『魔法先生ネギま!』主要劇中西暦:2003年
この間五年という近似は美味しいよね、というクロスオーバーです。
幼い男の子の泣く声がする。
時間を止められ、凍りついたように動かない村の人々の中に一人、取り残された極幼い少年は、雪に伏し、今し方父から与えられた、身の丈の倍はあろうかという長い杖を抱えて、父を――求め続けた英雄を、虚空に叫ぶ。
「……」
少し離れた
できるなら今すぐ帰って抱き締めてやりたい。たったあれだけの触れ合いでは足りない。生まれてすぐに別れた息子。
逡巡に、フードの中の少し黒ずんだ赤毛が震える。
だが――
「……お前がナギ・スプリングフィールドか?」
その男は、音もなく、闇のなかから滲み出た。
「……『姿現し』ってやつはもっといい音が鳴ったと思うんだがな」
男は、異様な外見をしている。いや、実のところ、そうと知らなければ男かどうかさえわからない。鼻がなく、全身が脱皮したての蛇のようにつるりとし青白い。目は赤く、縦に裂けた瞳孔が夜闇に爛々と渇望の光を放っている。むしろ人間かどうかさえ怪しいと言わざるを得ない。蛇と人間の合の子と呼ぶのが最も相応しいか。
尤も、異世界で色んな姿のやつを見てきた彼からすれば、その姿は驚きこそすれ、特別忌避するほどのものでも、ましてや恐れるものでもなかったが。
「魔法省のボンクラどもどころかダンブルドアの爺さんまでがヘマやってあんたを生き返らせたってのはマジだったのかよ」
「聞いたのは俺様だ」
彼は少しムッとしたが、やれやれとばかり首をすくめて答えた。
「あぁ、いかにも。俺が"
ナギはフードを下ろした。端正な顔が雪明かりに現れるが、その表情は苦しげに歪んでいる。
それを見止めた男は、唇のない薄い口を歪め、嘲笑うように言った。
「噂通り……よくないものに取り憑かれているな。『
「あんたよりは幾分かマシだな。憑かれるのがあんたと
だが、男は冷笑をやめない。
「俺様が貴様を救ってやろうか?」
ナギは油断なく男を睨み付けている。
「この俺様がなにをしてきたか、貴様とて知っていよう? 俺様は魔法の深淵を覗き、真髄を極め、真理を求め続けた。賢者と持て囃されるあの老いぼれも及ばぬほどの深みへ……俺様には貴様を救う方法がわかる」
男が熱っぽく語り倒すのを、ナギはむしろ冷めて見つめた。
「俺様は魂を引き裂く法を知る」
ここで初めて、ナギは僅かに目を見張った。
「愛するものとともに生きたいだろう? その魂に結び付いた異物を引き裂き、なにかに封印してしまえばよい……俺様に恭順し、すべてを差し出し、お辞儀をするのだ。さすれば、ヴォルデモート卿が貴様に秘術を授けよう……」
棒きれのような細く長い指がナギに伸ばされる。
ナギの瞳が揺れる。
「ナギよ……俺様には貴様が必要であり、貴様もまた俺様が必要だ。俺様は貴様のような、純血にして強く、勇敢な男を求める。ハリー・ポッターのような思い上がりの出来損ないではない、真の英雄たる貴様こそを、ヴォルデモート卿は称えよう……」
ナギの震える手がゆっくりと伸ばされる。ヴォルデモート卿の手をとろうとしている――
「俺様はこの世界を征した暁には『魔法世界』もまた征し、貴様に与えてやる。そこで共に生きるがよい……さあ、手をとれ。見えるぞ……俺様には見える……」
ナギの手が、恐る恐ると震えながら、ヴォルデモート卿の手をとった――
「ようきた……ようこちらへ……貴様はもう、俺様の
――そして、ナギはそのまま腕を引いてヴォルデモートを全身ごと引き寄せると、喜びに歪んだその顔面に、雷を纏わせた拳を、一切の容赦なく叩き込んだ。
「悪ぃ、声ザラザラし過ぎてほとんど聞き取れなかった」
自分がどんなにとんでもないことをしたのか全く気にせず、吹っ飛んでいくヴォルデモート卿を見送り、両手をぶらぶらさせつつ、なんでもないように言った。
「さぁ、それがお前の答えというわけだ。愚か者は皆、それを選ぶ」
ヴォルデモートはナギの前方に吹っ飛んだ。確かに吹っ飛んだ。だが、その声はナギの背後からだった。
面倒げにナギが見やると、今殴った相手は、小太りで汚ならしい、ナギの知らない男だった。
「ひでーな。身代わりかよ」
ナギが背後に向き直り、睨み付けると、ヴォルデモートはもう笑ってはいなかった。
「そのままでは貴様は助かるまい。後で乞うても遅いのだぞ。自らの体を取り戻したくはな
「それじゃねぇだろ、あんたの言いたいのは」
……」
未練たらしく続けるヴォルデモートをナギは遮った。
「無駄だぜ、"
ヴォルデモートはさらに目を凝らす。まるで目を凝らせばナギの額や瞳の奥に、答えが見えるとでもいうように。だが、『開心術』の達人ヴォルデモートにも、いや、達人だからこそ、見えるのはナギの魂の奥で嘆き続ける何者かだけ。
ヴォルデモートはそれを憎々しげに睨み付けたが、やがて低く囁くように切り出した。
「貴様の杖はどこだ?」
ナギはほくそ笑んだ。
「ちっと遅かったな。もう人にやっちまった」
ヴォルデモートの赤い目に怒りの感情が混じった。
「貴様の杖は『死の杖』か?」
ナギはぷっと吹き出した。
「あんたも10年前の記事読んだのか? 俺の仲間はみんな違うって言ってただろ?」
冗談めかしたナギを、ヴォルデモートは殺意に満ちた欲望の眼差しで睨み付けた。
「だが貴様は肯定していた……愚にもつかぬ貴様の心が答えぬ以上、この手で……確かめねばならぬ……」
今や周囲には濃密な殺意が漂っている。
ナギはちらりと周囲を見渡すと、
「参ったな……ほんとなんだが……」
杖もなしに、しかもこんな体調で、よりによってこいつとやりあえるか……?ナギは心中ごちながらも、拳を構えた。杖がない以上、ナギの武器はそれしかない。
だが、ヴォルデモートは高笑いとともに杖を掲げた。『英雄』を殺害するという行為そのものの喜びに身を震わせているかのようだ。
「『魔法世界』の偉大なる英雄ナギ・スプリングフィールドは、杖も持たず、魔法使いとしてでなく、マグルのように下らぬ拳で死ぬのだ! 最も偉大なる魔法使い、ヴォルデモート卿の杖にかかって、なにもかもを吐き出しきってな!」
ナギは、なんとしてもこいつの顔面を凹ましてやると決意した。
最悪、死んででも。
「まずは小手調べよ……『
アルバス・ダンブルドアの死より先立つ数ヶ月前のこと。
ナギ・スプリングフィールドが、イギリス・ウェールズで悪魔の群れを退治した後、さらに邪悪な悪霊と戦ったことを知るのは、今となっては誰もいない。
ヴォルデモート卿が斃れたのは、その一年と数ヶ月後のことだった。
それから五年。
その日、イギリスは、いつも通りより幾ばくか具合を増した喧騒に包まれていた。
あっちの橋には黒ずくめのローブと山高帽の珍妙な集団が斑模様のように点在してはくすくすと笑っている。調子に乗った若い乱暴者の一団がその格好をからかおうが、迷惑がった車からクラクションを浴びようが、不審に思った警察官が問い詰めようが、ローブの一団は益々上機嫌になるばかりで、歓声を上げて相手を抱きしめ、酒を煽り、挙げ句の果てにキスをすると、雑踏のなかに忽然と消えてしまう。
こっちの――プリペッド通りと呼ばれる――住宅街には朝から酔っ払った妙ちきりんな集団がひっきりなしに現れる。嘆かわしいとばかり頭を振ったり、ある一軒を指差して興奮したように囁きあったり、そのへんの道路に献花して『イカれた眼』などと呟いて泣き出したりと、たっぷり住民を混乱させては、次の集団と入れ替わるように消えていく。
そっちの通りには山ほどの梟が飛び交い、人々が一体何事かと眉を潜め、子ども達が興奮して「
少女は辺りの騒ぎを一顧だにせず、周囲もそんな少女を一顧だにしない。梟から受け取った手紙をぴりぴりしながら読み進めた少女の傍らには新聞。一見、なんの変哲もないその新聞の唯一の変哲は、掲載されている写真が動いているということだ。たった今受け取った手紙を読み進める少女に、くしゃくしゃ髪と古めかしいメガネの端整な顔立ちの青年の写真はにやっと笑いかけたが、少女が一睨みするとぶすっとした不機嫌な顔になる。
この新聞の見出しはこうだった。
『2003年5月2日 日刊予言者新聞』『ハリー・ポッターと例のあの人――ホグワーツ決戦から5年』
少女は手紙を読み終えると、くしゃりと握り潰し、新聞を鷲掴みにしてベンチから飛び降りるように立ち上がった。
小さな肩を怒らせて、炎のような赤毛から足の先まで余すところなく震える少女は、不意に上を向くと、叫んだ。
「ぁにが……」
「HPデーに『漏れ鍋』前で待ち合わせ! ちゃんと帰ってきてね、ネギ」「うん、アーニャも元気で」
「なにが『僕、強くならなくちゃいけないんだ』よ……」
少女の目の前には、この通りの誰にも、少女以外には見えないパブ『漏れ鍋』がある。
「なにが『ぼく、勇気を出してやってみるよ』よ……」
