魔法なんていらない。
そんな事を言って自分の中で区切りを付けたのはいいのだけれど、周りは私の我が儘を押し付ける形になっていいのかな。なんて気持ちはあった。
リンディさんには何時でも管理局に戻れるようにと尽力してくれていたようだったし、私が出した答えを彼女に口にすることを躊躇われた。
自分の考えが間違いだとか甘い考えだとかとは思いたくない。
今の私が、今までコウ君と過ごしてきた私が出した私にとって一番の答え。
だから、私は今の気持ちを変えるつもりは無い。
まあ、だからといって申し訳ないと思わない訳でもなくて……
ビクビクとしながらコウ君に付いてきてもらい、二人でその話をしに向かったのだが。
なんとかなった。なってしまった。
結果を言えばそう。
リンディさんは私の言葉に怒るでも悲しむでもなく喜んでいた。
笑って私達の言葉に、管理局に戻るつもりは無いことを了承してくれた。
自分の気持ちが認められたら事の嬉しさ、形として魔法との繋がりを切ったことの空虚感。
上手く言葉にはできない、ただの喜びでもなく、悲しみでもなく、不思議な気持ち。
あれから数日、魔導師を止めた私はまだコウ君の家で生活をしている。
生活している、といっても何をするでもなく学校にいったり、友人と遊んだり、普通に普通の生活。
別に文句はないしこれが当たり前だとわかっているのだけれど、度々独りになると暇になると言うか手持ち無沙汰と言うか……寂しくなる。
今もそんな暇を持て余しているわけであって、お菓子をかじりながら胸元に下がったレイジングハートとお話をしていた。
魔導師を辞めた今、レイジングハートも本来のデバイスとして使われる事はなくなったけど、それでもレイジングハートは私のもとにある。
本当はレイジングハートも魔導師に使われた方が幸せだろうと私の前の持ち主、ユーノ君に返そうと思ったのだけどレイジングハートが言ったんだ。
私の側にいたい、って。
嬉しかったな。うん、嬉しかった。
だから今のレイジングハートは魔法を使う私の相棒ではなく、話し相手になってくれる私の親友。
あまり人前で話しが出来ない事が少し可哀想だけど。
そう、レイジングハートとお話をしているとこちらの顔を覗き込んでくる影。
「ほう、ふん?」
こくりと、口の中のお菓子を飲み込む。
こちらを覗きこんできた影、コウ君が隣に腰をおろす。
「ただいま」
「んんっ、おかえり」
隣に座ったのはいいけど少し離れている。
またコウ君は恥ずかしいのか、なんてため息を吐いて距離を詰める。
暖かい。コウ君もそうなのかな、顔が赤いのは?
さて、今日は何をしようかな。
視線を巡らせた先にあったのは先程から食べていたクッキー。
「………………!」
思い付いちゃった。
思わず頬が緩む。それが不思議だったのかコウ君がこちらを見た。
ちょうどいいとクッキーを一枚とり、口にくわえる。
「ほうふんもふぁへる?」
コウ君も食べる?
そう、彼に口を突き出した。
「……お前は」
返されたのは呆れたような瞳。
背筋が震えた。
コウ君、あぁ、コウ君。
ごめんね、ごめんね。困るよね。
コウ君、恥ずかしがり屋だから、こう言うことが好きじゃないって私知ってるよ。
我が儘をいってごめんね。でもね、知ってるよ。コウ君がちゃんと我が儘を聞いてくれること。
ほら、
コウ君の顔が近づく。
軽く開かれた口がクッキーをくわえる。
まるでキスをしてるみたいで。
「あ、はっ」
私、だから聞いてくれるんだよね?
ぶるりと震える体を抱きしめる。
ごめんね、こんな私でごめんね。
でも、もっとコウ君を困らせたい。
もっと、もっと私が、君の特別だって。
私だけが君の特別だって、教えて、刻んで。身体も、心も。
変わりに、私の全てをあげるから。
君の全てを受け入れるから。
大丈夫。
私ね、コウ君にならなにされても大丈夫だよ?
だってね。
君にされることなら。
見つめられることも、
声を聴くことも、
肌を触れることも、
痛いことだって、
ぜーんぶ、気持ちいいんだよ?
※
興奮、しすぎたようだ。
気が付くと私はコウ君の膝の上で眠っていた。
何時眠ったのか覚えてないところを見ると、余程興奮してしまっていたのだろう。
目を開くと頭上にいるコウ君がくしゃりと笑う。
「おはよう」
「お、はよう」
起きあがるが少し気怠い。コウ君の肩を借りよう。
軽く体重をかけた彼の肩から感じる淡い暖かさに安心する。
この暖かさに包まれたら私は溶けてしまうんじゃないだろうか?
