やはり俺が界境防衛機関で働くのはまちがっていない。 作:貴葱
許容できる方は本編をお楽しみください。
「着いたぞ」
先生に連れてこられたのは、本校舎と渡り廊下を通じて繋がっている特別棟の一室。何の教室かを示すプレートには空白が刻まれている。
俺が訝しげにプレートを眺めていると、先生はその用途不明の教室の扉をカラリと開けた。
乱雑に積み上げられた机と椅子が目に付く教室後方。人が常駐することを拒むようなその教室の中で、1人少女が陽光を背に受けながら本を読んでいた。その空間を切り取って競に出せばいくらか価値が付くのではないかと思えるぐらい、その光景は絵画染みていた。
少女は静かに本を閉じて顔をこちらに向ける。
「平塚先生。入室の際はノックを、と何度もお願いしていたはずですが?」
整った顔立ちに綺麗な黒髪。間違いなく美少女と言っていい風貌だろう。昔の俺なら見た瞬間キョドっていたことだろう。
「ノックをしても君は返事をした試しがないじゃないか」
「それは先生が返事を待たずに入ってくるからですよ」
俺は後ろから先生に冷ややかな視線を送る。やはりこの教師に社会常識は備わっていないようだ。今時小学生ですらノックくらいできる。
「それで、そのぬぼーっとした人はどちら様ですか?」
「新入部員だ。比企谷、自己紹介しろ」
「2年F組の比企谷八幡です。……てか、は? 入部ってなんすか? 俺は奉仕活動って聞いてついてきたんですけど」
「異論反論は受け付けないといっただろう。君にはふざけた作文を書いたペナルティとしてここでの部活動を命じる。君の腐った根性と孤独体質を改善したまえ」
「大きなお世話です。それに放課後はバイトしてるって言いましたよね? 部活をやってる時間なんてないですよ。職員室での会話をもう忘れているのであれば、若年性健忘症の恐れがありますよ?」
俺の皮肉に先生は青筋を立てている。おー、怖い怖い。
「……彼はこのようにひん曲がった根性をしている。彼の捻くれた孤独体質の更正が私の依頼だ。雪ノ下、請けてくれるか?」
あー、こいつが雪ノ下か。奈良坂と学年主席争いをしていたから名前だけは知っていたが。
「お断りします。その男の下卑た視線に晒されていると身の危険を感じます」
およそ初対面の人間に向ける言葉じゃないだろうそれは。こいつ菊地原並みに口が悪いな。
「俺がいつそういった類の視線を向けた? 自意識過剰なんじゃねーの、お前」
俺の発言にムッとしたのか、目を細めながら雪ノ下はこちらを睨む。
ゆきのした の にらみつける!
はちまん は ぼうぎょりょく が さがった!
いや下がんねーよ。二宮さんや三輪に睨みつけられたわけじゃあるまいし。
「あら、違ったかしら。あなたの腐った目は直視が難しいから、感情を読み違えてしまったようね」
酷い言い草である。先生は俺に構うより自分やこいつの性格の改善に努めた方がいいんじゃなかろうか?
