家族というものは存外、難しいものだ。
同家に住んでいるから家族……そうではない。
血が繋がっているから家族……そうではない。
戸籍で判別できるから家族……そうではない。
家族を家族たらしめるもの。それは愛である。
遠くに別居していようが……。
血が繋がってなかろうが……。
戸籍で判別できなくとも……。
そこに愛があれば、それは家族である。
人と犬。
種が違っていても、そこに愛があれば家族である。
そして、キバは愛を理解し、情に厚い人間であった。赤丸もまた、愛を理解し、情に厚い犬であった。
キバは奥歯をギリと噛み締める。
それは里を抜けたサスケへの怒りだ。
情報は揃っていた。
里を出る前に見た、サクラの涙で全てを理解した。
サスケは愛を、里を捨てたのだと、理解してしまった。
──サスケ。一目置いてたってのによ……。
だからこそ、キバは彼を許すことなど不可能であった。
キバ自身はもちろん、赤丸もまた、確かな強者であるサスケを認めていた。だが、その思いは他の誰でもないサスケによって踏みにじられた。
その光景が今だに、目に、頭に、心に、こびり付いている。
自分より上の
だが、その姿は自ら里を抜けた。
──ぶん殴ってやらねーとな。けど、その前に……。
「逃げてんじゃねーぞ!」
振り向くキバの視線の先には、枝を全力で蹴り、距離を詰めてきている左近の姿があった。
キバを追う速度は並みの忍が出せる速度ではない。その上、昨晩からほぼ休憩を取っていないことを鑑みると、信じられないほどの速度だ。
キバは速い。下忍はおろか中忍ですら、彼と同じ速度を出せる者は少ないだろう。
しかしながら、ジリジリと距離は詰められていた。だが、その距離の縮みは遅々としている。
──埒が空かねぇ。
苛立ち、一つ、舌打ちをした左近は足にチャクラを集める。
「ぶっ殺す!」
「ワン!」
一息に距離を詰め、頭蓋を粉砕させる。
左近がそう決定した瞬間、赤丸が吠えた。
「は?」
一瞬。ほんの一瞬。
瞬きはしていなかった。だが、木ノ葉の下忍が頭に乗せていた子犬の鳴き声で、意識を逸らしてしまっていた。
そして、前に出た体は止まらない。
「!?」
急旋回したキバの姿が目の前にあった。
「ぐふッ!」
左近の腹にキバの拳が入り、彼の体は“く”の字に折れ曲がる。
「がはッ!」
その姿勢のまま、後ろに吹き飛び、地面に叩きつけられる。
「ごふッ! ごほッ!」
口から血を吐きながら、左近は血走った目で下手人がいた方向を睨む。だが、そこにはもう誰もいなかった。
「……」
痛みを訴える腹を押さえ、左近はゆっくりと立ち上がる。
──ヒット&アウェイ。そうだったな。うずまきナルトとの闘いでも、奴が使っていた戦法だ。カブトさんの認識札に書かれていた戦法。得意技ってとこだな……。
プルプルと震える体。
痛みや疲労のせいではない。これは純然たる憤怒。
ヒット&アウェイを多用するような臆病者、弱者、塵芥、屑、糞、ボケ……。
「ぶっ……殺ォオオオすッ!」
瞬時に左近の体を呪印が取り巻く。
「ギタギタに! バラバラに! グチャグチャに!」
森の中に怒声が響く。
「殺してやってもいいよな! 兄貴!」
「ああ……」
左近の後ろから声がした。
いや、正確に言うならば、左近の後頭部付近だ。
そこには、
そして、その瘤には左近と同色の毛が生えていた。
「……だが、時間はかけられねェ」
その毛の奥から覗くのは鋭い眼光。そして、その眼光の下にある薄い唇から吐き出されるのは、冷たい言葉。
「状態2になれ、左近」
「分かった。けどよ……」
「分かっていることをグチグチ言うな」
左近と同じ顔が、そこにはあった。
音の五人衆……今は君麻呂が病のため空席となり、四人衆となった彼らの中でも、一際、特異な術を持つ忍。それが左近、そして、彼が『兄貴』と呼んだ右近である。
彼らは双子の兄弟で、その相貌、身体は瓜二つ。唯一の微細な差異を挙げるとするならば、髪の分け目ぐらいだろうか。
そこまでなら、一卵性双生児であれば当然とも言える。
