思い……出した!
まず、全てを語る前に諸君に記憶を掘り起こしてもらいたい。
思い出してほしいのは、諸君が今までに読んだ少年マンガやライトノベル、アニメの主人公たちだ。その中でも特に主人公が戦い、敵を打倒していく戦闘系が望ましい。戦場で、学園で、旅をしながらなど、戦う舞台はどこでも構わない。老若男女も貴賤も善悪も、主人公であれば何でも良い。
何も特別な例を思い出すことはない。昨日見た、あるいは記憶に強く残っている彼や彼女。
それを複数例も思い出していただけたのならばとても幸いだ。
5秒から10秒ほど記憶の旅をしてもらえればそれでいい。
……思い出していただけただろうか。
では、記憶に残る主人公たちをグルリと見渡し、そして質問に答えてもらいたい。
『その中に大鎌の使い手は何人いますか?』
希望的観測を言わせてもらうのならば、1人が精々だろう。いや、むしろ現実は1人すらも思い浮かばないのが正常だと思う。
言われてみて何人か思い出したという気遣いがあれば喜ばしいことで、中には「そんな主人公なんているのか?」と首を傾げている人もいると思う。
勘違いしてほしくないのだが、俺は何も答えられなかった人を責めているわけではない。この現状に嘆かわしいと感じてはいるが、決して諸君を想像力不足と詰っているわけではないのだ。本当に嘆かわしいが。
ただ、現状認識をしてほしい。
これこそ俺の愛する至高の武器――《大鎌》の現状なのだということを。
多くの人々は主人公の武器や装備と見るや、刀剣や銃を持ち出してくる。この二つの武器は、いわばスポーツでいうところのサッカーや野球クラスの大御所だ。次点で槍か、武器を持たない無手だろうか。極稀に弓もいたりする。
これには理由がある。剣と銃は派生の範囲が非常に広いためだ。
銃はリボルバーに自動拳銃に機関銃に狙撃銃に果てにはビームライフルなど、新旧含めて種類が多い。それ故に“銃”という括りの武装を主人公が持つ可能性が高くなるのは必然だ。
剣も同じく。ナイフから大剣、さらに
そしてこの武器界の大御所たちが占有しているのは、何もマンガやアニメといったフィクションだけの世界に留まらない。
そう、
《伐刀者》――それは己の魂を《固有霊装》と呼ばれる武装へと変化させ、体内の魔力を用い超常の現象を引き起こす超人たちの総称だ。
新生児の約0.1%がこの伐刀者として生まれており、その戦闘力は個人差こそあれど常人とは比較にならない。強力な伐刀者を保有することは国家の軍事力にすらも影響し、科学の発展した現代でなお重要視される特異な存在なのだ。
それがどれほど強力なのかというと、最高クラスともなれば単身で国を滅ぼせるといえば理解できるだろう。
だが、伐刀者の基本的な情報など今はどうでもいい。問題は、彼らが顕現させる魂の象徴――霊装だ。
この霊装は顕現したが最後、その後は記憶が飛ぶなどの滅多なことがなければ形状が変化しないという特徴を持つ。そして伐刀者が霊装を初めて魔力によって編み出すのは基本的に幼少期。
そして顕現させる霊装の形状イメージは、基本的に身の回りの武器や装備が中心となる。
これはつまり、世間を知らぬ子供たちにとって『魂の象徴となる武装イメージがほぼ固定されている』ということに他ならない。だからこそ剣や銃を持つ伐刀者ばかりとなり、そのほかのマイナーな霊装は駆逐されていくという宿命を背負っているのだ。
そう、つまり大鎌は刀剣や銃のせいで滅びゆくことを強いられているんだッ!(半ギレ)
許せることではなかった。
大鎌という素晴らしくもカッコいい武器が、ただの農具としてその歴史に幕を下ろしてしまうことが俺には我慢ならなかった。
そして決意した。世間が大鎌を忘れ去っていくというのならば、この手で思い出させてやろうと。
大鎌とは草を刈ることだけしかできることはないのだと思い上がったメジャー武器の使い手どもに、
そして何よりも、こんなにも美しい武器から「使いにくい」、「実戦的ではない」、「長物なら槍でいいじゃん槍で」などと安易な理由で他の武器に逃げる馬鹿者どもを粛正してやらねば気が済まない。
大鎌の恐ろしさを世間に刻み込んでやる。
……という大鎌愛を抱きながら、“前世の記憶”に目覚めたのが3歳の時だった。
そして記憶が蘇ると同時に気付く。
……ここ、『落第騎士の英雄譚』の世界じゃね?
