ショートショート

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生き甲斐

 佐藤裕也は退屈な男だ。

 安定した職には就いているものの特に熱心に仕事をこなしているわけではなく、これといった趣味もない。

 家族もおらず、友人と呼べる友人もいなかったが裕也は別に気にしてはいなかった。

 ある日、裕也は仕事の都合で郊外に出張していた。緑と澄んだ空気が豊富なその地域は都会とはまた違ったリズムがあり、感性の豊かな人間なら何か思うことがあるのかもしれないが、退屈な男がそんな事を思うわけも無かった。

 手早く仕事を終わらせた裕也はこの退屈な土地でいかに時間を潰そうかと考えながらその辺をうろうろしていた。すると、ある民家に目が行った。

「はて、なんだろう」

 別に民家そのものは平凡などこにでもあるよう物だった。

 裕也の目を引いたのは庭に生えている三本の木。

 全体的に赤みのかかった葉、特徴的な幹の模様、大きさはそれぞれまちまちだが驚くほど背が高いわけでもない。よく目を凝らしてみると南天ほどの真っ赤な実が幾つか付いていた。

 裕也は一般人に比べて植物に関しての知識はあるほうだったが、その木の種類が分からない。

「そもそもこんなに赤みのある葉なんてあるのだろうか。実が付いているのだから紅葉している訳でもないようだし」

 次の仕事まではまだまだ余裕がある。裕也がうんうんと唸っていると、ホースを持った家主が声をかけてきた。

「何か用ですか?」

 人当たりのよさそうな初老の男。だが何処か疲れているように見えた。

「あ、いえ、庭の木が少し気になったもので。けして怪しいものではありません」

 裕也は一応の弁解をし、名刺を差し出した。

「もし宜しければ、あの木の名前を教えていただきたいのですが」

 男は困ったように首を振った。

「名前ですか、実はこの木に名前は無いのです」

「いや、そう言う意味ではなくてですね。モミジとかイチョウとかそう言う学名の事なのですが」

 初老の男は真面目な顔で答える。

「ええ、ですからこの木には学名がありません。ここにある三本しかこの世に存在しませんから」

 裕也は訳が分からなくなってちらりと腕時計に目をやった、次の仕事までにはまだだいぶ時間がある。

「宜しければ、詳しく聞かせてはいただけないでしょうか?」

 

 

 二人並んで縁側に座り、三本の木を眺める。

「私は元々植物学者だったのです」

 西宮正次郎と名乗った初老の男は裕也にお茶を勧めながら言った。

「あの木は私が研究の末開発したものなのです。地球の砂漠化を防ぐために、どんなに痩せた土地からでも発芽する種をとあるキノコをヒントに作ったのです」

「それは素晴らしい、私は植物学には詳しくありませんが、さぞかし多くの苦労と挫折があったことでしょう」

 裕也は目を輝かせて正次郎に言った。退屈な人生を送っていた彼にとってそれは途轍もなく壮大なことであった。

「しかし、それならば何故この三本しか残っていないのですか? まだ研究の途中なのでしょうか?」

 正次郎は少し視線を落とした。

「いや、開発したまではよかったのですが、実はこの木は繁殖の効率がすさまじく悪い上に非常にデリケートなので常に誰かが見守っていなければならないのですよ」

 ああ、なるほど、と裕也まで肩を落とした。

「しかし、私はどうしてもこの木たちを見放せなかったんですよ。なにぶん私が作った種類ですし、何も使えないからといって直ぐに見放すのは良くないと思ってね」

 正次郎の発言に裕也は同意した。

「だから地球環境に影響を及ぼさない程度にこうやって育てているんですよ。いざ育ててみると私が作ったこともあって意外と愛着がわくもんですよ」

「素晴らしい心がけじゃありませんか、役に立たなければ直ぐに破棄してしまう現代社会においてとても貴重な価値観だと思いますよ」

 正次郎は目線を落としたまま裕也に礼を言うと更に続けた。長いことおしゃべりの相手がいなかったのだろうかと裕也は思った。

「しかし、私はのめり込み過ぎた。確かに生きがいと呼べるような趣味を見つけたが、それの所為で家庭を、妻と娘を失ってしまった」

「後悔はあるのですか?」

「たまの夜、妻と娘を思い出して寂しくなることがある、だが翌朝になってこの木を見るとそんな気持ちは吹き飛ぶんだ。最近、少しのめりこみすぎではないかと思うんだよ、かといって他に何かしたいことがあるわけでもない」

「そんな、ぜひともあなたは続けるべきだ」

 裕也は正太郎の手を取り言った。

「私はあなたが羨ましい。あなたの様に生きがいを見つけることが出来る人間は本当に少ないのです。初対面の私が何を言うかと思うかもしれませんが。あなたの生きがいは本当に素晴らしい」

 正太郎は顔を上げ、裕也の目をじっと見つめた。先程に比べその目には若さと輝きに満ち溢れているように見えた。

「ありがとう、本当にありがとう。相談する相手がおらず、自分に不安を持っていたのです。あなたの言葉で自分に自信が持てた」

「そう、何も不安に思うことはありません。素晴らしい人生じゃありませんか」

「実は、木が三本では少ないと思っていたのです。もっともっと木を増やすことにしましょう」

「そうです、そうです。私になにか手伝えることがあれば何でもおっしゃってください。仕事の都合上毎日と言うわけには行きませんが、週末くらいなら暇があります」

「そんなとんでもない、私一人で十分です」

 正次郎はすっかりぬるくなった茶を一気に飲み干すと、縁側から勢い良く立ち上がった。

「そうだ。あの木の実を差し上げましょう。見た目よりずっと甘い実なのですよ」

 真ん中の木に駆け寄り南天ほどの木の実を幾つか摘む。

 裕也も正次郎に駆け寄り、差し出された真っ赤な木の実を手に取った。

「ありがとうございます」

 裕也はその実をスーツで二三度磨いた後、口に運ぶ。

 口の中で始めた木の実はとても甘く、あっというまに溶けて無くなってしまった。

「本当だ、甘い。惜しいですね、繁殖の効率さえよければ――」

 正次郎の手にある二つ目の実を手に取ろうとした時、裕也の視界が歪んだ。更に足の力が抜け、膝から地面に崩れ落ちた。

 裕也が最後に見たのは、満面の笑みで自分を見つめる正次郎の顔だった。

 

 

 それから半年ほどたったある日、正次郎は自宅の庭で何時ものように木々の手入れをしていた。

 正次郎は三本の木々のすぐ傍に、植物とは思えぬほど真っ赤な芽を見つけ、顔を綻ばせた。

「ようやく芽が出ましたか、健康そうでよかった」

 足早に家に戻ると、ノートとカメラを手に再び芽の前に戻る。この芽の成長も貴重な資料だ。

「あと、十本は欲しい所ですねえ」

 真っ赤な芽は、恨めしそうに風に揺れた。




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