無頼ヒーロー『シークレット』。日本において高い人気を誇り、ヒーロー界を代表するヒーローの一人である。

2016 9/10 タイトルを一部変更

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8月29日 誤字修正 報告ありがとうございます!
9月10日 加筆修正 
9月11日 文章の微調整
9月20日 誤字修正と軽微な加筆 報告ありがとうございます!


第1話

 時刻は丑三つ時を過ぎた頃。月明かりがとある路地裏を照らしている。表通りの電灯の光が届かないそこでは月が唯一の光源である。深夜の今、不気味さすら感じるそこに近づこうとする一般人は皆無と言って良い。

 そんな背景のあるそこは、後ろ暗い背景を持つ人間にとって都合が良く、その薄暗い場所で行われた秘密裏な取引は星の数ほどもある。警察やヒーローもそれは承知しており、幾度も一斉検挙を行った。しかしその結果は小悪党を捕らえるに留まり、大悪党とも言うべき人種は影すらも掴めないという惨憺(さんさん)たるものだったのだ。一流の悪党はその程度の捜査などかいくぐるのが当然だということを証明してしまった形になる。

 ふと、路地の奥、月明かりすら届かない闇が揺らぐ。闇の揺らぎは大きく動き、薄暗かった路地を飲み込んだ。

 唐突に灯がともり、月明かりすらも届かない闇の中にいた二人の人物を照らし出す。二人は向かい合って立っており、一人は黒いスーツを着た強面の男、もう一人は男に気圧されている様子の少年だった。強面の男が持つライターが放つ明かりは少年への配慮であり、底知れなさを演出するための演出効果だ。

 

「金は?」

「あ、ああ……」

 

 少年は、揺れる火に照らされた男に金を渡し、『商品』を受け取る。不良グループのリーダー格である少年は、自らの個性で相手を脅し『商品』を奪い取ってやろうと計画していた。それは強力な“個性”を持つ少年にとっては造作も無いことのように思えていたし、実際、脅迫し物品を奪い取ることは普段から習慣的に行うほどに容易なことだった。

 だが、強面の男に出会い、数々の演出から生じた見せかけのオーラに威嚇され、少年は容易く計画を諦めた。格下の存在を脅すことしかしていなかった少年の鼻っ柱を折るには、初めて少年が見た格上のオーラは十分すぎるほどだったのだ。

 すっかりと縮こまってしまった少年を見て、強面はつまらなさそうに鼻を鳴らすと元来た道を引き返そうとした。

 

「待て」

 

 だが、突然聞こえてきた声に動きを止めた。

 その声は低く、有無を言わせない硬質な響きを持っている。

 強面は声の主を確認するため先ほどから内外の光の行き来を封じていた“個性”を解除する。

 

(警察か……いや、単独ならばヒーローか)

 

 月が雲で陰っているようで容姿の判別はできないが、そこにいたのは一人、恵まれた体格と薄暗くてもわかるほどに鍛え上げられた体から判断するに男だろうか?

 強面はそう判断すると安堵のため息を吐いた。相手がヒーローだろうと、一人であれば自分の“個性”である『闇煙幕』を使い逃げることは容易い。彼の『闇煙幕』は内外の光の行き来を封じる空間を一つ作り操作する“個性”。空間の大きさに限界はあるが、一人を囲い煙に巻くなら十分すぎるほどだ。加えて、今日の取引相手である少年の“個性”は『投擲』。掴んだものを高速で投げ飛ばせるその個性があれば戦闘に持ち込まれても有利な状態を保つことができる。

 強面がそこまで考えたところで雲の隙間から月明かりが差し込んでくる。ヒーローならばその容姿から相手の“個性”がわかるかもしれないと顔を注視し、その顔を認めたところで息を飲んだ。

 装飾の少ない黒いヒーロースーツを着たその姿は、例えるならダークヒーローといったところだろうか。感情の読めない表情と、有無を言わせぬ意思を感じる眼、鍛えられていると一目でわかる体つき。その体からは、発散されるプレッシャーが目で見えるような圧力を発している。

 

「なっ!?……お、お前……!無頼ヒーロー『シークレット』!?何でこんなところに!」

 

 驚愕した横の少年がその男の正体を口走る。ヒーローの男、『シークレット』は静かに答えた。

 

「捕縛する」

 

 強面は咄嗟に『闇煙幕』でシークレットを覆い、その様子も見ずに(きびす)をかえして逃走しようとした。しかし、頭上に影が差して頭上を見上げた瞬間に、壁を蹴り『闇煙幕』から逃れたシークレットの(かかと)落としが顔面に直撃する。

 一瞬で意識を刈り取られた強面の横で、状況が飲み込めていなかった少年はゆっくりと強面の代わりに隣に立つシークレットの顔を見上げた。光の一片も宿さないその目が『次はお前だ』と言っているようだ。その錯覚は、少年を容易く錯乱状態に陥らせた。

 

「うあぁぁぁぁっ!」

 

 自分でも何をしているのかわからないまま咄嗟に片手を突き出した。シークレットがその手を避けるのも構わず、もう片方の手で持っていた商品を全てーーー空気に触れると発火する危険薬品の小型フラスコ詰めを1ダースであるーーーを最大速度で『投擲』した。

 時速にして40kmほどで投げられたそのフラスコが1mを0.1秒以下の速さで進み、避けられなかったシークレットの体全体にぶち当たる。フラスコが割れ、シークレットが炎上し---少年は我に返った。

 

「あ……?あ、ああ……。うわぁぁぁぁ!」

 

 炎上し、もがくシークレットと自分の手へと交互に視線を移す彼は、人殺しの罪悪感や自己保身、やってしまったという絶望で混乱し、その場から逃げ出した。

 後には気絶した強面の男と、燃えさかる『シークレット』が残された。

 

 

 数分が経過した頃、少年は裏路地を駆けていた。

 

(なんでだよ……!あんな、あっけなく死ぬなんて……!)

