戦闘描写、及びに原作キャラクターの動きが忠実ではないかと思われます。
また、作品の形式上複数のドーパントやオリジナルの人物、それに付随する空白を埋め立てた設定がピックアップされています。
お読みの際はご注意ください。
「た、探偵さんどうして此処に……?」
「しらばっくれんのは終わりだぜ。Beanのメモリ、持ってんだろ」
とある風都の一角。人気のない郊外にてその会話は繰り広げられていた。
片や気弱そうな小男、片や強い言葉を浴びせる帽子の青年。この光景だけを見れば小男に対して青年がゆすりを掛けているようにも思えるだろう。しかし、現実はそうではない。
この帽子の男―――探偵。
彼はたった今、全ての手がかりを独りで集めて真犯人を追い詰めていたのだ。
風都で発生していた、急激に成長した樹木による憩いの場への破壊行為。通称「樹木異常成長事件」の犯人は、今その手に一本のメモリを隠し持っている小男。帽子の探偵が推理により導き出した答えが、真実として明らかになった瞬間なのである。
「そのメモリを渡せ。あんたはメモリの毒素で暴走しているだけだ」
「ふ、ふふふふふ! コレのことを知ってるようだが、おまえ何かにボクを止められるかよお!?」
【ビーン!】
彼が持っていたメモリ――ガイアメモリという、人を怪人へ変化させ、その毒素により人の心を塗りつぶしていく悪魔のアイテム。それは起動スイッチを押され、込められた「記憶」の名前を囁いた。
ビーン、つまりは豆の記憶。この能力を使ってドーパント体で埋め込んだ種子を急成長させ、街を破壊して回っていたということだろう。これがタダの探偵ものなら既に推理パートは終了し、犯人は独白とともに贖罪をするか諦めてうなだれている。
彼の取った行動は、そのどちらでもなかった。
「よせ!」
「ふ、ふははははは!! おまえも死ね探偵! ボクをバカにした奴ら皆ぶっ壊してやる!」
ビーン・ドーパント。サヤエンドウが重なったような頭部と、ブツブツとした丸みを帯びた突起が全身に散りばめられた丸っこい体型をしている。地球の記憶をドーピングした者、怪人ドーパント。ただ能力ばかりが強いばかりではなく、その多くの身体能力は片手で人間をあっさりと殺せる程に強化される。
「死ね探偵! 死ねしねしねしねしね!!」
「おっと! 頭の悪い雄叫びや連呼は負けって相場が決まってるもんだぜ」
本来なら逃げ惑うことしか出来ないはずの探偵は、突っ込んできたビーンを軽くいなすとその突進を受け流して転倒させる。転がったビーンを見据えながら、彼が懐から赤色の機械を取り出しバックルの上に添えれば、伸びたベルトがその機械を腰に固定した。
「行くぜ、フィ―――」
と言いかけて、彼は口を閉じる。ほんの一瞬悲壮な表情を浮かべた彼は、ビーンが起き上がらないうちに懐からガイアメモリを取り出しスイッチを押した。
【ジョーカー!】
ガイアウィスパーが響く。帽子の探偵は親指と人差し指でJの字を形作る。
紫色の波紋がロストドライバーから広がり、鼓動のように何度も脈打つ。
「…俺、変身」
直後にロストドライバーのスロットが横に倒された。
鳴り響く軽快な音楽と、身体へ張り付くような黒い装甲。
仮面ライダージョーカー。この街を拭う二色のハンカチ…その片割れだ。
舌打ちとともに突っ込むビーンドーパント。しかしビーンにとって予想外の変身と、仮面ライダーというビッグネームを前にして心はビビッて震えている。ほぼやぶれかぶれに振り回した鈍重な腕は動く前に関節を押さえつけられ、思うように動かせずにキックを入れられる。
「おらおらどうした!」
「ぐ、ぐわっ!」
埒が明かないと思ったのだろう。
ビーンは特殊能力を発揮し、周囲の地面に種子を発射する。そして1秒もしないうちに成長した蔦や木々はジョーカーを覆い隠し、押さえつけた。
「くそっ!」
「あぁ!? 待ちやがれこの野郎!」
