俺は彼女を壊したようだ。   作:枝切り包丁

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29.理由

 

 

 

「でさ、その時になのはが――――――、あ?」

 

 

気がつくと、俺はその場にいた。

そこがどこなのか、どうやってこの場まで来たのか、なんて事は覚えていない。

どこか見覚えのある城の一角、緑生茂る木の下、そこにできた日陰に俺は腰を下ろして笑っていた。

なぜ笑っていたのだろうか?

確か、昔の事を、思い出話を聞かせていて…………

誰に、聞かせていたんだっけ?

 

ヴィヴィオ?

 

違う、ヴィヴィオじゃない。

 

じゃあ、いったい誰に?

 

そう隣に顔を向けると、彼女はいた。

 

微笑みをこちらに向ける金の髪を持つ少女。

その笑顔はどこか太陽を思わせる。

 

誰、だっけ?

 

見覚えは、ある。

どこかであった。どこかで見た。

その顔、その瞳、その雰囲気。覚えている、覚えている、はずだ。

なのに彼女の名前が出てこない。いつ出会ったのか、どこで出会ったのか、そんなことが浮かび上がらない。

そして何故俺は彼女と話をしていたのか。

 

穴だらけの記憶の中、俺は彼女を見つめる。

 

 

「えっと、ごめん。君って……誰だっけ?」

 

 

失礼な事を口にしているなぁ、なんて頬を掻きながら思う。

しかし目の前の少女はただ微笑むだけ。こちらに負の思いはないようだった。

そしてゆっくりと口を開き。

 

 

「――――――、――――」

 

 

その声は、発せられなかった。いや、聞こえなかった。

彼女は確かに何かを口にしている。しかしその声は俺の耳を震わすことはなく、ただ空気に溶けていく。

どういう、ことだ?

知っているような場所、知っているような人物。そして聞くことのできない声。不思議にも程がある。

 

「また夢を見てるのか…………ん?」

 

何故俺はそんなことを口にしたのか。

それにまた、とは以前に同じようなことがあったのだろうか。

 

覚えていない、覚えていないんだよなぁ。

 

「まぁ、いいか」

 

そこで考えるのをやめたのは、これが本当に夢だったからか。

どこかぼやけるような思考だったからか。まあ、それもどちらでもいい。

 

「何を話していたんだったか……ああ、そうだ。父さんが死んだ頃か」

 

思い出す、この身体がまだ小さかった頃、まだなのはが魔法を知らなかった八歳の夏。

 

父さんが死んだ時期は一度目の人生と変わりない。

夏の暑い日、病気を患っていた父は俺が看取ることなく息を引き取った。

悲しい、とは思っても涙は出なかった。以前の人生で十分味わった悲しみだったからだろうか。

それに目に見えて気落ちしていた母をどうにかしたい、そう思うことで目をそらしていたのか。

 

そしてなにより、俺の代わりと言うように涙を流していたなのはを見たからか。

 

確かに小さい頃は働いていた母の代わりに俺の面倒をよく見ていてくれたのは父だった。

何度も俺の家に顔を見せていたなのはもそうだったのだろう。

突然のように泣き出したなのはの顔を見たときは不思議な感覚があった。

 

なんでこいつが泣いてるんだ、という疑問。

 

なんでこいつと違って俺は泣けないんだ、なんていう悔しさ。

 

そして、父のために泣いてくれたという、嬉しさ。

 

「俺さ、その頃はもう頭ん中じゃ二十代後半なんだぜ?」

 

子供みたいで馬鹿だろ、なんて自重する俺に隣の少女がクスリと笑う。

 

「その頃からもう俺はあいつのこと、好きだったんだろうな」

 

ロリコンもいいところだ。

といっても俺が今三十代後半って気分ではないんだよな。

実際に二十から上の歳がどうだったか、なんて知らないし体に合わせて同じ年代の人物としか深く関わっていないのもある。

それと向上心が無いのも関係があるだろうか?

 

「親父臭いとか言われるのも、いやだしさ」

 

それに、そろそろこの身体も追いついてくる頃だからいいのかもしれない。

……ロリコンである事は変わりないようなきがするけど。

 

まあ、そんなことはどうでもいいことだ。

 

「俺もさ、生まれはちょっと周りとは違ったけど。幸せな日々を過ごしてはいたんだよ」

 

あんたもそうだろ?

