随分とお待たせしました。漸く今回で『うちはシスイ憑依伝』本編は完結です。
ただし、おまけ作品として制作していたこの話の続編に当たる『うちはシスイ憑依伝・続』がこのままでは2万文字オーバーしそうな勢いでして、あ、これ後書きで連載しようと思ったけど載せるの無理だなーと思ったので、本編自体はこれで終了ですが、更新自体はあと一回続きます。
因みに続編である『うちはシスイ憑依伝・続』については現時点で予定の8割書き上がっていますので、早ければ今夜中、遅くても明日には更新する予定です。
ただし、続編のほうはガッツリTSイタチさんがヒロイン化していますので、そういうの苦手な方はここまでのお付き合いということで宜しくお願いします。
どこか信じられない気持ちで、オレはその男を見ていた。
モジャっとしたクセの強い短い黒髪や、キリッと上を向いた眉、釣り目気味の一本睫と二重まぶた、しっかりした顎の形、大きめの団子鼻に、やや大きめの耳と、どこか凛々しくも優しい風貌。
それは毎日のように鏡の向こうで見る『オレ』と同じ姿をしていて、だけどどこまでも違った。
だから……。
『うちは、シスイ……?』
今はオレのものであって、けれどかつてはオレのものではなかった筈のその名を呼んだ。
男は凛々しさの中にどこか品の良さを併せ持つ、オレとは全く違った表情でもって笑って、そうしてオレの言葉に静かに頷いた。
“ああ……”
その男の言葉を合図に、じわりと熱い滴がこみ上げてくる。気づけばオレの夢の中の筈であるその暗闇の中で、男を前に静かに涙をこぼしていた。
“おい、何も泣くことはないだろう”
そんなオレを前にして、男は慌てつつも、けれどどこかでこの結果をわかっていたかのような、なんとも言えない顔で、オレを見ながらそんな言葉を言う。
『……殺したと、思っていた』
ポツリと、溢すような押し殺したような声で、オレは涙を拭うことさえ忘れて、長い間自分の中に燻り続けていた言葉を男に告げていた。
『オレが殺したと、思っていたんだ』
“知ってはいたが、涙もろいな、君は”
今のオレと同じ姿をして、けれどどこまでも違う男……本来のこの肉体の持ち主であろう『うちはシスイ』は、そういって仕方なさそうにオレを見て薄く笑った。
この世界に時の概念があるのかは怪しいが、1体どれくらい時間が経ったのだろうか。
一通り涙を流し終えると、いくらかオレにも冷静な思考が戻ってきた。
『悪ぃ』
それはかっこ悪いところを見せたことか、それとも…………なことか。どちらかは自分自身でさえ判別出来ないけれど、オレは謝る。そんなオレに対し、『うちはシスイ』は頭をゆっくりと左右に振ることで気にするなとそう告げた。
『なぁ、此処はどこなんだ?』
オレは自分の気恥ずかしさを誤魔化すように、この場が一体何であるのかを尋ねる。
“ここか? ここは君の……イヤ、オレたちの魂の奥底だ”
そう、『うちはシスイ』は答えた。
……オレ達の?
“なんならただの夢と思って貰っても構わない”
深層心理という意味では大して変わらないからな、そう腕組みをして更に男は言った。
『いやいやいや、『オレ達』って、随分聞き捨てならないことを聞いた気がするんですけど?』
そんなオレの言葉を前にも、『うちはシスイ』は笑って首を左右に振るだけだった。
その達観は、雰囲気は、まるで現世に生き疲れた老人にも似ていて……オレは思わず問わずにはいられなかった。
『なぁ、アンタずっと此処にいたのか』
“…………”
『ずっと、見ていたのか』
オレの言葉に、『うちはシスイ』は答えない。そんな男の態度に少しの苛立ちを覚えて、思わずオレはまるで恨み言のような言葉を無意識に吐いていた。
『オレの……いや、『前世』の記憶が鮮明になりはじめたのは、オレが『うちはシスイ』として、アカデミーを卒業するかしないかあたりだった。そして、思い出せば思い出すほど、同時に奇妙な喪失感をも感じていた。他人には説明の付かない、なにかが抜けていくような、漠然とした不安だ』
あの頃の……あの奇妙な感覚のことは、今でも鮮明に思い出せる。
『気づけばオレは、『独り』だった。どうして、そう思ったのかわからない。オレには一族のみんながいた。チームメイトのみんながいた。先生がいた。イタチや母さん、ミコトさんたちがいた。なのに、ああ『独り』になったんだ、と思ったんだ』
“…………”
『だからオレは、きっと、アンタを、本物のうちはシスイの魂を殺してしまったんだと、そう思ったんだ』
そんなオレの言葉に、『うちはシスイ』は、暫くの沈黙を護った後、ポツリと溢すような声で謝罪の言葉を告げる。
“すまない……”
なんでそんな顔をするのか、なんで謝るのか、わけがわからずオレは困惑する。そんなオレに対し、男は言う。
“オレは、君の中で10年間眠っていた。任せても大丈夫だとそう思ってな。結局オレは、君にも重荷を背負わせてしまっていたらしい”
その言葉の意味は、一体……。
『なんで……眠っていたんだ?』
“オレは失敗したから”
男は答えた。
“あの時代に戻って、そのオレのイレギュラーさに引かれるように、異世界から来た君の魂がオレの中に彷徨い込んできて、オレは君の知識と記憶を知った。それで思い知らされたよ。結局のところオレは、『アイツ』のことを親友と呼びながら、信頼という呪いで縛って、アイツに里と一族という重荷を無責任に背負わせてしまったんだと”
それは、その言葉はつまり……。
『逆行……?』
聞いたことはあった。過去の自分に還り、時を戻してやり直す、そういう小説のことを『逆行小説』というんだと、朧気な遠い知識で思う。それに、『うちはシスイ』は苦笑しながら答える。
“そう言うらしいな”
そして、『うちはシスイ』はどこか遠くを見るような目をして、ポツリポツリと語った。
“アイツは、小さな頃から随分と大人びていた子供だった。出来過ぎなくらい飛び抜けて優秀で、オレより結構な年下だってことも話しているうちに忘れるほどに、まるで大人のような見識の持ち主だった。だからオレはアイツのことは弟分と言いながらも対等に扱ってきた。……アイツがまだ年端もいかない少年だった事にも目をつぶって、な……”
そうして何かを思い出すように、あるいは教会で敬虔な信者が神に祈りを捧げるように、男はそっと目をつぶって言う。
“今更言っても言い訳にしかならない……だが、あの時、全てをアイツに托したのはそんなつもりじゃなかった。アイツに、全部を背負わせる気なんてなかったんだ”
そういって自嘲するように『うちはシスイ』は笑った。
