うちはシスイ憑依伝   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
実は元のプロットのほうでは、前回の話と今回の話をあわせて1つの「上」の巻で元々は三部作ネタで考えてたわけですが、長くなりすぎたので2つに分けたにも関わらず、今回の2話だけで1万5000文字越えしてしまいました。なんてこった。1話収録分にしては長いですが、どうかおつきあいください。


第二話

 

 

 オレは9歳になった。

 その日、オレはアカデミーを卒業し、そして下忍となった。

 今や、木の葉は未曾有の戦力不足だ。そのことからも、使える奴は使えということなんだろう、オレは同じチームに割り当てられた年上の同期生2人と上忍の先生と共に、初任務にしては危険な任務へとかり出された。

 そしてそこで初めてオレは……人を殺した。

「はぁはぁ、はぁ……」

 相手はこっち同様他国の下忍で、自分よりは3歳か5歳くらい年上だけど、それでも子供だった。

 想定外と言わんばかりの顔で、偶然と偶然が重なった結果だったのかもしれないけど、だけど襲ってきたんだ。だから、オレは、守らなきゃと、訓練通りに、何度もシミュレートしたとおりに腕を、動かしたんだ。

 途端に頸動脈から吹き出す血しぶき。もう2人の敵は先生が拘束していた。

「シスイ、良くやった」

 先生が言う。だけど、オレの耳には右から左に抜けるだけだ。

 訓練してきた腕は淀みなく動いた。当然のように命を奪った。だけど、気持ちが、悪いんだ。

 前世に置いて、オレは普通の日本人だった。

 普通に生きて、普通に育って、妹の面倒を見て、ダチと馬鹿を言い合って、笑って、彼女が出来て、付き合って、大学に入って。そりゃ途中で両親の事故死なんて出来事もあったけど、彼女とも別れて、仕事に打ち込んで、妹の保護者として、地域の一員として早くから世間に出たりもしたけど、それでも命の危険に晒されたことも、奪わなければいけない場面に置かれたこともなかったんだ。

 日本人であると言うこと、生まれたのが平和な日本だったと言うこと。それだけで守られていたんだ。

 だけど、此処は違う。

 わかっていたつもりだった。覚悟だって出来ていたつもりだった。此処は日本じゃないんだから、日本の理屈や常識を当てはめる方がおかしいんだから、うちはシスイとして生きていくと決めた時から、この世界のルールに従って生きていくって決めたんじゃないか。

 なのに、こんなに震えている。動じている。

 吐き気がする。血のにおいが気持ち悪い。自分がどうしようもなく汚い生き物に成り下がったような、そんな錯覚を覚える。でもそんな感慨を覚えること自体、甘い、としかいえない。

「助かったぜ、うちは。って、おい、お前大丈夫か?」

 チームメイトが安堵したようにほっと息を一つついて、それから心配そうにオレを見る。

 そうだ、こんな感情表に出しちゃいけない。なんでもないようにやり過ごさなきゃいけない。

「ん? なんでもない。それより行こうぜ。いつまでもここにいたら血のにおいをかぎつけて誰かが来るかも知れないしな」

「お、おう?」

 笑って言った。

 いつものように、変わらぬように。笑顔を作るのは慣れていた。

 そのオレの笑顔を見て、先ほどのオレの表情はひょっとして見間違いだったのだろうかと困惑したような顔でチームメイトは首をすくめる。どうやら誤魔化すのに成功したらしい。

「はい、うちはくん。におい消しだよ」

 そういって医療忍者のくのいちの子は小さな瓶をそっと差し出した。

「ん。サンキュな」

 オレはまた笑った。

 

 それでも、殺した時の感覚が忘れられない。

 振動で伝わった手への、命を奪った感覚。

 沈んでいく赤い手。

 気持ち悪い。吐き気がする。

 人殺しへの嫌悪。それが無くなる日はきっと来ないのだろうけど、それでも慣れるしかないとわかっていた。

 ああ、忘れたい。なにもかも忘れてしまいたい。こんな時子供の体は不便だ。酒を飲んで忘れるという道を選べないのだから。だからオレはその代償行為のように、笑って、歌って、チームメイトとの絆を深めることに専念した。

 馬鹿騒ぎを起こせば、束の間でも忘れられるのだから。

「ふふ、うちは君って結構愉快な人だったんだね」

 3歳年上の、おさげのくのいちの子が笑って言う。

「本当だぜ。俺、エリートのうちは一族なんだからもっと取っつきにくいのかと思ってた」

 2歳年上の、明るい金色の髪をしたチームメイトもにやりと笑って言った。

「そいつはただの偏見だーって言いたいところだけどなー。うーん完全否定が出来ないのよ、悲しいことに」

「その心は?」

「いや、マジでうちは一族、取っつきにくい奴多いからねー。同じうちはのオレが言うのもなんだけど!」

 2人は笑った。

 しかし、和気藹々とした時間はそれほど長くもなく、突如として崩れる。

「! 全員伏せなさい」

 先生が叫んだ。オレはばっと、呆然とするくのいちの子もついでに庇って先生の言う通り伏せる。

(敵!?)

 先生はクナイを投げると、風遁を展開させた。

「う、くっ!」

 ふいに、後ろから僅かに漏れたチャクラの気配を感じて、オレは振り向き様にクナイで敵の攻撃を凌ぐ。

「ほう、やるな、小僧」

 ヤバイ。これ以上の接近を許しちゃまずい。判断するや否や、一時的にぐんと腕にチャクラを込めて相手の攻撃をはじき、それから瞬身の術を使って、距離を稼ぐ。そして、幻術を発動させた。

「幻術だと!? こざかしい」

 そこへもう1人が現れる。解とそいつは幻術に掛かった仲間に向かって唱えた。そして……ヤバイ。ドクリと心臓が嫌な音を奏でる。あいつらが狙う先は、そこにいるのは。金髪の少年とおさげ髪のくのいちの少女。遠い。あいつらの実力じゃ、この中忍たちには勝てない。このままじゃ、オレはともかく、あいつらが殺される。

 死ぬのか? あいつらは死ぬのか?

