落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

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感想は全てに返信できず申し訳ありません。


つかあのお兄さん刃が刺さんねーんだけどマジで

 風を操ることで空気抵抗をなくし、逆に空気を暴風の推進力へと変換する王馬。

 埒外の魔力制御と理想的な身体運用により、並みの伐刀者の十倍以上の『行動強化』――魔力放出による身体強化を可能とする祝。

 この二人が激突したことでまず始まったのは、凡庸な伐刀者では目で追うことすらも叶わない高速戦闘であった。

 

 戦闘開始と同時、破軍と暁の両陣営の多くの者は二人の姿が掻き消えたようにしか見えなかった。

 

 二人の姿を捉えられたのは、動体視力に特に優れる多々良と《閃理眼》の伐刀絶技を保有する刀華のみ。そんな二人が驚愕に表情を硬直させるよりも速く、王馬と祝は互いの霊装の間合いに足を踏み入れていた。

 振り下ろされる《龍爪》。

 薙ぎ払われる《三日月》。

 単純ながらも常人ならば掠るだけでも必殺の威力を誇るその二撃は、しかしこの二人にとっては小手調べにもならない挨拶程度の意味合いしか持たない。

 二人の距離は瞬く間にゼロとなり――更なる加速によって初撃を見舞ったのは祝だった。

 王馬の上段からの斬撃を前方への加速のみによって回避した祝は、すれ違いざまにその無防備な脇腹へと鈍色の刃を叩き込んだのだ。まさかの初撃による決着に多々良と刀華は瞠目し、しかし当の祝は眉を顰めるという勝者に相応しくない表情を浮かべていた。

 しかしそれは当然だろう。

 なぜなら、そもそも勝敗はまだ決していないからだ。

 

()ァッッッ!」

 

 大鎌を振り抜くことで背を向けることとなった祝に向け、脇腹を斬り裂かれたはずの王馬が間髪入れず反撃を繰り出した。

 しかし祝は()()()()()()()()()、背中越しに斬撃を長柄で受け流す。そしてそれに収まらず更なる反撃として、今度はその石突を受け流しの運動エネルギーを乗せたまま王馬の頭蓋へと叩きつけた。

 祝の魔力放出すらも上乗せされたその打撃は王馬の右側頭部を直撃。堪らず王馬は大きく体勢を崩し、――それを見逃す祝ではない。

 

「やッはァ!」

 

 まるで舞のようにその身を躍らせた祝が漆黒の大鎌を振るう。

 それはまさに発破と表現するに相応しい大音量だった。大鎌の曲刃の先端が王馬に触れるやいなや、炸裂音とともに王馬の身体が大きく吹き飛ぶ。

 

 だが、王馬は倒れない。

 

 なんと彼は僅かに宙に浮いた己の両脚を地面に突き立てるや、粉塵を巻き上げながらその勢いを力尽くで押さえ込んだのだ。

 あれほどの斬撃をその身に受けておきながら、王馬の動きは全く衰えた様子はなかった。それどころか彼の身体からは血の一滴すらも流れ落ちておらず、諸に石突を食らったはずの側頭部にも傷は見られない。強いてダメージの痕跡が見受けられるのは、王馬がその身に纏う和装だけだ。

 

(な、何がどうなって……!?)

 

 一連の攻防を傍らから見ていた刀華には全く意味がわからなかった。

 攻撃をその身に受けながらもダメージを殺し切る方法は確かにある。その代表的な例が、魔力総量に絶大な差があるために攻撃側が防御側の魔力防御を貫けないというものだ。

 一見すればその現象によって王馬が祝の攻撃を防ぎ切ったようにしか見えない。

 しかし刀華の知る限り祝の魔力総量は数値上では自分よりも多く、ステラを除けば学生騎士の内でも最高峰に相当するもののはず。加えてあの威力で繰り出される斬撃を無傷で受け止めるなど、どう考えても尋常ではない。

 だが、その不可思議を前にしても祝は興味深そうに王馬を見つめるだけだった。

 

「……へぇ。硬いですね」

「貴様の刃が軟すぎるだけだ。今度はこちらから行くぞ」

 

 ゆらりと《龍爪》が持ち上がる。

 そしてたちまちその刃がブレ――

 

()ィッ!!」

 

