落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

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雷(いかづち)よ! かみなりじゃないわ!

 破軍学園の七星剣武祭代表選抜戦が始まってもう一ヶ月が過ぎた。

 代表選抜戦も後半へと突入しており、今現在で無敗を誇る生徒の内の六人が七星剣武祭へと参加する資格を得ることとなるのがほぼ確定しているのが現状だ。選抜戦は最終的な戦績が高い生徒を順に採用してゆく方式を取っているのだが、このペースならば最後まで無敗を維持する生徒が出てくるだろうということは想像に難くないためだ。

 その中の候補の一人には、光栄なことに私の名前もある。しかし私の予想ではこの辺りの時期で「おい、大鎌って実はスゲェ武器なんじゃねぇか……?」と噂されているはずだったのだが、現実は私が考えていたほど芳しいものとは言い難かった。

 突然だが、選抜戦はスケジュールと選手への配慮の面から三日に一度ほどのペースを保っている。今の時期ならば勝ち進んだ選手は十回以上の試合を終えているのが通常の進行なのだ。

 

 だというのに、私はまだ二回しか試合をしていないのはどうしてなのだろう……。

 

 理由としては単純だ。

 第一試合で相手選手を鎧の霊装ごと両断したという事実に、殆どの対戦相手が恐れをなしてしまったのである。これにより次回以降の私の試合は棄権者が続出し、次のまともな試合は第五試合となってしまった。よって私は張り切って試合に臨み、大鎌を目立たせるために三年生のCランク選手を開幕数秒で、防御に回された腕ごと股から頭へ一撃で叩き斬るという派手な勝利を観客に見せつけた。

 

 以降、今日に至るまで私が試合をすることはなくなった。

 

 想像以上に破軍学園の生徒には骨のない生徒ばかりだったらしい。七星剣武祭に挑もうというのに七星剣王に恐れをなすとは、君たちは一体何を思ってこの大会に参加したんだ? むしろ早々に障害物を排除できてラッキーと思えるくらいでないと駄目だと私は思う。試合には新宮寺先生が顔を出しているのだから、死ぬほど痛いだけで死ぬことはないわけだし。

 そして本日。またしても私は第十二試合を迎える前に相手選手の棄権を知らせるメールを受け取ったことで、午後は完全に暇な時間となってしまったのだった。

 

「……試合がしたい」

 

 本日の授業が終了し、昼食を終えると私は修行以外にすることがなくなっていた。

 今日は魔力制御の訓練を行っているため、ジャージではなく制服のままだ。この修行は特殊な粘土に能力を付与していない素の魔力を流し込むことで手を使わずに形状を変えるという、魔力制御の訓練としては非常にメジャーなものである。

 これがやってみると意外と面白い。脳内でイメージした形状にするには一定以上の制御能力を必要とするが、慣れてしまえばより細部をイメージ通りにする方向へと凝っていく。

 しかしそれもある程度慣れてくると、私は新たな刺激に飢えていった。そして今の私が訓練をより面白く難しくという方向に拘り、最終的に辿り着いたのが……

 

「フォビドゥンガンダム!」

 

 私が座るベンチの上に1/144スケールのモビルスーツが鎮座していた。

 しかも私は粘土に一切手を触れておらず、傍から見ればベンチの上に転がっていた粘土が唐突に形状を変えたようにしか見えないはずである。

 

 これぞ私が修行の末に生み出した奥義『遠隔フィギュア製作』である!!

 

 理論は簡単。粘土に向けて魔力の糸を伸ばし、それに魔力を伝導させることで遠隔的に粘土を変形させたのだ。

 魔力の糸は、魔力を同じ量で同じ形状に維持し続けなければ作り出せない。そしてそれを構築しながら粘土の訓練も同時に行うと、実はかなりの集中力が必要な訓練に化けるのだ。

 そして訓練と並行しながら好きなフィギュアまで作れてしまうとは、まさに一石二鳥の訓練と言わざるを得ないだろう。努力なんて楽しんで何ぼである。

 

「う~ん、85点かな」

 

 強度は粘土だから脆いが、我ながら結構な再現度だと思う。バックパックもニーズヘグも見た感じ違和感はない。これで着色までできれば最高なのだが、訓練にそこまでの手間はかけられないのが残念である。