◆ ◆ ◆
《魔導騎士》――それは国際機関の認可を得た専門学校を卒業した伐刀者に与えられる称号である。
北海道の『禄存学園』、東北地方の『巨門学園』、近畿中部地方の『武曲学園』、中国四国地方の『廉貞学園』、九州沖縄地方の『文曲学園』、北関東の『貪狼学園』、そして南関東の『破軍学園』――日本ではこの七つの騎士学校を卒業した者のみが魔導騎士の資格を得る。
そして今年度もあと数日で4月を迎えようとする、今年度の末も末のある日。破軍学園の第三訓練場は熱狂と興奮に彩られていた。
そこで今、学園の生徒たちは奇跡を目撃している。破軍学園の歴史に残る《
……が、大鎌至上主義の“彼女”には剣士たちの決闘など全く関係のない話だった。
大鎌を振り上げ、そして振り下ろす。彼女は学園の敷地で独り、日課の素振りを行っていた。
以前はマンガの影響を受けて本気で感謝の素振り一万回などを実行していた時期もあったが、流石に訓練の中で時間を食い過ぎたため今ではやっていない。しかし某会長のように拝む動作はしなくとも、感謝の念を一撃に織り込まなければならないという信念を彼女は心底尊敬していた。
よって彼女の素振りは、その一つ一つに愛と感謝が込められているだけに常に流麗であり、荘厳であり、そして美しい。もしも読心能力の使い手がこの場にいたのなら、彼女の抱く感情に思わず涙を流していたかもしれない。
感謝、愛、尊敬――そこにそれ以外の雑念など欠片も存在していない。練り上げられた信念は心臓の鼓動と神経の伝達を以って全身を巡り、腕を伝って大鎌の端々へと行き渡る。そして信念は技の冴えを加速させ、斬撃はやがて究極の一撃へと昇華してゆく。
だが、まだだ。まだなのだ。
彼女は大鎌の限界がこんなものではないと信頼している。これは妄信ではない。
自身の霊装が、否、大鎌が叫んでいるのだ。もっと高みへ行ける、もっと自分は活躍できると。その叫びが彼女の身体を動かす。僅かに、牛歩よりも遅く、亀の歩みよりも遅く、水滴が岩を穿つかの如く、しかし着実に彼女を大鎌使いとして成長させていく。
妄信ではなく、愛だった。そして信頼であり感謝だった。
『憎んでいるものをどうして極められよう』――武術に対する姿勢において、彼女が手本とする言葉だ。
この言葉は師に非才であると称されながら、それでもと叫び続けた一人の少年武術家のものだ。大鎌の修行に疲れ、道を見失いそうになった彼女はいつもこの言葉によって我に返っていた。彼は無手の武術家ではあるが、この言葉は天晴と言う他ない。
そうだ。憎しみで武を極めることなどできない。信頼するからこそ、その武術に命を預けられる。それを自分が信じずして誰が大鎌の道を信じるというのだ。ここで挫折することなど、天地がひっくり返ろうともあってはならない。
無論、彼女はまだまだ未熟だ。未だに大鎌の極みなど遥か彼方で、その頂上はあまりにも遠い。あるいは無限に続いていて、生きている内にその一端を垣間見ることすらも不可能なのかもしれない。
――だが、そのことが彼女には嬉しくて堪らない。
なぜならそれは、大鎌の成長が遥か先まで約束されていることを意味しているのだから。
果てが見えないのならば、その道程こそが大鎌の成長の余地であるということ。即ち、無限の可能性。これに歓喜することはあれど絶望する要素などまるでない。
その幸福を噛みしめ、彼女は今日も大鎌を振り続ける。その心境はもはや悟りの領域に近く、武術家たちが精神的に目指す境地だ。武への曇りのない心に触れたのならば、武人であれば惜しみなく称賛したに違いなかった。
もっとも、そんな彼女の一途とまで言える信念を知る者は少ない。
多くの者は、彼女を修行狂いの戦闘狂と認識している。
力を誇示し、そしてそれに溺れる不心得者。力なき者を守り、秩序の番人たる騎士として相応しくない外道の者だと人々は詰る。
だが、彼女がそのような雑音に惑わされることはなかった。なぜなら彼女の大鎌への愛の前では、そのような言葉など大山を前にした微風も同然。揺るがせるどころか撫でることしかできはしない。
ただ少女にとって幸いだったのは、その愛に対する理解を持つ者が最近になって現れたことだろう。
