青春ラブコメ神話大系   作:鋼の連勤術士

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思い起こせば中学の三年間に実益のあることを行った記憶は全くと言っていいほど無かったと断言をする。

修学旅行や文化祭ではキャッキャッウフフな桃色空間を形成している、所謂リア充グループを尻目に黙々と作業や観光をして行き、全てを独りで居ることに費やした。

花も恥じらう乙女達に話しかけられてしまったら惚れてしまい、告白したあげく振られ、黒歴史を作る。

このルーチンワークをこなした結果、日々膨れ上がる劣等感と自尊心の海にごぼごぼと沈み込み、気が付けば誰もが到達することの不可能であった深度まで潜ってしまった。

こうなってしまっては誰にも掬い上げることは出来ず、自分とて最早何がしたいのかも分からないまま、自らの部屋で一つ次元の少ない人々の人生を見ることに逃げ込んだ。

ガガーリンの名言に、宇宙にも神は居なかったという言葉があるが、その時人類史上初の深度まで潜った俺はこう呟いていた。
二次元に神はいた。と

或は、高校生になれば、俺にだって黒髪の乙女との二人きりの桃色空間を形成する機会があるのではないかと妄想してみたりもした。

と、このように社会的に有意義足る人材になるための布石を尽くはずし、ダメ人間になるための打たなくていい布石を狙い済まして打ってきてしまった。

どうしてこうなった。

責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。

人間経験の積み重ねだというが、今の総決算がこの様なのか。

そもそも人は変われると言うが、三つ子の魂百までといって、この世に生を受け十六年。この魂は凝り固まってしまい、変わることなどできなかった。

そして、俺はどうしようもない阿呆だった。

ここで、俺が劣等感と自尊心の海に溺れている時分に呟いた言葉を使うとしよう。

やはり俺の青春ラブコメは間違っている。




一畳紀 春は短し旅せよ青年
一話


青春とは嘘であり、悪である。

 

昨今、◯◯デビューという言葉が世間に浸透していっている。

 

大学デビュー、高校デビュー、社会人デビュー……

どれもが言葉尻にデビューと銘打ってあるが、ニュアンスは少しずつ違う。

 

例えば、社会人デビュー。

社会人になるのは責任と自由と義務を伴い、親の庇護を離れるということだ。

社会人になったのだから、今までのように好き勝手に行動せずに節度と良識を守り行動していこうと戒めるための言葉である。

 

それに対するのが、高校デビューである。

 

義務教育を抜け、自由と責任を背負う立場になるところまでは社会人と変わらない。

しかしながら使われる意味としては、中学での負の遺産、主に自らの容姿や友人関係に決別し、知り合いの居ない新天地に向かうにあたり、自分という既存のキャラクターを一新して高校生活をより良いものにしていくという謂わば、旅の恥は書き捨ての高校版のことである。

 

私は諸事情により、その機会を無くし高校二年の現在に至る。

 

だが、そんな私だから見えてくるものもあった。

 

青春というのはなかなかに嘘で塗り固められた物であり、自分を出しすぎても、出さなすぎてもするりと逃げてしまう、前髪しかない幸運の女神のようなものであるということ。

 

真っ只中にいるときには気付かず、過ぎ去ってしまったあとにその幻影を懐かしむというものであるため、掴もうとしたらがむしゃらに手を振り回すしか他ない。

 

そして、そんな光景は滑稽なことこの上ない。

 

一人でワルツでも踊って要るのならまだ許せる。しかしながら、彼等のそれはリオのカーニバルかくやである。

 

彼等は気持ちや感情を共有できないものを悪、または敵と断定し、さも楽しいかのように振る舞う事で高校生活や青春を自らの支配下に置いていると勘違いをしてしまう。

その波は周囲を巻き込み肥大化していき、一部の人間はただただ飲み込まれて被害を受けるのも一つの特徴と言えるだろう。

 

踊るように足掻いている者たちは気付かないかもしれないが、その隅っこに挟まって雨と埃だけ食べて辛うじて生きている私からしたら、その姿は滑稽であり、見るに耐えない動きをしている。

 

青春やデビュー、自由と言った言葉を免罪符として扱うのではなく、節度や良識を守りながら大人な意味での高校デビューを是非ともしてほしいものである。

 

つまり何が言いたいかと言うと、リア充爆発しろ。

 

 

「はぁ」

 

俺は今、高校生活とは、という文を提出し生徒指導係である平塚静に呼び出しをくらい、職員室にいる。

彼女はもの憂げな表情と共にため息をつき、憐憫の眼差しを向けてきた。

 

「言いたいことは山ほどあるが、どうして君はこうも物事を穿った方向でしか捉えることが出来ないのかね」

 

「確かに一般的ではないとは思いますが、そこまで捻くれた考え方じゃないと思いますが。ソースはネット記事」

 

理系の教諭ではないが、白衣を着こなした彼女は黒い髪を靡かせ理知的な雰囲気を醸し出している。

白衣を着ているからといって理知的に見えるとは限らず、寧ろ悪目立ちする教諭もいることから彼女が何を着ていようと理性的な女性であることは分かる。

 

きっと白衣は彼女にとって、教師の中では若いからと生徒や他の教師に見下されないようにする防護服であり戦闘服なのかも知れない。

 

「そんなんじゃさぞ生き辛いだろうに」

 

最初に目についた白衣について考えを巡らせていたら、何故か生きやすさについて同情をされていた。頭を抱え下を向くその姿は、黒髪の乙女と言っても支障は無いだろう。いや、乙女というには少しあれがあれだが。

