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(0)「球を武器にする敵?」
(0)『氷のボールでも投げてくるっての?』
(0) 百合香と瑠魅香は、敵の姿をあれこれと想像してみたが、砲丸投げとか、ワイヤーつきの巨大な球を振り回しているような敵しか想像できなかった。
(0) ラーモンは、再びほかの同志と何やら情報交換してから、百合香の方を向いた。
(0)「一体だけ、巨大な氷の球を投げている姿が確認されています。それ以外は、あまり明確な情報はありません」
(0)「やっぱ砲丸投げ系か」
(0) 百合香の頭の中で、こちらに向かって氷のボールを投擲してくる戦士が連想された。
(0)
(0)「いずれにしても、ハッキリしているのは、彼ら氷騎士は"強い"ということです。これまで、あなたが対峙してきた敵と比較してどれくらいなのか、それはわかりません。しかし、一番手強かった相手よりも強い、少なくとも下回る事は絶対にない、ということは覚悟しておいてください」
(0) ラーモンは、最大限の注意を促すように言った。百合香はその言葉に背筋をただす。
(0)
(0) 百合香は、初めて"強豪"と呼ばれる他校とのバスケットの試合に出た時を思い出していた。中学校の頃とは、動きのレベルが違う。高校生にもなれば、もう年齢的にはそろそろ、五輪出場さえ視野に入ってくる。
(0) 人間は「活動」をしていると、己よりも高いレベルの相手と相まみえる時がくるのだ、と百合香はその時、齢15にして知った。
(0)
(0) 榴ヶ岡南は、百合香にとってそんな人間の一人だった。バスケットのコートに立てば、あらゆるポジションを誰よりも確かにこなす。百合香にとって南は、単なる「大好きな先輩」ではない。超えるべき目標だった。
(0)
(0) とはいえ、いま眼の前にある課題はバスケットボールではない。たぶん99.999パーセントの一般人が体験した事はないであろう、巨大な氷の城の制圧である。しかも女子高生一人で。
(0)「勝てるのかな」
(0) つい、百合香の口から本音がもれる。
(0)『まあ、ふつーに考えれば無理だよね』
(0) 例によってサラリと瑠魅香が言ってのける。
(0)『でも、ここまで来て、もう無理とか言ってらんないんじゃない?あたしだって、氷魔を実質的に裏切った以上、もう後戻りはできないし』
(0) 瑠魅香のセリフを黙って聞いていた百合香は、少し驚いたふうな顔で答えた。
(0)「あなたって結構、骨太なのね」
(0)『そうかな。あたしは百合香の方が、百倍豪胆だと思うけど』
(0)「ふふっ」
(0) だったら、二人とも骨太で豪胆という事ではないか。百合香は笑った。
(0)「そうだね。怖いのは当たり前だけど。今までやって来れたんだから、”勝てない保証”はどこにもない」
(0) 自分で言って、なかなかすごいセリフだと百合香は思った。
(0) すると、何やらポス、ポスという妙な音がする。振り向くと、レジスタンスの猫たちが百合香に向かって拍手をしていた。悲しいかな、肉球で音は出ない。
(0)「感動いたしました。あなた方こそ、我々が待ち望んだ救世主です」
(0)『救世主だってよ、百合香』
(0) 半笑いで瑠魅香が言う。
(0)「ほんと調子いいのね、あなた達」
(0)「それほどでも」
(0)「…褒められたと思ってるなら、それでいいわ」
(0) 女子高生で救世主の百合香は、姿勢を正してラーモンに向き合った。
(0)「ラーモン、あなた達にひとつ、お願いしていいかな」
(0)「はい。出来る事でしたら。我々に実行可能な範囲内の事でしたら」
(0) つまりムチャブリはしないでくれ、ということだ。
(0)
(0)「城を消滅させる方法の調査?」
(0) ラーモンは、百合香が訊ねた事を繰り返した。
(0)「そう」
(0)「それは、氷魔皇帝ラハヴェを倒すという事に他ならないのでは?」
(0) うんうん、と他の猫たちも頷く。百合香は続けた。