 

 脳裏には、先ほどの光景。自分が投げつけたフラスコが割れ、液体がこぼれた後、一気に燃え上がった。その時シークレットはどんな表情だっただろうか。何が起きたのかわからないという顔か?それとも死ぬ恐怖で引きつった顔か?ーーーわからないのだ。あれは咄嗟の行動で、表情を確認する余裕もなかった。そんな風に、死に顔もわからないままあの男は殺されたのだ。咄嗟とはいえ自分が殺したのだ。

 

「やべぇよっ……!このままじゃ俺、逮捕されちまう……!」

 

 全力疾走の果てに息が続かなくなり、へたり込みながら少年はつぶやいた。どうしてこうなったのだろうか、家には家族がいて、帰れば真面目な気質の父親に小言を言われ、母にどやされ、弟とケンカをするだろうに、きっとそれは永遠に出来ないことなのだ。少年は髪を()きむしりながら纏まらない思考でこれからどうすれば良いのかを考える。

 

「この()に及んで自己保身か?立派なものだな」

「なっ……!?」

 

 突如響いた声に驚き、いつのまにか少年の目の前まで接近していた人物を見上げると、驚きで硬直した。その人物は先ほど少年が燃やした男、シークレットだったのだ。どういうわけか傷一つ、焦げ跡一つなく、それどころか煙の匂いすらさせずに少年を見下ろしている。その表情は先程姿を表したときより幾分も険しいものとなっていた。

 泡を食った少年は動揺し立ち上がろうとするも、シークレットの拳を受け意識を刈り取られる。

 倒れた少年に意識が無いことを確認し、シークレットは小さく呟いた。

 

「捕縛完了」

 

 

  ◇◇◇

 

 

 緑谷出久が登校したとき、雄英高校A組の教室では一部の生徒たちが興奮した様子で朝一番の会話を楽しんでいた。

 

「でさー……」

「マジで!?」

 

 などと会話している上鳴と芦度を横目で見ながら、何を話しているのかと怪訝に思っていると、麗日が興奮した様子で駆け寄ってきた。

 

「おはよーデクくん!知ってる!?」

「お、おはよー麗日さん。知ってるって何がデスカ?」

 

 緊張し、語尾に違和感のある受け答えをする出久に構わず麗日が詰め寄る。その様子からは隠しきれない興奮が見て取れた。

 

「今日の基礎ヒーロー学には、あの『シークレット』が来てくれるんだって!」

「ええっ!?この日本においてはオールマイトの次に有名な日本を代表とするヒーローの一人である。相棒(サイドキック)がいないのが特徴で、その“個性”は不明であるというまさにシークレットなヒーローで。単独で行動するスタンスから無頼ヒーローと呼ばれていて。“個性”を使用する姿が見せないことから無個性なのではとも噂されたこともあるが、本人によって否定されていて。『シークレット』の名前に反して、取材などには非常に協力的で。個人情報もほとんど公表されている。しかし、“個性”についてはどれだけ取材しても話すことはない。何度かヒーローの仕事に密着するというTV番組の取材を受けたが、なんと取材中に一度も“個性”を使わずに活動していた。その際に(ヴィラン)を徒手空拳で捕縛できるほど格闘能力は高い。彼と親しいヒーローは少ないがその“個性”を知っているようで。しかしその全員が彼の“個性”を聞いても答えてはくれない。現在では、彼の“個性”は特殊な条件で発動する“個性”か知られていると効果の薄い個性であるという説が有力である。大災害時、オールマイトと共に死者を0名にしたことはあまりにも有名……そんな『シークレット』が来るの!?ホント!?」

「う、うん……。ホントらしいよ?ね?芦度ちゃん」

「あっ、う、うん。アタシは廊下で誰かが話してるのを聞いただけだけど……」

 

 出久の勢いに押されてのけぞりながらも答える麗日と芦度。彼女たちも出久のように他の生徒から聞いたため、確証があるわけではなかったのだ。どうやら生徒の誰かが教師の会話を盗み聞きして得た情報らしいということを芦度が付け加えて言うと、出久は憧れのヒーローの一人と会えるかもしれない!と言って目を輝かせていた。

 

 

 そして、時間は流れ一部の生徒(特に出久)が待ち望んでいた基礎ヒーロー学の時間である。噂通りシークレットが来た場合、今日の基礎ヒーロー学は座学の予定だが雄英特有のサプライズによって実技に変わる可能性が高いため、噂を聞いたおおよその生徒が講師であるオールマイトが、教室に入ってきて何を言うかに警戒心を強めつつ着席する。

 

「HAHAHA!笑いながら私が来た!実は!今日は特別ゲストを呼んでいるんだ!」

 

 これで雄英がサプライズを仕掛ける可能性が高くなった。実技の苦手な……というより、雄英のサプライズ授業に苦手意識を持つ生徒たちに緊張が走り、教室が奇妙な空気による静寂に包まれる。