「今日も精が出るな、
不意に少女へと声がかけられる。
霊装の大鎌を構成する魔力が空気に解けていく。素振りを終え、タオルで汗を拭っている彼女に声がかけられた。その声の主に少女は顔を向ける。
スーツ姿の麗人だった。名を新宮寺黒乃。現役のAランク騎士という最強クラスの称号を持つ伐刀者であり、同時に破軍学園の理事長である。
そんな彼女が学園の片隅に現れたのは、何も暇潰しの散歩の最中に偶然足を運んだからではない。
この《疼木》と呼ばれた少女に会うためだった。
「つい今さっき、新入生の《
「別に興味ないので」
ニパッ、と少女は花の割れ咲くような笑顔を浮かべてバッサリと切り捨てた。
その相変わらずな物言いに黒乃は溜息をつくしかない。彼女の大鎌に対する直向きさには感心させられるが、逆にこういった他の武器に対する頑固さには困らされる。
出会ってまだ長くはないが、少女のこういった性格は嫌というほど理解させられているだけにこういった返事が来ることは予想できてはいたが。
大方、Aランクの“剣士”という肩書を持つ新入生の皇女殿下に対して意地でも張ったのだろう。
「他人の戦いに学ぶことはもうないということか? それとも既にお前からすれば、あの程度は取るに足らない野良試合でしかないか?」
「流石にそこまでは思いませんけど、でも面倒臭いので」
その口調と気配から黒乃に伝わってくるのは、その笑顔とは裏腹に濃色な無精さだった。
黒乃が出会ってから、彼女は基本的に“こう”だった。力を追い求めることについては異常にアグレッシヴだが、それ以外のこととなると無関心といった反応しか見せない。
大鎌の研鑽に人生を捧げた修羅――それが黒乃の知る
世間が言うような刹那的な衝動に身を任せた危険人物ではなく、彼女は武芸に身を捧げた生粋の求道者だ。戦いはその過程でしかなく、そこにあるのは研鑽と普及という目的だけ。
どちらにしても通常ならば狂人や世捨て人として社会から排斥されるのが普通ではあるが、しかしそれも成果を出したとなれば話は変わってくる。
《七星剣武祭》の優勝という成果を。
◆ ◆ ◆
記憶が戻った当初、俺は凄まじく興奮していた。……などということはなくひたすらに困惑していた。
何せ様々なネット小説の中でも一大ジャンルと言われる《転生》を直に体験してしまったのだから。
ネット小説を読んだことがある人間ならば一度は妄想するであろう出来事が、リアルとなって己に舞い込んできた。これにテンションが全く上がらなかったかと言われると嘘になるが、それ以上に「マジかよ……」と呆然自失に陥ったのが本音だ。
寝る前に読んだネット小説が偶然にも転生ものだったのが原因だったという夢オチを最初は期待していたが、数日が経ってようやく現実を受け入れた。
そして気付いたのが、どうにも自分はこの身体の記憶もしっかりと持ち合わせている、いわばマジでオカルトなタイプの『私には前世の記憶があります』的な人間だということだ。実際、前世の記憶の中には若いながらも最期を迎えてしまった自分の姿がある。
それに思い至ってしまった瞬間、主導権は逆転していた。
即ち『俺は転生してしまったのか!?』という前世主導の意識から、『前世の記憶を思い出しちゃったんだぜ!』でテンションマックスな今の“私”の意識に。
そう、私の今生の性別は“女”だったのだ。つまり分類的にはTS転生だ。
気分的には「前世が男だった」という表現を使いたいところだが。
そして意識してしまった途端、終わってしまった人生は仕方がないんだからその記憶を有効に使わせてもらおうかという発想に切り替わっていた。ついさっきまでは自分の過去として受け入れていた記憶がその後すぐに他人事にしか感じられなくなった私は、ある意味凄まじくドライな人間なのかもしれない。
だが、前世と現世で共通しているものもあった。
それは大鎌への愛だ。
どうも前世の私が住んでいた世界には伐刀者は存在しなかったらしい。
そして私の世界はライトノベルとして存在するフィクションの一つであり、大鎌が武器として使われる機会など本当にないに等しいらしい。
