【改訂版】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ   作:矢柄

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「すまないねぇ、お嬢さん。僕の美への渇望が抑えきれなかったんだよ」

 

「愛と美の求道者ですか?」

 

 

私は帝国からの《観光客》らににこやかに笑顔を向ける。

 

スチャラカした金髪の自称詩人兼演奏家、そして我が弟弟子を追いかけてやって来た少女ら4名。

 

個人的には後者の方に興味があるのだけれど。ぶっちゃけ、チャラい優男よりも美少女の方が目の保養になるのである。

 

が、なぜか私は今、そのスチャラカさんとお話をしていた。

 

 

「伝道者でもあるのだよ」

 

「それに定型はなさそうですが」

 

「しかしパターンは存在するものさ」

 

「なるほど」

 

 

あれ? なんで私、このスチャラカさんと愛だの美だのの談義をしているのだろう?

 

わけがわからないよ。

 

 

「それに、美と愛は切っても切り離せないものだ。愛なくして美は存在しない」

 

「星空は誰がいようといなくとも、美しいですが」

 

「ふむ」

 

 

しかしながら、観測者なくして美が成立しないのも道理。観測結果は主観によってバイアスをかけられ、観測者の偏見によって美醜が決定される。

 

その偏見を、執着を、愛の産物というのなら、確かに愛なくして美は存在しない。

 

 

「でもまあ、その美学は嫌いではありません」

 

「君とはいい酒が飲めそうだ」

 

「わたし、未成年ですので」

 

 

それはともかく、私の目の前のこのスチャラカさんが、先ほどまでヨシュアに絡んでいた自称演奏家のオリビエ・レンハイム氏である。

 

帝国人とは思えない軽薄な態度で周囲を呆れさせる。多分、自己申告しなければ帝国人とは思われないだろう。

 

いや、まあ、人種的にも同じで、古くから行き来があるが故に、リベール人とエレボニア人の見分け方なんてそうそうないのだが。

 

それはともかく、視線の動かし方は素人のそれじゃない。

 

周囲への気の払い方からして、本人の申告通りの経歴ではないだろう。多分。

 

まあ、今回の事件とは関係ないようだし、別に私は情報部の人間ではないのだから、今は向こうに「ちょっとこの男怪しいんだけど」と連絡しておけばいいだけのことだ。

 

対して、女の子4人組の方の目的ははっきりしている。特に妹さんの方は写真で顔を見たことがあるので本人に間違いはない。

 

黒髪の少女が控え目に口を開く。

 

 

「あの、わたくし、エリゼ・シュバルツァーです。兄がお世話になったと聞いております」

 

「リィン君の妹さんですか。初めまして、エステル・ブライトです」

 

「はい。兄のこと、本当に感謝しています」

 

「私自身、大した事はしていないんですけどね。彼、今はどんな感じです?」

 

「はい、元気過ぎるほどです。最近はユン老師の勧めで旅行に行くことが多くて……、あの、

兄とはまだ会っていないのですか?」

 

 

兄の事を話しだして饒舌になり始めた彼女だったが、途中ではっとした表情となる。

 

どうやら、入国したリィン君が真っ先に私に会っていると思い込んでいたようだ。

 

まあ、単純に行き違いになっただけだろう。

 

 

「ボースにいたような話はきいています。どうやら、私の姉弟子にあたる遊撃士と立ち合ったみたいですね」

 

 

という言葉に、金髪の華やかな雰囲気の少女が目頭を押さえて「何やってるのよアイツ」と呟く。

 

うん、私もそう思います。

 

 

「路銀は魔獣退治で得たセピスを換金しているようで。流石はユン老師の弟子、サバイバル技術が行き届いてます」

 

 

どうせ、山の中に放り込まれたりしたのだろう。

 

魔獣の獣肉とか食べ飽きました。農作物と香辛料が恋しくなります。釣りスキルはカンストしました。レインボウ釣りだけで生計たてられますが何か?