 

「……あ、あれ?あんまり盛り上がってないね」

「そのゲストって『シークレット』ですか!?」

「あ、うん。そうだよ緑谷くん……なるほど、もう知ってたのね。……う、うんっ!それなら話は早い!Come on!」

 

 「どこから漏れたんだ……?」と呟いたオールマイトがシークレット呼び込むと、教室のドアを開けて一人の男が入ってくる。身長185cmとオールマイトと並べば見劣りするものの、恵まれた体格を鍛え上げた筋肉で武装したような男だ。上着を脱いだスーツ姿であり、その体格、厳しい表情、教室全体を睨む様子からは、まるで『その筋』の人間のような雰囲気を感じさせる。

 

「おはよう。俺が『シークレットだ』」

「「「お、おはようございマス……」」」

「……声が小さいようだが?」

「「「オハヨウゴザイマス!」」」

 

 担任である相沢とは違うタイプのプレッシャーを浴びるA組の生徒たちは、シークレットが次に何を言うかを戦々恐々としながら待つ。この雰囲気の男がサプライズを仕掛ける場合命がけになるのではないかという疑惑が多くの生徒の胸中にあった。

 

「今日俺が教えるのは限定状況下の行動理論だ。教科書は使わないのでノートだけをとれ」

(((ノットサプライズ、キター!)))

「え?えっと、実技は行わないのかい?」

(((オールマイト先生、担当なのに把握してなかったんだ……)))

「1コマしかやらんのに体を動かしてどうする。心構えを作れば自然と体も動くようになる」

「た、確かに……」

 

 オールマイトが納得したところで授業が始まった。

 シークレットの授業内容はシークレット自身の風貌に反して普通で、生徒たちにとっては拍子抜けと言ってもよかった。本当はサプライズがあって、授業の後半に予想外の展開になるのではと予想する生徒まで居たくらいだ。しかしながら、シークレットの授業はごく普通に終わったのだった。

 

 

  ◇◇◇

 

 

 夜も深まる頃、出久はトレーニングとしてランニングを行っていた。

 オールマイトに出会った頃から続けているトレーニングだが、最近マンネリ気味になってきているのが出久にとっての最近の悩みである。

 

「う~ん、なんだかトレーニングに嫌な意味で慣れが出てきてるな……。シークレットにも慣れは良くないって言われたし……。よし!今日は別の道を通ってみよう!」

 

 出久はシークレットに聞いたアドバイスの一つを思い出し、気まぐれに走る道を変えた。それがターニングポイントだったと、緑谷出久は後になって語る。

 

 

「くくく、ヒーローの奴ら、目にもの見せてやるぜぇ……!」

 

 同時刻、とある路地裏にて痩せぎすの男が厭らしく嘲笑(わら)った。

 

 

「捜索を開始する」

 

 同時刻、とあるビルの屋上でヒーロー、『シークレット』が携帯端末を片手に言った。端末の画面には、情報屋から入手したとある(ヴィラン)の情報が表示されていた。

 

 

  ◇◇◇

 

 

「ふっ……ふっ……ふっ……」

 

 出久は規則正しい呼吸を心がけながらランニングを続けていた。今日のランニングはいつもの郊外から気分を変えて町中を走っている。

 

(思った通り、ここら辺は夜の人通りが少ないから人の邪魔にならずにすむ……ここに変えて正解だったな)

 

 誰もおらず、時折車が通る程度の交通量しかない道を走っていると、昼間とはがらりと違う空気になんだかテンションが上がってくる気がして、出久は心地よく走っていた。夜空を見上げると見える、煌々と光る満月も出久の心を躍らせる要因の一つだった。

 と、走っていた出久は違和感を感じ取った。立ち止まり、何か見えた場所ーーー建物と建物の間に幅1m程の細い道ーーーへと戻ってみると、思いのほか薄暗く、奥の方は街灯が届いていないようだった。そして、そこには特に何かあるようには見えなかった。

 

「……?何だろう、何かをこする音……?」

 

 耳を澄ました出久の耳に音が入ってきた。ざりざりと、水気のある何かをこするような音である。

 

「もしかしたら……。うん、ちょっとだけなら良いよね……?」

 

 出久は薄暗い路地の中に足を踏み入れた。もしかしたら、誰かが助けを求めている音かもしれないと考えたからだ。

 

「わたっ!?なんだこれ、アイタッ!」

 

 路地の中は暗く、街灯の明かりに目が慣れていた出久に前が見えるわけもない。室外換気扇や砂利に転びそうになりながらもどうにかして歩いていく。路地裏は何故か入り組んでいて、細い道が交わったり途切れたりと帰り道の心配をしてしまうほどだ。

 

「そういえば聞いたことがある……ここら辺は一気に色々な建物が壊れたことがあって、それぞれ違う業者とかヒーローとかが復興したから区画が入り組んでるって……」

 

 未だに奇妙な音は鳴り続けている。出久は道に困るとその音を頼りにして奥へと進んでいった。

 

 

 出久が路地裏に足を踏み入れた頃、シークレットも路地裏に足を踏み入れていた。彼の目的はとある(ヴィラン)の捕縛である。手に入れた情報から目的の人物がこの路地裏で活動していると判断し、連日張り込んでいるが捕まえられるのは関係の無い小悪党ばかり。数日前にも裏ルートから薬品を売っていた売人と不良少年を捕縛している。見つけてしまっては見逃すわけにもいかず、思い通りに捜査が出来ていないのが現状だ。