しかし前世の私はその造形に惚れ込むと同時に、イラストや二次元の世界で活躍する大鎌に憧れていたのだとか。つまり前世の私は、今の私以上に大鎌が排斥されていた世界でそれでも大鎌愛を貫いた敬愛すべき“漢”だったのである。
まさかの輪廻を超えた愛に私は驚愕し、そしてこれはもっと大鎌を広めろと神様が私に囁いているに違いないのだと確信して止まなかった。
いや、本当のことを言うのなら、当時はもっと純粋な「この世界で大鎌がもっと皆に使われたらいいのにな~」という思いだった気がする。
しかしこの世界にも存在した某インターネット掲示板で大鎌に対する誹謗中傷の嵐を覗き込んでしまってから色々と歪んでしまった。肉体に精神が引きずられた影響なのか、前世で培ったネットリテラシーと心の強度が当時は不足していたのだ。ネタであれ「大鎌が霊装でした伐刀者やめます」と書き込んだ奴は許さない、絶対にだ。
それに加え、画面越しではない現実社会でも大鎌の地位が非常に低かったのも痛い。先達の伐刀者どもは霊装が大鎌と聞くや否や、「だったら魔術を重点的に鍛えればその程度のハンデは余裕でカバーできるよ!」などと悪意もなく言い放ってきやがる。
あまりの屈辱に一週間はまともな睡眠を取ることができなかった。
前世を含めて生まれて初めて奥歯を噛み潰してしまったほど、と言えばどれほどのものかわかってもらえるだろうか。
何はともあれ、自分には幸いにも伐刀者として才能があった。つまり霊装という形で大鎌の雄姿を愚民どもの目に焼き付ける機会を既に得ていたのだ。
故に自身が惚れ込んだ大鎌を武器に、大鎌愛と他の武器への反骨心を糧にして私はひたすらに鍛錬を積んだ。
そもそも使う人間が激レアな大鎌を人間の中でもSSレア並みに珍しい伐刀者が使っている可能性はかなり低い。よって技術は独学で補うしかなく、足りない部分は槍術や棒術などの他の武器の流派へと泣く泣く頼み込んで補完させてもらった時期もある。正直、独学では限界があったのであの経験は非常に為になった。
もちろん他の武器の使い手に頭を下げ、その者を師と呼び、その技術の一端でも糧にしなければならなかったことは大鎌至上主義である自分としては屈辱の極みだったことは言うまでもない。しかし修行に雑念が混じれば余計に教えを乞う時間が長引いてしまうため、一心不乱に私は技術を学んでいった。
技術を授けてもらったという事実だけは素直に感謝するしかないが、ある程度大鎌を普及させたら絶対に大鎌の流派を起ち上げなければと心に誓った。
そんな屈辱的な体験も後押しし、正直、幼少期は学校に行く以外は訓練、もとい修行していた記憶しかない。しかも学校に行っていたのも親の手前であり、内容など前世のおかげでスぺランカー以下の戦闘力しかないため授業中は隠れてずっとハンドグリップでギッチョギッチョやっていた。
そして来る日も来る日も大鎌の霊装を振り続け、休憩しながらイメージトレーニングを行い、そして大鎌を振り続けるといった日常をひたすらに繰り返していた。
また、魔術の修行も欠かすことができない重要な項目だった。もしも大鎌の腕を磨いたとして、しかし魔力制御がお粗末すぎて足を引っ張るなどという情けない結果で大鎌を汚すことなど私には到底できないことだったからだ。将来、「大鎌はいいけど使い手がね~」などと言われた日には情けない己への怒りとまだ見ぬ未来の大鎌ユーザーたちへの申し訳なさで全身の穴から血を流して憤死する自信がある。
人並では許されない。大鎌使いの気高さと優秀さを周知するためにも、一切の妥協は許されない。血反吐を吐く程度ですら生温い。再生医療を用いてギリギリ修行に支障が出ない程度がベストなのだ。
そんな生活を繰り返していた結果、中学に入る頃にはもうほとんど学校に行っていた記憶がない。
当然ながら、孤独と苦痛によって心が折れてしまいそうになったこともある。大鎌などというロマン武器で強くなることなど不可能なのではないかと、挫けそうになったこともある。
しかしそんな時は前世と現世で知ったマンガやアニメの鎌使いたちの雄姿を思い返し、そして例の掲示板の新たなスレッドで大鎌が受けている誹謗中傷を読むことで己の中の大鎌愛と反骨心を確認し続けた。
