その日、俺は誕生日を迎えた。
相変わらずとった覚えのある歳をとりなおすのは若干の違和感があり祝ってくれる皆に苦笑を返すことになったわけだが。
セルジオ・ピニンファリーナ、先生との出会いからもう数ヶ月が経ち両腕の治療の目処がたった事を伝えられた。
そしてその両腕の治療を機に前祝として今回の誕生日と一緒にそれを祝われる事となったわけだ。
いつもよりも少しだけ盛大に行われたそれに若干の気恥ずかしさはあるものの正直なところ嬉しくてたまらなかった。
治療については成功しない可能性もあるとは聞かされたが可笑しい事に不安は一つも無い。
俺の腕は治る。そう、確信がある。
それは医師があの先生だからなんだろう。俺はあの先生を好いてこそいないが信頼はしているつもりだ。
あの自信に満ちた言動や雰囲気がそう思わせるのだろう。彼はやるといったらやるだろう、それだけの何かを持っている。
そういうところが羨ましくて、だから好きになれない、けど信頼は出来るけどさ。
で、今の俺は祝いもひと段落ついたわけだから皆にばれない様こっそり外に出てきているわけだ。
別に一人になりたかったとかそんなわけではない。ただ風に当たって祝いの余韻にでも浸ろうかと思っただけだ。
しかしもう秋の終わりも見え始めた頃だ、せめて何かを羽織って着ていればよかったかな。
「コウ君!」
と、どうやら抜け出したのもばれてしまったようだ。
「何も羽織ってなかったから寒いと思って」
「ん、抜け出したの気付いてたのか?」
手渡されたコートを羽織りつつ高町を見ると彼女は不思議そうにこちらを見返した。
「今日の主役はコウ君でしょ?見てるよ、ちゃんと」
「……そりゃ、どうも」
小さなむず痒さに高町から目をそらす。
ゆっくりと周りを見渡すと木々の葉は枯れ落ちてもう冬の始まりを告げている。
思えばあの事件、俺が両腕を失ってからもう一年近く経っているわけだ、
色々なことがあったんだと思う。しかし思い返さば俺か高町のことばかりでそのどれも似たり寄ったりな内容だ。
それが可笑しくて小さく笑みを零すと高町が不思議そうに首をかしげる。
「コウ君?」
「ん、なんでもない。そうだな、とりあえずベンチにでも座るか」
近くにあるベンチを指し腰を下ろす。
二人とも言葉を口にすることは無くそんな空間が心地よかった。
「今日、楽しかったね」
ポツリと高町がつぶやく。俺はそれに頷き苦笑を浮かべた。
「少し騒がしかったけどな」
「私はそれが楽しかったんだけどね。最近はそういうの無かったから」
「まぁ、そうだけどさ。八神とかは何でああもハイテンションだったんだ?」
「にゃはは、はやてちゃんはその……蒼天の書、だっけ? それの調整に最近忙しいみたい」
「ああ、リインと共用するとかいうデバイス? それなら少しでも息抜きになってりゃいいけど」
「うん、そうだね! あっ、そういえばコウ君ももらってたよね紫さんから」
「うん?」
「新しいデバイス!」
「ん? ああ、これか」
首にかけられたチェーンを掴み胸元にあったそれを引き寄せる。
青く光るデバイスコアが填められた指輪、それが俺の新しいデバイスだ。
「名前はブレイブハート。捻りがないんだよっ、母さんは」
「ブレイブハート?」
「お前のレイジングハートとお揃いってことだろ」
苦笑をもらしつつ飛ばした言葉に高町は顔を赤く染める。
「お、お揃い……」
恥ずかしそうにつぶやく高町を見て思わず頬が緩む。
デバイスの名前、母さんにしてはつまんない位安置な名前ではあるが、悪い気はしない。
「お……」
「ん?」
「お、おおお揃いと言え、言えばねっ!」
「た、高町?」
突然、声を荒げて高町が俺を見た。
鬼気迫る、と言うか何と言うか。顔を真っ赤に染めた茹蛸のような状態の彼女に思わず体を半歩引いた。
しかし高町は半歩分俺に近づく。触れ合うほどの距離。
目が、合った。
「これっ……」
差し出されたのは小さな箱。
綺麗なリボンで包まれた手のひらに収まるほどのそんな小さな箱。
「わ、私、まだコウ君に……誕生日のプレゼント、渡してなかったからっ」
「プレゼント……?」
手渡された箱を見る。
言われてみれば高町からはまだ何も貰ってはいなかったが。
「開けて、いい?」
おずおずと口にした高町はコクコクと何度も頷く。
「じゃ、じゃあ……」
箱を包んでいるリボンの両端を摘みゆっくりと解いていく。
ドクドクと心臓が煩くこれだけのことに自分がどれだけ期待しているのかがわかる。
