君と、ずっと   作:マッハでゴーだ!

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こんばんは!
ちょうど地上波で君の名は。がやってるところで、ちょっと記念で昔中途半端に書いていた話をちょろっと改変して投稿してみました!
構想はRADWIMPSの人間開花の中のスパークルのMVのラストシーンから考えました

前書きが長くなりましたが、それではどうぞお楽しみください。


特別番外編「君と俺がもっと早く」

 

 あぁ、どうしてこうも、胸が苦しくなるんだろう。

 こんなにも毎日に充実感が欠けてしまったのか、自分でもよく理解できない。

 気づけば手の平を開き、そこにあるはずのない「何か」をひたすら探し求めている。その何かがわからず、考えてもきっかけすらも掴めない。

 

 ならば、そんなもの捨ててしまえばいい――それもできない。

 何かも分からないこの空虚な想いを捨ててしまえば、何か取り返しのつかないことになるような気がして……

 いや、違うな。そんなものは方便で、俺はただ捨てたくないんだ。

 この手の平の先にある、形がなく記憶にもない「大切なもの」を、永遠に大切にしたい。

 

「世界一周でもしたら、とか」

 

 家のベランダから空を見上げて、感傷に耽ってそんなことを呟く。

 自分でも何を言っているんだ、と思う。

 現実的に考えてここから世界の隅々まで歩くことは不可能で、そもそもそんな予算もない。

 

 ……なら、このどうしようもない無気力な気持ちをどこに追いやればいいんだ。

 

「あー、むしゃくしゃするなぁ……」

 

 どうにかしないと受験勉強にすら集中できない。

 ――世界の隅々まで歩くことができないのなら、せめて何か目の前が大きく変わることが起きて欲しいと願った。

 

 ……そんな風に思いながら、窓辺から夜空を見上げる。

 東京の更に満点の星空が広がっているはずがない。そもそも見たことの方が少ない。

 

 だけど、どうしてだろう。

 ――俺は満点の星空を、毎日のように見ていたと。そう思う時があった。

 

「東京生まれ東京育ちだろ……」

 

 気になって、自分の出生を調べたことがあるけど、田舎生まれである事実はなかった。

 

 それどころか親の実家さえも関東地方の中だった。

 だからこれは絶対に勘違いなんだ。なのに、俺の心はそれを勘違いで済ませられない。

 

 そうして俺は、毎日を無作為に過ごしていく。

 いつかこんな気持ちが無くなることを願って。

 

 ●⚪︎●⚪︎

 

 高校三年生になると、受験シーズンで遊ぶ時間はなくなる。

 それは例に漏れず、立花瀧も同じであった。

 

 彼は友人である藤井司と同じで建築に興味があり、それを学べる大学へと進学を希望している。その大学は中々の規模を誇る、いわゆるマンモス校というもので、建築学に限らずあらゆる分野に精通した大学だ。

 

 目的があり、志望校も決まっているのならば後は邁進するだけ――のだが、彼は中々勉強に熱が入らない。

 

「あぁぁぁぁ……やる気、でねぇ」

「何度目だよ。入試まであんまり時間ないんだぞ?」

 

 立花家のリビングで一緒に入試対策をしている司が呆れた顔でそう指摘した。

 ……しかし、やる気が出ないものは出ないのだ。学校のレベルからしても安全圏であるのだが、それでも油断大敵だ。

 

 入試当日に何があるかわかったものではない。もしかしたらインフルエンザに感染するかもしれないさ、極度の緊張で腹痛に悩まされるかもしれない。

 

「っていうか、最近ずっとそんな感じだよな」

「……そうか?」

「そうだよ――ほら、あの旅行から帰ってきてから、お前ずっとそんなんだぞ」

「……っ」

 

 あの旅行、と言われて瀧は息を飲む。

 司の言うところのそれは、半年以上も前に瀧と司、そしてバイト先の先輩の奥寺ミキとの三人で行った飛騨旅行だ。

 

 しかしその途中で何故か瀧は二人とは別行動をし、そして気づいた時にはとある山の山頂で眠っていたという。

 

 しかもおかしいのは、その間の記憶――そもそもその旅行の記憶自体が曖昧なのだ。

 

「……やっぱり、一回祓って貰った方がいいって。お前、変なものに憑かれてるんだよ。ほら、俺たちが行った飛騨の……糸守の跡地って何が出そうじゃん」

「……あんまりそういうこと言うなよな。不謹慎だぞ」

「悪い悪い――まあそれもないか。事実、あの災害で奇跡的に人的被害はほとんどなかったんだからさ」

 

