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カメダ 2018年08月18日(土) 01:24
いつも楽しく読ませてもらっています。
下の文はあくまでも個人的な感想ですので気にしなくていいです。
砂鴉さんの書くこの小説ですが、最終的に主要人物が生き残ることが多いですが、個人的に嬉しい反面少し複雑な気分にもなりました。
この前、戦記物の作者のインタビューを見たのですがその中でも登場人物の生き死についての話が印象に残っています。
(7行省略されています)
砂鴉 2018年08月06日(月) 06:56
カメダさん、感想……というかご意見かな? ありがとうございます。
返信が遅くなりましたが、ともかく答えていきますね。
主要人物が生き残り、敵対者が死んでいく。
戦争を題材として扱い、物語を盛り上げるために悪役、敵役が居て、その中でハッピーエンドを描くとしたら……。書き手としては挙げられたような展開が最終的な構図となり、戦争した方がいいのでは? という結論が生まれるのでしょう。
ただ、そもそもなのですが戦争が起こった時、そこに「悪」が存在するのか? そこに私は疑問を投げつけたいです。
バトストではプロイツェンが「悪」に該当します。プロイツェンは自身の野望を胸に同志(PK師団等)を集め、惑星Ziでの戦争を激化させてきました。
プロイツェンは悪役です。戦争を激化させ、多くの人命を失わせる間接的要因を作った極悪人です。そして、それを引き継いだ物語である以上、ヘリック共和国の治める中央大陸を奪ったネオゼネバスも悪と言えるでしょう。
ただ、プロイツェンその人の「大望は失われた祖国を取り戻す」です。それは、果たして望んではならないことだったのでしょうか? 無論、彼のやり方は否定しようのない悪行ですが。
プロイツェンの意志を引き継いだヴォルフは中央大陸を制圧し、ネオゼネバス帝国による中央大陸統一を成し遂げています。その後、ヘリック共和国残党は故郷を取り戻すべく反攻作戦(クック要塞奪還作戦)を開始します。プロイツェンという「悪」の思想を引き継いだ「悪」であるネオゼネバスの打倒、共和国の祖国を取り戻す戦いです。悪ではないですね。奪われた祖国の大地を取り戻す。……その目的は、プロイツェンと同じですね。
そして再び戦乱が始まっていますが……この時点で中央大陸はネオゼネバスの支配の下、いちおう平和の形を取り戻しつつあります。つまるところ、この段階でのネオゼネバス+中央大陸から見れば、ヘリック共和国残党が平和を乱す「悪」になっている訳です。
「悪役」「敵」というのは見方によって大きく変わります。
物語を作る上での構成上明確に敵が現れ、それを倒す手段でなし崩し的に戦争が使われています。だからこそ今回の論点である「戦争をした方がいい?」が生まれるのですが、私個人の考えでは『戦争が起きた時点で悪も正義もない』です。その裏で何者かが謀略を進めていたとして、彼らが「戦争」という行為を「利用」しているのであって、戦争を起こしたのは当事者全員だろう。極端な話、関わった全ての人が「悪」です。
……いや、ホント極端ですよ。大体決定するのは国の上層部ですし、それを後押しするのはマスメディアとかでの情報操作かなーとかありますし。
ちょっと伝わりにくいかなと思いますが――思想の説明とかすんごい下手なもので――、簡単に訳すと、戦争が行われてる時点でもう全てアウトです。
物語の上で敵、悪役が居たとして、それが倒されたということは悪役に属していた人々には何らかの形で痛手を被っているのです。
バトストではガイロス対へリックの構図で戦争を仕掛けているガイロス側が悪ですが、それに勝った(本土決戦に持ち込むまで攻め込んだ)共和国側はガイロスの一般市民の生活に大打撃を与え、小村なんかを蹂躙するまでやっちゃってるかもしれません。
また、アニメのゾイドジェネシスの話ですが、最終的に悪であるジーンを倒しましたが、これによりディガルド帝国の国民はその後どうなっているのでしょうか。
悪、敵を倒した。しかし彼らに着いていた、その恩恵を受けていた人々も全て悪、敵とみなすのか? その認識が戦争がもたらす最大の悲劇ではないでしょうか?
と言った部分がカメダさんのおっしゃるどうしようもない運命に少し引っかかる部分と思います。
悪。敵。
物語の中でそう蔑まれる者たちには、そうなった理由がある。吐き気を催す外道にも外道に落ちた理由がある。どんな奴だって。これ、私の思想です。
えーそして主要人物ばかり生き残る~の部分ですが、これについては作者として、物語を作る者の観点から言わせてください。
主要人物の死は、物語に与える影響が非常に大きい部分です。有名な話だと、艦これの「如月ショック」でしょうか(怖いんであまり使いたくないネタですが)。……あ、そもそもこれは今回の論点とはまた別の問題ですね。
主要人物の死を扱う場合、それを物語のどこに当てるかというのは、メタイ話作者の力量とセンスの問題と思います。物語を一気にドシリアスへといざなう要素なもので、アニメゾイドの活劇の要素も含む拙作では投じるポイントを大きく悩まされています。
主要人物の死は、物語の転換点で使われる要素と考えています。
私が例として挙げるとしたら……
ハリー・ポッターシリーズでのセドリック
ワンピースのエース
有名どころではないかもですが、結界師の志々尾 限
個人ではありませんがゾイドジェネシスでの霧の河での大敗
物語の方向をシリアスへと強制的に向けさせ、生き残った主要キャラたちの心情にも大きな変化が巻き起こる要素です。
そして、砂鴉は以前この要素の運用を大失敗し(処女作で)、作品の執筆を投げたことがあります。無理やり「俺たちの戦いはこれからだ!」で〆ました。で投げました。最終的に削除しました……。
主要人物の死に関しては扱いが非常にデリケートなんです。なので、拙作では使用されていないのです。この先出すかなー、どうかなー?
大変な長文となりましたが、ご意見に関しては真剣に書いたつもりです。無視できない内容だったので、常に頭の片隅に置いて返信を考えてました(汗)。最終的に勢いで書いてますが(えー……)。遅くなって申し訳ありません。
本作はこれより本格的な佳境を向かえます。その中に上で述べた私なりの思想を盛り込んでいくつもりです。
外章、並びに本編、そしてバン主役の表側。それぞれ投稿できるまでまたかなりの間が空くと思います。それでも精一杯、完結まで執筆しきる覚悟ですので、首を長ーーく、楽しみに待っていただきたく思います。
それでは。
カメダ 2018年07月20日(金) 23:19
本編の今後に関わることになる過去の話、楽しみです!
砂鴉 2018年07月25日(水) 00:24
カメダさん。感想ありがとうございます。
こちらのお話も楽しんでいただき、後々の本編をご期待頂ければ幸いです。