果てがある道の途中   作:猫毛布

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49.いつか見た彼を追って

 森の中、廃屋の立ち並ぶ村へと降り立ったナッツは左右を見渡して眉を寄せた。

 

「……ないかも知らんなぁ」

「ここで貰ったんですか?」

「イベントの開始がここやってんけど……前は普通の村やった筈や」

 

 NPCも()ったしな、と続けて呟いたナッツは黒く染まった木片を拾い上げて、少しだけ力を加える。思うよりも簡単に潰れて粉々になった黒い木片だった物と手に付着した黒い煤を指で擦り大きく溜め息を吐き出す。

 自身の行動に後悔は一切ない。死を冒涜するつもりもないし、殺しを正当化することもない。ただ瞼を閉じて、生きてもいなかった存在達へと黙祷を捧げる。

 

「……まあ、行ってみよか」

 

 記憶の中、溶けてしまったそれを手繰り寄せながらナッツは足を進める。その足は何かを迷う事もなく、真っ直ぐに目的地へと向かう。

 

 景色の変わらない森もまるで道が見えているように進み、容易く崖から身を放り投げてふわりと地面へと着地する。ずっと続くような崖壁に手を着けながら歩き、停止する。

 停止した崖壁は他と変わりない。それでもナッツはそこで停止して崖肌を撫でた。

 

 確信があった。ここでなければ、イベント自体が潰れていると直感できる事だろう。何か確証がある訳ではない。ただそうであると告げられるだけである。

 壁を正面に捉えて後ろにステップする。右手を素早く動かして柄を両手でしっかりと握りしめて、踏み込む。ズルリと虚空から吐き出されていく粒子が片刃の両手直剣を作り上げて、上段から壁へと向かって振り下ろされた。

 巻き起こる土煙と轟音。散っていく石礫も物ともせずにナッツは役目を果たした両手直剣を容易く捨てた。

 目の前には先程までなかった洞窟。暗闇に染まった洞窟の奥から時折生暖かい空気が吐き出されナッツの髪を揺らす。

 

「ナッツくん……」

「ん?」

「こういう事やるなら一言ぐらい言ってほしかったです!」

「あーすまんすまん。ソロやと思っとったから」

「もう! そういう所だけはナッツくんそっくりですね!」

「褒め言葉として受け取っとくわ」

 

 ケラケラといつかのように嗤いながらナッツは洞窟の中へと足を進める。そのナッツに追いつくようにふわりと飛翔したユイはナッツの肩へと座った。

 

「それでここは何の洞窟なんです?」

「元々はあの村の御神体を祀っとった洞窟やな」

「御神体、ですか?」

森の竜骨(フォレスト・キール)は何が材料やったか知らんけど、少なくとも関係はあったんやろな。それで御神体を殺して逆鱗(インペリアルラス)を手に入れたし」

「……ママに言いつけます」

「SAOでの話やで? 今の僕には関係あらへんよ」

「じゃあシノンさんに言いますからね!」

「それはホンマに怒られるからやめてほしいんやけどなぁ」

 

 話の流れから今からその御神体とやらを倒す事を理解したユイはプンスカと怒りながらナッツを糾弾する。ナッツはナッツでその御神体について思い出せる範囲で記憶を辿り、前提条件として設定していく。

 生暖かい空気。炭の如く残った廃屋達。いなくなったNPC。確かに倒しきった筈の御神体。記憶の底に沈んだ誰かの記録。

 ナッツは眉を寄せる。鼻を突く刺激臭が強くなった。何かを延々と放置したような香り。鼓膜を僅かに揺らす羽音。洞穴の壁に付着するヌメる粘液。溜め息を吐き出して、吐き気を催すような空気を肺に詰め込む。久しく吸い込んでいなかった空気だ。

 

 長く続いていた洞穴が終わり、広い空間がナッツとユイの目の前に広がった。ドーム型の空間。天井にはポッカリと空が見える穴が開き、その主を日で照らしている。

 それは樹木であった。巨大な樹木が聳え立っていた。そう、ナッツはいつかの日を思い出し、幻視した。今二人の目の前に存在しているのは黒ずみ、腕の太さ以上もある枝が折れ曲がり、蓄えていた葉は全て抜け落ちた巨木だった物だ。無残に腐り、実りを授ける姿すらもはや無い。

 

「……これが、御神体……?」

「樹の事言うてるなら、正確にはちゃうよ」

 

 景色が揺れる。腐り落ちた樹木が傾き、地面を盛り上げてその根を晒す。肩にいるユイに礫が当たらないように手で壁を作ったナッツであるが、その好奇心を抑える事はできずにユイは壁から顔をひょっこりと出して震える世界を視界に入れた。

 据えた匂いが強くなる。普通の人間であるならば眉を寄せて吐き気を催すであろう空気が辺りを支配する。溶け落ちた肉が巨大な前足を覆い隠し、湯気を昇らせた肉体は所々腐り落ち、ソレを縫うように根が張り巡らされている。所々に崩れた緑色だった鱗が御神体が身を震わせる度にパラパラと落ちていく。

 爬虫類を思わせる顔には多数の切り傷が刻まれ、既に治り体表色が薄く赤と混じる物、深く斬られた傷は赤が黒く濁り蛆が空気を求めて蠢いている。

 双眸にあった筈の玉は無い。ただ伽藍堂の如き眼窩が残っているだけ。

 

