風鳴翼、ガンプラを作る   作:いぶりがっこ

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第四話「SAKIMORI、部屋の片付けをする」

 

「くっ!? どこだ、どこに消えたッ

 私のタミヤモデラーズニッパー!」

 

 風鳴翼が叫ぶ!

 帰宅から三時間、不撓不屈の現代の防人も、いい加減ヤキが廻ろうかと言う時刻であった。

 

「やめて下さい翼さん!

 部屋の片づけが先……、って、何でもうこんなに散らかっているんですか!?」

 

「ハッ い、いつの間に!?」

 

 エルフナインが泣き叫ぶ。

 彼女だっていい加減、せっかく買ってきたザク改の組み立てに挑みたかったのだ。

 

 正午の帰宅後、取り敢えず、全てを見なかった事にして飲茶に出かけてから一時間。

 現実に立ち返り、全てのゴミを隣の部屋に押し込む事から始めて一時間。

 ようやく広々となった部屋の中で、虎の子のフェニーチェまで隣室に放り込んでしまった事に気が付いてから更に一時間。

 物語は振り出しに返った。

 と言うかいい加減、ランナーの切り離しぐらいには取りかかっていて欲しかったものだ。

 

「翼さん、使う物だけ、使う物だけ広げるんです。

 夢中になり過ぎてはいけません。

 特に工具をそんな無造作に広げては……」

 

「工具だと……、痛!

 バ、バカな、なぜこんな所にデザインナイフが!?」

 

「わわわっ! バ、バンドエイド、救急箱はどこに?」

 

「くっ、不覚……!

 人々を守る防人たらん私が、よもやプラモ作りごときで手傷を負おうとはッ」

 

「本多忠勝みたいなショックを受けてないで、まずはキャップです。

 デザインナイフの出番はまだ先です」

 

「キャップ……、キャップ? キャップ、だと……!」

 

「あ、ああああぁ~~~っ」

 

 エルフナインが、泣いた。

 

 幻が滅ぶと書いて、幻滅。

 そこには剣だの防人だのと言った一切の虚飾を哲学兵装された、生の風鳴翼の姿があった。

 

 

 日が沈む。

 今日も虚しく一日が過ぎ去っていく。

 我、日暮れて道遠しとは、果たして誰の言葉であった事が。

 

「――私は少し、浮かれ過ぎていたのかもしれないな。

 ガンダムと言う作品に触れ、ガンプラと言う世界に触れ。

 そして私にも出来るかもしれない、などと、おこがましくも夢を抱いてしまったのだ」

 

「おこがましいだなんて、そんな。

 しっかりして下さい、たかだかガンプラ作りじゃないですか」

 

「ああ、その通り、たかだかガンプラ作り、だ。

 けれど見ろ、エルフナイン。

 この部屋の有様、これが今の私の現実、そのものなのだ」

 

「つ、翼さん……」

 

「お父様にも、緒川さんにも、あなたにも……。

 そして私に期待を寄せてくれるファンの皆さんにも、本当に申し訳なく思っている。

 けれど、所詮、剣は剣。

 剣に翼が生えてどこまでも飛んで行けるなど、ただの妄想に過ぎなかったのよ」

 

「…………」

 

 そう言って肩を落とす防人の背中に、エルフナインが悲しい瞳を向ける。

 部屋の片づけが出来ない。

 そんな下らない一事が、こうまでも無残に、年頃の乙女の尊厳を毟り取るものなのか?

 

 お人好しのホムンクルスには、自ら剣を名乗る少女の狡さには気付かない。

 けれど一種の同好の士として、かけるべき言葉を無くしてしまった訳でもない。

 

「……翼さんが只の剣なのか、そうでないのか。

 付き合いの浅いボクにはわかりません」

 

 平然と、敢えて淡々と、エルフナインが言葉を紡ぐ。

 

「けれど、剣にガンプラを作る事が出来ないなんて、そんな事はありません。

 そんなのは、防人を名乗る人の言葉ではありません」

 

「……エルフナイン?」

 

「なぜなら、翼さんが剣であるのと同様に、翼さんの前にあるガンプラもまた、剣ですから」

 

