自動書記の、自動書記による、禁書目録のための。 作:ふらみか
*自動書記*
「お呼びでしょうか、神裂火織」
「はい、呼びましたよ。『自動書記』」
神裂と『自動書記』は、小さな公園の中心で対峙した。先程まで一緒にいた土御門は今現在、上条の元へ行き、ここへ連れてくる説得を行っているはずだ。
「聞きたいことがあります」
「私で答えられるものなら回答します」
神裂の表情は険しく、『自動書記』の表情は相変わらず“無”であった。
「あなたはなぜ、起動したのですか?」
「そちらの質問は既に回答済みです」
「ええ。あの子を守るため、ですね」
『自動書記』は小さくうなずく。
「一体、何から守ろうとしたのですか?」
「その質問も、既に回答済みです」
「ええ、そうです。彼、ですね」
再び小さく、頷く。
「では、」
神裂は、万が一に備え、七天七刀に手をかけた。これからする質問は、万が一の可能性を引き寄せる質問だからだ。
「なぜ、彼があの子にとって苦痛になると思ったのですか?」
「そちらも回答済みです」
「私たちが貰った答えではない答えを聞かせて下さい」
「……私に理解できるよう、お願いします」
「では聞き方を変えます。『あなたはどうして、あの子を信じてあげられなかったのですか?』。ここまで言えば、理解できますね?」
「……」
無表情のはずの『自動書記』の表情が、僅かに曇る。神裂はその気配を感じ取った。
「あなたが彼女を信じられれば、あなたは起動しなくても良かったはずです」
「私の起動が、無意味だと言いたいのですか?」
「いえ。ですが……」
神裂は、いつでも抜刀できるように、自分の筋肉の動きに神経を集中させる。
「必要があったとは思えません」
「私は彼女の防御プログラムです。信じるなどの感情は持ち合わせていません」
「申し訳ありませんが、私にはとてもそうは思えません」
「……」
「私達はいまだに『自動書記』という術式がどういうものなのかを把握していない節があります。あなたの言う通り、あなたに完全な感情を求めるのは間違っているのでしょう。しかし、逆にいえば……不完全な感情ならば、あなたに求めるのも、あながち間違っていないということになりませんか?」
「それは屁理屈というものであると断言します」
「そういう反応も、私には裏付けになるのですよ。『あの子を守るためのプログラム』だというのなら、今の私の言葉に反応する必要はなかったはずです」
「……」
「まだ遅くありません。お願いします。どうか、あの子を信じて――」
しかし、神裂の願いは届かない。
「――警告。第二章第九節。強力な敵性因子を感知しました。排除に有効な環境を作り上げるため、一〇万三〇〇〇冊を参照……新たな術式を組上げることに成功しました。命名『ミズガルズの書庫』。完全発動まで三、二、一、――発動」
「ッ!」
とっさに神裂は身構えるが、なにも起きない。
彼女には、ミズガルズという単語には聞き覚えがあったが、どうも符号が合致しないようだった。
北欧神話における、人が住まう世界、つまりこの世が『ミズガルズ』。それは死の概念から逃れることのできない世界だ。妖精や巨人が残し得なかった「知識」を残し続ける世界、とも捉えられる。
その名を冠している以上、今発動した魔術に関連があるはずだ、と神裂は予想する。
神裂は知り得ないが、この時、魔道図書館内では『あの日の上条当麻』が免れられない死に、『人々が考え、作り、蓄えた知識』に、囲まれていた。
神裂があれこれと予想している間に、再び声が聞こえる。
「――警告。第三章第一〇節。新たな敵性因子を確認しました。記憶の検索と照合を開始……因子を神裂火織と判断しました。これより敵性因子排除のために有効な術式を構築……成功。外部環境への影響を最小限に抑えるために結界を展開。『バベルの天頂』、完全発動まで四〇……」
先程は北欧神話の単語。今度は旧約聖書に登場するバベルときた。
バベルの塔。人が神の位へ到達しようと建設し始めた巨大な塔。しかしその天頂部は、伝説だろうとなんだろうと、存在しない。塔は完成しなかったのだ。
だが。
仮に、完成していたとしたら。
バベルの塔は天上へと通じる橋となり。その最上部は、天上、つまり「天界」ということになる。
ここから予想されることは。
「――自らを天使の位へと昇華させる気ですか!? 天使の位へと昇華しやすくするために、ここを天界と同等の環境に整えると、そう思ってるんですか!?」
神裂火織という「聖人」に対抗するために、禁書目録は人から「天使」になろうとしているということ。
天使の力の一端を体に流し込み、聖人としての力を発揮する神裂では、天使には到底叶わない。そう見込んで発動しようとしている魔術。魔道書の知識を用いて導いた、聖人に対抗する手段の中の一つ。
神裂は思う。
それ以前の問題だ。
人が天使になれるわけがない。天使と人は相容れる存在ではないのだから。