よってこんな独学の大鎌ユーザーの心の師匠が誰なのかと問われれば、二次元世界の偉大なる戦士たちと掲示板に巣食う《お前ら》ということになるのだろう。《お前ら》の言葉がなければ自分はそこで妥協の道を選んでいたかもしれないのだから、そういう意味では《お前ら》には感謝していなくもない。
そうして時間が許される限り、鍛えて鍛えて鍛え続けた。医療技術が発展したこの世界では、骨が折れようと腕が千切れようと完治させることができる。噂によれば新たに生やすこともできるのだとか。よって「死ななければ何とかなるから大丈夫大丈夫」と容赦なく己を追い込み続け、大鎌の技術を追求し続けた。
そして大鎌の性能を知らしめるために時に伐刀者の公式試合などに出場し、同時にその技術を実戦で試すためにストリートファイトや乱戦や夜襲も辞さない勢いで道場破りや殴り込みを敢行し、戦って戦って戦い続けた。
大鎌如きと見下す連中を圧倒する力を得るために鍛え、戦い、鍛え、戦い、また鍛え、さらに戦い、記憶が修行と実戦と血と汗しか残らないほどの月日が経った頃。
気が付くと私は、日本に七つしかない《魔導騎士》の専門学校――破軍学園の生徒となり、一年生にして《七星剣王》の座を手にしていたのだった。
◆ ◆ ◆
《七星剣武祭》――それは騎士学校に通う魔導騎士の卵たちが出場し、己の強さを示し合う祭典。
学生騎士たちはそこで一対一の試合をトーナメント形式で行い、勝ち残った学生騎士たちの中で誰が最強なのか決める年に一度の舞台だ。その覇者に与えられる称号こそが七星剣王なのであり、そして目の前の少女こそが昨年度の七星剣武祭を一年生にして制した、現在の日本で最も強い学生騎士なのである。
(見た目はだらしないながらも普通の女子なんだがなぁ)
黒乃は内心で溜息をつく。
こうして会話をすると感じるのが、七星剣王という名に見合わぬその圧倒的な名前負け感。
160センチほどという女子としてはやや高めの身長はまだ良いとして、腰まで伸ばしっ放しの髪の毛に化粧っ気のない素顔。そして黒乃も先日知ったのだが、女子らしくない圧倒的な服のレパートリーの少なさ。私服の組み合わせを3種類持つ以外は制服しか着ないと聞いた時には流石に眩暈がした。
生徒の私生活にまで踏み込むつもりはないが、これでは昨年度の七星剣舞祭で祝に敗れ去った者たちが浮かばれないだろう。実力だけは本物なのだから、後は私生活をもう少し改善してもらいたいところだ。
唯一、愛想が良いことだけは評価できるが、営業スマイルでも隠し切れない無精さと他の武器への排斥思想がそれを台無しにしていた。
内心で頭を抱える黒乃を、「試合ですけど」とあくまで笑顔で面倒そうに語り出した祝が現実に戻す。
「特に学ぶことはないかなぁ、と」
「ほう? 理由を聞かせてもらおうか」
「国際試合で戦うあの人を見たことはありますけど、スペックが馬鹿高いだけで剣士としては普通の一流です。それに“超一流”の黒鉄と試合をしても《一刀修羅》以外の手札を切らせることはできなかったのでは?」
「……まぁ、な」
「黒鉄は経験豊富で戦上手な感じでしたし、衆人環視で無駄に手札を晒す愚は犯さないでしょう。ならば行くだけ無駄無駄です。見る価値ほぼゼロです。素振りしていた方が建設的です」
その言葉を最後に、「じゃ、失礼します」と少女は足早に去っていった。背中を見送る黒乃は苦笑を漏らす。
それは極めて冷静な分析であり、同時に事実でもあった。
黒乃が審判を務めた件の試合は祝の言う通りの運びとなって終結している。そこまでをシミュレートした上で、祝は見る価値がないと断言したのだ。
あの場では試合の結果を番狂わせと称した者ばかりだったというのに、試合会場に足すら運ばなかった者にとっては当然の結果でしかなかったというのは皮肉なものである。
「全く……生き急ぎ過ぎだ」
早々と去っていった彼女は、物見遊山という時間すら惜しんでいるのが黒乃にはわかった。
文字通り強くなることに人生を捧げている彼女からすれば、他人の試合は『自分の糧になるか否か』でしかないのだ。
もちろん、その高い意識が祝の強さを担う一端であることも黒乃は認めざるを得ない。しかしそれは彼女の長所であると同時に短所でもある。
