もしも、百夜優一郎が子供のとき(孤児院に入る前)に吸血鬼に会っていたら   作:ブラッディー・メアリー

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ミカと優とクレア

「なにをしている?」

 

そう言いながら階段を降りてくるクレアは、美しい微笑をたたえていた。

優一郎やミカエラ、吸血鬼達はその姿に硬直し、一瞬ののち、吸血鬼は優一郎から手を離した。

その拍子に、優一郎は尻を地面に強かに打ち付けた。

 

「って!」

「ゆ、優ちゃん!大丈夫⁉︎」

「あ、ああ」

 

その光景を横目に見ながら、クレアは優一郎を捕まえていた吸血鬼の元へ歩いた。

目の前にやって来たクレアを見、その顔から微量の怒気でも感じたのだろうか。吸血鬼はすぐさま、クレアの前に跪いた。

その様子を無言で見るクレアは、見る人がみれば何とも思わないのだが、普段クレアと接することの少ない一般吸血鬼からすれば、非常にお怒りである様に見えた。

 

「失礼を」

 

口数が少ないのは一般吸血鬼全般に言えることだが、それでも、ここまでカチコチに固まった状態で話すことはまずない。だが、第5位始祖とされているクレアの怒りを買ったかもしれないという、焦りから普段よりも更に言葉数が少なくなっていた。

 

その吸血鬼の様子を見たクレアは、一瞬ののちため息を吐くと、優一郎とミカエラの方へ向いて話しかけた。

 

「何があった?」

 

優一郎とミカエラは突然話しかけられた事に驚きつつも、優一郎が話してまた吸血鬼の気分を損ねてはいけないと考えたミカエラが、答えた。

 

「えと、その。優ちゃんが、その吸血鬼に文句を言って」

「へぇ?何で?」

「その、吸血鬼がそこの、子供達の手を踏んで‥…」

 

そう指し示すミカエラの指の先には、手を抑えて蹲り声もなく泣いている2人の子供の姿があった。

大方、吸血鬼が子供の手を踏んで、それを無視した事に優一郎君がキレたってところか、と当たりをつけたクレアはその子供達の元へ歩きながら答えた。

 

「ふぅん?よく分かった。では、この子達の手当ては私がするとしよう」

 

その言葉に驚いた優一郎とミカエラは、え?という言葉を発した後、しばらく硬直してしまった。

そんな優一郎達に御構い無しに、クレアはさっさと状況を片付けていった。

 

「ジェームズ、ハンス、お前達は暫く謹慎だ。ここ、サングィネムで人間の血を吸ってはならない、という掟を忘れたわけではあるまい?それ即ち、この地で人間を殺してはならない、ということもお前達なら理解できるであろう?」

 

どうやら、2人組の吸血鬼はそれぞれ、ジェームズとハンスというらしい。

それなりの論理の飛躍を見せながらも、持ち前の貴族オーラというか、始祖オーラというかで、謎の説得感を見せつつ、二人に去るように命じた。

虚ろな目をしつつも、自室へ戻っていく2人に後でフォローしとくか?と考えながら、クレアは優一郎達に振り返った。

 

「まったく。あまり危険な事はするものじゃないよ」

 

先程の少し怖い様子から打って変わり、まるで手のかかる子供を見るような目でそう言ったクレアに一瞬、息を飲んだ優一郎は、しかし慌てたように目をそらすと早口でまくし立てた。

 

「べ、別に俺は何もしてねぇし!あいつらが悪いんだし!」

「ちょ、優ちゃん!」

 

そんな、優一郎の態度にミカエラが、慌てながらまたしてもフォローをしようと試みるが。

 

「あはは!うん、そうだね。君たちは悪くない。ははは」

 

上機嫌にそう返したクレアに、フォローの必要はなかった。

何となく、クレアも他の吸血鬼も同じだと思っていた優一郎は、その様子に驚いた。

まさか、全肯定をしてくるとは思わなかったのだ。

 

「でもね」

 

しかし、そう笑った一瞬ののち、クレアは目を細め睨むような、心配するような顔をして続けた。

 

「無謀と勇敢は似て否なるものだよ。勝てるはずもない相手に、無謀に突っかかるべきではない」

 

全肯定した後の全否定とも取れる言葉。優一郎はなんとなく裏切られた感じがして、クレアに言い返した。

 

「うるせぇ!オレは吸血鬼をぶっ殺すんだ!」

 

そう返した優一郎を困ったなぁ、とも言いたげな顔をしてクレアは返した。

 

「うんうん。そうだね。君はいずれ私達を殺せるまでに、強くなるのかもしれない。でもね、それは今じゃないんだよ?今の君じゃあ、私どころか、1番弱い吸血鬼にすら勝てない。それは、君も分かっているんじゃないかな?」

 

反論のしようもない、完璧な事実。

吸血鬼にただの人間は勝てない。

その言葉に言い返すかのような顔をしつつも、やはり、優一郎も分かってはいるのか、俯いて悔しさに歯噛みしていた。

でも、やっぱり、言葉とはいえ吸血鬼に負けるのは腹がたつのか

 

「うるせぇよ‥‥‥…」

 

そう、小さく一言返して優一郎は走っていった。

 

「あ!待ってよ優ちゃん!」

 

置いてけぼりになったミカエラは、急いで優一郎を追いかけようとした。が、そんなミカエラをクレアが呼び止めた。

 

「ミカエラくん」

「なんですか?ボク急いでるんですけど」

 

吸血鬼の怒りを買ってはならない。それは、ミカエラの中でのこの地下で生きていくための、絶対に守らなければならないルールのようなものであった。

しかし、先程の優一郎の暴言を受けても笑って流していたことから、多少の事なら大丈夫だと思ったミカエラはいつもより少し強気で返した。

そんな、ミカエラに少し嬉しそうな顔をしたクレアは、一瞬ののち心配げな顔をして続けた。

 

「フェリド・バートリーには近づかない方がいい。アレは私たち吸血鬼の中でも危険なやつだ。家族が大切なら、深入りをしてはいけないよ」

「‥‥‥…分かっています」

 

予言めいたような、それでいて確信に満ちたクレアの言葉に思うところがあったのか。いつもの少しヘラヘラとした顔を引き締めて、ミカエラはそう答えた。

 

「分かってるなら、いいよ。でも、本当に気をつけて」

 

クレアはそう言うと、先程の負傷した子供達を介抱すべく、歩いていった。

 

その後ろ姿をしばらく見つめたミカエラは、悪い想像を振り切るように頭を振ると、優一郎の後を追いかけた。


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