自動書記の、自動書記による、禁書目録のための。 作:ふらみか
*第一〇章*
銭湯へと向かう道すがら、ペンデックスは俺の名を突然呼んだ。
「ん? なんだ?」
「いえ、用事はありません」
「? そうか」
「上条当麻。上条当麻」
「なんだっての。人の名前をあんまり連呼しないで下さいませんか?」
「いえ、特に用事という用事はありません」
なんだってんだおい。
「上条当麻」
「だからなんだ!」
ペンデックスがこちらをじっと見てきた。……ホント、なんなんだ。こうやってじっと見つめられるのは、あんまり得意じゃない。
「こうして用もなく名を呼ぶというのは、少しだけですが、気分が良くなります」
「はぁ……さいですか」
人の名を呼びまくって気分が良くなるってことは、もしかしてそこに魔術的な意味でもあるのだろうか。
ペンデックスは俺より二、三歩程前を歩き、振り返った。
「私は先に行っています。貴方は後で来て下さい」
「あん? 一緒に行きゃいいじゃねえか」
「ダメです」
「なんでさ」
「なんでもです」
なんだか変に頑なだな、こいつ。
「まぁ、分かったよ。んじゃ、後でな。銭湯前で合流、でいいか?」
「はい、それで構いません。了解しました」
そのまま、ペンデックスは早歩きで先に行ってしまった。女の子は色々と準備があるっていうしな。そういうことなんだろう、うん。
俺は少し歩の速さを緩める。
しばらくして、とある交差点にさしかかった瞬間。
俺は、人気が消えていたことに気付いた。
「――ッ!」
いつからだ? これって、魔術、だよな? 俺狙いか? もしくは、一人になったインデックスを狙ってか?
「くそッ、もっと早く気付いていれば!」
辺りを警戒していると、向こうから一つの人影がこちらへ向かってくるのを見た。
俺は身構える。
いつでも戦闘できる体勢をとる。
右手で拳を握れば、準備完了だ!
その人影が、街灯の明かりで、はっきりと見え始めた。
それは、
「――ルーンですよ」
見覚えがあった。
腰まである濡れたように輝く黒い髪。左右非対称のダメージジーンズ。胸下で絞るように結んだ半そでの白いティーシャツ。そして、腰に巻かれたウエスタンベルトには、二メートルを超える日本刀が据えられている。その名は七天七刀。鞘に収まっている内は七閃が、抜き身になれば唯閃が待ち構えている。
知っている。
彼女は!
「お久しぶりです、上条当麻」
神裂火織。
多角宗教融合型十字教、天草式のトップ、女教皇。
世界で二〇人もいない聖人の一人。
それでいて、仲間だ。
だが、その仲間が。なんで、
「……何で、何で、お前がそんなに睨んでくるんだよ……神裂」
「できれば、手荒い事は避けたいのですが」
「答えろ、神裂!」
さすがに仲間だといって油断できるわけではなかった。
周囲は人払いのルーンが敷かれている。そこで神裂は、俺を睨みながら現れた。いつでも抜刀できるように構えながら、だ。
俺も自然と、右手に力を込める。
「インデックスを、こちらに渡して下さい」
「なんでだ」
「……『回収』しなければいけないのです。察して下さい」
「『回収』?」
「正確には『保護』です」
「だったら、俺んとこに来る前にインデックスのとこに行けばいいじゃねえか」
「今の保護者は貴方ですから。大人しく渡してくれれば、私は何もしません」
「拒否したら?」
「その時は」
刹那、アスファルトの地面に七つの切れ込みが発生した。
「手荒い真似をしなければいけません」
「……ッ! なんでだよ、神裂。理由を言ってくれれば、俺だって納得出来るかもしれねえじゃねえか!」
「理由は、あの子を救うためです」
「なんだよそれ! それが本当のことなら、やっぱり俺のところにくるのはおかしいだろ! 来るとしても、こんな方法じゃなく、もっと他に方法はあったはずだ!!」
「この方法しかありません。もう一度問います。あの子をこちらに渡してくれませんか?」
おそらく、ペンデックス状態を解除できる何かが教会側にあるんだろう。神裂のやり方は間違っているが、その方がインデックスのためになるのかもしれない。
「……神裂。一つだけ教えてくれ。なんでお前は人払いまでして、七閃まで見せて、俺にインデックスを渡せって言ってきたんだ? これじゃあまるで……まるで、脅迫じゃねえか。なぁ。なんでお前はこんなことしたんだ。教えてくれ、神裂!」
「……何度でも問います、上条当麻。あの子を渡していただけませんか?」
考えろ。
考えろ。
考えろ!