魔導騎士の専門学校という側面からすれば、彼女のような熱心な生徒は歓迎こそすれ忌むべき存在ではない。しかし一人の教師として見るのならば祝にはもう少し学生としての青春を謳歌してもらいたいと、むしろ謳歌させるべきなのだと考えていた。
これは教師としての義務感であると同時に、先達の騎士として抱いた危惧だ。
『力のために人があるのではない。人を活かすために力がある』
この前提をはき違えてしまった時、人は修羅へと堕ちる。
その道の先に待つのは、周囲を巻き込んだ破滅だけだ。
しかし黒乃の先代の理事長はそれを全くわかっていなかった。
あの修羅道へと突き進む少女の背中を押し、学園とその長である己の名誉と成果のために積極的に力を得るよう取り計らった。その先に得られる騎士学校としては最高の栄誉――七星剣武祭の頂を破軍学園のものとするために。
その結果、授業免除などの特別待遇によって一層の力を得た彼女は、力の代償に青春と人間的に成長する場を一年間も失ってしまった。
青春を失った――即ち彼女は“独り”である。友達を作ることもなく、授業も受けず、学園の行事に加わることもなく、ただただ七星剣武祭のためだけに学園に所属し、そして学園側も成果を出すことだけを彼女に期待していた。
つまり彼女にとって破軍学園の一年生だったという記憶は、ただ資格を得るために訓練の場所を変えたという認識しか残らなかったのだ。
何ということだ! 自分の愛したこの母校が、多感な時期の一人の少女に青春すらも与えなかったとは!
赴任したばかりの黒乃は、業務の引継ぎの過程で愕然とさせられた。
他にも黒鉄家との繋がりなどといった吐き気を催す事実はいくらでも出てきたが、例え本人が望んでいたのだとしてもあの少女を自分たちのために利用したということは許せることではない。
赴任の過程で追い出した前理事長とその一党は、一つの学園を預かる人間として風上にも置けない連中だった。可能ならば眉間に風穴を開けてやりたいと本気で思ったほどだ。
「なに、まだ二年ある。私のシマでそう簡単に人の道を踏み外させはしないさ」
段々と小さくなる背中を黒乃は見送る。
自分が新たな長となった以上、もうあのような愚行をこの学園にさせはしない。彼女の道を正す――などという手前勝手なことを言う権利があるのかは黒乃にもわからないが、せめて違う道が存在しているということだけでも祝に示すことが理事長としての仕事の一つだと黒乃は痛感していた。
◆ ◆ ◆
あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~
素振りをしている時の私の状態を表すのに、これ以上の言葉はないと思う。
このふわふわどきどきは癖になる。
ただの素振りでここまでエンジョイできるのは、偏に大鎌への愛故に為せる技だろう。もしも弟子を持つ機会ができたら、素振りで心がぴょんぴょんできるようになるまで育ててあげたい。
だが、そんな至福の時間もやがて終わりを迎える。残念ながら私は素振りマスターを目指しているわけではなく、大鎌の使い手として恥じない伐刀者にならねばならないのだ。なのでこの後は魔力制御の訓練に時間を回す予定である。
「精が出るな、疼木」
そうして私が素振りを終えた時である。
気配もなく背後から声をかけられる。思わず肩をビクリと揺らしそうになったが気合で堪えた。
大鎌使いの癖に気配察知もできねぇのかよ、と笑われるわけにはいかない。これはいかにも「気付いていましたぜ」という空気を出さなくては。ただ言い訳させてもらえるのならば、これは相手が悪かったのだと言わせてもらいたい。
声をかけてきたのは理事長にしてAランク騎士でもある新宮寺先生だった。
今年から赴任してきた新理事長というやつで、修行しすぎて去年はボッチになってしまった私にも声をかけてくれる人格者だ。
スーツをビシッと決めた彼女の姿は颯爽としていてカッコよく、デキるキャリアウーマン的な雰囲気が凄い。しかも見た目は若々しいというのに、これで経産婦だというのだから本当に詐欺だと思う。
それとどうでもいいけど、精が出るってなんかエロく感じてしまうのは私だけ……?