 ドクドクと心臓が脈を打つ。煩い。黙れ。

 先生はまだ来ない。来れない。手が一杯だ。来る暇がない。

 先生が叫ぶ。

「逃げろ」

 そう、叫ぶ。でも、あいつらは……。

(ふざけるな)

 殺させなど、するものか。

 

 瞼の裏が熱い。カッと、目に力が満ちていく。

 見える。視える。

 今までの比でなく、チャクラの動きが、流れが視える。

 写輪眼が開眼したんだ、という意識が昇るより早く、オレは駆けた。

「!?」

 なんてスピードだ、と言いそうな顔をして、敵は表情を強張らせる。ぎりぎりを狙って、オレは2人を後方へと流す。

 オレは万能じゃない。無能といっていいくらいに戦略も戦術もへったくれもない戦い方しか出来ないし知らない人間だ。だから、蹴り飛ばすという荒っぽい方法になったが、構う暇なんてない。俺の中では既にギリギリだ。かっこよく助ける実力なんてないんだから、やり方を選んでなどいられない。

 背後を取る。そして、そのまま写輪眼を相手の目に合わせ、写輪眼の開眼にとって何倍にも精度がふくれあがった幻術をかけた。驚愕に一瞬の麻痺、迷えば死ぬのはオレのほう。躊躇いもなく、淀みなく首を、幻術に掛かって動けない敵の頸動脈をかっきる。

「なっ」

 どさりと男が崩れ落ちる。あと1人。

 さて、どうする。なんて考えるより早く、どさりと残った男も崩れた。

「先生……」

 現れたのは担当上忍の先生だった。思わずへなへなと崩れ落ちた。緊張で体がぐってりと火照っている。

「良い戦いだった。だが、シスイ、戦場で最後まで気を抜くな。次の敵がまだ潜んでないとは限らないのだからな」

 少し呆れたようなとがめるような、しかしどことなく誇らしいような顔をして先生は言う。

「はーい、以後気をつけまーす」

 オレは軽く片手を上げてそう口にするが、正直表面に出した態度ほど余裕があったわけじゃない。なにせ写輪眼を使ったのはこれがはじめてだし、元々体術はそこまで得意じゃない。無理をして、一時的な強化で敵の奇襲もといクナイをはじいたときに腕を痛めていたし、なにより今更ながら、戦闘の、一歩間違えていたら死んでいたという恐怖がオレの心を萎縮させていた。動きだけ見たらスムーズでも、見た目ほど余裕の勝利なんかじゃなかった。

「いててて、おーい、うちは大丈夫か」

「うちはくん、先生、大丈夫?」

 腹を庇いながらチームメイト2人が戻ってきた。それに「ああ」と答えてオレ達は帰還した。

 

 半年が経った。

 もうオレたちはすっかり戦友であり親友でもあるといっていいほどに仲が良くなった。前世でのぬるま湯みたいな友情とは全く違う奇妙な感覚だ。お互いに背中を預けられる物としての、信頼がそこにはあった。

「いや、しかしまさかお前とこういう関係になれるとはあの頃思ってなかったな、シスイ」

 金髪の少年は朗らかに笑って言う。いつからか、うちはじゃなく、こいつはシスイと下の名でオレを呼ぶようになっていた。

「まあ、だろうな」

 苦笑してオレはいう。正直言ってアカデミーではオレは浮いていた。まあ、見た目子供なのに実は精神年齢は成人していたのだから当然っちゃ当然ではあったんだが、他の理由に「名門エリート一族、うちはの子だから」という色眼鏡があったというのも否定は出来ないだろう。

 事実、オレの力はオレ個人の力というよりも、「うちは一族だから」という風に思われてたわけだし。……これでも修行は真面目にして努力はしてたんだけどな。

「最初はさ、オマエのことも、エリートを鼻にかける嫌なやつかと思っていたんだよ。オマエ、俺たちのこと眼中にないように見えたし」

 いや、それは子供と大人を同列には見れないあれなだけだ。

「ひでえなあ。オレそんなに人でなしに見える?」

 とはいえ、まあ周囲からみたら眼中にないと思われても仕方ないのかも知れなかったな。オレは同期生達のことを「ほほえましい子供達」と内心思っていたけど、立場上年上として振る舞うわけにもいかなかったので、その辺の感情引っ込めていたわけだし。

「いや、だから悪かったって」

 ははっと悪びれなく笑って言うこいつだが、そういう素直さは聞いてて気持ちが良い。

「いっとくけど、オレおまえらが思うほどエリートじゃないぜ?」

 苦笑して手を振り言う。

「オレ、根は馬鹿だからさー。一つを見たら一つのことしか出来ねえのよ。だから得意だなーって最初っからわかってた幻術と瞬身の術ばっか鍛えてた。でもそのおかげで、火を扱ううちは一族だってのに、オレの火遁・豪火球の術ときたら、チョロ火しか出ないでやんの。不器用でアホだから戦略練ったりとかも出来ないし、ぶっちゃけそんなに精神的に強いわけでもないし。だからさ、オレ、お前達に支えられている。オレ1人だったらさ、とっくに死んでたよ。だから感謝してる」