(0)「本当にそうなのかが気になるの」
(0)「どういう意味ですか?」
(0)「だって、今まであなた達、夜中のマタタビ…」
(0)「月夜のマタタビ」
(0)「こほん。…月夜のマタタビから受け取った情報だと、そのラハヴェっていう奴の正体は、ハッキリわかってないんでしょう?氷魔の中でどういう存在で、どういう容姿で、どういう考え方の持ち主で、実力はどれ位で、どうやってこの城を生み出したのか、全部わかってるの?」
(0) 疑問の機銃掃射を受けて、猫たちはたじろいだようだった。
(0)
(0)「全然わかってません」
(0)
(0) 返ってきたのは、正直すぎる返答である。百合香はいちおうフォローを入れた。
(0)「別に責めてるわけじゃないわ。ただ、そういう状況で、その氷魔皇帝を倒せば城が消滅する、っていう確証はないと思うの。もし他の手段で城を消滅させられるなら、バカ正直に全ての敵を倒す必要はないでしょう?」
(0)「ふうむ…」
(0) ラーモンは顎に手を当てて首をひねる。瑠魅香は、ちょっと可愛いと思ってしまった。
(0)
(0)「結局のところ、氷魔のあなた達が、なぜか氷魔側の情報に乏しい。瑠魅香も含めてね。これって、何かおかしいと思わない?」
(0)
(0) 百合香の指摘は、瑠魅香も含めていくらか図星のようだった。
(0)『ま、言われてみればそうだね。私は確かに若い魂だけど、だからってこの氷巌城の事が、ここまでわからないのは確かに気になる』
(0)「ガドリエルなら何か知っているのかも知れないけれど、彼女は私に、実際に城の奥まで行って自分で確かめるべきだ、みたいなこと言うし」
(0)『ちゃんと問い詰めたの?教えてくれなきゃもう家に帰る、って脅してやればいいじゃない』
(0) なるほど、それもそうだと百合香は思った。知っているなら教えてくれてもいい。しかし、百合香は言った。
(0)「…ガドリエルに、何か話せない”事情”があるとしたら」
(0)『どんな事情?』
(0)「それはわからない」
(0) そこで、ラーモンが訊ねる。
(0)「あのう。ガドリエル、とは一体どなたでしょう」
(0)「ああ」
(0)
(0) 百合香は、彼女を導く謎の女神、現・ガドリエルについて説明した。
(0)「女神…ですか」
(0)「何か知ってる?あなた達」
(0)「さあ…でも、明らかに氷巌城側から見れば、一番厄介な敵なのは確かですね。いま最大の脅威である百合香さまを、そのようにバックアップしているわけですから」
(0) そこまで言って、ラーモンは付け足した。
(0)「何者というのなら、その女神もラハヴェ並みに謎なのではないですか」
(0) そう言われて、百合香は今さらながら改めて考えた。確かに、謎である。なぜ、彼女は氷巌城の出現を知っていたのか。
(0)『意外と、そのラハヴェとかいう奴の親戚だったりして』
(0)「あのね。真面目に話してるの」
(0) 瑠魅香のジョークに、今は取り合う気がない百合香である。
(0)「でも、そうね…これ以上ここで、わからない事について話してても仕方ないか」
(0)『百合香、あなたもう疲れてるんじゃないの?ここでちょっと眠らせてもらったら?』
(0)「うーむ」
(0) 百合香は考え込んだ。ここは敵地である。
(0)「お任せください。我々が周囲を見張っています。百合香さまは、ここでしばしの休息をお取りください」
(0) ラーモンが胸を張ると、他の猫たちもうなずいて立ち上がった。
(0)「そっか。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
(0)「よし、全員配置につけ!」
(0) ラーモンの号令で、レジスタンス「月夜のマタタビ」の面々はゆっくりと秘密のドアを開け、百合香のガードのために散らばって行った。部屋に残された百合香は、ギリギリ横になれる広さがあることを確認し、硬い床に仰向けになった。
(0)
(0) 唐突に静寂が訪れる。
