青春ラブコメ神話大系   作:鋼の連勤術士

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十二話

あの無駄なポテチ争奪戦もとい作戦会議からというもの、会議の時も葉山はポケーっと雪ノ下を見ているだけであり、特になにか行動を起こそうと言う気はないらしく、いい加減この停滞気味の空気を打開したいとオブザーバーの立場を利用し『仕事もそこそこ順調ですし、皆さんもクラスの催しに力を入れるなどしてクラスの人達と一緒に楽しんでこその文化祭じゃないでしょうか?』と提案をした。

 

その起爆剤足るや、先ず相模さんが同意を示し『自分たちが文化祭をまず楽しむってことで』と元から雀の涙程度しかこなしていなかった職務を放棄し、それに便乗するかのように多くの実行委員が集まりに来なくなった。

残った少数も日々襲いかかる書類の山に一人、また一人と屍を晒し、辺りが死屍累々の地獄絵図になったところで、残ったのは俺に葉山、雪ノ下と数人ということに気付いた。

 

一人潰れる毎に増える仕事量、そして増えた仕事に潰される人。何という負のスパイラル。ブラック企業の実態を垣間見て、雪ノ下の邪魔を等といっている場合ではなく俺も葉山も有能無能関係なく仕事をするはめになっていた。

 

そして今現在、今日は委員全員で文化祭のスローガンを決定するための全体会議があり少しでも書類を終わらせるために、俺と葉山と雪ノ下、その他数名は早く来て事務処理に追われている。

 

あの爽やかイケメン葉山も書類の海で溺れかけ人の言語ではないなにかを呻いでいる。

 

「はあ、なんで皆で楽しんでこその文化祭だ、とか言ったんだ、俺」

 

「自業自得よ。口を動かす前に手を動かしたらどう?」

 

「見ろよ、この書類の山。葉山なんか生き埋めだぞ」

 

「それは、あなたが阿呆なことを言ったのがいけないのでしょう」

 

書類という共通の敵を前にした少ない実行委員は自然と話す機会も増え、図らずも雪ノ下と俺と葉山の三人は結構仲良くなっていた。

 

「書類が、五メートルの書類が目の前に迫ってくる」

 

「葉山、それは幻覚だ。安心して目の前にある厚さ十センチの書類共と戦え」

 

「雪えもーん、助けてー」

 

馬車馬のごとく働きながら葉山が軽口をたたく。キャラ崩壊もいいところだ。

今そこにある仕事。これを文句言わずに片付けてこそ、『デキる男さらにイイ男』の称号を手に入れるというもの。

無駄口を叩く暇があったら手を動かせ。

 

「わーん。書類がいじめるよー」

 

……目の前にある書類には勝てなかったよ。

何百枚もの量の紙をこれでもかといじめ倒した結果、やられたらやり返す倍返しだの精神で徒党を組みやってくる紙達。土下座でもしたら紙達は無くなってくれるのだろうか。

 

「あら、なんなら仲良く逃げても良いのよ。負け山君に逃げ谷君」

 

「……誰が逃げるか、お前こそ助けて下さい。って言った方が可愛げがあるぞ」

 

「そう。じゃあ今から予算配分の見直しをするから先ずは、従来の予算を打ち込んで。三年から――」

 

「いや、はえーよ、ちょっと待てって。まだ前の保存し終わってないから。なんなら紙ベースのやつ渡してくれるだけでいいから」

 

「……俺はもう、負け山君でいいから逃げてもいいか?」

 

「しっかりしろよ。もっと頑張れ、自分を保てよ。出来る、やれる、お前ならやれるって。富士山を見習ってみろよ」

 

「比企谷君。その腐った目に反比例するかのような暑苦しい口調を即刻中止しなさい。胸焼けがしてくるわ」

 

葉山から聞いた話では、彼女は常に一人で全てをこなしてきたらしい。

成績は最優秀で、持久力を求められる物だけは苦手だがそれ以外は要求以上にこなし、その極まった文武両道ぶりや控えめに表現しても美しいといえる容姿から、女子からの嫉妬や男子からの告白を受けることが多かったと言うが、嫉妬はさらりと受け流し、告白は男子の尊厳ごと片っ端からちぎっては投げ、嫉妬の心を育て過ぎた女子からのいじめのような物も真っ向から叩き潰してきた。

 

周囲には雪ノ下を剣か鎧か装飾品として味方につけ着飾ろうとする者ばかり、いざ近付けば特大の茨で自分も傷付く。傷付く事が分かれば敵になるか無関心を貫くかの二択。

結果、雪ノ下を雪ノ下として見てくれる人は居なくなり、やはり一人で全てをこなし棘は研かれる悪循環を重ねていた。

 

しかしながら、深夜のテンション的なものなのか、頼ることを覚えたのか、吊り橋効果的なものなのか、それとも師匠直伝の社交性を身に付ける講義のお陰なのか。

ともかくこんなやり取りができるまでになっていた。

実際のビフォーを見ていないためよく知らないが、聞いた話で推測するに雪ノ下は大改造劇的アフターまである。匠は一人遊びのスペシャリストこと、この俺とうすら寒い笑顔の開拓者こと葉山だ。

 

「それにしても遅いわね。今日は全体会議だというのに」

 

流石に義務の発生する全体会議をさぼろうという人間はいないため結構な人数が来ている。

しかし、いまさら業務の引き継ぎに時間をかける余裕もなく、俺たちを含めた数人が生き埋めになりながらも業務にあたってるのが現状で、さぼっていた奴らは申し訳なさそうに見ているが鬼気迫る表情で書類と格闘している為、声をかけることが出来ないのだろう。

 

「遅れてすいませーん。じゃあー、今回の議題はースローガンを決めたいと思いまーす」

 

