ヘスティア・ファミリアに入ったのは間違っているだろうか 作:言寺速人
ヘスティア・ファミリア
団員4名の小規模なファミリアだが団員全員が上級冒険者という規模に対しランクとしては上位に食い込むファミリアである。
そのようなファミリアならば入団希望者が持っといてもおかしくはないのだがその魅力を打ち消すどころかマイナスにもっていくほど彼らの評価は低い。
いわく
あそこは冒険者をストリッパーと勘違いしてないか?
二度とうちの店に来るんじゃねえ
一緒に行動して知り合いだと思われるのが恥ずかしい
真面目に行動すればもっと皆に認められるのに惜しいファミリア
あそこにだけは関わりたくない。絶対に関わりたくない。特に時田と寿には絶対に関わりたくない
【ピー】ね
と、少し聞いて回るだけでここまで評判が悪い。
かといって別に悪行を働いているわけでもないのでペナルティを受けてはいない。
そういう意味もあってオラリオではある意味一番有名なファミリアは長らく4人で活動していたのだがその日、新たな団員が加わったことはまだ誰も知らなかった。
早朝、ベル・クラネルは不快感を覚えながら目を覚ました。
嫌に胸の奥がむかむかするし頭の中では鐘が鳴り響いている。
身に覚えのない症状に風邪だろうか?と思いつつそういえば自分はいつの間に寝たんだろう、と疑問を抱き、ふと、周りを見渡す。
全裸がいた。
正確には全裸と全裸と少女と全裸と全裸が同じベッドで寝ていた。
「うおわああああああああ!」
はっきり言ってものすごく目に毒な光景に思わず悲鳴を上げる。
かなりの声量だったがそれで起き上がったのは全裸達の中に埋まるようにして寝ていた少女だけだった。
ううん、と目をこすりながら体を起こし軽く欠伸をしつつ両腕を真上に伸ばす。
その際に平均を軽く上回る胸部が強調されるという思春期の男の子なら前かがみ待ったなしの光景だったが周囲の全裸で台無しだった。
ようやく眠気が覚めたのか少女、ヘスティアはあんぐりとしてるベルが自分の方を見ていると気づきにっこりと笑う。
「あ、おはよベル君。調子はどうだい? お酒は初めてだったみたいだけど二日酔いになってないかな?」
「いやあのなんでそんな平然としてるんですか?」
「え? なにがだい?」
「いえ、あの、その周りの人たちですけど」
「んん? ああ全く駄目じゃないか君たち。新人のベル君が先に起きて先輩の君たちがそれじゃ立つ瀬がないよ」
ほらほら起きた、と全裸であることや一緒に寝ていたことなど歯牙にもかけず男たちをペチペチと叩いたり揺り動かして起こそうとするヘスティア。
ベルはそんな少女が自分が所属することになったファミリアの主神なのだと今更再認識し先ほどまでとは別の意味で頭が痛くなった。
ベル・クラネルがヘスティア・ファミリアを訪れた翌日、つまりは今日だがどうもここのファミリアの面子は全員この教会で寝泊まりをしているらしい。
昨日の歓迎会の記憶がベルは完全に飛んでいるのだが、どうやら相当飲んだらしく酔いつぶれそのまま他の団員とお泊りとなったそうだ。
そしておそらくそれ以上に飲んでいるであろう先輩たちは平然としていた。これが冒険者のなせる業なのだろうか? ベルはちっとも尊敬できなかった。
「よおし、昨日は歓迎会の酒宴で酔いつぶれて終わってしまったが改めてベル、これから冒険者となるお前にまずは指導をしていこうと思う」
数刻後、朝食を全員で食べ終えた後、ヘスティアを除いた団員たちが就寝に使っていた教会の地下から1階の礼拝堂に上がると団長の時田が先ほどまでの痴態とは打って変わって真面目な顔をしていた。
「は、はい! よろしくお願いします!」
だらけていた空気がピンと張り詰めたような気がして身を正す。
そうだ、僕はいよいよ冒険者になったんだ。これから僕は祖父が言っていた冒険譚の英雄のようになってそして可愛い女の子達と仲良くなるんだ!
意気込んでいるベルを見て団長時田は鷹揚にうなづいた。
「うむ、ではまず服を脱げ」
「いきなり何言ってるんですか?」
冒険者としての指導を行うと言われた直後に脱衣を命じられる。
意味が分からない。
「なんだベル? まさか意味もなく服を脱がせようとしてるとでも思っているのか?」
「昨日の今日でよくそんな台詞言えますね」
「なんか段々ベルの遠慮がなくなってきたな」
「ファミリアに馴染んできたということでは?」
「いいことだな」
時田に対しての突っ込みを聞いた他団員の寿、伊織、耕平が何か言っているが意図的に無視する。
「まあ真面目な話だ。ベル、冒険者になるために一番大事なのは冒険者登録することでもどこかのファミリアに入ることでもない。神の『恩恵』を受けることだ」
「『恩恵』、ですか?」
どうやら本当に真面目な話らしく時田の話に耳を傾ける。
いわく、大量の魔物が跋扈するダンジョンへ生身の人間が潜るのは自殺行為。
だがそれを可能にするのが『神の恩恵』つまり【ステイタス】だ。
神達の使う神聖文字を神血を媒介に刻印することで対象の力を引き上げる。
さらに【経験値】という文字通りの経験、例えば魔物を倒した、修行した、などの軌跡を成長の糧として能力を向上させていく。
そうすることでさらに強くなり、より強い魔物とも戦えるようになっていくのだ。
レベルの高い冒険者によっては身の丈を大きく超す巨人であっても身一つで倒すことが可能だという。
話を聞いているうちにベルは自分の身が震えるのを抑えられなかった。
恐怖からではない。これは歓喜、所謂武者震いだ。
祖父から聴いていた冒険譚の英雄。一国の姫をさらった邪竜を剣をもって退治する英雄のような御伽話が現実になる。
これこそがベルが求めていた英雄、冒険者だ!