 シークレットが現状に苛立ちながらも路地裏を見回っていると、ふと壁に注目した。

 

「これは……?」

 

 壁に何か液体が付着している。乾いていないことから付着してそれほど時間は経っていないと推測できた。薄暗くて判別が出来ないため、持っていたハンカチで拭き取る。

 

「これは、血液か?」

 

 職業柄シークレットがよく見るそれは、この場においては不自然極まりないものだ。乾き具合から判断すると、おそらく付着したのは五分以内。つまり、五分以内にここには生物がいたと言うことである。比較的長身のシークレットの目線の高さとそう変わらない位置に付着しているため、野良猫などの動物とは考えづらい。人間がここにいたと考えるのが妥当だった。そして、この時間帯にこの場所にいる人間は悪党寄りの存在である可能性が高い。

 シークレットは無言で周囲を見回し、そしてしばらく耳を澄ませた後に気配を消して歩き出した。

 

 

 出久がその人物を発見したのは、路地裏の中で奇妙に開けた広場での事だった。森の中に木の生えていない空間が生まれるように、コンクリートの建物群の中で何も建物がない空間が広がって居たのだ。

 その、無人のオフィスビルに囲まれた場所に到達した出久は、まず『ちょっとした家が一軒建つくらい広いなぁ……』と考え、次にある男を目にしてぞっとした。出久が目にしたのは痩せぎすの男。不健康そうなほどに細い体つきで、病院の入院着を着ている。その男は、ビルの壁に自らの右手の指を押し当て、こすり、血が出るほどに削っていたのだ。そこで出久は、自分が聞いた音が男の指が削れる音だと思い至る。

 出久が居ることにも気づかないで一心不乱に指を削る男は、後ろ姿だけでもぞっとするほどの狂気が見て取れた。思わず息を飲んだ出久は、意を決して男に話しかけた。

 

「あ、あのっ……」

「……?」

 

 ぴたりと動きを止め男はこちらを振り向く。その姿に出久は何故か、顔に手のひらをつけた男を、死枯木を思い出した。出久が疑問に思い、それは何故かを自問する前に男が口を開く。

 

「あ~、先生ですか~?」

 

 にたり、と笑うその表情に正気は見て取れない、その風貌からおそらくどこかの病院の入院患者なのだと出久は判断した。

 

「……うん、そうだよ……病院に、帰ろう……?」

「は~い」

 

 精一杯の医者らしさを演じた出久に男がにたにたと笑って近寄ってくる。相も変わらず正気ではないようだが、ひとまずはどうにかなりそうである。出久は安堵でため息を吐いた。

 

「そいつから離れろ!!」

 

 

 シークレットがそこかしこに付着していた血液から居場所を辿り、そこにたどり着いた時。それは間一髪のタイミングだった。そこには一人の子供に近づく目的の(ヴィラン)、『テラー』と周囲から呼ばれている痩せぎすの男がいた。明らかに危害を加えようとしていたテラーに近づこうとする子供を制止するのが少しでも遅ければ、今シークレットの言葉に静止した子供は何らかの危害を加えられていたに違いなかった。

 

「え、えぇっ!?『シークレット』!?何故ここに!?離れろって、え!?」

 

 混乱している子供を余所に、シークレットはテラーへの警戒を強めた。正体を知られている人間が来ているのにも関わらず余裕を崩さないでにたにたと笑うテラーの姿がシークレットに何かあると思わせたのだ。

 さらに、シークレットにはその『何か』が何なのか、全くわからない。このテラーという男の“個性”は情報屋にも掴めていなかった。『何か』が“個性”であるか、何らかのしかけであるかわからない今、自分よりもテラーの方が子供に近い状態ではうかつに動かずに警戒心を高めることしかできない。

 

「……な~んで、ここがバレたのかなぁ~?教えてくれない?ヒーロー様よぉ~」

「……!!」

 

 悪意に満ちた語調に子供がやっと危機感を覚え逃げようとしたが遅かった。テラーに片手を掴まれてシークレットから盾になるような場所に拘束されてしまう。その細い外見からは意外なほどに力があるようで、子供が暴れても少しも体勢を崩さない。それでも暴れようとする子供に苛ついたのか、出血したままの指で首を掴んだ。シークレットの位置からは助けが間に合わないその行動に、内心で歯噛みしながらも子供を注視する。見覚えのある顔だった。今日の授業の後、一番熱心に質問に来た生徒だ。

 

(確か、そう……デクと呼ばれていたか)

 

「う、ぐっ……!」

「お前、もうちょっと静かにしてろよ?……さてぇ、質問に答えてよ、ヒ~ロ~?答えないとこの子供がどうなっても……って言ったらやる気出るぅ?」

「待て。……質問に答える」

 

 ヒーローの卵である彼がおとなしく拘束されているのを見るに、あの状態から脱出できない“個性”なのだろうと分析する。ならば、自分が時間を稼げば彼が隙を見つけ脱出できる可能性がある。テラーが人質にしている子供を警戒していない今ならばなおさらだ。シークレットはそこまで考えるとヒーロースーツのポケットから先ほど血を拭った白いハンカチを取り出した。

 

「まだ、乾いていない血液を発見した……付着していた場所から人間がつけたものと推定した」

「いいよぉ~。続けて続けて?」

(何で僕はすぐにコイツから離れなかったんだ!僕が人質であるせいでシークレットの足かせになってしまっている!すぐに抜け出すべきだ!どうやって!?)