 ちなみにこの工程と動作を顔出しせずに動画サイトに上げてみたところ、再生数が万を超える結果となったのは予想外だった。

 今度はデスサイズヘルカスタムでも作ってみようかな? いや、奇を衒ってモビルアーマーとかでも……

 

「…………私、何をしているんだろう」

 

 何だか唐突に虚しくなった。

 いや、普段通りであることに違いはない。修行は楽しいし、こういう地道な努力が将来的に実力へと結びつくことは疑いようのない事実だ。そのことに喜びを感じてもいる。

 しかし周囲の生徒がワイワイと興奮しながら試合を観に行く光景を見ると複雑な心境だ。自分も選抜戦の選手だというのに、ここ数週間はまともに試合に参加していないってどういうことよ。修行時間が増えることが嬉しい反面、大鎌の活躍の場が奪われているという事実に私は悲しくなった。

 

「それに引き換え」

 

 思わず嘆息する。

 私が活躍の場を奪われている一方で、原作の主人公である黒鉄は学外で貪狼学園の《剣士殺し(ソードイーター)》こと三年生の倉敷蔵人と一戦交えていたというではないか。通常、学生騎士が学外で霊装を用いて乱闘など起こそうものならば最低でも停学、最悪の場合は逮捕の後に退学となってもおかしくはない。よって正式な道場の中で道場主の合意の下に、という条件で正式な決闘を行ったのだとか。この場合は内部で乱闘となっても“試合”で済まされるため、例外的にこの決闘は認められていた。

 

 私? 私は基本的に校内で()るか、事後承諾(・・・・)であっても試合という形式で相手と闘っているので問題ない。

 

 何はともあれ、倉敷さんと黒鉄の闘いは校内新聞で既に全校生徒の知るところとなった。よってますます彼の知名度を引き上げることとなっており、他校の生徒に襲撃をかけないよう先生から釘を刺されている私としては羨ましい限りである。

 元はといえば倉敷さんが黒鉄に喧嘩を吹っかけたのが事の発端らしいが、そんなことなら自分にいくらでも喧嘩を売れば良いものを。わざわざ道場という正式な場まで用意して大鎌を使えるのなら、言い値の百倍で買わせてもらうのにね。

 

「やあやあ、疼木ちゃん。相変わらず修行しているみたいだね~」

 

 私が呼び止められたのは、まさに魔力制御の訓練を再開しようというタイミングだった。

 その珍しい呼び方、そして独特な気配の現し方(・・・・・・・・・)をしてくる者に心当たりがあった私は、振り返るまでもなく声をかけてきた人物が誰なのかを悟る。

 

「御祓さんですか? お久しぶりです」

「うん、久しぶり。ここのところ顔を合わせる機会がなかったけれど、元気にしていたかい? まあ、試合の経過を聞いている限りは元気が有り余っているみたいだけど」

 

 先程まで誰もいなかったはずの場所に、忽然と小柄な少年が姿を現していた。

 私のことを見上げるようにしてヘラリと笑った彼は、名を御祓泡沫(みそぎうたかた)という。私よりもチビだがこれでも上級生で、しかも生徒会の副会長まで務めている学園の有名人である。それと同時に、彼はその能力の稀少性からも生徒の間では知られている。

 伐刀者の能力は大まかに分けて数種類ある。身体能力を強化する『身体強化系』、炎や水や風といった自然現象を操る『自然干渉系』、自然現象を超越した独自の概念を世界に引き起こす『概念干渉系』などだ。

 

 その中でも特に稀少であり、同時に最強と定義されているのが『因果干渉系』に分類される能力である。

 

 この能力は分類名からもわかる通り“因果”に対して効果を発揮するため、理論的に同じ因果干渉系の能力でなければ防ぐことも躱すこともできないという反則的な能力なのだ。

 この先輩もその系統の能力を持つ数少ない伐刀者の一人で、《絶対的不確定(ブラックボックス)》と呼ばれる伐刀絶技を持っている。この能力がまた便利で、『成功と失敗という両方の可能性がある現象を後からどちらにでも書き換えられる』というものだ。わかりやすく説明するのなら、デュエル中に引きたいカードがデッキにあれば、例え違うカードを引いてしまっても欲しかったカードに書き換えられる能力だと思えばいい。ソリティアし放題な能力である。

