青春ラブコメ神話大系   作:鋼の連勤術士

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十七話

結果的に相模さんの閉会式は成功を納めた。

 

最初こそ緊張した雰囲気を出していたが、観客が興奮しきっていた事もあり、締めの時には堂々とした態度で現代のジャンヌダルクかくやと観衆を導き、師匠が壇上に上がった時よりも大きく文化祭史上最大瞬間風速を観測した歓声が校庭に響くこととなった。

 

これで彼女が恥をかく必要は無くなったわけだ。

 

閉会の言葉をいい終えた彼女は、俺や雪ノ下、葉山達にお礼を言ってから他の実行委員に謝りにいくと駆けていった。実行委員会の時から阿呆だの何だのと散々言っていたが、流石に師匠のあれでは可哀想過ぎるというもの。それに最後には彼女も反省をした様であり、ならば俺や雪ノ下、葉山の多忙さを持ち出すのは不粋だろう。

 

「それで、貴方が姉さんを師匠と呼んでいた理由はなぜかしら」

 

文化祭がなんとか終了し安堵している俺に、雪ノ下が詰め寄り聞いてくる。

バナナで釘が打てるようになる程の視線を浴び、観念した俺は師匠と出会ったところから文化祭でどんなことをしろと言われたかなどを、自分は加害者でなく被害者側であるというニュアンスを醸し出しながらざっくりと説明した。

 

「また、阿呆なことを……」

 

頭を抱えながら雪ノ下は吐き出すように呟く。

 

「言っとくけど、俺と葉山も最初こそはお前の邪魔をしようとしたが、しっちゃかめっちゃかになった後はそんなことしなかったからな」

 

「分かってるわ。自分のやったことで首閉めて阿呆の骨頂じゃない」

 

「まあまあ二人とも、大団円で終わったから結果オーライでいいじゃないか」

 

三浦さんからの詰問を逃れ、合流した葉山が納めようとしたが、この状況にした戦犯がふわりと何処からともなくやって来た。

 

「よくないよ。全くよくない」

 

「姉さん」

 

「せっかくもっと面白くなりそうだったのに、比企谷君がすぐ見つけちゃうんだもん。お姉さんつまんない」

 

「今回のは流石にやり過ぎよ。姉さん」

 

ギリリと食い縛るように雪ノ下が言う。

 

「ちょっと、あの委員長ちゃんにはお灸を据えないとって思っただけなんだけどなあ」

 

「それにしたって、あれは可哀想だと思いますよ。師匠」

 

「陽乃さん。確かに俺もやり過ぎだと思う」

 

「酷いよう。弟子の反乱が起きてる」

 

「ちゃんと聞いてるの?」

 

ハンカチに目を宛て壇上の時よりもわざとらしい、よよよと泣く演技に苛ついているのか、雪ノ下は地面をカツカツとならしている。

 

「今回は比企谷君も隼人も弟子としては、不真面目で最低だったけど、まあ楽しめた方から及第点をあげよう」

 

雪ノ下の苛立ちをよそに師匠は続けた。

 

「それと、雪乃ちゃん。今回は皆にしてやられたけど次はそうはいかないからね」

 

ビシッっとゆびを指して師匠は普通に歩いて帰っていった。

師匠が帰ったことにより、緊張した空気がへなへなと弛緩していく。

 

「……これで分かったら、あの人の弟子なんて直ぐに辞めなさい」

 

「もしかして、今までもこんなことって有ったりしたのか?」

 

「ここまで大事になることはやってこなかったけれど、どちらにしろ、とても下らないことをやってたのは確かよ」

 

「どんなことをやられてきたんだい?」

 

「そうね……あなた達なら言ってもいいかも知れないわね」

 

そう言うとポツリポツリと雪ノ下は語りだした。

 

 

姉妹間戦争。

師匠はそう名付けている。

 

事の始まりは彼女が中学生の頃。

彼女は幼き頃より、よく上履きを隠される生徒だったそうだ。女子の嫉妬や逆恨みだったり、男子が気を引く為だったりと原因は数多くあったが、彼女は犯人を精神的に追い詰めペシャリと潰していった。

 

雪ノ下は過ぎた過去として淡々と話していたが、それでも彼女だって人間であり、上履きを隠されるという行為に全く傷付かなかった、なんてことは無かっただろう。

そんな時、師匠が彼女の上履きを桃色に染め上げたらしい。

 