少女の名前は『アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ』。通称アーニャ。
「『ハリー・ポッター記念日』くらい帰ってきなさいよ、あのボケネギィイイイイイイ!!!」
地球の裏表に別れた幼馴染みに、半年前の再会の約束を当日キャンセルですっぽかされた、哀れな11歳の
そう、『ハリー・ポッター』が英国を救ったから、5月2日は『ハリー・ポッター記念日』。
この世界には、魔法使いがいる。
21世紀に入り、科学技術が益々の隆盛を誇るこの時代に、魔法の存在を信じるものがどれくらいいるだろう? しかし、事実として、世界はまだまだ科学に支配されてはいない。科学がその存在を霞ほどにも掴めないほど巧妙に、また意外にも大胆に、そして人の目の不確かさを突いて、魔法使いは世界中に隠れているのだ。
例えば、イギリスの西部にある『ゴドリックの谷』は、かの有名な大魔法使い『ゴドリック・グリフィンドール』を輩出した魔法使いの集落だ。アーニャやネギが出身したウェールズの魔法使いの村もそう。これらは、魔法のことを知らない
例えば、様々な隠蔽を施された建物の数々。非魔法族のビルを丸々買い取って、ずっと改装中と表示して堂々と居直っている『聖マンゴ魔法病院』や、地下に広がる『魔法省』など。
そして現在、アーニャがぶすっと紅茶を啜っているここも、ロンドンにでんと構えているのに非魔法族には見えないという魔法使いのパブ『漏れ鍋』だった。
魔法学校の卒業課題により、ロンドンの非魔法族の只中で占い師を営むアーニャは、よくこのパブを訪れていた。ここなら誰に憚ることなく魔法を使えるし、場合によっては同業者に話を聞くことができるし、新人バーテンのハンナ・アボットは名前が似てるからとアーニャ(アンナ)にたまにサービスしてくれたりするし、そもそもこのパブ自体がイギリスの魔法使いの御用達、英国最大の魔法使いの商店街『ダイアゴン横丁』の入り口でもあるからだ。
幼馴染みのボケこと『ネギ・スプリングフィールド』がすっぽかさなければ、今ごろ二人でどこ行こうかと考えているはずだったのだが……。なにしろ今日はどこの店も張り切って客寄せに余念がないし、「ハリー・ポッターに乾杯!」とか言ってれば大体値引きしてくれるし、どこへ行っても楽しいのである。
だというのに。
半年も会ってないんだから帰ってくるでしょ普通? ネカネさんに顔見せるくらいしなさいよ。大体何よ弟子入り試験って。日程ずらしてもらえばいいのに。
と紅茶カップをカチャカチャやっていても、声をかけてくるのは陽気なおばさんくらい。
「あら、お嬢ちゃん! こんないい日にそんな陰気じゃいけないわ! 一人でどうしたの? 学校は? もうとっくにイースター休暇は終わっているでしょう?」
一目で世話好きとわかるふくよかなおばさんは、アーニャに負けず劣らずの燃えるような赤毛だ。アーニャは自分はそんなに不機嫌だっただろうかと考えながら答えた。
「あー、私は『メルディアナ』の卒業課題でロンドンに来てるので『ホグワーツ』には行ってないんです。ボケ、じゃなくて幼馴染みに約束すっぽかされたからどうしようかなって」
すると、おばさんはまあ、と驚いた。
「それじゃあなた、『魔法世界式』? 大変ねぇ、まだ12歳なのに。うちのバカ息子たちなんて12歳の頃には学校の便座を友達のお見舞いに送って喜んでたほどよ?」
「ほんとにバカですね。……あっ」
飛び級したから11歳です、と言ってやろうと思っていたのに、思わず違うことをアーニャは言っていた。失礼に気付いたアーニャはおばさんの様子を伺うが、おばさんは怒った様子はなく、
「ねえ? あんな子でも今じゃ『ダイアゴン横丁』で『
それは凄い、とアーニャは素直に感心した。そして、おばさんの名前に気付いた。
「じゃ、あなたはミセス・ウィーズリー? 『
おばさん――モリー・ウィーズリーは微笑んだ。
「えぇ、えぇ! あんな商売でも、うちの息子には商才があるみたいでねぇ。私はあんまり好きじゃないけど……知ってるかしら? 今度『メガロ・メセンブリア』に支店を出すのよ!」
言ってるその顔を見て、この人、私が『魔法世界式』の魔女だとわかったときからこれ言いたくてたまらなかったんだな、とアーニャは思った。
『
魔法の隠し方の極致。魔法がまだ一族の秘術として体系立っていなかった時代のさる大魔法使いが
対になるこっちの世界は『
数点のポイントでこちらとあちらは常に魔力の循環が起こっており、そのポイントをターミナルとして魔力の流れに乗ることで世界間の往来を実現させている。『現実世界式』のワープ魔法である『姿くらまし』でも行けないことはないが、卓越した技術が必要になる。
魔法術式の面においては、「『魔法世界式』の魔法は専門性に特化し、『現実世界式』の魔法は汎用性とお国柄に特化した」というのが一般的な学説だ。文化の面では、『現実世界』において国際魔法法上違法な『空飛ぶ絨毯』や『空飛ぶフォードアングリア』が、『魔法世界』なら飛ばしてもいいとか、『現実世界式』では非魔法族でも魔力を秘めて生まれた者を突き止めて魔法の存在を教え導くことが許されるが、『魔法世界式』では非魔法族へ魔法の実在を教えるのはその者が如何に才能あれども基本的にはご法度だとか、それを破った罰は『魔法世界式』のオコジョ刑に対し『現実世界式』では杖を折り魔法界から永久追放するとか、とにかく豊かに分かれている。勿論何事にも例外があるが。
一方で、両世界の魔法界全体に共通する文化だってある。アーニャの知るところ、飛行箒球技の『クィディッチ』などは『魔法世界』でも人気らしく、前回のクィディッチワールドカップで『魔法世界』の学術都市『アリアドネー』の代表チームが健闘を見せたのは記憶に新しい。
「我が家の旦那様なんて、もらいものの『空飛ぶオートバイ』を堂々と飛ばすためだけに『魔法世界』に行ったもの! あの人もいつまでたっても落ち着きがないんだから!」
息子どころか旦那までバカじゃん、とまではアーニャは言わなかった。
気付けばウィーズリー夫人はアーニャの向かいに座っている。
「それじゃあ、あなた、ウェールズからたった一人でロンドンにきたの? おまけにマグルの中で占い師だなんて……。危なくないの? 寂しくは? たった12歳なのに一人っきりなんてナンセンスだわ。卒業したあとはホグワーツに進学させるか、親元でしっかり勉強させるべきよ」
夫人はぷりぷりしながら言い募る。悪い人ではないのだろうが、ちょっとおしゃべりだし、偏見がある感じな人だとアーニャは思った。なのになぜかアーニャはなんでもこの人に話してしまう。
「一応、みんな面倒を見てくれる人のところに送られますから、大丈夫です」
そう? とウィーズリー夫人は心配そうだった。
初めてあった見ず知らずの人だというのにアーニャがなんでも話してしまうのは、こうした様子が『みんなのお母さん』然としていて、無意識に甘えたくなってしまうからかも知れない。特に、今やまともに会話することの叶わない母を思わせるあの赤毛は、アーニャには効果抜群だった。
「でも、あなたのお友だちなんて日本なんでしょう? それも自分より年上のマグルの女の子に授業だなんて! もしうちの子どもがはるばる日本までたった一人で行くことになったりしたら、私は校長先生にとっておきの『呪い』を送らなきゃいけないでしょうね!」
確かにあの幼馴染みは心配だと、アーニャは思う。
校長先生に散々文句を言いつけるネギの従姉にして保護者役のネカネ・スプリングフィールドを思い出すものだ。
『現実世界』では当然ながら『魔法世界式魔法』はそれほど普及していないが、魔力を湛えた土地は『現実世界』に多く、『魔法世界式魔法』の使い手が『現実世界』にいるのも珍しくない。
アーニャは、『現実世界』のイギリスで魔法子弟のシェアを『現実世界式』の名門『ホグワーツ魔法魔術学校』と奪い合う、『魔法世界式』の『メルディアナ魔法学校』の卒業生だ。ちなみに『ホグワーツ』は11歳からの入学を認めており、『メルディアナ』を一年飛び級して11歳で卒業したアンナには『ホグワーツ』からの入学許可証が届いていたのだが、蹴ってしまった。
幼馴染みのネギにも、来年の8月にはホグワーツからの入学許可証が届くだろうが、まああいつはホグワーツには行かないだろうなと、アーニャは確信していた。だってナギ・スプリングフィールドを追うのに、ホグワーツは経由の意味が薄いから。
「あぁ、いた、いた! モリー!」
ふと、禿げ上がった壮年の男性が声を上げた。
ぱっと振り返った夫人は、にっこりと笑って答えた。
「アーサー! お仕事はもういいの?」
アーサー氏は朗らかな様子でやってきたが、アーニャを見て、おや、と声をあげた。
「君は親戚かな? ビクトワール……ではないし、パーシーはまだ娘はいなかったような……待って、思い出すから!」