能力を使ったのはジョーカーを倒すためではなかった。既にビーンはジョーカーに勝てないと悟っており、逃走のためにその力を使ったのである。流石のジョーカーと言えど、かつてのダブルよりも出力は劣る。ぬけ出すためにもがいているが、執拗に絡みつく蔦は中々ジョーカーを逃さなかった。
完全に捕らえられたジョーカーを見やりながら、これで逃げられる。
そう思ったビーンは脱兎のごとく逃げ出した。
「おまえは最後に―――!」
殺してやる、とは言えなかった。
言葉ごと存在をかき消すように一筋の光がビーンに直撃したのである。
やがて発光は晴れ、正体が顕になる。真っ白な光は人の身の丈を超えた長さのランス。持ち手を腕ごと覆い隠すような巨大な盾を兼ねた人では扱えなさそうな一品であった。
「な、何だあ!? とにかく、メモリブレイクだ」
予想外の攻撃と、自分の知るアクセルという仮面ライダーの攻撃ではないことに驚愕するジョーカー。だが自分の役目を忘れること無く、今のうちにビーンだけでもしっかりと倒さなければとメモリをスロットから抜き出し、腰のマキシマムスロットという場所へ移し替える。
仮面ライダーの必殺技の準備は、これにて整った。
【ジョーカー! マキシマムドライブ!】
「ライダーキック…!」
スロットが叩かれることでメモリが再度発動。ジョーカーメモリのちからは最大限に引き出され、仮面ライダージョーカーはその足にエネルギーを貯めこんだ。そして駆け出し、跳躍。地に伏せ苦しんでいるビーンドーパントの身体へ彼の必殺の足が吸い込まれる。
ビーンドーパントの身体を捉えた一撃は接触の瞬間弾け、ビーンを爆発させる。体外へと排出されたメモリとともにドーパントの姿は掻き消え、元の臆病そうな小男の姿に戻った。
外に出たメモリは砕け散り、元のアルファベットも読めない程に破損していた。
「何だったんだありゃ…ん?」
地面に突き刺さっていた槍は消え失せ、元の静寂を取り戻している。
しかしジョーカーは建物の影に消える真っ白な体の一部が隠れようとしているのを見つけた。あれは、先ほどランスを投げて援護してきたヤツだろうか。しかしあの距離から性格に槍を直撃させ、なおかつドーパントを弾き飛ばすとは尋常ではない力量だろう。
ビーンの一見は片付いたが、新たなる謎が文字通り飛来した。ジョーカーの仮面の下で、その変身者である帽子の探偵―――左翔太郎は未だ見ぬ新たなドーパントの出現に緊張の汗を流すのであった。
風都、かもめビリヤードと書かれた看板が立つ玉屋の二階にて。
鳴海探偵事務所では今日も今日とて騒がしい日々が始まろうとしていた。
「冷蔵庫に何もないってどういうことよ!? 私、聞いてない!」
「しょうがねぇだろうが!? こないだのビーンドーパントの件で行きつけのスーパー潰されたの覚えてないのかよ亜樹子ぉ!」
「だぁっっったら別のスーパー探すなりして買い込んでおきなさいよぉ!」
翔太郎の肩を掴んで叫ぶのはこの探偵事務所の権利者でもある所長である鳴海亜樹子。彼女が怒っているのは朝食についてだった。冷蔵庫の中身は食パン一枚すらなくなっており、ちょうど先日にビーンの事件で行きつけのスーパーが一時閉店。供給が無いまま、そして翔太郎自身どこか上の空担っていたことと、亜樹子が次々と迷い犬探しなどの依頼をさばいていたこともあって有耶無耶に過ごしていた結果がこれだ。
「あーもう! わかった、わぁーった! ちょっと別の店行ってくりゃいいんだろ」
「分かったら行く! あとたこ焼き作れる食材も買って来なさいよね!」
わかってる、と返した翔太郎は半ば追い出されるような形で事務所の扉を出た。
階段を降りると、カラカラとかもめの形をした風見鶏がカラカラと両翼を回す音が聞こえてくる。街の中を流れる風は、少し前よりもずっと清浄で、心地の良い涼しさに満ち溢れているようにも思えた。
「良い風だよなあ……イテェッ!?」
しばし形ばかりは感傷に浸っていたのだが、事務所の方から無言のスリッパが飛来する。
「くっそ、何だってんだ亜樹子のやつ」