 

 出久は考えていた。自分がどうしたらよいのか、先ほど目が合ったとき、シークレットは何かを思い出したような顔をしていたと思い至る。

 

「周りの建物にも血液が付着していた……多くの場所にな。この場所には後ろ暗い奴が多い……だから痕跡を辿ってきた」

「ふ~ん。で、君ってぼくのこと知ってる風だったよねぇ~?他のヒーローもここにいるの?」

(おそらくあれは僕が雄英高校の生徒だと思い出した顔!自慢じゃないけどクラスで一番質問した!なら、きっと僕に求められているのは……)

 

「いや、いない……。知っているかはわからないが、俺は基本的にソロでしか活動しない」

「知ってるよぉ~。無頼ヒーロー『シークレット』。相棒(サイドキック)を持たない、“個性”が秘密のヒーロ~」

「……何が言いたい」

「教えてくれないかなぁ~?その気になる“個性”をさぁ~。あ、『無個性』で~す。ってのはナシね~?だって自分で違うって言ってたの雑誌で見たしぃ~。ヒーロォなら自分の言葉には責任を持たないとねぇ?」

(隙を見ての脱出!それも、コイツの“個性”がわからない以上はその後にお荷物にならないのが最低ライン!ど、どうしよう!!)

 

 出久は“個性”、『ワン・フォー・オール』を未だに制御できていない。そのため、使用の負荷に耐えきれず体がぶっ壊れてしまう。つまり、このままお荷物のままでいるか、脱出してお荷物になるかの二択である。そんなことを考えている出久と目を合わせると、シークレットはその状況をすぐに察した。

 

(脱出は……できないようだな。しかし、俺の“個性”は使えない……()()()()()()()()()。話すのも……無理だ、必ず実演させられるだろう。そうなれば終わりだ。全てが終わってしまう)

 

 ここに来て出久の存在がシークレットを致命的に縛っていた。出久が居なければシークレットはその“個性”を最終手段として取っておくことが出来た。しかし、出久の居る今は決して使うわけにはいかない。“個性”の強弱の問題ではなく、発動すれば全てが終わるのだ。故に、シークレットの答えは決まってしまう。

 

「できない」

「……はぁ?」

 

(……えっ)

 

 テラーの笑いが止まる。

 

「テメエは状況が理解できてんのかぁ!?ああ!?こいつがどうなっても良いのかって聞こえなかったかぁ!?」

「待て。理由がある。俺の個性はーーー」

(やばいやばいやばいやばいやばいーーー!!僕やばい!死んじゃう!?違うんだシークレット今の僕の目は『行けます!』じゃなくて『行けません!』の方でーーー)

 

「うるっせぇーーー起爆っ!」

 

 音もなく、光もなく。その瞬間、シークレットが右手に持っているハンカチが爆発した。

 

「なっーーー!?」

「シークレット!?」

 

 突如腕を吹き飛ばされ、シークレットは驚愕の声を上げる。出久はシークレットがハンカチを掴んでいた右手を見て、息を呑んだ。

 

(なんだアレーーー手が、焼き焦げて、ひしゃげて。アレじゃまるでかっちゃんのーーー)

「爆発ーーーいや、爆弾か」

 

 脂汗を流し、左手で右手を押さえながら発されたシークレットの言葉が出久の思考を断ち切る。と、同時にテラーは引きつったような笑みを浮かべた。

 

「せいかーい!でも、性格に言うなら……『ぼくの血液が染みこんだものを任意で起動できる爆弾に変える』。それがぼくの“個性”!そしてーーー」

「うわっ!?」

 

 テラーは出久をシークレットへと突き飛ばし、さらに懐から赤い袋を取り出して出久へと投擲する。出久とシークレットがその中身を瞬時に察すと、どちらにも戦慄が走った。

 

(コレはもしかして……血液!?じゃあ、コレを浴びたら僕は、いや、()()()()()()()()()()()!!ダメだ、シークレット……!)

(くそっ……!)

 

 シークレットは動いた、左手で出久を引き寄せ、自らが盾になるように。出久の首に血液が付着していることはシークレットも承知していた。テラーが“個性”を使えば出久が死ぬことは、血液を被っても被らなくても同様だろう。それでも行ったその行動の理由は、強いて言うなら『体が勝手に動いていた』とでも言うのだろうか。

 

「そ、そんな……!?」

「ちっ……!」

 

 血をもろに被ったシークレットの口から思わず舌打ちが出る。対照的に、テラーは愉悦の表情で子供のようにはしゃいでいる。手を叩き、大笑いするテラーの様子に、シークレットを決定的な状況へ陥らせてしまったと直感した出久は絶望の声を上げた。

 

「なんでぼくがテラーって呼ばれてるか、なんで誰もぼくの“個性”を知らないか、説明してやるよぉ」

 

 テラーがにたにたと笑う。テラーにとって、血を被るのはシークレットでも出久でもよかった。血を被った子供一人分の爆弾は、起動すればあたりを吹き飛ばすーーーシークレットを道連れにして。とあるヒーローがテラーの母親にしたように、シークレットが人質を見捨てる可能性があったためより安全を高めることにしたのだ。結果としては最高のものになったが。

 

「ぼくの“個性”、『血液製爆(ブラッドボム)』で爆弾になったものが爆発すると、跡形もなく弾け飛ぶんだよねぇ……。で、ぼくの気にくわない奴はみぃ~んな、爆弾にしちゃった」

 

 出久はテラーから自分をかばうように立つシークレットの様子を伺う。後ろ姿からはわかりづらいが、その横顔は何かの覚悟を決めているように見えた。

 

「わかるぅ?ぼくの“個性”を知ってる奴らは全員爆破してきたってことぉ!跡形もなくね~!」

(覚悟……?何の……?)