 

 

「…立ち合いか。私も真似してみるか」

 

「やめなさい」「やめてください」

 

 

青い髪の騎士然とした脳筋少女がそんな女の子らしくない事を口にしたので、思わず止めたが、金髪令嬢と声がユニゾンした。

 

いいとこのお嬢さんなのに、苦労してるんですね。

 

そして、そんなユニゾンを機に目が合った金髪令嬢、アリサ・ラインフォルトが、意を決したように私に向かって口を開く。

 

 

「……あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 

「何ですか?」

 

 

私は首を傾げ、先を話すよう促す。

 

 

「エレボニア人がリベールを歩いても大丈夫なのかなって。ガイドブックだと、注意が必要な場所があるって書いてましたから、気になって」

 

 

なるほど、それは気になるところだろう。見たところ女性だけの旅、しかも10代前半、不安は大きいはずだ。

 

 

「ロレント以外は路地裏を行かなければ大丈夫です。ボースなんかは普通に帝国から仕事で来た人が街中を歩いてますしね」

 

「……やはり、ロレントの人々の反エレボニア感情は大きいのかな?」

 

 

スチャラカ氏の言葉に私が頷くと、少女たちの表情が陰る。事実であるため仕方がない。

 

ロレントは件の虐殺があったため、特に都市部では反エレボニア感情は高く、それは今も収まってはいない。

 

帝国人が歩いていれば、険悪な視線を投げかけられたり、生卵を投げつけられてもおかしくはない土地だ。

 

空気を読んでか、商いで王国に訪れる帝国人もロレントには出来るだけ近づかず、ボースあたりで代理人を立てるのが普通だ。

 

 

「ボースは違うのですか?」

 

「ボースは帝国との交易で成り立つ都市ですし、それに、このあたりは古くから最前線ですからね」

 

 

商業都市ボースはその立地上、帝国との交易が生命線となる。両国間の人間の往来が最も活発で、両国間の国際結婚だって珍しいものではない。

 

そもそも、この地域は帝国と王国の争いに巻き込まれることが多い。ぶっちゃけ、両国のゴタゴタに巻き込まれるのは今に始まったわけでもない。

 

殴り合ったり、取引したり。昨日の敵は今日の取引相手。ボースの人々の商魂は逞しい。

 

 

「直接戦火に曝されなかったルーアンやグランセル、ツァイスも、表を歩く限りさほど問題にはならないでしょう」

 

 

そもそも、ボースもそうだが、リベール王国経済は貿易で回っている。そして、カルバード共和国とエレボニア帝国は戦前も戦後も主要な取引先だ。

 

帝国憎しで排斥していては、経済が成り立たない。

 

とはいえ、ツァイスは家や財産を失って移住したロレント出身者が多いので、多少注意が必要かもしれない。

 

 

「貴女自身は……、いえ、ごめんなさい。今のは忘れて」

 

 

アリサ・ラインフォルトの口にしようとしたストレートな質問は、しかし彼女自身の理性で最後まで口にされることはなかった。

 

まあ、不躾な質問ではある。

 

私はエレボニアを憎んでいるのか? 正直なところ、憎んでいないと答えるしかない。

 

私に残ったのは虚しさだけだ。どうしてこんなことになってしまったのか、そういう茫漠な何か。

 

 

「エレボニア帝国という脅威を意識しないリベール王国民はいません。10年前とはいえ、明確な領土的野心をもって攻め入られたことを忘れることはできませんから」

 

「そう…よね」

 

 

少女は目を伏せる。

 

ラインフォルト。現・会長のイリーナ・ラインフォルトには一人娘がいると聞いているが、それが彼女のことだろう。

 

となれば、航空機を、そして敵領土の後背地を叩くという戦略爆撃を構想した私へ抱く感情は良いものではないはずだ。

 

あるいは、彼女の知人友人もまたそれによって大怪我を負ったり、亡くなっているかもしれない。

 

しかしながら、露骨な敵対心を見せてこないあたり、彼女の中での私への感情は複雑なもののようだ。

 

 

「まあ、でも、エレボニアの個々人については、別の話です。リィン君のこともありますしね」

 

 

黒髪の少年を例に出す。彼が一般的な帝国人の姿を表しているわけではないだろうが。

 

そもそも、人種的に見ても文化的に見ても、エレボニア帝国とリベール王国の間にそう大きな違いは横たわってはいない。

 

気風の違いぐらいはあるだろうけど、エレボニアの平民階級ならリベール王国民と見分けるのは結構難しいだろう。

 

ただし、封建領主的な気風を残す帝国貴族はリベール王国では浮くだろうが。

 

さて、彼の少年の名前を出したところ、令嬢の表情が一変し、目を丸くした後、ちょっと苦々しそうな表情に代わり、頭を下げてきた。

 