“オレは結局、アイツが……イタチがまだほんの子供でしかないってことを理解してなかったんだよ”
それは間違いなく懺悔の言葉。
オレは思い出す。こちらの世界でのイタチのことを。
ああ、そうだ。フガクさんの言葉を思い出すまではない。事実として、イタチはこれまでオレ以外の人間に子供として扱われたことなんて殆どなかった。それはアイツの実の両親であるフガクさんやミコトさんでさえ例外ではないのだ。
アイツは大人以上に聡い子供だったから、誰よりも特出した才能を持っていたから、だから誰もイタチのことをただの子供だなんて思わなかったのだろう。何1つ世話をすることなく、イタチは幼くして大人と対等に張れるそんな自我と見識を持っていた。そう、誰もがイタチは『特別』なんだと、疎み妬み羨望し、そしてその果てに遠ざけた。……そんな孤独に、傷つかぬ子供などいないだろうに。
不幸にもというべきなのか、しかしイタチは精神的にも強かった。だからこそ、嫌われ疎まれ中途半端に大人のように扱われても耐えることが出来た。傷をついてもそれを隠すことが上手かったといえる。それがまた悪循環を呼ぶのだとは、きっと知らず。
美貌、人格、精神、才能……全てに於いて恵まれ、一見完璧なイタチは、その能力のままに、大人として扱っても問題ないのだと、周囲に誤解させ続けてきたのだ。本当はあいつも護られるべき子供だったのにも関わらず。
どれほど大人びていようが子供は子供でしかないだろうに、そんな当たり前さえその特異性により見過ごされて、大人達は早熟な子供を相手に頼り甘えた。
―――――それはきっとこの目の前の男でさえ、例外でなく。
そのことを、今こいつは後悔している。こんな風に自嘲して、自分を責めながら暗闇に身を任せてきたのだと、悔恨の念がこいつに、眠り続けるという選択肢を選ばせたのだと、それ以上言われなくてもよくわかった。
思えば、うちはシスイ自身、まだ随分と年若い。その身空で、里と一族を想い、自ら自分の人生に終わりを告げたのだ。
未練もあっただろう。やりたいこともしたいこともたくさんあったろう。
それでも最善を考えて、そうすることが結局は皆の為になると思って、そのために死を選んだのだ。
それはどれほどの覚悟だったのか。
強いな、と思う。けれど……。
『馬鹿だな……』
そっと、オレは目の前の、今は同じ姿をした違う存在へと手を伸ばす。
『オマエも、子供だろ?』
笑って、オレは男のクセっ毛をクシャリと撫でた。『うちはシスイ』はそんなオレに対して、僅かに驚きに目を見開いて、それから泣きそうな顔で微笑った。
……失敗したってよかったんだ。子供が全てを背負うことなんてない。それはお前だって例外なんかじゃなかったんだ。そんな気持ちが少しでも伝わればいいと思って、オレは目の前の同じ姿をした男をあやすようにそっと抱きしめた。
“……オレはまた眠る。好きに生きればいい”
『イタチには会わないのか?』
“いや……この世界のイタチはオレの『親友』じゃない。同じ起源をもっただけの、同一人物の別人さ。そうだろう?”
『ああ……そうだな』
結局の所、この世界のイタチを救えたとしても、それでも『うちはシスイ』の親友だった男が全てを背負って死んでいった事実は何も変わらない。だからオレは頷いた。
『なぁ、オレが何をしようとしているのかは知っているんだろう? お前は、『うちはシスイ』なのに、引き留めないのか』
言われて止めるつもりはないけれど、オレがやろうとしていることはとてもじゃないが、本物のうちはシスイにとって到底認められるようなことじゃないと思う。そう思って暗闇の奥に去ろうとする『うちはシスイ』にオレは思わずそんな言葉をかける。
そんなオレに対し、苦笑しながら、男は意外なほどに晴れ晴れとした口調でこんなことを言った。
“言ったろう? オレは失敗した。今度こそアンタに任せて眠るさ”
それはいつかの世界の、
……きっと、この先男が目覚める日はもう来ないのだろう。
『おやすみ、うちはシスイ』
“ああ……おやすみ、うちはシスイ”
そしてオレは、夢の世界から現実へと、溶け帰って行った。
* * *
……それは静かすぎるほどに静かな朝だった。
ゆっくりと身体を起こす。その時、ポロリと何かの滴が垂れ落ちて、オレは思わず目元へと手をやる。
「……あ?」
気づけば、眠りながらにしてオレは泣いていた。
「ああ……そうか」
静かに溢れるままの涙を親指の腹で拭う。
「もう、会えないんだな」
ポツリ、と呟く。応えを返すものなどどこにもいやしない。
今日の任務もない。あったところで、使い物になったかさえ怪しい。だから、今日は非番で幸運と思うべきなんだろう。
「……」
ぐいと乱暴に寝間着の袖で涙を振り払う。
そして、オレは、朝食を取ることさえ後回しにして、戸棚の奥に仕舞っていたそれを全て取り出した。
それは、ボロボロに擦り切れ、何度も読み直して手垢だらけとなったメモ帳と巻物。この世界にやってきて、ここがNARUTOの世界だと認めたオレが、忘れてしまわないようにと書き記した原作知識の欠片達。
この15年以上の歳月で、何度も読み返した。
それこそ、何度も何度も、決して忘れないように、書いた内容を全て暗記してしまうまで。
そしてオレは、もう一度忘れないようにそれらを読み直すと、集めたそれらを庭の片隅に寄せ全てを燃やした。何1つ、痕跡など残らないように。
それから、オレはゆっくりと立ち上がり、いつもの黒衣に着替えると、一握りの手荷物をもって家を後にした。
最初に目指すのは……第3演習場。
……此処に来たのは一体いつぶりだろうか。
数多の名前が書き連ねられた慰霊碑が佇む、此処は任務中に殉職死した英雄達のもう一つの墓標。
そこには、かつて初めてオレに担当上忍としてついた父親みたいだった先生と、この世界で初めて親友と呼んだチームメイトだった少年と、おさげの医療忍者見習いだった少女の名前も刻まれている。
……何年もずっと、ここに来ることを避けてきた。
なんで、なんて言われても困る。
きっとあいつはこんなオレを見たら『友達甲斐のない薄情な奴め』なんて言って笑うんだろう。
でも、きっとオレは、アイツの、あいつらの名前を正視するのが怖かっただけなのだ。
結局の所、オレは臆病者だ。
当たり前のように人の命を奪って、他人の精神を10人、20人で済まないほどに崩壊させて、そのくせ自分の夢を諦めるつもりもなくて、他人の命を踏みつけながら、笑って毎日を生きている。
敵の命を奪うことに、罪悪感は覚えても躊躇なんて覚えやしない。
そんなオレが、オマエらの死を正視するのがこんなに怖いなんて、まるで悪い冗談みたいだろう?