 三年前――日本の町一つを消し飛ばした災害がある。それはティアマト彗星の一部が分裂し、それが糸守という田舎町を襲ったのだ。

 だが奇跡的にもその日、町総出で避難訓練をしており、そしてその避難場所が偶然にも安全地帯の区域だった。

 

 そんな奇跡が重なり、この事件で死亡者はいないとされている。

 

「……瀧よ。そういえば最近年下の後輩に告られたんだって?」

 

 瀧が中々思い出せないことに微妙な表情をしていると、司が唐突にそう話題を振った。

 

「お、お前どこでそれ!」

「ははは――んで、どういうわけよ。相手の子、すごい評判いいし可愛いのに、振っちまってさ」

「……別に、可愛いからオッケーするのは違うだろ。それに俺、あの子のことあんまり知らないし」

 

 瀧はプイと顔わ背け、ぶっきらぼうにそう言った。

 ――瀧に告白した後輩は、二年生の中でも容姿端麗で有名な子だ。しかも性格も良く、飾り気のなさが男女ともに人気を博している。

 

 瀧とは同じ委員会で面識があり、時折だが話をしていたのだが……まさか彼も告白されるとは思っていなかった。

 

「いやいや、あのレベルの子はとりあえずオッケーするでしょ? なに、もしかしてあれ以上のレベル、求めてるのか?」

「ちっげぇよ! 俺はそんな面食いじゃねぇし――ただ、なんか違うなって思っただけだ」

 

 瀧は手の平を広げて見つめる。まるでそこに大切な何かがあるかのように見つめるその姿をみて、司は肩を竦めた。

 

「最近よく手の平を見てるよな」

「前まではそんなことなかったんだけどな。……なんか癖になった」

「――まああれだな。一回気分転換に遊びにでも出かけるか」

 

 すると司はスマフォを操作しながらそう提案する。

 

「遊びって、何するんだよ」

「ほら、受験生の俺たちにうってつけのやつがあるだろ――オープンキャンパスついでに、本命の学祭でも行こうぜ」

 

 司が見せてくるのは、彼らの志望校のホームページだった。

 そこにはオープンキャンパスのお知らせと、更に当日にしている学祭のことが記されている。

 

「日程は……明日かよ」

「そーそー、明日は学校昼までだし、高木も誘って行こうぜ」

 

 瀧は少し考えるも、今の状況を考えれば、気分転換するという選択肢には魅力を感じた。

 ふぅ、と息を吐き、そして

 

「わかったよ、行くよ」

「そうこなくっちゃな。んじゃ、高木に連絡するか」

 

 司は嬉しそうにスマフォを操作して、友人の高木真太に連絡を送る。

 何がそれほどに嬉しいかは瀧にも分からない。

 ――だけど、何故だかこの時、ドクンと胸が鼓動を打っていたのだった。

 

 ◯●◯●

 

 オープンキャンパスに来て、瀧は非常に満足していた。建築の教授の話は終始、興味をそそられる内容で、特にインテリアデザインというものを知り、余計にこの大学に入りたいと思っていた。

 

 ……しかし、そんな気分とは裏腹に、今の瀧は非常に困っていた。

 

「人多すぎ。あと、二人はどこに行った」

 

 オープンキャンパスと学祭を兼ねているためか、人が非常に多い。これほど盛大な学園祭というものを体験したのは初めてだからか、瀧は少し戸惑いを隠せなかった。

 しかし学祭でも一人でいるのは、心情的にあまり良くない。

 周りで一人でいるのは瀧くらいなものだった。

 

「はぁぁ……帰るか」

 

 そう呟くものの、ここで勝手に帰ったら友人に何を言われるかわかったものではない。

 とりあえず静かな場所を探すため、校舎の方へと向かっていった。

 

「……色々あるもんだな」

 

 校舎はたくさんの棟に分かれていた、教室数も異常に多い。それだけ色々な勉強が出来るということだ、と瀧は感心する。

 校舎の中は比較的人は少ない。外は模擬店などをしているからか、賑わいが異常だ。

 ……どんな授業があるのかと、色々と見回っていると、学生服ではない女性たちが歩いてくる。

 化粧が達者で、恐らくは女子大生だろう。

 瀧は特に興味がなく、通り過ぎようとした時――そのうちの一人が突然、彼の肩を掴んだ。

 