 

「……アイツがすっごく迷惑かけたみたいで、なんて謝ればいいか」

 

「仲がよろしいんですね」

 

「幼馴染なだけよ。ったく、アイツ、今どこで何してるのかしら!」

 

「おそらく霧降り峡谷の奥地にいると思いますよ」

 

「「「え!?」」」

 

 

一斉に、少女たちの視線が私に集中した。いや、まあ、私も(かわいい)さんからの伝聞なのですけどね。

 

たぶん、ドラゴンに会いに行ってるのではないかなーと。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、シャロン、どこに行ってたのよ!?」

 

「申し訳ございません、お嬢様。バスの乗車券を手配しようとしていたのですが、無駄足だったようですね」

 

「う…、それは……、ごめんなさい」

 

 

タイミングを見計らってお嬢様の前に姿を現したが、まさかエステル・ブライトと共に行動することになるとは予想外だった。

 

直接顔を合わせても問題は生じないだろうとは聞いていたが、例の仕事を断ってお嬢様と同伴した事情から、あまりあちらに迷惑をかけたくはなかったが、今回は不幸中の幸いだったらしい。

 

 

「貴女は?」

 

「初めまして、わたくしシャロン・クルーガーと申します。ラインフォルト家にお仕えさせていただいてる身ですわ」

 

「……私の目の前に現れるメイドはなんでこんなのばかりなのか」

 

 

何故かため息をつくエステル・ブライト。まあ、彼女の護衛兼メイドを見れば、その言葉の意図がある程度汲める。

 

 

「最近の流行りなのでは?」

 

「人的資源の無駄遣いですよね、それ」

 

「何の話してるのよ、二人とも?」

 

 

お嬢様はスレていない。かわいい。《これ》が成長すると《ああ》なる可能性があるのかと思うと、ゾクゾクしてさらにラインフォルト家に忠誠を誓いたくなる。

 

 

「ほう、たいしたべっぴんさんだな」

 

「お嬢様には敵いませんわ」

 

 

すると、横から熊のような大きな男、A級遊撃士ジン・ヴァセックが興味深げに私に話しかけてきた。

 

鼻の下を伸ばしているように見えるが、その目は冷静に私の力量を測ろうとしているのが垣間見える。

 

なるほど、先の断った仕事の後任者、その因縁の男だけのことはあるようだ。近接白兵戦では分が悪そうだ。

 

組みつかれれば、大きな痛手を食らうだろう。

 

 

「どうだい、今夜あたり、一杯?」

 

「申し訳ありません。お付き合いしたいのは山々なのですが」

 

「おっと、断られちまったか」

 

「ジンさん、なにナンパしてるんですか。メイド服は男のロマンなんですか? 征服欲でもかき立てられましたか?」

 

 

苦笑いしながらジン・ヴァセックがエステル・ブライトの冷やかしを受けている。そして、自然に互いに近づき、耳打ち。露骨。

 

そして、そこに今度は旅の演奏家が話に加わる。

 

 

「はっはっは、ジン君、恥ずかしがることはない。主人に奉仕する立場の、可憐なるメイド。男なら当然惹かれるというものさ」

 

「勘弁してくれよ旦那」

 

「はっはっはっは」「くっくっく」「ふふふ」「クスクス」

 

 

空の魔女と不動、自称演奏家、そして私たちは互いに合わせるようにして笑う。それぞれの思惑。それぞれの企み。中々に刺激的な旅行になりそうだ。

 

さて、その中でも飛び切り悪趣味な思惑に踊らされている被害者のいる方角を一瞥すると、私は「男子ってサイテー」というような表情のお嬢様の傍へと戻る。

 

 

「どちらにせよ、わたくし、今回はあくまで《観光》ですわ」

 

「シャロン?」

 

「いえ、なんでもありません。バスの乗車券の払い戻しをしてもらわなければと思いまして」

 

 

それにつけても、お嬢様は愛らしい。

 

 

 

 

 

 

「さて、ギルドに報告に戻りましょうか」

 

「はい、すっかり遅くなってしまいましたが」

 

 

一足先にボースへと戻るエステルたちを見送った後、僕とシェラさんは軍と遊撃士協会との情報交換について話をするため、軍担当者に会っていた。

 

