自動書記の、自動書記による、禁書目録のための。 作:ふらみか
*プロローグ*
「――警告、――」
雰囲気が一変した。
「――第三章第二節。――」
鞘に収まっていた日本刀が、瞬時に、抜き身になったような空気だった。
「――を確認。――」
今まで対峙してきた存在のどれよりも、威圧的で。
「――、一〇万三〇〇〇冊の魔道書を用い、最も有効な攻性魔術を構築……成功。――」
今まで対峙してきた存在のどれよりも、神秘的で。
「――これより、――」
今まで対峙してきた存在のどれよりも、絶望的で。
「――環境内における最も危険な因子、『上条当麻』の排除を最優先とします――」
魔神――インデックス――は、その牙を向いた。
*第一章*
私こと上条当麻は不幸な人間である。
身に覚えのない欠席による補習を放課後受けさせられ。その帰りにスーパーで一週間分の食糧を買ったはいいが、出てすぐに卵が二個割れていることに気付き。レシート捨てちゃってるし二個くらいなら仕方ないか、と諦めて帰り路についていると道端で見知った顔が不良に絡まれているのを発見し。まぁあいつなら放っておいて大丈夫だろうと素通りすることを決め、いざ目の前を通り過ぎようとすると青白い閃光が走り。恐る恐る振り返ると、道端に倒れた不良たちと超能力者の妙に殺気立った表情とに苦笑いと冷や汗を一緒に浮かべさせられ。や、やぁこんなところで奇遇ですなぁと声を掛けると今日の放課後は買い物に付き合ってくれる予定だったでしょと殺人級の電撃を放たれ。とっさに右手を突き出して身をかばったものの、その弾みで左手に握ったビニール袋を落としてしまい。お約束と化した卵一パック全滅という状況に涙を浮かべつつ肩を落としていると、さすがに向こうも罪悪感を覚えたのかしゅんとした空気で謝罪してきて。それを目撃した周りの人は、今までの流れを見ているにも関わらず、女子中学生に謝らせる男子高校生の図と認識されてしまい。いたたまれなくなったのでこれくらいはなんてことないぞと、苦しい笑顔を浮かべていると門限があるからとかなんとか言ってそそくさと帰られてしまい。帰り際、後日絶対埋め合わせるから覚悟なさいと命じられ……。
まぁ、昨日の放課後からたったの数時間だけでもこれだけの不幸に見舞われてしまう訳で。
「あ、暑い……」
夏休み初日という今日、七月二〇日、土曜日。絶好のラッキーデイにも関わらず、浴槽の中に敷いた自分の布団から漂ってくる汗臭い不快な臭いに我慢できなくて起きてしまったのである。まぁ、今日は補習もあるし、前向きに「早起きできた」と捉えよう。……ん、補習があるのにラッキーデイなのかって? ふふふ、一つ二つの補習で上条さんは不幸だとは言わないのですよ。
「と、とりあえず脱出を……」
風呂場から脱出し、リビングへと足を運ぶと、一人の少女が両手を合わせて祈りを捧げている光景が目に入った。
彼女の名はインデックス。ひょんなことから彼女と出会い、また、それから一年の間に、俺たちはともに数々の試練を乗り越えることとなった。
インデックスと一緒に生活するきっかけとなった出来事は、残念ながら覚えていない。
これは俺の記憶力が悪いからとかではなく、それ以前の思い出がごっそりと抜け落ちているのだ。
ある日を境に、俺は記憶喪失となっている。
よく御世話になっている病院の医者の言うことだと、記憶喪失というより記憶破壊、というらしい。その違いはよくわからないが、もう二度と取り戻せないということは、告げられた時に雰囲気で分かった。