しかしながら、彼ら兄弟が大蛇丸に気に入られた理由は、その特異体質にあった。
左近は右近の体へと、右近は左近の体へと同化・分離を自在に行うことができる特異体質。それは、不死を希求する大蛇丸の一助となった。
だが、彼らの能力は大蛇丸の研究テーマとしてのみ、役に立った訳ではない。
その真価は、戦闘で発揮される。
同化と分離を任意に行うことで、敵の攻撃を左近が両腕で防いだとしても、右近が左近の腹から腕を出してカウンターを行うというような、通常、考えられない変幻自在な攻撃が可能となる。
そして、それは呪印・状態2で更なる強化を遂げる。
自らの体を細胞レベルに分解することで、自分たちの体だけでなく、他者の体にすら入り込むことができるようになる。
そうして、敵の体に侵入し結合した後に、敵の細胞をジワジワと死滅させるのが、右近と、そして、左近が気に入っている戦法だ。
敵──獲物──の恐怖をこれ以上ないほど間近に感じながら、獲物を死に至らしめる。倒錯的な快楽を得られる最高の殺し方だ。
だが……。
「君麻呂の言葉を忘れたのか?」
「……」
文字通り、頭から角を生やしながら、右近は左近に冷たく言い放つ。
呪印・状態2は呪印を刻まれた者の体を変化させる効果がある。鬼の如き力と形で敵を屠る人間兵器へと変質させる。それが呪印が持つ効果である。絶大な力を適合者に与える禁断の
だが、その力は大蛇丸から与えられたもの。
君たちは遅かった。
君麻呂の言葉だ。
それは任務の失敗を意味している。それは右近にとって、到底受け入れることができない言葉。
サスケに里を抜ける決心をつけさせるように指示したのは、確かに大蛇丸だ。だが、細かな策は現場レベル……四人衆に任されていた。
自分が成長していないとサスケに誤認させるため、戦闘を行う方針を決めたのは、他ならぬ四人衆。そのため、任務失敗の責を負うのは自分たちだ。
だからこそ、もうこれ以上の失態は許されない。
「犬塚一族のガキと犬を二匹まとめて殺す。その後、奈良一族のガキを殺す。そして……」
右近の考えを……怒りを感じ取った左近も呪印の段階を上げ、角を生やす。肌が浅黒く変わる。白目が黒に染まる。
双頭一身の鬼が静かに殺意を撒き散らす。
「うずまきナルトを殺す、だろ?」
右近の言葉を引き継いだ左近に、右近は頷く。
木ノ葉崩しの合図の時。カブトが中忍試験の会場にいた全ての者に対して、涅槃精舎の術を使い、眠らせようとした、あの時。
あの時だ。
限界まで引き絞った腕を大蛇丸に繰り出した漢がいた。
仰ぎ見るべき音隠れの主に弓を引いた大罪人。うずまきナルトだ。
何が起こったのか分からなかった間抜けな
「全部、殺す。いいな、左近?」
「了解だ、兄貴」
地面を蹴った。
それだけで、左近と右近の体は、その場から消える。普段の彼らでは考えられないほどの大きな音を立てながら移動する右近の頭にあるのは、己が獲物と定めたキバと赤丸のことだけだった。
その後のこと──君麻呂とナルトの戦闘後に、疲労した勝者を殺害し、漁夫の利を狙うこと──も今の右近の頭からは抜けていた。
ナルトを殺せば、汚名を返上できる。あの日、動けなかった情けない自分を否定することができる。
君麻呂を殺せば、名誉を挽回できる。あの日、獲れなかった力のない自分を否定することができる。
どちらにしても、大蛇丸からの評価は高くなることは間違いない。なぜなら、大蛇丸という人間は強者を、どんな手段を使ってでも勝ちに拘る者を好いているのだから。
本来ならば、大蛇丸からの評価は二人が最も重視しているもの。
だが、今の右近が、そして、今の左近が重視しているものは、キバと赤丸の命だけだ。木ノ葉の下忍、一人と連れている忍犬。倒した所で、大蛇丸からの評価が上がることは望めるハズもない。
ヒット&アウェイを好むような弱者に虚仮にされている。
プライドの高い双子にとって、それは忍び難いもの。到底、我慢できるようなものではない。
「……」
「……」