頭にぶち当たったスリッパをひろうと、緑色のそれには金文字で「ぼさっとしない!」と文字が書かれている。無言だが喧しいとは流石の鳴海亜樹子といったところだろう。相変わらずハードボイルドだのを気取ってカッコつけていた翔太郎は現実に引き戻され、悪態を一つ吐き出すとスリッパをガレージ側に放り投げた。後で回収しておこうと頭の片隅に情報を入れて。
翔太郎は黒と緑が半々になり、中央に銀色のラインが入った特徴的なバイク――ハードボイルダー――のエンジンを入れる。排気ガスがほぼゼロの見た目通りグリーンでクリーンなマシンはエンジン音を響かせながら彼の事務所から離れた。
マシンを走らせてから十数分。この街を愛し、よく知る翔太郎は行きつけのスーパーとは違う店舗に到着。その目立つバイクを降りて入店。ハードボイルドを気取る彼の服装はスーパーの雰囲気から大分浮いており、マイエコバッグを片手に新鮮な野菜だのを見極め放り込んで行く姿はとてもではないがお茶の間には見せられない。
「おっと、ってあああ!」
「おや」
そんな時だった。
たこ焼きの材料ということでタコ足の入ったパックを取ろうとして、誰かの手とぶつかる翔太郎。帽子のつばを直して相手の方を見るやいなや、翔太郎は声量を抑えつつも驚愕の叫びを上げた。
「宇佐美さん! あんた退院してたのか」
「左さん、その節にはどうもお世話になりました」
改めて握手を交わしたその壮年の男は、翔太郎にとってそれなりに長い付き合いになる。現在一時閉店中のスーパーの客としてよく会っていた「
元々はウィンドスケール風谷支店の店員だったが、一時期ドーパントに襲われたということもあって売上が落ち、リストラされてしまったという過去を持っていると翔太郎は記憶している。
「宇佐美さんもこっちの店に来てたんすか」
「ワタシも一番家から近いのがあそこでして。おそらく理由は翔太郎さんと同じかと」
仲良く談笑しながら買い物を続ける二人。この二人の仲がいいのは、元々通っていたスーパーが同じで何度も顔を合わせるうちに話すようになったこと。そして、俊人も翔太郎に負けない程この風都について語り明かす事のできる仲間であったことが理由である。
「それにしても、本当に残念です。スーパーにかぎらず先日の事件では多くの建物が被害を負いました。復興は早いのかもしれませんが、この美しい風都の一部が損なわれるのは残念でなりません」
「俺も同じ気持ちっすよ。もし力があれば俺が自らとっちめてやりたいもんだぜ」
「ははは、ですが相手は怪物。自分の命が一番です。それに、仮面ライダーが必ず止めてくれる。ワタシたちはそれを信じて逃げましょう」
「そ、そうっすね!」
加えてこの男、仮面ライダーに対して異常に持ち上げるのである。おかげで仮面ライダーダブル、今はジョーカーだが、自身のことを持ち上げられてくすぐったいやら、むず痒さに襲われる翔太郎。だが、こうして仮面ライダーのことを肯定してくれている人物は少なく無いとはいえ、逆に一部では暴力に暴力で返す野蛮人という意見もある。
だから、そのどちらも受け入れつつ―――やはり認められる事が嬉しい翔太郎はこうした言葉を受け取る度にこの街を戦って守り、涙を拭う事に一層の気合を入れることが出来るのだ。
翔太郎と俊人。年代も10以上違っている二人だが、共通の話題をもって楽しい時間を過ごした。そして心も買い物バッグもパンパンに膨らんだ(代わりに財布はしぼんだ)翔太郎は意気揚々とハードボイルダーにまたがり、鳴海探偵事務所への帰路を辿っていった。
彼の姿が見えなくなるまで駐車場から見送っていた俊人もまた、彼の後ろ姿の幻影を追うように顔を動かし、やがて車に乗り込み駐車場を離れていく。
風都の仮面ライダー、そのほとんど描写されることはない、それ故に何も起きないことが確定している穏やかな日常の風景だった。このまま何もなければ、特に見せるひつようのないワンシーン。
この後に何もなければ、意味は無い。して、裏を返せば――?