その日以来、俺は昔の俺を演じてきた。
つもりだった。
演じていたつもりでも、どうも俺は俺らしく、根本は変わっていないそうだ。
ちなみにインデックスは、俺の記憶がないことを知っている。知らされたと言った方がいいのかもしれない。一方的に、何の準備もなく、その事実を告げられたのだ。
そして彼女は、その事実を受け入れた。受け入れてくれた。
何とも幸せな話である。俺にはもったいないくらいに。
と、こんな回想を浮かべるよりも先にすることがあるだろ上条当麻。
「おはよう、インデックス」
同居人の大食いシスターに挨拶をする。
こんな平和な日常を取り戻せたのが何よりも嬉しい。
少し頬をほころばせながら、俺は近付いて行く。俺に気付いたインデックスが、祈る手を解き、こちらを向いた。
しかし、忘れてはならない。
私こと上条当麻は不幸な人間である。
簡単に日常は非日常へと変化してしまうのである。
「おはようございます、上条当麻」
様子のおかしいインデックスを前に、俺は固まるしかなかった。
なにがおかしいって、まず、雰囲気である。ちょこまかちょこまかと動き回る危なっかしい面影はなく、ただひたすらに潜むかのような空気を纏っていた。両手を祈るように組んでいた空気が崩れていないというか、崩れなかったというか。とにかくそういう雰囲気が漂っている。
そして、なにより。インデックスは俺に敬語を使わない。俺の事を「上条当麻」などと呼ばない。「とうま」といつも呼んでいたはずだ。
どうしたインデックス。悪いものでも食べたんじゃないのか。最近は暑さも激しくなってきているし、それで参ったのか。まさか魔術師が。
などなど、考えは尽きない。
せっかく平和な世の中になったというのに、なんだこれは。
「驚かれるのも無理はありません。簡潔に説明しますと、現在は『自動書記』が正常に覚醒しています。貴方のかつて知る『Index-Librorum-Prohibitorum』、通称『禁書目録』の意識は今、私の元にあります」
『自動書記』……ああ、イギリスのクーデターが終わった時の……。
と声に出そうとするが、“あの”インデックスの“この”変化で思考と体が付いてこない。
「特別な配慮は必要ありません。最初に否定しておきます。あなたが憂慮するような事態は起こっていません」
そう言われて、ようやく口が開いた。
「――そ、そうだ! 『自動書記』ってことは、遠隔制御霊装とか、魔術とか、そういうのが……!」
「繰り返し申します。あなたが憂慮する様な事件や事故などは起きておりません」
「……ってことは?」
「?」
初めてこの姿のインデックスが人間らしい仕草をした気がする。俺の言葉が理解できなかったのだろうか。彼女は僅かに首を傾げたのだ。
俺は必要な文言を入れ、質問をもう一度する。
「いや、だからさ。魔術のせいとかじゃなく、霊装のせいでもないっていうなら、一体何が原因で『自動書記』が起動してんのかってことだよ」
「……、」
俺の言葉を聞いたインデックスは、しばし止まり、
「――第一〇章第一〇節。現状に繋がり得る因子の特定を開始……失敗。精神状態に起因がある可能性が高いため、一度、自身の精神を全て解きます。そのために必要な要素を一〇万三〇〇〇冊から参照……成功。術式の構築開始……残り一〇秒で完全発動します」
なんだかとんでもないことを言っている気がするそして取り返しのつかないことになりそうな気がする!