軍担当者への挨拶ぐらいのはずだったのが、僕らがロレントで空賊と接触したことだとか、僕がカシウス・ブライトの養子だったことなどで、話が長引いてしまったのである。

 

 

「先生の息子で、あの子の義兄弟っていう名前は大きいわね。世の中コネだわ」

 

「七光りなんて言われないように精進しないといけませんが」

 

「あら、貴方の優秀さは私が身に染みて知ってるわ、ヨシュア。あれよあれよとB級まで昇りつめそうね」

 

 

さて、それはどうだろうか。

 

戦闘能力や特殊工作技術の面ならばその通りだろうが、経験や相手の心情を理解するという点においてはまだまだだろう。

 

 

「エステルに呆れられないようにがんばりますよ」

 

「そう気を張らなくてもいいんだけれど。あの子、ヨシュアのこと信頼してるわよ」

 

「だからですよ」

 

 

今回の事件、エステルは自重して僕らに解決を任せてくれた。

 

流石に、国境師団が動き、遊撃士協会の捜査も始まっている状況で、これ以上の介入は現場の面子を潰すと判断したようだが、同時に僕らを信頼してくれているからでもある。

 

 

「ところで、シェラさん。あの帝国からの旅行者、どう思います?」

 

「そうね、女の子たちの言ってたことは事実でしょうね。だけど、あの男は…胡散臭いわ」

 

 

オリビエ・レンハイム。軽薄な態度の中に、鋭い観察を隠していた、自称詩人兼演奏家。

 

獲物は導力拳銃だろう。身のこなしからして、素人ではないことが分かる。

 

 

「帝国からのスパイでしょうか?」

 

「でも、あれは悪目立ちすぎるわ」

 

 

シェラさんが、そんなスパイはあり得ないと言外に語る。確かに、スパイが目立っては何の意味もない。

 

あんな、エステル曰くスチャラカした人間が純粋なスパイや工作員というのも無理な話かもしれない。

 

となると、目立つことがそもそもの目的を果たすための手段だろうか。

 

 

「まあ、あの子の実力なら霧降り峡谷も問題ないでしょう? それに《不動》のジンまでついてるんだから、大事になることなんてそうそうないわ」

 

「ええ、まあ、それは疑ってはいませんが」

 

 

というわけで、市長誘拐事件の捜査から足抜けしたエステルは、帝国から来た少女たちとともに、リィン・シュバルツァー捜索に加わることになったのである。

 

翌朝、霧降り峡谷へと向かうとのこと。

 

ボースから出る人間を抑えるには、宿泊施設や公共交通機関、関所を抑える必要があるのだが、私事にそこまで人間を割けないため、足取りを追跡するというのが確実ということらしい。

 

そして、土地勘のない異国の少女たちが山中で遭難しないためというのが名目なのだけど、どうせあの峡谷の奥に住む竜に会いに行きたいだけだろう。

 

心配なのは、よりにもよって、あの帝国の軽薄そうな自称詩人もそれについていってしまったことだ。

 

A級遊撃士である不動のジンを護衛に連れている以上、問題が生じる可能性は限りなく低いのだが…。

 

 

「ま、ジンさんがいる以上、滅多なことはないでしょ。それに、あのエステル・ブライトよ。あの子なら散歩気分であの峡谷も踏破するでしょうに」

 

「そこは疑ってません。オリビエさんがスパイであろうとも、あの面々なら切り抜けるでしょうから。……でも、あの峡谷、空賊の船を隠すにはうってつけですよね」

 

「ま、まさか、か、かち合うことはないでしょ」

 

 

どうしよう、明日あたり、エステルから「空賊の飛行船斬っちゃった。テヘペロ☆」なんて連絡が入ったら。

 

そんなある意味において最悪の展開が起こらないよう女神に祈ろうかと思っていると、

 

 

「待ってくださいよぉ、ナイアル先輩!」

 

「早く来いドロシー! ようやく封鎖がとけたんだ、早く取材しねぇと日が暮れちまう」

 

 

バス停の方からどこかで見た事のある顔が。あれは、確か、リベール通信社の記者だったか。

 

2年前のとある事件で、怪盗Bに監禁され、入れ替わられていた人物だったはず。

 

などと思ってみていると、向こうの方もこちらに気づいた。

 

 

「銀閃っ!? まあ、流石に遊撃士協会も動くか」

 