森から抜けた。その先には崖。スピードを落とすことなく、左近は崖から飛び降り、その下に着地する。
ゆっくりと顔を上げる左近の視線の先には川があった。首が生える位置を調整し、右近も左近と同じ方向を向く。
彼らが立つ川岸には人ほどの大きさもある石筍がいくつも並び、屹立する光景が広がっていた。
「よォ……」
「ワン」
「……」
「……」
川を挟んで向かい側。一際、大きな石筍の上に立つ
一人と一匹を一身二頭の化物が睨む。
一身二頭の化物──左近と右近──は目の前の獲物たちを狩るため、考えを纏め上げていく。
キバは
しかし、先ほどキバからの攻撃を喰らった理由は、キバの攻撃タイミングにある。
ほんの一瞬、赤丸に注目した。隙と呼べるほどの時間ではなかった。にも関わらず、キバの攻撃タイミングは最適だった。
それは一重に、彼らの嗅覚が優れているのだと左近と右近は結論を出した。
もちろん、ここで言う嗅覚とは、匂いを判別する能力だけではない。戦闘に対して、相手の攻撃の起こりを察知する力のことだ。
戦闘経験が少ないと目される下忍にも関わらず、適切な判断を下し、実行できた胆力は特筆に値する。
また、先ほどの巨狼への変化も、左近と右近にとって、警戒すべき事柄だ。
先ほどは鬼童丸の特殊能力である糸で絡めとることにより、無効化ができた。しかし、今は鬼童丸や多由也はおろか、次郎坊も傍にいない。彼らの内、一人でもいれば状況は一変していた。呪印すら使わず、楽に、且つ、素早くキバと赤丸を殺すことができた。
──無い物ねだりをしても仕方ねェ……。
──それに、こいつら“ごとき”を仕留めるために他の奴らの手を借りるなんてこと、絶対にしたくねェ。
それをプライドと呼ぶべきか。それとも、虚栄心と呼ぶべきか。キバと赤丸にとって、それは付け入るべき隙である。
だが、彼らにとっても状況は良くない。
──赤丸もオレもチャクラが少ねェ。
──グルル。
──そうだな、赤丸。“アレ”しかない。
キバは一心同体となった左近と右近を眼下に収める。
──ちょっと癪だけどな。
──ワン。
「
「ワン!」
印を組んでいくキバを観察する左近と右近は動かない。
いや、正確に言えば、体の動きはないが、その体内ではチャクラが急速に練り上げられていた。チャクラを最大まで練り上げることで、これからの攻撃に繋げようという腹積もりだ。
キバと赤丸が変化した巨狼のサイズとスピードは先ほど、把握した。
そして、キバと赤丸が行動を起こすためには、ワンアクションが必要となることを左近と右近は理解していた。
「獣人混合変化!」
巨狼に変化するためには印を組む必要がある。それが左近と右近が狙うワンアクション。つまりは隙だ。
──やっぱ、犬塚一族は……。
──覚えた芸をするだけの駄犬ども。
キバが印を組み終えたのと同時に、左近と右近も印を組み上げた。驚くべきことに、先に印を組み始めたキバよりも早く、左近と右近は印を組み上げたのだ。
驚愕のスピードで組み上げられた印だったが、そこにミスはない。単純にキバとは踏んできた場数、経験が違う。それは何度も行われ、手慣れた所作だ。
多くの敵を屠ってきた実績のある忍術だ。
そして、それはキバの印とは違い、少し多い。そして、彼らは双子で別々に印を組んでいた。
双子。
「四重羅生門!」
獣人混合変化により多量の煙が上がっている中心を、おどろおどろしい顔を持つ鉄扉が四方を取り囲む。
中忍試験で大蛇丸がナルトの拳を防ぐ際に使った口寄せ生物──羅生門──が四体、
右近が、左近に続いて切れ間なく術を発動させる。
「羅生門・塞!」
右近が薄く唇を上げる。それは、勝利を確信した笑みだった。
四方を取り囲むように、四体の羅生門を口寄せすることで逃げ道をなくし、唯一、空いている上方向から隙間がないほどのジャストサイズの羅生門を落とす。
地を揺らす轟音は、終了のゴングのようであった。
羅生門は煙を出し、送還された。
──これまで、この羅生門コンボから抜け出せた奴は君麻呂だけ……!?