「わーい、引っ掛かった。引っ掛かった」

 

と喜ぶ師匠がカンにさわり、卒業まで彼女はそのピンク色の上履きを使い続けたそうだ。

 

「なくしても、見つかりやすい様になっただけよ」

 

愛憎が一体化したかのような笑みを浮かべ、彼女はそう話した。

 

高校になっても悪戯は止まらなかった。

読んでいた小説のしおりを全ページに挟まれる。

家にあるDVDを全てホラー映画に差し替えられる。

テレビと冷房のリモコンの中身をそっくり替えられる。

塩と砂糖、小麦粉と重曹、醤油とソースを入れ替えられる。etc.

 

と、一人暮らしを始めてオートロックに住んでいる雪ノ下の部屋に忍び込んでするには割に合わない労力や技術力を駆使し、実に下らない悪戯ばかり師匠はしてきたそうだ。

最初こそは下らないと一蹴していたそうだが、塵も積もればなんとやら。

 

高校二年生に上がった頃、彼女の堪忍袋の緒が切れた。

 

報復として師匠の家に忍び込んだ彼女は、トイレットペーパーをキッチンペーパーにすり替え、家の本棚全てをこち亀とゴルゴで埋め尽くした後、師匠名義で寿司を二十人分頼んだらしい。

 

それからは報復に次ぐ報復で、端から見るにはなんともまあ可愛らしい悪戯合戦を繰り広げていたと言うわけである。

 

「まあ、なんというか」

 

「阿呆だな」

 

聞いていた俺と葉山で出した結論は実に端的なものであった。不毛にも程があるだろう。

 

「自分でもわかってるわ。それでも姉さんには負けたくなかったの」

 

とまあ、これが姉妹間戦争の小さき全容だった。今回の事もその延長線上に過ぎなかったということだ。

とにもかくにも、割りを食ったのは俺と葉山、それに相模さんだと言うことは読者の皆さんにも想像に固くないはずである。

 

 

人生一寸先は闇。 

 

俺達はその底知れぬ闇の中から、自分の益となるものを掬い出さなければならない。 

そういう哲学を学ぶという口実の元に、師匠が闇鍋を提案した。 たとえ闇の中であっても闇から的確に意中の具をつまみだせる技術は、生き馬の眼を抜くような現代社会を生き延びる際に必ず役に立つというが、甚だ疑問である。 

 

その夜、師匠のマンションで催された闇鍋会に集まったのは、師匠に俺、雪ノ下雪乃、それに何故か一色いろはという葉山の自称弟子だった。

 

闇鍋会のルールは、各々食材を持ち込んでもいいが、煮るまでその正体は秘密にしておくということ。文化祭の一件や師匠からの日々の嫌がらせに腹を立てていた雪ノ下は「闇鍋なのだから、何を持ってきてもいいのよね」と不適な笑みを浮かべていた。

 

日頃の鬱憤を晴らす為に言語を絶するものを入れるのではないかと俺は気が気でなかった。

 

「大師匠に雪ノ下先輩、初めまして。一色いろはと申します。それに先輩は少しぶりです。レポートで来れない葉山師匠の名代として来ました。師匠が何時もお世話になっているようで、つまらないものですがこれを」

 

と彼女はころころと笑いながら俺と雪ノ下にはカステラを、師匠には桐の箱に入った何かを渡していた。

 

「へえ、あそこの亀の子束子か。将来有望だね」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

師匠にそこまで言わせるような逸品である亀の子束子。

 

後に聞いたところ、強靭で繊細な毛先がファンデルワールスなる力をむにゃむにゃっとして、どんなに頑丈な汚れも洗剤要らずで落としてしまうという幻の一品らしい。

 

なぜ彼女がそんな品を持っていたのかは不明だが、葉山には勿体無いくらいの弟子であることは明らかだった。

 

決してカステラで買収されたわけではない。

 

「葉山には勿体無い程しっかりした人だよな」

 

「そうね。というより、何を教えてるのかしら」

 

「いえいえそんな。特にまだ教えてもらっていませんよ。ただ、着いていくばかりで」

 

魑魅と魍魎が跳梁する闇鍋会にするりと潜入した、一色いろは。彼女に会ったのは文化祭が終わってすぐのことだ。

 

