八幡が大笑いする作品を書こうとしたら小町さんが大泣きしました。

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 原作やアニメ二期の最後から一ヶ月ほど先のお話です。


後回し

 昨晩は妙に明るかった小町が、今朝は押し黙ってクスリとも笑わない。こういう時はそっとしておくに限るのだが、思いつめたような姿を見ているとついつい気休めだけでも言ってやりたくなる。これが良くなかった。さっきから余計にピリピリしている。

 察するに、どうやら朝から親父に熱く(ウザく)激励され、うんざりしていたところへ重ねて俺が声をかけてしまったらしい。親父……。

 

 多少のナーバスも無理はない。今日は総武高の入学試験合否発表である。

 

「おにいちゃん、早く着替えて」

 

 朝食の後片付けをしているところに、有無を言わさぬ小町の命令が飛んでくる。着替えろと言うのは、外出の用意をしろということだろう。

 

「お前、一人で行くんじゃなかったのか」

「結衣さん来るから。誘えたら雪乃さんも来てくれるって」

 

 それと俺が一緒に行くことに繋がりはあるのか……? あるような無いような。しかしイライラ小町にこれ以上の口答えはご法度。一緒に来いと言うなら仰せの通り、さっさと部屋に戻って着替えてくるとしよう。

 リビングは暖房が効いているからと、小町はその場で着替え始める。いつもなら母ちゃんが注意するところだが、今日は何も言わない。下着姿になったところへ親父が入ってきて、案の定腹パンの憂き目に遭っていた。親父……。

 仕度を終えて戻ると、もう靴を履いた小町が玄関で母ちゃんに見送られていた。励ましの言葉でも貰ったのか、少しは落ち着いて見える。自転車の鍵をポケットに突っ込み、俺も靴を履く。

 

「んじゃ、いってくる」

「待って、あんた達お昼は? 帰ってくんの?」

 

 小町に続いて出ようとしたところを呼び止められる。そういや昼食のこと考えてなかった。由比ヶ浜や雪ノ下も来るなら、そのまま合格祝い、という流れになるかもしれない。

 ……そして、そうできない可能性も確かにある。あまり考えたくはないが。

 

「いや、食ってくる。多分」

「多分とかいいからはっきりして」

「はい、お外でいただいて参ります……」

「よろしい。いってらっしゃい」

 

 ドアを開くと、小町は既に俺の自転車の荷台に座っていた。さっさと漕げ、と言うようにサドルをべんべん叩く。はいはい、承知しましたとも。

 

 道半ば、ほどほどに体が温まってくると、やや強く吹きつける風も涼しく心地いい。後ろに座っているだけの小町はやはり寒いようで、小さくなって背中に貼りつき、俺を盾にすることで向かい風から身を守っている。

 

「由比ヶ浜は、自分から来るって言ったのか」

 

 出かける前から引っかかっていたことを尋ねてみる。すぐには反応がなかったが、しばらくしてから、うん、と聞こえた。

 

「半分は小町が誘ったような感じ、だったけど」

「よかったのか?」

 

 少し意外だったのだ。どちらかと言えばリアリスト傾向のある妹である。いつもの小町なら、万が一不合格だった場合を考えて遠慮しそうなものだ。二人に気を遣わせるような可能性を避けたがるはず。

 後ろで言い澱む気配があって、またしばらく間が空く。

 

「嬉しかったし……」

 

 俺の背中に、ぽつりとこぼす。

 

「そうか」

「不合格だったらとか……考えたくなかったし」

「……そうか」

 

 ほんのわずかに声が震えているのは、寒さのためか、俺の気のせいか。朝食前には失敗したものの、ここは何か言ってやるべきなのかもしれない。

 口を開くかどうかに迷い、口にする言葉に迷い、結局黙って漕ぎ続ける。

 俺の場合はどうだっただろう。二年前の合否発表の時、どのくらい不安で、どの程度自信があっただろうか。自分の受験番号を見つけて、叫び出したいほど嬉しかったことは覚えているが、その直前の記憶はない。合格の喜びも、事故を含めたその後の一年でかなり色褪せてしまった。かつては宝石の輝きだった誇らしさが、今や白黒である。通り越してXYまでいっちゃうレベル。

 自分の中の引き出しをどれだけ探ってみても、小町の不安に寄り添うようなものは出てこなかった。

 

「この先、車通り多いから。ちょっと歩くぞ」

 