 放たれる斬撃。

 間合いを開けながらも繰り出された斬撃は風を纏い、その風は鎌鼬となって祝へと迫る。

 しかも一撃ではない。瞬間にして繰り出された風の刃――《真空刃》は十三。まるで嵐のように殺到する刃の群れに、しかし祝は微笑みを崩さない。それどころか避ける仕草すら見せなかった。

 

「ふぅん?」

 

 「あっ」と破軍の誰かが叫ぶより速く、いや、それどころか王馬が刃を振り下ろすよりも早く、祝は《三日月》を大きく背後へと振りかぶっていた。

 そして刃が殺到するや否や、全身の筋肉を捻るかのように大きく大鎌を薙ぎ――

 

 

 その一撃は爆砕音を奏で、横殴りの爆風となって大気を蹂躙した。

 

 

 物体が音速を超えることによって引き起こされる衝撃波(ソニックブーム)

 それは風の刃を食らい尽くし、更には大地すらも抉り取る。そのあまりにも荒々しく暴力的な防御行動に、先程の王馬など比でないほどの粉塵が舞い上げられた。

 

「何でもありかよクソがァ!」

 

 暁か、それとも破軍か。

 余波だけで身体が吹き飛ばされそうになるのを懸命に堪えながら誰かが叫ぶ。誰のとも判断の付かないその言葉だが、実際に刀華たちの内心を実に簡潔に表していた。

 《真空刃》から身を守るための防御行動でしかないこの一撃。だが、もしも人間がこれを直撃してしまえばどうなるかなど自明の理だ。これほどの衝撃波を食らったが最後、全身が千切れてバラバラになるに違いない。

 その身に三度もの致命打を食らって平然としている王馬は疑いようのない怪物だが、素振り一つで殺人攻撃を当然のように放つことができる祝もやはり普通ではなかった。

 

 そんな刀華たちの驚愕を余所に祝が粉塵へと突入する。

 

 視界が利かない中へとあえて踏み込むのは明らかに愚行。

 しかし《既危感》によって敵の反撃を予知できる祝にその常識は当てはまらない。

 

(来るか)

 

 そんな祝の接近を、王馬は己の支配下に置くことで感覚を共有している周辺の大気から悟った。視界が利かずとも問題がないのは祝ばかりではない。空気さえ存在していれば王馬の眼は全てを見通す。

 

(あっ、何か知らないけどバレた――そっちもだけど)

 

 祝もまた、《既危感》により王馬の存在を悟る。

 粉塵を引き裂き迫る白刃を未来から予知したのだ。刃渡りと軌道から即座に逆算、祝もまた王馬の正確な位置を割り出す。

 予知と感覚共有という、互いに常人を逸脱した超感覚を用いた探り合いは互角。ならばやはり、雌雄を決する要因は“己の強さ”しかないだろう。

 その意志を乗せた二つの刃が交錯し――そのあまりの衝撃に粉塵は瞬く間に消し飛んだのだった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 王馬くん凄すぎワロタ。

 

 息をつく間もない高速戦闘。

 いつの間にか戦場は移り変わり、東堂さんたちのいた正門付近は遥か彼方だった。

 それを意識している間にも私と王馬くんは一切足を止めておらず、破壊の痕跡を周囲に刻みながら転々と戦場を変え続けていた。

 加速し続ける戦闘模様。それに引き摺られるように思考も加速していく中、私は改めて王馬くんの戦力を分析する。

 

 王馬くんの何が凄いって、色々凄いけどその最たるものは肉に刃が通らないことだろう。

 マジで純粋に硬すぎて普通の斬撃では皮膚すら貫けない。打撃すらもあのガチガチの筋肉と骨に阻まれて全く通用していない。これは原作にもあった王馬くんの特性なので知っていたには知っていたのだが、実際に闘ってみてわかった。比喩表現とか抜きで鋼より硬いよ、あの筋肉。

 筋肉に刃が刺さらないって、お前はジャック・ラカンかよ。

 

 ではなぜ彼の身体がこれほどの硬度を持っているのかというと、原作知識によれば彼は数年もの間、自身の風の能力で身体に圧をかけ続けるという修行をし、それに適合する形で肉体が変化したためらしい。常に肉体を空気圧で潰し続けるだけであそこまで人間が超進化できるものなのかは甚だ疑問だけど……ほら、そこはファンタジーですから。