でも、それも今日までだ。
そっと、オレはポーチの中から、ごそりと古びて血がこびりついたそれを取りだした。
それはあの日、別天神を隠蔽するために自ら燃やした少年の身につけていた、木の葉の額宛。たった12歳で命を落とした
……何度も、アイツの家族に返そうと思った。だって、たった1つの形見なんだ。でも返せなかった。手放せなかった。どうしても、渡せなかったんだ。そしていつからかずっと手元に置いていた。
オレにとって、この9年以上の月日において、これが共にあることは当たり前だった。これの存在も、その持ち主であった金髪の少年のことも、忘れたことなんて、一日も無かった。
今でもあの最期は鮮明に覚えている。その命を奪った感覚さえも鮮やかに。
「お前は、もしかすると、オレを怒るかもしれないな」
これから自分がやろうとしている行動を前にして、ポツリと、思わずそんな言葉を呟く。
きっとあの世に逝ったときお前はそんなオレを怒るんだろう……お前は、木の葉を愛していたから。
「……さよならだ」
そしてオレはアイツの額宛を、慰霊碑の片隅へと置いて、その場を立ち去った。
……イヤに、足が重く感じる。それはまるで絞首台の階段を一歩ずつ昇っていくかのように。
だけど、やめるなんて選択肢だけはどこにもない。心臓だってイヤな音を奏で続けている。
それでも、もうオレは逃げない。
いつかの夢を、かつて語った己の言葉を、嘘になんてする気はないから。
そして、扉を開けた。
「……おお、シスイ」
そこには、いつもは好々爺のような顔をして里人をいつも見守っている三代目火影の猿飛ヒルゼンが、どこか後ろめたいような迷いの色を一瞬だけ宿してオレを見て、けれどいつものように深く火影のための椅子に腰掛けていた。
「なんの用じゃ?」
きっとオレの用件をわかっているから周囲から暗部を遠ざけたんだろうに。そう思う心はあるけれど、オレは淀みなく、無表情に近い顔のまま、機械のような動きで床に頭をこすりつけ、その言葉を口にした。
「お願いがあって、参りました。三代目火影様」
「…………」
土下座そのものの最低姿勢でそんな言葉を言い出したオレを前に、何を話すべきなのか思いつかなかったのか、三代目は沈黙を守り、その代わりのように静かに煙管から漂う煙の匂いだけが部屋を支配する。そんな中で、まるで何事もなかったかのように機械のように無感動の侭、オレは続けて言った。
「イタチに、うちはを滅ぼさせるのは止めて下さい」
「……そなた」
知っていたのか、と続きそうな放心具合で止められた声を前にして、オレは誤解させないように即座に説明を続ける。
「イタチが二重スパイだろうことは知っています。けれど、あいつが言ったわけじゃありません。知っているでしょうが、あいつはそんなことを他人に言いふらすようなそんな奴じゃありません。オレはあいつのことを昔から知っている。あいつが木の葉を愛していることや、戦争を忌んでいることだって知っている。それを避けるためなら、命じられれば身内さえ斬れるような奴であることも」
「…………」
「けれど、今回のことの発端はオレです。うちはのクーデター計画は、オレがあいつらを止めれなかったから、オレのミスで口実を与えてしまったから、だから起きようとしているんです。なら、そのケジメはオレが取るべきでしょう。イタチじゃない」
三代目は何も言わない。ただ、オレに伝わってくるのは焦燥と躊躇い、そして僅かな罪悪感だ。
三代目はオレに告げるべき言葉が思いつかない、だからこその沈黙なのだろうと思った。
「……顔を上げよ、うちはシスイ上忍」
やがて、どれほどの時間が経ったのか。数秒だった気もするし、何十分もだった気がする。ただ、その三代目の言葉を合図に、オレはゆっくりと顔を起こした。けれど、まるでからくり人形のように、オレの顔は変わらず無表情を描いていた。
「今回のことは、おぬしのせいではない……」
それは慰めの言葉のつもりだったのだろうか。
「いいえ」
だからオレは言う。
「オレのせいです。だからこそ、その役目はイタチじゃない、オレがやるべきだ。いや……こんな言い方じゃ狡いか。そうですね、三代目。オレは貴方の事は信用しています。だからこそ、本心を語らせてもらいます」
その言葉に、本日初めて三代目はオレの顔を真っ直ぐと見た。
「……覚えていますか。8年前にオレがイタチに告げていた言葉を」
オレが何を言わんとしたのかがわかったのか、三代目は刹那目を見開いて、そして唇の動きだけで「おぬしは……」そう言葉を描いた。どうやらしっかり覚えているらしい。そんな三代目を前にして、くすりと笑顔さえ浮かべてオレは言う。
「オレの夢は、願いは昔っから何1つ変わっちゃいない。いつかいったよな、オレは。あいつは火影の器だって。あいつの描く未来がオレは見たいんだ。だから、イタチの為なんかじゃない、オレはオレのために、オレがイタチに闇の道を歩かせることだけはなんとしても許容出来ないんだ」
そんな風に言い切るオレを前に、三代目は告げる言葉を失う。
「オレは全員守れるような英雄でも神様でもねえから。だから、護るのは一だけだって決めていた」
「その一が、イタチであると……?」
「嗚呼」
オレは是と答えた。
「そうだ、オレにとっては一族よりも、イタチのほうが、率いてはあいつが作り上げるだろう未来のほうが余程重いんだ」
それは純然たる事実だった。
「それに、オレなんかよりもイタチを残した方が将来的にも木の葉のためになる、そうだろう?」
何故なら、イタチは木の葉を、里を愛しているのだから。
……愛したいと願いつつ、同時にこの里や一族、この世界に嫌悪も抱いてきたオレとは違って。
「おぬしは……」
その震える声の続きはなんなのだろうか。聞きたいような気もするし、聞きたくないような気もする。だから三代目の言葉を遮るように、オレはオレの思いの丈を続ける。
「だから三代目、あんたはオレに後ろめたさなんて覚えなくていい。罪悪感なんて覚えなくていい。ただ一言命じてくれたらそれでいいんだ。アイツを護るためなら、あいつら姉弟が笑っている未来を護るためならオレはなんでもするよ。汚れ仕事だってなんだって、里の忍びじゃ出来ない仕事だろうと喜んでやってやる。だからイタチじゃなく、その役目はオレに命じてくれ」
そして再び、地面に頭を擦り付けるようにして、オレは目の前の、木の葉の長へと懇願の声をかける。
「頼む、三代目。他は全部殺すから、禍根なんて残らないようにキチンとオレが全部殺すから、だからイタチとサスケの2名だけは助けて下さい……!」
「……シスイ」
