やはり俺が界境防衛機関で働くのはまちがっていない。 作:貴葱
前回に引き続き、平塚先生、雪ノ下へのアンチを含みます。
許容できる方は本編をお楽しみください。
突然の乱入者に、思考が追い付いていないのか固まる先生と雪ノ下。まぁ、いきなり全然関係ない(実際は俺がここに呼び寄せたのだが)生徒が現れたら処理しきれなくもなるか。
その一方で俺は、熱くなりかけた頭が急速に冷やされていく。というか、隣で2人を睨む一色から放たれる冷気のせいですけどね。火照った身体を冷ましてくれるなんて、さすがいろはす! ……いや、冗談言ってる場合じゃねぇや。
「よぉ、一色。意外と早く見つけてくれたな」
本当速すぎだろう。メールしてまだ5分そこらしか経ってない気がする。
俺が普段の調子で声をかけると、一色は2人を睨むのを止めこちらに顔を向ける。剣呑な空気は鳴りを潜め、大きく頬を膨らませている。お前はフグか。
「よぉ、じゃないですよ先輩! いきなり“奉仕部”なんて訳分かんない単語をメールで送らないで下さいよ! 何のことか分かんなくてワチャワチャしちゃいましたよー、ワチャワチャ」
顔の前で奇妙なジェスチャーをしながら提議の言葉を口にする一色。
「あざとい」
バッサリ切り捨てる。いつものことである。
「あざとくないです! まったく、メールしても全然返事ないですし、友達も奉仕部なんて知らないっていうしー。最終的に綾辻先輩に電話して、急いできたんですからね?」
携帯を確認してみると、確かにメールが3件来ていた。というか一色さんや。1件目のメール、本文に『は?』としか入ってないんですが。普段のあざとさ抜群のメールはどうしたの?
「悪かったよ。ちょっと身動き取れない状態だったんでな」
「はぁ、別にいいですけどねー。……どうやら原因はそこのお二人のようですし」
「まあな、元の火種を作っちまったのは俺だけど、勝手に人のことを入部させようとしてきやがって……まったくもって面倒だ」
一色は俺の発言に「はー、そんなことになってたんですかー」と興味なさげに答えながらも、剣呑な雰囲気を纏いながら先生と雪ノ下を見やる。
その視線にに晒されてか、はたまた時間の経過によるものかは定かではないが、ようやく2人は再起動したようだ。
「君は―――1年C組の一色だったか? 君とその男の関係は知らないが、今この場で君は部外者だ。出て行ってくれるか」
目を見つめながら、先生は一色に対して言外に『出ていけ』と告げる。それを受けた一色は、冷ややかな視線を送りながら静かに言い放つ。
「……確か『君のような人間が本当にバイトをしているかなぞ、疑わしいものだがな』でしたっけ?」
「は?」
「先ほど、愚かな教師が私の慕う先輩に向けた言葉です。私はこの発言に対して、先輩の正当性を主張する証人としてここにいます。立派な関係者ですよ」
何が琴線に触れたのかは分からないが、どうやら一色は結構ご立腹のようだ。と言うか一色は俺のことを慕っているなら普段の行いをもっと改めろ。
「……どういう意味だ?」
先生は顔に青筋を浮かべ、声には怒気をはらませている。
「私は、先生曰く『しているかも疑わしい先輩のバイト』先の後輩です。これは先輩がバイトをしている証明になりますよね?」
ぶっちゃけ完全な証明にはなってないだろうが、そもそも先生の主張が破綻しているのだ。一色の援護に乗っかって、さっさとこんなところからおさらばしよう。そう考えていると、今まで黙っていた雪ノ下が何故か俺を睨みながら口を開く。
「先ほども言ったけれど、女子生徒を脅して自分の都合のいいよに現実を捻じ曲げるのは止めなさい。あなたのそれは人道を大きく踏み外しているわ」
「的外れな正義感を振りかざして自分に酔ってんじゃねぇよ。他人を見た目だけで判断して罵倒してるお前が人道を語んな」
俺が雪ノ下の罵倒に応戦している横で、一色は顔を伏せて「あなたもそっち側ですかー」と呟いている。どうやら一色は雪ノ下が部外者なのか敵なのか測りかねていたらしい。顔を挙げた一色はこちらを見ながらにっこり微笑む。
「せんぱい、せんぱい。私、まさか噂に聞く雪ノ下先輩が、こんな目の前の事実も受け止められない、自分の価値基準でしかものを見ることができない残念な人だとは思いませんでしたよー」
「喧嘩を売っているのかしら、一色さん」
「だってそうじゃないですかー。さっきのやり取りが先輩に脅されてたように見えたなら、雪ノ下先輩は今すぐ耳鼻科か精神科を受診した方がいいじゃないんですかー?」
小馬鹿にしたような一色のセリフは、奇しくも俺が先ほど雪ノ下に言い放った発言と似通っていた。うーむ、一色の煽りスキルが俺と似てきているな。比企谷菌に感染しちまったか……なんか言ってて悲しくなってきた。
というか、一色が来てから小競り合いが酷くなってる気がする。呼んだのは間違いだったか? そろそろ本当に防衛任務に遅れそうなのだが。そう思いながら一色にアイコンタクトを取りながら先生に告げる。
「本当にバイトに遅刻しそうなんすけど、いい加減帰ってもいいですか?」
「あっ、本当ですね。さすがにそろそろ向かわないと」
「待て! これはペナルティだと―――」
「先生に俺を強制入部させる権限はない。この奉仕部とやらは先生の道楽みたいなもの。俺はバイトをしていて放課後に時間はない。証人として一色もいる。おまけに先生は俺のことを孤独体質だの勘違いしていましたが、さっきの電話の綾辻やこの一色など、普通に仲が良い知り合いもいる。どこにも貴重な時間を割いて部活に入るメリットが無いです」
そうキッパリ言って先生と雪ノ下に背を向け歩き出す。
後ろでまだごちゃごちゃとうるさい2人を無視しながら扉を出て振り返ると、まだ一色に2人が突っかかっている。面倒くさい奴らだと心の中で毒づいていると、一色の一言で場が静まり返る。
「先輩はバイトで必要な人ですし、私個人の意見を言うと、お二人のような性格破綻者のいる部活に先輩を入れたくありません」
言い放った一色は呆然としている2人に背を向けて教室の外に出る。2人は口をパクパクさせながら虚空を見つめている。
「行きましょう、先輩」
「あぁ、行くか」
俺は後頭部をガリガリ掻きながら、静かになった特別棟の一室を後にする。
「あー、ありがとな、一色」
この“ありがとう”は何に対してなのだろう? 俺が言いたかったことを言ってくれたことに対してか。それとも俺を必要だと言ってくれたことに対してか。
「えー、なにがですかー?」
そう言った一色の顔は、いつものあざとい笑顔だった。
これで一色まであの教師に目をつけられるんじゃないかという危惧はある。そうなった場合、俺は全力で一色を守ることを心に誓った。
いろはは前話の先生のセリフ「しかし、これは君へのペナルティとして―――」のあたりで奉仕部前に到着しています。そのため雪ノ下の罵倒を聞いておらず、本話の雪ノ下の言葉を聞くまで敵か味方かの判断をしあぐねていました。
次話でいったん防衛任務の様子、隊室での様子を描いた後、奉仕部強制入部騒動の続きに繋がる予定です。
それでは、次話でまた。