あの神裂がここまでしなくちゃいけない理由を。
考えろ……導き出せ。
何が引っかかってる。
何が……。
ああ、そうか。
「――なぁ、もう一つ、聴いていいか?」
「……なんでしょう?」
「神裂がこういう行動をとらなきゃいけない理由ってのは、俺が知ったら不味いことなのか?」
理由を言わない。理由を教えたくない。ごまかしてでも、そうしない。
その理由は。
知られたくないから、意外に思いつけない。少なくとも、俺の頭では。
俺の言葉を聞いた神裂は、
「ッ! 貴方には関係の無い事です!」
表情が変わったな。分かりやすく焦ってくれた。っつーことは、神裂がこうしてる理由は、俺に知られたくないことってことだ。
何だ、俺に知られたくないことってのは……。しかも、今このタイミングってことは、やっぱりインデックスのことだよな。アイツもそう言ってるし。
「頼むよ神裂。俺たちは、何もこうして戦う必要はないはずだろ?」
「……少年」
「?」
少年? 俺か? いや、確かに神裂より年下かもしれねえけど、わざわざ少年って言うほどじゃないだろ。つか、なんで俺を少年って呼んだ?
「私はまだ、魔法名を名乗ってすらいません」
「は?」
「名乗らせないで下さい」
「……なに?」
なんか噛み合わねえな……。
「神裂。これ、一体どういう状況なんだ?」
「……七閃!」
「うわっ!!? っておい! 急に何すんだ!」
「はあああぁぁぁぁっ!!!」
文句を言おうとした矢先。
訳も分からぬまま、神裂の飛び蹴りが俺の顔の横にヒットした。
俺は大きく吹っ飛ばされ、横たえる。
平衡感覚が狂って立ち上がれない。
なんで俺がこんな目に……。
ああ、インデックスの『自動書記』が起動しちまったからか? それって俺のせいなのか? だったら、責任とるよ。右手で解決できるんなら、右手で解決するよ。
「――から。……だか、ら……」
だから、
「ち、からに……なる、から……。はな、して………………く、れ……!」
まだ終われない。
まだだ。
起きあがって、もっと、神裂と話さないと。
「本当に、貴方には驚かされます。まだ動けますか」
神裂のすらっと伸びた足が見える。視界はぐらぐらしているけど。
俺は、神裂の足に、無我夢中でしがみ付く。
「ッ! ちょ、ちょっと、どこを触っているのですか!!」
頭に衝撃が走るが、これで倒れる訳にはいかない。
「話して……、くれ。頼む……」
「……、手荒い真似をしてすみません。これを飲めば、少しは楽になるはずです」
朦朧とする意識の中で、俺の口の中に何かが入り込んだ。
粉状で、しかし、口の中ですぐに溶けた。粉末だというのに、嘘のように消えていく。
「これは、インデックスの願いなんです」
「ね……が…………」
「はい。インデックスが望んだことです。ですが、この行動は、私が選んだ行動です。彼女はここまで望んでいないかもしれません。ですので、恨むのでしたら、私だけにして下さい」
神裂の言葉の途中で俺は、
「……――」
意識が、