 おまけに筋肉が進化したせいで硬度だけでなく膂力も上昇し、もはや素の力だけでステラさんと渡り合えるほどなんだとか。原作では東堂さんの《雷切》すら受け切っていたし、マジで筋肉で攻防能力を底上げしているのだ。

 

 筋肉最強説(力こそパワー)

 

 これを王馬くんは体現していると言えるだろう。というか魔術で闘うラノベで筋肉でほぼ全ての敵を薙ぎ払える王馬くんは絶対に生まれる世界を間違えている。

 っていうかこの人、力がありすぎて通常攻撃すら防御ができないんですけど。斬撃を受け止めたらそのまま叩き潰されるんじゃないの、私。さっきは様子見として受け流しをしてみたりもしたのだが、魔力放出で無理に相殺したのに手と腕が痛いし。本音を言うのならばあんまりやりたくはないが、躱し続けるのは却ってシンドいので却下。

 

 更に言うのなら他にも速さとか反応速度とか無駄のない体捌きとかたぶんまだまだ残されているであろう風の魔術のレパートリーとか、王馬くんの凄い点を上げればキリがない。

 速いし硬いし力は強いし魔術も魔力量も優秀とか、これどこの“僕が考えた最強の伐刀者”なんですかねぇってくらいステータス的に隙がない。高次元にバランス良く能力が揃えられた理想的なオールラウンダーだ。

 それから……もしも違ったら私の勘違いみたいで恥ずかしいんだけど……

 

 

 この人、原作よりも強くね?

 

 

 最初から違和感はあった。

 原作では確かステラさんの《天壌焼き焦がす竜王の焰》に対し、王馬くんは彼の必殺技である《月輪割り断つ天龍の大爪》で迎撃していたはずなのだ。そして二人の必殺技が激突した結果、ステラさんは生まれて初めて力押しによって敗れ去る……って感じの展開だった気がする。

 しかし実際は違った。

 王馬くんは必殺技の「ひ」の字すら晒さず、《真空刃》でステラさんを片付けてしまった。もちろん連撃で放つようなものとは込められた魔力も空気の密度も桁違いではあったんだろうけどね。

 

 でも、最初は興奮のあまり意識していなかったけど、これって普通にヤバいよね?

 ステラさんは猛特訓の末に王馬くんを打倒することになるけど、これ本当に勝てんの? 正直、この王馬くんに勝てる彼女のイメージがサッパリ湧かないんですけど。

 

 ……まぁ、何はともあれだ。

 王馬くんのその一見無謀としか思えない修行でこれほどの成果を出したという事実は素直に賞賛するしかない。私からすれば『感謝の正拳突き一万回』を繰り返し、その果てで百式観音を習得したのと同種の凄い偉業だ。

 誰に命令されるでもなく、成功する保証も実を結ぶ確証もないというのに、自分にできることを極め続けたことで極限の領域までそれを昇華させたのだから。

 

 彼がこのような修行を始めたのはなぜだったか……

 そうだ。確か彼は小学生(リトル)リーグに優勝して中学生に上がった後、国外へと武者修行の旅に出たのだ。しかしその過程で《解放軍》の首領にして最強戦力である《暴君》と闘い、その人物にぶっ殺される寸前まで痛めつけられてしまったのである。

 そして世界の本当の広さを知った王馬くんは無茶な修行に手を出すようになり、そして現在に至る、と。

 

 いや~、大鎌至上主義の私は剣士なんて須らく死ぬべきだと常に思っているけれども、彼の強さに対する執念は私の大鎌に対する情熱と比較できる程度には本物だと私も認めざるをえない。

 彼は心の底から強くなることを渇望し、いつか《暴君》すらも下せるような伐刀者になることを目指しているのだろう。

 

 世界の勢力図を三分割するほどの伐刀者《暴君》。

 噂によれば高齢のため寿命がもう長くないとかは聞いたことがある。しかし間違いなく世界最強クラスの伐刀者であることに間違いはないので、恐らくは彼も《魔人(デスペラード)》と呼ばれる存在なのだろう。

 そんなこの世界における大魔王的なポジションのレベルを目指す王馬くんには感心させられるが……

 

 

 

 残念ながら王馬くんの冒険はこれで終わりだ。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 戦闘が始まってから数分。