「オレはアイツに、親殺しの……一族殺しの罪を背負わせるような真似だけはどうしてもしたくないんだ!!」
……秘密裏に、願いは叶えられた。
イタチには話すことのない密約。イタチには知らさせることのない口約束の契約。
話し合いの末に実行日はイタチに告げられている日よりも5日早く、その日三代目はイタチに遠方の任務を与えることを約束してくれた。
……これでいい。これでいいんだ。
このオレの手で全てを奪うだろうことは、今だ悲鳴が出そうなほどに苦しく痛いけれど、それでもイタチに背負わせるくらいならこのほうが断然マシだ。当日は、サスケがその場に遭遇しないように、アカデミーに向かうサスケに幻術で暗示をかけ、夜遅くまで帰らないように仕向ければいい。
震える心も、親しい人達をこの手にかけることに怯える気持ちも全て、さあ、笑顔の仮面に隠してしまえ。どうせバレることはない。イタチと……『妹』以外にこの仮面がバレたことなどないのだから。
どうせあと数日だ。任務の忙しさを理由にすればイタチと顔を合わせることもない。
この仮面は見破られない。
揺れ動く気持ちは全て隠してしまおう。賽は既に投げられたのだから。
そしてオレは、虫に変化させ忍び込ませていた影分身によりその接触を知る。
……とうとうその時が来たというわけか。イタチに与えられた『一族抹殺の任』一週間前にして、イタチはあの男……マダラを名乗るうちはオビトと接触をもった。
だから、オレは……。
「よぉ、久しぶりだな、仮面の男さん?」
「……! 貴様」
イタチが去ったのと入れ替わるようにして、その男の前に姿を現した。
気配もなく、風のように現れたオレを前にして、オビトは警戒を込めて構えを取る。やっぱり九尾事件の際、オレに幻術をかけられたことについてこの様子じゃあ忘れてはいないらしい。そんなオビトを前にして、ヒラヒラと敵意がないことを示すように、オレは素手の両手を上下させた。
「おっと、物騒な真似は互いに無しにしようぜ、なぁ……『写輪眼の英雄』サン?」
「……!」
ピリピリと殺気が突き刺さる。だが、そんなことをなんでもないようにやり過ごして、出来るかぎり不貞不貞しく、尊大で余裕があるような態度を貫いてオレは言う。
「貴様、何を知っている?」
「さぁ? 何をでしょうねえ。ま、そんなことはこの際どうでもいいんだよ。オレはアンタと戦いに来たんじゃない。交渉しにきたんだ」
「何?」
オビトはオレの意図が掴めないのだろう。訝しげな顔をしてオレを見る。仮面をしていてもそんな感情が伝わってくるってどんだけだよ、と思わず苦笑したい気持ちを飄々とした態度で隠してオレは言う。
「交渉内容は先ほどのアンタとイタチが話した内容と殆ど変わらない。うちは一族への復讐は手引きしてやる。だが、里と、イタチとサスケの姉弟にだけは手を出すな。破れば許さん」
オレに出来る最大級の殺気を込めて、低くドスを効かせてそんな言葉を言う。そんなオレを前にして、淡々とした声で、うちはオビトはこんな言葉を言った。
「フ……許さんか。なら、どうする気だ」
「さて、アンタについて知っていること洗いざらい全国に垂れ流すことになるかもしれないぜ?」
そのオレの言葉に、男は暫し言葉を失った。
それからたっぷり数十秒は沈黙しただろうか。苦虫を噛み潰したような声で男は言う。
「……喰えない男だ」
「そりゃ、どーも」
それから男は、思わぬ質問を口にした。
「……1つ、答えろ。貴様はうちはイタチの婚約者だったな」
低く唸るような声で男は言う。イタチと許嫁であることは事実だが、何故今急にそんなことを言い出すのだろう。
「お前がうちはサスケまで守ろうとするのは、うちはイタチのためか」
男の意図が掴めず、オレは思わず眉を顰める。
わけがわからない。そんなことを問うてどうするというのか。そもそもオレがイタチとサスケを守ろうとすることに、許嫁であることが一体なんの関係があるというのか。この男にはオレがあの姉弟を守ろうとする理由など関係ないはずだろうに。
そんな風に思うオレに向かって、男は言った。
「お前は、うちはイタチを……愛しているのか」
その言葉に、漸く合点した。
どこか冷静さを装いながらも仄かに揺らぎが交じった声には、奇妙に男の感慨が混じっていた。一抹の感情移入。マダラの仮面の下に滲みだしたうちはオビトの、どこか狂おしいほどの感情の乱れ。
(嗚呼、そうか)
リンという1人の少女を失い、彼女の居ない世界などいらないと自ら闇へと己を委ねたうちはオビト。それでも感情を捨て切れたわけではない。カカシを生かしているのが良い証拠だ。
リンを貫いたカカシよりも、リンとカカシの危機にその場にいなかった波風ミナトよりも、そんな誰よりも、彼女を救うことが出来なかった自分と、彼女の消えた世界にこそ絶望した男なのだ、此処にいるのは。
そんな男にとっては、女への愛のために行動するというのは彼にとっては最も理解がしやすく、最もわかりやすい行動なのだろう。共感と羨望。見当外れのシンパシー。
きっとこの男は、『女のため』『愛のため』にひた走る男のことを嫉妬しながらも憧憬し、求め、女を救うために全力をかける男の物語を見たいと願っているのだろう。女への愛に全てを捧げるそういう男に感情移入をして、そして女を守れなかった自分の心を慰めたいのだろう。
そんなことで己の傷が癒されるわけでもあるまいに。
全く、とんだガキがいたものだ。全ての人間がお前と同じとでも思っているのか。
だが、勝手に誤解するのならいくらでもするがいいさ。その方が却って好都合だ。
利用できるものならば、いくらでも利用してやるさ。
それでオレの目的が達成出来るのならばお安い御用だ。だからオレはまるで男の指摘が真実であるかのように、淀みのない言葉で言う。
「そうだ」
「……」
オビトはそんなオレの言葉を前に沈黙する。その仮面越しの顔にオレは確かに男の葛藤を見た。
「オレは、イタチを守るためならば、なんでもしてやるさ」
イタチを女として愛しているかどうかという答えは偽りのものであっても、その言葉だけはどこまでも本当で、オレの真実で。だから躊躇いなどあるはずもなく、誓いのようにオレはその言葉を言い切った。
そんなオレを前にして、長い沈黙の果てに、男は口を開く。
「……良かろう」
「うちはイタチではなく、お前にオレは協力をしよう。今日からオレとお前は、共犯者だ」
……交渉は成立した。
―――――そして、約束の夜は訪れる。
「……シ……スィちゃ……ど……して」
死に際の問いに答えることさえなく、オレはかつてオレを可愛がってくれたおばちゃんの心臓に刃を突き立てた。せめて苦しまないように一息で、命を刈り取る。