「アーサー、私も確かにこの子の髪には親近感を感じて色々とお話ししてましたけど、」
それじゃ、親近感を感じていたのは自分だけでなかったんだ、とアーニャは少し安堵した。
「ご自分の孫が誰で何人いて何歳かくらいきちんと覚えていられないほどあなたがボケてしまったとは記憶していませんよ」
「そうかね。あー、すまない、それじゃ――私はアーサー・ウィーズリー。このモリーの夫だよ。君は?」
「アーニャ・ココロウァです」
アーニャが頭を下げると、向こうも頭を下げた。
幸とか色んなものが薄そうな男性だ。占い師として、この人を占ったらなんてでるのか少し気になったアーニャだった。
「よろしく。すまないね、どうも息子も娘も親戚もどんどん増えてしまって、最近じゃ赤毛の子はみんな親戚のように見えてしまうものだから。特にこの日はジョージが面白、いやいや、厄介な道具で自分を30人も増やすし、去年なんかモリーが80人も――」
「アーサー!」
夫人に怒鳴られて氏は口ごもった。
「ごめんなさいね、変なことを言って。ほんのちょっと前まであなたくらいの子を10人も世話してたのにもうみんな巣立ってしまって……ご迷惑だったかしら?」
「いえ……30人?」
アーニャが思わず聞き返すと、モリーは曖昧に微笑んだ。
「えぇ。あの子は、ジョージは……」
モリーは少し口ごもった。目の前の少女にどこまで話してしまっていいのか迷っているようだったが、やがて小声で自分自身に言い聞かせるように「今日くらい……」と呟くと、切り出した。
「ジョージには双子の兄弟がいたの。生まれたときから果てしなくそっくりで、仲良しで、なにをするにも、それこそお店を立ち上げるときでもずっと一緒だった。でも、5年前に……ね」
アーニャは思わず息を呑んだ。
「ジョージはまだ寂しいんだと思うわ。毎年、今日はいつもにも増して大騒ぎするのだけど、そうするために調子が出ないからって、決まってあの子は
魔法使いは隠れ住む。
それを知って、こう考えた人はいるだろうか。
『なぜ、魔法使いが隠れなければならない? 魔法は科学より優れるのではないのか?』
分かっている者はこう答える。
『そりゃあ、みんなすぐ魔法で物事を解決したがるようになるだろうが。うんにゃ、俺たちは関わり合いにならんのが一番いい』
傲慢な若者がこう反論したことがあったかもしれない。
『我々には力が与えられている。そして確かにその力は我々に支配する権利を与えている』
そして、こう唱えた男がいた。
『魔法は力なり』
その人こそ、『史上最も邪悪で危険な魔法使い』の称号を、あの『
『"
純血魔法使いによって魔法界を支配し、半純血や非魔法族生まれの魔法使いを排斥し、ゆくゆくは非魔法族そのものを魔法使いによって支配しようという大それたことを考え、あまつさえ実行した闇の魔法使い。
1970年代たっぷりと1996年秋からの二年間の二度、英国魔法界を恐怖と混沌の暗黒時代へと陥れ、1997には当時の魔法省大臣ルーファス・スクリムジョールを殺害してクーデターを成功させ、英国魔法省を掌握し、その力を全世界へと知らしめた存在。英国においては、魔法使いやそうでないものの別なく、子どもから大人まで、愚者も賢者も多くが死に、苦しみ、操られ、あらゆるものが奪われた。気紛れのように世界各国に現れては殺戮を行い、『
4人暮らしの一家が10世帯分も一夜で死に、昨日までともに悪意に立ち向かっていた友人が今日はその悪意を5人も連れて戸口を叩きに来る。魂を吸い感情を奪う悪霊がピクニックのようにそのへんを飛び回り、なにも悪いことをしていない人が『魔法使いの家に生まれていないから』と逮捕されて牢獄に入れられて当たり前のように死ぬ。悪いことを悪いと糾弾した勇敢な子どもを捕まえてその友だちに拷問させ、従わなければ友だちも一緒に拷問される。賑やかだった横丁が一週間でゴーストストリートになり、気のいい店主が物乞いに成り下がって喚く。誰が目の前で殺されても誰も怒りの声をあげない。そんなのが当たり前の時代だった。
世紀末に突如現れ、それまでの魔法使いのあり方を根本から変えてしまおうとした圧倒的な悪意は、国境を越え、海を越え、次元さえ越えて『魔法世界』にも届き、魔法界を殺伐とさせた。というか、事実として本人が大戦を控えた時期の『魔法世界』で仲間を増やそうと派手に暴れているし、なんなら『メセンブリーナ連合』と『ヘラス帝国』の両国を裏から操り『大分裂戦争』を巻き起こしたのは『魔法世界』そのものを大魔術により消滅させようとしたテロリスト集団『
そのあまりの悪名故、ヴォルデモート卿は名前自体が恐怖の対象となり、今でも魔法界の多くから『
アーニャは『WWW』に行ったことがある。赤毛のよしみで、と『白昼夢呪文』を割り引きしてくれたあのいたずらっぽい店主の青年にも、そんな過去があったのだ。
「『メルディアナ』も大分、その……」
アーニャの口を突いて出た当時の悪しき思い出の断片に、アーサーは深刻な調子で相槌を打った。
「あぁ、随分ひどかったと聞いている。連中は『ホグワーツ』に腹心の『死喰い人』を三人常駐させて、闇の魔術の『死喰い人』養成学校にしてしまおうとしていたが、『メルディアナ』に至ってはそもそも『魔法世界式魔法』自体をやめさせようとしたとか……」
アーサーの目があまりにも親身に労っていたので、アーニャの口も止まらなかった。
「……はい。みんなが学用品を全部持って集められたと思ったら、急に杖を取り上げられて。代わりに棒きれみたいな杖を押し付けられて、火を起こす魔法だけ無理矢理教えられて、それで……それで、教科書とか今まで使ってた杖とかを全部自分で燃やせって……嫌だって言ったら、その、なんだからわからないんですけど、突然、燃やさなきゃって思って……ネギがそれでも嫌だって言ったような気がしたと思ったら、私、突然ネギを呪いたくなって……! き、気付いたら私の前に二人分の教科書の灰の山があって、ぁの、ネギが、ひ、火だるまになって泣いてて、あいつらがよくやったって言って、私、私……っ」
「アーニャっ」
いつの間にか近くに来ていたハンナがアーニャを抱き締めた。気付けば、周囲の客らも静まり返って聞き耳を立てている。
「も、もし、校長先生がネギの大事な杖を隠しててくれなかったら、私、きっとそれも燃やしてた! いいえ、それどころかネカネさんが助けてくれなかったら、私、ネギを殺してたのよ!! なにも考えずに、ただ言われるままに!」
「『
「ちげぇねぇ」近くのニキビ面の青年が同意した。「俺もそうだった。随分長ぇ間よ……どんだけ無茶苦茶やらされてよぅが、そんときゃそうすんのがあったりめぇに思えちまう」
「『例の――
アーサーが解説した。
「5年前のアンナって、たった6歳じゃない! あんまりよ、そんなのって!」
「むしろ連中のしたことであんまりじゃなかったことなんてなかったな。僕も教科書なんかはあんまり好きじゃなかったけど、だからって焼かされるのはなぁ。杖までだって?」
「それに『現実世界式』の授業の方もお粗末なもんだったそうじゃないか? 奴らなんも考えてやしねえんだ」
「そのくせ罰則はしっかりだったって『メルディアナ』のペンバルが言ってたよ。『悪霊の火』の放たれた部屋で書き取り罰則なんて狂ってる」
周囲が口々に言った。この『現実世界式魔法』の領域の彼らが『魔法世界式魔法』の学校のために怒ってくれるのは、アーニャには嬉しかった。
「その『悪霊の火』の話だって、きっと私……必死にネギだけは襲わないようにって耐えてた……幼馴染みのネギは『ナギ・スプリングフィールド』に憧れてて、いつもあいつらに楯突いて、ずっと酷い目に遭ってました。ネギを罰するとき、五回に一回は私もなにかさせられて、でも助けることも抵抗することもできなくて……ネカネさんはネギの罰を代わりにやらされそうなときは絶対にやらなかったのに……でも、その度にネカネさんの悲鳴が……ネギはいつも許してくれたけど、私、ほんとはずっと……今日こそ謝ろうって……」
『なにがあっても、あいつらが何を言ったとしても、アーニャは絶対にぼくに味方しないで、あいつらに調子を合わせてて。……ぼくは心配ないよ。ほんとうに危なくなったらほら……お父さんが助けに来てくれるから』――ひとつ年下のネギが、疲れきった顔をしながらも、強い決意と共にアーニャに告げた言葉を思い出す。助けがくるなんて本当は思っていなくても、そう言って何でもないんだと一年間耐え続けた傷だらけの小さな笑顔は、確かに英雄だった。
メルディアナの教授陣が際立って腰抜けな無能ばかりだったというわけではない。彼らは、英国魔法界から排斥される半純血や非魔法族生まれの魔法使いを『魔法世界』へと疎開させることを優先していたのだ。ただちに命の危険があるそちらを優先するのは当然といえば当然だが、後回しになった者らは堪ったものではない。