「剣?」

 

「待っててください」

 

 そう力強く言い放って、エルフナインが踵を返す。

 隣室の扉を開け、ゴミの山と格闘する事、五分。

 やがて少女は、目当てのノートPCを小脇に抱えて戻って来た。

 

「見て下さい」

 

 少女の小さな白い指先が、手慣れた速さでキーボードを叩く。

 やがてモニター上のウィンドウに、叩き付けるような吹雪の世界が展開される。

 

「第七回・ガンプラバトル選手権、準々決勝の時の映像です。

 対戦カードは、フィンランド代表、アイラ・ユルキアイネン選手のキュベレイパピヨンと――」

 

「――ガンダムフェニーチェ!

 リカルド・フェリニーニ選手か」

 

 風鳴翼の眼光に、たちまち鋭い力が戻る。

 いくさが始るのだ。

 目の前の組み立て前のフェニーチェの、本当の主の大いくさが。

 

 先手を取ったのはアイラ。

 粉雪に混じり、煌めく光の粒が背面より拡散する。

 大会中、魔術・神秘と謳われ、数多の強豪を一方的に葬り去った、クリア・ファンネルの光。

 戦法としては包囲殲滅。

 本体はつかず離れずを繰り返しながら、目視困難な兵器を遠巻きに仕掛け死角より攻める。

 蛇のように迫り、蜘蛛のように絡め獲る、絶対的捕食者の戦術。

 

 対しフェリーニの選択は、ウィングの機動力を活かした一撃離脱。

 サポートメカ『メテオホッパー』の加速に物を言わせ、包囲の網から逃れる。

 舞い上がるパウダースノーの壁を突き破り、見えざるファンネルの刺客が迫る。

 ……見えざるはずの透明の刺客が、その瞬間だけ露となる。

 

 すかさずフェニーチェが動いた。

 振り向きざま、高出力のバスターライフル。

 A.C.を震撼せしめた破壊の光が、ファンネルの群れを呑み込み、蒸発させる。

 

 機動力を利して風上を取り、圧倒的火力の先制攻撃で叩き伏せる。

 ウィングガンダムの設計思想をそのまま教本にしたかのような鮮やかな手管。

 

「美しいな。

 ショーケースの前ではバランスの悪い機体などと言ったが、それが嵌るとこうなるのか」

 

 翼が感嘆の吐息をこぼす。

 後続の通常のファンネルに対し、フェニーチェが果敢にも吶喊する。

 見えていれば恐れるべきものはない。

 そう言わんばかりに光線の雨の中を舞い、一騎ずつ丹念に削ぎ落とす。

 大勢は決した。

 経験と技量に裏打ちされたベテランの果敢な一撃が、パピヨンの本丸を抉る。

 

「翼さん」

 

 傍らのエルフナインが、ふるり、と細い肩を震わした。

 

「この試合の本番は、ここからです」

 

「……ッ!?」

 

 ぞわり。

 空気が変わった。

 

 終始精彩を欠き、とうとう地に堕ちた筈のパピヨンの背から、ぞくりと戦慄が溢れた。

 知っている。

 この恐怖は、朋友がイグナイト・モジュールを抜いた時と同じ感覚――

 

「待――」

 

 叫びすら間に合わなかった。

 瞬間、フェニーチェのライフルが手首ごと宙に跳んでいた。

 パピヨンはもう眼前にはいない。

 驚き振り向いたその背後から、さらに斬撃が片翼を削ぎ飛ばす。

 

 そこから先は単なる公開処刑であった。

 

 リカルド・フェリーニの技量と反射神経をもってしても、パピヨンの猛攻を捌く事が叶わない。

 どころか、自ら進んで斬撃の軌道に飛び込んでしまっている。

 周囲にそう見せるだけのパピヨンの行動予測。

 

 否、これはもはや、はっきりと未来が見えている超人の世界である。

 

 サーベルを、ライフルを、得物の全てを失いながら、それでもフェニーチェが拳を振るう。

 その眼前に差し出されたスピアが、ガンダニウムの胸甲を突き抜ける。

 胸元を串刺しにされながら、痙攣するガンダムが、尚、迫る。

 

