声、声?
ああ、声が聞こえた。
名前を呼んだんだと思う。私の。
誰が?
わからない。
聞き覚えがあるような気がするし、無いような気もする。
男の人だってことはわかる。
男の人……男の人?
凄く気になる。誰、何?
私はその人を確かめないといけない気がする。
でも、瞼が重い。
目を開けばその人は目の前にいると思うのだけれど。
重い、瞼が、意識も。
ゆっくりと沈んでいく。
どこへ?
また?
また、夢を見るの?
いつもの様に?
昔の?
幸せだった夢を?
辛い夢を?
だめ、重い。重いの。
あれ、
私は、
何を、
※
「んっ…………にゃ?」
ゆっくりと、頭を撫でられる感覚で目を覚ました。
心地いい目覚め。
「お母、さん?」
暖かい掌に思わず目を細める。
もう少し眠っていたいっていう感情ともう少し撫でられていたいって感情がぶつかり合って幸せなんだな、なんて答えがポツリと浮かんだ。
すんすんと鼻を鳴らすと柔らかい匂いが鼻腔をくすぐる。このまま、撫でられたまま眠っていればもっと幸せで、ゆっくりと意識を沈めていった時、
「お母さん、ではないかな?」
声が聞こえた。
聞き覚えがある。男の子の声。
あれ? っと思い薄く目を開けると見覚えのある顔がそこにあった。
「コウ、スケくん?」
「うん。起こしちゃったかな?」
何で、私の部屋にいるの?
浮かび上がる当然の疑問。まだ眠気が覚めない頭でそんなことを考えながら私はベッドに体を沈ませる。
そんな私にコウスケ君は苦笑を浮かべるともう一度優しく頭を撫でた。
「もうすぐお昼だよ?」
「……ごはん?」
そうだね、と頷くコウスケ君。
それだったら、起きなきゃ。と起き上がりしっかりと目を開いて。
私は思い出した。
雨の中、公園へ遊びにいったこと。
コウスケ君に声をかけられたこと。
コウスケ君の家に連れられたこと。
コウスケ君とお話していたこと。
全部思い出してカッと顔が熱くなった。
な、なんで私は眠っていたの?
場所は変わらずコウスケ君の部屋。何も無い、簡素な部屋だ。
と、言うことはこのベッドはコウスケ君の物で……
バッとベッドの上から飛び退く。
「ご、ごめんなさいっ。私、寝ちゃってっ」
反射のように謝って恐る恐るコウスケ君を見た。
「ん? 別にいいよ。おはよう、高町さん」
なんで、笑ってるの?
優しげな笑顔でこちらを見るコウスケくんを不思議に思う。
前から思っていて認めてこそいなかったがコウスケ君は優しい人だ。
私とは違い多くの人に好かれて一人で何でも出来て、そんないいこなんだ。
だから羨ましくて、そういうところが好きになれなくて。
でも、口にしても私じゃなにも伝えられないしコウスケ君はわかってくれないし……
もやもやした気持ちが少しずつ溜まっていく。
その後、お昼をコウスケ君の家でご馳走になって私はまたコウスケ君の部屋に戻っていた。
窓の外はまだ雨が降り続いていていつものように公園に行くわけにはいかないようだ。
部屋を見渡すとコウスケ君も少し暇そうにしていた。
いつもの彼はお兄ちゃんのようにかくとうぎ?を習っているらしいけど今日はその習い事が無いらしい。
コウスケ君もいろんなことをしているんだなぁ、なんて思いつつ自分のことも考えてみる。
私の家は道場などがあるけど、お父さんやお母さんは私に習わせるつもりは無いようだし私としても運動はあまり得意じゃないからやりたいとは思わない。
勉強とか、音楽とかそんな習い事にも興味はないし……
強いて上げるなら、時々お母さんが教えてくれるお菓子の作り方、かな。
最近はあまり教えてくれないけど、それは教わっていて楽しいと思う。
コウスケ君の習い事もそうなのかな?
ぼんやりとコウスケ君を眺めていたのが気付かれたのだろう、コウスケ君と目が合う。
「どうしたの?」
「……ううん。なんでもない」
「なにか気になることでもあった?」
……気になる、といってもコウスケ君のことだ。
コウスケ君はしたいことが無いって言ったのになんで習い事をしているのか、とか。
本当にしたいことが何も無いのか、とか。
でも、聞いていいことなの?
「何でも聞いてくれていいよ?」
何も言わない私を不思議に思ったのか彼が首を傾げる。
「何でも?」
「ん?うん。何でも」
じゃあ、聞いていいのだろうか?
迷惑にはならないのだろうか?
「コウスケ君は、なにもしたいことが無いって言ったよね?」
恐る恐る口を開く。
その時私は本当に怖かったのだ。
「本当になにもしたいことが無いの?」
人と人の心に距離があるのだとしたら、私はコウスケ君にどれだけ近づいていいのだろうか。
それはお母さん達にも言えた。どれくらいの近さなら私は邪魔じゃないのだろうか。
手探りで探すのはただただ怖くて、今この時もコウスケ君に迷惑をかけているんじゃないかと心配になる。
そんな私の質問にコウスケ君は腕を組んで考え出した。
「したいこと……か」
やっぱり、聞いちゃいけないことだったのだろうか?
