自動書記の、自動書記による、禁書目録のための。 作:ふらみか
*行間 七*
魔道図書館内で、私と彼はすることもなく。いつからそこにあったのかもわからないような椅子に、腰かけていた。荘厳に並ぶ本棚を前にして、私の身体の右側は彼の体温を感じていた。
「しかし待つだけっつーのも、退屈だよな」
「うん」
「ここに漫画とかがあれば暇つぶしにもなるんだろうけど」
「さすがにそれはないかも……あるとしたら、上、かな? よく分からないから何とも言えないんだけどね」
世間話のようなものが交わされる。
ふと、彼の表情が気になって、そちらを見てみた。
彼の横顔には、細かい傷跡がいくつも浮かんでいる。
あの日のままの彼であるということは、その内のいくつかの傷は私のせいで付いたものだろう。
付かなくても済んだ、などとは思えない。
彼のことだ。
私が関わらずとも、彼は彼なりに人を助けるために傷を負い、そして人の笑顔を作っていくのだと思う。
……私の心のどこかで、そうならなくて良かったと思っている私がいる。醜い。
「……なぁ、インデックス」
私の心を知ってか知らずか、彼は私の方を見ずに話しかけてくる。
「お前はさ、今のこの状況、素直に受け入れられたのか?」
「……正直、難しいんだよ。急に『ここは私の中です』って言われてもね」
「そっか。そりゃそうだよな」
「でも、目の前に魔道書はあるし……納得出来ちゃうのも本当なんだよ?」
「じゃあさ」
彼は私の方を見て、微笑んでいた。
「俺のことは?」
俺のことは受け入れられる? と彼は聞いて来る。
ここに居るのは間違いなく『あの日の彼』だ。
それ以外ではない。『今のとうま』では、ない。
「……認める認めない、受け入れる受け入れないは別にしてだけど。私を助けてくれた『彼』だっていうことは間違いないみたいだね」
私の言葉は、残酷な意味が含まれるものだった。酷いことを言ったという自覚はある。
「そっか」
それでも彼は、ただそれだけを小さく呟くだけだった。
彼は自分の右手に視線を動かした。
「俺の右手、お前も分かってると思うけどさ、どんな幻想も打ち消しちまうだろ? でも、こうしてここに俺が居るってことは、もしかしたら俺は幻想じゃないんじゃないかって思うんだ」
「それは……そうなの?」
黙る。長い沈黙だった。
「……ぷっ、あっははははは!」
それを破ったのは彼の楽しそうな笑い声だった。
「え? えっ?」
「どうなんだろーな。実際はさ、俺自身はこの世界で作られた偽物っていうのは分かってるんだ。紛れもない幻想だってことも分かってる」
「それって……」
「でもってさ。『俺』がお前にとって、いい存在じゃないってのも分かってるんだ。だから、さっきから何度も右手で身体を触れてるんだけどさ、消えねえんだよ」
「……」
そういう挙動をしているだなんて、気付かなかった。
「『俺』が居たらお前が苦しむってのは知ってるんだ。インデックスが居る世界では、『アイツ』こそが『俺』なんだしな」
彼から笑みが消える。そこに代わりの表情は浮かばない。
「と――、」
彼から笑みが消えたことが不安になって、私は慌てて名を予防とする。
が、
「ちょっと待った、インデックス。その名前で俺を呼ぶな。その名前で呼ぶべきなのは、『俺』じゃなくて、あの日より後を生きた『俺』であるべきなんだ」
遅かった。
「で、でもっ!」
「インデックス」
私を落ち着かせるように、優しく、彼は私の名を呼ぶ。
「……なに?」
「ごめんな」
なんで謝られたのか、私には分からない。
私の方が謝るべきなのに。
彼を追い出してしまったのは、私のいる世界から追い出してしまったのは、私なのに。
「俺は、お前を心の底から信じてるんだ。ま、俺に心なんてのがあるかは分からねえけど……難しいことはいいんだ。俺は信じてる。インデックスなら、どんな壁が迫って来ても、どんな障害が迫って来ても、絶対に乗り越えられるって信じてるよ」
「どういう、意味なのかな?」
私が説明を求めようとした時、魔道図書館内の空気が激変した。具体的にいえば、天井から光が降り注がなくなり、突如として夜が訪れたような雰囲気だ。
そして館内では、本が不気味な光を帯びながら、こちらを見るように何冊も浮かんでいた。
私達は本能的に立ち上がる。彼の視線も、不気味な本たちに向かっていた。
「……インデックス、今すぐここから出ろ」
「え? え??」
「いいから早くッ!」
彼の叫びを合図に、本は一斉に開かれ、さまざまな魔法陣が浮かび上がる。
左には槍、右には砲弾、正面には剣が三本、上には太陽のように眩しい青い光。
それらは明らかな攻撃態勢で佇んでいた。
槍と剣の間には炎が煌めき。剣と砲弾の間には氷が重なっていく。
魔道書の知識がない私には、それらが何なのか分からない。魔術だと言うことは分かるけど。
「標的は俺だけのはずだ! だから、巻き込まれないように、この部屋から早く出ろ!」
「でもじゃあ、『あなた』は――!?」
多数の本と向き合っていた彼は、顔だけ振り向き、私を見た。
その目にはやっぱり見覚えがあって。
目の前の「上条当麻」は、私を守るために右手を握り締めていて。
その彼の口から聞こえた言葉は。
「俺は大丈夫だ。なんたった、『俺』なんだから。安心してくれ、インデックス。全部残らず、一つ残らずぶっ飛ばすからさ。だから、向こうで待ってる『俺』に、早く会いに行ってくれ」
いつか私に囁いてくれたような、暖かい言葉だった。
ここにある全ての魔術を処理するだなんて無謀としか思えない。今、魔術の知識が無い私でも、それが無理なことくらい分かる。
けれど『彼』には、そんなの関係ないのだろう。
たとえ無謀でも。たとえ無理でも。
立ち向かうだけの理由さえあれば、『彼』は動こうと思える。
そこで私は気付いた。
『彼』は、『今のとうま』と同じ、「上条当麻」なのだと。
遅すぎたかもしれない。もっと早く、そこに辿りつけたかもしれない。
それでも私はようやくその認識になって。
初めて、『彼』の名を呼んだ。
「とうまっ!!」
とうまは少し驚いたような表情を作った後、微笑み、すぐに真面目な表情になる。
「……早く行け、インデックス。でないと巻き込まれ――」
刹那。とうまの言葉を塞ぐように、轟音が鳴り渡った。