 二人乗りはときどきやるが、危険とわかっている道路では避けている。なるべく静かにブレーキをかけ、降りるように促した。歩道に立った小町は、動いて体を暖めようとしているのか、その場でせわしくぴょこぴょこ跳ねる。

 

「自転車、乗ってていいよ。小町ちょっと走る」

「え? いやお前……」

「寒いから! もうすぐそこだし!」

 

 言うが早いか、たったか走り出す。汗かくと後で困ると思うんだが……景気づけのつもりだろうか。我が妹ながらたくましいことだ。もう一度自転車に跨り、地面を蹴って、小町の後を追いかける。

 

 

 校門を抜けて昇降口に目を向けると、側に掲示板が複数設置されている。あと二十分もすれば、そこに数百人分の番号が貼り出されるわけだ。まばらではあるが、周囲にはもう人だかりができていた。その場に小町を待たせて、駐輪場へ向かう。

 自転車を置いてから掲示板の前に戻ってくると、人混みの中でやけに注目を集めている三人組がいる。こちらに気づいて手を振るお団子髪に、朝日に光る黒髪。由比ヶ浜と雪ノ下が小町と合流していた。おいやめろ、声出して呼びかけてくるな。余計に目立ってんじゃねぇか。

 

「やっはろ!」

「おはよう」

「おう」

 

 挨拶を交わすと、その後は無言。いつも通りである。

 小町はと言えば、由比ヶ浜と一緒にきゃいきゃい言っている。寒さもそっちのけの上機嫌は、まったくの空元気というわけでもないのだろう。うむ、いい友を持ったな、妹よ。まぁもうすぐ友達っていうか先輩になるんだけど。

 風がグラウンド側から砂埃を運んでくる。俺もさっきまで体を動かしていただけまだ平気だが、こう空気が冷たいと耳が痛い。雪ノ下と由比ヶ浜も、時おり吹きつける風に身を固くしている。

 

「移動しねぇか。ここ寒い」

「そうね、まだ時間もあるし、それに……」

 

 雪ノ下が周囲を見回すと、こっちをちらちら見ていた数人がさっと目を逸らした。大変ですね、そこまで目をひく容姿だと。他は中学生ばかりなので、制服姿が余計に浮いている。俺もこの視線はちょっと落ち着かない。

 中庭の方へ歩き、自販機の側のベンチまでやって来た。以前フリーペーパー作成の依頼のとき、取材で葉山に話を聞いたのがちょうどこの場所だ。

 並んで自販機の前に立ち、飲み物を選ぶ。三人は粒入りコーンスープの缶をカイロ代わりに手を温めつつ、身を寄せ合いながらベンチに座った。

 由比ヶ浜と雪ノ下に挟まれた小町は特に暖かそうにしている。大いに結構。その調子でお姉さん達に元気づけてもらうがよい。

 

「小町さんの学校から、他のお友達は受けているのかしら」

「んー、どうなんでしょう。少なくとも仲良い子ではいないですね。雪乃さんは中学から一緒の友達います?」

「そ、そうね……誰かいたかしら」

 

 小町ちゃん、その質問をするなら先にどこからが友達か否かを線引きしてあげなさい。雪ノ下さんが困ってるじゃないの。

 しばらくは和やかにガールズトークが続いていたのだが、手に持った缶が冷めていくにつれ、小町の口数が減っていく。発表の時刻が迫っていた。

 

「小町ちゃん、緊張してる?」

 

 由比ヶ浜さん、ここで直球を投げた。小町は突然の質問に一瞬固まり、しかしすぐに照れたような笑みを浮かべる。

 

「いやぁ、小町なりに結構頑張ったんですよ、勉強。ダメだったらやっぱりきついかもです」

 

 下手に話を逸らすよりも率直に話題にしてしまった方が、小町も強がらなくていいということか。さすがその辺りの配慮に長けているだけある。いや、由比ヶ浜もそこまで考えてないかもしれんけど。

 

「みんなで引いたおみくじ、凶でしたし……」

「え、お前まだそんなん気にしてんのか」

 

 思わず笑ってしまい、口に含んだコーヒーを飲み込むのに苦労した。

 

「ごみいちゃん、うっさい。あと笑い方ムカつく」

 

 睨みつけられ、さらに罵倒される。うーん、辛辣……。

 