 そういって笑うと、この若干12歳の友人はきょとんと目を丸くして、それからばしばしっとオレの背を叩いてきた。

「オッマエナー、かー、もう恥ずかしいっての! 天然か、オマエは!」

「なんだよ、素直な気持ちを伝えただけじゃんね?」

「だからそれが恥ずかしいっつの! ったく」

 それからくるりとオレに背を向けて、聞こえるか聞こえないかの小声でぼそりと、友は言った。

「俺だって、その、オマエに感謝している。オマエがいなけりゃやってこれなかったのは俺も同じだ」

 お? 不機嫌っぽい声で言ってるけど、横顔が赤い。明らかに照れ隠しだな、こりゃ。可愛い奴め。

「っていうか、先に言うなよ! お前、年下なんだから年上立てろ! 俺が言いにくいだろが!」

 って、今度は逆ギレか。しかし顔を真っ赤にして言われても全く怖くないっていうかほほえましいだけである。そもそもオレの中身はいい加減三十路近いおっさんなので、年下なら年上を立てろといわれても、相手が子供にしか見えないのでどうしようもないと思うんだ。

 だが、とりあえずオレは笑って「そうだな。悪い。ごめんなー」と言う。そんなオレを見て毒気を抜かれたのか、金髪のチームメイトはがっくりと肩をおとしてため息を一つ吐いた。

「ったく、くそ、調子狂うぜ」

「2人ともなんの話ー?」

 そのタイミングでひょこりと紅一点であるくのいち少女が現れる。それに対して金髪の友人は「なんでもねー。男の話だ、男の話ー」なんて言って誤魔化した。

「もう、すぐそうやって邪険にする」

 そういってぷうと頬をふくらませるおさげっ子は正直可愛い。なんていうかハムスターみたいな愛嬌があるんだよな、この子。

「それより、ほら、交代の時間だよ。わたし、変わるからそろそろ寝なよ」

「お、もうそんな時間か」

「明日には木の葉に帰れるだろうし。戦争中だから油断は出来ないけど、漸く久しぶりにゆっくり出来るね」

 そういって彼女は笑い、そうだなと笑って寝るかと背を向けたその時、オレは一瞬のその違和感を感じた。

 とっさに掴んでその場から離脱することが出来たのは、金髪のチームメイトだけ。轟音と地響きに飲まれ、彼女は……。

 彼女の末路がどうなったのかを考えるよりも、体が動くのは早かった。写輪眼を展開する。敵の数は15。先生は既に敵の上忍らしき相手と応戦している。

(気づかなかった!)

 ここまで近づかれているのに、今まで気づかなかったなんてなんて失態。でも今はそんなことを言っている場合じゃない。敵の狙いは、おそらく今回授かった任務である文書と暗号の奪取。

 未だ呆然とする友人の肩を叩いて、オレは逃げるぞと声に出さず伝える。こうしてもたついている時間すら惜しい。起爆札をとりつけたクナイを投げつけ、それを煙幕代わりに逃走を開始する。

 しかし、全てが思惑通りにいくほど世の中は甘くなんてない。敵によってオレとあいつは分断された。

「くっ」

 写輪眼を用いて、幻術にかけ、自分に攻撃をしかけてきた男を蹴り飛ばし、毒付きのクナイを刺して逃走を開始する。一々戦ってなどいられないし、そんな余裕はない。

 そも、幻術と瞬身特化で力を磨いてきたオレは奇襲にこそむいているが、正面勝負では分が悪い。相手の不意をつくからこそ、格上相手でも勝ちにいけるのだ。まして、多対一なんてもっての他。オレには必殺の一撃など持ち合わせていない。

 はぐれてしまった友人のことは心配だが、今はあいつのことを信じるしかない。合流場所で再び会えることを信じるしかない。

 あいつだって出来ないやつじゃない。ああ見えて、あいつは体術やクナイの扱い方に関してはオレよりも上手い。嫌な想像なんてするな。それに、もしもの時は先生が……。

(馬鹿か、オレは!)

 何を他人を頼っているんだ。絶対に自分だけは助かるなんて、そんなのは欺瞞だ。これまでがそれで通じるからって次もそれが通じるなんてただの子供の妄想だ、妄言だ。

 最終的に自分を助けれるのも、救えれるのも自分だけなのだ。

 思い出せ、先ほどの光景を。土石流に飲まれて消えたあの子の姿を。

 目頭が熱い。胸が張り裂けそうだ。でも、泣き言なんて言ってられるか。

 唇を噛み締める、ぴりりとする。血が出たのかも知れない。けれど、なにも気にならない。

 前だけを見ろ。ずっと、進め。

 そもそも死を考えるな。

(何故なら……)

 

 オレは、本当のうちはシスイを殺した。

 此処にオレがいるってことはそういうことなんだと思う。

 本当のシスイを殺して成り変わって此処にいるんだ。

 そんなオレに泣き言を言う資格があると思うのか。

 だって、思い出したんだ。

 そう、あの日、オレは……。

 

「……ィスイ?」

 僅かに聞こえた声に惹かれ、ばっと、オレは振り向く。そこには、ここ半年ですっかり見慣れて親友とさえ呼べるほど仲良くなった金髪のチームメイトの姿があった。

「無事だったのか!」

 あれから20分が経つ。半分諦めていたから、その再会に喜んでオレは駆けた。だが……近づく度に鼻をつく血臭。木々に紛れて見えてなかったその姿。

 それは……。

「……悪い、ヘマ、しちまった」

 敵の忍びを1人血の海に沈めて、けれどその代償だったかのように、片足を膝から消失させ、折れ曲がった左手と血まみれの腹を右手で押さえて、満身創痍で木により掛かる親友の姿だった。