「つい今さっき、新入生の《紅蓮の皇女》と黒鉄が模擬戦をしていたぞ? 実力者の試合はいい勉強になる。お前も見に来れば良かったものを」
えっ、そうなんですか?
普通に知らなかった。だってずっと修行していたから。
そういえばさっきから訓練場の方で馬鹿みたいに魔力を撒き散らしている奴がいるなぁ、とか火柱ヤベェ、とか思ってはいたけど。でも、あれが試合だなんて誰も思いませんですやん。あんなの人間一人に使う魔術じゃないですやん。
いや、ちょっと待て。このままでは新宮寺先生にいらん迷惑をかける。友達がいないので試合のことを知りませんでした、では余計に心配させてしまうだろう。
「いえ、別に興味ないので」
困った時の営業スマイル。これで大抵の問題は対処できる。
ちょっと声が震えていた気がするけど、たぶん気付かれていないはず。
「勘違いしないでよね! 別に誰も教えてくれなかったわけじゃないんだからね!」というツンデレ風に答えてみるのも一瞬考えたが、きっと空気が死ぬだけだろうからやめておく。
「他人の戦いに学ぶことはもうないということか? それとも既にお前からすれば、あの程度は取るに足らない野良試合でしかないか?」
いやいやいや、流石にそこまで思い上がっちゃおりませんよ?
確かに剣士から技を教わるとか反吐が出ますけれども。でも大鎌の発展のためならば靴の裏でも舐める所存ですよ私は。
まぁ、剣士の試合なんて見所がなければ知っていても行かなかっただろうけど。単純にメンドいし怠いし。
そういえば模擬戦で思い出したが、私は去年の七星剣武祭で七星剣王の座に上り詰めている。
最近はマスコミとかも全然来なくなっていたから忘れかけていたけど、当時の破軍学園の熱狂ぶりは凄まじかった。何せ優勝者を輩出したのは数年ぶりのことらしく、前理事長が狂喜乱舞していたのは記憶に新しい。
そもそも私が騎士学校に入学したのは、その七星剣武祭で活躍することで大鎌の素晴らしさを全国中継させるためである。
年に一度しかない大会であるため、その機会は私が破軍学園にいる間に三回しか巡ってこない。そのため私は死にもの狂いで学園に実力をアピールし、パフォーマンスとして上級生などを蹴散らしまくった。
その結果として私は当時の理事長から特別待遇として授業免除などの特権を与えられ、来たる七星剣武祭のために特訓し続けた。
そうして私は順当に大会を勝ち抜き、ついに七星剣王という地位を手にしたのである。
これによって私は一躍有名人となった。雑誌やニュースで特集が組まれテレビにだって出た。そしてこれを好機と見た私は、練習した営業スマイルと前世で培ったコミュニケーション能力を総動員し、頑張って大鎌の良さをアピールしたのだ。
その結果、私は――
『欠陥武器というハンデを負いながら、それでも健気に戦い続けた悲劇のヒロイン』となった。
おんのれマスゴミめェェェエエエエ!!!
