自動書記の、自動書記による、禁書目録のための。 作:ふらみか
*行間 六*
私は長い螺旋階段を下っていた。
真っ暗しかない空間をかなり歩いた先には、古い木の扉があり。その扉を開けると、そこは螺旋階段のある吹き抜けだった。
螺旋階段は石壁に沿って作られていて、一見すると、石の壁から階段が生えているような光景だった。
上を見上げても螺旋階段はどこまでも続き、下を覗いてみても螺旋階段は続いている。吹き抜けからは、太陽のような明かりが常に降り注ぎ、螺旋階段の奥底までに光を届けていた。眩しさに気を付けながら目を凝らしてみても、天井は見えない。空がある感じはないから、天井はあるのだろうけど、ここからでは確認できなかった。
とてつもなく高いところから明かりが降り注いでいる。それだけしかわからない。どこから光が届いているのか分からないし、どこまで光が届いているのかもわからない。
周囲の観察をしていると、『自動書記』と『彼』が私を手招きする。どうやら下に向かうらしい。
そうしてどれくらい歩いただろうか。
永遠と続く螺旋に、だんだん頭が混乱してきた。
疲労という概念が無いので、肉体的には、体力はまだ残っているが、これは精神的に参る。
それくらい歩いた頃。
何の音もなく、前触れもなく。
『自動書記』が消えたのだ。
驚いた私が『彼』に尋ねても、「すぐに戻ってくる」の一点張り。『彼』はただひたすらに螺旋階段を下り続けていくのだった。
「ねぇ、いつまで下ればいいの? さすがに疲れたかも。『自動書記』はいつの間にか消えちゃってるし。引き返した方がいい気がするんだよ」
「もう少しだから我慢しろよな」
「本当? 信じるよ? この空腹をかけて信じるからね?」
「はいはい」
再び螺旋階段を下る。
ひたすらに下る。
さらに下る。
下る……。
と、
「おし、着いたぞー」
ようやく螺旋階段の終わりが見えた。
「な、長かったんだよ……目が回ってる……」
「おいおい、大丈夫かよ」
「全然大丈夫じゃないんだよ! 大体、お腹空かない感じがするからまだいいけど、そもそも私のお腹は空腹だったんだから! 体力が出なくて当然かも!」
「つってもなぁ。ここに食い物とかねーしなぁ」
水の一杯でもあればなぁ、と彼が呟くと同時に、
「ただいま戻りました」
「わっ!」
『自動書記』が戻ってきた。何の前触れもなく、音もなく。
「お、戻ってきたか。おかえり。ちょうど良かったんだけどさ、ここに飲み物とかあったりしねえよな?」
「ありません。諦めて下さい」
「そ、そんなぁ……」
落ち込み項垂れる私を尻目に、『自動書記』は彼の名を呼ぶ。
「ん?」
「どこまで説明しましたか?」
「あー。ちょうど今ここに来たところだ。まだ何も話しちゃいねえよ」
「では、私の口から説明します」
「ま、その方がいいだろうな。頼む」
「禁書目録」
呼ばれた私は『自動書記』の方を向く。やっぱり、彼女を見るのはどうも慣れない。自分と同じ動きをしない鏡を見ている気分だ。
「ここがどういう場所なのか。そもそも、なぜこのようなことが起きているのか。その説明をここでします。質問があるのなら、その都度、答えられる範囲で回答します」
「……分かったんだよ」
私は項垂れながらも、気持ちを切り替えた。空腹も重要だけど、これも重要なことだ。
「では、まず」
『自動書記』は数歩動き、石壁に手をつく。
するとそこに、ここに入ってくる時に見た扉よりもさらに古めかしい木の扉が現れた。
「この先に何があると思いますか?」
「え? えっと……知らない場所だから、分かるわけないかも」
「この先には、『禁書目録』という名の所以が存在しています」
「……うん?」
「貴女は一〇万三〇〇〇冊の魔道書の原典を記憶しました。魔道図書館としてその役を果たし、一字一句違わず“それ”を保管しています」
