そこまで怖く無いかもしれないです。
これからここに記す話は、作者である高機動ちくわが実際に体験した怪奇現象を著したものである。
あれは今から三年前、2013年の5月の出来事であった。岡山県の学校に県外から通っていた自分は学校の学生寮で生活していた。一学年の規制だらけの生活から一転、二学年に進級した自分達は規制から解放され毎日をのびのびと過ごしていた。
そんな浮かれた気分が手伝ったのだろうか。普段誰かと遊ぶのを好まない自分は同じ寮部屋の友人の誘いに乗り、カラオケに行くことになった。ちなみに自分にとって、人生で2度目のカラオケである。
夜の19時、友人と自分はカラオケに行った。受付で二時間のコースを選択し、二人で21時まで歌うことになった。
カラオケルームに入ると、部屋の壁1枚が大きな鏡になっていた。鏡には部屋に入った自分達の姿と、背後の壁に特徴の無い時計が掛けられているのが見えた。
流行りの歌に恐ろしく疎い自分は、当時ネットで聞いてたボカロ曲ばかり歌っていた。友人も普段からボカロ曲を口ずさむ者で、この日は二人でボカロ曲ばかり歌っていた。
しかし歌い始めて30分、自分はカラオケがつまらなく感じてきた。知っていた曲も片手で数える程で、歌える曲が無くなってしまったのだ。楽しそうに歌い続ける友人を見ていると、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
早く終わらないだろうか。自分は鏡に映った時計を見ながら、そんなことを考えていた。
20時30分、確かこの時間だったと思うのだ。鏡越しに時計を見ていた自分は鏡の右端に何かが映ったのを見た。いや、見てしまったと言うべきだろう。全身の血がすっとひいて、背筋が凍りついたように感じたのをしっかり覚えている。
生首が宙に浮いていた。人間の生首だ。顔もハッキリと見えた。小顔で綺麗に整った、20~30代の若い男性の顔だった。髪は七三に分けたボリュームのある髪で昭和を感じさせた。しかしその顔は蒼白く、表情は怒りとも悲しみともとれない、なんとも複雑な表情であった。
鏡に映った生首は、自分たちの背後を右の壁から左の壁へ、滑るように移動し、左の壁に吸い込まれるように消えてしまった。
生首が出て消えた。これだけでもう一大事である。しかしそれ以上に恐ろしいことがあったのだ。
生首が現れて消えるまでの間、自分と生首はずっと目を合わせていたのだ。こちらを見つめる生気の無い暗い瞳から、自分は目を逸らすことができなかった。
生首が消えたと同時に、全身の毛穴から嫌な汗が吹き出した。一瞬の出来事であったのだろう。だが自分にはとても長い間の出来事に感じたのだ。
(何だ今のは、霊か?霊って本当にいたのか!?というか目が合ったぞ!?マズいんじゃないのか?)
まっ白になった頭に次々と考えが浮かんでは消える。呼吸も早くなり目が回り始めた。いわゆるパニック状態である。自分は咄嗟に友人の様子を見た。友人は普段から霊感がある、という話をしていた。今起きた出来事に気付いたとすれば、何か対処をしてくれるのではないか?そんな風に期待したのだ。
「恋ーなんて呼ぶーにはっ!汚れー過ーぎてしまったよっ!」
「 」
まさに熱唱、何事も無かったかのように歌い続けていた。自分は拍子抜けしたのと同時に、少し落ち着きを取り戻した。
あれは幻だったのだ。疲れて妙な幻覚を見てしまったのだ。そう自分に言い聞かせた。そういうことにしたかったのだ。
「次!お前の番だぜ!曲はどれに…」
「ごめん、ちょっと休ませて。もう一曲歌ってていいから。」
「え?そう…?っしゃ!ほな歌うでぇ!」
友人はまた楽しそうに歌い始めた。自分はズキズキと痛む喉を擦りながら、その様子を眺めていた。あの生首の顔が、どうしても頭から離れなかった。
その晩は大変だった。5年ぶりの喘息、頭痛とめまい、熱は測らなかったが多分高熱、といった症状に見舞われた。苦しくて眠ることも許されない。
翌日以降も症状は続いた風邪は放っとけば治る!そう考えてマスクをつけて学校に通うも意識朦朧、さっぱり授業にならなかった。
そんな生活を続けて一週間、症状はぴたりと止んだ。昨日までの苦しさが嘘のようだった。あの生首が関係していたのかもしれないが、当時は風邪を患った。そう思いたかった。
あの日のことを後日、友人に話すと
「そうか、あそこやっぱりおかしいと思ったんや。」
とのこと。彼の言葉が嘘か真か、自分にはさっぱり分からなかった。
ただ、三年たった今も、あの日鏡に映った生首のことは鮮明に覚えている。あれは本当に起こったことなのだ。その後の熱や喘息も恐らく生首に関係しているのだろう、そんな気がするのだ。
そして、三年たった今になって疑問に思うことがある。自分は、宙を浮く生首と鏡越しに目を合わせた。もしあの時振り返っていたら、こちらを見る生首と直接目を合わせることになったのだろうか。直接目を合わせていたら、自分は今はたして生きていただろうか。
考えても、答えは分からない。 ともかくあのような体験は二度と御免である。科学や常識の通用しない奴を、なるべく相手にはしたくない。