彼女は少しだけ頬を緩めた。

 

「じゃあ、友達だから愚痴を言う。文句は聞かないからな」

 

そしてヴィータは鋭い瞳を細め小さな口を開いた。

 

 

 

「最近、なのはがあんまり笑わなくなった」

 

 

 

思わず首を傾げた。

 

「笑わなくなった?」

 

「ああ、全然ってわけじゃねぇけど確かに笑わなくなった」

 

それはおかしい。

あまり長い時間一緒にいなかった今日でさえ高町はずっと笑っていたはずだ。

 

「上の空、て言うのかな?時々何を見ているのかわからなくなるときもあった」

 

朝、目を覚ましたあいつは笑っていたはずだ。

 

「話してた時になのはがいきなり黙り出すことも何回かあった」

 

朝食中も、送り出す時も笑顔だった。

 

「泣きそうな目をしてる時もあるんだ」

 

高町がいる方向にめを向ける。

するとその視線に気が付いた高町が笑顔で手を振ってる。

 

ほら、今だって。

 

「退院したばっかだって悪いと思うけど、言うよ」

 

ヴィータはその瞳を揺らす。

始めて見た彼女のそんな表情に息を飲んだ。

 

「なのははあたしの一番の親友だ。始めてできた友達だったしはやてと同じくらいあたしはなのはが好きなんだ。だから、お前がやられた時、お前の心配より先になのはに何もなかったことを安心した。安心したんだ」

 

 

自分の罪を懺悔するようなヴィータは目を涙で潤ませる。

しかしけしてその目線は俺から離れることはなかった。

 

「今になって思うとあの時あたしがお前の代わりになっていればよかった。そしたら何かが変わっていたかも」

 

「そんなことは」

 

「ああ、後の祭だってことはわかってる。わかってるけど……お前は特別なんだよ。なのはにとってもあたしにとっても」

 

それは俺を酷く揺さぶる言葉だった。

こんなに自分が誰かに影響を与え誰かの特別になっていたなんて考えてもいなかった。

 

「あたしにとってのお前はなのはの騎士っていうかヒーローみたいなもんだと思ってた。いつもなのはの側にいてなのはを守ってて、お前がなのはの隣に入るだけでなのはの笑顔はなくならないなんて思ってた」

 

だから

 

 

「お前が墜ちて救援に向かった時、あたしはなのはを見てゾッとしたんだ」

 

 

なのはがあんな表情を浮かべるなんて。

ヴィータは言う。

 

 

「怒りでもってないし悲しみでもなかった。なのははお前を見てるのに見てないんだ。まるで目の前の事が夢かなんかって言いたいような目だった」

 

 

目を堅く閉じてそれを思い出すように語ったヴィータは呻くように口を開く。

 

「お前たちの関係がそんなに脆いものだなんて思ってなかった。あたしとはやて以上に距離が近くて家族とはまた違った関係なんだって思ってた」

 

でも違った、とヴィータは吐いた。

 

「なのはは言ったよ。お前にとっての自分は何なのだろうって。あたしは、今のなのはを見てるのが怖い」

 

彼女がそんなことを口にするなんて思ってもいなかった。

ヴィータはなのはの良き理解者なんてかってに考えていた。

 

「今のなのはを助けられるのはあたしじゃねぇ、はやてでもフェイトでもねぇんだ」

 

泣きそうなでもしっかりとした光が見える瞳が俺を映す。

その瞳が俺は少し怖かった。

 

 

「お前なんだ」

 

 

そんなことは無いと叫びたい。

 

「なのはを守れるのはお前だし、助けられるのはお前だけなんだ。悔しいけど……そうなんだ」

 

 

どうかなのはを助けてくれ。

 

 

ヴィータはそう言って頭を下げた。

しばらくして高町がこちらへやってきた。

 

「待たせてごめんね?」

 

「いや大丈夫」

 

うまく笑えている自信がない。

今すぐにでも全部投げ出したいと思う自分と高町を助けたい自分、友人の言葉に答えたい自分、いろんな考えが頭をよぎる。

 

「どうかしたの?」

 

気が付くと高町が俺の顔を覗き込んでいた。

俺は少しだけ頬を緩めて高町の額に俺の額を合わせる。

こうしている時だけ高町が何を考えているのかわかるような気がしたからだ。

 

「何でもない」

 

そう答えて額を離す。

少しだけ心配している高町をあしらって俺は立ち上がった。

 

「じゃあ行くか。と、ヴィータはどうする?なんなら俺の家で」

 

「あたしはいいよ。はやてと新しい家族も気になるしな」

 

ヴィータはいつも通りの彼女に戻っている。

切り替えが出来る彼女が羨ましく不器用な自分が情けなかった。

 

 

 

 

すっかり夕日に染まってしまった街を高町と歩く。

やっぱり高町は笑顔だった。

 

「なあ、高町?」

 

「ん、なぁに?」

 

 

「お前にとっての俺ってなんだ?」

 

きょとん、と高町が目を丸くする。

 

「なのはにとってのコウ君?」

 

頷く俺を見て高町は腕を組んだ。

少しだけ鼓動が早くなるのがわかる。

 

「うーん、えっとね?」

 

思わず高町の一挙一動を真剣に見てしまう俺がいて少しだけ馬鹿らしくなった。

 

「私にとっての」

 

息を飲む。

 

「コウ君は」

 

拳を強く握りしめて、

 

 

 

「内緒っ!」

 

 

 

ゆっくりと開いた。

 

「なんだよ、それ?」

 

「だって恥ずかしいもん」

 

にゃはは、とおかしな笑い方をする高町の頭をこずく。少し安心した。何故かはわからないけど本当に少しだけ安心した。

それが仮初でも俺たちはまだ変わっていない。

先のことを考えるなんて待っているのは恐怖だけだ。

今が美しく、今が愛しく、今が恋しい。

だけど、前に進まなければいけないことも俺はわかっていた。

 

 

「じゃあ、コウ君がコウ君にとってのなのはが何なのか言ってくれたら私も言うよ?」

 

「内緒」

 

笑って答える俺に高町は頬を膨らませた。

 

「私のパクリだ!」

 

「パクってません」

 

二人で夕日に照らされた街を歩いた。

 

俺にとっての高町、そんなこと言葉にできない。

 

それくらい俺はあいつが、

 

 

 

 

 

俺は彼女のヒーローになりたいようだ。

 

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