 王馬と祝の戦闘は膠着状態に陥りつつあった。

 というのも数撃を交えたことによって王馬も祝も敵の大まかな力量を計り終えてからは、下手に牽制や派手な動きをすることを嫌い、ジリジリと互いの隙や意識の解れを探り合う読み合いの段階に移行したのである。

 その一瞬すらも気の抜けない戦闘の最中(さなか)、王馬は静かに思考する。

 

(数年前とは桁違いに武術が洗練されている。まさかこの俺の攻撃をこうも受け流し続けるとは)

 

 表情にこそ出さないが、王馬は内心で舌を巻く思いだった。

 王馬の肉体はこの数年で圧倒的な進化を遂げている。『行動強化』の訓練も怠らず、加えて黒鉄家で暮らしていた頃から慣れ親しむ『旭日一心流』も実戦の中で研鑽を絶やさなかった。そんな王馬の必殺の剣技を祝は躱し、そして受け流すことで掠り傷の一つすらも負わずにいる。

 認めるしかない。祝の武術と魔力・身体運用は自身のそれを凌駕していると。

 身体能力そのものは王馬が圧倒的に勝っていることは疑いようがないが、その差を覆し、更には互角に持っていけるほどに祝は巧い(・・)

 しかも《既危感》による経験値の蓄積により、戦闘開始の当初よりも明らかに王馬に対応する動きが洗練され始めている。このままダラダラと時間をかければ、自分の武術は何一つ彼女に通用しなくなってしまうだろう。

 

(ふん)ッッ!!」

 

 大地を断つかと思われるほどの威力で振るわれる《龍爪》。

 それを無駄なく紙一重で躱した祝は、その刃が振り終わるよりも早く王馬へとカウンターの刃を振るう。その刃が狙う先は――眼球。

 筋肉と違い、人体において最も柔らかい部位の一つ。

 なるほど、道理には適っている。王馬の硬質化した筋肉や骨に攻撃が通用しないのならば、剥き出しの弱点である眼球から攻めようと考えるのは当然だ。

 

 しかしそれは王馬も腐るほど経験した対応だった。

 

 その殺人的な目潰しを、王馬は軽く首を動かすだけで防ぐ。まっすぐに眼球へ向かっていた刃は目標には辿り着けず、王馬の頬を浅く()()()に留まった。単純に頬の皮膚を刃が傷つけられなかったのだ。

 「ちぇ」と残念そうに呟く祝。

 だがその攻撃の失敗も彼女にとっては想定内なのか、更なる追撃を行うこともなく後方へと退いていく。王馬もそれを追うことはせず、ちょうど良いタイミングではあったためゆっくりと空気を吸い込み身体の調子を安定させた。

 しかし隙は作らず、その思考もまた回転を続けていた。

 

 ――決定打に欠ける。

 

 弄ぶかのように大鎌を一旋、二旋させる祝を眺めながら、王馬はその事実を再確認する。

 祝の刃が自分に届かないことと裏腹に、接近戦では予想通りにこちらの攻撃が通用しなくなり始めつつある。

 かといって中・遠距離戦をしようにも速射できる《真空刃》は通じず、溜めを必要とする大技の類は祝の予知によって出だしを強制的に潰される。ダメージこそほぼないが、体勢を崩されるような一撃を見舞われて大技を放てないのだ。

 傍目から見れば恐らく延々と接近戦を続けていたように映るかもしれないが、王馬とて馬鹿ではない。戦闘の過程で魔術を試みなかったはずがなかった。

 

(己の魔力(ステータス)を極限まで研ぎ澄まし、《既危感》でそれを最大に発揮する。なるほど、奴の戦闘の“型”は既に完成形だ。しかも未だに発展の余地を残している)

 

 こと接近戦に限るのならば、王馬がこれまでに出会った伐刀者の中でも五指に入る実力者。

 膂力も通常の伐刀者が相手ならば充分に反則的で、敏捷力や機動力も超一流の領域だ。王馬もこの進化を遂げずに彼女と相対していたのならば、恐らくは一方的に惨殺されていたに違いない。

 

 そう、()()()()()()()()()()()

 

 闘争にifはない。

 現実として祝の攻撃が王馬に通用していないことは覆しようがないのだ。確かに王馬の攻撃は祝に当たらないが、彼が持つ特性は祝の持つ強みを殺し切って余りある。

 決定打がないのは祝とて同じこと。むしろこちらは武術も魔術も当たれば必殺という有利に変わりはないのだ。

 