私は大鎌の良さを紹介したというのに、それが報道を通すとなぜか謙遜に謙遜を重ねた結果のように映っていた。「ハンデがあったけど頑張ればそれを覆すことができる!」とかいうお涙頂戴の茶番劇に成り下がっていた。
いや、これもう立派な風評被害ですよね。印象操作もいい加減にしろよ告訴してやろうか。
私は何とか事情を説明しようとしたのだが、世論の流れが影響してそれが世間に届くことはなく。そして季節はあっという間に過ぎ、気が付けば七星剣武祭の話題は下火となっていったのだった。
まさか『ペンは剣よりも強し』とかいう表現をこの身で味わう日が来るとは夢にも思わなかった。今年こそは正しい情報を世間にぶちまけてやる予定だが、また三文芝居のような筋書きを報道されたら今度こそ告訴してやる所存である。
……いかんいかん、つい回想に走ってしまった。そういえば《主人公》と《ヒロイン》が試合した話だったな。
「試合ですけど、特に学ぶことはないかなぁ、と」
「ほう? 理由を聞かせてもらおうか」
興味深そうに続きを促す新宮寺先生だが、すみません、半分くらい
しかしもう半分にはキチンと理由がある。
「国際大会で戦うあの人を見たことはありますけど、スペックが馬鹿高いだけで剣士としては普通の一流です。それに“超一流”の黒鉄と試合をしても、魔力量の関係から《一刀修羅》以外の手札を切らせることはできなかったのでは?」
「……まぁ、な」
やっぱり原作通りか。だが、原作知識を抜きにしても試合結果としては順当なところだろう。
黒鉄とは去年、前理事長の計らいで試合を組まされたことがある。そのためその実力は知識以上に良く知っているのだ。
その試合は何やら陰謀めいた裏事情があったとかなかったとかいう話を数少ない知り合いから聞いたが、その後すぐに私は授業免除を言い渡されて登校しなくなってしまったため彼とは殆ど会ったことはない。
本当ならば原作の登場人物である彼にはちょっと興味があったりしたのだが、当時は《七星剣武祭》が近かったため準備にかかり切りとなってしまい接触できなかったのだ。そしてその後も、どうにも彼からは避けられているのか校内で遭遇したことがほぼない。あっても遠目に会釈する程度で、そそくさと去ってしまう。
……私、何かしたっけ?
まぁ、何にせよ原作知識があるだけでなく、実際に試合をした私からすれば一度戦うだけでも彼の圧倒的な強さを知るには充分だ。
彼の強さの理由を挙げるとすれば、真っ先にあれが挙がる。
《一刀修羅》――身も蓋もないことをいうならば伐刀者版
これを始めとして、彼は数多くの武術の引き出しを持っている。総魔力量が絶望的に少ないというハンデを持つ彼は、それを武術を極めるという方向で覆そうとしたのだ。
さらに敵の深層心理に至るまで読み取る分析力、そしてこれらを伐刀者との実戦レベルにまで引き上げた戦闘経験。
例示した特徴からもわかる通り、彼は武術や戦闘能力そのものに特化しすぎている異端の伐刀者で、伸ばした方向が異色過ぎて『学校では評価されない項目ですからね』を地で行っている。
しかし試験と実戦は全くの別物であるように、戦闘となれば彼は鬼のように強い。しかもこちらの攻撃は全て分析済みのため、攻撃がまともに当たりやしない。原作知識という
そんな黒鉄であるが、昨年度は残念なことに原作通りに留年してしまったらしい。それでも腐らずに今年も一年生をやり直すと聞いている。
せっかく強いのに勿体ないとは思うが、これも世の――メタなことを言うのなら作者さんの定め。諦めて受け入れてほしい。
それにほら、結局のところ彼もどうせ剣士だし。私も原作云々とか知っているだけで鑑賞はしても干渉する気はないので、最終的には関係のない話だ。私に関係ないところで頑張ればいいんじゃないかな。私が卒業するまで七星剣王の座は絶対に譲らないが。
何はともあれ、これで新宮寺先生への言い訳には充分だろう。
これ以上話すとボロが出そうなので「失礼します」と小走りでその場を退散する。よし、完璧だ。新宮寺先生には今年からお世話になるし、これからも良好な関係を築かねば。
さぁ! それじゃあ今年も七星剣王を目指して頑張りますか! 目指せ三連覇!
今年こそ風評被害を取り除いて、大鎌の普及と宣伝に専念するぞ!
◆ ◆ ◆
この物語は、メジャー武器である刀剣や銃の存在を逆恨みし、その使い手たちが気付かないところで勝手に下剋上の執念を燃やす一人の伐刀者の物語である。
大鎌というロマン武器が好きなので書いてしまいました
転生ものは久しぶりすぎるのでキーボードを打つ手が震える……