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(0)「君の言うとおりなら、なぜ連中は軍隊に志願しないんだ?」
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(0) 憂国騎士団が家を襲撃しているのに、なかなか出動せず、やって来たかと思えば、犯人たちを愛国者団体だと評した警官に、ユリアン・ミンツの保護者は不愉快そうだった。
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(0) しかし、いくら不満を言ったところで、家屋破壊弾を撃ち込まれた居間は元通りにはならない。少年は散水器のスイッチを切り、惨憺たるありさまの室内を片付け始めた。
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(0)「私もやろう」
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(0)「いえ、かえって邪魔になりますから」
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(0) 手伝いを申し出た黒髪の青年は、ユリアンと血のつながりはない。戦争で孤児になったユリアンを、引き取ってくれた若き准将である。
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(0) 名前はヤン・ウェンリー。21歳の時に、軍に置き去りにされた民間人三百万人を脱出させ、先日はアスターテの会戦で、同盟軍の全面潰走を阻止した英雄だった。
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(0) しかしこのヤン准将、家事の才能には全く恵まれていなかった。手伝ってもらったら、逆に被害が拡大すること間違いなしである。
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(0)「そうだ、そこのテーブルの上にでも乗っていて下さい」
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(0)「テーブルってね、おまえ……」
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(0)「すぐにすみますから」
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(0)「テーブルの上で何をやっていればいいんだ?」
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(0)「じゃあ、紅茶を淹れますから、それでも飲んでいてください」
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(0) ぶつぶつ言う保護者を、好物で釣るユリアンだった。室内のものは、あらかた壊れ、がらくたと化してしまった。こうなると、ヤンに怪我をされるほうが困る。
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(0) 今日は、アスターテ会戦の戦没者慰霊祭で帰宅が早かったが、明日からまた、敗戦処理で遅い日が続くだろうから。
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(2) ようやく、ヤンはテーブルの上で胡座をかいた。家事の邪魔になる、でも一番の貴重品がようやく避難してくれたので、ユリアンは割れた陶磁器の片付けに着手することができた。
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(0) これは、ヤンの亡き父が自慢していたコレクションだったが、相続したヤンが鑑定してもらったところ、贋作だらけだったそうである。1ディナールの価値もなく、鑑定料のぶんだけ損をした。ヤンはそうぼやいていたが、飾っているところを見ると、それなりに愛着はあるのだと思う。
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(0) 手入れをするのはユリアンの役目だったが、不器用なヤンが信頼して任せてくれたのだ。ユリアンとしても腹立たしい。家族の思い出の品を失うのは辛いものなのに、家屋破壊弾のせいで、ほとんどが原型を留めていなかった。
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(0) だが、奇跡的に難を逃れた物があった。亜麻色の髪の少年の、繊細な美貌に光が差す。
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(0)「あ、よかった。これは割れてないですよ」
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(0) ユリアンが差し出した壺に、ヤンは眉を上げた。
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(0)「万暦赤絵だな。そいつは親父の遺品の中では、たったひとつ本物だったんだ。
(0) よく無事だったなあ……」
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(0)「じゃあ、この壺は地球時代の物なんですか?」
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(0)「ああ、二千年ぐらい前、私のルーツである中国で焼かれたものさ。
(0) 眉唾もののいわれがあるんだ。
(0) なんでも、そいつに願うと、黒い服の魔法使いが出てきて」
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(0) ヤンが父から聞いた与太話を語ると、被保護者は疑わしげな表情になった。
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(0)「魔法使いが出てきて、願いでも叶えてくれるんですか……?」
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(0) ヤンは首を振った。父から聞かされたのは、もっと呆れた結末だった。
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(0)「いや、そうじゃない。
(1) 一応、願いを叶えるための知恵は授けてくれるらしい。
(1) 叶うかどうかは、本人の努力次第。
(2) でも、きっちりと全財産を奪っていくんだとさ」
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(0) ダークブラウンの瞳が眇められ、壺と保護者を交互に見やる。
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(1)「どちらかと言うと、魔法使いじゃなくて悪魔じゃありませんか?」
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(0)「おや、おまえもやっぱりそう思うかい?」
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(0) 蝶の羽ばたきは、時の河の果てでさざ波を立てる。
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(0) 銀河の歴史がまた一ページ。
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(0)――完――