「賢者の石のエネルギーが、残り少なくなっていたからではないか?」
え・・・・。
私とレイは、思わずリクのほうを見た。
いや、正確にはリクに宿る私の両親、二人の賢者を。
「・・・・?」
話を聞いていなかったリクが不思議そうに私たちを見上げている。
と同時に、リクから別の声が聞こえてきた。
『・・・・さすがシノさん、気が付かれましたか・・・・。』
「やはり、ご自身も感じてらっしゃいましたか」
テーブルの下に潜り込んでいたリクをアップルパイで釣り上げると、
シノさんはリクを椅子に座らせた。
「じゃあ、この論文の結果というのは・・・・」
「二人の魂のエネルギー算出結果だ。はっきり言うが、
二人分の魂でスズナちゃんの22年間、花を咲かせ続けたというだけで
奇跡的な数字だった。 お二人の錬金術師としての突出した能力が
上乗せされていたからリクが産まれるまでエネルギーがもった、
というところだろう」
ごくり。思わず私の喉が大きく鳴った。
それは、つまり・・・・。
「お父さんとお母さんが・・・・消えちゃうって・・・・事・・・・?」
「え?じいちゃんばあちゃんが?なに?」
『・・・・』
「いや、そうとは言い切れない」
シノさんがあわてて、レイに渡した論文をひったくると、ページをめくった。
「賢者の石はあくまでも魂をエネルギーとして縛っている凝集体のコア。
そのエネルギーがなくなっても、意志としての魂が消えてしまうかどうかは・・・・」
『でも、少なくともリクの能力はなくなるから
私たちの声はみんなに聞こえなくなるわけね』
しばらく沈黙を守っていた母がつぶやいた。
うぐ。シノさんが辛そうにうめく。
『賢者の石に縛られない、となるわけだが。
本来魂が縛られているであろう拠り所、肉体もない私たちだ。
そう長い間現生にいられるわけもないだろうな』
父も落胆気味に言う。リクはいまだ状況が把握できず、私、レイ、シノさんを
順番に眺めて回っていた。
「明確な算出結果が出たのが今朝の事で。これによると・・・・
既に魂のエネルギーはほぼ底をついている状況のはずです」
辛そうに宣告を終えると、シノさんは深々と頭を下げた。
「すみません。もっと早くに気付くべきでしたが・・・・」
「あ、あの・・・・私たちはこれから一体どうするべきなんでしょうか」
あたふたしながら、レイ。
あやうく手がティーカップに当たってこぼれそうになったが、中の紅茶もアップルパイも、冷め切っていた。
「・・・・今日の私は、冷酷に両親の余命を宣告しにきた主治医という立場だ。
誰がなんと言おうと、スズナちゃんの両親はまだリクの身体の中で生きている。
そして賢者の石のエネルギーが切れた場合、
リクとスズナちゃんのご両親を繋ぐものは・・・・一応錬金術用語としては
精神というのだが・・・・絆の強さだ。
家族5人、残された時間を大切に。
なるべく一緒に居てあげなさい。最後の親孝行だ」
「・・・・はい」
そうだ。確かに二人の賢者はリクの中で生きている。話もできる。
私たちはちょっぴり特殊なケースというだけの、どこにでもいる家族なんだ。
絶望ではあったが、シノさんの言葉に少しだけ私は勇気づけられた。
普通に振舞おう。楽しく、幸せな毎日を送ろう。そしてそのまま二人を看取ろう。
でも、そのためには・・・・。
「でも、シノさん。私たちの家族は6人ですよ」
不意に、落ち着きを取り戻したレイの言葉が響いた。
淹れ直した紅茶をシノさんの前に差し出すと、
隣に座ったリクの手でシノさんの手を覆う。
「シノさんも私たちの家族だ。
リクが認めて、おじいちゃんおばあちゃんの声が聞こえているのがその証拠です」
「・・・・!良いのか?」
がば。罪悪感の塊のようだったシノさんの顔に赤みが急に戻った。
『当たり前です。その論文も発表する気はないんでしょう?
私たちのためだけに仕事の時間を割いて・・・・
そんなの家族以外のなにものでもありません』
母の優しい声も後押しする。
『シノさんもレイ君も大学とお店とで最近無理していただろう。
休息がてらどこかに旅行にでも行かないか。
ブリッグズの雪祭りもそろそろだし、ユースウェルの温泉、リオールのカジノ、
色々行ってみたい場所があるのだが』
父のちょっぴり無責任な発言も、シノさんの気持ちを和らげてくれたようだ。
シノさんは、リクを抱き上げて笑顔を見せてくれた。
「はは・・・・なんで私が励まされているんだろうな、まったく・・・・」
「ありがとう。これからはごくありふれた普通の家族として、
あなたたちを見送らせてください。お父さん、お母さん」
抱き上げたまま、リク(の中の私の両親)に向かって深々と頭を下げるシノさん。
私はというと・・・・。
「普通の家族って・・・・初めてかも」
こんな時だけれど、少しうれしい。
私自身も生まれて間もないころから強力な錬金術の力が自動的に発現する身体で、
普通に生活できなかった。
リクが産まれて私の身体から賢者の力が失われても、
すぐに発現したリクの能力が”普通”を感じさせなかった。
今、両親の余命を突き付けられてようやく”普通”を取り戻せたというのは
皮肉な話だけれども・・・・。
普通を大切に、幸せを見逃さず。家族離れず当たり前を生きていこう。
今までで一番幸せそうな、私の家族を見て
あらためてそんな事を思っていた。
おしまい