 

 出久が思考を巡らせている間にもテラーの独白は続く。

 

「ぼくの敵が次々と行方不明になってくのを見て、誰かが言ったのさ!terror(テラー)……『恐怖』ってさぁ!」

(決まってる!このままじゃ共倒れ……味方も来ない!それならどちらかが助かる可能性に賭けるはず!つまり……)

 

「おい」

「……なに?」

 

 落ち着いた声色でシークレットがテラーにしゃべりかける。上半身を中心に血液を被り、テラーの“個性”によっていつ爆発するかわからない状況において、不自然な程に落ち着いた様子のシークレットはテラーと会話を始めた。シークレットの覚悟は、出久が容易く口を挟めないほどの凄味を帯びていた。

 

「もしかして命乞いぃ?どちらかだけでも助かろうって?無理で~す!爆破は同時に行えるし、射程距離は無限大。ざ~んね~んでした~」

「いや……。なぜ、建物を爆弾に?」

「うん?建物を沢山崩してやるためだけど?」

「どうして建物を崩す必要がある」

「建物を崩したらぁ~ヒーローが来るでしょ~?集まったヒーローを皆殺しにするんだぁ~。特にオールマイト!あんな奴がいるからヒーローなんてゴミがのさばるんだ!あいつは絶対に殺すよぉ」

「何か……恨みでもあるのか?」

「いやぁ?そんなものないよぉ?ただ、ヒーローがゴミで、害虫以下の存在だと思ってるだけぇ」

「どうしてゴミだと思う?」

「……知ってる?12年前の人質事件。……女性が(ヴィラン)に人質にされました、でも、(ヴィラン)は大量に人が死ぬかもしれない兵器を持っていたので、人質ごと殺しました。でも結局、兵器は作動して町を更地に変えてしまいました」

「……それは」

「あはぁ、その女性の息子がぼくぅ。わかってくれた?ヒーローってクズだよねぇ?」

(そんな……)

 

 出久は動揺し、大きく息を吸った。テラーをあれだけ邪悪な(ヴィラン)だと判断しておいて、シークレットの右腕を再起不能な程に爆破するのを目の当たりにして、それでも『そういう理由なら仕方ない」と、ほんの少しでも考えてしまった、同情してしまったーーー。

 一方、シークレットはその言葉を聞いてしばらくの間目を閉じ、そして言った。

 

「俺はお前に何も言葉をかけられない……だが、建物は……何も知らない一般人を巻き込むのは止めてくれないか……?」

「っ……!」

 

 目的のために、敵を倒すために一般人を殺すのは、テラーが憎いと言っていたヒーローそのものだ。こう言えばテラーは止まるのではないか、と出久は息をのんでテラーの様子を伺った。

 

「え?なんで?」

「な……!?」

 

 テラーは心底不思議そうな表情になった。出久はたまらず叫ぶ。

 

「なんでって、そんなことをしたらアンタの嫌いなヒーローと一緒だろ!お母さんみたいな人が沢山出来るんだぞ!?それでも良いって言うのか!?」

「いや、だってみんなヒーロー好きじゃん」

 

 ヒーロー好きなら殺して良いよね?と首を傾げるテラーに出久は絶句する。始まりは純粋な怒りだったのかもしれないが、今のテラーのそれは狂気だと簡単に理解できた。

 

「俺も同じなんだ」

「え?」

 

 シークレットがぽつりと言った。嵐の前のような、危うい静けさをまとい佇むシークレットが、テラーの怪訝そうな顔も構わず続ける。

 

「俺の個性を知る奴は少ない。(ヴィラン)では皆無と言っていい。……見た奴らは、全員いない。消してきた」

「お、おい……わかってんのか……?」

 

 シークレットのただならぬ雰囲気に気圧されてか、テラーが後ずさる。

 

「ヒーローでも一部は知っているが、誰も話さないで居てくれている。俺の“個性”は、被害が大きすぎるからだ」

「お前は今!いつでも爆破できるんだ!動くな!」

 

 最早テラーには構わない。その様子を見た出久は、あることに思い至る。

 

(覚悟を決めたようなあの表情……さっきも考えた!『どちらかが助かる可能性に賭けるはず!』そして、今……テラーの意識はシークレットにだけ集まっている!間違いない、シークレットは、死ぬ覚悟を決めたんだ!僕を助けるために!)

 

「いくぞ、これが俺の“個性”……」

(だったら、僕はテラーの意識から消えているはず!)

「ば、爆ーーー!」

(今しかない!)

「うおおおおおおおおおおっ!!」

「なっ!?」

(まず片足で右へジャンプ、次にもう片足でビルを蹴る!狙いはーーーコイツだ!!)