 

とにかく、タバコさえくわえて居なければ可憐な女性であるのにも関わらず、アラウンドサーティーで未だその生涯の伴侶の見つからない先生に心配までさせてしまっているのが現状であった。

 

「先生もその年で独身というのはさぞ生きづらいでしょうに」

 

「ああ?」

 

ボソッと呟いた言葉を目敏く拾ってしまった先生は、般若のような顔をし、俺に鉄拳制裁を加えたあと少し涙ぐむ。

 

誰か早くもらってあげて。

 

「節度、良識。これらを守って生活することは当たり前であり、しかしそれから逸脱している人間がいることも分かる。でも、君は節度や良識を逃げ口上にしてるだけで自らを変えようとしていないじゃないか」

 

「節度や良識を守って生活していれば変える必要は無いでしょう。クラスに迷惑をかけることは元より、居ることすら感じされない俺は十二分に節度を守ってますよ」

 

「節度を守った人間はこんな文は提出しない。とにかくだ、高校デビューがどうのと書いてあるが、そもそも自分を変えるのに遅いも早いもないんだ。今からでも変えてみないか?少年」

 

至極真っ当な反論をしたあとに彼女は、どこぞの加速世界のような言い方で、リア充になってよ。と契約を交わそうとしてきた。

これで契約したらリア充の成れの果てと戦うことになるんですね。わかります。

 

「先生。俺の中で高校生は、飛行機みたいなものなんですよ。一度自分の役割やキャラを設定したら自動操縦。ハンドルを切ることなど出来ないんです。もし、マニュアルで操作した暁には、クラスや学年全体を巻き込む墜落事故を引き起こし、戦犯である俺は、お天道様の下での活動を諦めざる終えないまであるでしょう」

 

お天道様の下での活動を諦めるって、闇の住人みたいで少し格好の良く憧れる気もするが、要は引きこもりのことである。

 

はあ、ともう一度息を吐いた後、こめかみを親指で圧しながら先生は立ち上がる。

 

「どうせ君のことだ。そんな事を言うと思っていたよ。そんな末期の症状である君には、ある部活に入ってもらう」

 

有無を言わせずに、彼女は俺の首根っこを掴み引きずっていく。

 

職員室をずるずると抜け廊下を歩く姿は、市中引き回しの刑のような光景に見えるのか、行きかう生徒は目をそらし、モーゼに対した海原のように動線は割れている。どこかでドナドナを口ずさむ声まで聞こえてくる。

おい、誰だ。そんな不吉な歌を歌うのは!

 

「ちょ、待ってください。俺を食べても美味しくないですって」

 

「私は妖怪か何かか」

 

ああ、これで俺も美味しく頂かれてしまうのだな。と他称腐った魚のような眼を更に濁らせ、そんな掛け合いをしている内に、空き教室の一つと思われるところにつく。

 

「着いたぞ」

 

「せめてもっと雰囲気のいいところで」

 

「お前は何をいっているんだ」

 

悲しきかな、俺の純潔は美人だが日照りの続く先生によってここで散らされてしまうのか。

 

グッバイ、純潔

アディオス、昨日までの自分

 

ハロー、これからの俺

新しい世界へようこそ

 

徒然なるままに妄想を広げていたら、先生はゆらりとしたフォームで拳を上に掲げ勢いよく俺の頭の上に振り下ろした。

 

「下らないことを考えるな。……まあいい、入るぞ」

 

頭を擦る俺を引きずったままガラガラと戸を開けると、そこには眉目秀麗才色兼備大和撫子完璧超人・・・といくら四字熟語を並べたところで説明のしようがない程の黒髪の乙女が椅子に座っていた。

 

いや、完璧超人だとネプチューンマンか。

 

爽やかな風が吹き、さらさらと腰まで届く長い髪を靡かせながら本を読むその姿は、額縁に飾りたい衝動にかられるほど絵になっていた。つまるところ、そんな表現をすることが似合いそうにない俺がしてしまうほどの衝撃だった。

 

「いきなり開けないで、ノックをしてください」

「ああ、悪いな」

「それでどのようなご用件でしょうか」

「それがだなーーー」

 

当事者を置き去りにして話はとんとん拍子に進んでいく。

 

その当事者はどうしてたかって?

扉より前に進むことができず、口をあけて固まっていた。

口こそ動かなかったが、頭の中では二人きりの放課後、共にする下校、縮まる距離、重なる影と桃色の脳細胞がひっきりなしに働いて妄想という映像を垂れ流している。

 

「何をしている。入ってこい」

 

「ひ、ひゃい」

 

いきなり先生に促されたお陰で声が上ずってしまい、何とも不格好な形になったが意を決して教室へと踏み出す。

 

「あなたが、比企谷君ね。不本意ながらあなたを奉仕部へと入部させることになってしまったわ。雪ノ下雪乃よ」

 

『初めまして、比企谷八幡です。これから迷惑をかけるかもしれませんがどうぞよろしく』

 

「ひゃ……はい。よろしく」

 

『』の中が理想で「」の中が現実だ。

 

諸兄等は長ったらしい独白を読んでいるため忘れているのかもしれないが、俺は打つべき布石を打たず、打たなくてもよい布石を打ってきていた人間である。

よって、初対面の人とのコミュニケーション能力というものを期待するのは間違っている。

 

 

ともあれ、これが彼女とのファーストコンタクトであり、ベストコンタクトであった。が、これからそれを後悔するとは夢にも思わなかった。

 


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