「自爆装置……?」

 

 知らず、翼の口からその名がこぼれる。

 この絶望的状況、原作に触れた記憶のあるものならば、必ずその後の展開を想起する事だろう。

 ましてはリカルドは幼少期より、ガンダムウィングと言う相棒にこだわり続けた男。

 

 けれど、結局、最後の装置は起動しなかった。

 

 フェリーニからの降参のサインと共に、赤青のツインアイから輝きが消え失せる。

 リカルド・フェリーニの試合放棄による、決着。

 ふうっ、と一つため息を吐く。

 それでいい、遊びの世界に明日なき戦いなどは――

 

 

 ガンッ!

 

 

「……え?」

 

 疑念がこぼれた。

 勝ち名乗りを受けてなお、パピヨンが止まらない。

 満身創痍となったフェニーチェの胴体を蹴り飛ばし、重厚なスピアを引き抜く。

 引き抜いて、そして容赦なく打ち下ろす。

 二回。

 三回。

 四回。

 フェニーチの背がのけぞり、火花が飛び散り、抉れた胸からプラスチックの破片が宙に舞う。

 

「おのれッ! 貴様ッ何をするか!?」

 

「落ち着いてください翼さん、過去の大会の映像です」

 

「そんな事は分かっている! 分かっているが、これでは……」

 

「……詳しい説明は省きますが、

 当時のアイラ選手はエンボディと呼ばれる危険なシステムの使用を強制されていました。

 この暴走の最中も、彼女はシステムの弊害により、心身喪失状態にあったと言われています」

 

「何と言う惨い事を……。

 これが大人のやる事か? 遊びの世界でやる事か?」

 

 肺腑から憤りを絞り出すように、現代の防人がこぼす。

 エルフナインは悲しげな瞳で、ただ、淡々とそれに答える。

 

「翼さんの言う通り、ガンプラバトルは遊びです。

 そして遊びは、適切なルールとモラルによって守られていなければ成立しません。

 この試合の映像は、競技ルールを恣意的に運用された結果起きてしまった事故なんです」

 

「事故……」

 

「逆に言うならば、いくつかの盲点と悪意が重なった時、

 こう言った『事故』は起こりうると言う事です。

 近年の公式戦のレギュレーションは、主催者によって厳正に管理運営されていますし、

 翼さんの参加するイベントも、機体破損の無いダメージ設定で行われると聞いています。

 ……けれど、それでもこの悲惨な光景は、遊びの世界と決して無縁ではないんです」

 

「…………」

 

「ガンダムフェニーチェは、この戦いで死にました」

 

「死んだ……?」

 

 ぞく、と翼の背が震える。

 真っ赤に燃えていた乙女の心金が、急速に冷えて固まっていく。

 

「馬鹿な?

 フェリーニ氏が一つの機体を現役で使い続けているファイターだと教えてくれたのは」

 

「あのフェニーチェの姿を見て、本当にそう思いますか?」

 

 エルフナインの示す事実に絶句する。

 打ち砕かれたフェニーチェの残骸、それが全ての真実である。

 既に元通りに直せる機体でない事は、素人目に見ても明白であった。

 

「この戦いの後、確かにフェニーチェは『リナーシタ』と言う名前で蘇りました。

 残骸から使える部品を拾い集め、予備パーツや新規のパーツを加え全面改修すると言う荒業で。

 一つの機体に注がれたフェリーニ氏の技術と情熱には、敬服するしかありません」

 

「けれど、全面改修したと言う事は、それだけ多くのものが失われて。

 たとえ後継機がどれ程の逸品であったとしても、長年かけて培われてきたフェニーチェのフィーリングは、二度と元には戻らない、のか」

 

 風鳴翼の断定に、こくり、と静かにエルフナインが頷く。

 一切の波立ちを感じさせぬ澄んだ瞳。

 けれど翼には分かってしまう。

 

(泣いている……、エルフナインが泣いている)

 

 ぐっ、と奥歯を噛み締める。

 ガンプラを愛する者にとって、この映像は二度と見たくない光景の筈だ。

 夢の世界である筈のガンプラバトルで示された現実も。

 往年の名器、ウィングガンダムフェニーチェの最期も。

 

 その封印を今、敢えて紐解いた。

 何故か?