──これで終わったな。奴も潰れたミカンみたいにぐちゃぐちゃになって……!?
いない。
肉の一片、血の一滴はおろか、服の切れ端すらも落ちていない。羅生門が消えた時の煙で見逃したのかと目を凝らすが、何一つ見つけることができない。
「誰を探してるんだ?」
「!!??」
驚愕。
人生で感じたことがある驚愕がカスに思えるほどの衝撃だった。
逃げ場が、なかったハズだ。
潰されるだけだったハズだ。
死んでいるハズだったのだ。
臆病なウサギのように、後ろの声の主から一足飛びに距離を取る。
両手両足で地面を削り、勢いを殺した右近と左近は顔を上げ、正面から声の主を見つめた。
「なん……だ?」
「その、姿は?」
長い白髪が沙羅と鳴る。
「人頭狼」
キバと赤丸が一つになった獣であり、人である者は左近と右近に回答した。
背は高く、180cmほどの身長。
体は締まり、70kgほどの体重。
髪は長く伸び、腰に届くほど。
言うなれば、半人半狼の人狼だ。
獣人
それは先の巨狼に変化するための“人獣混合変化”とは、似て非なる術。
人獣混合変化は言うなれば、赤丸の理想をベースに、キバが力を分け与えた姿。
では、獣人混合変化はどうか?
これは、人獣混合変化とは逆のアプローチの術だ。
キバの理想をベースに赤丸が力を分け与えた姿。それが獣人混合変化である。
キバの理想。シャープな体型の青年の姿が、そこには在った。
だが、分からない。左近は唇を噛む。
過去、ただ一人を除いて全ての敵を屠ってきた、最も信を寄せるコンボ忍術。成長したからといって、無傷であることは認められなかった。
「一体……どうやって、抜け出した!?」
「まさか……」
「兄貴! カラクリが分かったのか?」
「ああ。信じられないことだが……左近が術を発動させた後、オレが蓋用の羅生門を口寄せするまでの僅かな……ほんの僅かな間に、有り得ないほどの速度で抜け出した。違うか?」
「違うけど……」
風がサラサラと、彼らの間を通り抜ける。
「……」
「……」
「……」
「土遁 土中潜航の術で地面に潜った後に、背後を取っただけだ」
「……」
「……」
「……」
「あ、あ……」
「……」
「……」
気まずい。
重い雰囲気が彼らを包み込む。
一度は右近に『兄貴! あまり気にするな!』と声を掛けようとした左近だったが、兄の表情が目に入ったため何も言えなくなってしまう。その結果が『あ、あ……』という言葉にならない言葉となって出力されたのだろう。
左近はもう一度、そっと右近の顔を見る。
近年、稀に見る表情だった。
修羅や仁王、いや、魔王もかくやと言わんばかりの怒り顔。目は大きく開き、目玉はピクピクと痙攣している。鼻は膨らみ、そこから吐き出される息は熱い。唇は捲り上がり、尖った歯と血流が悪くなり黒みがかった歯茎が空いた口から姿を見せていた。
呪印、状態2の影響で顔形が鬼のようになっていなかったとしても、見る者の恐怖を十全に煽る顔であった。それほどの迫力であった。
気の弱い者であれば、いや、気の強い者であっても、その場で土下座を行ってしまうほどの怒りだ。
「スゥ……」
怒りが籠った右近の表情を見た人狼はゆっくりと息を吸い込む。
人頭狼を使用する初めての実戦。その上、難敵。だが、彼に気負いはなかった。
「……来い」
「言われなくてもなァ!」
「ああ!」
──幻術をかけるような余裕は、今の兄貴にない。
──忍術はスカされた。
右近と左近の思考は完璧に重なった。
──だから……。
──体術で攻める。攻めて攻めて攻めて攻めて殺す殺す殺し尽くしてやる!
残された僅かな思考が冷静に君麻呂の言葉を紡ぐ。
君たちは遅かった。
──君麻呂なんざ知るか!