「うわぁ、セクシーな美人さんですねぇナイアル先輩。隣の男の子もカッコイイですねぇ。あのーっ、写真撮っていいですかぁっ?」

 

「だめよ」

 

「ドロシー、お前は黙ってろ…」

 

 

桃色の髪の、導力カメラを持った丸眼鏡の若い女性の頼みごとを、すげなく断るシェラさん。

 

無精髭の痩せた男の記者が、確かナイアル・バーンズ。もう一人の導力カメラを持った女性は見たことはないが、撮影係だろうか。

 

そんな活発そうな女性、ドロシーさんを押さえつけて、ナイアルさんが作り笑顔でこちらに近づいてくる。

 

 

「いやあ、相方が失礼してすみません」

 

「元気なカメラマンね」

 

「はっは、あんなナリですが、カメラを使わせると、はっとするような写真をとるヤツなんですよ。それはともかく、取材をお願いしてもいいですかねぇ。ええ、市長誘拐事件の件なんですが」

 

 

僕はシェラさんと顔を見合わせる。記者というのは間違いなく、リベール通信社はマスコミの中でも大手だ。

 

デリケートな事件である以上、情報漏えいは推奨されないものの、こちらが把握していることは公開しても差し支えないものばかり。

 

 

「そうね、そちらの代価にもよるわね」

 

 

 

 

 

「霧降り峡谷の奥地は足場が不安定で霧も深く、かなり危険ですので、相応の準備が必要になります」

 

「ふむ、レグラムも霧が深い。その中の山登りなら、慎重に慎重を期さなくてはな」

 

「ええ、お嬢様に怪我があっては一大事です。しっかりとコーディネートしなければ」

 

 

エステル・ブライトの案内で私たちはボースマーケットを訪れていた。

 

この巨大な商業施設は事実大したもので、その規模なら帝都のプラザ・ビフロストを上回るだろう。

 

エステル・ブライトは思った以上に気さくで、エリゼだけではなくラウラとまで既に打ち解けている。

 

私も剣とかやったほうがいいのだろうか? いや、シャロンも馴染んでるみたいだし…。

 

 

「エレボニア製のもの、少なくないわね」

 

「主要取引先ですしね。だから、革製品や繊維製品なんかはボースマーケットが王国内で一番豊富です」

 

 

国境の町が紡績で有名なパルムだから、納得できる話ではある。こう見てみると、リベールとエレボニアの経済的な結びつきは個人的な印象よりも深いかもしれない。

 

 

「頭を守るような帽子は必要ですね。服もスカートはダメです。あと、登山靴とかザイルも必要ですか。エリゼは登山の経験は? ユミルは山深いと聞いてますが」

 

「よく、兄と一緒にピクニックに行っていました。アリサさんも一緒ですよ」

 

「へ~」

 

 

そして、生暖かい視線。いや、もう慣れてるのだけど。リィンとのことで冷やかされるのは今に始まったわけではない。

 

恋人とか婚約者とか、まだそういうのじゃないんだけど。

 

 

「……これ、携帯導力通信機?」

 

「トランシーバーですね。買っておきましょうか?」

 

「こんな小型の……、いえ、機能を限定してるのね」

 

 

通信可能範囲を10セルジュ~20セルジュに限定して、さらに混線や傍受への対策も最低限かオミットした、完全に割り切った設計。

 

それでも、野外での活動なら高機能な通信端末よりも便利かもしれない。

 

 

「便利ね。ZCF製か……」

 

「さほど高度な技術は使われてないんですけどね」

 

「導力通信の民生転用という点では、帝国は後れを取ってるわ。情報通信分野でエプスタインとZCFの独走状態はしばらく続きそうよ」

 

 

特に導力ネット構想への乗り遅れのツケは大きい。ウチも大学と提携していろいろやっているようだが、この分野での特許はあらかたエプスタインとZCFが独占している。

 

 

「導力情報端末かー、ウチもようやく導入したみたいだけど」

 

「クロスベルは3年前に導入を始めたみたいですね」

 

「リベール王国は5年以上前からでしょ? 年期が違うわよ。私もようやく触り始めたばかりだし」

 

 

導力技術の異様な速度の発展に、ついていけない人たちも少なくない。特に、導力情報技術については戸惑う人が相当数いる。

 

 

「そもそも、ハードもそうだけど、ソフトウェアを書ける人材が不足してるのよ」

 

 