正直な所、今日一番の期待を今この時にしてしまっているのだろう。
高町の存在は俺にとって大きいものだとわかってはいたもののこれほどだとは……少し気恥ずかしい。
我事ながら呆れそうになりつつもリボンを解き終わる。
箱の蓋を開けるだけになったそれに手をかけて割れ物を扱うように慎重に蓋を開けた。
同時、目に飛び込んできた箱の中身に思わず驚いた。
「指、輪?」
飾りっ気は無く鈍く銀の光を発するシルバーリング。
高町の顔を見ると彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめながらはにかむ。
そして手を首元に持っていくと何時からかかけられていたチェーンを引きそれにかけれれていた指輪、恐らくこのプレゼントと同種のものをこちらに見せる。
「にゃはは、お、お揃い……なの」
自分で言っておいて恥ずかしかったのか高町は更に顔を赤くして俯く。
そんな彼女と手の中の指輪を見比べて思わず頬が緩んだ。
「あ、あのね。管理局で頑張ったからミッドのお金が、その、いっぱいあって……少し高いのでも大丈夫だったから。で、でもっ、お金で価値を決めようとしたわけじゃなくて! その……ただ少しでもって」
探るように、俯いた顔を少しだけ持ち上げ上目遣いで高町がこちらを見つめる。
「コウ君と……つながってたいな、って」
次に赤面するのはこちらだった。
恥ずかしいくせに言葉に出来てしまう。高町のそういう所、俺は苦手だ。
「気に入って、もらえたかな?」
どうかな、と首をかしげる高町に俺は顔中が熱くなっているのを気にしながら小さく頷く。
「気に入った。これから大事にする」
高町に習ってデバイスを収めていたチェーンに指輪を納める。
指輪とデバイスがぶつかり合い高い音が響く。気がつけばただそんな事に頬を緩めている自分がいてそれが可笑しくてまた笑った。
「コウ君」
「ん?」
「お誕生日おめでとう」
「もう何度も聞いたよ」
「もう一度言いたかったの」
「そっか。まあ、ありがとう」
落ち着く、というのだろうか?
今思い出せば高町と出会った頃はずっとこんな感じだったような気がする。
ただ何をするのでもなくぼんやりと、二人でいるだけで俺は満足だった。それは今でも。
だからだろうか、少し懐かしくて二人で笑った。
「少し寒いね」
「そうだな」
「暖かい飲物でも買ってこようか?」
「んー、財布持ってきてない」
「それくらい奢るよ、誕生日だもん」
「……悪いな」
「いいっていいって」
「ありがとう」
「うん!じゃあ、待っててね」
「ついていかなくて大丈夫か?」
「子供じゃないもん。本当に待っててね!」
「わかったよ」
頷く俺に「絶対だよ!」高町は更に釘を打って走っていく。
なんでそんなにしつこいんだ?
なんて首を傾げていると、
結界が、公園を包み込んだ。
世界が色を失い反転する。
突然の事に驚愕する俺を迎えたのは拍手だった。
「誕生日おめでとう」
ソイツはそう言って俺の目の前に降り立った。
「あんたってそれなりに人望があるだな」
その小さな体躯に似合わない雰囲気をまとってソイツはニヤリと笑う。
「中々一人にならないからさ、どうしたらいいかと思ったよ」
俺はソイツの姿を知っていた。何度だって見たことがある。
「一人になったと思ったらおまけが付いてくるしさ。もう待ちくたびれたから、強引に行くことにした」
黒目黒髪、さほど高くない身長、見た目細身、年齢はおそらく十歳前後、
「と、自己紹介がまだだったな?」
そして、
「プロジェクトFの技術により生まれました。七峰紅助のクローン」
俺の顔。
「名を《レッド》」
ニヤリと、俺の顔でソイツは笑った。
※
「今後ともよろしく」そう言ってレッドと名乗ったソイツは軽く手を上げる。
「な、なんなんだよ……お前は?」
頭がついていかない。
まだ目の前に鏡が置かれていると言われた方が現実味があった。
「だからさ、今言ったじゃん。あんたのクローンだってば」
「なんでそんなものが作られる!どうやって作った!」
「そんなものって…本人の前で言う言葉かよ」
「答えろ!」
「お前が渡したんだろうが」
ソイツは大げさに肩をすくめてため息を吐いた。
「お前の血液を身体データをさ。俺の親父、ジェイル・スカリエッティに」
何かが割れる音がした。
グルグルと頭の中でピースが組み立てられる。
先生のこと、クローニング医療のための検査。あれは全て、そういう、事?