事務所に帰った翔太郎は、亜樹子の他に見知らぬ人物が居ることに気がついた。
こっちこっち、と手招きする亜樹子に急ぎ買い込んできた食料品を渡した翔太郎は、ソファに座って依頼人らしき人物と相対する。亜樹子は急いで冷蔵庫での整理を片付け始めている。どうやら、出来る限り早くして話をまともに聞きたいようだ。
「お待たせしました。俺はここの探偵、左翔太郎です」
「私は、菅原よしえと申します」
今時着物に身を包んだ初老の女性だった。
いつぞやのゾーン(空間)のメモリを持つ風都名物の悪女を思い出した翔太郎だったが、彼女とは髪の結い方も顔つきも全く違う別人である。すぐさま失礼な考え方を振り払った彼は改めて聞き直す態勢に入った。
「それで、依頼内容は? こうして出向いたってことは―――よほどのことですね」
いつものようにカッコつけの型に入ったように語る翔太郎に、少し不安げだった彼女よしえは微笑を取り戻した。一応彼の痛々しい素の姿であるのだが、わざとおちゃらける事でこちらの不安をほぐそうとしたのだと勘違いして、彼女は口を開く。
「ありがとう、お若い探偵さん。実は人を探して欲しいんです」
「人探し…? 警察にも知り合いがいるんで、あたってみますか?」
「いえ、警察の方には知らせないでいただきたいのです」
「やましい事情があるんじゃないでしょうね。俺らも探偵。とはいえ本当に何でも引き受けて裏の仕事をするわけには行かないんで」
「そういう訳ではございません。ただ、なるべく探し人が持っているソレが人目につかないようにしたいのです」
これを、とよしえが取り出したのは一枚の写真。
写っていたのは男性と、その手に持っている謎の彫像。
「黄金…? まさか」
「いえ、ただのメッキです」
きっぱりとした発言にガクッと肩を落とした翔太郎。
気を取り直した彼は続けるよしえの話に耳を傾けた。
「この彫像、実は私も知らなかったのですが仕掛けが施されていました」
それを知ったのは数日前のこと。
自宅で写真の男性――夫が大事にしていたそれを綺麗に磨き上げていた時のことであった。その彫像の台座になっている部分の蓋が外れかけており、中から何かが滑り落ちてきたのだ。
「それは、ちょうどこのくらいの大きさのUSBメモリにもよく似ていました」
「……ガイアメモリ」
「ご存知なのですか!?」
立ち上がり目を見張るよしえに落ち着くように諭す翔太郎。
メモリの説明そのものは後にして、今は事情を聞くことが大事だと言う。
「そ、それからこのメモリを手にしてどうしたものかと立っている時でした。主人が帰宅し、血相を変えて私を突き飛ばし、手からメモリを奪い取っていったのです」
「旦那さんの最近の様子はどうでしたか。感情がいつもより荒ぶっていたりは」
「やはり、そういうものなのですね……。依存性があるものを利用して夫が捕まるのが嫌だから、依頼をこちらへ持ち込ませていただいのです。はい、夫は最近情緒が不安定で、海が恋しいと何度も呟いておりました」
「海……そのメモリ、何かアルファベットは!?」
翔太郎は覚えがある。海、そしてガイアメモリといえば少し前に戦ったあの最悪の仮面ライダーが直接的にではないにしろ、そのガイアウィスパーを轟かせていたからである。
「
オー、オーシャン。大洋。
翔太郎の脳裏にとあるワードが浮かび上がる。
「いえ、上出来です。そしてこの依頼を持ってきたのは大正解っすよ。よしえさん」
「どういうことですか…?」
「それには私がお答えしますっ!」
いつの間にか戻ってきていた亜樹子がよしえの隣からぬっと現れて言う。
「翔太郎くんはガイアメモリ関係のお仕事のエキスパートです! 絶対に旦那さんを元の優しい人に戻してくれるから、安心してください!」
いかに依頼人で目的の人物の妻とはいえ、初老の女性を出歩かせて危険な目に合わせる訳にはいかない。ある程度ガイアメモリのことを話した翔太郎は、自分が仮面ライダーであるとは明かさず、メモリを精神をむしばむ毒素ごと安全に摘出することが出来ると言う嘘をついて調査に乗り出した。