当の死喰い人自体は残酷さ、凶悪さ、粗暴さに比類なくとも、戦士としては卒業間際の生徒たちが束になって『
そして死喰い人の攻撃の矛先は、主にネギに集中した。反抗的ながら奴らを心底脅かすほどのことはできず、しかし、何度痛め付けても子供ゆえの純粋さと強さに支えられて屈しない。そんなネギが、避雷針のようになってほかの生徒への被害を減らす形になった。屈してしまえば楽なのにと影で嗤われるか、流石は英雄の息子だと無責任に称えられるかの間で、彼はずっと立ち向かい続けた。ネカネは傷跡に優しく魔法薬を塗ってやって涙ぐみ、アーニャは無力さに唇を噛むことしかできなかった。
そう、アーニャがとつとつと溢すのを、皆怒りに顔を歪めながら聞いていた。唇を噛み締めるアーニャに、ウィーズリー氏が言った。
「吐き出してしまえばいい。だって、今日はハリーが全てを終わらせた日なんだから。辛いことは今日、吐き出して置いていけばいい。幼馴染みに謝るのは……そうだね、来年にしよう。5月2日でなければこんな話、する気にもならないだろう?」
そう、そんな時代も長くは続かなかった。……いや、十年続けばやはり長かったというべきだろうか。なにしろアーニャが生まれる前からだし。
『あの人』を押し止めたのは、二人の勇者であった。
まずは『アルバス・ダンブルドア』。いくつもの画期的な発明と発見、機知に富む公明正大な賢者。魔法界全体から称えられる勇者。
『ホグワーツ魔法魔術学校』始まって以来最も偉大な教師、校長。彼は、『あの人』が生涯で唯一怖れた人物だったと言われる。悪の企てを見抜き、敵の二十分の一しかない戦力ながら、適切な手を打ち、その勢力の拡大を遅らせた1980年代。「アルバス・ダンブルドアが魔法世界にいれば『大分裂戦争』は起こらなかった。尤も、その場合は『現実世界』にダンブルドアがいないことになるから、非魔法族と『あの人』率いる魔法界が『大分裂戦争』してただろう」というのが定説なくらいだ。1997年に『あの人』の腹心セブルス・スネイプに殺害されるまで、『あの人』が思うように動けなかったのは、ダンブルドアの叡智ゆえ。
そしてもう一人。
『魔法史上で最も高名な二人の魔法使い』の片割れとして、『魔法世界』を『完全なる世界』から救った英雄『ナギ・スプリングフィールド』と並び称される、『現実世界』きっての英雄『ハリー・ポッター』だ。
その伝説は一歳のときから始まった。
イギリス西部の静謐な魔法使いの隠れ家『ゴドリックの谷』。そこに住むポッター一家をヴォルデモート卿が襲撃し、『
杖先から何人をも逃さなかった『死の呪文』は、何故か僅か1歳のハリー・ポッターから跳ね返り、ヴォルデモート卿を襲った。それまで何百人という数の屍の山を築き上げ、今しがた両親をもその山に加えたその呪いが、誰にも止めようもないほどの力を誇っていたはずのヴォルデモート自身を貫き、一夜にしてその力と肉体を奪い去ったのだ。
かの英雄"
――というお決まりの文句から延々と続くネカネの『ハリー・ポッター英雄譚』独演会(隔月)は、アーニャとネギにハリー・ポッターの知識をこれでもかと刷り込んだ。元はと言えば、3年ほど前、他の授業は問題ないのに魔法史だけはちょっと怪しいネギのために「英国の魔法近代史はハリー・ポッターを中心にすると分かりやすいのよ」ということで始まった講義のはずなのに、気付けばアンバランスにハリー・ポッターのことだけやたら詳しくなってしまったという具合。
ネギの従姉の『ネカネ・スプリングフィールド』は、(『ナギ・スプリングフィールド』の直接の縁者なのに)『ハリー・ポッター』の大ファンなのであった。
『死の呪文』は尋常な方法では防御不可能の緑色光線だ。身をかわすかなにかを盾にするしかなく、盾にしたものはまず壊れ、生物に当たれば必ず殺されてしまうという『闇の魔術』の真髄。『魔法世界式』の魔法にも即死級の威力の魔法は数あれど、
『メルディアナ』では直接当てられた人間はいなかったが、何人かの生徒のペットが犠牲になったことはある。見せしめのようにアーニャらに見せつけられたそれは、実に惨たらしい光景だった。
襲撃の目的は諸説囁かれていたが、後に『ハリー・ポッターこそヴォルデモート卿を永遠に倒すべく選ばれし者だ』という内容の予言を聞いたヴォルデモート卿が、自らを挫くと定められた子を抹殺しようとした、というのが真相だと明らかになっている。
実は『本来殺されないことを選択できた者が、愛する者のために自らあえて攻撃者に殺されることで、その愛した者を攻撃者から永遠に守る』という『現実世界式』の古い愛の魔法が、この晩、母リリー・ポッターによりハリーにかけられており、この夜の奇跡は母の愛が故だったことが、後年の研究およびハリー自身により判明している。母の愛をこうした形で受けとることを定められていたからこそ、ハリー・ポッターは『選ばれし者』たり得たのかもしれない。
――とまあ、最初に講義を受けたときのここまでの熱の入りようで、アーニャもネギも、ネカネがハリー・ポッターの熱烈なファンだと気付かずにはいられなかった。そう思ってみると、彼女が従弟のネギに与えた眼鏡はハリーのそれにちょっと似ているし、ネギの初めての練習用の杖には先端に稲妻飾りがついたものをやたら薦めていた。言うまでもなく、稲妻型はハリーが卿の呪いを跳ね返した際額に残った傷痕の形として有名だ。
ネカネは『魔法世界式』の魔女なのに、一体何年来のハリー・ポッター・ファンなのか。ともあれ、ネカネの独演は続いた。
ハリーは、母方の親戚である非魔法族の一家に預けられ、それはもう悲惨な10年間を送った。この間に英国魔法省大臣が二回代わったり、『グレート=ブリッジ奪還戦の英雄』が誕生して『魔法世界救済の英雄』になって暫くして行方不明になったり、ウェスペルタティア王国が滅んで『救国の聖女』が『災厄の魔女』になってそのまま処刑された(ということになった)りしたが、ハリー・ポッターは魔法のまの字も知らず、非魔法族に冷遇されて育ったという。
だが、11歳の誕生日、ハリーはホグワーツの入学許可証を手にし、魔法界へと帰還する。そしてその約一年後には早くも頭角を表し、『賢者の石』による復活を企てたヴォルデモート卿を11歳で再び破った。
次の年には『秘密の部屋』の怪物を解き放った上に生徒の命を吸い復活しようとしたヴォルデモート卿をさらに破り、50年前から続く『スリザリンの継承者』事件を解決。
そして13歳にして大の魔法使いにも難しい『
――ちなみにハリーが賢者の石を守ってた頃にアーニャが、秘密の部屋に挑戦していた頃にネギが、それぞれ生まれている。
注釈を交えつつネカネが話してくれる武勇伝を聞いていて、この時点でアーニャは目眩がしたが、ネギなどは「そのままずっと復活させずにいてくれたらよかったのに」とぶすくれつつも目をキラキラさせていた。
14歳では過去の開催で死者が続出した『
15歳になると魔法界全体から『ヴォルデモート卿が復活したという大ホラを吹いてまで目立とうとするイカれた不届きもの』の謗りを受けてほぼ孤立するが、真実を語る意思を曲げない。ヴォルデモート卿の復活(を許したという失態)を受け入れたくない魔法省の妨害を掻い潜って、自らが『闇の魔術に対する防衛術』を教える集団『ダンブルドア
――このシリウス・ブラックにも涙涙の裏事情が……と毎回話が脱線しそうになり、ネギもアーニャも必死でネカネを説得してハリーの武勇伝に話を戻した。……戻しきれずにシリウス・ブラックの人生波乱万丈を聞かされて結局朝日を向かえる羽目になったこともあったが。それどころか「あとね、これ! これが当時、ハリー様のインタビューが載った『ザ・クィブラー』! 初刷よ! なんとか自力で買ったの!」と盛大にキャラ崩壊しながら雑誌を自慢されたのも一度や二度ではない。というかハリー様って。『様』って。いくらなんでも正気か。
16歳の頃には魔法界全体がヴォルデモートの復活を認識することになり、ハリーの名誉も回復。それどころか"選ばれし者"という新たな呼ばれ方もされるようになり、ヴォルデモートを倒すべくなにかの相談を度々ダンブルドアとやっていたらしい。その年末、ダンブルドアが部下のセブルス・スネイプに殺害され、ハリーは友人、名付け親、恩師を次々と殺害されることになってしまった。
『現実世界式』では魔法使いは17で成人となるが、1997年をもってハリーは17歳。この年、ダンブルドアの死を受けてヴォルデモートは活動を本格化。魔法省は陥落し、傀儡大臣が立てられた。イギリス魔法界は乗っ取られ、ホグワーツもメルディアナも手中に落ちた。このうちホグワーツにおいては『DA』が中心となってレジスタンス活動が行われている。
ハリー自身はホグワーツを中退し、誕生日からの一年だけで三回もヴォルデモートと対峙、あるいはニアミスしながら、イギリス中を旅した。噂ではヴォルデモートを倒すための布石を打っていたとも、魔法界最強の杖と囁かれる『