「でも、由比ヶ浜さんの大吉と交換したじゃない。それに運勢で合否が決まるなら苦労はないわ」

「そうだよ、大丈夫! 小町ちゃん絶対あたしより頭いいもん」

 

 二人が口々に励ます。しかし手厚く言葉を尽くされても、それだけで不安を拭いきれるものではない。

 

「いやその、すいません。大吉嬉しかったですし、それは心強いんですけど……なんか、貰ったものってやっぱホントじゃない気がするっていうか、ズルした気になるっていうか……。いや、そこまで気にしてるわけじゃないんですけどね?」

「めんどくさいやっちゃな。前にも言ったろ、大丈夫だ」

 

 ぬるくなったマッ缶の残りをぐいと飲み干す。いや、俺もめんどくささにかけては人のこと言えんけど。雪ノ下と由比ヶ浜は小町の両脇で苦笑い。

 

「ごみちゃん、うっさい。あとなんかムカつく」

「お、おう……えっ、なんか今の呼び方、いつもよりお兄ちゃん要素、減ってなかった?」

 

 より純粋なゴミ呼ばわりに近づいてない? 大丈夫?

 不意に遠くから歓声のようなざわめきが聞えてきた。時計を見るとまだ予定よりは早いようだが、合格者の掲示が始まったのか、あるいは始まろうとしてるのだろう。

 俺の一言がかなり余計だったようで、小町はぶすっとふてくされた顔のままだ。いやぁ本当にすみません。御てへぺろ申し上げます。

 

「そろそろだぞ。ぱぱっと見て来いよ」

「ん」

 

 小さく頷いて、小町はむくれた表情のまま立ち上がろうとする。

 

「小町ちゃん!」

 

 不意に由比ヶ浜が小町の顔に手を伸ばした。ぐに、と両頬を手で挟み込まれて、面食らった小町は目を白黒させる。

 

「うひゅ、な、なんですか結衣さん」

 

 もがく小町の頬をもちもちしながら、由比ヶ浜は笑う。

 

「そうやってモヤっとした顔してると、お兄ちゃんにちょっと似てるよ?」

「ええ!? ちょっと何ですかそれ! ひどい! 似てないですよ!!」

 

 えっ、ちょっと何ですかそれ。その拒否反応っぷりは俺に対してひどくない?

 一方の雪ノ下はなぜか感心したような表情を浮かべている。

 

「由比ヶ浜さん、意外と残酷なことを言うのね。厳しくすべき時には言葉の鞭も振るうタイプなのかしら」

「お前はなんで常から鞭振り回してるんだよ。わりと痛いんだけど? 通り魔なの?」

 

 仲が良いのは結構ですが、連携してトドメ刺しに来るのやめようね。

 

「あら、鞭の代わりにニンジンを与えれば少しはまともに働くのかしら?」

「せめてそこは飴と言え。お馬さんに失礼だぞ」

 

 お前それエゾノーでも同じこと言えんの? と腕を組みながら睨みつけると、雪ノ下も笑顔をひっこめて反省の態度を見せる。

 

「そうね、失言だったわ。私としたことが」

 

 まったく、気をつけてくださいね? ここが帯広の農業高校だったら先生に怒られちゃってるよ? ちなみに例の農高生マンガ、主人公が過労でぶっ倒れたところで見ていられなくなってその先まだ読んでいない。

 小町はようやく由比ヶ浜の手を逃れると、そのまま立ち上がった。緊張をほぐされ(物理)、少しは肩の力が抜けたらしい。吹っ切れたような笑顔を見せた。その手から空のコーンスープ缶を受けとる。

 

「んじゃ、みなさん。行ってくるであります!」

 

 ぴしっと敬礼。あざとくも可愛らしい、可愛らしくもあざとい。うむ、それでこそ比企谷小町である。

 

「おう」

「いってらっしゃい」

 

 小走りで行くその背中を見送ってから、二人に礼を言う。

 

「悪いな、助かる」

「いいえ、気にする必要はないわ」

「そうだよ」

 

 二人はこう言ってくれるが、実際かなり助けられた。小町もそうだが、俺自身が。どんな言葉がふさわしいか、判断がつかないこともある。ええ、どうもすみません。ヘタクソなんです。

 

「合格、してるよね……」

「……どうだろうな」

 

 由比ヶ浜がぽつりと言った。それはほとんど独り言のようだったが、一応言葉を返す。ほら、俺も話しかけた相手にスルーされて強制的に独り言扱い、なんて悲しみの思い出があるから……。あれ本当に悲劇。