 口中にたちまち苦いものがこみ上げる。

 

 また、守れなかった。

 防人が身を賭して守るべき少女の笑顔を。

 

「ガンプラビルダーにとって、ガンプラはかけがえの無い相棒であると同時に表道具です。

 翼さんが戦場で命を預ける、剣やバイクと同じです」

 

「…………」

 

「自分の持てる全てを出し切り、そして武運拙く敗れ、悔いなく死す。

 剣ならそれでも良いでしょう。

 けれど戦いに臨んで、太刀の目釘が緩んでいたり、バイクが整備不良を起こしたり……。

 そんな下らない理由で手折られてしまったならば、剣は、剣は――」

 

「皆まで言うなッ エルフナイン!」

 

 風鳴翼が叫ぶ。

 叫び、そして瞑目する。

 エルフナインも無言で続きを待つ。

 

 間。

 

 ゆっくりと翼が瞳を開け、ふっ、と微笑をこぼす。

 

「ようやく目が覚めたよ、エルフナイン。

 私は未だ、己が剣であるようなつもりでいたのだが、

 どうやらそれも、すっかり鈍らになっていたらしい」

 

「翼さん……!」

 

「どうすれば良い、エルフナイン?

 私のフェニーチェは、どうすればこうならずに済む?」

 

「簡単ですよ、翼さん」

 

 ようやく輝きを取り戻し始めた防人の瞳に、少女もいつもの微笑みを贈る。

 

「まずは丁寧に、一つずつ、説明書どおり普通に組んであげれば良いんです。

 プラフスキー粒子は、ガンプラの出来栄えをよく見ますから。

 たとえ素組みの機体であっても、心を籠めて作るだけで、ガンプラは死から遠ざかります」

 

「普通に、か?

 私には中々に難題なのだが」

 

「刀の手入れや、バイクの整備よりは簡単ですよ。

 翼さんが剣ならば、絶対に出来ます!」

 

 そうエルフナインが断言し、そしてどちらからともなく笑いあった。

 16:30

 盛夏の落日には、まだ幾ばくかの抵抗の余地を残していた。

 

 

 西の空に日が沈む。

 

 日中の熱波が残る薄闇のアスファルトを、少女が二人連れ添って歩く。

 

「やぁれやれ~、やっと課題も終わったぁ~。

 私はもう全身がヘロヘロだよお」

 

「ったく、誰が手伝ってやったと思ってんだ?

 そう言うのは休みの初めから予定決めてやっとくもんだ!」

 

 だらだらと両足を引きずる立花響の姿に、先行する雪音クリスがため息を吐く。

 だが、気持ちは分からないでもない。

 風鳴翼の部屋に行く。

 課題明けでボロボロになった少女たちの肉体には、これから風鳴弦十郎のロードワークに付き合うにも等しい過酷なイベントであった。

 

「とにかく、急がなきゃなんねえ。

 先輩の部屋はエルフナイン一人じゃ荷が勝ちすぎる。

 今頃はあの子も一人、途方に暮れて泣いてるかもしれねえ」

 

「とほほ、ああ、せめてこんな時に未来がいてくれれば」

 

「法事で帰省してる奴にまで頼るんじゃねえよ。

 むしろ、アイツが帰って来るまでに、私たちの手で風鳴翼を真人間にしてやるんだ」

 

「うっわー、一大プロジェクトだあ。

 よし! だったら一つ、緒川さんをビックリさせちゃおっか」

 

 ぐっと背筋を一伸びさせ、両手で頬を叩いて気合を入れる。

 空元気である。

 気休めでも前向きな言葉を重ねなければ、生き残れるだけの覚悟を残せない。

 風鳴翼の部屋に行くとは、つまりそう言う事なのだ。

 

 

 

 だが、辿り着いたマンションの玄関で、それでも二人は言葉を失う事となった。

 入口から覗いた、あまりにも異質な室内の光景に。

 

「……ふぇ? え、え……?」

 

「嘘だろ……、なんだこりゃ……」

 

