エボット山
そこの中腹にひっそりと口を開けている洞窟がある。
かつて、モンスターたちが閉じ込められていた地下世界がその先に存在する。
その最深部、地上の岩盤が砕けて、暗い洞窟の中では数少ない陽光の当たるその場所には黄色の花が咲いていた。
「・・・・・sk?」
「・・・・risk?」
「Frisk!」
突然、大声で呼ばれたことに驚いた私はベッドから飛び起きた。
「Frisk!もうSansが来てるわよ!」
「え!?わ、分かった!ママ!今行くから!」
慌てて、声を張り上げて階下にいると思うママに返事をする。なんだよ、Sans、もう来てたのか。慌てて頭に寝ぐせが付いていないか鏡で確認してから駆けてあった服をひっつかんで袖に腕を通す。部屋を飛び出して、転ばないように気を付けながら階段を駆け下りる。
「おお、Friskそんなに急いでどこに行くんだ?もうすぐ、ご飯だろう?」
「ごめんパパ!今日はいらない!Sans達と約束があるから!じゃあ!」
リビングから顔をだしたパパにそう伝えて家のドアを開ける。カッと眩しい太陽が私を照らした。
「よぉ、『お遅うございます』だな」
ドアの先にいたのは白地のシャツの上に青いジャケットを羽織り、黒いズボンに、外なのにスリッパという少し抜けた外見の、私の親友。
「う~、何も今までずっと寝てたわけじゃないもん。ちょっとお昼寝しちゃったっていうか・・・それよりも、もしかして歩いてきたの?」
「ああ、まぁな、ちょっと近道したからすぐだったぜ。さぁ、もう行こうぜ?兄弟は先に行ってるとよ、現地集合ってことだな」
「わかった、、、あの、それでさSans。私たちはどうやってその現地に行くの?車も何もないみたいだけど?」
「ん?それはつまり、俺がなんでスリッパを履いているのかを聞いてるのか?ほら、行くぞ?」
Sansは、私の前をさっさと『歩き』始めた。
「O,OH~」
私は、自分の頬がけいれんするのを感じながらSansの後を追った。
「FriskはSansとどこに行ったんだろうね、Tori?」
Friskの家のリビングルームで紅茶を飲みながら、Friskがパパと呼んだモンスターは、もう一人のモンスターに尋ねた。
「Mettatonの舞台ですって。ずっと前から席の予約を取っていたみたいよ?」
もう一人のモンスター、Friskにママと呼ばれたモンスターのTorielは昼食の準備を進めながら答えた。彼女は雌山羊を直立させて服を着せたような姿をしており、頭には小さな角もついていいる。紫色を基調としたゆったりとした部屋着を身にまとい、優しい表情を浮かべている。
「そうか、Mettatonの・・・彼は最近とても人気者だからね」
答えたモンスターは一人娘のお出かけの様子を想像して柔らかい笑みを作った。彼は妻のTorielと似て、雄山羊を立たせたような姿で、頭には立派な角が生えている。彼はハーフパンツにアロハシャツを着て、その装いだけを考えれば典型的な「休日のお父さん」である。名前はAsgore Dreemurr。モンスターの王である。
「あら?そうなら彼の曲も私は好きよ?はい、どうぞ」
「ありがとう、おお、お昼はサンドウィッチか。スクランブルエッグにベーコン、レタス、トマト・・・はは、干しナメクジまであるぞ」
「好きな物を挟んで食べるのよ? ただし、バランスは考える事」
「う、」
Asgoreは妻の忠告にベーコンに伸ばした手をスッとひっこめた。彼のパンにはすでに3枚のベーコンが乗っていたからだ。
私がSansのあとを歩いていると、突然、浮遊感がやって来た。
「うわっ!」
驚いた私が気がつくとあたりの景色が一変していて、場所は舞台のすぐそばのようだ。
「Sans。ショートカットをするなら早く言ってよ。びっくりしたじゃんか」
「ん?ああ、まぁ、すげぇ近道だったろ?」
Sansは私の言葉など気に留めた様子もなくそう言った。