 

「あら、さっきは随分と自信があるように言っていたじゃない」

「俺は『大丈夫』としか言ってない」

「え、どういう……?」

 

 由比ヶ浜が首を捻る。説明しようと口を開いたが、雪ノ下が先だった。

 

「それは、つまり……小町さんなら、『たとえ合格していなくても大丈夫』という意味かしら」

 

 正解だった。いつか小町にも同じことを言った覚えがある。

 

「まぁ、半分はそういうことだな。実力は十分だったと思うが、それでも試験の日に調子が悪いこともある。偶然他に優秀な受験生が多かった、なんてことも無いわけじゃない。落ちるときゃ落ちるもんだろ。けど、それでも小町だ。不合格イコールお先真っ暗なんてことはねぇよ」

「そんな……でも、受かっててほしいよ……」

 

 由比ヶ浜は祈るように両手を握り合わせ、そわそわと身を揺する。我がことのように真剣なその姿を見ていると、少しだけ寒さを忘れる。

 

「アホか。大丈夫だって言ってるだろ。戻ってきたときにはあいつはお前らの後輩だ」

「結局は確信しているのね……」

 

 雪ノ下は頭が痛むかのようにこめかみを押さえ、由比ヶ浜は、うぁーっ! と叫んで頭をぐしゃぐしゃ掻く。そんな乱暴にして、お団子解けちゃったりしない? 大丈夫?

 

「ヒッキー自信満々なんだかネガティブなんだか意味わかんない!」

「自信に根拠なんてない。そういうもんだ。不安要素はいくらでも挙げられるが、それとはまた別だ」

 

 由比ヶ浜はなぜか自分まで緊張してきたようで、俺の発言など聞いちゃいない。これじゃまるで独り言じゃねーか。悲劇。

 

「どうしようどうしよう、怖くなってきたどうしよう」

「落ち着いて、由比ヶ浜さん」

「だってあんな小町ちゃん見るの初めてだし……」

 

 家族以外から見れば、ああいう小町は確かに珍しいだろう。それにしても小町がいなくなった途端にこの不安定ぶりである。さっきの頼もしさはどこいっちゃったんですか。

 

「泣いて戻ってきたりしたらどうしよう、無理だよ、あたしも泣いちゃうよ……」

「縁起でもないこと言わないの」

 

 ネガティブ思考に走る由比ヶ浜を、雪ノ下が諌める。

 

「けろっとしてるパターンの方が怖いな。へこんでる所は見せたがらないだろうし、仮に落ちても強がっちゃう可能性が高い」

「ええー!? やだやだそんな風だったら泣いちゃう」

 

 なるほど、どっちにしろ泣くんですね? この様子だと合格でも泣くな、コイツ……。やめろよ、つられて俺まで泣いちゃったらどうすんの?

 

「戻ってきた。ほら、しっかりして」

 

 こちらへ歩いてくる小町の姿に気づいて、雪ノ下が小声で呼びかける。

 俯いたままの小町の足取りは、どこかおぼつかない。まさか……いやいや、大丈夫だ、きっと。多分。いや絶対。そうだと思う、自信ある。あるよ。間違いないよ。確実だよ。100パーセントだよ。頼むから受かっててくださいお願いします。

 声の届く距離まで来たところで、二人はベンチから立ち上がって迎えようとする。

 そこで突然小町が駆け出した。目線は足下のまま、真っ直ぐこっちに走ってくる。危なっかしいな、おい。

 猛ダッシュの勢いそのまま、胸部に小町の頭突きが刺さった。

 

「ぐ、げっふ」

 

 肺から空気が飛び出すが、どうにか抱き止めることには成功した。心配そうな表情の二人と顔を見合わせる。由比ヶ浜は今にも泣き出しそうで、雪ノ下の顔色にも緊張がうかがえた。だから、そんなに心配することないっつーの。

 しかし、その質問を口に出す覚悟には一呼吸の間を要した。

 

「合格、か?」

 

 視界の隅で、雪ノ下と由比ヶ浜が息を呑む。んぐ、と呻きながら、腕の中の小町が身をよじった。うなずいたように見えたが、念のためにもう一度確認する。

 

「番号、あった?」

「あ゛っだぁぁぁぁ」

 

 漏れ出た涙声に、由比ヶ浜の歓声。気づけば拳を突き上げていた。

 