「バラバラのグチャグチャにして殺してやるッ!」
しかし、君麻呂の言葉は今の右近、そして、左近に響くことはない。
肥大化、そして、硬質化した腕は鎧武者の如し。そして、指先は鋭く尖り、薄い鉄板なら軽々引き裂けそうな爪が煌めく。
「フゥ……」
分離し、別々の方向から迫る右近と左近。その鉤爪は鋭利な凶器だ。
だが、それを目の前にしても、彼の呼吸は落ち着いていた。
ゆっくりと息を吐き出す。迫り来る死の気配を濃密に感じながらも、彼は揺るがない。
キバが知った“彼”は揺らいではならない。
「なあ、母ちゃん」
中忍試験、そして、木ノ葉崩しを乗り越え、キバは一回り大きくなった。
中忍試験ではナルトと闘い、限界を越える走りを見せた。
木ノ葉崩しでは音の忍と戦い、勝利と自信を得た。
だが、キバは焦っていた。
「なんだい?」
日課のトレーニングを終え、入浴を済ませたキバは、居間のソファにどっしりと座りながら愛犬の頭を撫でている母親に尋ねたことがあった。
彼の母親もまた忍であり、名家の犬塚一族として特別上忍に名を連ねている実力者である。
キバの母である犬塚ツメ、そして、相棒の忍犬である黒丸の名は忍犬使いの間では知らぬ者はないと言われるほどに高名な忍だ。
実力者であり、実の母であるツメがキバの焦りに気づかない訳がない。だが、彼女は泰然とした構えを崩さない。
母は子の言葉を待つ。
「……」
木ノ葉崩しが終わった後、力不足を実感したキバは強くなるために何をすべきか考えた。
強くなるためには、強い者の薫陶を受けることが重要であるとキバは答えを出し、そして、身近な忍に声を掛けていった。
始めは自身の隊長である上忍、夕日紅。次は忍犬使いとしての実力も確かな上忍、はたけカカシ。
恥を忍んで頼み込んだ。深々と頭を下げた。
教えを請うためとはいえ、プライドの高いキバにとって、できることならしたくないことだった。
だが、強くなりたい。その気持ちがキバを突き動かす。
キバの態度に、一度は目を丸くした紅とカカシだったが、任務で忙しい合間を縫って、しかも、カカシは病み上がりにも関わらず、親切に、そして、丁寧に教えた。
紅にとっては、自らの部下が強くなることは喜ぶべきこと。そして、カカシにとっても、キバの成長はナルトやサスケ、サクラへの良い刺激となると考えてのことだった。
戦闘に対する心構え。
チャクラをロスなく素早く練り上げる方法。
そして、体の鍛え方。
紅とカカシから教わったことは、確かにキバの心技体、その全てを強くした。だが、成長は緩やかであり、彼の目標──ナルトに勝つこと──には到底、足りない。
だが、二人とも任務が多く入っており、より実践的な学びを得ることはできなかった。
もう形振り構ってなどいられない。
まだ相談していないのは、誰か? より実践的な学びを得られるのは、誰か? より戦闘スタイルが近いのは、誰か?
その答えは簡単だ。母である犬塚ツメ、その人だ。
ところが、青少年にとって、母親に悩みを打ち明けることは、堪らなく恥ずかしいものである。それこそ、母親に連れられスーパーに買い物に行ったら、偶然、クラスメイトと出くわした時よりも、恥ずかしさは数段上である。
だが、あの日の悔しさがキバを突き動かす。
一度、唇を引き締めたキバは、意を決してツメに尋ねた。
「母ちゃんが知ってる、一番強い忍者って誰だ?」
「ん? そりゃ、三代目様だね」
「そうじゃなくてよォ」
「そうじゃない?」
「三代目が強いのは誰だって知ってる。歴代火影の中でも最強と言われた忍だったってイルカ先生に何度も聞かされた。三代目以外で一番強い忍者って誰だ?」
「三代目様以外で一番強い忍者、ねェ……」
「母ちゃんが目標にしてたとか印象に残ってたとか、そういう強い忍者が知りたい」
「目標、か……」
目を閉じ、過去を思い返すツメ。ある忍の後ろ姿が彼女の瞼の裏に写った。
「
「あの人?」
「あの人の前では、木ノ葉の三忍の名すら霞むほどの天才忍者……」
「……」
「……」
「だから、誰なんだよ」
たっぷりとキバを焦らしたツメは軽く笑い、その天才忍者の名を紡ぐ。
「はたけサクモ。“木ノ葉の白い牙”と謳われた忍者さ」
「木ノ葉の……白い牙……それに、“はたけ”?」
「ああ。お前もよく知るカカシの親父さんさ」
「カカシ先生の……」
「あの人も忍犬使いでね。その縁で同じ任務に行ったことがあったのさ」
「それで、そのサクモさんの戦闘スタイルは?」
ツメは笑みを浮かべて説明した。
「分からないってことが分かったのさ」
「ハァ……」
キバの口から吐き出したものは、ツメに返した言葉と同じ音。
だが、今のキバと赤丸は理解している。右近と左近の攻撃が迫り来る今の彼らは、理解しているのだ。
「
「ガッ!?」
「グッ!?」
一瞬。
攻撃が決まる。それを認識した、その瞬間のことだった。
右近と左近の喉に衝撃が奔り、地面に転がされたのは。
──一体……?