――この年の初め、雪の降る日に、ネギとアーニャの故郷の村は大挙して現れた悪魔に襲われ、ネギとアーニャを残し、アーニャの両親も含む村人全員が『石化』させられている。古代魔法使いの呪いの巨大蛇『バジリスク』による石化さえ解呪したマンドレイクの魔法薬も悪魔の石化はなぜか解呪できず、学校の地下に避難させているというのが現状だ。
このとき、悪魔を一人で壊滅させたナギに執着染みた憧れを持ったネギは、その約半年後から『メルディアナ』に常駐した『死喰い人』が理不尽を働く度に歯向かい、懲罰されて泣くことはあっても、己の内の英雄の背中と名を信じ続け、折れることは一度たりともなく、終始立ち向かい続けた。
そして1998年5月1日深夜、なにかを探すためとも、こここそを決戦の舞台とするためとも言われるが、ともかくハリーはホグワーツに戻り、5月2日0時、歴史に残る『ホグワーツ決戦』の火蓋が切って落とされた。
『ボグワーツ決戦』では、ヴォルデモート卿の『死喰い人』らと彼らの連れた巨人や悪魔らに対し、ダンブルドアの『不死鳥の騎士団』とハリーの『ダンブルドア軍団』を主とした連合軍が対峙。後にホグワーツに隣接した魔法使いの商店街『ホグズミード』や有志の『魔法世界式』の魔法使いら、ケンタウルス、味方側の巨人に
その最中にハリーの仲間は何人もが倒れ、ハリー自身も一度はヴォルデモートの手にかかるが、後になんらかの原因で復活。ヴォルデモートの傍らの蛇をハリーの友人ネビル・ロングボトムが、副官のベラトリックス・レストレンジをモリー・ウィーズリー(今アーニャの目の前にいるふくよかなおばさん)が仕留め、そして『ニワトコの杖』を手に入れたヴォルデモート卿とハリー・ポッターの最後の決闘の末、"闇の帝王"は暁に倒れた。
その後、ハリー・ポッターは魔法省から要請を受けて『
――調子がいいときのネカネはこのあとハリー・ポッターの戦歴や得意呪文についても一々講釈を垂れていたものだが、まあそれはいいとしよう。
そういえば『メルディアナ』でネギらを散々痛め付けたくそったれの死喰い人もこの戦いで死んだらしい。ざまをみろだ。
ともあれ、その翌年以降、非公式ながら英国をはじめとした一部ヨーロッパの魔法界では、5月2日という日付を『ハリー・ポッター記念日』、略してHPデーとして祝うのが恒例となっていた。
祝うほどではないにせよ、『魔法世界』や海外各国の魔法界においても、この日付は知られたものとなっている。
それが今日なのであった。
夜毎、ネカネが嬉々として長々物語る回想から帰って来たアーニャは、目の前の陽気なおばさんが実は"例のあの人"の副官を倒したとんでもない実力者だったのだと思い出した。そう思うとむちゃくちゃ強そうに見えてくる。
あたりを見回すと、思ったほど回帰に飛んでいたわけではないようだ。気付けばアーニャの目の前には英国魔法界で人気の飲み物、バタービールが置いてあった。シュワシュワと泡立っているのが実に美味しそうだ。
「さーさ、アーニャ、話しは終わり! こんな話ばかりしてないで、パーっとやりましょ! おばさんの奢りよ!」
「え、そんな!」
「いいのいいの。甘えときなさいな。ほら!」
アーニャはおずおずとコップを手に取った。この押しの強さは最近では珍しい。アーニャはこれで優秀だし、気が強くお転婆なので、人から言われてはいと従うことは珍しかったが、モリーには従ってしまう。
やはり『石化』した母を彼女が思わせるからだろうか? 全然似てはいないのだが。
「バタービールはいきわたったかな?」ウィーズリー氏が言った。「では、悪い思い出の払拭と」
「魔法界の平和と」ハンナが続けた。
「俺の薔薇色の――」ニキビ面の青年が茶化そうとして皆に小突かれた。「――
「子どもたちの成長と、そして」
ウィーズリー夫人が続けると、アーニャにいたずらっぽくウィンクした。
店内皆から見られて、アーニャは恥ずかしげに、しかし思いきって叫んだ。
「――そして、ハリー・ポッターに!」
『乾杯!!』
高らかにグラスを打ち合う音が、漏れ鍋を満たした。
『魔法省』。
高級なマホガニーの机を挟んだ応接室で、二人の男性が握手を交わしていた。
一人は長身の禿げた黒人だ。プライベートでつけている金のピアスを外し、濃紺のローブとともに落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、がっちりした体躯としなやかな身のこなしが如何にも武人然とした佇まいであり、混迷の魔法界に立つべき男として充分な器を感じさせる。
もう一人も長身だが、髪の長い白人。ローブではなく白いスーツを着用し、逞しい相手とは真逆の細く鋭い顔に眼鏡をかけ、貼り付けたような笑みを浮かべるが、その狡猾そうな本性を隠しきれてはいない。
「『魔法世界』全人口を代表し、このよき日をお祝い致します。『キングズリー・シャックルボルト』魔法大臣」
細面の男が言った。見た目に違わぬ、鋭く刺々しい声だ。
「元老院議院殿自らいらっしゃるとは思いませんでした。貴国の友情に感謝を、『クルト・ゲーデル』元老院議院」
黒人の男――英国魔法省大臣キングズリー・シャックルボルトは、メガロメセンブリア元老院議院クルト・ゲーデルとは対になったような、深く落ち着いた声で答えた。
双方とも立派な政治家だが、どうにも対照的だ。二人はそれぞれ背後に護衛を連れつつ二言三言交わすと、腰を下ろそうとした。その瞬間、今しがたまでなにもなかったはずの絶妙な位置に心地のいいソファーが現れたが、両者は全く驚く様子もなく、当然のように腰かけた。
「改めまして、我々『メセンブリーナ連合』と『魔法世界』は、ヴォルデモート卿討伐より5年の今日という日をお慶び申し上げます。ご承知の通り、卿は25年前に我らが『魔法世界』を襲撃し、メガロメセンブリアを始め数多の地域で暴虐をはたらき、テロリストらの台頭を許す遠因ともなった憎むべき敵でもあります。かの男が滅び去ったことは我々にとっても誠に喜ばしいことでした」
『魔法世界』の北に位置するメセンブリーナ連合は、亜人族による南の『ヘラス帝国』と対をなす、魔法使いの国だ。その宗主国『メガロメセンブリア』は、『魔法世界式』の中心国であり、元老院と呼ばれる議会によって治められている。権謀術数や名声を駆使し比較的若くしてその中に入り込んだクルト・ゲーデルにとって、言葉は武器。偽らざる本音というのを発したことはここ暫くはなかった。
しかし、このときのクルトの言葉は、珍しく建前やわざとらしい演出のない、心からのものであり、そうであることはキングズリーにも伝わっていた。
「ありがとう。私としても、こうして喜びを分かち合えることは奇跡のようなものと思えているほどです」
キングズリーは穏やかに応じた。
「傀儡政権によって魔法界から爪弾きにされた者たちを受け入れ、匿っていただいたこと、またこちらは
「いやいや、オスティア難民救済用の『奴隷法』を適用した緊急措置だったために、ご不便をおかけしたことでしょう。『大分裂戦争』ではこちらも優秀な闇祓いを派遣いただいたことですし、当然のことですよ」
『魔法世界』の魔力により空中に浮かぶ『オスティア』と呼ばれる王国が、『大分裂戦争』の終わりに、国土を浮かす魔力を失い、崩落して滅んだ。女王アリカ・アナルキア・エンテオフュシアがテロリスト『完全なる世界』に通じて王国を滅ぼした戦争犯罪者として処刑されることになり、未だに『災厄の魔女王』とか呼ばれることになるわけだが、彼女は難民となる自国の民をメガロメセンブリアに受け入れさせるために『奴隷法』を施行するよう、国土崩壊前に働きかけた。
『奴隷』とはいっても字面から想像されるほど非人道的なものではなく、祖国がなくなることで身分が保証されなくなった人々に最低限の権利を与える法律であり、定められた魔法契約によって奴隷はその身を守られる。ヴォルデモート傀儡政権下の英国魔法界から不当に追放や処罰された魔法使いたちの中で、幸運にも助け出されたものたちは、先の通り極秘裏に『魔法世界』に送られ、この法を使ってメガロメセンブリアに保護された。
後に彼らは『死喰い人』の金品を始めとした資産により正規に解放され、『現実世界』に戻る者もあれば『魔法世界』に残る者もあり、方々で生活を送っている。
「
「ありがとう、大臣。……そうそう、こちらの者の受け入れといえば」クルトが思い出したように言った。「『マンゴ』のほうにお世話になったままの『ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ』の経過はどうでしょう? そろそろゲートが通れる程度には回復しているとうれしいのですが」
「残念ながら、なんとも」キングズリーの答えに苦々しさがにじんだ。「我々としても最善を尽くしていますが……良い報告を差し上げられなくて心苦しい限りです」
『ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ』は、ナギ・スプリングフィールドが率いた『
そもそも『
ガトウは『現実世界』である事件に巻き込まれ、
「そうですか」
クルトは――
「彼は我が『魔法世界式』が誇る『
「最善を尽くすことをお約束しましょう」
『
クルトは明らかに姿勢を正し、言った。
「さて、この五年、メガロメセンブリアとしては、ハリー・ポッターやロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、そして他ならぬ指導者のあなたに、『
「ありがたいお話です。ですが、何度も申し上げました通り、立派な魔法使いというなら、あの時代、ヴォルデモートに立ち向かい続けた全ての人がそう呼べる。それらを差し置いて、私たちだけが受け取るべきではないと、ハリーたちも私自身も考えているのです」
一瞬、クルトの顔に苛立ちのようなものが過ったのをキングズリーは見逃さなかった。しかし、あえてそこには触れず、キングズリーは静かに続けた。
「『ホグワーツ決戦』には数多の魔法使いが参戦しました。
どこかのとんでも魔法拳士とは真逆だな、とクルトは思った。喜んで英雄を自称していた馬鹿の顔を思い出しながら、クルトは言った。
「しかし、あなた方が『立派な魔法使い』でなければ他の誰がそうなんだ、という意見もあります。特に、ハリー・ポッターに『立派な魔法使い』の称号を送れないのでは、他の誰にもそんな称号を送る価値はないと。あなた方は『魔法世界』においても名の通った英雄だ。失礼ながら、英雄は、それに見合った名をとり、見合った責任を果していただかなければ、秩序を保てません。そうでしょう?」
熱の入るクルトに、キングズリーは微笑んで応えた。
「では、アルバス・ダンブルドアには?」
クルトはうっと詰まった。
「我々が『立派な魔法使い』であれば、当然、ダンブルドアは『偉大な魔法使い』と呼ぶべき方でしょう。誰かにその称号を送れなければ他の者に送れないと言うのなら、そして亡くなった方には『立派な魔法使い』を授けてはならないというわけではないのならば、私もハリーも、今はまだ彼をおいて『立派な魔法使い』とは言えませんよ」
クルトは絞り出すように答えた。
「……彼は、我々元老院とは友好的ではなかった。あなた方はそうではないと、あなた方とは友好的な関係を結べると考えたいと、そう、思っているのですが」
「勿論、私もあなた方とは友好的でありたい。しかし、我々の友好と我々が『立派な魔法使い』でないことには関係がありません。そうでしょう?」
「…………勿論、そうですとも。わかりました、またそのうち伺うと致しましょう」
クルトは苦虫を噛み潰したような顔だったが、気を取り直して話題を変えた。
「それはそれとして。ご存知のこととは思いますが、今年は『魔法世界』においては『大分裂戦争』終戦20周年という大変貴重な年であり、これを記念し、我がメガロメセンブリアを中心に盛大なセレモニーを執り行う予定です。『ヴォルデモート戦役』終結から5周年と、記念すべき年が重なったことを機に、貴国とますますの国交を築きたいと、我々は考えています」
キングズリーは一際深い調子の声で言った。
「存じ上げております。それにつきましては、我が国も使者を立て、貴国のセレモニーに参加させていただきたいと考えています」
クルトは、キングズリーが戦士の目をしていることに気がついている。キングズリーもまた、クルトが戦士の目をしていることに気がついていた。
「
「規模としては、決して大きくはない。その点では20年前の方が上でしょう。しかし、質としては未だ、優るとも劣りませんよ」
一見、記念式典の話し合いにも聞こえるだろう。だが、二人の間では話が全く別の意味をもって通じている。
「それでは
クルトはにやりと笑った。
「勿論、――」
それから三ヶ月。
極東の島国日本では、ある学園都市に悪魔がやってきたり、あわや魔法界の存在が全世界に暴露される国際機密保持法の世紀の大違反が起ころうとしたり、実はとある子ども先生が十人規模で機密保持法を犯していたりとまあ色々あったが、英国魔法界はまったくもっての平和な日々が流れた。
そして、HPデーか三ヶ月と10日と少しが経ったイギリス・ウェールズの『ゲート』にて。
人払いの結界である靄を抜けてたどり着いたのは、抜けるような黄金色の草原と、岩を幾何学的に積み上げた造物群。世間にミステリースポットなどと呼ばれそうなその場所こそは、週に一度の間隔で『魔法世界』と『現実世界』を繋ぐ、魔法のゲート。
有り体に言うなら、そこは世界遺産『ストーンヘンジ』だった。『魔法世界』に通じるときだけ迷わせの結界が施されるのである。
今しがた、全員が15歳以下で構成された一際若い十名ほどの少年少女……というかほとんど少女だが、それが合流した。
見渡すと、既に数十人単位の人々が集まっており、転送者を示す同じローブを着用して、めいめい屯して話している。
それを見るともなく見ながら、少年――メルディアナ魔法学校およびハーバード大学を卒業し、麻帆良学園で教鞭をとる天才お騒がせ10歳児『ネギ・スプリングフィールド』は、期待に胸を膨らませていた。
「ケルト神話の……異世界が……死者と生者は……」「誰も聞いてないって」「なんですと!」
自分がつれてきた生徒たちの話し声。
――このゲートを越えた先に、父の手がかりがある。
「私はなにしろ拳闘大会が楽しみでねぇ。今年という年だし、できればあのラカンを見たいもんだ」「バカをお言いよ。出やしないさあのロクデナシは」「そうかねぇ。あたしの占いは当たるよぉ?」
腰の曲がった老婆たちの話し声。
――父が生き、活躍した世界がある。
「そら見たことか、世界一周卒業旅行の始めも始めに『魔法世界』を選ぶのは我々くらいのものだぜ、おい」「それこそ学びがいがあっていいじゃないか。それにもともと僕は5年前のじいさんの忘れ物を取りに行くだけさ」「つれないこと言うなよ」
若い男たちの話し声。
――このゲートの先に
「そういうわけだから、このゲートポートは『
大人の女の人と男の人たちの話し声。
――こ、の……ゲー……
大人の女の人と、男の人たち。
「ねぇ、実際のところ、これくらいの話を聞き流すようじゃ、向こうではバカにされるわよ。私たちどころか魔法省、ひいては『現実世界』そのものが! お分かりかもしれませんが、私たちは『現実世界式』の魔法使いを代表して行くんですからね!」
生真面目そうに茶髪をひっつめにした綺麗な女性。
「耳にたこができるほど聞いたし、今朝方も一言一句違わずママの吠えメールで承ったよ。お世話様」
そばかす顔にうんざりした表情を浮かべた燃えるような赤毛ののっぽの男の人。
「そもそもこういうのはキングズリーが行けばいいのになんでただの一闇祓いの僕なんだろう。いや、わかってるけどさ」
端正な顔と古めかしいめがね、そしてくしゃくしゃの黒髪の男の人。
ネギはこの三人を知っている。……いや、魔法界歴の長い『アーニャ・ココロウァ』や『ドネット・マクギネス』、生徒の『桜咲刹那』や使い魔オコジョの『アルベール・カモミール』も、ネギの視線の先の一点に目が釘付けだった。
そう、彼こそは英雄。
「そりゃあ、当然、君が――
「うわぁあああぁあああああああああハリー・ポッターだぁァああああああああああァああああああああああァああああああああああ!!」
――……まあ、とかなんとか、それだからさ。あぁ、君、合いの手どうも」
思わず叫んだネギに、なんだか疲れたように続ける赤毛の男性だった。
ネギの叫びであたりはちょっとしたパニックに陥った。
「ハリー・ポッターだって!?」
「嘘だろ、こんなところに!!」
「あぁ! あの眼鏡と髪と額の傷跡は間違いない!」
「あの、サインお願いしていいですか! 『ネカネ・スプリングフィールドさんへ』と『ネギ・スプリングフィールドくんへ』の二枚で!!」
「色紙出すの早!! 『ドネットさんへ』もお願いしといてください!!」
「え、サインいいの! じゃあ俺もこのローブにお願いします!」
「写真いいかしら!?」
なにしろ『ハリー・ポッター』は、少なくとも『現実世界』英国に身をおいたことのある者には『現実世界式』『魔法世界式』双方に名の通った超有名人。それどころか現場にはハリーの両腕と有名な二人がいた。
「おい、それならあの二人は『ロン・ウィーズリー』と『ハーマイオニー・グレンジャー』じゃないのか!?」
「間違いないわ!! 蛙チョコのカードで見たもの!!」
「
「ミス・グレンジャー! 握手お願いします!!」
「お前下心ないか……?」
「よくわらないけどスクープよ! 撮らせて撮らせて!!」
「おい、おい、まずいぞ、これ……杖とかは『ゲート』通るために預けちゃってるぜ」