 

 出久は『オール・フォーワン』を使用し、両の足が砕けるのも構わずテラーへと跳躍する。出久の行動は、先ほどのシークレットと同じ、『気づけば体が動いていた』という(たぐ)いのものだ。そしてそれが今回はーーー致命的に裏目に出た。

 

DETROIT(デトロイト)ーーー!!」

「そっちかーーー爆破っ!」

「がふっ!?ーーー!?」

 

 テラーは出久が視界から消えた瞬間にシークレットが囮と判断。出久が到達するまでゼロコンマ数秒の差で出久の首を爆破した。体勢を崩した出久がテラーの横を通り過ぎ地面へと激突する。シークレットが出久の行動に驚いている数瞬の間にーーー出久は致命傷を負ってしまった。

 

「はぁっ、はぁっ……驚いたよぉ?まさか囮だったなんてぇ。まあ?でも?失敗しちゃったけどねぇ~」

 

 動揺で乱れた息を整えながらテラーが引きつった笑みを浮かべる。

 彼の能力説明には、一つだけ嘘が含まれていた。一度に複数のものを爆破できないーーーテラーの『血液製爆(ブラッドボム)』の明確な弱点である。出久とシークレットが血液を付着させた後、すぐに爆破せず、しゃべるふりをして隙を伺っていたのもそのためだ。しかし、対象が一人となった今はその弱点は機能しない。自らの勝利は決定した、とテラーは勝ち誇る。それ故に、ミスを犯した。

 

「それじゃあばいば~い。クソヒーロ~?」

「ーーー変身」

 

 シークレットに数瞬の猶予を与えるという判断ミスをーーー。

 シークレットは、一瞬にして(まばゆ)い光に包まれた。

 

 

 次第に光が薄れ、シークレットの姿が(あら)わになっていく。

 

「ん、なぁ!?」

 

 その姿を見たテラーが驚愕の叫びを上げる。目の前に居たのはーーー視界の暴力。

 

「……魔法少女ミラクル☆セイヴァー、見参!」

 

 身長185cm、鍛え上げられた肉体で並の(ヴィラン)なら打倒することができるーーーそんな、屈強なヒーロー『シークレット』が。

 

「なんだよ、その格好は……!?」

「……俺の“個性”は、『魔法少女』。奇跡を起こす“個性”だ」

 

 フリルリボンのツインテールとなり、ふりふりピンクのミニスカートに身を包んでいた。

 

 

  ◇◇◇

 

 

「私が来ーーーえ?彼の“個性”?あぁ、うん。凄いと思うよ?色々な意味で……」

「自らの“個性”を封じるのはヒーローとして合理的じゃない……だが、社会的には合理的だ」

「YEAR!!アイツの“個性”マジ無敵だよな!あれがありゃ何でも出来るぜ!絶対欲しくないけどな!!」

 

 

  ◇◇◇

 

 

 シークレットの“個性”は使用者へ及ぶ被害が大きすぎる。多大なる力と引き替えに強制されるその外見と言動は使用者を容易く破滅させるだろう。本人がどのような崇高な理由で使用したとしても、だ。

 

 シークレットの“個性”、『魔法少女』。頭はフリルでかわいらしくデコレートされたリボンでツインテール、服装はピンクと白を基調とした保育園児や小学生が舞踏会などで着用していても股上ぎりぎりを攻めるミニスカート以外には違和感のないもの(ご丁寧にも胸元は常にピンクと金色の入り交じった光を放つファンシーな宝石で装飾されていて、上品にもかわいらしくあしらわれたフリルには金色の飾り縫いがされている)、冷える足を隠すような白のニーハイソックス、小さくリボンで飾られたピンク色のシューズ、見えない下着も可愛らしさを重視した純白のそれ(ちなみに女児用)を強制的に装備させられる。なお、これらは尋常ではない伸縮性を持つものの、全てのサイズが小学校低学年女児を基準としており、よく鍛え上げられた筋肉の鎧をもつ大柄な成人男性であるシークレットが着用した場合、その姿は一言で表すなら『無残』である。印象を表すなら『変態』か『ぱっつんぱっつん』だ。

 

 この、人選を間違えたような残酷な姿を晒す代わりに文字通り『奇跡』を起こすことのできる“個性”が『魔法少女』だ。『奇跡』の限界はとてつもなく大きく、例えば大災害時にけが人全ての傷を完治することすら限界の百分の一にも満たない。死者を蘇生できないなど、行使できない奇跡もあるとはいえほぼ全ての不可能を可能にする“個性”と言える。欠点は前述したように強制的に服装を変えられること、魔法少女の口上を強制的に叫ばされることだ。魔法少女の口上とは登場時や個性発動時のセリフ、そしてーーー。

 

「ミラクル☆キュアー!」

「う、うん……?何がぁぁぶっほぁっ!?シークレット!?格好がヤバイィィィ!!」

「馬鹿な!?あの傷が一瞬で治っただと!?さらに被った血も……というか建物につけた血も全部消えた!?」

 

 といった技名やーーー。

 

「ミラクル☆ビーム!」

「ぎゃああああああ!?」

「す、すごい!謎のビームが奥の建物にも当たっているにも関わらずテラーだけを攻撃している!!」

「さらにとどめのーーーマインド☆クラッシュ!!」

「あびゃあああああ!?」

「ああっ!?テラーが白目を!?」

「これにて一件落着ーーー悪は、このミラクル☆セイヴァーが許しません!!」

 