先ほどの浮遊感はSansの能力で『ショートカット』というらしい。私も詳しいことは分からないけれど、自分や物を好きな所に転送できるらしい。どうしてSansにそんな能力があるのか?それはSansもまた、モンスターだから。Sansと、今から合流する予定のSansの兄弟Papyrusも二人ともスケルトンだ。モンスター達は自分のソウルという命のエネルギーを利用してそのような能力を使うことを可能にしているのだ。
「ところで、兄弟はどこにいるんだ?もう着いていておかしくないんだが」
Sansはあたりを見回している。彼の兄弟Papyrusは背が高くて目立つ方だとは思うのだけれど・・・と、人ごみの中にあわただしくあたりを見渡す頭蓋骨が見えた。と思ったら向こうもこちらに気が付いた様子だった。
「Sans!Frisk!こっちだぞ!」
腕を頭上でぶんぶん振り回しながらそういう彼がSansの兄弟。Papyrusだ。2メートルくらいありそうな身長のスケルトンでSansとは対照的に、溌剌として自信家の彼は周囲の目も気にさずに大声で私たちを呼ぶ。彼は劇場の列に加わっているらしく、周りの人間たちはまず声量、それを発しているのがスケルトンという事実に二度驚かされている。
「Papyrus!声がおっきすぎ!私たちが恥ずかしいよ!」
「問題なしだぞ!むしろFriskはこの偉大なPapyrus様とお友達だという事を自慢できているのだぞ!ニェッヘッヘッヘッ」
「ああ、兄弟はクールだぜ」
「そうだ。俺様はクールなのだ。ニェッヘッヘッヘッ!」
Papyrusと会うと必ずこの話題になる。多少ナルシスト気味なところがあるが、それでもPapyrusは優しくて、事実、クールだからPapyrusはなんとも憎めないやつだ。
「おっと、そうだSans、Frisk。もうランチは済んだのか?」
「ん、まだだけど」
「俺もまだだぜ、兄弟」
「うん、俺様、ここに来る途中でMuffetのベーカリーによってパンを買って来たんだ。一緒に食べないか?」
「やった!」
私はPapyrusから紙袋を受け取ると中に入っているパンを一つ手にとってほおばった。仄かな小麦とバターの香りが口いっぱいに広がって噛むと柔らかな食感と一緒に甘い味が染みわたる。
しかし、不思議な世界になったな。私とSansとPapyrusがこうやって人間の劇場の前で人間の列に混ざって並びながらパンを一緒に食べているなんて。少し前までなら考えられなかった光景だろう。
事の始まりは二年前だった。
両親を事故で亡くした私は自暴自棄になって、訪れた人が二度と返ることがないと言われるエボット山に登ったのだ。そこで私は大きな穴に落ちた。地上はとても遠くて、暗くて、怖くなった。冷静になった私は一刻も早く家に帰りたくなった。そうして、私の地下世界の冒険が始めったのだ。
私は地下世界でいろんなものに出会った。今のママ、Torielと出会ったのもそこだしSansやPapyrus、他のモンスターたちと会ったのもここだった。モンスターという存在に私は最初こそおびえたけれど、ママやPapyrusのように私に優しくしてくれたりSansはいつも私にジョーク交じりにこっそり助言をくれたりした。
そうやって私は、地下世界から脱出した。
いや、私たちは、地下世界から脱出した。
地下世界に封印されていた心優しいモンスターたちと一緒に、私は地上に帰って来たのだ。
それから、私はパパとママの養子になって、人間とモンスターが共存できるように大使になった。パパはモンスターの代表としていろんな偉い人と話をして回っていたし、楽しいことがすきなPapyrusは人間に自作のパズルを遊ばせたり得意料理のスパゲティをふるまったりしていた。実は、Sansもこっそりコメディアンとして活躍していたりもした。そうやって地道な努力の結果。この半年くらい前にはすっかりモンスターたちが人間の生活に溶け込むようになった。