 

そう、問うた俺に彼女は頷き前方を指さした。

それにつられ、目を向ける。

 

その光景は、いつから始まっていたのか。

 

 

隣にいる少女と一人の少年が互いに握った剣を打ち合わせている姿。

 

 

「随分、物騒な青春、だな……」

 

乾いた笑みを浮かべながらそう口にすると彼女は納得がいかないように頬を膨らませてじゃあ次はこっちと言うようにまた別の場所を指差す。

 

そこには先程と同じ少年と共に茶会を開いている姿。

 

「まあ、普通こういうのが青春だよな」

 

思わずそう口にしてしまったのが悪かったのか、彼女はまだムッとした表情でこちらを見つめている。

 

「あ、あー、俺にもあったよ。魔法をぶつけ合ったり、してました。ごめんって」

 

わるかったです、そう両手を合わせて謝ると頬を萎ませて満足したように笑う。

そんな姿に思わずため息が漏れたのはどうやら運良くバレなかったようだ。

 

と、そんな会話を続けているうちに辺りの様子が変化を始めていた。

 

俺たちを中心とするようにゆっくりと風景が消えていく。

 

どうやら終わりの時間らしい。

 

城が消え、

 

木々が消え、

 

庭が消る。

 

 

なにもかもが無くなったその場で俺は隣の少女を見る。

 

笑う彼女は、それでもどこか悲しげで、真っ直ぐに俺を見ながら何かを口にした。

 

 

 

「――――、――――」

 

 

それでもその声は俺に届かない。

 

 

そして、少女が消える。

 

最後に彼女は何を言ったのか、何を伝えたかったのか。

 

わからない。

 

 

それでも、俺は――――――、

 

 

 

ふと何か言葉を頭の中でつぶやいていたのは自分でも気がつかなかった。

 

 

 

 

 

 

目が、覚めた。

 

夢を見ていたようなきがする。覚えてはいないのだけれど。

 

顔の上に乗っかっていたヴィヴィオをどけてベッドから降りる。まずは顔でも洗おう。

 

顔を洗い、すっきりしてみると更に夢の事は忘れていた。

本当に自分は夢を見たのだろうか? それすらもはっきりとしないほどに。

まあいいや、そう珈琲を啜ると更に消える。難儀な頭だ。

 

数分が立ち、ヴィヴィオが目を覚ます頃には夢を見たことなんて頭の隅にも残っていなかった。

 

「うぅ、こー」

 

そうこうしているとヴィヴィオが目を覚まし、こちらに手を伸ばす。

抱き上げろ、と言いたいのだろう。

その通りに抱き上げてやると安心したように頬を緩ませて体重をこちらにあずけてくる。

今更になって思うがどうやら俺はヴィヴィオの事を嫌いじゃないらしい。

どちらかといえば好ましく思っていると言っていい。

素直で思った事をすぐに口にするから、何を考えているのか、どう接すればいいのか、なんて考えなくてもいいし。

なんというか、相手をしていて楽なのだ。

だからか、少しくらいはかまってやってもいいんじゃないかな、なんて思い始めている今日この頃。

 

が、その今日は公開意見陳述会の二日前。

 

つまりヴィヴィオが攫われるまでもう二日しかない。

 

ここまで来て、俺は自分が何をすべきなのかわからない。

 

ヴィヴィオを守るべきなのか?

 

守るべきだ。

 

一番最初に浮かんだのがそれ。

 

守る。守りたい。守らなければいけない。

 

当然な気持ち、なんだろう。

なのはやフェイトなら真面目にそう言うんだと思う。

あの二人は子供に自分を重ねているようなところがあるから。

だから自分のようにはなって欲しくない、そう思っているところはあるのだろう。

 

しかし俺は?

 

そう疑問を浮かべてみると、可笑しい程に自分のことがわからなくなる。

もちろん、目の前に子供がいて助けなければ、という状況になれば俺はそれを助けるだろう。

それほど自分は腐ってはいないつもりだ。

しかし何故ヴィヴィオにはこれほど強く思うのだろう。

そんな理由なんてないはずだ。

頭の中にヴィヴィオのことが古ぼけた記憶として残っていたから。本当にそれだけか?