亜麻色の髪を靡かせる乙女で可愛らしくはあるが、自分のことを可愛いとわかった上での打算的な行動が見える小悪魔の様な後輩である。

その気になれば俺なんかは手玉に取られ、それこそお手玉の如くぽんぽんと他の手玉に混ざり、材木座にでも無様なエンターテイメントを提供してしまうだろう。

 

好きなものは葉山とお菓子作り。

 

サッカー部のマネージャーとして葉山の後ろをついて回り、その事が切っ掛けで俺とも知り合った。当事者じゃない俺からすれば彼女が葉山に惚れているのは丸分かりだった。

それを問い質したところ、あっさりと認め、時々俺に相談するまでになっている。

 

押し掛けて弟子入りしてしまえと言ったのは他でもなく俺で、葉山も弟子入りを認めてはいないが渋々ながら彼女がそばにいるのを受け入れているようだ。

葉山は葉山で師匠とはため口をとれるような間柄ながらも雪ノ下とは過去に一悶着あったらしく、それでいて一色や三浦さんを側に置き女避けとして使っているようで、というのだから隅に置けない。

 

爆発してしまえばいいと心の底から思う。

 

 

電気の消えた中で物を食べるというのは中々に不気味なことだ。しかも鍋を囲むのは三人の乙女と俺という奇っ怪な面々である。

 

「俺も葉山と同じクラスだからレポートあるんだけど」

 

と主張をしてみたが

 

「まあまあ、そういわないでくださいよ先輩」

 

「貴方が女性三人と鍋を囲める機会なんて一生に二度とないのだから、寧ろ喜ぶべきではないかしら」

 

「まあ、今回も〈印刷所〉に頼めば良いじゃない。御安くしておくよ」

 

と悉く却下を出された。

イケメン無罪とでも言うのか。

 

「なんですかこれ、うにょうにょしてますっ」

 

と一色が悲鳴を上げて放り投げたものが俺の額に当たった。後から分かった事だが、ただのちぢれ麺だったらしい。暗闇では細長い虫のように感じた。

 

「なんだこれ、誰かエイリアンのへその緒でも入れたのか」

 

「そんな妙ちくりんな物、貴方しか入れないのだから責任もって食べなさい」

 

「いやいやいや、無理だってこれ」

 

「第一陣は変なもの入ってないから安心して食べていいよ」

 

と妙に先行きが不安になる言い方をしたのだが仕方なしに箸を進めた。

何の気なしに掬った丸っこい物体にかぶり付いていると一色の方から声がした。

 

「大師匠、ちょっと相談が……」

 

「なーに?」

 

「もしかしたら私、生徒会長に祭り上げられてしまうかもしれないんですよ」

 

軽い口調とは裏腹に何処か切羽詰まった雰囲気を一色の方から感じる。

 

「良かったじゃん。なったら生徒会長特権で色々出来るんじゃない?」

 

「でも、ですね……」

 

「えー、何が嫌なの?やってみたら良いのに」

 

生徒会長になるのが嫌で知恵を借りようとしたのに、逆に面白がられて師匠から後押しを受けるような形になって困っているらしい。

 

暗闇でもなんとなく一色があたふたしているように見える。

 

「姉さん。あまりそういったものは無理強いさせるものではないわ」

 

「うーん。じゃあ分かった。もしいろはちゃんが生徒会長になったら役員に隼人と比企谷くんもつけてあげる」

 

「分かりました。やります」

 

この変わり身の早さには舌を巻かざるを得ない。

きっと彼女の中では、自分の利益、不利益と俺の不利益を天秤にかけた結果、驚くべき初速で自分の利益へと傾いたはずだ。

 

「いや、師匠。俺と葉山の意志は」

 

「これも、弟子としての修行だよ」

 

「はあ、阿呆らしい。勝手にしなさい」

 

予期せぬ生徒会入りに断固抗議しようと思ったが、雪ノ下も匙を投げた今、なんとか雪ノ下をこちらの陣営に引き込みたい所だ。

 

「なあ、雪ノ下さんや奉仕部に依頼がーー」

 

「ごめんなさい。臨時休部中なの」

 

言い終わる前に言葉を被せられ、師匠と一色を納得させる言葉も見付からない。

最早、ぐぬぬと唸るだけしか出来なかった。

 




ゴールデンウィークも終了ということで次回から不定期の更新に戻ります。
色まで着けて頂き、感謝と共に読者諸兄のゴールデンウィークの暇つぶしになったのなら幸いです。

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