 つまり膠着状態でこそあれど、戦局が傾いているのは――王馬。

 

 そもそも大鎌による接近戦しかほぼ手札がない祝は、敵と実力が拮抗した時点で“敗け”なのだ。それは即ち、唯一にして最強の手札が相手に通用していないことを意味しているのだから。

 先程の衝撃波のような技があろうと、自身の得意な土俵で勝ち目を見出だせなければ祝は最早打つ手がないも同然。

 だからこそ王馬の鋼の肉体は、これ以上ないほどに祝の戦闘スタイルに()()()

 

(どうする? ここから貴様はどう逆転する?)

 

 だが、王馬に油断や慢心は欠片も存在していなかった。

 むしろ逆だ。こうまで自分に有利な状況で祝が逆転する術が思い付かないという、()()()()()()()()()()()

 それはつまり、仮に祝がまだ勝機を確信していた場合に次の手が全く予想できていないという王馬の未熟さすらも表しているのだから。

 

 超人的な見切りと魔力制御によって制御された、武術という名の暴力を絶えず見舞う祝。

 そしてそれを全て受け切りながらも、尚斃れることなく即死級の斬撃を繰り出し続ける王馬。

 

 それはAランクという外野の評価などまるで意味を成さない、至高の超人たちだけが踏み入ることのできる領域の闘争だった。

 一挙手一投足が命運を決してしまうその闘い。だが、王馬の直感が告げている。この疼木祝という敵は、博打を打ってでも早々に勝利を掴むべき狂気を孕んでいると。

 ならば――

 

「やらせませんよ」

 

 刹那、王馬の脳が指令を肉体に伝達するよりも更に速く。

 これまでとは比較にならないほどの速度で祝が間合いを詰めていた。あまりの速度に物理現象すらも追いつかず、祝の蹴り足によって砕けた地面が思い出したかのように爆ぜる。

 

 ――速いッ、まだ手を抜いていたというのかッ!?

 

 王馬が驚愕に目を見開く暇すら与えず、その加速力を用いて祝は石突を用いた神速の刺突を見舞う。

 その渾身の一撃に王馬は思わずといったように呻き、堪らず数歩後退った。しかしそれだけだ。これでもまだ皮膚に痣を刻む程度。未だに祝の攻撃は王馬の肉体に致命傷を与えることはできていない。

 そして……

 

「それは予想済みだッ!」

 

 体勢を崩したことなどものともせず、王馬はその全身に旋風を纏った。

 《風神結界》――自身の周囲に高速で回転する竜巻を形成し、接近する全てを微塵に斬り裂く王馬の防御魔法。しかしそれを敵が目の前にいる状態で繰り出せばどうなるか。

 即ち、攻防一体の範囲攻撃と化す。

 

「やっぱり駄目ですか~」

 

 そしてそれを予知できない祝ではない。

 刺突が王馬の体勢を崩すに留まった時点で祝は後退し、たった一歩で《風神結界》の殺傷範囲から離脱した。

 対する王馬もただ闇雲に風を纏ったわけではない。それどころか、これこそが王馬が必殺の一撃を繰り出すための布石。

 

「……ッッ」

 

 竜巻に巻き上げられた木の葉が微塵に斬り刻まれる外界とは打って変わり、《風神結界》の内部は静寂に包まれていた。その中心に佇む王馬は、一呼吸の間に体内で莫大な魔力を練り上げる。

 祝に屈辱的な勝利を収めてより、王馬は絶えず己を鍛え続けていた。

 それは肉体に限らず、その魔力制御の技術もだ。

 王馬は何一つ妥協しなかった。肉体を鍛えるために魔術を疎かにするなど、王馬の目指す“強者”に相応しくない邪道。むしろ祝という得難い強敵と幼い内に遭遇したことで、本来の彼よりも更に修行に容赦がなくなっていた。

 ならば、だ。

 

 《暴君》に敗れ去って以降も研鑽と進化を続けていた王馬が、本来の彼を超える進化を遂げているのは当然の帰結である。

 