「ヒぅ……」

「あれが、御神体……元でも冠に付けた方がええかもな」

 

 怯えながらナッツの手を両手で掴んだユイを見ることもなく、ナッツはただ真っ直ぐにソレを見つめていた。死して尚その姿を遺しているソレに、僅かながらの羨ましさを感じる。

 自身がナッツであった頃。この場に立った時。コレは緑衣の竜であった。それこそ背負った大樹を支えていた、紛れもなく御神体としての姿がそこには在った。

 その姿を瞼の裏に映してから、ナッツは改めて目の前の存在へと視線を向ける。ソレを堕ちたとは表現しない。その存在を憐れむ事すらない。その姿に畏敬すら抱く。

 

 何もない眼窩が、確かにその瞳をナッツへと向ける。何も伝える事もできない瞳。思考すら既に消えているのかもしれない。その瞳にナッツが感じる事はない。いいや、()()()であったならば何かを感じたのかも知れない。

 

「……」

 

 これは証明だ。

 コレは確信だ

 それは決意だ。

 それこそが確証なのだ。

 彼を求めて止まないのは誰かではない。誰かであっていい筈もない。

 最も執着し、最も頼り、最も尽くされたからこそ彼はここに立っている。

 震える手は目の前の驚異に恐怖している訳もない。それは彼が許されなかった事だ。

 生にしがみついて逃げ出す事もない。それは彼がしなかった事だ。

 だからこそ、ナッツは今この場に立っていて、身体が自然と動いている。

 

 視線も向けずに宙を右手がタップした。握った柄を引き抜いて、ナッツは自身の震えが止まっている事に気付いた。そして同時に口角が上がっている事にも。

 沢山のソレを感じた。沢山のソレを熟した。そして彼のソレを追想して、今ここに立っている。

 

 御神体であった腐り落ちた竜が咆哮する。空気を揺らし、腐臭すらも消し飛ばす程の叫びが空間を支配する。

 そんな中であろうが、ナッツは笑みを浮かべ続ける。何もかもが嬉しかった。自身の証明が今ここでは確かにある。ユイを外套の首元へと入れながら、ナッツは嗤う。『ex_Wood Sage』、定冠詞が消えてしまい『元』を冠にした森の賢者がその名を示してHPバーを並べる。

 変哲もない、ただの片手直剣を翻しナッツは一歩目を踏み出した。

 

 

 吐き出された腐臭の息吹を地を蹴り飛ばして空へと回避する。身を捻りながらも顔だけはしっかりと敵へと向けながら何もない中空を踏み込んで敵へと突貫する。嫌な感触を手に伝えながら腐った肉へと身を沈める剣を手放して埋まっていない柄を足場に空へと逃げて距離を取る。先程まで居た足場は身動ぎで動かされ倒されていれば隙きを見せていたことだろう。

 地面に足を着けたと同時に新たな剣を抜きながら足を動かす。

 止まらない。停止すればすぐに死ぬだろう。あっさりと、デバフすら解除できずに、踏み潰されて死ぬ。

 

「ハッ、ハハハ」

 

 喉の奥から歓喜が漏れ出した。

 確かに識っていた事であるのに、確かに理解していた筈なのに、確かに会得していた筈なのに!

 横薙ぎにされた太い尾を両手剣で防御してポリゴンへと散らす。

 抜き出した新しい曲剣で振り下ろされた前足をズラして肉を斬る。

 吐き出されそうな息吹は開いた口に剣を投げ込んで範囲から脱出する。

 心臓の音が煩い。自身の身体が熱い。極度の運動疲労であるかもしれない。そんなものは何もかもが錯覚だ。

 

「ああ! 凄い、凄い凄い凄い凄い!! こんな事誰も教えてくれなかった! 誰も遺していなかった! ただ識っているだけじゃダメなんだ! くくふふふうっははははっははははは!!」

 

 嬉々とした産声をナッツは張り上げた。ようやく、誰でもない自身が自分であれる場所がそこには在った。誰との繋がりもなく、誰も関係なく、誰かの鎖すらない。

 在るのは自身だけ。自身という確固たる存在だけが今この場に存在している。

 それだけだ。それだけでよかった。それこそが求めていた物に違いはない。

 

「な、ナッツくん?」

「うん、大丈夫。なんだ、ハハ、こんなに簡単な事だったのに」

 

 嗤いからか、僅かに濡れた頬を外套の袖で拭い、ナッツは前を見る。

 大きくイキを吸い込んで、空気を吐き出す。手に持った短剣を何度か手で弄び、しっかりと握りしめる。

 

「もう――全部見たから」

 

 ナッツの双眸が漆黒の眼窩を睨めつける。

 その全てではないにしろ、ある程度の事は把握できた。残った行動が何であれ、予測する事はできる。既に武器は短剣一本であるが、それでも何も問題はない。一つを残して全ての武器を壊して速度に慣れた。攻撃の予測に徹した。予測不能の攻撃が来た時は――。

 

()()()()

 

 そう、だから気負う事はない。もうあれからは開放されたのだから。

 だから、だからこそ、今は楽しむだけなのだ。全てを。何もかもを踏み台にした自身が自身で在る為に。

 

 ナッツは――前へと踏み出した。

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