 決めゼリフまで及ぶ。

 こうして、テラーは捕縛された。

 変身を解除すると、シークレットは、直前に起きた出来事の記憶を消去された衝撃で気絶したテラーを見下ろし、無言で出久に背中を向けた。現在は決めゼリフと共に変身を解除し、変身前の服装に戻っている。その背中には、出久には計り知れない深い哀愁がのし掛かっているようだった。

 

「すまなかった」

 

 シークレットは言った。

 

「我が身かわいさに、君に酷い経験をさせてしまったーーー本当に、申し訳ない」

「いえ、良いんです。ーーーもう済んだことです、謝らないでください」

 

 衝撃的な状況で逆に落ち着いたのか、不思議と冷静になった出久には、もうシークレットの“個性”の詳細や何故“個性”を隠そうとするのかなどの理由をほとんど全て推測できていた。

 

「だが、俺はーーーまた同じような展開になった時、必ず同じ事をする。軽蔑するか?」

「いえーーー尊敬します」

 

 全てを理解した上で、出久の胸にあったのは純粋な尊敬の念だった。出久にはヒーローになりたいという夢がある。しかし、もしもシークレットと同じ境遇になった場合、ヒーローになる夢を諦めない自信は無い。シークレットは自らの“個性”の全てを呑み込み、ヒーローを続けている。それだけで出久が尊敬の念を抱くには十分だった。

 

「そうか……ありがとう。それと、俺の個性の件だが……」

「はい、わかっています。絶対に誰にも言いません」

「……そうか」

 

 シークレットは、笑った。出久が出会ってから、初めて笑った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 あの晩から数ヶ月が経ち、出久はふとあの晩の別れの時のことを思い出していた。

 彼はどうやらテラーを捕まえるついでに雄英の講師を引き受けていたらしく、翌日からは学校に来なかった。だから、別れの言葉を交わした生徒は、おそらく出久だけなのだろう。

 

 

 あのとき彼は、外傷がないのに白目を剥いて気絶しているテラーを懐から取り出したワイヤーで縛り上げて担ぎ、出久を家まで送ってくれた。その場に居た誰の体にも傷一つついておらず、まるで直前に起きた激しい戦いが夢のように思えるほどだった。道中、出久とシークレットの間に言葉はなかったが、出久にはそれで十分だと思えるような充足感があった。

 

『じゃあな、デク。夜道には気をつけるんだぞ?』

『はい!……あの、シークレット』

『何だ?』

『また……会えますか?』

 

 シークレットはその言葉に少々面食らったようだったが、合点がいったように、その強面をにやりと歪ませ、拳を突き出して言った。

 

『お前が俺に会いに来い……小さな英雄(ヒーロー)

『……!はいっ!!』

 

 

 あのときのやりとりは今までも、そしてこれからもずっと宝物だ。

 出久はふっと微笑むと、空に向けて手のひらを向け、その先の太陽を掴むように握りしめた。この空の下で、あの人は今も英雄(ヒーロー)として戦っているのだろう。自分もいつかーーー。

 

「あの人にまた会うために、Plus Ultra(さらに向こうへ)ーーー!」

 

 出久はそう呟き、さらに向こうへ進まんと駆けだした。

 




---緑谷出久の戦いはこれからだ!ーーー





ーーーはいごめんなさい。プリティ☆ベルのリスペクトです。パクリって言わないでくださいお願いします。
何じゃこれ!と言う方、本当に申し訳ないです。
面白かった!と言う方、本当にありがとうございます。

ネタバレになるため言いませんでしたが、本作品はシュールギャグ要素が含まれていると思われます。思っていたのと違った方、気分を害していたらすみません。

ここまで読み進めてくださった読者の皆様に感謝を。


~キャラ紹介~

無頼ヒーロー『シークレット』
本名:姫川 奇跡(ひめかわ きせき)

最強だが、諸刃の“個性”を持ったヒーロー。破滅する可能性を容認してヒーローになることからわかるように根っからのヒーロー気質。オールマイトや出久に似たタイプ。
ヒーロー界の最終兵器として生涯に渡り奇跡を起こし続けた。


原作主人公『緑谷出久』

原作と比べて一つだけ精神的な支柱が増えた。
この後、様々な事件に関わりながらもヒーローへと近づいていく。
シークレットとの再会は叶ったようだ。

敵『テラー』
本名:破西 爆斗(はさい ばくと)

今作品の敵。母親を無意味に殺された経験からヒーローを憎悪するようになった。
マインド☆クラッシュにより『魔法少女』の記憶を消され、現在は精神病棟で拘束隔離中。原因は不明だが、大柄な男と魔法少女もののアニメがトラウマである。

強面の男
本名:スモーク・真黒(すもーく まくろ)

日系のアメリカ人。日本の血が色濃く出ている。
不良相手に売人をしていたが“個性”の無断使用でシークレットにより捕縛された。
母国に引き渡され刑を終了した後、『地に足をつけて稼いだ方が堅実だ』と心を入れ替え地元に帰り親孝行に努めるようになる。

不良の少年
本名:投堂 颯(とうどう はやて)

少年であることとシークレットの配慮から執行猶予がついた。
一晩の出来事によって完全に折られたプライドからか以前とは別人のように丸くなったという。



これは完全に蛇足ですが、途中に挿入されたシークレットの“個性”に対しての評価は、後日出久が雄英の講師陣に話を聞きに行ったときのものという裏話があったりします。


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