 ごふ、と咳き込み、血を吐き出す。内臓を傷つけているのだと理解する。

 もう誰が見ても保たない。きっとかの伝説の三忍の1人である綱手姫でないと治せないだろうほどの大怪我。放っておいてもきっと1時間と保たず、死ぬ。

「あ、ああぁあ」

 誰が見ても、助からない。

 敵の気配が近づく。けれどオレは何も考えられない。真っ白だ。

 一体どうしてこうなったというのだろうか。

 あと、少し。あと少しだったはずなんだ。あと少しで木の葉に帰れた。3人で笑って、そうして話したあれからまだ30分も経っていないはずなのに。

「なぁ、……シスイ」

 喉がカラカラだ。乾いて、乾いて動けない。

「お前が、俺を……殺してくれ」

 何、言ってるんだ。

「何……何、言って」

 震える。唇が乾く。喉が鳴る。

 どうして、なんで、なんでお前はよりによってそんなことを言うんだ。

「あいつらに、情報、……渡したくないんだ。俺も……木の葉の忍び、だから……」

 朦朧とした目は焦点が中々合わず、けれど気丈にそう戦友は言った。

「俺に幻術への抵抗力は……ほとんどない。敵の手に落ちる……より、お前の手で、楽に……なりたい。それに……お前、だけなら逃げ切れるだろ」

 ふるふると頭を振る。まるで分からず屋の子供になったかのように。

 だって、なんでだよ。

 どうしてお前が、お前を、オレが、そんなの、そんなのは……。

「逃げよう。オレが担ぐ。オレが、木の葉に連れて帰る。だから、そんなこと」

「シスイ」

 言うな、と言おうとしたオレの言葉を遮って、奴は言った。

「俺に、恥をかかせてくれるな」

 息が詰まった。

 

(なんだよ、これ。なんだよ、これ。なんだよ、これ!)

 

 お前、まだ12歳だろ。まだ、これからだろ。好きな人いるっていってたじゃないか。将来、アカデミーの先生になりたいって言ってたじゃないか。12歳なんて子供だろ。これからの人生、これからたくさん楽しいことだって、あるはずだろ。

 胸が熱い。目が痛くて仕方がない。

 喉が詰まる。息が、苦しい。

 

 敵の気配がどんどんと近づく。もう一刻の猶予もない。

 全身に赤をかぶった金髪の少年は、まるでこれから眠るように安らかな顔を浮かべてオレを、終わりを待っていた。

 痛いだろうに、辛いだろうに。

 泣きわめきたいだろうに。

 なのに、奴はただ、俺による終わりだけを待っていたんだ。

 

 もう逃げ場はない。

 逃げるわけには……いかない。

 

「……悪いな、嫌な役目おしつけちまって……」

 擦れる声で言う。また、口の端から赤い液体が溢れた。

「シスイ、楽しかったぜ」

 手が赤く染まる。

 下忍になったあの日から、何度も、何度も。

 この手を血に染めたのは1度や2度じゃない。でもそれは全部敵の血だったんだ。

 仲間の血でも、友の血でもなかった。

 苦しまないように、一息で、俺は心臓にクナイを突き立てる。

 ぬるりと命を奪う感触が、赤い液体と共に俺に舞い降りた。

 

 涙が伝う。目が、視界が全て赤に染まる。

 ずるりと、手を伸ばす。

 もう息をしていない。

 もう心臓は動いていない。

 もう声は聞こえない。

 少年は笑わない。

 少年は叫ばない。

 少年は動かない。

 少年は、肉塊となった。

「ああああああああああーーーーー!」

 咆吼を上げる。うなり声はまるで獣のようで、それが敵を引き寄せると知っていても止められない。止まらない。

 楽しかったんだ。

 嬉しかったんだ。

 初めは、人殺しの罪悪感から逃げるための逃避行動だったのかもしれない。

 それでも、心地が良かったんだ。

 隣にいるのが、この連帯感が、背中合わせの相棒としての在り方が。

 たまらなく居心地が良かったんだ。

 そうだ、オレも殺している。敵を何人も殺している。こんなことをいうのは場違いだ! けれど、でも、理屈じゃないんだ。

 どうしてだ、どうしてこいつが死ななきゃいけなかったんだ。

 まだ、こいつはたった12歳の子供だった!

 愛も恋もこれから知っていく、そんな子供だったんだぞ!

 

 覚醒していく。瞳が、変わっていく。

 万華鏡が、花開く。

 

「まだ、逃げてなかったのか」

 煩い。

「は、やはりまだガキだな」

 知ったことか。

 

 もう、どうでもいい。

 オレは……。

 

「消えろ」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

『ねえ、母さん、いつになったらオレの妹は生まれるの?』

『そうね、あと2ヶ月ってところかしら。ねえ、赤ちゃんに会える日が楽しみ?』

『うん、オレ弟か妹がずっと欲しかったんだ。えへへ。オレは、お兄ちゃんとして妹が生まれたら守って上げるんだ』

『ふふ、頼りにしているわ、お兄ちゃん』

 

 

 

 * * *

 

 

 

 血の騒乱が終わり、夜が明けていく。

 なにごともなかったかのように、風は朝を運び、日が昇る。

 夜明けは、死んだ少年の髪の色に少しだけ似ている。

 もう、いない。

 もう自分以外にいない。

 自分以外の全ての人間は地に伏せ、赤く染まっている。

 カァカァと、どこからか烏の鳴き声が届く。胡乱な目でオレはそれを見た。

 まだ、どこかで現実じゃないような錯覚を覚えながら。

 

 自分以外は、皆、死んでいた。

 

 最強幻術、『別天神』。うちはシスイ固有のこの瞳術は対象を幻術に操られているという自覚無く操る、幻術においての最高峰。それによって、彼らは同士討ちを起こし、死んだ。

 

 やがて、徐々に理性と思考が戻ってくる。

 自分が何をしたのかも、太陽の光に照らされる時刻になり次第に理解し始めた。

 

「あ……」

 理解と同時に、血の気が引いて、顔が青ざめる。

 

 最強幻術『別天神』。

 これは、この力はあまりにも強すぎる。

 なんてことをしてしまったのか。

 いくら怒りで我を忘れていたとはいえ、こんなとんでもない力を使ってしまうなんて。

 これは、禁術なんて言葉で収まらないほどの恐ろしい力だ。

 世の理を壊せる、そういう力だ。

 

「うぐ、うえ、うえええ」

 唐突な吐き気に胃の中のものを全部吐き出す。それでも、治まらなくて、気持ち悪くて、昨日食べたもの全てを吐き出さんばかりに吐いた。

「うげえええ」

 ああ、気持ち悪い。気持ち悪い。

 