以前、御使堕しでは人の体に天使が降りたが、あれは例外中の例外だ。その時は天使を降ろされた人の体に、“偶然”にもその適性があっただけだ。
適性のない人が天使へと位を変えること、それだけで人体が破裂しかねない。そうならなかったとしても、セフィロトの樹の概念を崩すことに繋がる。
新約の『最後の審判』ではあらかじめ裁かれる魂の数が決まっている。つまり、既に、天界を含めたすべての界では、それぞれの役が決まっている状態なのだ。他の誰かが新たな役を冠することはできない。すでにある役を、誰かが横取りすることなど許されることではない。
結論。
それを無理やり魔術で行うということは、どういうことか。
神裂火織に抗うために、天使になろうとするということは、一体どういうことなのか。
「Salvere000ッ! 私の魔法名に掛けて、」
天界からは蹴落とされるだろう。
これはもちろん比喩だ。
実際は、もっと酷い状況になるはずだ。
愚かな人間を、天界の住人がどう扱うのか。
伝説において。バベルの塔を建設しようとした人間は、どうなってしまったのか。
神裂は戸惑うことなく、七天七刀を抜刀する。
その刃には一つの想いが宿っていた。
「いえ、貴女の親友として!! 必ず、貴女を止めますッ!」
握る刀を返し、峰を『自動書記』に向けて、神速の踏み込み、彼女の間合いに入る。
しかし、
「――警告、」
神裂は動きを止められた。
目にも止まらぬ速さで近付いたというのに。まるで体が空気諸共固められたように、唐突に、速さが零になる。
今まさに飛び付き、刀を振るうという姿勢のまま、神裂は固定される。
「第九章第一〇節。因子の高速接近を感知したため、防御・拘束術式を構築、行使しました」
聖人の速さは、魔神にとってなんの障害にもならなかった。
『自動書記』は神裂の接近を感知した直後に適切な術式を組み上げ、発動させたのだ。
神裂でさえ、この一連の流れを結果で知ることしかできなかったというのに。
これが、魔神。
これが、一〇万三〇〇〇冊を持つ魔道図書館の本領。
「――警告。第一章第六節。継続詠唱していた『バベルの天頂』の詠唱が完了しました」
「……ッ!!?」
「完全発動します」
一気に小さな公園が、白色とも金色とも言えない光を放ち始める。
瞬間。
轟音と共に、景色に変化が起きた。
先程まで、公園の周りは相も変わらず学園都市だった。
それが今、上空に居るような景色に変わったのだ。ここまでくると、公園の遊具が異常に見えてくる。
神裂は光景の中心にいて、思う。
小さな公園は、天界へと到達されてしまったのだ。
――警告。第一一章第一一節。天界への接続を確認しました。順次、天使への昇華を実行します。術式を構築……失敗。代替案として、天使化への可能性を最も含む術式の構築を開始……成功。
――待って下さい!
天界への接続。天使への昇華。失敗。代替案。可能性を最も含む。
神裂の“頭”に直接、『自動書記』の声が響いていた。声が声として現象化しなかった、と言うことなのだろうか。いずれにせよ、彼女に届いて来るのは、不安をさらに駆り立てる言葉ばかりだった。
――詠唱を開始します。
――ま、て……。
ここは人間界と天界を無理やり繋いだ場所だ。天界では人間界の既存の物理法則など通用しないのだろう。神裂は、『自動書記』に魔術的拘束をされながらも、浮遊感に苛まれているのだし。
といっても、ここが完全なる天界だとも言えない。この場所は先程まで公園だったのだ。公園……人間界の風景は、周りの景色と共に存在することで「安定化」を強めていた。しかし今は、天界の中に存在している。安定は崩れ、公園は不安定に揺らいでしまっている。
そしてその中で、さらに不安定な術式を発動すると、『自動書記』は判断したのだ。
なぜ、『自動書記』はそこまでして神裂と対抗しようとするのか。
神裂は疑問と同時に悔しい気持ちを浮かべる。
あの子を傷つけようなどと、思っていないというのに。
あの子が危険なことをしないようにと、願っているだけなのに。
危険なことをしようとしてるあの子を、ただ止めようとしているだけなのに。
私には無理なのだろうか。
どうにかして、逆転の一手を掴めないのだろうか。
しかし。
冷静に考えているような余裕は、もうなかった。
――命名『御使の生誕』。完全発動まで六〇秒……。
――待てええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!
神裂は全力で叫んだが、やはり声にはならなかった。
声すらも出せない。
声すらも、届けられない。
天界なんていう、一部の人間が聞いて素で喜ぶような場所だというのに。
彼女がしようとしている天使化の術式も、一部の人間が聞けば咽喉から手が出る程の術式だというのに。
それらには希望もクソもあったもんではなかった。
そう、“ここには”。
こんなふざけた幻想を粉々に壊す存在は、『ここ』ではなく、『外』に居る。