「君、高校生?」

「は、はぁ。そうですけど」

 

 突然話しかけられたことで、瀧は少し動揺した。

 

「もしかしてこの大学に入るの? ねね、見て見て。この子、結構かっこいいよー」

「ちょっとー、年下の子をナンパー? あ、でも確かに結構好みかも」

「あ、あの……困ります」

「あはは、照れてて可愛いー! ねね、君、一人なら、私たちと一緒に学祭楽しまない?」

 

 一人の女性が突然、そんなことを言い出す。すると周りの女性たちも騒ぎ始めた。

 

「お、いいね! お姉さんたち、この大学の先輩だから、色々と教えてあげるよー? あ、君のことも教えて欲しいなー」

「お、俺、友達と来てて。それではぐれちゃって、今はそいつらを探してるんです」

「だったら一緒に探してあげるよ!」

 

 振り切ろうにも、中々にしつこい。もしかしたら瀧に一目惚れをしたのかもしれないが、当人からすればはた迷惑な話だ。

 しかもこの手の無理矢理な女性は、瀧が苦手とするタイプである。

 

「えっと、だから――」

「あ、連絡先交換しようよ! ほらほらー」

 

 瀧は手を握られ、強引に連絡先を交換させられそうになる。

 ――カツカツ、と、ヒールの音が建物の中に響いた。

 その音は少しずつ瀧の方に向かって来て、そして……

 

「嫌がってるから、やめてあげたらどうですか?」

 

 ――瀧の反対の手が引かれ、女性から引き剥がされる。

 そして、瀧の前に新しい女性が現れる。すぐに瀧と女性グループの間に入ったため、顔は見えない。

 後ろ姿からその女性が細身で、黒髪のミディアムボブであることだけがわかった。

 

「えー、別にいいじゃん。未来の後輩と仲良くしようとしてるだけだよ」

「それにしては嫌がっていたよ。未来の後輩には優しくしないといけんよ」

「……何? いきなり出てきてお説教? っていうかあなた誰――」

 

 あからさまに不機嫌な顔をする女性だが、助けに現れた女性の顔をじっくりと見て目を見開く。

 そしてすぐに背を向けた。

 

「去年のミスコンに喧嘩売ったら、後が怖いから引き下がりまーす――んじゃ、君、また会えたらいいね♪」

 

 そうして女性グループは二人の元から去っていった。

 ……残された瀧は、突然の出来事にまごつくも、すぐに助けてくれた女性に感謝の言葉を口にした。

 

「すみません、助かりました」

「いいよ。困ったときはお互いさまやよ?」

 

 どこかの方言で話すその女性は、背中を向けながら気を遣いながら話してくれる。

 瀧はその気遣いに感謝しつつ、しかし気になることがあった。

 

 去年のミスコン。つまりこの大学生はとてつもなく美人であるということだ。

 瀧とて男子高校生。美人と聞かされたらその容姿を見たくなるものだ。

 

 そんなことを考えていると、その女性はスタスタと前を歩いて行ってしまう。

 

「あ、あのっ!」

 

 瀧がその女生徒に話しかけようとした——その時だった。

 

「お姉ちゃーん、そんなとこでなにしてんのー?」

 

 瀧の声をかき消すように、前方からツインテールの少女が女生徒の方に駆け寄ってくる。

 

「学校案内してくれるのに勝手にいなくならんといてよー! ほらほら、早く行くよ!

「ちょ、四葉、待って——」

 

 瀧は瞬時にその少女が彼女の妹であることに気付くが、ツインテールの少女は瀧に気付かず、姉であろう女生徒を引っ張って歩いて行ってしまった。

 

 廊下の角で彼女たちが見えなくなる時、ふと少女の横顔が遠目でほんの少し見えた。

 

「————ッ」

 

 ——その時、瀧の胸がトクンと脈打つ。

 横顔が美人であったとか、色白で目元がぱっちりしてたとか、胸が結構大きいとか。

 

 そんな容姿への驚きなどではなかった。

 

 何かはわからない。何かもわからないのに、彼女を今すぐに追いかけないといけないと思った。

 

 気づいた時には彼は走り出していた。

 彼女たちが歩いて行った後を追いかけるも、しかし既に視線の先には二人の姿はない。

 

「……どーしちまったんだよ、俺は」

 