 これは、恐ろしい力だ。

 

 オレは誰よりも自分が凡人であることを知っている。

 たとえ優秀な才能があっても、それを使いこなす頭脳が足りないことを理解している。

 そんなオレが、凡人でしかないこのオレに、こんな力があることを誰かに知られたら、それは碌な結果を呼ばない。この目を隠さぬというのなら、それこそ原作のうちはシスイのように争いの胤になる前に痕跡を残さぬよう死ぬしか他にないのだ。

 それほどに、この目が成してしまえることは使い道次第で危険であり、戦争の火種に充分になりえるものだ。

 

「でも……オレは……!」

 死ぬ気なんて、ない。

 原作のシスイのように、騒乱の元になる前に自ら死んでのけるつもりはない。

 だって、オレはシスイを殺した。本物のシスイを殺して成り変わったんだ。

 オレは何も成していない。オレは何も成し遂げていない。

 他人を犠牲にしてこうして生きているオレが、何も成さず死に逃げるなど赦されていいわけがあるか。

 イタチのこともある。あの子供が将来受ける悲劇を、あの子供に将来降りかかる悲劇を知ってて死に逃げ、見殺しにするなんて、そんな真似はしたくない。

 

「隠さなきゃ」

 この目を知っているものはいない。この力を知っているものはいない。今ならば間に合う。

 オレは『万華鏡写輪眼』を開眼しなかった。ただの写輪眼しかもっていない。そうでなきゃいけない。そうでないと……。

 

「……!」

 怖いんだ。どうしようもなく怖くて仕方ない。自分の中に、こんな化け物のような力があるなんて、怖くて怖くて仕方ない。これは人が持つべき力じゃないんだ。

 証拠を消そう。この夜の痕跡を消そう。

 それが、オレの、率いては皆の平穏に繋がる。

 

「……火遁・豪火球の術」

 死体を燃やしていく。痕跡が残らないように、今夜のことがばれないように。

 1つ、1つ、全てを燃やしていく。

 人の焼ける臭いが鼻につく。

 先生は結局やってこなかった。あの子もまた助からなかった。2人ともきっと死んだのだろう。

 最後に、今は物言わぬ親友を見やる。

 輝かんばかりだった金色の髪は赤くくすんで、なのに何故そんなにどこか安らかな表情で眠るように死んでいるのか。

『シスイ、楽しかったぜ』

 笑う少年の笑顔。

 きっと忘れる日は来ない。

「……オレもだ。オレも、楽しかった」

 少年の額から木の葉の額宛を外す。

『あいつらに、情報、……渡したくないんだ。俺も……木の葉の忍び、だから……』

(お前は、木の葉を愛していたんだな)

 ぐっと、握りしめて、そしてそのまま額宛をショルダーケースへとしまった。そして、少年の遺体もまた、敵の死体同様に証拠が残らないように焼いた。

 声も立てず、嗚咽さえ漏らさず、なのに滂沱の如く、涙は止まらなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ―――――オレは、日本の極平凡な家庭で育った。

 父親はサラリーマンで、母親は主婦。でも週に4回はパートに働きに出ていて、夫婦仲は良好。とくに特筆する物もなく、至って普通の家庭だった。

 6歳の時に妹が生まれた。

 幼稚園までずっと一人っ子として育ったオレは、兄弟というものに憧れていて、だから妹が出来た時は凄く嬉しかった。年が離れているので喧嘩にもならなかったし、それになによりオレはちっちゃな妹が可愛くて仕方なかったのだ。

 とはいっても、中高の時はやっぱりオレも思春期なので、自然と妹よりは友人とか恋人とか優先するようになっていたけど、それでも可愛い妹には違いがなかった。

 その頃オレは人生がとても楽しかった。

 学校に行けば友達はいくらでもいたし、別に美人とかじゃなかったけど、2つ年上の彼女は普段は結構あっさりしているのに、オレにはちょっと甘えてくるところが可愛かった。

 馬鹿やってはしゃいで、へたくそなギターとか奏でて、朝までカラオケいったりして、高校3年になると必死こいて受験勉強をして、大学に入ったら、好きな男が他に出来たっていう前の彼女とは別れて、サークルで知り合った新しい彼女とあれやこれや趣味の話をして、笑って、ライブに付き合って、バイトしたりとかして、毎日が楽しくて楽しくて仕方なかった。

 だけど。

 貰ったバイトの給料をこつこつためて、ある日親父とお袋に1泊2日の温泉旅行をプレゼントしたんだ。

 たまには夫婦水入らず過ごせよ、と照れ隠しに顔を顰めながらぶっきらぼうに券を渡して、妹の面倒はオレが見るからいいから行ってこいと送り出した。

 オレにしてみれば、これまで何不自由なく育てて貰った感謝を、成人を機にちょっとでも返したいという思いだったのだけど、面と向かって言うのは恥ずかしくて全部こっそり用意していた。

 親父とお袋はそれで喜んで、「ありがとう」と何度もオレに言った。

 良いから行け、と言って送り出して、照れくさくて最後まで顔を正面から見れなかった。

 親父とお袋は車に乗って姿が見えなくなるまで、何度も「ありがとう、ありがとう」とそう言った。

 それが最後の姿になるなんて思わなかったんだ。

 夜にはメールが入った。「温泉で疲れがすっかりとれたわ。こんな孝行息子をもって、お母さん世界一の幸せ者よ」って。オレはなんて恥ずかしいメール打ってんだよ、と思わず照れて布団につっぷした。