「え、えっと。待って待って。それじゃあ……」
「この扉の向こうには、貴女が記憶した一〇万三〇〇〇冊の魔道書の原典があります」
「……」
いきなり過ぎる。
この扉の向こうに原典があります、と言われて、ああそうなんだ、で済ませられるわけがない。
原典は二冊とない。ここがどこだかわからないけれど、『自動書記』の話しぶりからして、扉の向こうには一〇万三〇〇〇冊の原典があるようだ。
原典は厳重に保管されるもの。仮に、「クロウリーの書」と「法の書」が一緒に保管されているとなると、それだけで厳重に張り巡らされた結界が破られるようなものだ。それでは済まないかもしれない。そんな存在が一〇万三〇〇〇冊。この扉の向こうがどうなっているのかは分からないけれど、部屋を分けて済むような問題じゃない。
「原典そのものがあるわけではありません。貴女の記憶です。貴女が記憶した原典は、こうして、扉の向こうに保存されているのです」
原典そのものではなく、私の記憶がそこにあると『自動書記』はいう。たしかにそれなら……。でも。
「にわかに信じられないんだよ」
「では質問しますが、今の貴女に魔道書の記憶はありますか?」
「ふぇ? な、ない、けど……」
「普段ならば、必要な時に私がこの扉を開き、私が必要な知識を引き出し、私が貴女に提示しています」
「??? ご、ごめんね、ちょっと待って欲しいんだよ」
ちんぷんかんぷん。もっと情報を細切れにしないと、整理できない。
「そもそも、ここはどういうところなの?」
「ここは貴女の記憶そのものです。正確には、その構造体。螺旋階段の上部には、日常生活などで記憶した情報が保管されています」
ここは、私の記憶を保管しているところ、らしい。
「じゃあ、さっきの場所は?」
「あの場所の役割は、保管された記憶を引き出した際に生じる混乱を、ある程度までに鎮静するというものです。あの場所に記憶を保管する役はありません。また、引き出した記憶を貴女に提示する場所でもあります」
さっきのところは、私が引き出した情報を整理しているところ、らしい。
とりあえず、いったんここで確認してみる。
「私が見たり聞いたり知ったりした情報は、全部この螺旋階段付きの石の塔? の中に保存されていくのかな? それで、その情報を引き出した時に整理するのがさっきのところ?」
「おおよそ合っています。ただ、取得した情報が直接ここに来るわけではありません。一度、この場所の最上部にて仕分けます」
「さっきから気になってたんだけど、あなたがいろいろとしてるのかな?」
「そういう役も兼ねていますので」
そうだったんだ。初耳。
「な、なんとなくわかってきたかも……。でも、魔道書の記憶がこの扉の向こうにあって、他の記憶が上にあるんだとしたら、今の私は記憶全部が抜け落ちてる状態になると思うんだけど……」
「必要な情報は既に引き出しており、貴女への提示も済ませています。貴女が起きる前のことです」
「……それって、つまり、今私が思い出してたりしてるのって……」
「私が事前に貴女に取り込ませた記憶です。魔道書の知識がないのは、私が貴女にこの情報を渡していないからです。ここから簡単に脱出されては困りますから」
だんだんと靄が晴れてきたと思っていたら、なんだかキナ臭くなってきた。
今の私にある「記憶」は、『自動書記』が事前に私に入れた「記憶」。取捨選択された「規制のかかった記憶」だということ。そして、魔道書の知識を持たせたくないのは、この場所から出したくないから。ということは、ここは魔術的な空間なのだろう。
「……ねぇ、どうしてそんなことするのかな?」
「それは、貴女を守護するためです」
「守護?」
「貴女の生命活動は現在、特別な異常は見受けられません。しかし、時間にして約一七〇時間程前より、精神活動への脅威を感知し始めました。兆候はそれ以前から確認できていましたが、より顕著になったのはその頃です」