何もかも、完璧なハッピーエンドだ。
「もう、Papyrusったらいつまで泣いてるのさ」
劇場のベンチに腰掛けて大泣きするPapyrusを私が慰めている。
「お、お、俺様泣いてねーし!ただ、ちょっとLisaの恋が実ったことを思い出したら、急に眼が乾いてきたから目薬を差しただけだし!」
簡単に説明すると、私たちはあの後劇場に入ってMettatonの舞台を見ていたのだが、それがLisaという人間の女の子とMettatonの演じる人造人間の恋の物語だったのだが、それに心を打たれたPapyrusが劇の後半から私の隣でボロボロ泣き始めていたのだ。さすがに劇中に声をあげることはなかったが客席を出た途端私に熱を帯びて話始めてしまったので仕方なく、適当なベンチに座って落ち着くのを待っているのである。
「兄弟、まだ目に入った何かが取れてないのか?」
今までどこに行っていたのか、Sansがひょっこり現れてPapyrusに声を掛ける。
「お、Sans。ちょっと待つのだ。もうちょっとでとれるから・・・」
「ちなみに兄弟。目に何が入ったんだ?」
「涙だ!」
と、言うとPapyrusはまた滝のように泣き始めた。Sansはそれを見てニヤニヤし始める。
「ちょっと!Sans!今、結構落ち着いて来てたのに!ちょっとPapyrus、そんなに泣いて脱水症状とか起こさないでよね」
「あー、Friskそれならもう手遅れだぜ?」
「え?」
「兄弟の体内には水分0パーセントだ。スケルトンだからな」
・・・じゃあ、この大量の涙は一体どこから出てきているんだろう・・・
結局、あの後Papyrusが泣き止むまでにさらに数十分かかった。ようやくPapyrusが泣き止んだ時には空はもうすっかり茜色に染まっていた。
「太陽ってのはいつ見ても綺麗なもんだな」
Sansが感慨にふけって夕焼けを眺める。
「そうだね」
地下に長い間閉じ込められていたモンスターたちにとっては太陽という存在自体がまだ新鮮な物なのかもしれない。Sansの隣ではPapyrusも目を細めてオレンジ色に燃える太陽を眺めている。
どのくらいったっただろうか。夕焼けはもうすぐ沈みそうになっていた。
「・・・帰ろうか?」
私がそういって、二人が黙ってうなずいた時だった。
「OH! My Darling!もしかして僕のことを待っていてくれたのかい!?」
人の声とは少し違う、機械的な声で私のことをそう呼ぶのは一人しかいない。
「Me、Mettaton舞台お疲れ様・・・」
八頭身の鋼鉄の体を持った、今、人気絶頂のスターで、僕らが今見ていた舞台の主演、Mettatonが私のすぐ近くによって来た。
「Darling見に来てくれたんだね!嬉しいよ!」
Mettatonは私を抱きしるけれど、彼の体は鋼鉄。容赦なくグリグリしてくるので関節が当たる場所が抉れて非常に痛い。
「Mettaton、そのくらいにしてあげないと・・・」
「ニェッ、Alphys博士も舞台のを見に来てたのか?」
Papyrusがそういう声が聴こえる。私はうんと首を伸ばしてなんとかMettatonの横から頭を出してその先を確認した。そこにいたのは背の低い、黄色いトカゲを立たせて猫背にした外見で、大きめの白衣を着たAlphys博士が居た。Alphys博士がMettatonの体を作った。
と、私の体をMettatonじゃない他の手が私の体を力強く掴んでMettatonから引き離してくれた。
「Mettatonいい加減にしておけ。それと、Friskもいつまでもやられっぱなしじゃなくて少しくらい抵抗したらどうだ?」
私を掴んだ手を話さずに、彼女は言った。
「うん、まぁ、考えとく」
「はぁ、ま、この手の話でお前が私の言う事を聞くとは期待してはいなかったけどな」