胸の痛さなど無表情の仮面に隠して、オレは1人、1人殺していく。
女も、子供も、老人も、親しかった人達も、区別1つなく、まるで作業をするかのように殺し尽くしていった。
―――――そもそもに於いてオレはイタチほどの戦闘能力は持っていない。
未だにイタチよりもオレが勝るのは、幻術と瞬身の術と、あとは逃げ足と気配の隠し方……くらいのものだろうか。おそらくそれ以外の全てに於いて、オレは未だ12~13歳の少女にしか過ぎないイタチにとっくの昔に負けている。
その天才と凡才の差を悔しく思わないのかといえば嘘となる。
しかし、本来の『うちはシスイ』なら、オレよりはもう少しは良い勝負が出来るんだろうとは思う。イタチほどじゃなかろうが、『うちはシスイ』もまた麒麟児ではあるからだ。しかし、この身体を操るのがオレではたかが知れている。恵まれた資質を持った身体でも、それを活かす能がなければ宝の持ち腐れなのだ。
だから、オレが総合的に見ればイタチに劣るのは当然すぎる結果だ。
悔しいとは思う。オレだって男だ、当然だろう。けれど、それ以上にオレはそんなイタチが誇らしかった。
誰よりも強く、なのに自分に厳しく、時には他人にも厳しく、けれど謙虚で優しいイタチのことが大好きだったから、追い抜かれるのは寂しくても、それでもそれら全てを笑って受け入れていた。
けれど、笑ってばかりでいられるほど現実ってのは甘いものでもなくて。
今宵、虐殺犯はうちはイタチではなく、オレとなるけれど、そもそもオレにはあれほどの能力がない。
そんなオレが皆殺しという任を果たそうと思うのならば、その力のなさはどこかから補うしかないではないか。
だからオレは、卑怯だと蔑まれそうな手段に出た。
今日はうちは一族の会合の日だった。
大切な話があると事前に申し込んだことによって、いつもより何時間も早く始めるため、大人達は皆一カ所に早くも集まった。いつも通りを装うオレに不信感を抱くものはいない。イタチと違って、一族に素直に愛情の念も日頃から見せていたオレを疑おうとするものは、文字通り誰もいなかったのだ。
その信頼を……きっと裏切られることになるとは彼らは夢にも思っていなかったのだろう。彼らは、考え方が違っていてもオレもまた一族を強く愛していると思い込んでいたし、オレがクーデターに反対することさえ、今は理解してくれなくてもいずれは理解してくれるだろうとそんな風に思っていたみたいだから。
そもそもの誤解として、長年のオレが一族を敬愛する反面抱き続けてきた不審と嫌悪すら、彼らは気付いたことがなかったのだ。ある意味これは当然の帰結とさえいえる。
そしてオレはその全員に配られる飲み物の中に無味無臭に加工した遅効性の痺れ毒を混ぜ込んだ。誰もオレを警戒なんてしなかったから、呆気ないほどそれは簡単だった。オレ本人は解毒薬を事前に歯の裏側に仕込んで、他のみんなと同じようにそれを飲み干した。
そして会合が終わりを迎えて間もなく、毒がまわって皆は倒れた。
殺すと決めていたとはいえ、なんだかんだいってオレだって一族には愛着があったし、自分を可愛がってくれた彼らへの愛情だってあった。だから、なるべく出来るだけ苦しめたくなくて、痛みもなく、ただ痺れて動けなくなるだけの毒を選んだ。
そしてオレは痺れて動けなくなった彼らを、一突きで殺して回った。
勿論、中には耐毒耐性があって、ある程度動けたやつもいた。そういう奴にはオレの幻術をプレゼントして、硬直している合間に命を絶っていった。
けれど、それだけで殺められるのは会合に出席した大人達だけだ。だからオレは事前にもう一つの痺れ毒もうちはの集落に仕込んでおいた。大体、集会の1時間後に作用するように、影分身を通してあらかじめ用意しておいた。
それは皮膚から吸着する霧状の痺れ毒で、2時間くらいで効果は切れるし、さほど強力な代物ではなく、後遺症も残るような代物ではなかったが、それでも子供や老人には効果は覿面だ。
オレはまともに抵抗も出来ない女子供老人も、その年齢や性別で区別することもなく殺していった。
何も知らない無垢なる存在を手にかける時、胸が痛んだ。けれど手を止めることはない。
知り合いの恐怖に歪む顔は見ているだけで顔を背けたくなった。だけどオレは視線を逸らさない。
恨むなら恨めばいい。罵倒するなら好きなだけすればいい。オレに出来るのはその恨みも何もかも受け止めることだけだ。
これはオレが選んだ道だ。けれど、少しでも気を弛めば涙がこぼれ落ちそうで、解毒薬と一緒に頬の肉も強く噛み込んで、血を流して耐えた。そうしなければ、感情が漏れ出してしまいそうだった。
けれど、どんなに辛かろうとこの粛清を止めるわけにはいかない。あの2人以外の生き残りなど出すわけにはいかないんだ。
生き残った人数が多ければ多いほど、里人はこの事件に不審を持つことになる。残ったガキもまた、何かの拍子で真実を知ってしまえば里に復讐をしないとは限らない。三代目との約束だってある。そんなリスクを出すわけにはいかないんだ。
オレはイタチを守ると決めた。そのためにサスケも守ると決めたんだ。
だから、それ以外は切り捨てる。
イタチが里に仇なす事はありえない。サスケもまた、イタチがいる限り原作のように里に仇なそうとはしないだろう。イタチはたとえ一族を殺されても木の葉を裏切ることなどない。そして三代目はそんなイタチのことをよく知っている。
たとえエゴだとしても、オレは、イタチに光の道を歩んで欲しい。
アイツに火影になってほしい。
そのための障害は取り除くのだと、あの時オレは既に誓っていたのだ。
だから、言い訳はしない。
苦しいとか痛いとか、そんな言葉を漏らすような資格もない。
政権を奪取すると決めたうちは一族を、殺すと決めたのは誰でもないオレなのだから。
幸いにも、三代目はイタチとサスケの2人を守ることは約束してくれた。
この事件が終われば、オレは最悪の犯罪者として里を抜け、その後も里の便利屋として秘密裏に無償で使われてやる約束をしている。まんまオレと原作のイタチの立場が入れ替わる形だ。でもそれで構わなかった。
アイツが闇の道に行かずに済むのなら、木の葉という光の下にあれるというのならそれくらいお安い御用だ。オレの感傷や良心などドブにでもくれてやる。
お誂え向きというべきか、オレとイタチの表向きの関係は婚約者だった。だからこそ、この事件の真相を知るお歴々は、オレがイタチを残すことについて、『そういうこと』だと思うだろう。