 たった今出会ったばかりの、横顔しか知らない大学生に熱烈な感情を抱いてしまう。

 そんな、これまで経験してこなかった感情が立花瀧を支配する。

 

 ——胸が苦しい。まただ。また何かを忘れてしまっている感覚に囚われる。

 

 手の平を見つめる。そこに何か大切な何かがあるような気がしていた。ずっと前からそうだ。

 

 ——立ち止まった足は、再び動いた。

 

 今立ち止まったら、二度とこの手の中にその大切なものは手に入らないかもしれない。

 これが瀧の勘違いで、大恥をかくかもしれない。

 

 それでも立花瀧は、立ち止まることができなかった。

 

 司や高木からの電話度お構いなしに、彼女を探す。

 周囲を見渡し、必死に誰かを探す姿はどこか挙動不審にも見えるだろう。

 

 それでも、他人の目など気にもならないほど、瀧は必死に、夢中に、がむしゃらに彼女を探した。

 

「くっそ、このガッコー、広すぎっ」

 

 ……つい悪態が出た。

 

 ○●○●

 

 宮水三葉は曰く、高嶺の花である。

 幼少期より宮水神社の巫女としての立ち振る舞い、有事の際は舞踊り、父親は糸守町町長。故に糸守町という小さな町では彼女はちょっとした有名人だった。

 

 しかしティアマト彗星の落下に伴い糸守町は地図から姿を消し、町に住んでいた住民は離散した。

 

 無論、三葉もその一人である。

 

 糸守という小さなコミュニティから出てしまえば、地元ではちょっとした有名人もただの一人の女性である。

 

 それでも宮水三葉は周りから一目置かれていた。

 

 まずは美貌。どこか儚げな、浮世絵離れした雰囲気を持つ彼女は、特にメイクしなくとも美人といえるほどで、大学生になってからはメイクを覚え、それに美しさに拍車がかかった。

 

 しかし男の影は一切なく、学内での交流は女性オンリー。サークルも女子大生メインのサークルに入り、そのサークル内の悪ふざけでミスコンに勝手に出場させられ、何の因果か他に圧倒的な差をつけてグランプリに輝いた。

 

 それでも彼女は男に媚びることなく、凛としている。

 

 ——そんな三葉は同じ大学の女生徒が男子高校生にナンパをしているという事案に直面した。

 

 三葉は何の躊躇いもなく困っている男子高校生を助けようとして、ナンパ女を退散させた。

 

 しかし三葉はその男子高校生と顔を合わせることはなかった。

 

「お姉ちゃんも、可愛い妹をこんな節操なしの巣窟に一人にさせないでよね! なんか変なのにめっちゃ声掛けられたんだから!」

「あはは、ごめんごめん」

 

 三葉の妹、宮水四葉は頬を膨らませてジト目で姉を睨む。

 だが当の三葉は、まるで後ろ髪を引かれるように周りをキョロキョロとしていていた。

 

「さっきの子、大丈夫かな。変な女に捕まってないかな」

「……それってさっき近くにいた男の子ののと?」

「うん。なんかナンパされてて困ってそうだったから助けたんだけど……」

「確かに割とイケメンだったけど——お姉ちゃんって男に興味あったんだ」

 

 割と失礼な発言である。

 しかし妹の四葉がそう驚いてしまうほど、三葉は男だけがないのも事実であった。

 

「別に興味があるというか——なんか最後、言いたそうにしてたから」

「お姉ちゃん、それあれだよ。助けてもらった口実にお礼させてーみたいな奴だよ」

 

 四葉はそう邪推すると、一人でそそくさと前を歩いていく。

 三葉はそれを聞いて首を傾げ、

 

「ん、ほんとにそんななのかな?」

 

 ——顔も見てないイケメン男子高校生のことが妙に気になった。

 別に容姿が気になったわけではない。ただ……声音やその後ろ姿。それらを思い出して、少しだけ懐かしい気持ちになるのだ。

 

 ——ふと、手の平を見つめる。そうした途端に心が火照て、そして同時に寂しさを感じてしまった。

 何かを忘れてしまっている。だけども身体はその何かを覚えている。

 

 それが三年も前から続いていたのだ。

 

「でもなんでだろ。今は」

 

 とても近くに忘れているものがある。そう思った時であった。

 

「——お姉ちゃん、電車が人身事故で止まってるやって!」

 