びくびくとする私。コウスケ君は少しの時間を置いてこちらを見た。
「一つだけ、あるかもしれない」
「したい、こと?」
「うん」
顔は笑顔。
怒っていないことに安心してコウスケ君の声に耳をすませる。
けど、私はそのとき気付けずにいた。
コウスケ君が本当は笑っていなかったことを。
もしかしたら、彼は泣いていたのかもしれない。
だって彼の声が。
「友達を作りたい」
こんなにも悲しそうだったんだから。
コウスケ君の口にした答えは私には理解できなかった。
私は知っているコウスケ君が多くの人に好かれていることを。
コウスケ君が私に始めて声をかけてくる以前から私は彼のことを知っていた。
いつも回りに誰かがいて一人でいる方が珍しいくらいだったのを覚えている。
なのに、なんで?
「いつもの公園で声をかけてくる子達は……」
零れた疑問にコウスケ君は苦笑を浮かべた。
「友達と思ったことは無いよ」
思ったことはない?
「仲が悪いの? 嫌いなの?」
「別に仲が悪いってわけじゃないし、嫌いなわけでもないよ」
「じゃあ、なんで」
「俺の我が儘、かな?」
我が、儘?
「皆は、特別じゃない」
呟かれた言葉の意味は矢張り私にはわからなかった。
そしてまた浮かび出る疑問、
それじゃあ、私は?
友達になりたいと思ったわけじゃない。
たぶん縋るような気持ちだったんだと思う。
お母さんもお父さんも、お兄ちゃんやお姉ちゃんだって私の周りには来てくれないのに、
コウスケ君も違ったら、っていう。
思わずコウスケ君を見つめて、目線が交差した。
「だから、君を選んだ」
静かな声が部屋に響く。
ゆっくりとコウスケ君がこちらに手を差し伸べる。
「高町なのはさん」
コウスケ君の目はいつもより真剣で私を貫くように見つめている。
「俺の友達になってくれませんか?」
私は、
その言葉に私は、
聞きたかった。
ただ、一言。
何でコウ君は、私を選んでくれたの?
※
体中に感じる痛みで目を覚ます。
また、夢を見た。コウ君との思い出の夢。
最近になってよく見るようになった辛い夢。
私が一人になったことを嫌でも思い出させる、そんな夢だ。
だから、
目を開けた瞬間、
涙が流れた。
「…………え?」
見覚えのある、顔。
体は私が覚えているよりも大きくなっている。
でも、目の前の彼が誰なのか一目見ただけでわかった。
わからないはずがない、
忘れるはずが無い、
だって、
だってっ、
私は、彼にっ
「遅くなった、なのは」
「コウ、君ッ」
恋を、しているのだから。
※
私を抱きかかえていたコウ君は一度私から目を離すと上空に浮かんでいるレッドを睨んだ。
表情は見えない、しかし彼から感じる雰囲気が怒りに染まっていくのがわかる。
「悪いけど、ここで少し休んでいてくれ」
そう、地面に私を下ろしたコウ君に手を伸ばす。
コウ君はレッドと戦うつもりだ。
それだけは止めたかった。
アイツは私の罪で、私が生み出して、だから、
コウ君は関係無い。全部、全部私が、私が始めたから、私が終わらせないといけないのに。
ゆっくりと私から離れていくコウ君に必死に手を伸ばす。
それだけしか出来ない。
体中が痛みを発し、声だって上手く出せない。
だけど、止めなきゃ。
コウ君は、アイツとだけは戦っちゃいけない。
また、私の前からいなくなっちゃう。
やっと会えたのに。
言いたい事だっていっぱいある。
やりたい事だっていっぱいある。
でも、
私がいたら、こんな私がいるから、コウ君は、守ってしまう。
何も変わってない、変えられてない、あの時から、コウ君を失ったときから。
私は、あの時からコウ君のためなら死んでしまったっていいって思っている。
でも、コウ君がいなくなるのは嫌だ。
私にとってのコウ君は、生きる意味で、コウ君がいるから私がいて。
だから、私は、
空を覆うように、二人の魔力光が煌く。
幾度と無く拳がぶつかり合いソレによって生み出される衝撃が私の体を揺らす。
私が、
「止め、ないとッ」
レイジングハートを握り締める。
まだ体中が痛くて、立つ事すら辛いけど、やらなくちゃいけないんだ。
あの時とは違う。
私が、変える。
「レイジングハート、フル、ドライブ」
体中の魔力が唸りを上げる。
耐え切れない私の体は悲鳴を上げているけれど、そんなの関係無い。
私が、コウ君を守らなきゃ。
私が、全部終わらせなきゃ。
「スターライト……ッ」
私が、私でいるために。
「ブレイ、カ――――――ッ!」
私は、今からやり直すようだ。