「はいはい、そーですかー」
面倒になった俺は適当に返事をする。
いつまでもこんな問答を繰り返すつもりは無いため、早いところ抜け出すために口を開こうとしてふと思い出す。
「そういえば先生。まだここが何部なのか伺ってなかったですけど、この部の部員はこの雪ノ下だけですか?」
「そうだが。それがどうかしたか?」
「生徒手帳に記載されている部活動の要項に“生徒3名以上の在籍が認められない場合活動を禁ずる”ってあったと思うんですけど、この部は本当に部として承認を受けているんですか?」
学校で読む本がなくなって、暇つぶしに読んでいた生徒手帳にそんなことが書いてあった。部員3名以上で同好会、5名以上で部としての活動が許されるともあったから、ここは同好会ですらないはずだ。
「何故君が生徒手帳のそんな細かいところを読んでいるのかは知らんが、その辺は顧問の私が生徒会に了承を取っている」
「そうですか。……先生、ちょっと電話をかけてもいいですか?」
この時間なら生徒会室に綾辻がいるはずだ。いいかげんこのふざけた茶番劇を終わらせるために手を打とう。
「別に構わんが、誰に電話をかけるつもりかね」
怪訝な顔で先生と雪ノ下が俺を見る。
「いえ、ちょっと先生の発言の確認を取ろうと思いまして」
言うが早いか俺はスマホを取り出し綾辻にかける。スマホをスピーカーモードにして準備完了。そういえば俺から綾辻に電話するのはこれが初めてだな。
コール音が2、3教室に響いて電話が繋がる。
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『もしもし』
『すまん綾辻。今大丈夫か?』
『うん、大丈夫だよ。比企谷くんからかけてくるなんて珍しいね、何か急用?』
『ちょっと部活動のことで聞きたいことがあるんだ。平塚先生が顧問をしているやつなんだが、分かるか?』
『……ひょっとして奉仕部のこと?』
『そんな名前だったのか。まぁ、その奉仕部とやらがなんで部員1人なのに承認されているのかが聞きたいんだ』
『うーんと、私はその場にいなかったから伝え聞きなんだけど、最初は活動内容は不明瞭だし、部員も1人しかいないからって断ってたみたいだよ。だけど平塚先生に押し切られる形で承認しちゃったって城廻先輩が言ってた』
『分かった。それともう一つ。教師の裁量で生徒を強制的に部活動に入れることってできるか?』
『それは無理かな。各部活の顧問の先生は入退部届を受理する権利は持っているけど、届けを出すかは生徒の自由だからね。生徒会も入部届が出されていない生徒の部活動への参加は原則認めていないから』
『そうか、ありがとう。時間取らせて悪かったな』
『ううん、なんで比企谷くんがこんなこと聞いたのかは聞かないけど、お役に立てたならよかったよ』
『悪いな、今度経緯を説明する』
『うん、分かった。それじゃあね』
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電話を切り、一色に対して素早く『奉仕部』とだけメールを打っておく。こうしておけば、しばらくしてここに一色がやってくるだろう。
先生が信じられないものを見るような目で俺のことを見ていた。いや、ちゃんと知り合いいるっていったよね?
「君は綾辻と知り合いなのかね?」
「それなりに仲の良い知り合いですね」
さすがに先生が吹聴して回ったりはしないだろうと思い、素直に答えておく。いや、この教師ならやりかねないか?
「嘘は止めなさい。あなたどんな手を使って綾辻さんを脅しているのかはわからないけど、今すぐ止めないと通報するわ」
どうやら雪ノ下も綾辻のことを知っているらしい。まぁ綾辻はボーダーの広報や生徒会をしているし、有名人だわな。
「どうぞご自由に。さっきの電話の様子を聞いて俺が脅してると感じたなら、お前は今すぐ耳鼻科か精神科を受診することをお勧めするぞ」
俺が苛立ち交じりに告げると、雪ノ下は唇を噛み締め睨みつけてくる。こいつの技構成はちょうはつとにらみつけるしかないようだ。
「まぁ、先生もさっきの綾辻の話、聞きましたよね? 先生には俺を強制入部させる権限はないそうですよ。そもそも先生が立ち上げたこの奉仕部と言う部活も、先生が強引に作らせたようなものじゃないですか。そんな小学生が秘密基地を作るような感覚で創設された部なんて、俺は入りませんよ」
「しかし、これは君へのペナルティとして―――」
「作文を書き直すといっている時点でペナルティもくそもないでしょうに。それに何度も言っているように、俺はバイトをしてるんで部活やってる暇はないんですよ」
「所詮遊ぶ金欲しさのバイトだろう? そもそも君のような人間が本当にバイトをしているかなぞ、疑わしいものだがな」
今の発言にはさすがにカチンと来た。理詰めで諦めさせようかと思っていたが、作戦変更して強硬策を取ろうとしたその時、開いたままの教室の扉から1人の少女が入ってきて言い放った。
「いいかげんにしてください」
意外と早いご到着ですね、一色さん。
今回の部分はプロットの段階でものすごい量の地の文が入っていたので、削るのが大変でした。
次回は一色いろは大暴れ(仮)
それでは、次話でまた。