 そして、次の日、その日、旅行からの帰りに居眠り運転のトラックと衝突事故を起こして、両親が死ぬなんて思っていなかったんだ。

 何故、なんて問いに意味なんてない。

 答え、なんてない。

 オレが悪いのかといったら、きっと違うって言われるんだろうと思う。

 でも、じゃあこの想いはどこに送ればいいのだろう。

 だけど、オレが弱音を吐くわけにはいかない。

 オレには妹がいる。6歳年下で、まだ妹は中学生だ。オレが、守ってやらなきゃいけない。幸いにもオレは成人している。別に施設に入る必要なんてない。

『えへへ。オレは、お兄ちゃんとして妹が生まれたら守って上げるんだ』

『ふふ、頼りにしているわ、お兄ちゃん』

 妹を守るのは、オレの役割だよな。

 両親の分も、オレが、あいつを守ってやらなきゃ。

 オレは大学を中退して働き始めた。彼女とも別れた。

 不幸中の幸いというべきなのか、両親の死は向こうの過失であり、慰謝料や保険金、遺産が俺たち兄妹には入った。でもそれに手はつけない。学校に進学するっていうのは金がかかるものだからだ。だから、それらは貯金して、妹の高校大学への進学費用にした。

 幸いというべきなのか、オレと違って妹は頭が良いし、それに将来なりたい夢もあった。資格をとるのにも金がかかるだろう。だったら、オレなんかに金をかけるよりも妹に金をかけたほうがずっといい。

 そして2人で暮らし始めた。

 職場ではオレは笑みを絶やさず、人が嫌がる仕事も率先してやった。その一方で人付き合いがいいとはいえず、妹の父兄参観や家庭訪問、その他地域の集まりなどに参加するのに忙しくて、事情を話して残業は勘弁してもらっていたし、飲み会も9割の確立で断っていた。

 夜遅くまで残れないかわりに、誰よりも朝早く出社して働いたけど、一部の人間から不満を買っていたのも事実だ。それでもオレはその生活を続けた。

 家に帰れば、掃除に洗濯、洗い物に料理と、慣れてないなりに出来るだけ頑張った。親がいないからってそれを理由に妹に不自由させたくなくて、負担をかけさせたくなくて、オレは家でもいつも笑顔を忘れないように気をつけていた。

 疲れた、とかしんどいとか、そういう弱音を吐いたら妹の負担になると思ったし、なにより1度でも吐いてしまえばオレが耐えられなくなりそうだと思ったからだ。

 結局は自分のためだったんだろうと思う。

 でも、やっぱり何もかも兄に世話されるのはよくないとでも思ったのか、あいつも調理実習くらいでしか料理なんてしたことなかったはずなのに、ある日から料理を作ってオレを待つようになっていた。

『あまり無理しないでね。料理くらいなら私だって出来るんだから』

 そういって、妹は少し焦げた料理を食卓に並べた。不格好で少し焦げっぽい料理。だけど、オレにとってはとても美味しくて、不覚にも少し泣きそうになった。

『ああ、美味いな。本当に美味い』

『もう、嘘つかなくてもいいんだよ?』

『嘘じゃないさ。ああ、もう本当美味いよ』

 その日から、料理と洗濯は妹の仕事になった。

 妹が大学に入るまでずっとそんな日々が続いた。

 オレは相変わらず、仕事にも家庭にも忙殺されていて、『彼女を作らないのか』と時々職場の先輩にいわれたりしても『いやー、あははは』と笑って誤魔化してばかりだったけど、その頃にはもう彼女を作りたいとさえ思えなくなっていたのだ。

 オレは笑う。家でも会社でもよく笑う。

 そんなオレにある日、妹は言った。

『ねえ、お兄ちゃん。無理して笑わなくていいのよ』

 オレは、無理をしていたのだろうか。

 もうずっと、外に遊びに行きたいとさえ思えないし、思わない。

 ネットに嵌りだしたのはその頃だ。

 なんとなく、深夜にアニメを見たりとか、漫画を読んだりとか。昔も別に嫌いじゃなかったけど、オタクっぽいなあとそこまで強い興味なんてなかったのに、人との付き合いが億劫になればなるほど、オンラインゲームやチャットなどで顔を合わせぬ付き合いを求める自分がいた。

 なんだろう、オレって誰なんだろう。

 会社の同僚はオレのことを「内田」と呼ぶ。ネットの知り合いはオレのことを「シスイ」と呼ぶ。妹はオレを「お兄ちゃん」と呼ぶ。さて、オレは誰なんだろう。

 母さんは、父さんは、学生時代の友人達は、どうオレのことを呼んでいたんだったっけ?

 なにかが悲鳴を上げ始めている気がした。でも、どうすればよかったのだろうか。

 そして、父母が死んで7年半の月日が流れた。

 来週、オレは28歳の誕生日になる。

 妹は就職の内定も決まり、来週のオレの誕生日にご馳走を作りにかえってくるね、とメールをくれた。妹からのメールは実に2ヶ月ぶりだろうか。

『これから、いっぱい恩返ししていくから、だからお兄ちゃんはもう自由に生きていいんだからね』

 そんなメールも入っていた。全く、と苦笑する。

 そんなこと気にしなくていいのに。兄であるオレがお前を守るのなんて当たり前だっていうのに、本当律儀だなあと笑って、メールを閉じた。

 夜勤明けでどうにも頭がふらつく。そういえば、今日はジャンプの発売日だ。どうせなら立ち読みでもして眠気を覚ますか。そう思ってコンビニにぶらりと足を運ぶ。最近のNARUTOの展開気になるんだよなあ。

 なんとなく喉が渇いていたので、チューハイを買って外に出て、一気に中身を煽った。冷たくて美味い。

 そして……家へのアパートの階段を登っていった。来週、妹が帰ってくるのを楽しみにして、あいつはまた綺麗になったんだろうか、なんて考えていたと思う。

『え?』

 丁度階段の1番上、そこでオレは足を踏み外して、そしてそのままオレは落ちていった。

 後のことはもう覚えていない。

 きっとその時にオレは死んだんだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 戦争は終わらない。

 あれから、更に半年が過ぎた。

 母は殉職し、オレは、あの戦いで敵の猛攻の中から1人情報を死守して戻ってきたことを評価され、前よりも危険な任務に度々送られるようになった。力があると思われたから、だろう。