「落ち着けよ。正直、遅かれ早かれこうなるとは思ってた。だろ? それより、おい、ハーマイオニーはもうミセス・ウィーズリーだぞこのとんちきどもめ!!」
さらに当のネギが
「スプリングフィールド? あなた、スプリングフィールドと言ったの?」
「え、はい」
ハリー・ポッターと同等以上に有名な
「じゃ、あなた、あの『ナギ・スプリングフィールド』の息子さん!? まあ!」
ということで
「ナギ・スプリングフィールドの息子ぉ!? あのサウザンドマスターの!! 夢じゃねえよな!?」
「すげえ! それがハリー・ポッターとなんて、すごい巡り合わせだ!」
「イヤァ!! ナギ様に息子なんて嘘よォ!! でもうわぁ、似てる! 私にはわかるわ! あぁ、髪とか顔とか幼い頃のナギ様の資料の写真にそっくりぃ!!」
「握手! 握手しよう握手! ハアハア!」
「お前ショタもいけるんかい!!」
「あれぇー!?」
とまあ、ハリー、ロン、ハーマイオニー、そこに色紙を持って近付いたネギを中心に人が殺到。
さらに
「ネギ先生ー!? た、助けに行かないと!?」
「ネギ先生が抜け出せないのなら、どうせ私たちでは跳ね返されるだけですよ、のどか」
「これくらい突破できない不出来な弟子ではアル」
「うむ。なにごとも修業でござるよ」
「っていうか朝倉が普通にあっち側に参加してるんだけど……」
「そういうパルのそのスケブは一体どうするのかなー?」
そのネギの仲間が
「大変やなぁ、ネギの奴も」
「ネギのお父さんって本当に人気なのねぇ」
「……ぅし……つも……んせいばかり……」
「……せっちゃん……?」
これまた有名な
「このちゃんの、ここにいる『近衛木乃香』さんのお父様だって、『
「ばっ!?」
「なんで! なんでいっつもネギ先生とナギ・スプリングフィールドばっかりなんですか!? 詠春様だって『紅き翼』で『神鳴流』でサムライマスターで凄いのに!! 詠春様だってぇ!!」
「せっちゃん落ち着いてー!?」
ということまで突如荒ぶった護衛剣士のせいで芋づる式に知れてしまい、
「近衛詠春だとぉ!? ナギ・スプリングフィールドの片腕の!?」
「『紅き翼』初期メンバーの一人だ!! なんてことだ! こんな凄いメンバーにでくわすなんて!!」
「でもこれはほんとに似てないぞ! マジなのか!?」
「なんでもいいや、ネギくんとハリーさんたちと並べて写真撮ろう!!」
「ばか待ておいこっち来たぞどうすんだ桜咲ぃ!!」
「す、すいませんつい!?」
「来ぃひんといてー!!」
ますますの熱狂の渦が巻き起こってしまった。
結果、
「ハリーさーん!!」
「ロナルドー!!」
「ハーマぶぎぇ舌噛んだ!!」
「スプリングフィィィールドゥウ!!」
「えーしゅんの娘さんくそかわ!!」
「髭ー!!」
とまあ、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ネギ、木乃香を中心に、押し寄せる諸々のファンとミーハーな者たちと、
「ネギはともかく木乃香はヤバイんじゃない!?」
「刹那さん護れてないじゃん!!」
「流石に動かざるを得ないアルな!」
「ニンニン!」
「みんななにしてるの、助けにいこうよ!」
「え!? あ、う、うあ、とっ」
『突撃ー!!』
「にゃ~~!!」
「とりゃあー!」
とまあ、ネギと木乃香を助けようとする麻帆良学園女子中等学校3年A組のネギの教え子たちもとい
最終的にその混乱は、土埃に煽られたネギのくしゃみによる魔力暴発で吹き荒れた突風が一同の衣服を吹き飛ばすことで、なんとか解決した。一同は周囲のあらゆる天国と地獄から必死に目を逸らしつつ服を着て、落ち着きを取り戻したのである。
「こんのバカエロネギー!!」
「ひーん!!」
「お、男の人たちの、裸……あ、あんなに……」
「わ、私のは、はははだははだはだ裸……!!」
「はぁ、はぁ、はぁ……み、見た? 誰か見てた?」
「多分……見てないと思うけど……」
(まだ空港なのにこうなら本場行ったらどうなるですか……)
(やっぱ今からでも帰りたい……ほんとにロンドンに旅行来ただけってことで納得すれば……)
という女子中学生たちに、
「また逞しくなってたじゃないの、ハリー? そろそろ胸にホーンテールの刺青入れてもいい頃だわ」
「そうかい。お懐かしいジョークだね。僕は君の旦那様に眼鏡をとられたせいでなにも見えなかったけど」
「ぼくの妻の裸を見るのは例え君でも許さないぞ」
「ロン・ウィーズリーらしからぬ紳士さを発揮してるところ悪いけど、きっと僕以外のあらゆる人が見てたと思うよ」
「男ども全員オブリビエイトだこっちこいこんちくしょう!」
というハリーたち。
そして呻いたりなんだりしてるそこらの魔法使いたち。
……その誰もが、『ネギらを助けるべく突入した必死な女子中学生たちの中に本来いるべきでない少女が8人も混じったこと』『それが混乱が収まったあとも当然のように加わり続けていたこと』、その両方をみすみす見逃してしまったのは、大混乱の疲労からすれば無理からぬことだった。
さて、ことが落ち着いたあと。
「じゃあ、挨拶からいこうか。僕はハリー・ポッター」
「ロン・ウィーズリー」
「ハーマイオニー・ウィーズリーよ」
「うわぁ、揃い踏みだー! ネギ・スプリングフィールドです! よろしくお願いします!」
ネギ・スプリングフィールドは、ハリー・ポッターとナギ・スプリングフィールドならぶっちぎりでナギ・スプリングフィールド派である。実の父と聞かされ育った誇れるナギ、実際に目の前でみたことがあるのもナギ。当然、ネギはハリーよりもナギに憧れる。
であるが、だからといってハリー・ポッターになにも感じないというわけではない。ネカネから聞かされたハリーの武勇伝には散々ときめいたし、『現実世界』英国ではハリーの方がナギより有名だということへの僻みも、日本ではナギの方が有名だったことから解消した今、ネギにとって、ナギが目指すべきヒーロー、追い付くべき父とすれば、ハリーは故郷の著名人として、これはこれで会って話せて嬉しい存在なのである。
「ネギくんがあんなに恐縮してんの初めて見た」
「なになにゆーめーじーん?」
「もうあと10年したら理想的な……」
「出たよオジコン」
「ていうか結婚してるんだあの二人!」
「三人組でうち二人が結婚とか気まずくない?」
ハリーたちを見て好き勝手話す女子中学生。とはいえは、ハリーたち自身はヒソヒソやブツブツには慣れっこなので、聞かんふりを通した。
そのとき、ロンが声を張った。
「やあ、おい、アーニャ! 挨拶もなしか? え?」
「……あー、ロンさん、ハーマイオニーさん、ハリーさん、お久しぶりです」
全身から「私この人苦手なの」オーラを出しながらアーニャは答えた。勿論、有名人と対する恐縮のそれだけではない苦手意識である。
しかし、そんなことはネギには関係ない。ネギは取り乱して幼なじみに飛び付く。
「知り合いなのアーニャ!?」
「あんたが帰ってこなかった今年のHPデーでね。たまにお茶するようになったのよ」
「そんなー!」
アーニャはそれからもときどき『漏れ鍋』に寄っている。また、修業と稼業が休みの日はウィーズリー家の『隠れ穴』に招待される仲になって久しく、ハリーらとも三回ほど会ったことがあった。ウィーズリー一族はもうほんとに嫁入り婿入り以外の全員が赤毛なので、アーニャとしてもなんだか彼らが半ば家族のように思えてきているくらいである。そんな中でアーニャは、ロンのことを『おべんちゃらで不真面目でその上絡み方がちょっと面倒な兄ちゃん』くらいに認識していた。ちなみにハーマイオニーは『ウィーズリー先生』で、ハリーは『強くて有名なことを笠に着ない紳士』である。
なお、その頃のネギは、有り体に言えば『雪山で身一つで一週間キャンプする羽目になっていた』である。結果として現在の上達があるし、あの気紛れな
「じゃ、君がネギ? 従姉がハリーの大ファンの?」
「はい! 僕もファンです!」
ロンらはアーニャからネギの愚痴を聴かされたことがあった。その従姉のハリーへの熱狂ぶりはハリー本人がドン引きするほどだったが、おかげで彼らのことはよく覚えている。
「ばかで泣き虫で間抜けで鈍感で、でもとってもかっこ
「ハーマイオニーさんやめてぇえ!!」
そう?」
「アーニャ、よりにもよってこの人たちに僕のことなんて言ったの!?」
戦々恐々とするネギに対し、にやっと笑いかけ『苦労するな』と声をかけるハリーに対し、ハーマイオニーはいたずらっぽくアーニャにウィンクした。
ドネットまで加わって完全にそこだけ英国魔法界の会話を繰り広げる担任教師に対し、魔法史の勉強はほぼゼロな即席魔法認知パーティーの『ネギま部』もとい『白き翼』はやきもきしていた。なにしろハリー・ポッターを知らないのである。
「『世界図絵』があれば調べられるのに……」
