自動書記の、自動書記による、禁書目録のための。 作:ふらみか
*会議 五*
神裂火織は上条当麻をボロアパートの一室へ運ぶと、すぐにその場を離れた。彼女は今、そのアパートを観察しやすいビルの屋上へと移動していた。
「……、」
神裂の元へ、一つの足音が近付く。
「いやー。ねーちん、お疲れさんだにゃー」
「土御門……。何の用でしょうか」
「こっから見える夜景は格別だからにゃー」
「とぼけないでください。私に用があって、ここに来たのでしょう?」
「べっつにいいじゃねーかよー」
彼はふざけた調子を少し崩し、ピリピリとした空気を出しながら、不敵な笑みを見せる。
「そんなに早く事を進めたいのか?」
「……なんの、ことでしょうか」
「おっと、ねーちんがあの粉を全部、かみやんに飲ませなかったっていうのは分かってるんだ。俺が気付かないとでも思ったか?」
「……」
「ステイルや禁書目録は気付いてないようだがな。ま、そっちはどうだっていい。俺は、そんなねーちんに一つお知らせしようと思っててな」
「言いたいことがあるのなら手早くお願いします」
「あの粉末にはな、」
彼は左のポケットから白い粉が入った小さなビニール袋を取り出し、言う。
「五日以上も人を縛り付けるような、そんな強力な効果は元からない。まぁ、筋肉を動かす電気信号を混乱させるような“小さな”効果はあるが……せいぜい二日程度だな。もちろんこれは、袋の中身を全て使って得られる効果だ。それをねーちんは全て与えなかった。これがどういう意味か、もう分かるな?」
「……」
「かみやんが動けないのは、多くみても、せいぜい一日程度ってことだ。ま、その前に盛大に蹴り食らってるから、気絶から回復するまでどれくらいかかるかは分からんが」
「……それを私に言ったところで、何になるんです? 予定通りの行動をしなかった罰でも与えるのですか?」
「俺にそんな権限ねーぜよ」
土御門は、張り詰めた空気を一瞬だけ緩めさせたが、すぐにさっきと同じ空気になる。
「問題は、計画が狂っちまった禁書目録……いや、ここは『自動書記』と言うべきか。そいつが、どんな行動を取るか、だ。清教側はなるべく穏便に片付けるように要求してる。学園都市側はなるべく損害を出さないようにときたもんだ。狂っちまったもんは仕方ない。ただ、『自動書記』が暴れることだけは、どっちも望んじゃいないってことだな」
「それは分かっています」
「分かっててさっきの行動を取ったんだったら、今俺が何を言いたいのかも分かるよな?」
「……、」
「あの『自動書記』は異常だ。プログラムは感情を持つことはない。なのに、今の『自動書記』はイギリス清教が施した術式の範疇を越えている」
土御門は神裂に、握手をするような距離まで近寄った。
「禁書目録の変化を、学園都市はいち早く気付いた。俺は統括理事長の元へ呼び出され、そこでしばらく理事長サマとお話ししていたんだがな、そこに来客があったんだ」
「来客? ……ッ! まさか、その来客というのはッ!」
土御門が笑う。
「察しが良くて助かる。イギリス清教、最大主教、ローラ=スチュアート。いやー俺も驚いた。あまりにも場違いな奴が来たからな」
「何のために……」
「そんなの決まってるだろ」
土御門は、白い粉末の入った小さなビニール袋を左ポケットにしまい、今度は右ポケットから何かを取り出した。何かは白い筒状で、縁などに金の装飾が施されていた。何かはダイヤル式の鍵の様な仕掛けがあるようだった。
何かは、第三次世界大戦時、上条当麻がベツレヘムの星で破壊した忌々しい霊装と酷似していた。
彼は笑みを消し、それを神裂に差し出す。
神裂はそれを見て、目を見開いた。
「禁書目録の制御。その命令を寄こすため。また、それに必要なこの霊装を運ぶため。といっても、移動術式を用いたと言っていたから、実際は扉をくぐった程度の距離だろうがな」
その霊装を見つめながら、神裂は息を止める。
「良く分からんが、俺じゃあ無理だとさ。ステイルは論外とも言っていたな、あの女狐は。っつーわけで、必然的にねーちんが選ばれた訳だ」
「無理ですよ! 私にそれを扱えと!? 冗談じゃありません!!」
土御門が一つ息を吐いてから、彼はぐいと霊装を神裂に押し付ける。
「『聖人』なら、神の右席レベル……とまでいくか分からんが、天使の力も扱える。俺達のトップは、俺たちじゃあできないことも『聖人』ならできると考えているんだろう。実際、清教内でねーちん並みに天使の力を扱える奴はいないしな。どこかの近衛侍女でもいいんだろうし、どこかの魔神になれなかったやつでもいいんだろうけど、あいにくとそっちは連絡が取れなかったらしい。王室の人間はイギリスを離れるわけにはいかない。他にも理由はあるぞ。言うか?」
「……失敗するかもしれませんよ」
「なに弱気になってるんだ。ねーちんは幸運の星の元に生まれてるんだろう? 神の加護ゆえの幸運とやらに」
「それは、そうですが……しかしこれは荷が重すぎます!」
「なら、」
と、土御門は霊装をひっこめ、
「万が一の時は禁書目録がその牙を向く前に処分しろ」
冷たく言い放つ。
「なっ……! 土御門、あなた、それがどういう意味か……!」
「分かってる。分かってるさ。だが、俺達のトップはそう判断した。クソッたれな命令だが、それでも俺は歯向かえない。俺たちは、歯向かえない。そうだろ?」
「くッ……!」
神裂の握る拳に力が入る。
「そのためにも、なんとかしないといけないんだ。頼む」
「……ステイルは。ステイルは、この事を知っていますか?」
「ああ」
「それで、何と?」
「トップに文句を付けに行った。まぁ、命令は変わらんだろうが、あいつの気が済まんのだろうな。戻ってきたらあのアパート周囲五キロに人払いさせておく」
「……分かりました」
神裂は霊装を受け取るために右手を伸ばした。
その右手に、白い筒が乗せられる。
瞬間、土御門は再び不敵な笑みを作った。空気はもう張り詰めていない。
「あーそうそう。失敗しても大丈夫だってクソどもが言ってたぜい。まったく、何が大丈夫なんだか。な?」
「……」
何も言わぬ神裂に背を向け、土御門はその場から立ち去る。
残るのは、神裂火織と、一つの霊装だけだった。