 そして任務に赴く度に、オレの心は削られていくようだった。

 それでも笑ってはいる。

 へらへらと笑って、言われた通りに動いて、新しいチームメイトとも時には雑談を交わして。

 でも、胸のこの辺がぽっかりと寂しい。

 何かがどうしようもなく、痛いんだ。

 かつて軽口をたたき合った金髪の少年も、おさげ頭の忍者とは思えぬのほほんとしたくのいち少女ももういない。暖かくどこか、厳しいような優しいような父親みたいな雰囲気をもっていた、あの上忍の先生ももういないんだ。

「この先に今日泊まる拠点がある」

「おい、うちは。そんなぼーとしてどうした?」

「え? あー、なんでもないっすよ」

「なんだ、流石のお前も疲れたのか? 無理もない。俺たちと違って、お前の体はまだまだ子供だ」

 そういっていかつい顔をした中忍は苦笑した。

「それでもお前は頑張っていると思うぜ」

「そうだ、とても10歳とは思えん」

「瞬身のシスイ。全くその年で二つ名まで貰うとは恐れ入るな」

「はは、ありがとうございます」

 思わず今度はこっちが苦笑する。

 オレは本来のうちはシスイとは別人なわけだが、それでも結局貰う二つ名は原作と同じ『瞬身』だった。まあ、瞬身と幻術ばっかり鍛えてきたのだから無理もないのかもしれないが、ちょっぴり複雑といっちゃ複雑だ。

「ていうか、未だにお前が下忍ということが信じられないぜ、俺は」

「うーん、しかし今は忙しいっすからねえ。里にも余裕ありませんし、この戦争が終わったらぼちぼちと中忍試験受けてみます」

「そうしろ、そうしろ。まあ、なんにせよ、お前なら落ちることはまずないと思うぜ、俺は」

 そういって中忍の先輩はぽんぽんと俺の肩を叩いて先を促した。

 ……どうもこの部隊に入ってからは俺は弟ポジションだな。精神年齢は俺が最年長だし、任務中は妥協は互いにないんだが。

 そして、本日の拠点となるそこで、俺は見たくなかったものを見ることとなる。

 

「イタチ……?」

「……シスイ兄さん、おひさしぶりです」

 そこには、木の葉にいるとばかり思い込んでいた、うちはイタチの姿があった。

「オマエ、どうして」

 声が震える。問いかけたのは、反射的なそれで、でもそこでオレは漸くあることを思い出したんだ。

 そうだ、確かイタチは4歳で戦争を、経験したんだった。

 幼い頃から多くの死を見て、トラウマになったイタチは、それから平和を愛する忍びになったのだと、そうNARUTOでは書かれていた。

「イタチ、何をしている。早くしなさい」

「はい。父さ……父上」

 呼んだのはイタチの父、うちはフガク。見れば、気まずげなミコトさんの姿もあった。

「どう、して……」

「シスイ君。今、里では未曾有の人材不足だって知ってるわよね?」

 後ろめたいのか一瞬視線を彷徨わせてから、それから辛さを押し殺したような声でミコトさんはそんな言葉を口にした。

「あの人が、ね。イタチは自分の跡継ぎなんだからと、少しでも一族や里のために働くべきだって、それで此処で手伝いをするように……って」

「それを、あなたは許したんですか?」

 震える己の声を、どこか他人事のように聞きながら、まっすぐにミコトさんの目を見て、言う。

「……」

 それにミコトさんは答えない。気まずげに目線を逸らしたまま、聞かないで欲しいというように口を噤んでいた。

 それに、失望した。

 

 イタチが若干4歳にて、戦争を経験することは知識として知ってはいた。

 多くの人の死を見てきただろうことも。

 だけど、だけど、よりによって実の親が、幼い我が子をこんな場所に連れてくるのか!?

 イタチは、まだたったの4歳なんだぞ。

 確かにイタチは歳のわりに聡い。言葉だって、実は倍の年齢なんじゃないのかと疑ってしまいそうなくらいにしっかりしているし、身のこなしや落ち着きも年齢らしからぬ早熟さだ。それでも、守るべき子供に代わりはないんじゃないのか。

 才能があるから、そんなクソクラエな理由で、子供を大人に準じる扱いをするなんて間違っている。

 前線に出してないからなんて、言い訳なら聞きたくない。

 たとえ前線に出して無かろうと、戦力として用いているわけでなかろうと、こんな死の間近にイタチを置くなんて。その罪をわかっているのか。

 一族を守るため? 里を守るため? そんな理由で子供を利用するなんて、それこそクソくらえだ!

 あの子はいたいけなあんなに小さい子供なんだぞ。本来なら親の庇護で守られるべき子供なんだぞ。

 一歩間違ったらどんなに幼かろうと死ぬんだ。

 あいつみたいに。

 あいつらみたいに。

 悔しい。苦しい。悲しい。

 もう全て感情は滅茶苦茶だ。

 

「シスイ兄さん」

 毅然とした足運びでイタチは歩く。その手にはおにぎりと濡れタオルが握られている。

「これ」

 表層は毅然と振る舞いながらも、己の役割を全うしようとするイタチの眼差しの奥深さに、一抹の陰りと小さな子供の傷を見る。

「……!」

 たまらず、人目も忘れて、オレはイタチを抱きしめていた。

 