 瞬き一つするのも忘れ、呆然と二人が室内を見渡す。

 何というか、ガランとしていた。

 いや、物や家具が無い訳ではない。

 

 強いていうならば、普通の部屋だ。

 世間一般の女子が気心の知れた友人を招ける程度に片付いた部屋だ。

 だが、それこそが妙だ。

 

「掃除が、行き届いていやがる、だと……」

 

 雪音クリスの思考が、目に映る光景を拒絶する。

 普通に片付いた部屋、そんな概念は剣には存在しない。

 防人の辞書にあるのは常在戦場の一語のみ。

 女子力などと言う言葉はどう検索しても引っかからない筈である。

 翼が心根を入れ替えた、などと言う可能性を信じるくらいなら、クリスはまず自分たちが何らかの精神攻撃を受けている可能性を疑う。

 

 部屋の中央、開け放たれたドアの向こうに、件の乙女の姿はあった。

 ピンと背筋を伸ばして正座して、テーブルの上の細やかなパーツと向き合っている。

 プラスチックのパーツを手に取り、慎重にデザインナイフを重ね、ゲートを薄く切り飛ばす。

 断面に紙やすりを当て、まじまじと目に穴があくまでに仕上がりを確認する。

 

「ガンプラを、作っていやがる、だと……!」

 

 じわり。

 クリスちゃんの相貌に涙が滲む。

 幻覚だ。

 やはり、これは罠だ。

 すわシンフォギア第四期は、まさに今、この亜空間から始まろうとしているのだ。

 

「――ん?

 ああ、なんだ、二人とも来ていたのか」

 

 納得いったようにパーツをテーブルに置いて、そこでようやく風鳴翼は、玄関に影が差している事に気が付いた。

 

「まったく、インターフォンくらいは鳴らしてくれればいいのに」

 

「ああ、ええっと、その……」

 

 完全に石化してしまったクリスちゃんに代わり、立花響が酸欠の金魚のように次の言葉を探す。

 

「すッスイマセン! 部屋を間違えましたッ!?」

 

「……ここが風鳴翼の部屋でないと言うのならば、私は一体何者なのだ?」

 

 じわり。

 風鳴宅の玄関に剣呑な空気が溢れだす。

 やがて、入口の不穏な空気に気が付き、エプロン姿のエルフナインが奥から現れた。

 

「あ! 二人とも、丁度良い所に。

 お夕飯、もう少しで準備できますよ~」

 

「エルフナインてめえッ!!

 先輩に……、風鳴先輩に何をしやがったァッッ」

 

「わあぁッ!? な、何をするんですかぁ!!」

 

「やめてェ! クリスちゃんッ!? 

 私もそれ思ったけど、絶対に間違ってるよ!!」

 

 心乱したクリスちゃんがエルフナインの両肩をガクガクと揺さぶり、慌てた響が後ろから羽交い絞めにする。

 意味不明の光景を前に、翼が一つため息を吐く。

 

「落ち着け雪音。

 私だって、その、たまには部屋の片付けの一つくらいはするわ」

 

「先輩……、う、嘘だろ?」

 

「そ、それは確かに普段は散らかしている事の方が多いけれど……。

 その、戦場で己の身を預ける剣の置き場くらいは、確保しないと」

 

 そう言ってそっぽを向いてしまった風鳴先輩の赤ら顔を前に、ようやく落ち着いた二人がアイコンタクトを飛ばす。

 

(クリスちゃん……!)

 

(ああ、分かっている。

 今度、先輩の部屋に遊びに来る時には――)

 

 

((――ガンプラ、いっぱい買って来よう!))

 

 

 

 ――20:30

 

 食事と小休止を挟んで更に一時間。

 風鳴翼の長かった一日も、ようやく終わりの時を迎えようとしていた。

 

「……出来た、のか?」

 

 テーブルの上に出現した『ガンダム』を前に、翼がポツリと疑念を呈す。

 だが、その心中にどれ程の不安が残っていたとしても、もはやテーブルの上に、組むべきパーツは残されていない。

 

「はい、これでようやく完成ですね。

 翼さん、お疲れ様でした」

 

 翼の不安を拭うように、エルフナインが穏やかに宣言する。

 

「うっわ~、リカルド選手のフェニーチェだあ!