「せっちゃんは知っとるん?」
「え、えぇ、まあ。ハリー・ポッターといえば……待って、エヴァンジェリンさんも何回か言ってませんでした? あれ?」
そんな頭の上に疑問符を浮かべる少女たちを見て、ロンは口笛を吹いた。
「
「あら、前にもいたのそんな人?」
ハーマイオニーの間の手にロンはにやっとした。
「教えてやろうか。ヒント1、そいつはくしゃくしゃ黒髪の古くさ眼鏡のやせっぽち。ヒント2、そいつは僕と同じコンパートメントに乗っていた。ヒント3、そいつの名前は」
「そういうのよせったら、ロン! それより、ネギ」
ハリーが急いで言った。
「ねぇ、君はマグルの学校で教えてるんじゃなかったっけ? あの子たちが教え子なら、それじゃ君、魔法をマグルにバラしちゃったのかい?」
「あ」
ネギは青ざめたが、ロンが気付かなかいふりをしてハリーのあとを引き継いだ。
「それならあの子達がハリーを知らなかったのは納得いくけどさ。僕、日本や『魔法世界式』の魔法界には詳しくないんだけど、国際機密保持法みたいなのはないのか?」
「いいえ、確か『魔法世界式』ではオコジョに変身させられる刑に処されるはずよ」
「あう……」
ネギの反応を見て、ハリーたちは顔を見合わせた。アーニャは頭を抱えている。
一方、有名人を知っている程度の桜咲刹那、事前調査で多少知っていた朝倉和美と長谷川千雨、初めからデータベースに情報が入っていた絡繰茶々丸によりハリーのことが説明され、中学生は盛り上がっていた。
「ではやはりあのお兄さんら、強いアル!?」
「強いぞ、きっと。とんでもなく」
「おぉ、最初っから英雄か! こりゃ幸先ええな! 来たかいがあったっちゅうもんや!」
「英雄かぁ……かっこいいなぁ……」
「ヒーロー……」
だが、その中で一人、気乗りしない様子の長谷川千雨は、ハリーらの情報を知り、こう指摘した。
「ていうか、じゃあ、この状況はまずいんじゃないのか? 役人だろ、あの人たち。先生、オコジョにされるんじゃ……」
『あ゛』
女子中学生たちが振り向くと、ハーマイオニーの豊かな髪が鬼の怒髪となって天を突いていた。
「学園長の裁量でなんて、赦すべからざる怠慢よ! きちんとご報告申し上げて、処分を待つべきだわ!」
「う、や、やっぱりそうなんでしょうか……?」
「そうですとも! このことは省に戻ったらしっかりとご報告させていただきますからね!」
あまりの剣幕に言い訳も言えないネギ。しかし、ハーマイオニーが初めて、かつ立場をもって『魔法世界』に行くことで気が立っていることを知るロンは、止めに入った。
「まあそうぷりぷりするなよ、ハーマイオニー。規則破りは僕らも散々やったじゃないか」
「それとこれとは話が別よ! 私たちは学生だったけど、彼は魔法学校も出てるし、杖もあるわ! 一人前の魔法使いとして沙汰を受けるべきです!」
「あぁ、ホグワーツ未就学程度の年齢の男の子でもあるけどね。特例でハリーの従兄弟や君のご両親みたいな措置になるだけだと思うけどなぁ」
「まあ、ロン! あなたももう省の役人なのよ! いつまでもそういうこと言ってたら! 私はね、いつもあなたのそういうところが!!」
「君ひょっとしてネギのくしゃみのこと、根に持ってるのかい?」
「もちろんですとも!!」
余りの剣幕にロンは黙りこんだ。
「あの人怖いよー!」
「にゃ~、もうなにがなんだか」
「なんなんこれ?」
そんな女子中学生たちをよそに、事態は動き出す。
「はいはい、お時間ですよ、皆さん! 落ち着いて、ゲートの中に集合してください!!」
ワクワクと目を輝かせるもの。恐々とあたりを見渡すもの。リラックスしたもの。ムカムカしてるもの。
全て平等に包み込む光があたりに立ち込め、
一同は、『魔法世界』にたどり着いた。
魔法と、神秘と、陰謀と、マグルの世界と変わらない面倒な人間たちが溢れる世界。
ここからが、幕上げ。
ハリー・ポッターの更なる伝説。
ネギ・スプリングフィールドの新たな伝説。
後世に語り継がれる英雄譚の一編が、始まる。
世界観対照年表
1970年頃
『
同年頃、『
1981年
『魔法世界』の二大国『ヘラス帝国』と『メセンブリーナ連合』が開戦(世に言う『大分裂戦争』)。
同年10月31日の『現実世界』ではイギリス西部・『ゴドリックの谷』をヴォルデモート卿が襲撃。ジェームズ・ポッター、リリー・ポッターらを殺害するも、ポッター夫妻の1歳の一人息子の殺害に失敗、どころか自ら放った『
1982年
『魔法世界』大分裂戦争中期、連合側の『グレート=ブリッジ奪還作戦』にて、魔法使いの団体『悠久の風』に所属する一団『
1983年9月
『魔法世界』にて、戦争を裏で操る秘密結社『完全なる世界』と、『魔法世界』各国協力軍の決戦。各国をまとめあげた中心集団『紅き翼』のナギは『完全なる世界』の首魁『
1993年5月
『現実世界』イギリスの片隅で、ナギの息子『ネギ・スプリングフィールド』がひっそりと誕生。同年、トルコのイスタンブールにてナギは死亡したと囁かれる。
同じ頃、『ホグワーツ魔法魔術学校』では『秘密の部屋』事件が解決。12歳のハリーが自身三度目となるヴォルデモート卿との対決の末、これと巨大蛇バジリスクを下し、その伝説にまた花を添えている。
1996年冬
ハリーはヴォルデモート卿を倒すよう定められた『"選ばれし者"』とも呼ばれ始め、ダンブルドアとともにヴォルデモート卿のルーツを辿る個人授業を受けている。
この年、1995年初夏の時点で復活していたヴォルデモート卿が種々の暗躍の最中、ナギと交戦し殺害したという噂が流れる。
1997年
上冬期の『現実世界』イギリス、ネギの住む村が数多の悪魔に襲撃される。現れたナギにより悪魔は全滅したものの、ネギ以外の当時村にいた人間は全員石化させられた。この『石化』は『マンドレイク』の魔法薬でも解呪不可能。ネギは父ナギに杖を与えられた。
春、ホグワーツにて、セブルス・スネイプによりアルバス・ダンブルドアが殺害される。これによりヴォルデモートは活動を本格化。夏には魔法大臣ルーファス・スクリムジョールを殺害し、英国魔法界を影から掌握。
9月、ネギは村の皆の解呪を短期目標とし魔法使いの道を歩むため『メルディアナ魔法学校』に入学するが、この頃には英国魔法界はヴォルデモート卿によりほぼ完全に支配され、純血以外の魔法使いを管理・排斥する体制となり、英国魔法界の修学年齢(11~17歳)の魔法使いのホグワーツ入学を義務付けられていた。
ハリーはこの年、ホグワーツを退学し、ヴォルデモートの
※英国魔法界において、『現実世界式魔法』を教える名門校ホグワーツと『魔法世界式魔法』を教えるメルディアナは、魔法子弟の獲得においてシェアを競う関係にあった。ヴォルデモートの隆盛期、両校の教授陣は連携をとり、魔法界から排斥される半純血、非魔法族生まれの魔法子弟の多くを秘密裏に『魔法世界』に留学させる措置をとり、守った。
※ヴォルデモート卿はホグワーツ魔法魔術学校を掌握した後、メルディアナ魔法学校にも『死喰い人』を数人配している。ヴォルデモート卿は自身の学んだ『現実世界式魔法』とは系統の異なる『魔法世界式魔法』の価値を認めず、最終的にはそのカリキュラムを消し去った上でホグワーツ未修学年齢の魔法子弟にメルディアナへの入学を義務付け、より密に純血教育を施そうと考えていた。この一年間はメルディアナにおいても暗黒の一年間となった。
※ヴォルデモート卿はこの年、トルコ・イスタンブールを訪れている。英雄ナギ・スプリングフィールドの杖こそが"宿命の杖""死の杖"と呼ばれる『
1998年5月
ホグワーツにて、ハリー・ポッター率いる反発勢力とヴォルデモート卿率いる『死喰い人』及び闇の領域の生き物らの決戦が勃発し、ハリーによりヴォルデモート卿は完全に倒れた。魔法界は喜びに湧き、ハリーを英雄と称えた。
ちなみにこの年、ネギは『オコジョ妖精』のアルベール・カモミールと出会っている。
※1980年代には、莫大な勢力を誇りながらもダンブルドアにより多くの企てを阻止され思うように活動を広げられなかったヴォルデモート卿だが、ダンブルドア亡き後には世界中の魔法界や『魔法世界』にまで純血魔法使い主義を拡げ、自らも大暴れを繰り広げている。その存在が悪人や粗暴もの、闇の領域の生き物らを煽動し、世界中の魔法界の治安が一気に悪化。また、『ニワトコの杖』を求めて魔法世界にも出没しては腹癒せに殺戮を繰り広げて被害をもたらしたため、ヴォルデモート打倒後、『魔法世界』は『
2002年
ネギは7年課程のメルディアナを5年で首席卒業。最終課題により日本の麻帆良学園に教師として赴任。
ハリーはこの時点で『
そして2003年。
ナギ・スプリングフィールドらが『魔法世界』を救ってから20年。
ハリー・ポッターらが『現実世界』を救ってから5年。
両世界の記念すべき周年を兼ねたこの年――