「じゃあ、先生が」
「ご名答。セルジオ・ピニンファリーナ、本名はジェイル・スカリエッティ。稀代の次元犯罪者ですってな」
「さすが俺のオリジナル」と口角を持ち上げるソイツに対し俺は何かが冷めていくのを感じていた。
俺の顔でヘラヘラ笑うソイツに怒るでもなく、自分の悲運を嘆くでもなく、ただ現実とは認めたくない。
夢であってほしい。
力が抜けて倒れそうになる俺にソイツが笑った。
「とりあえずさ、俺はお前を殺します」
「は?」
淡々と告げられた言葉に呆然とした。
「親父のやつがさお前の体が欲しいらしくてさ殺しても良いから連れてこいってさ」
「親父がホモって軽く死ねるよな?」とソイツは笑ってみせる。
「まぁ、だから殺します」
酷く人間味のない声だ。なんて呑気に思う。
しかし今となって何故死を恐れようか?一度死んだくせに。
次の人生なんて有るのかはわからない、
けど、今よりマシなんじゃ。
そんな言葉が頭をよぎった。
「しかーし」
そう思った俺にソイツは告げた。
「どうもお前やる気がないだろ?」
俺の心を読んだかのようにソイツは俺に指を突き付ける。
「全力のお前を倒さないと意味がない。なんてバトル漫画じゃないから言わないが、生後数カ月の俺に一方的にやられるような奴じゃそのクローンの俺まで馬鹿にされるわけだ」
それはいただけないだろ?ソイツはそう言う。十分バトル漫画的じゃないか。
しかし生後数カ月、あの糞先生は検査直後から作り始めてやがる。
「だから、俺ってば今お前を本気にさせる方法を思いつきました」
なにをしたって今更、なんて思う俺とどんなことをするつもりだ、なんて思う俺がいて少しだけ笑った。
死に際でもまとまりがない。
が、ソイツが言った一言は、
「高町なのはを殺す」
初めて心の声をまとめさせた。
「お前が死んだら次は高町なのはを殺す。そしたら本気だすだろ?」
ニタニタ笑う顔を見て機械仕掛けの拳に力を込めた。
死んだら、高町のことも関係ない。
そんなことはわかっている。
でも、それでも、
「アイツだけはっ、殺させない」
「はは、やる気になったな。俺ってやっぱり親父の息子、天才だ」
笑顔のソイツを見て俺は胸元に掛かったデバイスに手を伸ばした。
「ブレイブハートッ」
《SetUp》
朱色が世界を染める。俺は今この瞬間、目の前の人物を敵と認識した。
※
《FastMove》
魔法で加速し拳を振り抜いた。
それをソイツは軽く避けて笑う。
「おいおい、そんな出来損ないな腕でデバイス使っちゃっていいんですか?」
「黙れっ!」
この義手でデバイスを使う事に無理があるのはわかっている。
元々義手自体がデバイスであったしそれも日常生活を想定して作られたものであって戦闘に使用するなど無理がある。
実際に今の魔法で義手があげてある悲鳴が聞こえている。
下手をしたら戦闘中に両腕の義手が使用不能になる可能性がある。
だが、それでもだ。
今は無理をすべき展開だ。
地面を抉り取りながら高速移動を繰り返す。
時には結界の壁、公園の遊具や電柱を足場に飛び回る俺にソイツはやはり笑っていた。
「かははっ、あんたはスーパーボールか何かかよ?よく跳ねるな!」
振りかぶる拳が軽く避けられる。思わず舌打ちをして次の魔力を込めた。
《SecondMove》
魔法が発動した瞬間世界がスローになる。
再度振りかぶった拳が避けられるのを見て更に魔力を走らせた。
体の各部から魔力が噴出し視界が横にズレた。
無理な体勢からの体当たり、追撃の拳を振り抜いた。
が、
それを平然と受け止めたソイツが立っていた。
「は?」
初めて奴が笑み以外の表情を見せる。
どこか驚いたような呆れたような表情でソイツは口を開く。
