「あ、こらリク!なにを見てるの!」
屋根裏部屋へのはしごがある、リクの部屋に私の甲高い声が響き渡る。
天井の屋根裏戸板を外しっぱなしのまま、はしごの脇でむこうを向いて座っているのは、私の息子、リクだ。
大きな声で後ろから怒鳴られたというのに、振り返った顔は満面の笑みだった。
「あ、ママー!」
私ゆずりの淡い金髪栗毛に夫のレイゆずりの端正な顔立ち。
大きな瞳を喜びで精いっぱい細めて突進してくると、どうにも叱る気になれないから厄介だ。
「おかえりー!かみのけきった?ふくあたらしいね!」
「んんん・・・・っ」
首が締まるほどきつく抱きついてくると
叱られていたはずのこの小悪魔は、天使の笑みを惜しげもなく振りまいて私の体をなでまわす。
セクハラで捕まらないか今から将来が心配だ。
それにしても。
もう5歳になるというのにリクのこのママっ子っぷり。
それには理由があった。
「さいきん、ちょっとふとったよ?ママ」
「───!?そ、そんな事よりもリク!なにを見てたのかママに見せなさい!」
500グラムの体重の上下を言い当てる(もちろん私限定)
リクの痛い一言をなんとか聞き流すと、私は一生懸命怖い顔を作って見せた。
天井裏の物置。リクの”力”。買い物の途中からしていた胸騒ぎの原因がなんとなく分かってきていた。
「・・・・あ、やっぱり私の昔のアルバム!」
ようやく首を離してくれたリクの手から、予想通りのものが出てきた。
「ママもいっしょにみよ!」
相変わらず悪びれもせず、リク。
養子であった私は結婚と同時にお世話になっていた親類の家から要不要問わずすべてを持ち出したのだった。
このアルバムもどちらかといえば捨てたかった。
リクが生まれて”力”を発現するまで存在すら忘れていたのだが・・・・。
ついに見つかってしまった。
「これボクとおなじくらいのときのママだよね?キレイなパジャマきてるー!」
「あぁもう・・・・」
大金持ちだった親類の家で育てられ、妙に派手な服を着せられ
お姫様のような扱いを受けていた頃の写真だった。
恥ずかしくて夫にすら見せていなかったのに・・・・。
「・・・・で?どっちの入れ知恵なの?」
頭を抱えていた手を腰に当ててなんとか気を取り直すと、私はアルバムから目を反らしたままリクを問い詰めた。
「ばあちゃんだよ」
これまた悪びれずにリク。考えてみればリクには罪は一切ないんだった。
やましい気持ちがあっての行動なはずがない。
私は何を怒っているんだ・・・・。
二重の恥ずかしさで顔を赤くしながら、私は今度は虚空に向けて厳しい顔を作った。
「お母さん?なんでもかんでもリクに教えないでよ。私にだってプライベートはあるのよ?」
すると、虚空から私そっくりの声が返ってきた。
『あはは・・・・良いじゃないの、家族なんだし。レイ君が見ても喜んでくれると思うわよ?』
妙に明るい声だが・・・・これはいわゆる幽霊だ。
私の息子、リクの身体には賢者の石の力が宿っている。
巨大な錬金術のエネルギーを内包している賢者の石は、二人の賢者の魂で構成されている。私の両親だ。
リクの力によって、家族だけではあるが声を聞き、コミュニケーションをとることができる。
『その通りだぞ、スズナ。お前あんまりレイ君に女優になる前の事話していないじゃないか。
いい機会だと思うぞ』
今度はシブい声が降ってきた。これは私の父親だ。
「───だって?パパがかえってきたら、みんなでみようよ!」
リクが出来た事で私の身体から子供へと宿っていた賢者二人。
私の身体に宿っていた時の事をリクに勝手に話して聞かせるので、
リクは異常なまでに母親大好きっ子になってしまったのだ。
”賢者の声を伝える”という、リク自身の特殊な錬金術にも本人は気づいていない。
ただただ家族みんなが大好きな子供に育ってくれて、私も嬉しいのだが・・・・。
「お願い、それだけはやめて!」
「うぅぅ・・・・もうオヨメに行けない・・・・」
夫であるレイも加わってのアルバム公開処刑が終わり、私は夕食の準備を始めた。
「これ以上オヨメに行かれても困るんだが・・・・」
横で野菜や果物を手際よく切りながら、レイ。
彼は腕のいいパティシエ。
お菓子だけでなく料理全般できるので私よりも美味しいものを作ってくれるのだが、
我が家での食事作りは私も譲らない。
今日も隙あらばとお手製バルサミコ酢を入れようとするレイの手を阻止してオリーブオイルを滑り込ませる。
「・・・・むぅ」
「・・・・キッ」
何故か料理の味でだけケンカ三昧の私たち夫婦だ。
「そういえば、シノさんが論文見てくれってお店に来たよ。夜、仕上げて持ってくるって」
料理実験を邪魔されてちょっぴり不機嫌な声のレイが言う。
シノさんは賢者の石を持つ私たち家族を診てくれる、錬金術師だ。
錬金術が廃れつつある今の時代に、賢者の石の研究で成功し
大学教授の地位まで勝ち取った凄腕の持ち主でもある。
賢者の石の研究に協力した私たち家族のことを特に気にかけてくれ、レイの出店や宣伝など、
何かと援助してくれている。賢者の石を持つリクの体調も診てくれる。
その替わり・・・・なのかどうかわからないが、シノさんは書いた論文を投稿する前に私たちに見せてくれる。
正直難しくてさっぱりな内容が多いのだが、私でも言葉の添削などの点で役には立てているらしい。
「最近、リクとシノさんがやけに仲良いのよねー。論文に協力してるのかしら」
「あの人、優しいし面倒見いいし何より地位があるし。なんでモテないのか不思議だったんだけど。
いつもリクが横にいるからじゃないかと思うんだよね。あれじゃあ知らない人は妻子持ちだと思っちゃうよ」
そんな、たわいもない事を話しながら
何故かいつも気軽に大学へ(シノさんと)遊びに行くリクの帰りを待ちつつ、
私たちは食事とお客さんを迎える準備に取り掛かった。