「わかりました! じゃあ僕脱ぎます!」
そう言って元気よく来ていた服を脱ぎ始める。
インナー、レギンズ、下着、靴下。
多少恥ずかしさはあったものの『恩恵』を受けるためならこのくらいなんだ!
そうしてついには生まれたままのベル・クラネルになった時に地下からヘスティアがひょっこりと顔を出す。
「おーい、『恩恵』の準備できたよー、ってあれ? なんでベル君裸になってるんだい?」
「ちょっとお!?」
ベルは激怒した。
さんざん真面目に話していたと思ったら脱ぐ必要がないとはこれ如何に。
眦を上げるベルに対しぽりぽりと時田は頬を掻きつつ
「いや服を脱げとは言ったが上だけでよかったんだが」
「てっきり露出狂の気があるのかと驚いだぞ」
「勘違いしたのは確かですけど少なくともあなた方には言われたくないです」
確かによくよく考えれば全裸になった彼らの背中にしか刻印は見えなかったのだから上だけ裸になればいいと推察は出来たのだがここでベルを責めるのは酷だろう。
なにせベルの記憶の中で彼らが服を着ていた時間と全裸であった時間の割合は圧倒的に後者が上なのだから。
顔を真っ赤にしながら急いで下を履きヘスティアのいる地下へと降りる。
ヘスティアの方は気にしてないのか「はい、じゃあここに横になって」とベッドを指し示す始末だ。
何とも言えない気持ちになりながらうつぶせになった背中に指から血を流したヘスティアがゆっくりとなぞるように文字を刻む。
少々こそばゆい感触だったが無事『恩恵』を受けることができたらしくヘスティアが共通語に書き換えた【ステイタス】を用紙に映してくれた。
ベル・クラネル
Lv.1
力 :I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
《魔法》
【】
《スキル》
【】
「これ、どういう意味だろ?」
1階にあがりつつ【ステイタス】の内容を吟味していると待っていた先輩たちが詳細を説明してくれた。
「まずは基本アビリティからだな。下に5項目書かれているのが基本アビリティと言って内訳は読んで字の通りだ。横の記号がその強さを示していて一番下がIで一番上がSの十項目」
「その横の数値が熟練度で0から999まで。熟練度が上昇するほど評価も高くなるけどその分上げるのが難しくなる」
「Lvというのはおおまかなランクの段階だと思ってくれ。わかりやすく言うとこのレベルが一個上がるだけでめちゃくちゃ強くなる。ただしこちらは簡単には上がらない。劇的な心身の進化、試練を乗り越えることで上がったりする」
「《魔法》というのはある意味『恩恵』の最大の魅力だな。特定の種族にしかできなかった魔法がだれにでも使えるようになったわけだ」
「もっとも、実際に発現するかは当人次第。知識にかかわる【経験値】を積むことで反映されるから欲しかったら本とかを読むといい。因みに最低で1つ。最高で3つだ」
「《スキル》は【ステイタス】の数値とは別の特殊効果や作用を肉体にもたらす能力だな。これも経験などから発現する」
「つまり僕の【ステイタス】は最低も最低ということですか」
分かってはいたことだが少しへこむ。
そりゃあ自分が他者より優れているだなんてうぬぼれてはいないが少しぐらい夢を見ていたのは事実だ。
特に《魔法》や《スキル》という分かりやすい特異能力を示されてはなおさらだ。
ため息をついたベルだったがそれを見て他の団員たちは声を上げて笑いだした。
「安心しろベル。最初は皆そんなもんだ」
「むしろ最初から《魔法》や《スキル》を持っている奴なんてめったにいないぞ?」
「え? そうなんですか?」
てっきり屈強な体であるため最初から強いのだろうと思い込んでいた時田や寿のセリフに思わず目を見開く。
さらにベルの頭をくしゃくしゃと撫でた伊織が励ましの言葉を告げる。
「俺や耕平なんか全然冒険者に向いてないって言われてたけど今じゃこうして上級冒険者になってるんだ。ベルだってすぐに強くなるさ」
「あ、はい! 頑張ります!」
ニッと笑う伊織を見てベルも微笑む。
ここの人たちは常識をどこか捨てているけれど人柄は温かい。
自分もこのファミリアで頑張っていけばこの人たちみたいに強い冒険者になれるのだろうか?
いや、なれるかじゃない、なるんだ!
そう意気込んでいたベルを見てさらに寿が驚きの事実を告げてくれた。
「ついでに言うとなベル。うちのファミリアは実は全員Lv.1の時点でスキルを発言出来ているんだ。しかも全員が同じスキル、さらに言えば他のファミリアにはない内だけのオリジナルだ」
「本当ですか!? それってすごいことじゃ!?」
「ああ、俺たちもこのスキルのおかげで助かっている」
「それって僕でも会得できますか?」
「勿論、俺たちと行動を共にしていればすぐにな」
「わあ、楽しみです! ところでどんなスキルなんですか?」
「ああ、これだ」
そういって差し出された用紙には彼の【ステイタス】が載っていた。
ベルははやる気持ちを抑えながら項目の一番下のスキルを見やる。
【酒池肉林】
・酒に対する耐性急上昇
・服を脱ぐことに対する羞恥心減少
【紳士迷彩】
・全裸の時ステイタス急上昇
・全裸の時ステイタス大補正
・たいせつなものはめにみえない
ベルは絶対このスキルだけは身に着けまいと誓った。
【紳士迷彩】の読みはたぶんゴッドモザイク