「さて、まずは情報収集だな」
「私はいつものウォッチャマンとクイーンたちに当たってみる! 翔太郎くんは……心当たりあるみたいだね」
「まぁな。運が良ければ一発で見つかるかもな。そんときは検索たの、む……あぁぁぁああああぁ! ったく! そうじゃないだろ俺……」
翔太郎のその様子に、何も言わない亜樹子はごめんねとだけ言い残して事務所の扉を閉めた。翔太郎も帽子とかぶり直し、各種ガジェットとギジメモリが有ることを確認すると、よしえから聞いた情報で真っ先に思いついた場所へと足を向けた。
そこは風都で最も漁が盛んな港だった。
今は時間が遅いため、使われていない船が停泊するばかりで人の気配は少ない。そして、あのフィリップと本当の意味で決別しかけた際の最初の敵――ビースト・ドーパントが強襲してきたのも此処だったなと思いを馳せる。
「いっけね、今はさっさと依頼の旦那さん見つけないとな」
またたそがれることで時間を無駄にした翔太郎は、軽やかな足取りで桟橋側から隅々まで駆けまわり始めた。そうしていくうちに、桟橋ではなく護岸の方を中心に探し始めて、結局陸地の方まで戻ってきてしまう。
探している間にも1時間程が経過しており、そう広くはないはずの場所でおっかしいなと帽子の上から頭をかいていた翔太郎だったが、思い違いかもしれない、亜樹子の連絡を待とうと思った瞬間に視界の端でゆったりと動く人影を見つけた。
「ん、なんだありゃ。行ってみるか」
小さな小屋の向こう側に居たようで、その人影は徐々に顕になってきた。そして顔つきがはっきりする距離まで近づくと、依頼人よしえから借りていた写真を取り出し、その顔を見比べる。
「ビンゴだ、よしえさんの旦那さんだな」
失踪した時の服装そのままに、写真の顔と現実が一致する。
駆け寄った翔太郎は気づいた。汗のかきかたが尋常ではなく、その目はもはや目の前が見えているかどうかも怪しいほど虚ろである。ガイアメモリの毒素が精神ではなく、肉体の方に強く影響したパターンだろうか。だが、主体となってメモリを売りさばいていたミュージアムが壊滅してからそれなりに経つ。その時に購入し、今でも使い続けていたのなら毒素が体の隅々まで行き渡っていても不思議ではないだろう。
「旦那さん!」
「う、ぁぁぁあ、あう、お、おおおお……」
一刻を争う事態であると理解した翔太郎は、震えて脂汗を流し続けるよしえの夫に話しかけるが、彼は一瞬こちらに反応しただけで痙攣するように意味を伴わない言葉の羅列を紡ぐばかりであった。
毒素の回りが限界まで来ている。元凶であるメモリを砕くことで汚染は和らぎ回復していくのだろうが、ここまで回ってしまっているとどうなるか。とにかく、ドーパントに変身してしまう心配が無いのはありがたかった。彼に肩を貸した翔太郎は、じっとりとした他人の汗と高い体温で不快さを感じつつも、絶対に死なせてなるものかと一歩を踏み出した。
その瞬間だ。
「う、うあああああああああ!!」
「旦那さん? うあっ!?」
よしえの夫は、突如雄叫びを上げて暴れ始めた。その拍子にこぼれ落ちたメモリを拾い上げると、乱暴にそのスイッチを押す。もはや理性もなく本能だけでメモリとの一体化を求めている非常に危険な状態である。ここまで重篤なメモリ中毒症状は見たことがないため、目を見開いた翔太郎はそのままオーシャンメモリから放たれる衝撃波に押し出され地面を転がった。
「どうなってんだ。メモリを使わずに…不味い!」
メモリは自然と浮かび、彼の生体コネクタ――ガイアメモリを使用するためのタトゥーのようなもの――に吸い込まれていく。かつて、「T2」と呼ばれたメモリも似たような現象を起こし、近くにいた人間に自動的に刺さることでドーパントになっていた。