「えーっと……? もう一回だけ、ちょっと整理させてね? んーと、私が居るここは、言うなれば私の中。私の中にあるはずの魔道書の知識がないのは、ここから出させないため。あなたから渡されていない情報もあるのは、そういう事情があるから。私がここに居るのは、あなたが一七〇時間位前に感じ取った精神攻撃への防御策。ってところかな?」
「おおよその認識は合っています。問題ありません」
「ふーん。ならさ、攻撃されても私が魔道書で対応する、とかはダメだったの?」
「……」
なにかな、その沈黙は。そしてなんとなく『自動書記』の表情が「その手があったか」っていう風に見えるのは気のせいなのかな。
「はぁ……。ま、無理やりあなたが起きたわけでもなさそうだし、あなたが私を守ろうとしてやった事だから、文句は言えないんだけどね。それでも、魔道書以外の記憶は全部あってもよかったかも」
「貴女が必要と思うのならば、ここの上部へ行き、保管されている情報を渡します」
「ほんと?!」
「はい。では、付いて来て下さい」
「……ちょっと待って。付いて行かなきゃいけないの?」
「はい」
「な、なら、別にいいかも……」
さすがにまたこの螺旋の景色の中を歩くのは辛い。
「ちなみに、ここに居る上条当麻は、貴女の記憶を元に形成された存在です。お察しの通り、魔術によるものです」
「そう、なんだ……」
彼の方を見ると、
「もう説明終わったか?」
彼は退屈そうに背筋を伸ばしていた。
「一通り終えました」
「そっか」
この彼はそういう存在なんだな、とか私が思っていると、彼は私に近付く。
「んじゃ、こっからは俺が言うか。しばらくインデックスと俺は、この魔道図書館の中に隠れていなきゃいけないんだ。これは、『自動書記』が考えた、最も安全な方法らしい。ここは一つ、言う通りにするべきだと思う」
「え? だ、ダメだよ! あの子の言葉が本当なら、この先には魔道書があるんだよ!? 例え記憶でも、魔道書は魔道書なの! 私は大丈夫でも――」
「俺には右手があるだろ?」
「……でも、危険だよ」
「そんなに俺の右手、信用ないか?」
そんなことはない。彼は上条当麻なのだから。右手一つで一〇万三〇〇〇冊の魔道書の原典を相手にしても、不思議となんとかなりそうな気がする。
私の想いがぶつかっていると、背後から身体を押された。
「安心して下さい。貴女が開こうとしない限り、私が開こうとしない限り、魔道書は安全に保管されたままです。無理に探し、開こうとすると返り討ちにあってしまうかもしれませんが、それ以外なら、心配には及びません」
「……でも、やっぱり不安かも」
「ならば説明を変えます。上条当麻の右手に宿る『それ』も、再現済みです。魔道書“程度”が彼を食らうようなことはあり得ません。これでも心配ですか?」
なら、もしかしたら、彼は一番安全かもしれない。けど、それとこれとは話しは別な気がする。
「こいつが考えてくれた、お前を守る方法なんだ。ここは素直にいうこときこうぜ?」
結局私は、従うことにした。
扉が開かれ、私と彼は中に入る。
すぐに扉は閉まった。
ドキドキしながら辺りを見回す。
まず目に入ってきたのは、いくつも並んでいた背の高い木製の本棚だった。本棚にはびっしりと古めかしい背表紙の本が詰まっていて、おそらくそれが「私の記憶した魔道書の原典」なのだろう。冊数にして一〇万三〇〇〇冊。鎮座しているここが、魔道図書館。
部屋の様子は、先程の石の塔(?)のように、天井が見えず、上からは白く柔らかい明かりが届いている。部屋の壁は……石のようだけど、継ぎ目が見当たらない。恐ろしく大きな岩の中をくり抜けば、このような部屋が作れるかもしれない。
ざっと見渡して思ったことは。
「……案外、普通かも」