三代目はともかく、里の思惑でいえば、イタチとサスケは里抜け後のオレに対する人質だ。だが、イタチは大人しく人質に甘んじるようなやつじゃないことはよく知っている。
寧ろ、あいつが人質であれると思うのなら、それはイタチを舐めすぎている。
イタチは強い。身も心も。強さに驕ることもなく、自分が間違っていたと思えば反省出来る素直さももっている。オレがわざわざ手を貸したりしなくても、前さえ向いて歩くことさえ出来たら、周囲はいずれイタチを木の葉に必要不可欠な人物だと認めていくことになるだろう。
それは願望ではなく、確信であり信頼だ。
いずれあいつは本当の意味での頭角を現すだろう。アイツにはそれだけの力と才があるのだから。
……それでも、アイツから離れる事に対して不安がないとは言い切れない。
そもそも原作でイタチは終盤にして病に蝕まれていたし、今はまだ万華鏡に目覚めていないとはいえ、アイツは情深い奴だから、おそらく両親と一族の死を知れば目覚めることだろう。そうなれば、いずれ失明のリスクも出てこないなど言い切れない。
だが、それでも思うのだ。
木の葉に居る限り、イタチは大丈夫なのではないかって。
そも、イタチは無茶をする奴ではない。基本技術こそ大事にしているイタチが早々に失明するほど万華鏡写輪眼に頼るとは思えないし、木の葉の医療技術は他里よりも何倍も秀でている。仮に病を発症したとしても、それでも早期治療を行うことが出来たら、助かる芽はいくらでもあるんではないのかと。
だから、火影の件を抜きにしても、やはりイタチは里に残るべきだと思うのだ。
オレにとってイタチに原作と同じ道を歩ませることは、あり得ないことなのだから。
……しかし、本当にオレというやつは人でなしだな。
オレは選んだ行為は同じでも、其れを行う理由はイタチとは余りに違う。自分を育ててくれた一族を滅ぼす理由が、里のためでも平和のためでもなく、自分の夢のためだなんて、こんな酷く自己中心的な理由が他にあろうか。
原作のイタチが一族殺しの任を受けたのは、戦争を食い止めるためだった。
だが、オレはイタチに闇の道を歩ませたくないと、火影にいずれなってほしいと、そんな自分勝手極まる理由だけで、こうして同胞に手をかけているのだ。
そんなオレが……苦しいなど思うのはお門違いにも程があるだろう。
そしてオレは、虐殺の果てに最後に残った彼の夫婦を、感情を押し殺した目でユルリと見た。
「……シスィ……く……」
もつれる舌で、床に身体を落としたまま、必死にオレを見上げながらかつて何度も食卓を共にした女性がオレの名を呼ぶ。その隣で、自らの足にクナイを突き刺して我を保った彼女の夫たる男が、いつもの仏頂面にけれど確かに意志の光を灯して、低く擦れるような声で尋ねた。
「これが……君の選んだ道、か」
「はい」
オレは是と答えた。
その男こそ、うちはイタチの父であり、うちはクーデター計画の主犯格たる男である、うちはフガクだ。彼はそんな風に無表情を貫くオレを前にして、けれどまるでこの結果を知っていたかのように、揺らぎ無き眼で真っ直ぐにオレを見上げていた。
このままでは殺されるだろうことはわかっているだろうに、意味のないことだと思っているのか抵抗すらしないそんな潔さがどことなくイタチに似ていて、けれどどこまでもイタチとは違う答えを出してくるこの男が、オレはどうしようもなく憎かった。
だから、オレは言わないつもりであった言葉を、目の前の男へと告げていた。
「恨んでくれて構いません。オレも……貴方達のことを恨んでいますから」
そう、それは紛れもなくオレの本心だ。
今でも思う。何故この男は、いや、うちは一族はこんな方法しか見つけれなかったのか。
感情的にクーデターを起こせばその果てに何があるのか、オレよりも頭が良いはずの貴方がわからなかったなんて、そんな言葉を言わせる気はない。その選択が、貴方の言葉が、実の娘に何を選ばせ背負わせようとしていたのかわからないなんて、そんなものは悪い冗談にも程がある。
一族のためといいながら、本当に決行したその日には、逆賊として一族郎党全て殺し尽くされることなどわかりきったことだった筈だろうに。一族のメンツのため、誇りのため、そんな言葉で誤魔化して、未来のビジョンに無視をした。たとえ政権を本当に奪うことが出来たとして、それでどうするつもりだったというのだ? たいした大義名分もなく力で奪い取り居座った暴君を相手に、ついてくる奴がいるとでも思っているのか。民無くした長の座に一体なんの価値があるというのだ。
オレには心底わからない。
どうしてなんだ。
何故、何故貴方達は……。
言ったところで今更だとはわかっている。
それでも、この男の顔を見ていると思わずにはいられなかった。
何故、貴方達は……堪え忍ぶことが出来なかったのか、と。
「……そうか」
そんなオレの心の声が聞こえたわけではあるまいに、しかしうちはフガクは、まるでオレの心の内をわかっているかのように、そんな言葉をポツリと落とした。
そして続けてうちはフガクは問う。
「なぁ、シスイ君、最期に答えてくれるか。……君の其れは、イタチのためか?」
この場にイタチがいないことから、イタチが任務についている間を狙って決行したことから、オレがイタチを残すつもりなのはわかったのだろう、うちはフガクはそんな風にこれがどういう意志の元に行われた行為なのかの是非を問うた。
けれどオレはその問いを前にして、ゆっくりと、オレは左右に首を振る。
「いいや違う……オレのためだ。イタチのためなんかじゃない。オレはオレのために貴方達を殺すとそう決めた」
そんなオレの返答を前に、「……君らしい」そういってうちはフガクは不器用に笑った。
もうこれ以上話すことなど何もない。オレはゆっくりと、血まみれのチャクラ刀を頭上に構えた。
「シスイ君……」
姿勢を正して、殺されるのをただ待つだけの男は、まっすぐにオレに見上げていつも通りのような貫禄がありながらも淡々とした口調で、最期の言葉を放つ。
「…………イタチを頼む」
そしてオレはその男の首を、妻であった女性ごと斬り落とした。
……嗚呼、漸く終わった。
喪失感に崩れ落ちそうな足を叱咤して、オレはノロノロと真っ赤に染まった刀を血まみれの手ぬぐいでぬぐい取ってその屋敷を後とする。鏡で一瞬見た自分の姿はまるで幽鬼のような姿をしていた。
思わず自嘲する。嗚呼、こんな夜だというのに、憎らしいくらいに今宵は月が綺麗だ。
そして、その時オレは、本来の予定ならあり得ない筈の声を聞いた。
「シスイ!」
……イタチだ。暗部の装束に身を包んだイタチが、焦りを滲ませてオレの元に走ってきた。