止められなかったかと翔太郎が歯噛みする中、ついにオーシャン・ドーパント。大洋の記憶を持つ怪物が改めてこの世に誕生してしまった。
「結局こうなるのかよ!」
【ジョーカー!】
切り札の記憶を持つ、翔太郎と最も相性のいいメモリ。仕事や人間関係のように、不思議と対応する地球の記憶と、各個人とは相性というものが存在する。相性が悪ければメモリの力は発揮できず、最悪死ぬこともある。相性が良ければ、メモリの力を最大限発揮し、最悪暴走させて死ぬこともある。
どちらにせよ危険極まりない悪魔の道具、ガイアメモリ。しかし、その毒素をフィルターを通すことで限りなく無効化することが出来るのが翔太郎の持つドライバーの役目。そして、次世代型メモリの特徴。
「変身!」
【ジョーカー!】
仮面ライダージョーカーへと変身した翔太郎は、オーシャン・ドーパントをいち早く止めるために素早いキックを仕掛けた。だが――
「何!? 通りぬけっどわあぁあ!?」
液体化したオーシャンの体を突き抜け、ジョーカーは予想外の手応えに地面を転がることになる。一方でジョーカーを敵と認めたのか、オーシャンも理性をなくした雄叫びを上げながらジョーカーに詰めより、強制的に肩を掴んで立ち上がらせると水がうねったようなデザインの腕を振り回してジョーカーを何度も殴打していった。
その手は振り上げた際に液体のムチのようにしなり、そしてヒットの瞬間に固形となってジョーカーを打ち据える。物理攻撃の無効化といい、近接で軍配上がるのはどう見てもオーシャンの方であった。
「だったら、直接打ち込んでやろうじゃねえか!」
【ジョーカー! マキシマムドライブ!】
単なる物理攻撃がダメなら、そこにメモリのパワーを込めればいい。かつて最盛期のダブルであれば敵の全てを閲覧、そして特殊なPのメモリで自らの持つ全てのメモリを組み合わせた特殊効果を発揮し優位に立てるが、ジョーカーに出来るのは力任せと卓越した技量による近接格闘攻撃のみ。
紫色のデータのようなジャミングを手に纏ったジョーカーは、そのメモリの力を開放しきらないようにしつつもオーシャンへと殴りかかる。一撃に全てを賭けるのではなく留まらせることでオーシャンの液体化した上からダメージを与えるのだ。
「ふっ、せやっ!」
一度攻撃が通用するようになれば、理性のない敵などジョーカーの前ではカカシ同然。動きを阻害し、そして相手が立ち直る瞬間を狙って力を込めさせない。相手が破れかぶれに突っ込んでこようが、軽くいなしてカウンターを決める。
やがてフルに活動させたマキシマムドライブが終わり、手に纏ったメモリの力が薄れる頃にはオーシャンは肩で息をするほど弱り切っていた。もう一度、腰のマキシマムスロットを叩いて今度こそメモリブレイクを狙おうとした翔太郎だったが、ふとその動きを止める。
―――もし、メモリブレイクしても毒素が肉体を殺したら。
そんなマイナスのイメージがあるが、これ以上ドーパント体にしておいたほうが毒が回るのは確実。仮に死んだとしても、このままではそう大差なく死が訪れてしまうだろう。だったら、僅かでも生存の可能性に翔太郎は賭けた。
「これで決まりだ。ライダー、キック…!」
【ジョーカー! マキシマムドライブ!】
クールな声色とともに、繰り出される回し蹴り。
シンプルな一撃は、しかしそれ故に強力であった。
弱り切ったオーシャンを圧倒した一撃はオーシャンのメモリを砕き、ドーパントを爆散させる。そして煙が晴れた先には倒れこむよしえの夫の姿。隣には、バラバラに砕け散ったオーシャンメモリが転がっていた。もう、これで地球の記憶が流れこむ事は未来永劫無いだろう。
「……くそっ、それでもヤバイか。おいっ! 旦那さん! 気をしっかり保てよ!」
このままでは危ない。ジョーカーのまま担ぎ直してハードボイルダーに向かおうとしたが、背中にいる彼は激しく咳き込み始めた。そして、ジョーカーの仮面の頬に当たった生暖かな赤い液体。