 そろそろ帰ろうと駅に向かっていた時、四葉はスマホを片手の画面を三葉に見せる。

 そこには人身事故により山手線が運転見合わせの情報があった。

 

「まあ別に歩いて帰れないことはないけどなー」

「えー、四葉タクシーで帰る」

「都会っ子め、いつそんな贅沢覚えた」

 

 なお四葉は姉を差し置いて本当にタクシーを呼んで、かつ姉にタクシー代を巻き上げてそそくさと帰っていったのだった。

 

 一緒に帰ることもできた三葉だが、しかしどうにも歩きたい気分であった。

 

 歩いて1時間程度なら、少し長い散歩と考えればポジティブである。

 三葉はそう思いながら、母校の文化祭から背を向け、気の向くままに歩き出した。

 

 ○●○●

 

 散々だった。

 名前も顔もろくに知らない女子大生を探し回ってる間に電車は止まるし、司と高木は俺を置いて新宿に遊びに行くし……俺が無視してるのが悪いけどな。

 

 そうして自宅のある四谷に向かって歩いているけど、こんな道普段歩かないから普通に迷子になるし、スマホはタイミング悪く充電切れるし……。

 

 そうして俺は神社近くの階段に座り込んで休憩していた。

 

「どこだよここ」

 

 須賀神社の階段の上から見えるのは閑静な住宅街。そこから見える景色は……割と絵になっている。

 

 今スケッチブックがあればとりあえず絵にしたいくらいには景色は綺麗だった。

 

 

 

 

 

 ——瞬きをして目を瞑ったとき、ふわりと誰かが俺の隣を横切った。

 

「——あっ」

「え?」

 

 つい、声が出てしまった。俺の声にその人も驚いて振り返る。

 

 ——まるで時が止まったように、俺たちは顔を見合わせた。

 彼女の表情は目を見開いて驚いていて、きっと俺もそうだった。

 

 綺麗に切り揃えられた前下がりのボブと、白色のワンピースに黄色のカーディガン。

 そしてなによりも特徴的なのは髪についている、組紐。

 

 ……組紐。いくつもの糸で編まれ、結びつく。

 結び——なんなだろう、この唐突に浮かび上がったフレーズは。

 

 寄り集まって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って、途切れ、また繋がる。

 

 どこかでその言葉を聞いた。

 

「あ、あの」

 

 言葉が出てこなかった。さっき助けてもらったことのお礼を言いたいのか。

 それとも、もっと別のことを聞きたいのか。

 

 ただ言葉が思い浮かばなかった。

 

 ただ彼女は数段下の階段から、俺を見上げてじっと見つめていた。

 

 その視線は冷たいものではなくて、なんていうか……暖かかった。

 俺は深呼吸して、

 

「さっきは、ありがとうございました」

 

「う、うん。別に構わんよ。それよりも——ごめん、変なこと聞くんやけど」

 

 彼女は一段、階段を上がる。

 もう一段、さらにもう一段。そうしてすぐ目の前に、彼女はまっすぐと俺を見据えていた。

 

「私たち、どこかで会ったこと、ない?」

 

「——ない、けどある。そんな、気がする」

 

「あ、あはは……おかしいね。会ったことないって断言できるのに、でも絶対会ったことがある気がするんやよ」

 

 顔を見合わせればわかる。これは確信的なもので、俺は彼女のことを知っている。

 きっと彼女も同じで、俺たちは……どちらともなく笑った。

 

「俺は、瀧。立花瀧」

 

 そこでようやく俺は自分の名前を彼女に伝えた。

 

「瀧……瀧くん、か。うん、なんかしっくりくる」

「なぁ。君の名前を、教えてくれ」

 

 そう問いかけると、彼女は俺の手を握り、瞳には涙を浮かべた。

 

 ——その瞬間、あたりは夕日に照らされ、昼と夜が曖昧になる。

 

 俺はこと現象を知っている。黄昏時、じゃなくて、確か……

 

 ——カタワレ時。

 

「私の、名前は————」

 

 夕焼けに照らされた彼女はあまりにも綺麗で、あまりにも浮世絵離れしていて。

 

 でもその姿はどうしようもなく愛くるしくて。

 

 こんな一時の出会いでこんなふうに思ってしまうほど、俺と彼女が出会ったのは——結びだ。

 

 そうして彼女は自身の名前を紡ぐ。

 

 

 

「——宮水三葉、です……っ!」

 

 

 そうして俺と彼女——宮水三葉は、出会った。


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