本来ならこんな早くに戻る筈はない。イタチは数日はかかるような任務を与えられていた筈だった。
オレはまるで感情が浮かばない顔で、無感動に彼女に問う。
「お前任務はどうした?」
「急ぎすませた、それよりも何故お前が」
その続きは私がやるはずだったのに……なのだろうか。これまで見たことがないくらいに、イタチは動揺して後ろめたいように瞳が揺れていた。見れば、チャクラも随分と減っているし、動悸も速い。ここまで帰ってくるのに、随分とこれは無茶をしたらしいと、そう思った。
結局はイタチを本当の意味で出し抜くなんて最初っから無茶なことだったのだろう。小さな異変だろうとイタチにはそれを見抜く観察力と洞察力があった。
だから、たとえイタチに気づかれないように動いたとしても、イタチなら今回の件に気づくかも知れないとは思っていた。
……それでもオレは、帰ってきてほしくなんてなかった。出来るならこんな自分の姿を見てほしくなかった。イタチにこんなものを、一族を皆殺しにしたオレの姿なんて、見せたくなかった。
虫の良い話だとはわかっている。それでもオレはこんな汚らしいオレの姿をイタチになんて、見せたくなかったんだ。
けれど、帰ってきたのなら……どうしようもない。
「イタチ」
ゆっくりとオレは口を開く。出来るだけ優しい笑みを意識して顔を作ってみたけれど、それが出来ているのかの自信はもう無かった。
「……俺の夢は変わっていない。その未来さえ見れるなら、何も惜しくないんだ」
……だからこれはお前のせいではなどではない。ただのオレのエゴだ。
その意味がわかったのだろう。イタチは刹那息を飲みこんだ。
そっとオレはイタチの肩を抱き寄せる。抵抗するでもなく、その小柄な身体はオレの腕の中に収まった。
「……ごめんな」
そしてオレはイタチの耳元に、そっと囁くようにそんな謝罪の言葉を告げた。
「シス……」
次の瞬間、オレは写輪眼を発動させてイタチに幻術を仕掛けた。
思うに情を消しきれなかったのだろう。イタチに仕掛けたその幻術はオレの本気の一撃とは言い難く、もしもイタチが本気で抵抗したら即座に破れないはずがないほどにはお粗末な出来だった。
けれど、イタチはそれに抵抗をすることはなかった。
イタチは聡く、そして誰よりも優しい子だ。
おそらくは何もかもわかっていて、敢えてオレの幻術を受けたのだろう。
もしかしたらそれを受け入れることが、本来お前に課されていたはずの任務を果たしたオレへの贖罪とさえ思ったのかも知れないけれど。
再び、今度は胸中でごめんな、と呟く。
イタチもわかっていたのだ。
任務で離れていてたまたま難を逃れたというのならばいざ知らず、虐殺の夜に戻ってきたイタチが無傷で助かったとなれば、里人の疑惑の目はイタチへと向かう。なにせオレとイタチの関係は許嫁だ。きっと里のみんなはここでイタチが無傷で助かれば、イタチのことを共犯者だと疑うことだろう。
そんなわけにはいかなかった。そんな風にこいつが言われ無きことで貶められることだけは許容するわけにはいかなかった。
ここでイタチを生かしたければ、イタチもまたオレという加害者により生み出された、被害者の1人でなくてはならないのだ。
だからオレは、幻術にかかり虚ろな目をしたイタチをそっと抱きかかえ、その身体をうちはの家紋が入った塀に寄せると、彼女の身体を塀を支えにして立たせ、その両手を頭上で1つに纏めると、イタチの両親を殺したチャクラ刀で壁に縫い止めるように両手の平を突き刺した。
「……ッ」
痛みで現実に立ち返るより早く、今度は最初にかけた幻術よりも強い幻術を重ね掛けする。随分と強い術を選んで掛けはしたが、オレほどでなくとも、他者とは比べものにならないほどに幻術耐性の強いイタチだ。本気で解こうと思えば5分とかからず解けるだろうし、全く抵抗せずに放っておいたとしても2日もあれば自然解除することが可能だろう。
……この術で何人もの人間の精神を崩壊させたことがある。それを思えば酷いことをしているとはわかっている。それでも、オレは、その幻術を解いてやる気はなかった。
そしてオレは、わざとイタチの服を際どいところを狙ってズタボロに切り裂いた。白く未だ華奢な少女の手足が薄っすらと赤い血を滲ませながら露出される様は見るだに痛ましい。世の中にはそういう少女の姿に興奮を覚える人種もいるそうだが、オレにしてみればただ痛々しく心苦しいだけだ。
前世でAVを見るときだってSM物やレ○プ物は苦手だったし、よりにもよってイタチをこんな風に痛めつけているというだけで、自己嫌悪に狂いそうになる。だがそんな自分の心に無理矢理蓋をして、オレはその作業を淡々と済ませた。
これで、傍目には見事に暴漢に襲われた可哀想な被害者少女の出来上がりだ。また、あと5分もすれば木の葉の一般住民に変化したオレの影分身が、うちはの異変に偶然気付いて知らせた風を装い、何人かの何も知らない一般忍びを連れてくる手はずとなっている。あとはそいつらにオレが犯人だとわかるように一瞬だけ顔を見せて逃げ出せばいい。幸いにも、オレの逃げ足は一級品だ。
そんなことを思っていると、その彼らが来るよりも、『夜遅くまで手裏剣術の訓練をしている』よう暗示をかけていた小さな客人のほうが早く、オレと……壁に縫い止められたイタチの元へとたどり着いた。
「姉さん……!」
遠くとも、姉の異変に気付いたのだろう。写輪眼に未だ目覚めては居ないとはいえ、元々うちは一族は目が良いというのもある。そのイタチの弟たる少年サスケは、実の姉の危機を前にして、恐怖さえ飲み込んで精一杯の勇気を振るい、勇ましくオレ達の元へと駆け寄った。
そんなサスケに見せつけるようにして、オレはわざと切り裂いて露出させたイタチの白い太ももの間に片足を割り込ませ、イタチの顎に片手をかけ、もう一方の手でイタチの絹糸のような黒髪を手にしてその髪に口づけを落とす。そんなまるでこれから強姦をするかのような体勢と雰囲気を取りながら、出来うる限り冷たくサスケを一瞥し、そして、視線に負けぬほど冷たく見下すような声音を意識しながら、オレは酷い言葉を選んで口にした。
「これから良いところなんだ、邪魔してんじゃねえよ、ガキが」
それはオレの幻術を喰らって虚ろな目をしたイタチの状態も合いまり、我ながら迫真の演技だったと思う。誰が見たって強姦未遂犯と、その哀れな被害者の少女にしかこれは見えない。
そして、オレのこれを演技だとは当然知らないサスケは、小さい身体で精一杯の虚勢を張りながら「姉さんをどうする気だ!?」と、震えながらもクナイを取り出して構え、子供ながら姉を守ろうとオレを懸命に睨み付けた。