「それで本当に本気なのか?」
「ありえねぇ」そうソイツは首を振た。
「遅いし、軽いし、汚いし、本当に俺のオリジナルかよ?」
ため息を吐いて見せるそいつは先程までとは感じられる雰囲気が違った。
「そんなのだったら」
細められる黒の瞳に俺の姿が映った。
「簡単に殺しちゃうぜ」
体が、震えた。
奴の体から紅色の魔力が吹き出す。
まるで今まで押さえられていたかのように暴れまわるソレに木々が揺れた。
同時に奴の腕にデバイスが構成されていく。
そして、奴の姿を見失った。
《FastMove》
考えるより先に横に飛び退いた。
抉り取られる地面。
奴の魔力を伴った貫手の一撃が空を裂く。
もう一度奴の姿が消えた。
次に現れたのは俺の目の前。
繰り出される貫手。
逸らそうと伸ばした腕が力負けし魔力の余波により結界の壁まで吹き飛ばされた。
追撃の一撃を転がるように避ける。
「ラピッドバレル!」
叫ぶように魔法を展開し右手に巻き付くようにシュータースフィアが構成された。
結界の壁に貫手を突き刺し一瞬だけ動きを止めた奴にアッパーカットを打ち込む。
《DumDumUpper》
続くように撃ち出された魔力弾に奴の体が仰け反った。追撃に奴の腹に左手を添え蓄積された魔力を解き放つ。
《QuickBustor》
朱色の閃光が奴の腹を抉る。
体を振るわせて数歩後退した奴を睨む。
それに対して奴は笑みを浮かべなおした。
「やればできるじゃん」
喉を鳴らして笑う奴は腹をさすると俺を睨んだ。
「それでこそ俺だ」
奴の姿が消える。
《SecondMove》
此方へと駆ける奴を見つけ振り抜かれる貫手に左の拳を合わせる。
快音。
響き渡った音に体が震える。
再度振り抜かれる貫手に右の拳を。
何度となく繰り出される貫手に同じ数だけ拳を合わせた。
そして気が付いたのが異変だった。
左腕の反応が遅い。
苦虫を潰す俺に奴はニヤリと笑ってみせる。
気が付いてやがる。
そして数え切れない打ち合いでまた左の拳を振るう。
それに対して帰ってきたのが奴の喉を鳴らす音と機械的なデバイスの声だった。
《Impact》
一瞬奴の貫手がぶれてみえた。
そして激突。
左腕が爆発したかのように錯覚した。
思わず左腕を確認する。
左の義手が潰れていた。
驚愕、思わず肺に溜まった空気が抜ける。
それから立ち直る前に追撃が飛んできた。
左を庇って避ける。
腹に貫手が掠った。
いつかは使い物にならなくなる、そう思ってはいたがいざなってみると考えていたより衝撃は強い。
下手を打てばこのまま右腕まで、
最悪の事態を思い浮かべ歯を食いしばった。
だが、
それがっ、どうした!
右の拳を振るう。
魔力を最大限に利用して奴の貫手を避ける。
後の事なんて考えるな。
奴を倒せ。
高町を、殺させるな。
高町を、守れ。
俺はアイツの、
なのはの、
ヒーローにッ
《FullDrive》
体全体が唸りをあげるように魔力を振り絞る。
朱色の魔力が嵐を生み出し辺り一帯の物体を吹き飛ばす。
その全ての魔力を右腕に注ぎ込む。
悲鳴をあげる右腕を無理やり押さえ込み奴を捉える。
見えるのは同じように逆巻いた紅色の魔力。
解き放つのはおそらく同時、
行け、
行けっ、
「サンライトッ、ブレイカ――――ッ」
耳に届いたのは、誰かの笑い声。
※
気が付いたのは聞き覚えのある声を聞いてだった。
いつの間にか地面に打ち付けていた顔をゆっくりと上げる。
見えたのは高町、
そして、奴。
俺のクローン。
レッド。
振りかぶられる奴の腕。
《FastMove》
ボロボロになった右腕とブレイブハートはそれでも答えてくれた。
体を、貫かれる。
最後に見たのは、
なのはの泣き顔だった。
俺は彼女を、