──何が……?
喉を抑える双子の目に写るのは、襲いかかる前の瞬間から体勢の変わっていない人狼の姿。
だが、その拳からは薄く煙が上がっていた。
ゾワと、双子の背中に汗が大量に流れる。
何をしたのか分からない。だが、確かに攻撃をされていた。そう、確かに、人体の急所である喉に攻撃をされていた。
──クナイだったら……。
──ツメだったら……。
二人の思考は同じ回答を導く。
──死んでいたッ!
状態・2を解放し、強化された身体であった。
人狼の攻撃が、拳での攻撃であった。
そのため、まだ命を繋いでいる。
だが、何をされたのか分からない。分からないということが分かっただけだ。
牙偽牙。
『分からないってことが分かったのさ』というツメの話の答えを探り、キバと赤丸が出した答え。
相手が隙を見せた瞬間、見えないほどの速度で動き、敵を仕留める。
それが、はたけサクモの戦闘スタイルなのだと、彼らは結論を出した。
条件は揃っていた。
右近と左近が決定打を撃つため、意識を攻撃に割いていた、その隙。
彼らが見えないほどの速度で動くため、幼い頃より鍛え続けていた、その大腿直筋。
伝聞した先達の戦闘スタイルの偽物を模倣するための条件は整っていた。
だが、偽の戦闘スタイル。精度はまだまだ低い。クナイを出すことも、指を伸ばして爪を突き立てることも出来なかった。
だが、人狼は──キバと赤丸は、まだ終わらない。
「牙偽牙……」
「それと、同期の中で一番強い忍について、話をしてやるよ」
「母ちゃんの同期って……」
「あの人には嫉妬も憧れも感じなかった。この人なら、そう在って当然。そう思っちまってたのさ。……そんなことはなかったっていうのに。ああ、戦闘スタイルの話だったね。……見えなかった」
「……“木ノ葉の黄色い閃光”」
「!?」
「!?」
イルカから聞いたことのある四代目火影。その戦闘スタイルは、まさに閃光と評されるものであることをキバと赤丸は知っていた。だが、ツメから詳しく話を聞くことで、黄色い閃光の戦闘スタイルが速く動くものだと、彼らは結論を出した。
風が吹く。
「ゴッ!?」
「バッ!?」
蹲る右近と左近の体が崖の両端にめり込んだ。
喉と、そして、新しく腹からの痛みが、彼らの脳へと押し寄せている。
──コイツ、一瞬で……!?
──オレたち二人を別方向に吹き飛ばした!?
殴りか蹴りかは分からない。だが、一つ確実に言えることは、彼らは分断されてしまったということだ。
その上、ダメージが大きすぎる。体を一つにして、回復に努めなければならない。
「これじゃあ……ダメだ」
「きッ……!?」
「……さまッ!?」
だが、それを見逃すほど捕食者は甘くない。
人狼は更なる力を求め、兵糧丸を口の中に放り込んだ。
「それと、印象に残ってる忍って言えば……やっぱり、あの子だねェ」
「あの子?」
「そうさ。私の同期の中で一番、有名なくノ一」
ツメはあの輝かしく懐かしい青い春を思い出す。
「あの子の前じゃ、木ノ葉の黄色い閃光の名も霞んじまうほどだった」
「牙偽牙……木ノ葉の!」
「その子の二つ名はね……」
ツメは目を細め、在りし日の青春時代を思い浮かべた。
思い出の中。一際、鮮やかな色。忘れ難き色。
その色は、赤。
過去、ツメの目に写っていたものと同色に、人狼の白く長い髪が赤く染まっていく。
「赤い血潮のハバネロ!」
「んッ!?」
「んッ!?」
赤に染まる人狼の姿が消えた。同時に体の至るところに感じる衝撃と痛み。
右近が防御のために上げようとした腕が殴られ、崖にめり込む。左近が攻撃から逃れようとした脚が蹴られ、崖にめり込む。右近が策を巡らそうとした頭が殴られ、崖にめり込む。左近が耐えようと力を入れた腹が殴られ、崖にめり込む。
「!!??」
「!!??」
息もつかせぬ連続攻撃。これが一人を対象とした攻撃であれば、ナルトのうずまきナルト連弾のような攻撃で驚きはない。だが、今の右近と左近の距離は20mほども離れている。その自分たちを同時攻撃するなど、影分身の術を使ったのかと、右近と左近は目を凝らす。
だが、赤い閃光が視界に現れるだけで、人狼が二つになっている姿は見えない。
──まさか!?