 王馬にとっての溜め――それは一呼吸の間さえあれば充分だ。

 直後、王馬は大規模魔術を放つための全ての行程を終えていた。あとは祝の動きによって応手を決めるという、その段階まで一秒とかからない。

 応手とは、即ち『遠か近か』という問題だ。

 王馬が迎撃準備を整えたことは祝も既に予知しているはず。ならばその後の彼女の動きで王馬は有効な攻撃を選択すればいい。

 祝が《風神結界》を突き破って接近してくるのならば、近距離に絞って威力を発揮する面制圧を。距離を取って様子を伺うようならば更に魔力を練り上げ、躱しようのない大規模攻撃でこの学園の敷地ごと叩き潰す。

 もはや攻撃の規模(スケール)が学生騎士のそれではないが、王馬にとって祝という存在はそこまでして斃すべき価値のある強敵だった。

 

 そして待ち構える王馬に対し、祝が取った行動は――突撃。

 

 直後、風神結界が大鎌の一斬によって消し飛ばされた。

 衝撃波だ。先程《真空刃》を吹き飛ばした衝撃波により、今度は《風神結界》すらも祝は打ち破ったのである。そして引き裂かれた結界の狭間から、祝が神速で間合いを詰めにかかる。

 しかしそれは無駄な足掻きだ。

 祝の予知能力の特性から鑑みて、遠距離から狙い撃ちにされるよりも乾坤一擲の接近戦に臨む方が危険度は低いと判断した末の選択だということはわかる。何せ距離を取ったが最後、祝には投擲くらいしか攻撃手段がないはずだからだ。

 つまり祝は最悪手と悪手を秤にかけたに過ぎない。よってどちらを選んだにしても、もう状況が祝に傾くことはない。

 

(しかし奴のことだ。決死の一撃を割り込ませることによって俺の攻撃を阻もうと企むはず。だが、そうとわかっていればどうということはない)

 

 これにて王馬が放つべき魔術は決定した。《風神結界》を応用、拡大化することにより、莫大な大気の斬撃を半径二百メートルほどに向けて解き放つ。まさに極小のハリケーンとなったその魔術の斬撃が四方八方へと殺到するため、逃れようのない広範囲攻撃(ワイドレンジアタック)となって今度こそ祝を殺害足らしめるだろう。

 

 だが、それを予知によって理解していて尚、祝は王馬へと最後の一撃を繰り出そうとしている。

 

 王馬がここまで攻撃の意を示しているというのに、祝の能力がそれを見逃すはずがない。

 そして彼女が無駄な自殺行為を喜々として行うはずがないため、恐らくこの一撃は王馬の魔術に先んじて王馬へと届くのだろう。魔術を発動するための一瞬の隙にその刃を奔らせ、王馬の魔術を失敗に終わらせるのだろう。それほどの斬撃ともなればどれほどの威力が込められるのかは王馬をしても想像に苦しむが……

 

 ――どれほどの一撃であっても耐えてみせる。

 

 その覚悟とこれまでの己の鍛錬に対する自負が、王馬の鋼の肉体を更に硬質化させた。筋繊維同士が結合を強め、ゆったりとした和装の上からでもわかるほどに筋肉が隆起する。魔力と風の鎧すらもその身に纏った王馬の身体は、さながら人間大の要塞と言っても過言ではない。

 これでも止まる様子を見せない祝には、既に魔術に失敗する王馬の姿が予知できているのかもしれない。

 だが、それでも王馬は構わなかった。

 

 ――ならばその予知を覆し、勝利をこの手に収めるまでのこと。

 

 王馬の眼前に迫る祝の構えからして、恐らく繰り出されるは上段からの斬撃。

 横薙ぎと合わせて最もポピュラーな大鎌の攻撃の一つ。その単純さ故に、最も大鎌が威力を発揮するであろう構え。

 それを見切ると同時、王馬は来るべき大威力の斬撃に一瞬たりとも魔術の発動を遅れさせまいと神経を集中させる。

 祝の速さは計り知れない。最悪の事態を想定し、少なくともあと二段階は速度が上がると仮定しておくべきだ。そうなればすれ違いざまに一撃を叩き込まれ、そのまま魔術が発動する前に逃げ去られてしまう可能性もゼロではない。

 タイミングを計り損ねることは許されない。この千載一遇の勝機を逃せば、次に彼女を仕留められる機会がいつ回ってくるのかわかりはしないのだ。そして無駄に時間をかけることは祝が更に王馬の戦術に最適化してしまうこととなる。そうなればこの二つの眼が抉り取られるのもそう遠くないこととなるだろう。