そして何食わぬ顔を作って、酷薄にオレは言う。
「何って、決まってんだろ。……犯すんだよ」
自分で言っておいて、自分の台詞に反吐が出そうだったが、どうやら狙い通りにその台詞はサスケの堪忍袋の尾を切ることに成功したようだ。
「……テメエ!!」
サスケは互いの戦力差さえ忘れて、クナイを片手にオレに向かって真っ直ぐに突っ込んでくる。そんなサスケに向かって、オレは蹴りを1つくれてやった。サスケは空に一瞬投げ出されるが、コロコロと転がり落ちた。けれど、闘志を失うことはなく、ぐっと腹を片手で押さえて震える足で立ち上がる。
「……今までのは、全部演技だったのか。アンタは本当は姉さんのことを、そんな風に見ていたのかッ!」
血反吐を吐くような声でサスケは言う。
「そうだ」
まるで無感動な絡繰り人形のような声でオレは答える。
そのオレの言葉を聞いて、ブルブルと身体を震わせながらサスケは言う。
「アンタのことは昔から気にくわなかった! だけど……! アンタは姉さんが信用していたから、アンタの前では姉さんは楽しそうだったから、だからオレは、なのに、クソ、クソ、クソ! アンタなんかを少しでも信頼してたオレが馬鹿だった!」
「サスケ」
そんな風に怒り狂うサスケに向かって、オレは更なる爆弾を投下した。
「……お前の両親を殺したのもオレだよ」
今まで此処まで来るのにも何人もの死体を見てきたからだろう。サスケは一瞬呆けるもオレの言っている意味を理解出来たのだろう、次第に目尻をつり上げ、憤怒の形相をして雄叫びを上げながら再びオレに斬りかかってきた。
……その目は巴模様が浮かび赤い。間違いなくたった今、サスケは写輪眼を開眼したのだとわかった。
「うわあああああああ!!」
オレは流れるような仕草でクナイを手にもったサスケの腕を受け流し、再びオレはその腹を蹴り飛ばす。軽い子供の身体は再び蹴鞠のように転がっていった。
そして同時に、それはこの舞台の終幕を意味していた。
音が聞こえる。複数の忍びと、一般人に化けて先導しているオレの影分身の気配だ。それを聞いて安堵の笑みを一瞬溢しそうになるが、そんな己を抑制し、オレは如何にも不機嫌そうなツラを作って、最低最悪の男に聞こえるような声で次のような台詞を言った。
「チッ、時間切れか。運が良かったなぁ? サスケちゃん」
ニタリと悪役らしく厭らしい笑みを浮かべつつ言う。そんなオレを前にして、サスケは転がり動けぬ身の侭に、目だけは不屈の闘志を燃やして「殺してやる」そう呪うような声で怨嗟の言葉を口にした。
「許さない……絶対にお前を許すもんかッ! うちはシスイ! いつか、絶対にお前を殺してやるッ!」
そう、それでいい。
「……ああ、楽しみにしているぜ」
オレは笑い出しそうな口元を意志で抑えて言った。
そして予定調和の終わりが来る。
「な、これは!?」
「お前、シスイ!?」
要請されてきた部隊の中には、昔オレと任務を共にした忍びもいて、オレの姿を見て驚きに目を見開いていた。……なんにせよ、オレは目的を果たした。もうなんの用もない。
イタチもサスケも、どちらも哀れなるオレの被害者として彼らによって保護されることだろう。
だからオレは、「じゃあな」そんな軽い言葉を最後にかけて、それからその場を立ち去った。「待て」と呼ぶ声も、サスケの怨嗟の声も全てを置き去りにして、後ろを振り返ることもなく只直走る。
「……は、はは、はははははっ」
そのうちにわけもわからずに笑いがこみ上げてきた。
「あははははは……ッ」
泣くような声でただひたすらに笑う。耳元には今し方聞いたばかりの幼い少年の声がこびり付いている。
『いつか、絶対にお前を殺してやるッ!』
……こうなることはわかっていた。こうなるように仕向けた。だからこの結末は必然だ。
覚悟はとっくに出来ていたはずだった。
なのにやっぱりいざその時になればこんなに痛い。
たとえサスケに嫌われていたとしても、それでもオレはサスケのことを気に入っていた。好きだった。弟のように思っていた。好いている相手に殺意を向けられるのはこんなに辛いものなのか。また1つ原作のイタチの強さを思い知った。
けれど、それでもオレは後悔をしない。どんなに辛くても苦しくてもしたくなんてない。
後悔なんて、殺した人々への冒涜でしかないのだから。
これから先オレが進む道が暗闇であろうと、イタチが光の中を歩めるのなら、こんな痛みくらいいくらでも受け入れてやる。
オレは強くなんてない。だから本当の孤独には耐えられない。
だけど、こんなオレの胸中を知っているやつがいる。オレの想いをわかっているやつがいる。あの日抱いた夢は、まだ此処にある。ならば、大丈夫だ。この夜のことも全部、すべてオレは背負っていける。
……歴史は今日大きく書き換わった。これから先、原作知識がどれほど通じるのか、それさえ定かでないけれど、それでもオレはオレの最善を尽くそう。
いつか―――――夢見た光景が現実となるその日まで。
「……さよなら、だ」
強がりに震え、こぼれ落ちる涙は、これからの先を暗示しているかのように塩辛くほろ苦かった。
了
ここまでご覧いただきありがとうございました。
以下、『うちはシスイ憑依伝・続』突発予告
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「なぁに、久方ぶりに婚約者殿のご尊顔を拝見したくてね」
「『無償の子供好き』それが奴と接したことのある人間が抱く、奴の印象だ」
「だから、連れ戻したいの?」
「ああ、そうだな。うん、きっとそうだ」
「オレは、オレ達は結局の所、アイツのことが好きだったんだよ」
「ああ、これが例の月読の中って奴か」
「お前に殺されるんなら本望……って言いたいところなんだけどな、悪ぃな、まだオレはやることがあるんだ」
「……お前が人でなしであることは知っていた。しかし、私はそれでも構わなかったんだ」
「ごめんな、イタチ……またな」
「カブト、お前は此処で死んでおけ」
「それでも、オレはシスイのにいちゃんを信じたいんだってばよ」
「まさか、この私が出し抜かれるとはね」
「どこまでが幻術?」
「さーて、どこまでなんでしょうね。って、やめとけやめとけ小南姐さん。確かにオレはオレの目的に沿って行動していますけどね、あんた達と敵対する気もないのよ。オレ、強くはないの知ってるっしょ?」
「……食えない男」
「……許せ、サスケ」
「姉さ……」
“抱いてもいいんじゃないのか”
「……イヤだよ」
“好きなのに?”
「…………だから、だよ」
「この眼……お前にやる」
「なぁ、木の葉に火は芽吹いているか……?」