 やっぱプロ選手のガンプラはカッコ良いなあ!」

 

 横合いから覗き込んだ立花響が、子供のように興奮の声を上げる。

 

「へへ、ウィングガンダムと言えばバスターライフルだけれど。

 この機体は素手でもサマになるのが良いよね」

 

「へっ、殴りっこが強い機体なら何でもいいんだろ、お前は?」

 

 傍らのクリスが呆れたように言い、しかしまんざらでも無さげに笑う。

 

「これが、私の初めて作ったガンプラ、か」

 

 そっと、テーブルの上の機体を手に取る。

 イタリア国旗をイメージしたトリコローレに、翼を見つめる赤と青のオッドアイ。

 左の片翼をそっと広げ、くいっ、と腕を動かしてみる。

 

 ウィングガンダムフェニーチェ。

 昼に死して燃え尽きた往年の名機が、今、翼の手の内にあった。

 

(分かっている、レプリカは、あくまでもレプリカだ)

 

 そう自分に言い聞かせ、しかしそれでも指先は止まらない。

 ガンダムフェニーチェは不死鳥である。

 何度死して燃え尽きても灰の中から蘇る、不死鳥のフランメである。

 

「翼さん、楽しそうですね」

 

「なっ! 立花、あまりからかわないでほしい。

 折角作ったのだから、私だって童心に帰りたくもなる」

 

「ふふ、けど、そうやって動かしてみるのも大切な事なんですよ。

 ポリキャップのはまり具合を見るのももちろんですけど、関節の可動域を知っておく事も、バトルにおいては重要ですから」

 

「なるほど、そうか」

 

 エルフナインの言質を得て機体を置きなおし、色々とポージングを変えてみる。

 しばし、無言。

 後輩二人は互いに顔を見合わせ、熱心な先輩の姿を見つめていたが、その内に、響が無邪気に笑いを見せた。

 

「へへへ、翼さん。

 そんなにガンプラが気に入ったんだったら、次のステージに行っちゃいませんか?」

 

「立花、ステージとは何の話だ?」

 

「ズバリ! 改造ですよ、改造。

 みんなで作っちゃいましょうよ、翼さんだけのガンプラ。

 名付けて『翼ウィング』をッ!」

 

「思い切り被ってんじゃねーか!」

 

 すかさずクリスちゃんがツッコみ、しかし、少しだけ真剣な瞳を翼へと向ける。

 

「けど先輩、名前の事はとにかくとしても。

 そう言うのって、ファンもきっと喜ぶんじゃないかな?

 今のまんまのフェニーチェじゃ、あくまでリカルド・フェリーニからの借り物。

 風鳴翼の剣では無いだろ?」

 

「雪音……。

 けど、そう言うのって、私にはまだ早いんじゃないかしら?」

 

 困ったように、翼がエルフナインに瞳を向ける。

 エルフナインは人差し指を頬に当て、考え事をするように口を開いた。

 

「そうですねぇ。

 一からパーツを成型するとなると初心者には大変ですけれど。

 けど、機体のカラーを変えたり、他のガンプラの装備を持たせたりするだけでもイメージはだいぶ変わりますよ。

 特に今回はマリアさんとの競演ですから、翼さんのパーソナルカラーである青を強調してみるのも面白いかもしれませんね」

 

「武器の持ち替えに、塗装、か……」

 

「まあ、とにかくまずは一度、実際に動かしてみるのが第一ですね。

 自分の機体に本当に必要なものは、自分の手で動かしてみなければ分かりませんから」

 

「ガンプラバトル、ええ、その通りね」

 

 ちらり、と翼の脳裏に日中の光景が蘇る。

 悪魔の名を冠したガンダム。

 鉄塊の重さ。

 画面越しに戦慄すらも覚えたキュベレイ。

 

(フェニーチェ、どうか私を導いてほしい)

 

 そっ、と翼がガンプラを撫ぜる。

 

 ガンプラ・フェスの開催まで、残りは一週間。

 ガンプラビルダー、風鳴翼にとっての本当の戦いが始まろうとしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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