俺は彼女を壊したようだ。   作:枝切り包丁

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3ヶ月ほどぶりです。
すいません。


22.I think you.

 

私の好きはどこから来ているのだろう。

 

疑問に思う。

 

いつもいつも、私は彼が好きだった。

 

まるで身の内に棲む獣が吼えるように、

 

好きだ、

 

好きだ、

 

好きだ、

 

たとえ周りのもの総てを喰いちぎりズタズタにしてでも止まらないそれは、

 

私の何なんだろうか。

 

 

また、唸るように私の身体に染み付いたようなその獣が言葉をは吐く。

 

 

思い出せ。

 

 

何を。

 

 

拾い上げろ。

 

 

何で。

 

 

 

目を開けろ。

 

 

どうやって。

 

 

ぐるぐると何かが回っている。

鍋の中で煮詰められるようにそれは泡を噴き次第に溢れ出す。

 

あの頃、総てが止まってしまえばよかったのに。

 

 

重いんだよ。

 

 

辛いんだよ。

 

 

いっそ巻き戻って、

 

 

止まってしまえ。

 

 

一生、

 

 

永遠に、

 

 

私を幸せにしろよ。

 

 

でも、

 

 

それで、本当にいいの?

 

 

 

※

 

 

 

浮かび上がるのか沈んでいくのか。

何もない、何も、何も。

だから私は思い浮かべる。

 

笑えていたころ。

 

楽しかったころ。

 

幸せだったころ。

 

せめて思えるように、

 

 

ああ、あの頃はよかった、なんて。

 

 

でも、また突き当たる。

 

なんで笑えていたんだろう。

 

なんで楽しかったんだろう。

 

なんで、幸せだったんだろう。

 

なんで?

 

 

思い出そう。

 

探し出そう。

 

どこかにあるはずだ。

 

私の、

 

 

私だけの、

 

 

 

幸せの理由。

 

 

 

※

 

 

 

足跡を見ていた。

 

いったい誰の足跡だろう。

どこへ向かったのだろう。

 

「どこかへ行ったんだろ」

 

隣に立つコウ君が面倒臭そうに言う。

別に付き合えとは言っていないのに。

 

「道に迷わないかな?」

 

「気にするとこなの、それ」

 

「だって、私はよく迷うから」

 

「それは、高町さんだろ?」

 

「でも……」

 

何が不安だったのか。

まるで見えない手で胸を押さえつけられるように重く、不安が積もる。

この足跡はしっかりと次へ繋がっているのか。

後ろを見ると、あるのは私とコウ君の足跡。

私はここまで来たけれど次はあるのだろうか。

それはどこへ向かうのだろうか。

 

「例えば」

 

コウ君が呟く。

つられるように彼の顔を覗き込んだ。

深い、深い黒の瞳。いったい何を見ているのだろう。

 

「例えば、この足跡がどこかで道に迷ったとする」

 

耳に届く声はしっかりと、だけどどこか儚げで自然と私は目を閉じていた。

その声が私の耳まで届くように。

 

「迷って、でも、それでも足跡は続くんだ」

 

「だって、そこが終わりじゃ無いんだから」

 

「絶対どこかへ繋がっているから」

 

「だから、続くんだ」

 

その言葉はまとまりがなく私の欲しかったような答えではなくて、でも、それでも、どこか、暖かい。

 

「止まれ、ないんだ」

 

「え?」

 

「この足跡も、私もコウ君も、止まれないの?ずっと、続くの?」

 

それは辛くないのかな。

 

「辛いときは辛いよ。でも、決まってるんだ」

 

「なに、が?」

 

「止まる時、止まってしまう時って」

 

「止まる時は、あるの?」

 

「うん。でも簡単には止まれない、かな。周りは動き続けていて、その周りの一部から見た自分も周りの一部で、流れには逆らえない」

 

「じゃあ、じゃあ何時、止まれるの?」

 

思わず出た問いにコウ君は笑う。

何故笑うのか、そう首を傾げる私に対してコウ君は一頻り笑い続けると小さく呟く。

わからない、と。

 

「俺に言えるのはたった四つくらい。もっといっぱいあるんだろうなぁ」

 

考え込むような言葉は本当に私に向けたものだったのだろうか?