 だからこそ王馬は耐える。耐え忍ぶ。この大博打に勝利するためと奥歯を食いしばり……

 

 

「――あは」

 

 

 悪戯が成功した幼い少女のように目を輝かせた祝を見るなり、王馬は直感的に己の失敗を悟ったのだった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「くッ……」

 

 額から頬へと伝う汗を拭うこともせず、刀華は表情を歪めながら苦しげに呻く。

 そんな刀華に対し、暁学園の一人である紫乃宮天音はこの場に不釣り合いな無邪気な笑みを見せた。

 

「うーん、頑張るなー。もうそろそろ諦めちゃった方が楽だと思うよ?」

 

 巨門学園の制服を纏い、幼さすらも感じさせる彼の両手には無数の剣が扇のように広げられている。

 いや、彼だけではない。刀華を逃すまいと、他の暁の生徒たちまでもが刀華を包囲していた。

 絵筆とパレットの霊装を手に気怠げな様子でこちらを眺めるサラ・ブラッドリリー。

 チェーンソー型の霊装を引き摺り、追い詰められた刀華を愉快そうに眺めやる多々良幽衣。

 そしてメイド服の少女を引き連れ、黒い獅子に跨りながら好戦的な笑みを浮かべる風祭凛奈。

 状況は()()()

 つまり他の選手団の生徒たちは既に全滅しており、刀華はこの精鋭たちを相手に孤軍奮闘を強いられているのだった。

 

 事の発端は数分前。

 

 王馬と祝が刃を交えながら戦場を移した途端、二人の戦闘の余波を警戒して動かなかった残りの暁学園の生徒たちが動き出したのである。

 もちろん、王馬と祝の戦闘に目を奪われながらも敵への警戒を緩める刀華ではない。それは刀華と同じく実戦経験を積むカナタも同様であったが――しかしながら、それ以外の生徒たちにそれを要求するのは些か厳しすぎた。

 一斉に動き出す暁の面々に対し、咄嗟に対応することができたのは刀華とカナタのみ。そして彼らもそれを事前に承知していたのか、暁は正確に刀華とカナタへと刺客を放つ。

 カナタへは夏場だというのに防寒着を着込む少女――多々良幽衣が。そして刀華には眼帯を付けたドレス姿の少女――風祭凛奈が。どちらも暁学園が今回の七星剣武祭のために裏社会から選抜した精鋭であるだけに、二人は応戦せざるを得ない。

 

 そしてそれだけの隙があれば充分だった。

 

 紫乃宮天音とサラ・ブラッドリリーが残りの生徒たちへと襲いかかる。戦意が折れ、呆然と王馬と祝の戦闘を見守るしかできなかったただの学生騎士にそれを捌き切れなどというのは土台無理な話。

 カナタと刀華が応戦している僅かな間に彼らは全滅してしまった。

 そしてカナタも多々良の何らかの能力に敗れ去り、既に地面へとその身を横たえてしまっている。あちらにどのような事情があるのかは刀華も知らないが、全員が《幻想形態》によって気絶させられているだけで死傷者がいないことが唯一の吉報だろう。

 

「おいリンナァ。テメェ、アタイが《紅の淑女》をブチのめしてる間ナニやってやがったァ? この(アマ)、ピンピンしてやがんじゃねェか」

 

 嗄れた声で多々良が毒づく。

 迅速にカナタを沈めた彼女からしてみれば、同じく()()()()()()()だけの刀華を相手に凛奈がまだ勝利できていなかったことに納得がいかないようだった。

 これに対し、凛奈は「クックック」と含み笑いを漏らす。

 

「その喧しい口を閉じろ、《不転》の。たまさか貴様に星の巡りが味方しただけのことよ」

「お嬢様は『うるさい! 偶々そっちは相手との相性が良かっただけでしょ!』と仰っております」

 

 凛奈の仰々しい言葉遣いを、すかさず背後に控えるメイド――シャルロット・コルデーが翻訳する。

 凛奈のわかりにくい言葉に怪訝そうに耳を傾けていた多々良はその翻訳でようやくその意味を理解し、「あァン?」と不快げに表情を歪めた。

 

「上等だぞボケが。《雷切》の前にまず使えねぇテメェからぶっ殺してやろうかァ?」

「ほう、吠えたな狂犬が。吐いた唾は飲み込めんぞ?」

 