ベッタリと張り付いたそれを空いた手の指で拭うと、どろりと垂れ落ちる鮮血が仮面の奥の翔太郎の息を呑ませた。このままでは、病院に付く前に依頼人の夫が―――死ぬ。確実に。
「く、っそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
このままの姿のほうがずっと早い。
最後の希望の一欠片。それに賭けて走りだしたジョーカーはまっすぐにハードボイルダーを目指した。多少荒い運転になるが、照井竜らガイアメモリ対策本部が主導の病院に連れて行けば、ここまでの重篤患者でもなんとかしてくれるはず。
背中で鼓動の音を弱めていくことに気づきたくなくて、仮面の下で涙を流す翔太郎。最後の希望を掴みとろうと、すがるように手が伸ばされたその時であった。
閃光が、まばゆい光が彼らを包み込む。
「な、なんだ!?」
光の発生源はハードボイルダーの隣から。シートを撫でるように手を伸ばしていたのは、翔太郎ですら見たことのないドーパント。それは、ゆったりとこちらを見やると片手をかざしながらゆっくりと近づいてくる。
「お前とやりあう時間はねぇ、そこをどいてくれ」
「………我は、ユニコーン」
翔太郎の言葉を無視し、静かな歩みで近づく純白のドーパント。
後光がなおも差しているため全体像をはっきりと見ることはかなわなかったが、馬のような顔、そして頭から両腕まである青白いたてがみ、何より特徴的なのは天を貫くような螺旋を描く角。ユニコーン、とこのドーパントは言った。ならば、正しくこれはユニコーンの似姿。
やがて拳を交わせる距離に近づいたユニコーンは、そのかざした手をメモリの毒に呑まれかけたよしえの夫へと翳す。
「何をするつもりだ」
「癒しを」
そっけなく答えられた声は、ドーパント特有の正体がわからないジャミングボイス。だが、敵意はなかった。不思議と、そのユニコーンもまたこの背中の男と同じようになるかも知れない、だから倒すべきだというのに―――拳は振りかぶられなかった。
ユニコーンの右手に光は収束し、白い雷を纏う青い球体が生み出される。それは優しく打ち出されると、ジョーカーの背負う男の中にゆっくりと溶けていき――激しい雷鳴を迸らせた。
こちらを騙した攻撃だったのか。この男を始末するために? もしや、この謎の安心感はテラーのように無意識へ働きかけるメモリの力だったのか?
ジョーカーの頭のなかで張り巡らせる様々な可能性が交差していく中、線香花火のようにゆっくりと収まるスパーク。やがて、ジョーカーの背中で死にかけていたその男は落ち着いた呼吸を見せ、顔色も元通りの一見健康そうな状態で眠っていた。
「早く連れて行くがいい」
促されたことで、渋々ハードボイルダーにまたがるジョーカー。
エンジンを入れて振り返ると、ここまで溜まった疑問をぶつけ始める。
「お前は一体、なんなんだ!? なんでドーパントなのに俺を助けるような」
「我はユニコーン」
「答えになってねぇぞ!」
「この街の涙を拭う者共―――その白き影だ」
言い残し、ユニコーン・ドーパントはすさまじい跳躍力でその場を離脱する。ユニコーンが建造物の影に隠れて飛んでいったことで呆気無く見失ったジョーカーは、悪態をつきつつも変身を解除すると急いで病院に向かった。
あの自分を助けてくれたドーパント、ユニコーンは一体何者なのだろうか。オーシャンが関係する事件はあっさりと終わりを告げたが、その代わりに長く続きそうな巨大な謎を置いていった。
この街に吹く悪しき風、その一つの向きが変わったのかもしれない。
翔太郎は、バイクで走る風を感じながら謎の予感を抱いていた。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
後編は誠意製作中です。水曜日更新予定です
今しばらくお待ち下さい。
あと、地の文が翔太郎にちょっと厳しいのは仕様です。
気に喰わない方は申し訳ありません。