 

「こんなところで奇遇……なんですかね? あなたの能力はその辺が曖昧になるので判別しにくいです。ひょっとして私に会いに来ていたり?」

「あはは☆ 流石は現役の七星剣王、察しが良いね! その通りだよ、ボクは君を探してここに来たんだ。『君を探しに行く』という過程から『君に出会う』という結果が成功するようにボクの能力で因果を書き換えた(・・・・・)。おかげで一発でボクは君に辿り着いたってわけさ」

「はぁ、そうなんですか」

 

 相変わらず言い回しが七面倒臭い能力である。某アイドルの熊本弁に匹敵するわかりにくさだ。

 しかし因果干渉系の能力は大抵がこんな感じで説明することになってしまうため、彼も悪気があってやっているわけではないのだろう。むしろ一部の厨二病を患っている人々には大受けするのではないだろうか?

 

「それで、何か御用ですか? これでも訓練中なので世間話は……」

「いやいや、別にボクは君と楽しく談笑するために足を運んだわけじゃない。ただ、刀華が君のことを呼んでいるんだ。だからボクはそのお迎えってわけ」

 

 「人探しは得意だからね」と笑う御祓さん。

 だと思ったよ。

 この人とは顔見知り程度の関係ではあるが、仲が良いかと聞かれると首を傾げる程度の関係しかない。そんな彼が私を訪ねてくる理由を考えた場合、彼が口にした女性の名前が出てくることは必然だった。

 

「東堂さんが私に? 今年は小言を貰うようなことはしていないと思いますけど」

 

 東堂刀華。

 それが御祓さんを私に遣わした女性の名前だ。そして生徒会の副会長を顎で使える立場、即ちこの学園の生徒会長でもある。

 彼女が私にとってどのような存在かと問われれば、ルパンにとっての銭形警部のようなものと言えばその関係がわかるだろうか。あるいは怪人二十面相にとっての明智小五郎か。

 去年の私が学園の内外でカチコミを行っていたのは有名な話だが、実は去年の時点で生徒会の役員を務めていた東堂さんはその裏で私を抑え込もうと様々な策を巡らせていたのだ。その大半は実力行使という形になってしまい、結果的に私はあらゆる場所で彼女を始めとした当時の生徒会役員たちに追い掛け回されることとなった。霊装の使用が許可されていた校内では特にそれが顕著で、彼女の必殺技である電磁抜刀術《雷切》が爆音を奏でない日の方が珍しかったくらいである。

 

 しかし、思い返すとあの日常がもう一年前のことなのか。光陰矢の如しとはよく言ったものだよ。

 前世で嫌というほど実感していたはずだというのに時間が過ぎるのは本当にあっという間で、一年前のことすら微かな懐かしさを感じてしまう。

 

 当時から頭角を現してきていた彼女は、生徒会の中でも特に率先して私のカチコミを妨害していた。他の生徒と喧嘩をしていたところに、よく電撃の弾幕をぶちかまして横槍を入れてきたものだ。そこから喧嘩の相手そっちのけで割とガチな戦闘になることも少なくはなく、教師の制止すらも振り切って彼女と数えきれないほど激突した。

 まぁ、東堂さんは幻想形態しか使わなかったため、私も基本的に実像形態で闘うことはなかったのだが。だって相手がこっちに気を遣っているのに、私だけ殺意全開にするのはフェアじゃないし? 一方的に重症負わせるなり殺すなりしても大鎌の心象悪くなりそうだし?

 東堂さんも私の大鎌愛を知っているので、あえて実像形態にしてことを荒立てることはしなかった。あるいはこれも彼女の小賢しい策略だったのかもしれないが、私のポリシーである以上はその策略に乗らざるを得ない。

 しかし幻想形態であっても斬ったり斬られたり抉ったり焼かれたりしてばかりだったあの日常はとても楽しかった。今年になって私が大人しくなったため学園には平和が戻ったが、私は去年の破軍学園の方が好きだったくらいだ。

 

 そんな感じの関係であるため、時が経ち生徒会長となった彼女からは廊下ですれ違ったりする度に小言を言われている。

 よって今日もそういう関係の話だと考えていたのだが……

 