彼女は私を話で呆れ顔でそう言った。彼女は魚人のモンスターで皮膚は青く所々には鱗も生えている。髪の色は赤く後ろにポニーテールを作っていて、左目には眼帯をしている。名前はUndyne、モンスターたちの中では悪いヤツをやっつける「ヒーロー」として人気の彼女は元王国騎士の団長。今はAlphysの助手をやっているって聞いた。
「なんで、UndyneとAlphys博士とMettatonが一緒にここにいるんだ?」
Papyrusが不思議そうに首を傾げる。
「僕がAlphys博士に舞台のあいだずっと控え室にいてくれるように頼んだのさ。もし、舞台中、僕に不具合があったら大変だからね!」
「で、ついでに舞台鑑賞もして来たってわけだ。あ、私はAlphysの連れってことだ。流石に何時間もAlphys一人ってのは寂しいだろう?」
Mettaton、Undyneが続けて説明をするとPapyrusも納得したようだった。
「で、Papyrusお前達はここで何してたんだ?舞台が終わってから結構経っただろ?私たちは片付けとか色々やってきたから遅くなってけど、お前達は何もなかっただろ?」
「ああ、そいつはな・・・」
・・・・・・・
「ブッーーーーッ!!Papyrusが号泣して落ち着くのを待ってただって!?」
私が止めるまでもなく、Sansはことの顚末を全てのUndyne達に話してしまった。案の定、Undyneは大爆笑。Mettatonは自分の演技が良かったのだと、満足げだし、Alphysは何をどうしたらよいのか解らずアタフタしてる。
「は!?俺様泣いてねーし!泣いてなんかねーし!」
「ふっははは!悪い悪い、Papyrusじゃあその顔の横についてる縦縞の痕は一体何の痕なんだ?」
「たっ、縦縞の痕だと?Undyne、そんなのどこにあるのだ?痕が残るほど泣いてはいないはず・・・ハッ!」
「ひゃははは!Papyrus、お前やっぱり泣いたんだろ!」
「う、うるせーし!あ、あれは眼薬を指したからちょっと涙が出てただけだし!」
Undyneが、Papyrusをバカにして笑うのを横から見ていると、私の肩を後ろからチョンチョンつつくかれた。
「あ、あの、Frisk?」
「ん?何?Alphys」
私と同じか、少し背の低いAlphysが手をモゾモゾさせながら立っていた。
「あの、この後にちょっとした打ち上げをやらないかってMettatonと話してて、良かったら、Frisk達もどうかなって」
「ほんと!?やったー、行くよ!あ、そうだパパとママも呼んでもいい?久しぶりにはみんなで会おうよ」
「え、ええ、もちろん大歓迎よ!」
Alphysの許可をもらったこと出し、さっそくパパとママに電話しようとして、自分のケータイを取り出した。
「なぁ、Frisk」
ケータイを取り出した時、Sansがこちらをニヤけたままの表情で見つめてきた。
「改めてありがとな。俺達が地上でこんなにも楽しく過ごせるのは紛れもなくお前のおかげだ」
口元はニヤけたままだが、声から彼が本気でそう言っているのだと分かった。
「Sans、それは違うよ」
私はSansの言葉を否定した。
「私だけじゃない。パパもママもPapyrusもUndyneもAlphysもMettatonも、そして、Sansも、地下世界にいたモンスター達全員が地上に出ようと願った思いがあの封印を解いたんだよ。私だけじゃ、できなかった。みんなのおかげなんだよ」
「・・・ハッ、こいつは一本取られたな」
Sansは照れくさそうに頭に手を回した。
日が落ちてもうすぐで夜がやってくる。月は優しく街を照らし、星たちはこぞって自分の輝きを比べ合う。人の営みの生み出す明かり、と空に光る自然の光の対比は盛を迎えて、人間もモンスターもひとまとめに包み込むだろう。
私はエボット山の中腹に空いた巨大な洞窟を思い浮かべた。
そして、その一番奥にひっそりと咲く一輪の黄色く花を想像してみた。
地下から地上に抜ける風が優しく吹き、その一輪の花は露に濡れた花びらを輝かせながら、ゆらりと柔らかく揺れた。