 妹のように思っていた。

 実の妹のように、守ってやりたいと思っていた。

 うちはの悲劇は、イタチの痛みは、うちはのクーデター未遂以前からあったことを、何故オレは見落としていたんだ。守ってやりたいと、そう思っていたのに。

 どうしようもなく俺は俗人で、無力だった。

 ああ、もう感情はゴチャゴチャだ。目が熱い。たまらない。涙が抑えられそうにない。肩が震える。

「ごめんな……」

 もう、何が悲しいんだか、苦しいんだかすらわかりやしない。

 何に憤り、何に謝るのか。

「イタチ、ごめん」

 一体オレは何を恨んでいるのだろう。

 木の葉か、一族か、イタチの両親か、それとも何も出来ない情けない自分自身をか。

 でも、涙が止まらないんだ。

「……ごめん」

 ただ、壊れたように、怪我の手当や空腹や疲労すら忘れて、オレは肩を震わせながら、イタチを抱きしめ続けていた。

 何に謝っているのかさえ定かでない謝罪と共に、ずっと。

 イタチはまるで、イタチのほうこそが年上であるかのように、自分も傷ついているだろうに、そんなオレの背中を優しくぽんぽんと叩いていた。

 

 第3次忍界大戦が終結したのはその数ヶ月後のことだ。

 オレはそれからすぐに中忍へと昇格し、戦中の働きにより、一族のものにも一目置かれるようになっていた。そして、フガクさんは、何故かオレをイタチの婚約者へと指名した。

 どうやら、ミコトさん曰く、あの日、謝りながらイタチを抱きしめ続けるオレの姿に、何か思うところがあったらしい。それが何かはわからないけど、親の情であってほしいと思う。

 また、先の大戦で両親を亡くしたオレに対する援助の表れでもあったらしい。これは人から聞いたわけではないが、それでも少し考えればわかることだった。

 別に、オレはイタチのことを女として見たことなんてないが、それでも悪くはないと思う。

 正直オレにとってのイタチという存在は、守るべき子供みたいな感じで、実の妹みたいに想っている相手でであるわけで、多分これから先も女として見ることは(前世で男のイタチを知っているので余計に)ありえないとは思うけど、婚約者という立場を利用してイタチをオレが守れるんならそれで良いんじゃないかと思う。

 オレがイタチの婚約者であることは、フガクさんが裏でオレの立場を守ってくれるという意味でもあるわけだが、逆にそれはオレがイタチを守る口実にも使えるというわけだ。

 なくてもいいけど、あって困ることはない。いつかイタチが成人し好きな男が出来たら破棄すりゃいいだけだし、それまではオレが護ってやる役でいいんじゃないのか。婚約者なんてそんなもんだろう。

 

 そして、里の復興が始まる。

 その日は任務も休みで、オレはイタチを連れて、火影岩のすぐ側から里を見下ろしていた。

「大分、復興が進んだね」

「そうだな」

 イタチは変わらない。

 その静かな瞳の奥に傷を抱えて、けれどその傷さえ受け入れてこうして日々を過ごしている。

 強いな、と思うけど、子供なんだからそんな風に自分で抱え込まなくていいのに、とも思う。

 あれから、イタチは無表情に近い表情が増えた。

 けど、その無表情じみた美貌の中に、ふと柔らかいものを少し混ぜてイタチは今里を見ている。

 慈愛、だろう。

「なあ、イタチ。イタチは木の葉が好きか」

「好きですよ」

 親に言われているのか、最近イタチはオレに対して敬語になることが増えた。

 別に素でも怒ったりしないんだけどな。

「うちは一族も?」

「シスイ兄さん?」

 少し不思議そうにイタチは首をかしげてオレを見上げる。オレの質問の意図を確かめるように。だからオレももう少し詳しく口にする。

「あの戦争で、お前は嫌なものをたくさん見たろう。醜いものも見てきたはずだ。けど、それでもお前は、木の葉を愛しているか」

 それに、イタチは。

「はい」

 そう、気負うでもなく、笑って答えた。

「確かに嫌なものもいっぱいあるのかもしれない。でも私は木の葉が好きです。木の葉の、ようやく訪れた平和を守りたい」

 そう決意するようにイタチは告げた。

 それはまるで敬虔な信者が神に祈りを捧げるようで。

 神聖で尊い何かを見た気がした。

 

 オレは、木の葉を愛しているだろうか。

 それは、好きなところはある。

 好きなやつもいる。

 守ってやりたいものはある。

 それでも、オレは、こんなふうに真摯にあれない。純粋に木の葉を愛せない。

 オレの木の葉への想いは、一族への想いは、愛憎が入り混じっている。イタチのように、清濁合わせて愛したりなど出来ない。

 あんな幼い子供を死に追いやるこの世界を憎む気持ちがないなんて、言い切れない。

 オレは、オレこそが凡人たる愚物だ。

 けれど、イタチ、お前は……。

 

 昔、前世で思ったことを思い出す。

 その感慨は今、確信へと変わる。

 

 そういえば、ある漫画を読んだときも思ったな。

 某死神漫画の主人公の名前の由来。

 一を護る。一を守り通す。

 それを読んだ時、オレはそんな風に生きたいと思ったんだ。

 オレは、全を守れない。そんなに万能じゃないし、ヒーローにもなれない。吃驚するほどのエゴイストで俗物だから。

 だから、護るなら一だけだ。

 最上の、一を。

 全てを守る代わりに、護りたいと願った一だけを守り通したい。

 たとえ、それ以外を切り捨てたとしても。

 

「なぁ、イタチ、聞いてくれるか。オレに、夢が出来たんだ」

 イタチは知性の光を帯びた静かな黒曜石のような瞳で、オレをまっすぐに見上げる。

 そんな真摯な態度がどうしようもなく、嬉しい。

「オレの夢は……」

 ざぁっと、風が吹き抜ける。延ばし始めたイタチの髪が風に跳ねて揺れる。

「……え?」

 それでも聞こえただろうに、信じられなかったかのようにイタチは聞き返す。

 それに、オレは苦笑を浮かべて、それからこれまでになく穏やかな気持ちで笑って、イタチにまっすぐと視線を合わせながら、再びその誓いの言葉を告げた。

 

「オレの夢は、お前を火影にすることだよ」

 

 

 

 続く

 

 

 


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