「いや、今日は別件だね。どうも君の腕を見込んで頼みがあるらしい。新宮寺理事長からの推薦でもある」

 

 うへぇ、あの人も一枚噛んでいるのか。

 あの人には試合でお世話になっている身だ。これは迂闊に断れなくなったぞ。

 

「……新宮寺先生の後押しがあるとはいえ、あの人が私にものを頼むなんて珍しいですね。一体どういう風の吹き回しですか?」

「あはは☆ 確かに刀華は君のことを問題児だって頭を抱えてはいるけど、その実力に関しては誰よりも認めているんだよ。去年は何度も刃を交えた仲だし、さらに言うなら“招集”で背中を任せた経験もある。そんな疼木ちゃんだからこそ、刀華は頼ってきたんだと思うな」

 

 “招集”とは、学生騎士に出される特別招集のことを指す。

 これは学生騎士を事件の現場に投入するための制度で、学園が誇る高位の伐刀者に実戦の経験を積ませることに利用されている。学生騎士は騎士学校を卒業後、予備兵やその能力を活かした職場に就くことが多い。そのため、見込みがある生徒には積極的に経験を積ませることが国から推奨されているのだ。

 例えば原作の一巻――今年の四月に黒鉄たちが巻き込まれたテロリストの立て籠もり事件も招集案件だ。その際は現場に居合わせた彼らが解決してしまったため私や東堂さんは招集されなかったが、電子生徒手帳には『待機』の命令が通達されていた。もう少し黒鉄たちが動くのが遅れていれば、私や東堂さんが現場に突入することになっていただろう。

 そういうわけで私たちはこの招集で共に現場へ赴くことが多かったため、自然とお互いの実力を計る機会に恵まれているのである。

 

「ちなみにですけど、それはどういった内容で?」

「詳しい話は刀華が話すけど……実は今、学園が保有する合宿所で不審な影が目撃されていてね。その調査の助っ人を君にお願いしたいって話なのさ」

 

 ……おや?

 何だか聞き覚えのある単語がいくつか出てきたぞ?

 これはまさか……

 

「……合宿所ですか。それって破軍(ウチ)が持っている、あの奥多摩の?」

「そうそう。君も去年、七星剣武祭の代表に選ばれた時にそこで合宿しただろう? あそこだよ。君ならば地の利もあるし、何より不審者なんて七星剣王ほどの実力者なら楽勝だろ? だから君がいれば百人力ってわけだよ」

「……へ、へぇ……そうなんですか……」

「オマケに刀華が他にも助っ人を連れてきてくれてね。君も知っているだろう? あの《落第騎士(ワーストワン)》と《紅蓮の皇女》だ。一年生の二枚看板に加えて、七星剣王の君が来てくれればボクとしても安心――」

「………………」

 

 ……これはアレだな。

 とうとう数多の転生者が夢見る例のアレをする時が来てしまったということだな。

 奥多摩の合宿所、原作主人公とそのヒロイン――それらの情報を聞いた瞬間、私は原作小説で言うところの三巻の半ばで舞台となる場面だということを悟った。

 これが示すのは、即ち……

 

 

 げ、原作介入だぁぁぁぁあああああああッ!?

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 どこまでも伸びてゆく黒い路面と、その中を閃光のように貫く白線。

 僅かに開けられた窓からは春と夏の香りが混じった風が吹き込み、車内を巡り吹き抜けてゆく。外に広がるのは段々と数が少なくなってゆく建造物と、その隙間を埋めるように生い茂る(みどり)

 その光景を眺めながら、私は今日も日課のギッチョギッチョを欠かさない。愛用している100キロのハンドグリップが私の握力へ健気に抵抗し、押し潰されまいと踏み止まる。しかし暇さえあればこうして握力を鍛えてきた私からしてみると、そろそろ物足りなさを感じてきた今日この頃である。

 そして――ミシッ。

 

「あっ」

 

 ちょっと試しに本気で握り込んでみたところ、ハンドグリップは根元の部分から変形して折れ曲がってしまった。

 やっぱり100キロでは駄目か。帰ったらもっと頑丈で強いものを買ってこよう。

 そう思いながらハンドグリップだったものを鞄に仕舞い込むと、ふと視線を感じた。何事かと視線を辿ってみると、私の隣に座っているステラさんからだった。彼女はなぜか私を見ながら表情を引き攣らせている。

 

「どうかしました?」

「いや、どうかしたっていうか……どうかしているのはアンタでしょッ!?」

 

 炎が燃え上がるかのように彼女は赤毛を逆立てた。

 えっ、何事っ!?