(0)「…大変だったな、ここまで」
(0) ぽつりと百合香は呟いて、これまでの出来事を振り返った。驚くべきことに、たぶんまだ3日も経過していない。体感的には1週間ぐらい過ぎたような気もする。
(0)
(0)「瑠魅香」
(0)『なあに』
(0)「あのさ」
(0) 百合香は、言葉を選んでいるかのように間を挟んで言った。
(0)「私、一人でこの城の奥まで行かなきゃいけないと思ってて、すごく心細かった。絶対ムリだと思った」
(0)『うん』
(0)「いま、あなたがいる事にすごく感謝してる」
(0) ぽつりと百合香が言うと、瑠魅香は黙りこくってしまった。
(0)「最初は、すごく混乱したけど。今、どんな時でもあなたが一緒だって思うと、何でもできそう」
(0)『やめて。また泣いちゃう』
(0)「ごめん」
(0) 百合香は、ふいに涙が流れている事に気付いた。
(0)『ほら』
(0)「欠伸しただけよ」
(0)『ほんと素直じゃないよね、可愛いのに』
(0) ふふふ、と二人は笑った。
(0)「眠ろう。ちょっと硬いベッドだけど」
(0)『うん。おやすみ』
(0)「おやすみ」
(0)
(0)
(0)
(0)
(0) 百合香は、夢を見た。それは、知らない都市の光景だった。中世ヨーロッパのようでもあるが、何かが違う。知っている国や都市でどこが一番近いかと問われれば、わからない、と答えるだろう。
(0) 人々が行き交い、店らしき建物が並び、行商人らしき人物が歩く、その賑やかな街を百合香は歩いていた。
(0)
(0) 隣には、燃えるような赤い長髪の女性がいた。何かを、百合香に笑いながら話している。何を言っているのかはわからない。だが、百合香にとって、とても縁が深い女性であるように思えた。
(0)
(0) よく見ると、人々は百合香たちの姿を認めるや、すぐに両脇に広がって、恭しく道を開けてくれていた。夢の中の百合香は、それを申し訳ないような気持ちで眺めていた。
(0)
(0) 二人が歩いていると、景色は唐突に、どこかの巨大な城の前に変わっていた。衛兵が恭しく礼をし、門を開けさせる。
(0)
(0) そして、二人が門をくぐった、その瞬間だった。
(0)
(0) 世界は一瞬で、青ざめた景色に変わってしまった。草木も、水も、全てが凍り付いてしまった。
(0)
(0) 隣を見ると、あの赤い髪の女性はもう、いなかった。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)「…ん」
(0) 目を開けると、そこは真っ白く輝く、無味乾燥な狭い部屋だった。
(0)『声がエロい』
(0) 目覚めるなり、相棒が言う。
(0)「…そんな言葉どこで覚えたの」
(0)『実は意味がよくわかってない』
(0)「忘れなさい」
(0) 欠伸をしながら、血をめぐらせるために手足を動かし、ゆっくりと上半身を起こす。
(0)「…だいぶ眠ってたみたい」
(0)『そうね。寝顔見たかったな』
(0)「あなた、だんだんセリフが変態じみてきてるわ」
(0) よく眠ったという感覚と、寝過ぎたという感覚が同時にある。そのかわり、とりあえず体力はだいぶ取り戻せたようだった。例によって、寝ている間に金色の鎧は解除され、ガドリエル学園の制服に変わっていた。
(0)「行くか」
(0) 目覚めてからすぐに活動に移行するのが、百合香は得意だった。時々だが、前世は軍人だったのではないか、と思う事がある。
(0)
(0) アジトの外に出ると、見張っているラーモンに出会った。
(0)「百合香さま。もう、よろしいのですか」
(0)「うん、よく眠れたわ。ありがとう」
(0)「お力になれて幸いです」
(0) そう言って何か、声を発するようなポーズをラーモンは取った。ほどなくして、他のメンバーが駆け付ける。百合香は、城の奥に向けて出発することを告げた。
(0)「わかりました。どうか、ご無事で」
(0) ラーモンが、少し名残惜しそうに言う。
(0)「世話になったわ、ありがとう」
