ゆかりさまとほのぼのしたいだけのじんせいでした 作:織葉 黎旺
三寒四温の四温側と断言できるような、ポカポカした気候のある日。つまり春先。
「よしよし、おいで」
おやつ片手に手招くと、にゃーごと黒猫が鳴き、白猫が気だるげに伸びをした。寄ってきた三毛が手に持つスティックをチロチロと舐め始め、それを皮切りに他の猫たちも近づいてくる。
「こらこら、そんなに寄られると困るよ」
足や腕に擦り寄ってくる猫たちに、なんだか懐かれたような気持ちになって、思わず口元が緩む。
「随分モテモテじゃない」
膝に乗せた黒猫を撫でながら、彼女は言った。
「モノで釣ってるだけですよ、仮初の人気です」
「仮初のカリスマね」
どうだ、と言いたげな表情をしていたので、とりあえず流した。
今私たちがいるのは古びた日本家屋、又の名をマヨヒガ。彼女の式の式、橙が根城にしている場所である。
しかしそんな橙は現在、紫さんの所用を任された藍さんからの指示で、泊まりがけで働いているらしいので、彼女が式代わりに運用し、面倒を見ている猫たちの世話をしているのだ。
それにしても、仕事が順繰りに下に流れていく感じがひどく会社じみてて面白いし、その結果末端の仕事を組織のトップが請け負っているのもウケる。経験を積ませるという意味ではいいことなのだろうか。
「まあ、楽ができるならそれに越したことはないから、別になんでもいいわ」
彼女が黒猫のお腹をカリカリと撫でる。猫は気持ちよさそうに身をよじらせ、爪がふわふわと宙を切った。
「…………」
「あら、手が止まってるわよ?」
「大丈夫ですよ、ちゃんと遊ばれてるんで」
猫たちはぐりぐりと、頭を私の身体に押し付けてくる。伸ばしていた手、脇腹、太腿。またたく間に私の全身が毛まみれになる。またたびでも使ったみたいに擦り寄られている。
「さっきふりかけといたわよ、たくさん」
「何か変な匂いがすると思ったら貴女のせいだったんですね」
もはや猫に襲われているといっても過言ではない様相になってきた。が、少しすれば猫たちは私に見向きもしなくなった。またたびと餌の
「ふにゃあああ」
「にゃああああ」
猫同士が戯れあっている。またたびに酔ったせいか、声がなんだか変だ。何か、ただ遊んでる感じじゃないっていうか妙にベタベタしてるっていうか────
「盛ってるわね」
「えっ」
そういえば春だし、そういう時期なのだった。猫たちは人前だというのもお構いなしに、今にもおっぱじめそうな雰囲気である。少しだけソワソワしていると、猫たちがいたところに空間の裂け目が生まれた。
「うおっ!?」
「あとは若い者でごゆっくり、って感じね」
驚く私を尻目に、彼女は手元の黒と呑気に戯れ続ける。緩急をつけた撫で回しやツボへの的確な刺激に、猫もなんだか喜んでいるようだった。
ぼーっと眺めていると彼女の手が止まって、猫ではなく宙を切るように撫でる。スキマが開く。そこに手が伸びる。
「えい」
「ひゃん!?」
突然走った腹部をまさぐられる感触に、身体は大きく跳ね、思わず変な声が出た。あんなに擦り寄ってきていた猫たちは成人男性の痴態に恐怖を感じたのか、すぐ散り散りに逃げていった。
「何するんですか」
「羨ましそうに見ていたものだから、つい」
悪びれる様子もなくそう言った彼女は「嫌ならやめておくけど」とスキマから手を引っこめる。
「──まあ、もう少し撫でさせてあげてもいいですけど」
我ながら、古のツンデレみたいな気持ちの悪い反応になった。彼女はクスリと胡散臭い笑みを浮かべて、手を伸ばした。
「うふふ」
「ちょっ、それ、なんか違ははははは!!!」
今度は脇腹を触られたかと思えば、指が的確に肋骨や腹筋をくすぐってくる。身をよじらせて逃れようとすれば、何故か二三本増えた手で拘束、更に追加の責め苦を受ける。
「やめ、めっちゃ苦しあははははは!!!!」
永遠にも思える数分の責め苦の後、息も絶え絶えに寝転がる私を尻目に、彼女が「どうだった?」と可愛らしく小首を傾げて聞いた。
「いや、普通に地獄でした」
「そう」
うつ伏せでへたり込む私の背中に、温かな重みが加わった。唐突な感触にぐえ、と苦しげな息を漏らすと、「そんなに重たいかしら?」と珍しく不安そうな声が聞こえた。
「軽いもんですよ、何ならこのまま筋トレしたいくらいです」
「ふふ、ならよかった」
背中に彼女の指が這う。先程のことを思い出して反射的に笑いそうになってしまったが、今度は優しく体重が加えられる。
「いつも揉まれている分、たまにはね?」
彼女の細い指が、私の体の節々に沈み込んでいく。ツボを刺激され、肩こりが解れていくのがよくわかる。どうやら人体の隙間にも詳しいらしい。
「んっ……あっ…………」
身体を前後させるような衣擦れの音が聞こえる。妙に声が艶っぽいのはきっと気のせいだと思いたい。
「っていうかその声出すべきなのは私の方では?」
「つまらないこと言わないの、こういうのは雰囲気を楽しむのだから」
「まあ、そうですね」
貴女といればいつでも楽しいですよ、なんて言葉は飲み込んだ。何処かで猫がにゃんと鳴いていた。