 

「なんでハンドグリップを握り潰せるのよ!? それそういうものじゃないでしょ! どんだけ握力強いのよ握撃かッ!」

「え、えぇ……? 他ならぬ貴女が言いますかそれ? ステラさんだってこれくらいできるでしょう? 剣で訓練場のリングをカチ割れるんですから」

「ゔっ……それは……できるかもしれないけど……」

 

 かもしれないじゃなくて絶対にできるだろ。

 私知ってんだぞ。今はどうか知らないけど、原作の後の方になってパワーアップすると丸めた紙を投げただけでコンクリの壁を粉砕できるようになるって。物理法則仕事しろと思った読者は私だけではなかったはずだ。

 きっと今の彼女でも、デコピンで人間を殺すくらいはわけないだろう。

 

「何だか凄く失礼な想像をされている気がするわ……」

「気のせいでは? 私はただ、きっと怪力自慢のステラさんならデコピンでも人を殺せるんだろうな、と思っていただけですから」

「超失礼じゃないの! もうそこまで行ったら人間じゃないでしょ! 流石にそれはアタシでも出来ないわよ! …………たぶん」

「はぁ? 人間を馬鹿にしないで戴けます? 私は普通に人間ですけど、魔力の放出量を弄れば余裕で出来ますよ?」

「そっちこそ普通の人間を馬鹿にすんじゃないわよ! っていうかどっちが怪力よ!」

 

 ゼェゼェと息を荒くするステラさん。

 テンションの高い人だ。この世界の炎使いは皆してこんなに荒々しい感じなのだろうか? いや、私が今まで会った火属性の人の中にも大人しい人はいた。つまり彼女が荒っぽいだけだろう。

 

「あ、あはは……二人ともすぐに仲良くなったね……」

 

 おっかなびっくりといった様子の少年が、「がるるッ」と唸るステラさんを抑えながら苦笑する。

 ステラさんを挟んで私と反対側に座る彼――黒鉄の苦笑に釣られるように、車の助手席から「くすくす」と鈴を転がすような笑い声が漏れた。そして栗色の髪を靡かせ、二列目に座る私たちを声の主が覗き込んでくる。

 

「ステラさん。祝さんは基本的にそんな感じですから、いちいち怒っていたら身が持ちませんよ? 彼女の常識は私たちの非常識。彼女の会話は売り言葉と異世界の常識で成り立っているんです。祝さんと会話する時は宇宙人と会話しているくらいのつもりで臨んでください」

「み、見かけによらずトーカさんも意外と毒を吐くわね……」

 

 ステラさんは意外そうな目で東堂さんを見つめているが、私としては聞き慣れたものである。というか彼女は私と出会った頃からこんな感じだった。原作の東堂さんがどんなキャラだったかはあまり覚えていないが、私としてはこれが普通だ。

 しかし分厚い丸眼鏡をかけた彼女は見た目だけは真面目な委員長キャラなので、初対面の人は驚くのだろう。中身は立派な戦闘狂なのにね。闘っているとすぐに化けの皮が剥がれるので私はよく知っている。

 

 そんな感じで和気藹々としている私たちは現在、例の奥多摩の合宿所に向けて移動中だ。

 私は電車とバスを乗り継いでいくのだとばかり思っていたが、東堂さんが学園から大人数を乗せることができるバンを借りてきてくれた。

 乗車しているのは生徒会のメンバーと私、そして黒鉄とステラさんの計八人。ステラさんと顔を合わせるのはこれで二度目だが、彼女は再会するとすぐに「ヴァーミリオンさんだと呼びにくいでしょ?」と名前で呼ぶように言ってきた。しかも私が王族という身分に遠慮していることも察していたらしく、気軽に話すことも許してくれたのだ。何ともフレンドリーなお姫様である。彼女の実家は小国の王族だと聞くが、本当にそんな畏れ多いことをしても良いのだろうか?