(0)『何かあったらまたよろしくね、探偵さん達』
(0) 百合香はラーモンと握手をし、ひとまずの別れの挨拶を済ませる。そのあと、マーモンが話し始めた。
(0)「実はこの層には、ここのメンバー以外にも一人だけ、レジスタンスがいます」
(0)「そうなの?」
(0)「はい。我々の中で数少ない、高い戦闘能力を持った者です。マグショットという名です」
(0)「マグショット?」
(0) なんとなく強そうな気がしないでもない名前だな、と百合香たちは思った。やはり猫なのだろうが、どうやって戦うのだろう。
(0)「彼は一匹狼です」
(0)『猫でしょ』
(0)「でも一匹狼です」
(0) 瑠魅香のツッコミにもめげず、ラーモンは押し通した。
(0)「片目がないので、すぐにわかるでしょう」
(0)「それは…誰かと戦って傷を負ったの?」
(0)「いえ、その方がカッコいいからと、片目でいるだけだそうです」
(0) どうも、この猫たちと会話していると緊張感がなくなる、と百合香は思った。
(0)「あなた程ではないですが、それなりに実力は保証します。会ったら、必ず挨拶をしておいてください。仲間のピンチには駆け付ける猫です」
(0)『やっぱり猫じゃん』
(0) 瑠魅香の再びのツッコミに、ラーモンは無言だった。
(0)「それでは、ご武運を!」
(0)
(0)
(0) ラーモンと別れて、しばらく真四角の通路を百合香は歩いていた。ぐっすり眠ったので、身体は快調である。
(0)
(0) しばらく歩いて、百合香は足元に妙なものが落ちている事に気が付いた。
(0)「なんだろう、これ」
(0)『え?』
(0)「ほら」
(0) 百合香は屈んで、足元に落ちている何かの破片を拾う。それは、ソフトボール大の球が割れたような破片だった。この城のものである以上、それは氷なのは間違いないのだが、何か奇妙な感じがした。
(0)「そういえば、敵に球を使うのがいる、って言ってたよね」
(0)『さっそくおでましって事?』
(0)「…何か変だ」
(0) 百合香は、通路の先を見た。しかし、これ以外に何も落ちている様子はない。
(0)
(0) だが、百合香は何か、聞こえる事に気が付いた。かすかに、カーン、カーンという打音が、不規則かつ断続的に聞こえてくる。
(0)「通路の奥からだ」
(0)『また闘技場かな』
(0)「またか…」
(0) 違って欲しい、と百合香は思った。百合香はゆっくりと移動する。
(0)
(0) 通路の奥に行くと、その先は開けた空間だった。というより、あまりにも広い空間である。地方のドーム球場くらいあるのではないか。だが、さっき聞こえていた打音がパッタリ止んでいるのが、百合香は気になった。空間の中には、今のところ誰もいない。
(0)
(0) 百合香は、慎重に足を踏み入れる。
(0)『なんだろう、あれ』
(0) 百合香の視界を通して観察している瑠魅香が、足元にある物体に気付いた。それは五角形をしており、人が乗れるくらいの板状の氷だった。
(0)「なんか既視感が…」
(0) そう思って百合香は、その場所から空間の床全体を見渡した。床は、細かい土状の氷が敷き詰められている。そして、五角形の板から30mくらいの位置に、同じような大きさの、真四角の板があった。
(0)
(0) まさかな、と思って、その板からさらに左側30mくらいの所に目をやると、やはりまた同じ板がある。さらに左30mくらいの所にも、一枚。五角形の板を含めて、上から見るときれいな正方形を描いていた。
(0)
(0)「これ…」
(0)
(0) 百合香は、今までと違う意味で息を飲んだ。
(0)
(0) それは、およそほとんどの人間が、関心の有る無しに関わらず、知っているであろう設備に酷似している。
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(0)
(0) 氷巌城の第1層で最初に辿り着いた空間、そこは氷でできた、野球のグラウンドであった。