でも、それなら溶けてみたいかも。
溶けて彼の一部になって……
「…………にひっ」
「うん?」
思わず笑い声が漏れた。
訝しむ彼に手を振りなんでもないと伝える。
「そう言えば、明日」
思い出したように彼がぼそりとこぼす。
「明日、何かあるの?」
「ん、いや。何もないんだ」
「何も、ない?」
それがどうしたの? と首を傾げる私に彼は笑う。
「予定がなかったら一緒に出掛けないか?」
「……私と?」
「勿論」
「じゃ、じゃあ、デートってこと?」
「なのはがそれでいいなら」
自分で言うのが気恥ずかしいのか、遠回しな彼らしい返事に嬉しくなる。
「うん。私、コウ君とデートしたいな!」
声を張り上げた私にコウ君が微笑ましそうに笑う。
なんだか子供扱いをされているようでむず痒くグリグリと体を彼に押し付けた。
「コウ君って時々お父さんみたい」
「はあ?」
なにを?とコウ君の瞳には疑問の光。
私はそれを眺めるようにまた彼の膝に寝転ぶ。
「見てるものが、見えてるものが違うのかな? コウ君の目がね、暖かいんだ」
ポツポツとこぼす言葉はコウ君にはちゃんと伝わらない。
不思議そうに、私の言葉に耳を傾けるコウ君。
「コウ君は昔からそう。気が付いたら今みたいに上から私をのぞき込んでる」
嫌って訳じゃない。今じゃそれも思い出だし。そう、思い出。
昔々の小さい思い出。
小学生になったばかりの頃、私はコウ君と同じクラスにはなれなくて落ち込んでいた。
帰り道、少ないコウ君と共にいる時間もその事ばかり考えて無駄な時間を過ごしていた。
何で、どうして、どうしようもない事が受け入れられなくてただただ疑問を口にしていた。
そんな私にコウ君は頭を撫でるとこちらを見つめる。
「寂しい?」
微笑む彼。その優しげな瞳に何故か泣きそうになって、でも彼の前で泣くのは嫌だから必死になって我慢して、小さく小さく頷いた。
寂しい、ずっと一緒にいたい。
そんな風な気持ちを込めて。
それがどれだけ彼に届いたかはわからない。
空を見上げて少しの間、考えに耽った彼はそうだ、と声をあげる。
「次の休日は高町さんのためだけの日にするよ」
そんな馬鹿みたいな答え。
でも、その時の私は凄くワクワクした。
コウ君が私の為だけに一日中一緒にいてくれる。
当時の私は友達が彼しかいなかったから本当に彼だけが私と外の繋がりだったような気がする。
だからその日まで色んな準備をして、張り切っていた私もコウ君の事を馬鹿に出来なかったかな?
そして数日後、前日によく寝付けなかった私は眠たげにコウ君を出迎え、彼が用意した朝食を食べて、結局二度寝。
彼に見守られながらゆっくりと意識を沈めていくのが暖かくて幸せで。
目覚めてまだ彼が近くにいるのが嬉しくてはしゃいだ。
それから遊んだり、昼食をとったり、またお昼寝をしたり。全部彼と一緒。
楽しくて、本当に楽しくて。ずっと続けばいいのに。
そう思ってしまうくらい幸せで。
その日の最後、コウ君の家に泊まる事になって子供には大きい、二人で丁度のベッドに並んで寝転がる。
目を閉じるのがもったいなかった。
明日目を覚ませば今日のことは全部夢になってしまうかも、なんて不安で。
泣きそうになる私を彼が撫でる。
「寂しい?」
繋がれた手が暖かかった。
私を写す彼の瞳が暖かかった。
私は涙を流して首を横に振る。
寂しくなんてない、君がいるから。
でも涙は止まらなくて。
その日は彼の手を抱いて眠った。
次の日から私はあまり寂しさを感じる事はなくなった。
周りより自分が彼の特別であると気が付いたからだろうか。
近くにいなくても彼が側にいる事を知ったんだと思う。
それを確かめる為に月に一、二回くらい同じような事をするようになったのだけれど。
彼が私を見る目、それはたぶん宝物を見る目なんだ。
だから私はそれをお父さんと同じと感じたのだろう。
私はコウ君を不思議な雰囲気の男の子と捉えていたけど、彼は私より大人何じゃないだろうか。
何故か不思議とそう思う。
彼は私と、私達とは違う生き方をしているんじゃないか。そんなふうに。
違うことは悪くない、逆に嬉しささえある。
小さい頃に遊び回る子達を見て何度も思ってきた。
『私はこの子達とは違う』
だから違う者同士が惹かれあうなんて運命的だ。
私と彼は会うべくして会った。そういう考えは嫌いじゃない。
それに、私が私でよかったって誇れる、数少ないものだから。
でもね。
一つだけ、私はコウ君に言いたい。
私は君の涙を見たことがない。
どんな時も、君は笑っているから。
もしかしらた、独りで泣いているのかな?
じゃあ、コウ君がもし独りじゃどうしようもないくらい寂しくなった時。
どんな大きくて大変な事でも、
コウ君だけの事情でも、
コウ君がそんなに困っているなら。
私も一緒に困ってあげる。
君が何度も私にしてくれたように。
だって、君は私の、
宝物だから。