 しかし生徒会の人や黒鉄が下の名前で呼んで親しげにしている中、私だけ苗字で呼ぶのも心象が悪かろう。よってありがたく下の名前で呼ばせてもらうことにした。

 

「あはは☆ 後輩クンたちの仲が良くなってボクとしては嬉しい限りだよ。でも狭い車内で叫ばれると流石に頭に響くから、少しボリュームを落としてほしいかな?」

「だそうですよ、ステラさん」

「誰のせいよ!」

 

 ほら、御祓さんが言ってる傍からまた怒鳴る~。

 この人はなんでそんなにおこなの? カルシウム足りてないの?

 「ステラ、声が大きい……」と諫める黒鉄を見習うべきだと思う。彼も彼でさっきから私をチラチラと見てきて鬱陶しいが、喧しいよりかは遥かにマシだ。

 その証拠に、さっきまで後部座席で舟を漕いでいた会計の貴徳原(とうとくばら)カナタさんが完全に目を覚ましている。ベルラインドレスを貴婦人のように着こなす姿が知られる彼女は、高校生離れした雰囲気で微笑ましそうにステラさんを眺めていた。騒音に起こされたというのに嫌な顔一つしないとは、彼女こそ一人前のレディと呼ばなければなるまい。私だったら即ステラさんを落としている。もちろんいきなり車からではなく、最初は絞め技でという意味なので誤解しないでほしい。

 

「ステラちゃんは元気だねー! アタシなんてヒイラギと会話しているだけですぐにヘバっちゃうのに。ツッコミが追い付かないっていうの? この子の天然度合いは相当なものだからね」

 

 後部座席から身を乗り出してきた少女が、背凭れに寄りかかりながらケラケラと笑う。

 彼女もまた有名人だ。《速度中毒(ランナーズハイ)》の二つ名を持つ彼女――兎丸恋々(とまるれんれん)は、生徒会の庶務であると同時に校内序列四位の肩書を持つ強者なのだ。残念ながら彼女は既に黒鉄に敗れたことで選抜戦から離脱しており、代表入りするための道は閉ざされているのだが。

 しかし彼女は二年生であるため、もしかすると来年は代表になっているかもしれない。

 ちなみに三位は先程紹介した貴徳原さんで、二位は助手席に座る東堂さんだ。一位? もちろん私ですけれど何か?(ドヤァ)

 

「兎丸、会長も。本人の前で誹り事をするものではない。無論、陰口を認めているわけではないが、それにしても礼儀に欠ける」

 

 兎丸さんを諫める声が運転席から投げかけられた。

 視線をこちらに向けずに前方へと視線を向けているため、私から見えるのは彼の坊主頭だけだ。

 無骨な声色や言葉遣いからも伝わる真面目さに、兎丸さんは「へいへーい」と席へ戻っていった。彼こそが貴徳原さんと並ぶ生徒会の良心。書記にして二年生の砕城雷(さいじょういかづち)だ。(いかづち)であって(かみなり)ではないので注意してほしい。

 彼も校内序列五位という成績を持っており、《城砕き(デストロイヤー)》という異名を持つパワー系の伐刀者である。身長も巨漢と表現できるほどある強面の彼だが、先程の言葉からわかるようにその中身は非常に礼儀正しい。実直という言葉が似合う、今時では珍しいほど真面目な青年なのだ。ちなみに彼も選抜戦でステラさんに敗れており、既に代表入りすることはない。

 今日は運転手の役目を買って出てくれており、彼がいなければ私たちは電車とバスを利用して合宿所に行くことになっていただろう。ちなみに免許の制度は前世と違っているため、16か17歳の彼でも運転免許を取得できているのであしからず。

 

 そんな話をしている間に、バンは奥多摩の合宿所に到着していた。

 合宿所は山と森に囲まれた人里離れた場所に位置しており、ここならばいくら暴れても爆発しても怒られない。しかし逆に言うと、それだけ合宿所に現れたという不審者を探すのが難しいということでもある。東堂さんは電磁ソナーなどという便利な伐刀絶技を持っているため例外だが、私を含めて他の人たちは探索に便利な能力など持ち合わせてはいない。

 だが、今回はこちらにとってもだいぶ難易度が下がった捜索となるだろう。なぜなら、その不審者というのが――

 