もしかしたら、もしか、したら……

 

 

「続けるのを、続くのを諦めてしまった時」

 

 

コウ君、コウ君は、

 

 

「どうしようもない終わりが来てしまった時」

 

 

私の隣に、

 

 

「止まるべき場所を気付いてしまった時」

 

 

本当は、

 

 

「大切な何かを見つけられた時」

 

 

いないんじゃないか。

 

 

なんて。

 

 

「俺は大切なものを見つけたい。もう終わりたくなんて、ない」

 

 

「え?」

 

 

コウ君が何かを言ったような気がした。

絞り出すように、でもその言葉は私の耳には届かず、迷子に、なってしまった。

 

あっ、

 

また、離れて。

 

私が、逃がした。

 

この時、

 

 

この時だ。

 

 

この世界で、終わりは、止まるべき場所は確かにある。

 

コウ君に四つも教わった。

 

 

諦めた時。

 

どうしようもない時。

 

気付いてしまった時。

 

大切なものを見つけた時。

 

 

諦めるのは、嫌だ。

後悔なんてしたくないから、私の道を間違いなんて言いたくない。

間違ってなんかないって、胸を張ってやりたい。

 

どうしようもない、なんて言い訳も使わない。

歩くだけ歩いてその先が壁だったら、その壁を登ってやる。

それでも壁が続くなら名前だけでも刻んでやろう。

 

終わりに気付いたら、目を閉じて耳を塞ごう。

たとえ一歩も前に進めない時がきたら前のめりに倒れてやる。

そしたら身体一個分は私の勝ちだ。

 

だから、

 

だから、私にとっての大切なものが、

 

 

大切の終着点が、

 

 

 

コウ君で、あってほしい。

 

 

 

そう、気付いてしまったんだ。

 

 

 

※

 

 

 

「結局、何で好きだったんだろう」

 

 

医務室で目を覚ましてまず口にしたのがそれだった。

窓を見ると既に日は落ち外は闇に包まれていた。

一度だけ当たりを見渡してシャマル先生がいないのを確認してこっそりと医務室を出る。

体中に重りがぶら下がっているように動く事に辛さはあったが今この場でただ寝そべっているよりはましだった。

が、結局ついた場所は近くにあった海が見える場所。

残念な事に雲のせいで月や星は隠れただの黒の中浮かぶように私は腰を下ろした。

 

頭が軽い。

最近感じていた焦り等が洗い流されたように何も感じていない。

まあ、でも一つ。あるとしたら悔しさ、だろうか。

私が気を失う前、ティアナとの事はよく頭に残っていた。

大人気ない、なんて思われるだろうけどティアナに負けたことが悔しくて悔しくて。

あの時、自分が正常な思考をしていなかったことは今更ながら自覚している。

何であんな風になったのか、わかっている。

醜い嫉妬だ。

 

それでも、負けたくなかった。

あの時、あの瞬間のティアナは私にとって壁だった。

乗り越えなければいけない壁だった。

結果的にこうなってしまったけど。

 

 

「足跡、止まっちゃった」

 

 

コウ君との別れでも、あのコウ君モドキに敗北したときにもなかった気持ち。

怒りでなく、悲しみでもなくて、

 

悔しい。

 

煮えたぎるような、燃え上がるようなこの気持ち。

でも、今の私にはその気持ちの向け所がわからない。

ティアナに向けるものでもないしコウ君っていうのもプライドが許さない。

なんというか、

 

 

「迷子、だなぁ」

 

 

その呟きに、

 

 

「何が、迷子なんですか?」

 

 

答える声があった。

 

「あっ」

 

「隣、失礼します」

 

私の隣に腰をおろした声の主、ティアナ。こんなに悔しく思っているのに不思議と嫌な気分ではなかった。

 

「紅助さんが探してましたよ」

 

「探して、くれてるんだ」

 

「あれ、嬉しくないんですか?」

 

「嬉しいと言えば嬉しいけど、今は駄目なんだ」

 

多分今あったら泣いてしまう、どうしようもない、って諦めてしまう。

 

「思い出した事があるんだ」

 

だから、今はティアナとお話をしよう。

一つの区切り、とでも思って。

 

「思い出した、ですか?」

 

「うん、コウ君を初めて好きだって思った時」

 