 

ヴィヴィオとはまだ出会ってそれほど月日が経っていない。

ヴィヴィオからは懐かれていて本当の父親のように扱われてはいるがこちらから見るとそれ程大きなものではないのは確かだ。

俺にとってヴィヴィオは保護した子供、懐かれた子供、聖王のクローン、ゆりかごの鍵。

俺はヴィヴィオが生まれるずっと前からヴィヴィオを知っていた。

だからこの子を物語のピースとして見る自分がいる。

そして俺はヴィヴィオと確かに出会い、なのは達のように確かにここにいる事を知った。

だからこの子を一人の人間として見る自分がいる。

 

その二つの自分が矛盾しながらヴィヴィオを捉えている。

 

でもその俺の視点から溢れ出た気持ちが、この子を守りたい。

 

そんな気持ちだ。

 

何故?

 

この子が物語のピースだからこそ俺はこの子にとって必要のない、不純物だとわかっている。

 

この子が確かにここに存在するのだからこの先もこの子にとって続く道がある事を知っている。

 

じゃあ、なんで俺はこの子を守りたいんだ?

 

俺はヴィヴィオにとって本来必要な人物ではなく、俺がおらずとも彼女には未来がある。

 

でも俺は彼女を守りたい。

 

なんなんだ、この気持ちは。

 

考えれば考えるほど頭の中が掻き回されるようにまとまらなくなる。

 

まるで噛み合わない歯車が軋みをあげるように。

 

まるで深い霧が何かを隠すように。

 

俺は確かに俺なのか?

 

俺はここにいるのか?

 

 

俺は、ここに必要なのか?

 

 

「………………っ」

 

「こー?」

 

「ん、どうしたヴィヴィオ?」

 

 

…………まあ、いいや。

 

 

ヴィヴィオの声に頭の中の疑問を振りはらう。

今は、そんなことなんてどうでもいい。

 

今は、答えがでないのなら。

 

 

いつか、そのいつかが来るまでは。

 

 

 

 

 

 

「コウ君、どうかしたの? 顔色、少し悪いよ?」

 

 

六課の食堂でヴィヴィオとともに昼食をとっていると前方からそんな声が飛んできた。

どうしてもピーマンを残そうとするヴィヴィオから目を離し声のする方向を向くとどこか心配そうに眉を下げたなのはがこちらの顔を覗き込んでいた。

 

「顔色、悪いの?」

 

失礼か、と思いながら聞き返す。

自分としては別に体調面に異常は感じていない。

ならば何故、自問も含めた言葉になのはは昼食が乗ったトレイを置きこちらの前の席に腰を下ろした。

 

「少し青白い。体調は、大丈夫?」

 

「特に問題はない、けど……」

 

考えられるとしたら、今朝からの悩み事くらいか。

考えないように、とはしたがまるで耳元でブツブツと呟かれるようにその思いは消えることはない。

我ながら面倒くさい性格をしているとは思う。

不安を一度抱えると中々降ろすことができないのだ。

昔からそうだ。だからできるだけ不安の種は拾わないようにしていたし見てみないふりを続けてきた。

だから今回も、大丈夫、そう騙し騙し行くつもりなのだが。

 

「大丈夫、じゃなさそうだね」

 

手に持ったフォークでヴィヴィオが睨み合っていたピーマンを突き刺しそれを口に放り込んだなのはがそんな言葉をくちにした。

パァっと笑顔を見せるヴィヴィオに対し珍しく他人を甘やかす彼女に対しどこか驚きにも似た感情を向けた俺はその彼女が強くこちらを見つめている事に気がついた。

まるで探るように、丸い瞳が俺を移していた。

 

「わかった。何か悩んでるでしょ?」

 

「はぁ?」

 

そんな間の抜けた声を漏らす。

なんだ、こいつ。まるで頭の中まで見られたような感覚に思わず身体を逸らし彼女から距離をとる。

 

「別にコウ君の考えてる事がわかるわけじゃないよ」

 

なにも言葉にしていないのにそう返されたのがその言葉の信用性を損なっている。

 

「経験談だよ。私も同じような顔をした事がある」

 

なんだよ、それ。

どこか自分の知る彼女とは違う。まるで年上のように落ち着いた雰囲気を出すなのはに面を食らう。

彼女は前までこんな風、だっただろうか。

その答えを出すより早く、彼女は俺に詰め寄るように身を乗り出し顔と顔がぶつかる程の距離で言葉を続けた。

 

 

「ねぇ、教えて。何を悩んでるのか。私に教えて」

 