「体長4メートルの巨人……ねぇ」

 

 例の巨人が進撃してくるマンガを前世で読んで感覚が麻痺していたために、意外と小さいと思ってしまった私を許してほしい。4メートルでも意外と大きいからね? 50メートル級となるともはやマンションだし。

 話が逸れたが、その巨人とやらがこの合宿所付近で目撃された不審者である。人間じゃないけど。

 この魔術が世の中を跋扈する時代にUMAとかオカルトとか、そんなもの自体が(笑)を最後に付けられるようになって久しい。きっと東堂さんたちは伐刀者の悪戯などを念頭に調査するつもりだろう。

 そしてそれは間違っていない。

 原作を知っている私は、当然ながらその正体を知っている。これはとある伐刀者が自身の魔術の調整のために実験しているだけなのだということも、結局その正体を知るのがしばらく後になるのだということも、この調査の顛末も。

 

 しかし知っているはずがない(・・・・・・・・・・)私がそれを喋ってあげる理由はない。前世の記憶があるなど、それこそ最大級のオカルトなのだから。

 

 よって私は、適当に今回の調査を流すつもりだ。

 言われた通りに調査をするつもりではあるが、別に原作の流れを捻じ曲げることはしない。完全放置だ。

 本当ならば参加すること自体が億劫だったのだが、これからも新宮寺先生には試合の後始末などをお願いしなければならないのだ。少なくともここで断るという選択肢を取るのは難しかった。

 無駄に終わるということがわかっているためモチベーションが低いことは否定できないが、逆に結果がわかりきっているのならば必死に頭を捻る必要がないということでもある。ならば落胆するほどのことでもないだろう。

 

 そう考えると気が楽になってきた。

 学園での修行ばかりの日々が無駄だとは全く考えていないが、偶には他の刺激に触れて心の換気をするべき時もある。今回はそういう機会に恵まれたと思えば良い。

 

 

 そう――初心に返り、山奥で修行するというのも悪くないだろう。

 

 

 そんな感じで私が考え事をしていると、東堂さんが集まるように呼びかけてきた。

 時間が時間なだけに、どうも調査を始める前に昼食にするらしい。合宿所にはキャンプ場が備え付けられているため、そこの設備を使って東堂さんがカレーを作るのだとか。その間に貴徳原さんと砕城は巨人を見たという管理人に挨拶と聴取をしに行ってしまい、ステラさんと兎丸は調理器具を運び終わった途端にバドミントンのラケットを持って遊びに行ってしまった。

 一方の私はというと、調理器具を運び込んでしまえば完全にやることがない。なぜなら料理スキルがないから。前世では人並に料理ができていた記憶があるのだが、最近は料理を全くしなくなったためもう思い出せない。

 よって私は完全に手持ち無沙汰となってしまい、近くの柵に座ってカレーができるのを待っていることしかできなかった。

 

 Q.こういう時、どうすればいいのかわからないの。

 A.修行したらいいと思うよ。

 

 というわけで、暇な私は空いた時間を使って素振りでもすることにした。

 邪魔にならないように少し離れた場所でするべきだろう。新鮮な空気を吸い込みながらする素振りが格別だということは、小学生時代に山奥へ潜った時に経験している。澄んだ空気が脳を活性化させ、人里で素振りする時以上の深い集中状態に入ることができるのだ。

 静かだし空気も美味しいと来れば、武術家が世間の喧騒を嫌って山や森に隠れ潜むのも納得できる。

 

「……うん?」

 

 しかし場所を移そうとした私の視界に、何やら呆然と佇む黒鉄の姿が映った。

 手には切り終わったと思われる野菜が半球状の器に収められており、どうやらそれを東堂さんのところに持っていく最中らしい。しかし彼はその東堂さんへと視線を向けたまま一歩も動かず、まるで芸術品を眺めるかのように魅入っていた。

 その黒鉄の姿が何に似ているのか。その私はすぐにその正体へ思い至る。目に映る光景を僅かたりとも逃すまいと集中する今の彼はまさに――

 

「東堂さんを視姦しているんですか?」

「違うよっ!?」

 

 違うのか。

 前に見かけた変質者にそっくりだと思ったんだけどな。

 

 

 


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