──これは!?
「おばえ、ごえは……」
「だだばやく……」
『お前、これは……』『ただ速く……』
右近と左近の言葉は人狼の攻撃で塗りつぶされた。
彼らの言葉の続きはこうだろう。
『動いただけ』
彼らの読み通り、人狼の攻撃は単純明快。右近を殴った後、20 mの距離を移動し、左近を殴る。
ただ速く動き、赤い閃光しか視界に残さないだけという話だ。
だが、それは人狼にとっても、地獄の苦しみ。
シャトルランの合図音、その最高速を優に越えるほどのスピードで何十、何百という回数を往復する。シャトルランを本気で行った人間であれば、その苦しみの一端は理解できるだろう。125回で最高点数が与えられるが、今の彼はその回数を越えていた。
──耐えろ。
──耐えれば、勝てる。
状態・2になった右近と左近の防御性能は殴り程度で破れるものではない。そして、耐え切ることができたのならば、後に残されるのは疲弊した獲物一匹のみ。
「オオオオォオオオ!」
「アアアアァアアア!」
「ウウウウゥウウウ!」
三者三様に雄叫びを上げる。
地獄のシャトルランは300を越え、400回に到達。右近と左近は400回の攻撃に耐えていた。
意識が飛びそうになる度に、新たな痛みによって覚醒させられる。
いつまで続くのか?
左近がそう思った瞬間、新たに痛みを感じることがなくなった。
同時に、呪印の状態が一つ下がり、体が変化した。右近を見ると、彼もまた同じように体が元に戻っていく。
これは、そう。人狼の攻撃が終わりを告げたのだ。
「ここで終わった」
「これで終わりだ」
左近と右近が呟く。
体中から発せられる痛み、そして、感じる熱を無視し、動きが止まった人狼に向かってフラフラと歩き出す。
「これじゃあ……ダメだ」
「!?」
「!?」
人狼の呟きに右近と左近は焦る。あれほどに走ったのだ。息も絶え絶えに倒れ伏してなければ、おかしい。だが、人狼は両足で立っている。
「くッ……!」
「そッが!」
クナイを取り出し、人狼に向かって同時に走り出す。
「これじゃあ、オレたちじゃねェ……」
一人ごちる半人半狼に両脇から迫る斬撃。
あと少しが、届かない。
「そうだろ!」
獣人
彼らにとって、その中で機能するのは聴覚だけ。
「赤丸!」
「ワン!」
だが、キバと赤丸にとっては違う。視覚だけではなく、嗅覚により敵の位置を正確に捕捉できる。
「牙通牙!」
「!!!」
「!!!」
再び、崖にめり込ませた右近と左近は動かない。勝敗は決まった。
自分たちの戦闘スタイルで決める。それが、真に強くなること。それこそが、真の勝利だ。
「勝ったぜ、みんな」
「ワン」
大きく息を吸ったキバと赤丸は地面に倒れこんだ。
強敵に勝利した。今日の経験を糧とし、一人と一匹はより大きく成長するだろう。
そして同時刻、彼らの仲間で、小隊の隊長であるシカマルは、森の中で多由也と向かい合っていた。
「な、な、な……」
多由也──状態・2となり、鬼のような様相を見せているが──の唇はワナワナと震えている。
その瞳は、驚きを隠せないというようにシカマルを凝視している。冷静に彼女を見つめるシカマルとは対照的だ。
そうして、有り得ないというように、彼女は叫んだ。
「殴ったな! ウチの顔を!」