「ぃよっっしゃ!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ ぁ ぁ」

 

 小町の泣き声がピロティの下でわんわんと反響する。久々に見る大泣きだった。本当によく頑張ったのだ。涙はその証に他ならない。

 

「あっはっはっはっはっは!! だから大丈夫っつったろ!!」

 

 小さな背中をばしばしと叩く。由比ヶ浜は本格的にもらい泣きし始め、雪ノ下はリアクションに困っておろおろした挙句、控えめに拍手をする。そんな二人の仕草が愉快で仕方ない。安堵に泣きじゃくる小町が可笑しくて仕方ない。どうにも笑いが込み上げる。なんだこれ、止まらん。

 

「おめでとう、小町さん」

「おめでとう、おめでとう、よかったホントに」

 

 小町は俺から離れると、由比ヶ浜と揃ってぼろぼろと涙を零しながら、ひしと抱き合う。とりあえず、家には一旦俺から連絡しておいてやろう。ポケットから携帯を取り出す。

 ……いや待て、その前にやることがあった。この機会を逃す手はない。

 小町は涙をぬぐいながら、ありがとうございますと繰り返している。なんとか涙を抑えようとして呼吸を整えている妹に、後ろから呼びかけた。

 

「小町! 小町、こっち向け」

「ふぇ」

「ほいチーズ」

 

 カシッと歯切れの良いシャッター音が響く。涙に光る目、いつもよりいくらかあどけない表情。イイ! ベストショットだ、額に入れて飾ろう。

 

「ばがぁぁぁぁああふざけんなぁぁあああ」

 

 またもや激しく泣きじゃくりながら、小町が拳を振り上げて迫ってくる。

 

「よせよせ待てって! 大丈夫だから、可愛く撮れてるから!」

「消せアホぉ!! キモい!! 馬鹿兄!!」

 

 ぼこぼこに殴られながらもどうにか左腕で小町を捕まえ、携帯を奪われないように右手を高く伸ばす。

 

「わかったわかった! 親父には送んねぇから、見せねぇから! 消すのもったいないって!!」

「いいからぁぁ!! 消してええぇぇぇも゛ぉぉぉぁぁぎら゛い゛ぃぃぁぁあ」

 

 俺を突き飛ばしてUターンすると、今度は雪ノ下の胸へと逃げるように飛び込む。そんな姿を背後からもう一枚、パシャリ。うーん、素敵。久々に小町に嫌いって言われちゃったぜ……謎のときめきに心が満たされる。

 

「撮んなぁぁぁぁばかぁぁぁぁ」

 

 シャッター音の数だけ、小町のくぐもった声が馬鹿馬鹿と繰り返す。面白可愛すぎて、ついついいろんな角度から撮ってしまう。なんだろう、充実感。

 

「比企谷くん、いい加減にしなさい。もう」

 

 雪ノ下が両腕で抱き寄せ、小町をかばう格好になる。調子に乗りすぎた自覚はあるので、携帯はポケットに収めた。

 

「記念だ記念。俺も勉強だの相談だの八つ当たりだの、いろいろ付き合ったからな。このくらいは許されていいはずだ」

「知らんそんなん馬鹿! ゴミ兄!! 小町だって、小町だって、修学旅行のこととか、なんか、選挙のときとか!! 話、聞いてあげたし!! おあいこだし!! 恩着せがましい!! 馬鹿!!!」

 

 雪ノ下の腕の隙間から矢継ぎ早の反撃が飛んでくる。一時的に怒りが涙に打ち勝ったらしい。ていうか待ってやめて、そのへん蒸し返すといろいろ飛び火するからやめて?

 

「悪かったって。もう撮らん」

 

 ぽんと小町の頭に右手を置く。それがスイッチになっていたかのように、またその目から大粒の涙が溢れ出す。軽く頭を撫でると、小町は小さくありがとう、と言った。

 

「よくやった」

 

 労わずにはいられなかった。小町は咽び、しゃくり上げ、どうにか言葉を絞り出す。よくわからんが、勉強見てくれてありがとうと言いたいようだ。

 

「えらい」

 

 褒めずにはいられなかった。もう一度、小町が口を開く。もう言語として発音できていないが、応援してくれてありがとうと伝えたいらしいことはわかる。

 

 これ以上口を開くと声が震えそうだったので、おめでとうは後回しにしておくことにする。



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