 

強引。力強さすら感じされるそれに俺は困惑するしかない。

彼女に何があった? 考えて見ても昨日ヴィヴィオと二人きりにしてみたくらいで。

目を泳がせる俺に畳み掛けるようになのはは次々と言葉を投げかける。

 

 

「私、知りたいの。コウ君の事。ちゃんと知らないと、ちゃんと聞かないと、私は馬鹿だからコウ君の事をわかれない」

 

 

彼女が何を言っているのか、俺にはよくわからない。

だけどそれはどこか暖かく、胸が痛む。

 

 

「出来る事はしておきたいの。君を安心して信頼出来るように」

 

 

俺、を?

なに、信頼?

お前が、俺を?

 

 

「そんなの――――――ッ」

 

 

叫び、言葉が途切れる。

その先、俺は何と口にするつもりだったのだろう。

飛び退くようになのはから離れる。気がつくと周囲の視線がこちらに集まっていた。

それらから逃げるよう顔を俯かせ床を睨む。

 

わかりたくない。

 

 

わかりたくない。

 

 

俺は、わかりたくない。

 

 

だって、俺はお前の事を。

 

 

お前だけには、聞きたくはない。

 

お前だけには、知られたくない。

 

 

だって、否定されたくない。

 

 

お前だけには、お前だけには、言わないでほしい。

 

だから、お前だけには聞けない。

 

 

俺が、お前にとって必要なの?

 

 

なんて。

 

 

 

だって、俺はお前の事を、信用なんてしていないのだから。

 

 

 

決定的な、何かが頭の中に生まれてしまった。

形にしてはいけない何かを形にしてしまった。

 

逃げた先の視界にひろがる白い床。

 

胸が締め付けられる。

 

ごめんなさい、自責のそれか。

 

お願いだから来ないで、怯えのそれか。

 

 

現れたのは、

 

 

「どうしたの、こー?」

 

 

金の髪を揺らしなから、二種類の色を持つ瞳が俺を見つめていた。

 

 

「ヴィヴィオ?」

 

 

これが俺の声?

なんて首を傾げてしまいそうなほど縮こまった声が漏れる。

逃げようとした先に道を塞ぐように、俺と床の間に潜り込むようにヴィヴィオが。

 

 

「こー?」

 

 

俺を、見て。

 

 

やめて。

 

 

思わず顔を逸らした先には、

 

 

心配そうにこちらを見る、なのはがいて。

 

 

なんだよ、

 

 

なんだよ、こいつら。

 

 

 

「お前は――――」

 

 

 

そこからは、自然に口が動いていた。

 

 

 

「なんで俺がここにいるか、知ってる?」

 

 

 

俺の言葉に一瞬だけ目を丸くしたなのははすぐに口を開き、

 

 

 

「私がここにいるから?」

 

 

 

そんなことを言葉にした。

 

「なんだそりゃ」

 

次に目を丸くしたのは俺だった。

 

「意味わかんねぇ」

 

「え、え、なんで?」

 

「本気でそう思ってんの?」

 

漏れるのは掠れた笑い声。

 

なんなんだ。本当になんなんだよ、こいつは。

 

「え、だって、コウ君って私のこと好きなんだよね?」

 

「うっせぇ、自意識過剰娘っ」

 

「えぇー!?」

 

笑い顔を見られないように、なんて風に顔を隠す。

馬鹿らしい。本当にこいつ、こんなやつだっただろうか。

気が付けば掠れた笑い声が息を吹き返すように、音量を上げていき最後には腹を抱えて笑っていた。

 

「そ、そんなに笑わなくてもいーでしょっ!!」

 

「だっ、だってっ、だってさ、だってっ!」

 

「まったく言葉になってないから!!」

 

先程より集まった視線はもう気にならなかった。気にしてなんていられなかった。

それこそ馬鹿みたいに笑って、なんでこんなに自分が笑っているのかもわからなくなるくらい笑って。

 

 

忘れたことにした。

 

 

本当の疑問。

 

 

だからか、俺が同じようにもう一つのことを忘れてしまったのは。

 

 

本来の物語の終わり。

 

 

もうすぐそこまで来ている事を。

 

 

俺がそれを忘れていたから、

 

 

もしくは逃げていたから、

 

 

だから、

 

 

全てが壊れてしまったようだ。

 

 

 

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