 味方であるはずの二人が一気に険悪な雰囲気になる。

 その様子に思わず溜め息を漏らしながら、天音は「二人とも、今はお仕事中だからねー」と仲裁に入る。多々良と凛奈も本気で争うつもりはなかったのだろう。お互いに鼻を鳴らしながら視線を刀華へと戻した。

 まるで子供の戯れ合いだ。しかしその間も包囲がまるで緩まないのは、流石は精鋭というべきだろうか。

 だが、刀華にもこの場から離れられない理由があった。それは選手団の仲間を含め、周辺に倒れ伏している破軍の生徒や教師たちだ。

 刀華一人ならばあるいはこの場から逃げ果せる可能性もゼロではない。しかし万が一にも彼らが生徒たちを人質に取ってしまったならば……

 

(その時は完全に打つ手がなくなる!)

 

 だからこそ刀華にできたことは、暁の視線が周囲に向かないように哀れな狩りの獲物として踊り続けることだけだった。

 もちろん刀華もただやられてばかりではない。隙を見ては反撃をし、あわよくば暁を撃退しようと試みた。しかし敵は精鋭というだけあり、刀華はジリジリと追い詰められつつある。また焦り故か、あるいは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、今日は妙に足場を滑らせたり、状況判断を誤り攻撃に失敗したりすることが多い。

 

(どうすれば……どうすれば……!)

 

 劣勢は更なる焦りを呼び、そして焦りは更なる劣勢を生み出す。

 刀華は今、完全に負の循環に呑み込まれつつあった。そんな刀華の内心を見透かしたかのように、天音は心底から楽しそうに笑う。

 

「アハハ。大変だねー、生徒会長っていうのも。でも大丈夫、君は会長として立派に闘ったと思うよ。だからもういい加減にやられちゃってくれると僕も嬉しいかな?」

「ッ、まだまだ!」

 

 その言葉は己への鼓舞だった。

 そう、勝機はまだ残っているはずだ。ならば最後まで諦観に膝を屈するわけにはいかない。

 一輝がバスで選手団の先導を買って出た時、己の騎士道にそう誓ったのだ。

 弱い自分は仲間を守りきることはできなかったけれど――それでも絶対に暁のこれ以上の暴挙を許すわけにはいかない。

 そんな意志を眼に秘めた刀華に、天音は笑顔を浮かべながらもどこか冷めたような声音で「へー」と気の抜けた声を漏らした。

 

「あっそう。僕としては親切で言ってあげたつもりだったんだけどなぁ……まぁ、無駄だと思うけど頑張って?」

 

 そして天音は、両の手に広げられた十本もの《アズール》を無造作に投げ放った。

 牽制を兼ねているつもりなのか、それらの多くは刀華に掠りもしない軌道を描いている。それを見切った刀華は、余裕を持って自分に直撃するであろう剣のみを弾き落とした。

 

(来るッ)

 

 それを合図にしたかのように、多々良に凛奈、そして沈黙のままに刀華を見据えていたサラが一斉に動き出した。

 その胸に宿るは不退転。孤軍奮闘という圧倒的に不利な状況に陥っていようと、彼女は己の騎士道を曲げはしない。刺し違えてでも彼らを止めてみせる。

 その意志を刃に乗せ、刀華は彼らを迎え撃たんと霊装《鳴神》の柄を強く握り締め――

 

 

 ――そして背後から飛来した無数の《アズール》にその身を貫かれたのであった。

 

 

「……えっ?」

 

 膝から腰へ、腰から腕へと力が抜けていく。

 意識が遠退き、五感がその機能を停止させていく。視界は徐々に暗くなりつつあり、その時点でようやく刀華は己の不覚を悟った。

 

(みん……な、ごめ……ん……)

 

 崩れ落ちる中、刀華は悔しさと自分の不甲斐なさに涙を流していた。

 そして地面に全身を打ち付けながら、刀華は意識を失うその直前に声を聞く。

 

「――ほら、やっぱり無駄だった」

 

 それが誰の言葉なのか刀華には最早わからなかったが、それは嘲笑と失望に染まりながらもどこか悲しげだった。

 

 

 

 

 

 




まだ王馬vs祝は序章でしかないのでご注意を。
というか王馬に本気を出させると破軍学園ごと生徒や教師が死体の山になってしまうので凄く扱いにくい……!

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