「待った待った! 分かった、分かったよ! とりあえず何もしないでくれ! な?」
「……術式の構築を中止しました」
「ほっ……」
たまらず安堵のため息が出た。
汗が皮膚を伝う。こりゃ暑さのせいだけじゃないな。
「えーっと……これはやっぱり報告した方がいいんだよな?」
報告先はインデックスが所属する「イギリス清教第零聖堂区・必要悪の教会」だ。
「必要ありません。探索術式を用いた結果、私の感知しうる範囲では、私自身に外的危害が加わっているという状況はないようです。加えて、禁書目録の意識が表面上にあるよりも、現状の方が守りは強固だと判断します」
「まぁ確かにそうだけど、ずっとこのまんまってのも問題なんじゃ……? ステイルとかに知られたら殺されそうだし……。身体の負担とかはないのか?」
「上条当麻への敵性を確認しましたら、魔道図書館の知識を用いて、私が対処します。現状、特別に目立った負担などは感じられません」
「なんかすごくでかい矛盾が……。まぁいいか。本人が大丈夫っていうなら大丈夫なんだろうし。負担が無いってのはなんとなく見りゃわかるし。んじゃえーっと、まず飯にするか」
インデックスは頷いている。肯定や了解、という意味なんだろうな。『自動書記』がここまで人間味のある行動をするっていうのは新しい発見だ。ベツレヘムの星で感じたものは薄ら寒いものだったけど、今のインデックスからはそういうものは感じられないし。
などと思いながら冷蔵庫を開ける。
突然ではあるが、何度でも思い出して欲しいことが一つ。
私こと上条当麻は不幸な人間である。
冷蔵庫を開ければ、日頃食い散らかす大食らいシスターの分も含めたそれなりの量の食材が入っているのだ。もちろん、苦学生である俺の出来る範囲の量で。それでも結構入っているとは思う。昨日も食材を足したばかりなのだ。卵は全滅したけれど、それ以外は詰め込んだ。この暑い夏に食材を台所で放置、なんてことは、イコール腐敗に繋がってしまう。だから冷蔵庫に入れた。詰め込んだのだ。上条当麻は当たり前のことをしたまでなのだ。
なのに。
「こ、この臭いは……」
いつの間にか起きていた電気系統の不具合か何かによって停電しており、冷蔵庫の中の食材達はお葬式ムードを漂わせていた。いや、お葬式ムードなのは俺の方か。むしろどっちでもいいわ。そういや部屋も暑いな。クーラーも付かないのか。まぁ、節約のために、滅多に付けませんけどね。
「……不幸を感知しました。どうしましたか?」
不幸の感知何てできるのかお前。俺にも欲しい。いや、俺にあったら感知しっぱなしか。いらねえな。
「あ、ああ、インデックス……怒るなよ? いつの間にか起きてた停電で食材は全滅だ。朝食は作れない」
「仕方ありません」
「ホント、仕方ねーからさ、そんな怒ん……ん?」
「どうしましたか?」
インデックスは今なんと? 仕方ない? 食べ物のことに関しては喜ぶか怒るかの二択しかなかったあのインデックスが? これはさすがに失礼か。
けどけど、食えなくなっても仕方ないで済ませられるなんて……!
もしや魔術師の仕業か!? ――じゃなくて、『自動書記』の影響なんだろうな。調子は狂うけど、噛みつかれないだけマシか。……マシか?
「い、いや、なんでもない。あー、んじゃどうすっかね。さすがに昨日の今日で外食出来るほどの余裕は残っておりませんのです、はい」
「昼食はどうする予定でしたか?」
「ここにある食材で作る予定でした」
「夕食は?」
「以下略ですすみません」
「謝罪は必要ありません。仕方のないことです」
「お、おう……」
マジか、これ。インデックスさんよりよっぽどシスターっぽいのですが。言ったらキレるだろうな。
「せ、せめてインデックスだけでもなんとかしねーとな!」
気を取りなおしてそう言った矢先、インターホンが鳴った。
インターホン越しに会話する考えをすぐに捨てさせるかのように、聞き慣れた声が耳に届く。
『かーみやーん! 舞夏もいねーし一緒に朝飯食わねーかにゃー! どうせかみやんの事だから「夏休み初日で食材全滅」とかいう不幸に見舞われてるんだろー? こんな時を見越して俺が用意しておいたぜーい!』
救いの手とはこういうのを言うのだろう。助かった……! ちくしょう、良かった……! 本当に良かった……!
「よし、インデックス! 助かったぞ! とにかく今は土御門に甘えさせてもらおう!」
「……問題点の検索……失敗。現状、上条当麻に着いていくことが最も正しい選択だと判断します」
俺とインデックスが玄関を開け、土御門と直面した瞬間、一気にアイツが慌てだしたのは言うまでもない。