今や阿呆を通り越して敵と認識されている相模さんが久しぶりに顔を出したと思えば、緊張感も罪悪感も感じられない語尾を伸ばした口調で始まりを告げた。

 

 

 

会議も中盤を過ぎ、ホワイトボードには様々な案が案が出されている。

 

 

全ての文化祭を過去にする。

後夜祭まで泣くんじゃない。

高校よ、これが文化祭だ

そうだ、文化祭に行こう。

子供も学生もお爺さんも

総武校~そして伝説へ~。

未来への挑戦、あふれる活力、輝く総武校。

 

 

どれもこれもどこかで見たり聞いたりしたものばかり並ぶ。

糸井重里に許可を貰ってから出直してほしい。

大体、最後のなんて静岡県のキャッチフレーズまである。どうせだったら、千葉県のキャッチフレーズをもじって、おもしろ文化祭総武校とかにすればいい。

 

そんな多々ある悪ふざけスローガンの中でもまともそうな部類に入るであろう、one for allという文字を見た葉山が顔をしかめた。

 

「ああいうのが好き何じゃないのか」

 

「基本的にはね。でもそれってみんな頑張ってるとき限定の言葉だったってのを実感したよ」

 

「もしくは、なにかを犠牲にする時にも使ったりするけどな。そうすれば今の俺達と雪ノ下みたいな歪な結束が生まれる。ほら、優しい世界の出来上がりだ」

 

俺の言葉に更に顔をしかめる葉山。何がそんなに嫌なのか。虐めやカースト制度はこの最たるものだというのに。

 

「取り敢えず案はこんな感じですか。じゃ最後にうちらの考えたやつを」

 

そういって相模さんがホワイトボードに書いていく。

 

「これなんてどうですか。絆~ともに助け合う文化祭~」

 

きっと相模さんは自分の半径五メートル以内が自分の世界でそれ以外は興味が無いのだろう。回りの状況が見えていなく、あまりにも阿呆な事を言うので思わず相模さんは変わらないなと笑みを浮かべる。

 

「何かおかしなこといったかな?意見があるなら案を出してね」

 

やはり自分の言ったことの不自然さに気付いていないようで、隣では葉山が周りに気付かない程度の貧乏ゆすりをしている。

そんなことを言われたら精一杯の皮肉を込めた案を出したくなっちゃうではないか。

 

「じゃあ、こんなのは。『人~よく見たら片方楽してる文化祭』」

 

「……どういうことかな?」

 

こめかみをヒクつかせながら相模さんが聞いてくる。怒りを言葉にしないだけ思っていたよりも彼女はメンタルが強いみたいだ。いや、鈍感なだけかもしれない。

 

「どうもこうも―――」

 

「ひゃっはろー」

 

売り言葉に買い言葉。相模さんに懇切丁寧に教えてあげようと口を開いた時に扉が勢い良く開かれ、全員の視線は扉を開いた人物に注がれた。

 

「あれ、どうしたのこの空気?」

 

とぼけたように頭を掻きながら入ってくる師匠と、驚きの顔が隠せない雪ノ下との対比がやけに面白く、相模さんに対するさっきまでの感情がするすると手から離れていった。

 

「どうしてこんなところにいるのかしら」

 

「つれないな~、有志のやつ持ってきたってのに。でも、お取り込み中だったみたいだね。気にしないで続けて」

 

雪ノ下の詰問するような口調をさらりと受け流し、師匠はこっちを見ながら白々しく続きを促してくる。

 

「ええと、まあ、あれだ。人という字は支えあうんじゃなくて、誰かに寄りかかって楽している文字にも見えるだろ。この場合、今寄りかかってるのが誰で、寄りかかられているのが誰だかをもう少し考えてから、共に助け合う文化祭ってスローガンを決めた方がいいと思うって事だよ」

 

間延びした空気の中、取り敢えず早口で言ったが、誰もが毒気を抜かれて呆けているのかぽかんと口を開けている。

それを見ていた師匠が所在なさげにてくてくと俺の場所まで来て、ボソッと「それは甘いんじゃない」とつぶやく。

 

「なるほどねー、スローガンを決めてたんだ。いいね青春って感じだよ。文化祭は青春の場、怠ける人にも、探す人にも平等に青春はやって来るんだよ」

 

うんうん。と頷きながら師匠は葉山に目配せをする。

きっと今の目配せは、師匠が言った言葉を改編してスローガンにしろってことだと思うが、俺にはその意図が全くわからない。

 

「……さっきの言葉で思い付いたんだけどこんなのはどうかな。『青春を、探す阿呆と眺める阿呆。同じ阿呆なら探さにゃそんそん』」

 

葉山がひきつった笑顔で実に阿呆っぽい案を口に出し、にこりと師匠が笑った。

どうやら及第点は貰えたようで葉山もホッと胸を撫で下ろしている。

 

中弛みと、葉山人気の効果もあり、もうそれでいいんじゃないかな的な空気になり、あの雪ノ下でさえも「他に案がなければ、これにしようと思うのだけれど宜しいでしょうか」と言い始めた。

 

その後、少しの改編を経て、『青春を探す阿呆と眺める阿呆。同じ阿呆なら探してsing a song』となり、斯くして師匠の思惑通りのいかにも阿呆っぽいスローガンとわからないままの真意を抱え文化祭の準備をすることになる。

 

 




今更ながら夜は短し歩けよ乙女のアニメ映画化の情報を知り有頂天になっている私です。
星野源さんが先輩の声を当てるというところに若干の不安を覚えましたが、予告を聞いたら意外と合っていたことに驚き、そういえばブッダの声をやっていたなあと思いだし期待して待つことにしております。
問題は四月に休みが貰えるかどうか

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