「えっ!?」

 

隣で驚いているティアナを見て笑みがこぼれる。

なんだ、飄々とした印象があったがこんな表情も出来るのか。

 

「その時までは別になんとも無かったのに、突然好きなんだってわかっちゃうんだもん。可笑しいよね」

 

「へ、へぇ」

 

「コウ君なんてどこがいいのか、なんて思ったんだけどね。良いところなんて、タイミングいいっていうのかな、それくらいで」

 

「あ、わかる気がします。いてほしい時に隣にいる」

 

「うん。寂しい時とか、何でか隣にいてくれるんだよね。だから、かな。羨ましいんだ」

 

うん、羨ましいんだ。

私も彼が寂しい時、隣にいてあげたい。

 

「私は、本当は人の気持ちってよくわからないんだ。だから人が出来ないことで文句言ってる事とかもよくわからないし何で、とか思っちゃう」

 

「さらっと、酷いですね」

 

「本当のことだもん」

 

眉をひくつかせるティアナに苦笑を返す。

今まで直せなかった事だ、しかたないとすら思っている。

 

「だから、口にして言ってほしい。そう思うんだけど」

 

「あぁ、紅助さんって意地っ張りな所ありますよね。子供っぽいというか」

 

「ふふ、うん。言ってはくれないんだ、やっぱり」

 

少しそれが悲しくて、彼が遠く感じる。

もし、彼が一言でも弱音を吐いてくれるなら。

 

「もし、ね」

 

「はい?」

 

「コウ君が、私に助けてって言ってくれるなら」

 

「言って、くれるなら?」

 

「私は止まれるの」

 

きょとんと、ティアナが不思議そうな顔をする。

まあ、私だけがわかる言葉だ。コウ君も覚えているかどうか。

 

 

「私は止まれて」

 

 

それで、

 

 

「愛してるって、言える気がする」

 

 

そう、今なら思うんだ。

 

 

素直な気持ちを口にして身体に張り付いていた何かが剥がれていくのを感じた。

ずっと重みに感じていた何か。

でも、ティアナのように私と同じ思いを持っている人がいると知って。

私は安心をした。

 

一人じゃない。

 

だから、もう辛くないよ。

 

噛み締める言葉にティアナは笑う。

 

「なんだか、肩すかしを食らった感じです」

 

「えっ、と?」

 

「ちょっと心配してたんです。かなり切羽詰まった様子だったんです」

 

「あ、あれはっ……」

 

今更になってあんな醜態を見せた羞恥が襲って来る。

そんな風に顔を赤らめる私を一瞥してティアナは腰を上げた。

 

「もう、大丈夫そうですね」

 

「……うん」

 

「後から文句を言われてもこまりますから、ね」

 

「うん?」

 

「私が紅助さんを勝ち取った時にですよ」

 

「なっ!?」

 

「負ける気はないですけど、張り合いが無いのもなんですから」

 

「…………そう、だね。私も負けたくはない」

 

「じゃあ、勝負です」

 

「うん、勝負だね」

 

二人して笑いあう。

おかしな感覚だ。負けたくはないのに嫌な気持ちが沸いてこない。

それじゃあと背を向けたティアナに言葉がこぼれた。

 

 

「私、ティアナに出会えてよかった」

 

 

「え?」

 

聞こえはしたが聞き取れなかったのかこちらに顔を見せる彼女に笑みを向け私も立ち上がる。

なんだか晴れやかな気分だ。

壁が崩れていく。

視界が晴れて多くのものを許容できるような感覚。

 

なんでもない、と告げてまた歩きだすティアナの後に続く。

 

とりあえずは、何から始めようか。

 

そうだ、まずは謝ろう。

ティアナに、スバルに、コウ君に、迷惑をかけた色んな人に。

沢山いるのだから、大変なんだろう。

でも、それだけ私の周りには人がいて、それだけの足跡があるのだから。

私も、続かないと。

 

足元を見ると、見えないはずのティアナの足跡が見えたような気がした。

 

それはとても真っ直ぐで、どこまでも続いている。

 

私の周りはまだ流れている。

 

ああ、まだ止まるには早いみたい。

 

 

そうだ、

 

 

足跡は止まらないようだ。

 

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