そっち方面の第四開発部も人材確保に青息吐息といったところだろう。母がなにかと頭を痛めているので、実情はお察しのとおり。

 

 

「アリサはプログラムをやったことが?」

 

「まだないわ。覚えるつもりではあるけど」

 

「勤勉ですねぇ」

 

「そいえば、プログラム言語の開発に貴女が関わっていたって聞いてるけど」

 

「いや、私、そこまで多才じゃないですから。そっちはエプスタインがメインでしたし」

 

「あ、そうなんだ。ちょっと安心したわ。そこまで万能の天才だったらどうしようかと思ったもの……、あれ?」

 

「どうしました?」

 

 

いつの間にか普通に話していたことに内心驚く。導力技術という共通の話題があったとはいえだ。

 

本当に彼女はエレボニア帝国の人間に思うことはないのか。

 

帝国軍は彼女の母親を、非戦闘員でしかも妊婦であった女性を殺した。有名な話だ。エレボニア帝国を悪しく言うとき、この話題は真っ先に出るほどに。

 

七耀教会のシスターに狼藉を振るい、非戦闘員の女子供を虐殺した。であるなら、帝国が受けた都市への攻撃も、それを考えれば因果応報ではないかという言葉。

 

それは敗戦という結果と共にエレボニア帝国の人々に鬱屈した感情を生み出した。

 

だけど、当の本人は何でもないように私に話しかけてくる。

 

 

「いえ、どうして私たちにそこまでしてくれるのかと思ったのよ」

 

 

私の問いにエステル・ブライトは思案顔になった後、

 

 

「そちらの方が生産的ですし、なにより楽しいでしょう?」

 

 

と答え、私に手を差し伸べた。私は一瞬だけ逡巡して、その手を取って握手した。

 

 

 

◆くっころ◆

 

 

 

薄暗い石造りの部屋。冷たく湿った空気。

 

椅子に縛り付けられ、身動きのできない私は周囲でニヤニヤわらう男たちを睨みつけるしかできない。

 

 

「このようなことをして、許されると思って!?」

 

「ヘッヘッヘ、気の強い美人さんだな。でも、嫌いじゃないぜ」

 

 

不覚にも空賊に誘拐された私は、目隠しされたままどことも知れない山城のような場所の一室に監禁されてしまった。

 

古びた石組みからみて、中世の頃に造られ、そして時代と共に放棄された砦だろう。王国と帝国を隔てる山脈にはこのような砦跡が多数存在するという。

 

 

「早く解放しなさい! すぐに王国軍か遊撃士がこの場所を見つけ出しますわ!」

 

「さて、それはどうかな?」

 

「お嬢!」

 

 

私の悪あがきともとれる言葉に答えたのは、新たに部屋に入って来た少女だった。

 

10代中頃に見える、比較的容姿の整った青い髪の少女。不敵な笑みを浮かべながら、彼女は動けない私の傍までやってきた。

 

 

「ふふ、お楽しみの時間だよ、メイベル市長」

 

「何を……」

 

「さあ、口を開けるんだ」

 

「いや、止めて、そんな……」

 

 

少女の言葉を合図に、男が私の口へと何かをいれようとする。私は必死に拒もうともがくが、抵抗虚しく、私の口の中へとソレは侵入を果たした。

 

 

「くっ、コロッケが美味しい」

 

「お嬢の料理は最高だからな!」「美人市長も形無しだな!」

 

 

衣はサクサクで、中はほっくりだった。お腹がすいていた私は抵抗できずに、無様に口を開き、それをムシャムシャした。

 

 

「さあ、もう一口だ!」

 

「くやしい…! でも、ホクホクしちゃう!」

 

 

コロッケは揚げたてだった。

 




更新遅れましたが、お久しぶりです。なんか、話が一切進んでいませんがね。
まあ、原作のラヴェンヌ村でのやりとりがショートカットされるので、あれなんですが。
あ、死線さんのセリフがなかったので、つけたしときました。

第52話でした。

FC第1章『消えた飛行客船』の代わりの話、『美人市長誘拐監禁』編。

さっそく、「くっころ」いただきました。ありがとうございます。


スチャラカさんですが、作者は好きですよ彼。ムードメイカーでありながら裏でいろいろ企てている感じが良いと思います。

スチャラカさんの胡散臭さをどこまで表現できるのかって感じですが。


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